金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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金田一達が墓場島へ行っている最中の日常会です


C16.次いで【墓場島殺人事件】へ・前編

 『遊民蜂起』の公演は老若男女問わず、大勢の人々が集う。上演時間より早めに来たが、人混みに酔いそうだ。

 

「うわ~スッゴイ人~。春美ちゃ~ん、離れないで~」

「こっちの台詞よ。ほらっ、織江さん。手を繋いで良いからっ」

「神矢君、腕を掴みますね」

「掴んでから、言うなよ。全く……しょうがねえなあ」

 

 少しだけ不安そうな日高(ひだか) 織江(おりえ)は毅然とした桐生(きりゅう) 春美(はるみ)の手を握り、自分は神矢(かみや) 修一郎(しゅういちろう)の腕を掴む。他の演劇部も逸れないように体を寄せ合った。

 部活の面子で休日にお出かけ、中学校以来でワクワクする。

 受付で座席を確認したが、物の見事に全員がバラバラになる。一緒に来た意味の無さに少しだけ、ガッカリした。

 

「席があっただけでも良かったじゃん。それに金田は俺の後ろだろ? すぐ傍だしっ」

「前向きですねっ。神矢君を視界に舞台が観られると思えば……楽しくなってきました。……?」

 

 自分の席へ座ってから、前の座席にいる神矢を見る。否、彼しか見えない。座高の高さを思い知らされた。

 結局、前と後ろを交代。羞恥心と感謝に体が震えた。

 

「失礼、前を通ります」

「はい、どうぞ……!?」

 

 若い声を掛けられ、何気なく相手を見上げる。ミステリールポライター・白神(しらがみ) 海人(かいと)に礼儀正しく見下ろされた。

 予期せぬ人物と会い、心臓が止まりかける。しかも、白神は左隣へ座った。

 

(ウソだろうぉ……、何でここに白神さんがあ……)

 

 言葉を交わしたのは一度だけ、前回はこちらがマスクと三角巾で顔を隠した状態。多忙な白神に気付かれる要素は皆無と言えよう。そう自分を宥めた。

 

「金田君っ、奇遇ね」

「……!? こんにちは……桜樹先輩……」

「……! 金田君だったんですか……演劇に興味がおありで?」

 

 桜樹(さくらぎ) るい子先輩から挨拶され、白神の好奇心旺盛な眼差しが肌に突き刺さる。焦燥感が汗となり、服の下が汗ばんだ。

 

「言ってなかったかしら? 金田君は……っ」

「金田君は演劇部です。ミステリー研究会の桜樹先輩、こんにちはっ。演劇を観に来られるなんて意外です。本日の演目は先輩には高尚過ぎて、お話を楽しめるでしょうか?」

「桐生さん……桜樹先輩が楽しめないなら、自分にはチンプンカンプンですよ」

 

 桜樹先輩の言葉を遮ってまで、桐生は妙に刺々しい態度。自分が会話へ割り込んだ為、眼鏡の奥から鋭い視線を投げられる。怖くて、ブルッと震えた。

 

「フフフ、そうね。オペラはそこまで詳しくないわ。『パルジファル』も初めて聞く題名よ。だから、どんな物語か展開を予想するのは……楽しいわ」

「そう……ごゆっくりっ。ねえ、金田君っ。こっちの席、交渉して貰ったから……」

「え? あ、はい……」

 

 蠱惑的に笑い、桜樹先輩は白神の隣へ座る。どうやら、2人は観客席で待ち合わせていた。

 その間、桐生はグイッと自分の腕を掴み、ひとつ座席をズラす。空いた席には彼女が腰かける。まるで、白神から守ってくれる盾のように感じた。

 

「ちゃんと彼氏のフリしてよ~。Wデートって言っちゃったんだから~、今だけねえ」

「わかった、わかった」

 

