金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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原作の金田一は体育祭、ちゃんと参加したんだろうか?
事件後のゴタゴタで行けなかった可能性もありそう


C21.【仏蘭西銀貨殺人事件】を駆け抜けて・後編

 本日は晴天なり、体育祭日和。

 体育祭委員や保健委員、放送委員、そして写真部以外の生徒は準備を済ませて各々の陣地にて、待機。

 保護者席、来賓席、PTA役員席などのテント付近に撮影スタッフやリポーターの姿が見え、生徒は浮足立つ。

 (いち)は開会式までの僅か時間を利用し、こっそりと3人4脚の練習。神矢(かみや)桐生(きりゅう)も快く、一緒に励んでくれた。

 

「もう十分だろ、後は野となれ山となれっ」

「あの、お手洗いの場所を聞いても……っ」

「はい、ご案内しま……す……」

 

 汗だくの神矢が練習を切り上げ、足の紐を外す。そこへ【来校者】の名札を付けた男性が現れ、トイレの場所を尋ねる。(いち)は振り返った拍子に特徴的な丸い眼鏡を目にし、言葉が詰まった。

 (ひびき) 史郎(しろう)

 背氷村殺人事件の当事者にして、(いち)の素性を知る人。まさか今日の撮影スタッフとして来校され、変な緊張に背筋が汗だくとなったが、どうにか平静を装った。

 

「神矢君、桐生さん。先に席へ戻ってください」

「OKっ」

「……遅れないでね」

 

 クラスメイトがいなくなり、響を男子トイレへご案内。

 

「……さっき……体育祭実行員の金田一(きんだいち)君と会ったけど、同じ学校だったの? ……そんな偶然、ある?」

「ええ、あるのですよ。そんな偶然が……」

 

 驚きを隠さず、響は問う。言い回しが面白く、(いち)も笑ってしまった。

 

「今回の収録も……あのバイトを斡旋してくれた不動高校のOBが関与していると聞きましたが、響さんはその辺の事情は……」

「僕みたいな下っ端は何も聞かされないし、知る必要もないよ。今回も手が空いている奴で組まされただけだしっ。そんな事より……連絡先、ありがとう。大切な話を聞かせて貰えたよ。仕事にはしなかったけどね」

 

 男子トイレの所要を済ませ、響と校庭まで一緒に歩く。校門の受付が見え、PTA役員は多くの来校者を手向かえる。ハンディカムを持ち歩く佐木の母・良子(りょうこ)は目立ち、他の保護者も見倣って待ち時間中にビデオカメラを確認するなど、慌ただしい。

 

「保護者の方はこちらをお付けください。お帰りの際、この箱へ返却をお願いします」

 

 PTA会長も自ら背の高いタートルネックの男性へ【保護者】名札について説明し、胸元へ付けるなど対応中。見かける度に尊大な態度だが、やる事はキチンとこなす。普段はイラッとするが、見習うべき点はある。

 

「響! ここにいたかっ、早く戻れ! すげえ事になってんだよっ」

「はいっ。金田君……競技、応援してるよ」

「響さんもお仕事、頑張ってくださいっ」

 

 スタッフ仲間に呼ばれ、響は柔らかく微笑む。予期せぬ彼との会話は思いの他、嬉しかった。

 

「いっくん~、来ちゃった♪」

「帰れ、ゴリラ女」

 

 元気溌剌なさとみに背後を取られ、(いち)はゲンナリ。彼女に体育祭の話をしていなかったが、同じ屋根の下に住むならば、知られるのは当然。と言うか、金田祖父母が絶対にバラす。

 

「さとみ、そこにいたかっ。(いち)、お義父さんとお義母さんは?」

「……!? 残間……仕事は?」

「お父さん、やっと来た! お祖母ちゃんとお祖父ちゃんは保護者席よ」

 

 当たり前のように父・残間(ざんま)がおり、驚愕。後ろ姿で気付かなかったが、PTA会長から直接、対応された保護者だった。自意識過剰かもしれないが、受付の視線がチラチラと刺さった。

 背後にさとみ、正面の残間。優勢遺伝子の顔に挟まれ、(いち)は更にゲンナリ。

 

「代休取得したっ」

「この人を呼んだのは?」

「あたしっ」

 

 正直な姉へイラッとし、一本背負いを決める。しかし、彼女は突然の技にも華麗な回転を見せて着地した。

 

「見事だ。さとみっ」

「いっくん、あたしじゃなかったらケガしてたよ」

「ご心配なく、さとみさん以外にやりませんっ」

 

 親馬鹿が溺愛する娘を褒めちぎった時、全校生徒集合の校内放送がかかる。2人に手振りで別れを告げ、生徒席へダッシュした。

 陣地から見える保護者席は大渋滞。テントの外でも三脚を立てて、カメラを手に構える保護者が多い。

 

