金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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前回の後半部分、明智さん視点を投稿し直しました。
既読の方、ご注意ください


F.4 雪夜叉伝説殺人事件の後始末‐明智

 明智 健吾(あけち けんご)警視は新聞を読む。

 英字新聞(ニューヨーク・タイムズ)ばかりと思われがちだが、日本の新聞もちゃんと目を通す。

 本日のおくやみ欄にて、氷室(ひむろ)画伯の【葬儀終了掲載】を目にした。

 旅客機墜落事故、その生存者であり当時の目撃者として綾辻(あやつじ) 真里奈(まりな)の証言を取り、邸宅の家宅捜索でも彼の遺体は発見されなかったと報告を受けた。

 明智が所持している氷室画伯の絵は今でも手放さず、見栄えよく飾ってある。出会った相手は偽物だったが、素晴らしき作品は本物で良かった。

 

 ――()の天才画家は遺族によって(とむら)われ、本当に良かった。

 

 とは言っても、事件の書類に奮闘する部下達と新聞について語り合うなど、明智はしない。そんな無駄口を叩く時間があるなら、頭を働かせ、手を動かすべきだろう。

 しかし、明智が他の部署や呼び出しで席を外している間、彼らはここぞとばかりに雑談する。扉が開け、内容を聞かれているとも知らず、気付かずにだ。

 

「先週、氷室画伯のお母様にお会いしたでしょ。葬儀には行かれたんですか? 剣持警部っ」

「いや、葬儀云々の話はしてなかったな。手続きだなんだと家を空けるから、来る時は連絡が欲しいと言われたくらいだ」

 

 聞こえてしまった会話に驚き、硬直した。

 ――先週――氷室画伯の母親――その単語から、先週の出来事を思い返す。ほんの少しだけ、明智が席を外している間に剣持(けんもち)警部がとある事件の被害者遺族に呼ばれ、3時間も戻らなかった日があった。

 ロビーに見えられた着物の御婦人を覚えている。視界の隅で捉えた程度だった為、よく見てなかった。

 

「葬儀出来たんなら、遺体は発見されたって事か?」

「今のところは、未だ……。一応、長野県警の方で尾高山の事故現場付近を捜索はしたんだが……雪が多くて断念するしかなかったそうだ。雪解けの4月、早くても3月に道警と合同で再捜索だっ。……葬儀はあくまでもケジメだろうな。まあ……お母様にはご立派なお孫さんが傍に着いているっ。どんな結果になっても……心配はいらんだろう」

「お孫さん!? まさか、画伯のお子さんにまで会ったとか!?」

 

 天才の血筋と聞き、どこぞの名探偵の孫が勝手に脳裏を過った。

 

「違う違うっ、甥御さんだ! 画伯には妹さんがいてな、その息子さんだ。礼儀正しくて、しっかりした子だったぞ。この電話番号をくれたのも、その子でな」

「剣持君っ、報連相をご存知ですか? 水臭いじゃないですか、私を除け者にするなんてねっ。それとも、被疑者の掌で踊らされるような私を会わせたくなかったとでも?」

 

 これ以上の無駄口を立たせない為、明智は笑顔も忘れずに声をかける。決して、氷室画伯の親族に会いたかったとか、そんな幼稚な感情ではない。

 

「明智警視……っ、いつからそこに……」

 

 剣持警部は感情豊かで動揺を隠さず、みるみると青褪める。少しはポーカーフェイスを学んで欲しい。彼の警察手帳を開いたページ、書き込まれた電話番号は別人の筆跡だ。

 達筆な数字から、その甥御は几帳面で繊細な性格と推測できる。

 

「ほお、それが甥御さんの連絡先ですか?」

「いえ……こちらはお母様のご自宅でして……、ええと……会いに行かれますか? 社交辞令でしょうが、いつでも歓迎しますと……」

 

 社交辞令を理解してようで何よりと思いつつ、もう一度、甥御の筆跡を見やる。

 行かなければならない――自身でも根拠のない直感。あまり使いたくないが刑事としての勘、あるいは使命感。

 ――もっと言うならば、亡き氷室 一聖(ひむろ いっせい)の導きだった。数年の後、今日を振り返った明智警視長はそう語った。

 

「もしもし、金田(かねだ)さん。先週、お会いした捜査一課の剣持です。突然、すみません。本日はご自宅に……。はいっ、はいっ。いえ、私ではなく……明智警視がお伺いいたします。自分の上司でして、背氷村でも捜査を……。え? ……ああ、銭形刑事と直接やり取りしたのは私ですので、……いえっ、そんな私もお伝えしませんで。……そうですね、(いち)君にもお会いできれば……幸いかと……。学校が終わる時間……はいっ、では後程……。……明智警視っ、16時過ぎにご家族でお待ち頂けるそうです」

「ご苦労様でした。では、私は15時に出発します。今から急ピッチで片付けて行きますので、ご協力をお願いします」

 