 後ろの席を見やれば、神矢の隣へ日高が座る。会話の内容から、4人だけでも近くへ座れるように桐生が取り計らってくれたのだ。

 

「ありがとう、桐生さん」

「……っ。ほら、始まるわ……」

 

 様々な感謝を込めれば、桐生はただ眼鏡の縁を押す。その言葉通りに姿勢良く、真っ直ぐに舞台を見つめた時、開演のブザーが鳴った。

 リヒャルト・ワーグナーの傑作オペラ『パルジファル』、聖槍の物語。

 『エヴァ』に登場するロンギヌスの槍は赤かったが、この舞台の上では違う。何の変哲もない槍が演者の手によって、聖槍と呼ばれるに相応しい神々しさを感じた。

 注目すべきは呪われた女・クンドリを演じる湖月(こづき) レオナ。

 若くして劇団のスター、その演技力は一射絶命の一言に尽きる。表情は勿論、指先ひとつひとつに己の命をかけている。彼女の美貌など二の次、只々、観客は魅せられた。

 

 観るには長い時間が過ぎ、閉幕。役の終わった演者が挨拶に現れ、観客席は拍手喝采に騒がしい。幕を下ろされれば、物足りなさに観客は退席を惜しんだ。

 夢見心地な気分のまま、自分も緞帳を眺め続ける。不意に隣の桐生と視線が絡んで、咄嗟に目を逸らしてしまった。

 

「素敵な舞台だったわ。流石、白神さんが勧めるだけあるわね」

「桜樹さんにそう言って頂けて、連れて来た甲斐がありましたよ」

 

 満足そうに桜樹先輩が席を立ち、白神もエスコートに動く。美男美女は役者でもなく、舞台の余韻か同じ観客に注目された。

 去り際に白神の視線を感じたが、意図的に無視。2人を皮切りに他の観客も退席を開始した。

 我ら演劇部員も逸れない様に寄り添いながら、外へ向かう。人の流れは自然とお手洗いか、売店コーナーへ分かれた。

 

メチャクチャ、ヨカッタ~♪ 途中から、ここが舞台だって忘れたぁ~」

「今回の演出家も影島 十三か、ミステリー演劇の他にも……祝典劇までイケんだなあ……。前から尊敬してたけど、更に尊敬……っ」

「全部ね、演者も脚本も……素晴らしい。あの響 静歌が座長を務めるだけあるわ」

「ワーグナーが作品に込めた意図を……初めて理解した気がします……」

 

 日高が感激しながら、キャッキャッと先を行く。他の部員が捕まえてくれている間、神矢はパンフレットを見ながら、改めて演出家へ敬意を払う。桐生は眼鏡の反射で表情は読みにくいが、歓喜に打ち震えていた。

 (いち)は聖槍の題材も好きだが、作者たるワーグナーも好きだ。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの次に好きだ。あくまでも過去の偉人の中で、そう付け加えておこう。

 

「金田君っ、少し宜しいですか?」

「……!? し、白神さん……帰ったとばかり……」

「イタッ! なんだよ、金田……。あれ? ……桜樹先輩といた色男っ」

 

 全く気配を感じず、背後にいた白神から耳打ちされる。ビックリして仰け反り、神矢へブツかった。

 他は人混みの為、気付かずに進んでしまう。

 

「さ……先に、皆さんと入り口で待っていて下さい。すぐに追い付きますのでっ」

「お、おう……わかった。早く来いよ」

 

 このまま全員と逸れて解散とならぬように頼めば、神矢は視線にて心配してくれる。

本心を言えば、白神から逃げたい。だが、通いの高校は既にバレ、素顔も見られた。何か質問されるにしても、同級生に聞かせたくなかった。

 そっと通行の邪魔にならない壁際ポスターの前に立つ。

 