「体育科とか、運動部の保護者がほとんどよ。ウチの親もね、来てる♪」

「高校生にもなって親来るとか、恥ずぃ……」

 

 スキー部2年F組・相馬(そうま) 真紀(まき)が照れ臭そうに言えば、サッカー部の白石(しらいし)が顔を伏せた。

 

「……? 気のせいかな……来賓席に陶芸家の大先生が座ってる~?」

「……ソックリさんじゃね?」

 

 美術部2年C組・神津(かみづ) さやかが貴賓席を見やり、周囲の生徒に尋ねる。聞こえた陣馬(じんま)はボソッと返すが、彼女は正しい。(いち)の目にも人間国宝・朝木(あさぎ)陶工その人が見え、リポーターに話しかけられていた。

 その娘は陣地におり、嬉しそうに微笑む。チラチラと彼女の家族構成を知る人の視線が集い、生徒会執行部の庶務と目が合った。

 グラウンドに全校生整列。

 開会式は校長の挨拶から始まり、七瀬(ななせ)が生徒会長として選手宣誓。5月も終わり頃とは言え、彼女のブルマは寒そうでジャージを穿かせたい親心が芽生える。他の男性陣はほとんど食い入るように見つめ、不気味だ。

 競技開始は放送委員の実況アナウンスが熱い。しかも、マイクなしの声量。

 

「放送委員、のっけから声出し過ぎだろ」

「アナウンサー志望だっけ、スカウト狙ってんのか? TV局の力、すげえ……」

 

 2年5組・千家(せんけ) 貴司(たかし)八尾(やお)は放送委員の気迫に引き気味である。運動部や体育科も負けず、学生の競技とは思えぬ活躍を見せた。

 去年の遊び半分、のほほんとした雰囲気が嘘のようだ。

 

「加背センパイ! 頑張って~♪」

「白石く~ん!」

 

 サッカー部の人気者が競技へ参加すれば、女子生徒の黄色い声援が実況を掻き消す。それを繰り返し、午前の部は想定内の負傷者を出しつつ、無事に終了。

 

「あの人、伊志田君のお父さんでしょう? 耳の形が同じよ」

「へえ、耳の形ですか……気にした事なかったなあ」

「忍先生っ、羽田先生が呼んでます」

 

 昼飯タイムは各教室、もしくは陣地にて行う。来校者は午前で観覧を終えて帰る人やテントで食事する人もいる。社会担当・朱鷺田(ときた) (しのぶ)先生は得意げに伊志田(いしだ)先輩の耳を指差し、誰かの保護者を探して遊ぶ。楽しんでいる途中、津雲(つくも)先生に連れて行かれた。

 

「お疲れ様、俺の活躍も撮れてる?」

「さあ、どうだか。シャッターチャンスが多すぎて、手……疲れちゃった」

 

 2年1組・村上(むらかみ) 草太(そうた)は写真部の鷹杉(たかすぎ)を労わり、飲み物を渡す。彼女は担当分の写真撮影だけで疲労困憊だ。

 

「午後……出たくない。3人4脚、イヤ……」

「……大丈夫。ビリになっても、叱らないから」

 

 スキー部マネージャー2年4組・鈴森(すずもり) 笑美(えみ)は今から意気消沈し、ミス研の3年2組・鷹島(たかしま) 友代(ともよ)先輩に慰められていた。

 

「神矢君、この後に部活対抗リレーの打ち合わせですか?」

「あ~……、食ったら行くわ。3人4脚の後すぐだもんなあ、2年にはキツイって……」

「金田先輩、お婆さん達は帰るそうです。会わなくても良いんですか?」

 

 (いち)も自前の弁当を広げ、神矢と水筒の茶を啜る。ぬっと現れた佐木(さき)がハンディカムを向けても、D組は誰も驚かない。完全に慣れた。

 

「佐木君、わざわざ教えに来てくれたのですか……モグモグ。ありがとうございます……そうです! 神矢君を紹介していませんでしたっ」

「え、俺? いや、いいって!」

「神矢君、以前に自分の親の顔も知らないと言っていたでしょう。良い機会です」

「知りたいとは言ってねえ!」

 

 不意に思い付き、(いち)は驚いた神矢の腕を掴む。意気揚々と彼を連れ出した。

 

「金田先輩、テンション高いですねえ……。僕の時とは大違いだ」

「佐木君は勝手に祖母と知り合って、家へ乗り込んできたのでしょう。神矢君は去年、クラスや部活に馴染めない自分とお喋りしてくれた貴重な友人です」

「……大体、合っちゃあいるが……。俺はただ……月島さんが……お前を気にかけるから……」

 