 剣持警部に連絡してもらい、金田夫人へ来訪する旨を伝えてもらう。しどろもどろな会話だったが、あちらには背氷村の事件を捜査した本庁の刑事は剣持警部のみと誤解されていた様子だ。

 原因となった道警・銭形(ぜにがた)警部補とやらには後で追及しよう。事件の情報共有は最低限でも、正確に行わねば混乱を招く。

 勿論、剣持警部とのお話合いも忘れずに――。

 

 迅速かつ丁寧に書類仕事を済ませ、15時に警視庁を愛車で出発。法定速度を守り、剣持警部から伝え聞いた住所へ辿り着いた。

 【金田(かねだ)】の表札と喪服の老婦人が先客らしき黒のベンツを見送っていた。

 お互いに車間を気遣いつつ、すれ違う。運転席と後部座席に年齢の違う男性が1人ずつ、彼らも喪服であった。

 

(……後部座席にいるのは登山家の氷垣 岳史……。運転席は弁護士か……バッチが見えた。焼香にいらしたか……、葬儀を終えていようが……喪服で来れば良かったな……)

 

 頬に凍傷の痕を持つ青年、氷垣 岳史(ひがき たけし)の顧問弁護士・黒沼(くろぬま) 繫樹(しげき)と後で知る。明智も知る高名な登山家にも挨拶したかったが、お目にかかれただけでも嬉しい誤算だ。

 小さな温室が見える敷地内に駐車させ、車から降りるまで老婦人は明智を待ち構える。こうして顔を合わせれば、剣持警部から伝え聞いた通りに氷室画伯の面影が見えた。

 

「初めまして、金田(かねだ)さん。お電話した明智です」

「ようこそ、お越しくださいました。明智さん、先日はご挨拶もせずに失礼いたしました」

 

 玄関にて靴を揃え、客間へ通される。位牌がひとつの手元供養仏壇。焼香、りんとりん棒がある経机。香典が3つ供えられた供物台。全てが真新しい。最近、買い揃えたのだろう。

 

「新しい仏具ですね」

「そりゃあ、急いで()うたんでね。どうも、一聖の継父です。昆布茶ですが、どうぞ」

 

 襖が開き、オボンに湯呑を乗せた喪服の老人はとても愛嬌があった。

 

「主人です。無作法な所がございますが、ご容赦くださいませ」

「いえ、私のような若輩者に礼儀など不要です。しかし、継父とは……失礼ですが、再婚ですか?」

「ああ、すんませんなあ! 身内はほとんど知ってるもんで、つい。さっきの人もね、知ってましたわ。氷室はワシのダチで、この別嬪と可愛い子供を置いて、亡くなりまして。ワシも独り身だったもんで、その縁でね。一聖はもう大きうて、氷室姓に残ったんですっ」

 

 陽気に振る舞う金田(かねだ)は一瞬、慚愧の色が窺える。並々ならぬ事情まで聞く気はない。話したいのであれば、聞く用意はある。だが、ひとつ質問したい。

 

「私より先に来られた方、登山家の氷垣さんではありませんでしたか?」

「……ええ、確かに氷垣さんですが……あの方、登山家なんですね。何分(なにぶん)にも、その方面に疎くて……」

「やっぱり、あの人も有名人なんやな。一聖の奴、万一の連絡先だって勝手に電話番号を教えとったらしいですわ。朝から新聞見ましたって電話がひっきりなしで! 推理小説家の多岐川さんや画家の小林さん、知っとりますよね? お2人には普段からお世話になっとりましてな。事件の報道を知って、すぐにウチへ来てくれまして。色々とアドバイス頂いちゃって!」

 

 ものすごい勢いで捲くし立て、金田(かねだ)は快活に喋る。金田夫人は目を伏せ、止めない。聞く用意があるとは思ったが、予想外に聞かされた。

 新聞には電話番号の記載はなかった。それでも、故人を悼む電話が次々と来る。

 

「極端な人嫌いでも、交流は必要不可欠ですからね。それでも氷室画伯だからこそ、得られた人脈です」

「明智さんは若いに、世間をよう知っとるわ。天才も霞を食うて生きていけませんし、他人からの評価なしでは芸術も育ちませんわ」

 

 明智は聞き込みをする心境で、金田(かねだ)の落ち着きを待つ。そこから、やっと焼香を終えた。

 瞬間、廊下に置かれた電話が鳴り響く。夫妻の表情が一気に強張り、廊下へ飛び出した。

 

「はいっ金田(かねだ)です! ……なんだ、(いち)か……。ああ、遅くなる? 阿呆言え、(はよ)う帰って来んか! お前さんに会いたいって、お客さんが来とるんぞ。今もお待ち頂いて……、遠野くんが泊まりに来る……って、それは構んが晩飯、買い足しといてくれ。こらっ、まだ切るな!」

 

 慌てて金田(かねだ)が受話器を取る。相手は噂の孫らしく、喚き散らして終わった。

 