「白神さん……何を聞きたいのですか?」

「そう警戒しないで下さい。桜樹さんを待たせているので、簡潔に済ませますよ。宇治木 政宗をご存じでしょうか?」

「……ええ、知っています。先月、旅行先でお会いしました」

「ほう、これまた奇遇ですね。私も先月、宇治木さんからご連絡を頂き、知り合いました。そこで初対面のはずなのに……宇治木さんは以前、私から名刺を貰ったと言うのです」

 

 クスッと笑い、白神はゾッとする名を出す。週刊誌の記者・宇治木(うじき) 政宗(まさむね)を誤魔化す為、彼の名刺を渡した事があるのだ。

 (いち)が白を切り通せば、問答はすぐに終わる。しかし、白神は『夜桜亭』の事件を桜樹先輩から聞かされている可能性もあった。一先ず、面識があると認めておく。

 汗だくになりながら、疑問が浮かぶ。次の質問をされる前にこちらから、話題を逸らそう。

 

「宇治木さんは何用で、白神さんへ連絡したのですか? ……貴方は以前、事件記事を書かれていましたね。それについてとか……」

「いえ、別件です。詳しくは言えませんが、ある調査を依頼されましてね。普段、その類の依頼は受けませんが……『血吸い桜』が関われば、個人的にねっ」

 

 一瞬、白神は深刻そうに笑みを消す。時期的に『血吸い桜』関連の調査と言えば、『夜桜亭』の事件しかない。宇治木は事件に遭遇し、犯人逮捕も見届けた立場。ルポライターへ何を調査依頼するのだろう。

 途端、脳裏に紅い桜の花びらがチラつく。思考が進む前に振り払った。

 

「……金田君、尾高山へ行った事はありますか?」

「いいえ……流石に三重県は遠いです。白神さんは尾高観音をご覧になられた事は?」

 

 不意を突かれた質問は思いの外、(いち)は冷静に返せた。

 尾高山と聞けば、長野県と三重県と2つある。それぞれ名所であり、どちらを連想しても問題はない。しかし、長野県は先日、新聞に載ったばかりだ。三重県を口にしてしまったのは逆に怪しまれたか、白神にとっては想定内の答えだったかもしれない。答えてしまったのは仕方なく、全力の営業スマイルで誤魔化した。

 

「フッ。まだまだ……聞きたい事は山積みですが、ここまでにしておきます。いずれ、全て聞かせて頂きます」

「そこまで期待されるようなお話なんて、持ち合わせていませんっ」

 

 キザッと笑い、白神は再会を誓うような態度で離れて行く。探るような視線が無くなり、ホッと一安心。神矢達と合流しようと入り口へ向かいながら、自分の言葉を思い返した。

 

(……望んだ話をしたところで、期待外れだって言われたら……。嫌だなあ……)

 

 名探偵の孫、世界的作曲家の孫、人間国宝の娘、大企業の御曹司。周囲に偉人名人の血縁者が多く、埋没してしまいそうだ。

 堂々と己が身内を自慢でき、羨ましい。彼らに聞かれれば、お説教間違いないだろう。

 そんな勝手な妄想をしている内に無事、合流。

 

「あたし~後ろの席から、あのハンサムを見てたよ~。な~んか、金田君を見てる気がしてたんだあ~」

「金田君、さっきの人と何を話してたの? まさか、ミス研に入部しろとか……?」

「日高さん、それは気のせいです。桐生さん、違いますよ」

「そ、それよりも……この後はどうする? 俺はいつまでも付き合えるぜっ」

 

 からかう日高と違い、桐生は凄む。見当違いの質問をされ、怖がりつつも素直に答える。2人は納得してない表情だが、神矢が場を和ませようと必死に提案。彼の勇気ある行動に感謝した。

 他の部員は帰宅を選んだが、4人でカラオケボックスへ直行。流石は役者志望の演劇部員、桐生の歌が上手い。(いち)も腹から存分に声を出し、歌は本当に大好きだ。

 