 下駄箱にて履き替え中、佐木は嫉妬心丸出しにハンディカムを顔面に詰め寄り、(いち)はイラッとする。好奇心旺盛なレンズを手で覆い、神矢との友情を育んだ日々を口頭で伝える。神矢は謙遜しながら、躊躇いつつも月島の名を出した。

 

「私がどうしたの? 神矢君っ。あっ、金田君に……佐木君だったかな?」

「はい、佐木です。金田先輩と同じ演劇部の月島先輩っ」

「ちょっとは遠慮しろって、佐木っ。これから、金田の家族に会うって話でさ。月島さんも一緒に……会う? 良いよな、金田っ」

「ええ、勿論。神矢君と仲良くなれたのは月島さんのお陰ですからっ」

 

 そこへ昇降口にいた本人が登場。早速、佐木のハンディカムが捉えようとした為、今度は神矢が手で覆う。彼は月島(つきしま)も誘いたそうにしており、(いち)に断る理由はない。否、彼女の事も紹介したかったと言い直そう。

 佐木は物珍しそうに(いち)を眺め、瞬いた。

 

「月島さんは家族、来てる? 俺ン家は誰も来てなくてさっ。普通に行かねえとか言われたぜ」

「私は兄しか、家族がいなくて。そう言えば、アナタによく似た女の人がいたわね。ご家族?」

「はいっ、母です」

(さらりと……月島さん、両親いないって言ったな。家族の話題は不味った……)

 

 神矢に何気なく聞かれても、月島の穏やかさは変わらない。佐木は全く動じないが、自分はちょっとだけ胃が竦んだ。

 保護者席へ行ってみれば、残間だけが座る。他の保護者はいるが、さとみも金田祖父母もいない。しくじってしまい、(いち)は眉間にシワを寄せた。

 

「どうした、(いち)。佐木さんを紹介してくれるのではないのか?」

「初めまして、金田先輩のお父さん。佐木 竜太です。先日は弟の竜二がお世話になりました」

「……っ。……神矢君、月島さん……これが生物学上の父です」

「「……生物学上……それを言うなら、血縁上では?」」

 

 ゆっくりと席を立ちながら、残間は首を傾げる。律儀に佐木が挨拶してしまった為、同級生にも紹介する羽目になった。聞かされた2人は余計に混乱した。

 

「神矢君と月島さんです。2人とも演劇部でして、神矢は自分と同じ組です」

「いつも(いち)がお世話になっております。ご紹介に預かりましたように、これとは生物学上の親子です」

「「その言い回しが普通なんだ……」」

 

 渋々と2人へ紹介すれば、残間の挨拶に苦笑してくれた。

 

「演劇部なら、部活対抗リレーにも出るのかね?」

「俺が出ますっ。そろそろ、打ち合わせに行くわ」

「「神矢君、頑張ってね」」

「♪」

 

 残間がプログラム用紙を眺め、何気なく問う。ハッと気付いた神矢は打ち合わせへ行ってしまい、(いち)と月島が声援を送り、無言の佐木はハンディカムを構えた。

 

「佐木さんのミステリー研究会は誰が出るのかな?」

「会長と3年の真壁先輩に2年の岡持先輩、助っ人でバスケ部の成瀬先輩、4人で交代して走ります」

「「佐木君が走ろうよ」」

 

 残間の問いかけへ走らない佐木は得意な態度。流石である。

 

「金田君はピアノの伴奏で舞台を盛り上げてくれます。台本の読み合わせも迫真の演技を見せてくれて、私も力が入りますっ」

「貴方達のような仲間に恵まれただけでも幸運だが、(いち)がキチンと協力し合えているなら、何より」

(そんな……常に部活の役に立ってますみたいな言い方しなくても……。1年の時なんて幽霊部員だし……月島さん、優しいなあ)

「金田君のお父さんっ、お婆さん達はもう帰っちゃったんですか?」

 

 親切な月島が部活での態度を良いように伝え、残間がメッチャ微笑ましそうに見つめる。父親の顔に見えないのは何故だろう。そこはかとなく、哀愁が漂っていた。

 佐木も何か察し、話題を自然に変えた。

 

「皆さん、お帰りになられた。私は最後まで観て行くよ」

《連絡します。午後の競技を始まる前にゴミを集めます。保護者の方もご一緒にお願いします》

(((去年、ゴミ拾いなんてしてなかったのにっ)))

 

 残間が答えた瞬間、PTA会長からのアナウンスに皆がまごまごと動き出す。朝木陶工もゴミ拾いに参加し、TV局にバッチリ撮影される。

 生徒は放送の力に恐れをなした。

 残間もテキパキとゴミを拾う。その後ろを他の保護者が頬を赤らめ、蜜へ群がるミツバチのように付いて回る。意味不明の現象が怖い。

 

「あの方、金田君のお父様なのね。フフフ、流石は親子だわ。よく似てるっ」

「緒方先生?」

 

 いつも親身な緒方(おがた)先生の意見を否定したくないが、却下だ。

 

「佐木君、ちゃんと拾って下さい」

「今、忙しんでっ。あっ」

ワァ~!?