「明智さん、すんません。(いち)……孫の奴、補習授業が長引くから遅うなるとかで……」

「全部、聞こえています。お客様の前で恥ずかしい……。でも、困りました。明智さんが折角、いらして下さったのに……」

「いえ、学校の都合では仕方ありません。珍しいですね、新学期早々に補習授業をなさるとは……」

 

 申し訳なさそうに詫びながら、金田(かねだ)がペコペコと頭を下げる。金田夫人は夫の醜態に対し、羞恥心で頬を染め上げた。

 

「ああ、それは……今回の件で学校に休みもろうて、緒方先生が授業に追いつけるよう気ぃ利かせて下さったんですぅ。緒方先生いうんは音楽の先生でして、これがかなりのべっぴ……。親切でねっ」

「音楽ですか……(いち)君は楽器をなさるんですか?」

「主にピアノです。生憎、うちにはオルガンしかございません。最近、ユーフォニアムも始めたと言っていました。あくまでも、嗜む程度です」

 

 音楽教師と聞き、恩師にして生徒想いの姫野(ひめの) 優未(ゆうみ)を思い返す。見知らぬ緒方(おがた)先生とやらも、きっと同じなのだろうと勝手に思った。

 しかし、肺活量が必要な低音楽器を選ぶとはセンスが良い。

 

「多才なお孫さんですね、お二方の教育の賜物でしょう。氷室画伯のようにっ」

「明智さん、それは褒めすぎですわ♪ 一聖に関しては、あの子が独りで頑張っただけで、ワシらはな~んにもしてませんで……。色んな業界のお偉いさん達に下積み時代があったように……一聖が自分で縁を持って……。んで、その人達も一聖が大物になると踏んで……その縁を繋げて……」

「あなた……っ」

 

 社交辞令の称賛。本当に深い意味はなかった。

 朗らかに笑っていたはずだが、金田(かねだ)は途端に目元を手で覆う。皺だらけの頬から、哀惜の涙が溢れた。

 ゾッと明智の肝が冷え、会話の中に失言を自覚した。

 

「すんません、年を取ると涙もろうてっ」

「いいえ、私も長居しました。これにて、失礼致します」

「明智さん、お見送り致します」

 

 礼儀に則り、一礼する。

 どんなに陽気な態度で振る舞おうが、義理と言え息子を亡くした父親だ。

 事件に対し、犯人に対し、吐き出したい激情がある。だが、氷室画伯の存在を奪った4人はもうこの世にない。かと言って、綾辻へ向けられない。

 それらを理解し、金田(かねだ)一家の冷静な対応。そんな彼らに対し、明智に出来るのはただ焼香を上げる事のみ。

 

「何のお構いも致しませんで。今度、孫をそちらへ向かわせます。お手間でしょうが、あの子の話も聞いてやってください。主人を見習ってか、あの子も明るく振る舞うんです。本人は幼過ぎて、一聖を覚えていないと言い張りますが……受取拒否されるまで、ずっと年賀状を出していたんですっ」

「ええ……必ず、話を聞きましょう」

 

 本心から約束し、明智は愛車へ乗り込む。

 先程の氷垣氏も金田夫人しか見送らなかったのは、金田(かねだ)は来客の度に涙を堪え切れない為だろう。彼女が気丈な態度を貫くのは、涙脆い夫に気遣っての事だ。

 エンジン音をふかした瞬間、金田夫人が何か言いたげに口を開く。すぐに唇を噛みしめてまで、噤んだ。

 

(……? 気のせいか……。それとも、挨拶か……)

 

 気に留めず、明智は再び会釈する。そのまま、発進した。

 もしも、剣持警部、あるいは金田一(きんだいち) (はじめ)ならば、金田夫人の態度や表情から、事件を予感して、あるいはただ悩み相談を受けようと、話だけでも聞こうとしたかもしれない。

 明智も疑問がなかったわけではない。

 名前すら語らなかった氷室画伯の妹の存在、金田(かねだ)姓の孫、電話が鳴った瞬間の態度。

 ひとつ、ひとつはあり得る家庭事情であり、家庭環境だ。

 刑事として、彼らの家庭へ踏み込む必要はない。そう思っていた。

 だから、職務へ戻った。




速水「速水 玲香です♪ あれ、もしかして……あたしがチョコ贈る部分もカット? まあ、いっか。金田一君にも気付かれなかったし……。さて、次回は『血溜之間殺人事件の消失』!! 消えるんだ、事件!!」

登山家・氷垣 岳史、氷垣の顧問弁護士・黒沼 繁樹
雪霊伝説殺人事件、ゲストキャラ

推理小説家・多岐川 かほる、猟奇的な作風の画家・小林 星二
それぞれ蝋人形城殺人事件、悲恋湖伝説殺人事件、ゲストキャラ。作中にて金田家と交流がある。

姫野 優未
高遠少年の事件簿に登場、明智の恩師。
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