「『魂のルフラン』ばっかり、歌いやがって……金田って、気真面目そうな見た目と違って、茶目っ気たっぷりじゃんっ」

「神矢君こそ『愛しさと切なさと心強さ』を何度も歌ったではありませんかっ、どの歌い方もカッコ良かったですよ」

「金田君、女性が歌ってるみたいに高い声だった~♪ 女子の役もできるんじゃな~い?」

「……そうよ、金田君はどんな役も……なりきれる」

 

 神矢に笑われながら、ぐりぐりと頭を撫でられる。しかし、気真面目な見た目と初めて言われた。微妙な気持ちを隠し、彼の歌を褒めた。

 マイクを離さぬ日高は人を褒めながら、次の歌を熱唱。その隣で桐生は意味深に口元を緩め、笑っているように見えた。

 

「もう、こんな時間ですか……有森君達の『劇団アフロディア』公演が終わったでしょうね」

「そっちも観に行きたかったな~……次はいつ東京でやるかな~。その時の公演、このメンバーで観に行こうっ。ね? 春美ちゃんっ」

「ええ、そうね……織江さん。良いわよね、神矢君っ」

「……はい」

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、夕暮れには帰宅。

 駐車スペースに高級車のベンツが見え、来客を知る。その理由を察し、家に入るか悩んだ。

 

(いち)様、お久しゅうございます」

「……っ、……こんにちは」

 

 玄関とにらめっこしていれば、背後からの声に驚く。祖父母と歳の近いご老人がいる。紙袋を大事に抱えながら、高校生へ姿勢の良いお辞儀。そこまで作法が整った人はご近所の方にいない。失礼な事を思いながら、糸目に左眉毛の上にあるホクロへ注目した。

 

「椿さん……! お久しぶりです。お元気でしたか?」

「覚えていて下さったとは、流石にございます。ええ、見ての通りに……。突然の訪問、お許し下さい。金田の皆様はご在宅でしょうか?」

 

 誰かと思えば、御堂家の執事・椿(つばき) 陽造(ようぞう)。以前は執事服だったが、今は一般庶民が着るような衣服。印象が違い過ぎ、思い返すのに時間がかかった。

 突然の再会は嬉しい。

 

「生憎、自分も戻ったばかりでして……お客様がおられますので、いますっ」

「大変な時にお邪魔してしまいまして、申し訳ございません」

 

 玄関の戸を開け、革靴が2足並ぶ。男性と一目でわかり、嫌な予感がして来た。

 廊下の様子を探り、訪問客は客間へ案内されている。居間の戸が開いており、椿はそちらへ通せば良い。どの道、帰宅は告げようと叫んだ。

 

「ただいま、帰りました。お祖母ちゃん、お祖父ちゃんっ。椿さんが来ていますよ!」

「……!? 陽造! どうしたの、急に?」

(いち)、おかえり~。陽造はんや、どないしたん?」

「お久しゅうございます。こちらをご主人様から、さとみ様へっ。何度かお電話しましたが、話し中で繋がらず……」

 

 大声で呼んだ瞬間、金田祖母が客間から慌ただしく飛び出す。エプロンを着けた金田祖父は台所から、のんびりと顔を見せる。そんな騒がしい夫婦へ椿は態度を崩さず、紙袋を手渡した。

 突然の来訪に納得。

 北海道で起きた殺人事件、その当事者たる『幻想魔術団』見習いマジシャンのさとみを心配して来てくれた。

 実は事件報道後、姉の身を案じて金田家へお見舞いの電話が何件も鳴った。

 本人は事件対応と劇団の解散手続きで多忙、ひと段落するまで向こうからの連絡はないだろう。心配していないと言えばウソになるが、姉弟の父たる残間(ざんま)がいれば十分だ。

 

「さとみの為に……。陽造がお屋敷を離れても、問題ないのかしら?」

「はいっ。こればかりは私でなければ、務まりません」

 

 玄関マットへ正座し、金田祖母は手荷物を真剣に受け取る。椿を親しく呼び捨てする様子も気になったが、お互いの言い回しも含みを感じた。

 

「陽造はん、居間におり~や。茶出すでっ」

「いえ、お構いなく。お客様もいらっしゃるようですし、私はここで失礼致します」

「椿さん、祖父もこう言っています。ゆっくりして下さい」

 

 折角、お越し頂いた椿を帰したくない。それに作曲家・御堂(みどう) 周一郎(しゅういちろう)に孫娘がいる話も聞きたい。己の欲に忠実となり、彼を引き留めようとした。

 

「2人とも、おやめなさいっ。陽造、確かに頂戴致しました。そうお伝えくださいませっ」

「畏まりましたっ」

 

 金田祖母に厳しく咎められ、金田祖父と一緒に不満タラタラの態度にて口ごもる。結局、椿は玄関先で帰ってしまった。非常に残念だ。

 

(いち)はお客様へ挨拶なさい。あなたは夕飯の支度ね」

「分かりました……」

「へいへい。(いち)、お客さ~んに茶のお代わり持ってけや」

 

 手荷物を片付ける為、金田祖母はそっと奥へ引っ込む。指示された金田祖父がブ~垂れた態度で返事し、麦茶パック入りヤカンをそのまま渡された。(いち)はほったらかしになっていた客間の戸を開けた。

 

「失礼します。孫の(いち)……です」

「お帰りなさい、金田君」

「やあ、(いち)君っ。邪魔してるよっ」

 

 警視庁捜査一課の明智(あけち)警視と剣持(けんもち)警部が来客用のソファーへ座わり、麦茶を啜っている。反射的に戸を閉めた。

 

(……間が悪い……)

 

 白神に会った後では、げんなりする。特に明智警視は彼と思考が似通い、隠された真実を暴かんとする目付きも同じだ。漢気溢れる剣持警部にしても、今は会いたい気分ではない。家族共々、散々世話になっておきながら、不義理な感情が脳髄を駆け巡った。

 一秒の葛藤の末、愛想の良い笑みと共に再び挨拶した。

 

「こんにちは。明智さん、剣持さん。お茶のお代わりは如何ですか?」

「……(いち)君、なんで閉めた? も、もらおうかな……」

「私もお願いしますっ」

 

 2人とも同じコップと麦茶だが、明智警視のキラキラッな飲み方は高級な茶に見える。不思議だ。

 

「北海道では姉がお世話になりました。……父が頼りにならない為、お2人には本当に感謝しています。姉を東京駅に出迎えた際、金田一(きんだいち)君達にもお会いしました。祖父母も彼に感謝しっぱなしです」

「既にお二方から、お礼を言われました。我々にはそれで十分です」

「そうそう、(いち)君が畏まる必要ないからなっ。寧ろ……すまんかったな。明智警視や銭形警部補に連絡くれてたのに。『夜桜亭』の事件でも、俺は駆け付けてやれなかった。金田一が変に関わらせちまったから、不安だったろう……」

 

 本当だから、感謝を言葉にした。

 明智警視は感謝を不要とし、剣持警部は詫びる。どちらからの暖かい気遣いを感じ、初手に失礼な態度を取った自分が恥ずかしく、首筋に熱が籠った。

 

「……皆さんがいて下さったからこそ、さとみさんは大丈夫だと確信していました」

「そう言ってもらえりゃあ、有り難い。姉弟揃って美人……あっ、キミのお父さんに明智警視の紹介をしてなかった……」

「……剣持君。今頃、気付いたんですか……。まあ、私も……金田君のお父さんが列車に乗っていたと知ったのは旭川駅で降りられた後でした」

 

 突然、剣持警部は真っ青になる。澄ました顔の明智警視が麦茶を飲みながら、状況を教えた。

 同じ場所に居合わせて、顔を合せない。まるで何時ぞやの同級生・金田一(きんだいち)とのニアミス状態を思い返して思わず、噴き出した。

 

「……ぷぷっ、すみません……。ちょっと……思い出し笑いを……」

「! いやいや、全然。寧ろ、笑ってくれっ」

「やっと笑ってくれましたね、金田君。剣持君を連れて来た甲斐がありましたっ」

 

 (いち)は必死に笑いを堪え、剣持警部は照れ臭そうにする。明智警視は微笑ましく、状況を楽しんでいた。

 

「金田君、捜査の裏付けとしてお聞きしたい事があります。佐木 竜二君はお兄さんの佐木 竜太君と定期連絡を行っていました。彼らからキミは事件を知ったそうですが、どの段階でどこまで知っていて、ホテルにいた金田一(きんだいち)君と電話でお話されたんでしょうか?」

「……28日の午後3時過ぎ、バイト先で竜太君から脅迫状の話を伺いました。その時点で『銀流星』の朝食の時間帯に起こった事しか、知りませんでした。ここで明智さんと銭形さんへ連絡しました」

 

 突如始まった事情聴取。犯人たる高遠(たかとお)は既に逮捕され、質問の意図が見えない。捜査の裏付けならば、佐木兄弟へ確認すれば、何もかも早いだろう。しかし、隠す必要もない為に答えた。

 彼らがいなければ、報道でしか事件を知らずにいた。感謝している。

 

「列車を急停車させ、ホテルで事件が起こった件は午後9時過ぎに知りました。竜太君は自分のバイトに付き合い、定期連絡の時間に電話を取れませんでした。竜二君が留守番電話へ伝言を残し、それを聞いてから……金田一(きんだいち)君と話しました」

「大筋、佐木君に聞いた通りです。金田君は脅迫状の話を聞いて、5年前の事件に関連付けた……そう判断しても?」

「明智警視っ」

 

 一通り喋った後、明智警視は眼鏡の奥から探りを入れる。剣持警部がギョッとした。

 その質問を予期していなかったワケではない。しかし、実際に問われてみれば、妙な緊張感で息苦しかった。

 

「……無関係とは思えませんでしたので、最終的には関連付けました」

「ええ、実際に関連はありました」

 

 関連どころか、原因だった。

 東京駅で出会っただけの高遠が浮かぶ。虫も殺せぬような顔をし、3人も殺した。4人目(・・・)まで至らなかった。

 そう考えてしまった時、寒気が走る。昼間の同級生との暖かな時間が夢幻のように消え、吹雪に放り出された気分だ。

 

(いち)君、大丈夫か?」

「……あの、いえ……何でもありません」

 

 剣持警部に肩を触れられ、その暖かさに顔を上げる。質問は浮かんだが、自分に聞く権利はない。咄嗟に心配そうにしてくれる彼の顔から、目を背けた。

 

「高遠 遙一について、知りたいですか?」

「ちょっ……」

「……はい、報道では近宮 玲子の熱狂的なファンであり、5年前の事故死を弟子達による殺人と被害妄想を含まらせた……。そう、ありましたが……本当なのですか?」

 

 流石、明智警視。これまでの会話から、質問の対象さえも見抜かれる。剣持警部の動揺を余所に思わず、(いち)は問いかけてしまった。

 

「残念ですが、お答えできません。この件は既に私達の手を離れました。我々、警察には守秘義務があります。どうしても、高遠が何者か知りたければ直接、お聞き下さい。キミとの面会を優先するよう、取り計らえます。お会いになられますか?」

「……いいえ、今は……やめておきます」

 

 守秘義務を盾に教えられない。明智警視の答えが報道を否定し、事件当事者にも聞かぬ様に諭す。今、知らなくて良い状態に安心していた。

 

(いち)っ、晩飯~。お2人の分も焼けたでっ、居間にきいや」

「金田さん、すみません。我々の分までっ」

「ご相伴に預かりますっ。こちら、持って行きますね」

 

 次の言葉を探していれば、呑気な金田祖父がノックもせずに戸を開ける。剣持警部があからさまにホッとし、明智警視は表情を変えずに使用したコップを持って行った。

 

「夕食を一緒にするなら、最初から居間へ通せば良かったのでは?」

「その居間で客と話しゆう時、来たんよ。鉢合わせたら、気まずいやろ? お互いに知り合いなら、まだしもっ」

 

 その先客が自分の好きな俳優・岩屋(いわや) 菊之助(きくのすけ)だったと後で知り、行き違いに涙ぐんだ。

 

「ワシは焼くだけやき、ケチャップで味付けてぇや」

「……は、はい……。お気遣いなく……」

「無理せずとも宜しいのですよ」

「いえ、頂きますっ」

 

 卓袱台には食材を焼いただけの夕食。

 焦げた見た目だけでも、客に出すのは控えたい。何故に金田祖母は止めなかったのか、それとも金田祖父がゴリ押ししたのか、聞かずにおこう。食事前にりんを鳴らし、位牌に手を合わせる。刑事2人も自分の後ろに控え、合掌した。

 

「納骨は無事に終わったと聞きましたが、遺影を置かないのは……何故に?」

「一聖は知らん奴にジロジロ見られたがらん奴でな。写真なんざあ、置かれへんわ。ああ、刑事さん達はちゃいますぜ。一聖も恩義を感じ取るはずですっ」

「お時間ございましたら、アルバムをご覧になられませんか? 私共も写っておりますが……」

「是非っ」

 

 剣持警部の質問に金田祖父が陽気に答えつつ、金田祖母の提案に明智警視は食い付く。普段はただ食べるだけの時間がとても賑やかなであり、心が躍った。

 現役刑事2人は文句も言わず、夕食を残さずに平らげた。

 その間も電話が鳴り、金田祖父がダッシュして受話器を取る。口調や会話から、残間祖父母だろう。

 

「先程も電話があったり、誰か来たりとお忙しいですね。全てご親戚ですか?」

「親戚もおりますが、親切に私共を気にかけてくれる方々です。剣持さん、昆布茶をどうぞ。少しはマシになりましょうっ」

「いえ……本当にお構いなく……」

 

 明智警視は平気そうに質問し、金田祖母は青褪めた剣持警部の腹を気に掛ける。ならば、最初から食べさせなければ良いだろう。我が祖母ながら、気遣う箇所がズレていると思った。

 食器を片付け、台拭きで卓袱台の汚れを拭き上げる。明智警視ご希望のアルバムを1冊、仏壇の後ろから取り出した。

 

「こちらは伯父が産まれた頃から、写っています」

「拝見しますっ。……氷室画伯は幼い頃から、利発そうな顔立ちでいらっしゃいますねっ」

「と言うか……(いち)君そのものじゃないか……。キミの写真と入れ替えてても、俺は気付かねえぜ」

 

 最初のページを開いて見せ、明智警視はキラキラッと目を輝かせる。丁寧な指使いでアルバムを捲れば、剣持警部も感慨深く眺めた。

 

「金田さん、お若いですなあ。ここは映画の撮影所? もしかして、俳優か何かで?」

「ただのスタントマンですぅ。まあ、アクション俳優みたいなモンや♪」

「こちらが金田さんなら……、この方が氷室画伯のお父様。……ああ、娘さんはお父様似なんですね」

「ええ、娘は顔立ちだけでなく……気質も父親に似ていました。大胆不敵で怖いもの知らずで……」

「嘘でしょうっ」

 

 古い写真を見ながら、金田祖母の発言に驚く。我が母にして、極端な人嫌いの母・にいみが元スタントマンだった氷室(ひむろ)祖父と同じ破天荒な気質など信じられない。記憶の中の彼女にそんな片鱗はなかった。

 

「ん? 氷室画伯の父親……って、金田さんは?」

「言うてませんでした? ワシ、継父。子供らとは血繋がってませんねんっ」

「……そうでした。周知の事実ですので、失念しておりました……? どうして、明智さんが知っているのですか?」

「周知の事実ですからっ」

「……っ」

 

 氷室祖父との死別による金田祖父との再婚。

 珍しくもない家庭事情を剣持警部に伝えておらず、キョトンとされる。明智警視がニッコリと微笑み、そっと金田祖母が顔を逸らした。

 隠してはいないが、お喋りが過ぎる。

 

「お祖母ちゃん、他の誰かに喋りました?」

「……金田一(きんだいち)くんに……」

 

 もう一度言うが、お喋りが過ぎる。イラッとした。

 

「正しく人に歴史ありっ、素敵な思い出を拝見出来ました。ところで、金田君のお母様はどちらに?」

「母はいくつになっても自由奔放な方ですのでっ」

「「「……っ」」」

 

 アルバムを最後のページにて閉じ、明智警視は恭しく感謝を述べる。直後、恐れていた質問をした。

 金田祖父母よりも早く、(いち)がニッコリと笑う。笑えたはずだ。

 職業柄、様々な家庭を見て来た為だろう。剣持警部でさえ、追及して来なかった。

 

 高級ベンツで客人が去り、一息吐く。また電話が鳴り、金田祖父が瞬発力にて受話器を取った。

 

(いち)っ、陽造から頂いた見舞いの中に……アナタ宛の物が……」

「……椿さんが? ……ああ、写真!? 本当に探してくれたのですね……」

 

 金田祖母はそっとB5サイズの封筒を渡し、中身は写真と分かる感触。以前、御堂先生に氷室伯父との写真について問うた。1月から今日まで音沙汰なく、正直に言えば諦めていた。

 自分の為に用意され、心弾んだ。

 

「……ねえ、(いち)っ。横浜での暮らしを……剣持さんに話してみたら? にいみを探してくれるかもしれ……」

「どうしてですか? 黒沼先生のように話さねばならない状況でもないでしょう? 捜査一課の方は日頃から、事件でお忙しいのです。事件性のない行方不明者を探す暇はありませんっ」

 

 親身になってくれる刑事と関わり、金田祖母は欲を出そうとしている。愉しい気分に水を差され、思わず冷たい口調になったのは仕方ない。怯んだ彼女を放置し、さっさと部屋へ戻った。

 封筒を開き、机の上に写真を並べる。少し若い雰囲気の御堂先生と氷室伯父が一緒に写り、神妙な顔付きであった。

 脳細胞が活性化し、感涙に目尻が濡れた。

 封筒の奥に別の封筒を見付け、手に取る。キッチリと封がされ【金田(かねだ) (いち)様へ】と宛名書きもあった。

 

(……手紙? まさ、御堂先生が……)

 

 衝動的に封を切ろうとしたが、【6月開封】と裏書が目に止まる。危うく勝手に開きかけ、すぐに写真と並べた。今日渡した意図は知らぬが、日付を守ると信頼されたのだ。

 その期待に応えたい。

 開封できる日を心待ちにしながら、封筒を引き出しへ忍ばせた。

 




平嶋母「平嶋 千絵の母です。原作にも出番ありません。ウチの娘が悲しい事件に巻き込まれるなんて……東京なんて行かせるんじゃなかったっ。さて、次回は『次いで墓場島殺人事件へ・後編』!! 世間の大ニュースとやらも身近な出来事に比べたら、他人事ね」

日高 織江
オペラ座館殺人事件、ゲストキャラ

白神 海人、舞台女優・湖月 レオナ、演出家・影島 十三、響 静歌
オペラ座館第三の殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、白神はミス研に協力中、『遊民蜂起』は響が座長を務めている。

御堂 周一郎、椿 陽造
悪魔組曲殺人、ゲストキャラ。作中にて、御堂は金田祖母の元教え子、椿は金田祖母の弟。
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