 

 ハンディカムを決して離さず、佐木も撮影を続ける。途中でサボりの金田一(きんだいち)を見付けたらしく、そちらへそっと忍び寄る。案の定、彼はカメラ小僧出現にズッコケた。

 

「クスクス、佐木君って面白いわね。金田君と仲良いけど、同じ中学?」

「いいえ、佐木君とは出かけ先で知り合ったのです。今は可愛い後輩だと思っていますっ」

「今って……、金田は見かけによらず、辛辣だなあ」

「「!? 月島先生(兄さんっ)」」

 

 月島に何気なく問われ、 (いち)は本当の事を言ってのける。ぬっと現れた月島(つきしま)先生が2人の間へ割り込んだ。普段は部活で絡みを見せない生徒と教師の兄妹、ゴミを拾う振りをして距離を取ろうとした。

 

率直に聞くが、金田は冬子と付き合ってるのか?

「……!? 付き合っていません

 

 とんでもない誤解を囁かれ、月島先生へ即答。ここで「付き合うって、買い出しとか?」などと言うボケは絶対にしない。妹を守る兄の威圧感に命の危険を察した。

 

「そうか~♪ 金田は色男なんだから、彼女作れよっ。七瀬はどうだ? 同じ生徒会だもんな、遠野もそう思うだろ?」

「はい? あ、金田君っ」

「……!? 月島先生、思っていても口に出してはいけない事があります」

 

 月島先生の冗談のような本気の提案を聞き、(いち)は青褪める。物凄いタイミングで遠野(とおの)先輩が白峰(しらみね)先輩達と通りかかったのだ。

 

「いえ、月島先生が冗談を言っただけです」

「へえ、どんな冗談だい?」

「俺は聞こえたぞ。金田に彼女を作れって話だ。ですよね? 月島先生っ」

「ああ……そうだが、白石、いや、渋沢? だったか……。何をそんな強めに言うんだ?」

「月島先生、その方はスキー部の白峰 辰貴先輩ですっ」

 

 折角、月島が誤魔化そうとしてくれたのに遠野先輩は興味津々。白峰先輩は七瀬の名を省いて、教えてくれる。月島先生は担当せぬ生徒を覚えておらず、名を出すだけで悪戦苦闘した。

 

「そういう話は聞いた事ないね。金田君は恋愛経験とかないのかい?」

「……中学の時に懲りましたよ」

「え♪ 金田君、そんな懲りる程の経験があるの?」

「……同じ演劇部の友達の紹介で、知らない女子と付き合っていました。けど、最初のデートで……フラれました」

「お前がフラれたのか? 相手の女子、勿体ないぞ」

「……その子が言うには……男を感じないそうです……」

「うわあ……なんか、スマンな。金田……辛いコト、思い出させて……」

 

 少しでも七瀬との関係を疑われない様、遠野先輩へ赤裸々な中学校時代の思い出を語る。ずっと忘れていた初めて付き合った女子(名前さえも忘れた)からフラれた理由が蘇り、陰鬱な気持ちになった。

 それぞれから不憫そうな視線を頂いたところで、集合のアナウンスがかかった。

 

「金田君、女性の役も出来るからっ。きっとそういう意味だと思うよっ」

「月島さん、慰めてくれてありがとうございます……」

「金田君、楽しそうだねっ」

 

 両手の拳を握り、月島に励まされる。実はこの話に続きがあり、それこそが恋愛に躊躇する原因。あえて語るまい。

 そんな心情が顔に出ていたのだろうか、遠野先輩がフフッと微笑む。

 

「ええ、去年よりも楽しいです。遠野先輩も楽しそうですよ」

「僕? ……そうだね、去年よりは確かに楽しい」

 

 今日までに心を痛める事件はあり、まだ終局を迎えていない問題もある。それでも今だけは楽しい気分に浸りたかった。

 

「須貝先生、ゴミ袋は足りています?」

「ああ、忍先生。ひとつ、頼みますっ」

「……忍先生? 尾根先生、あの人は朱鷺田じゃあ……?」

「中津川先生……。あんな事があった後だと紛らわしいし……忍先生と呼んでくれって、本人が職員会議で言っていたでしょう。いつも言いますが、ちゃんと人の話を聞いて下さいっ」

 

 朱鷺田先生が歴史担当・須貝(ずがい)先生とゴミ袋を運ぶ。彼女への呼び方に疑問し、美術担当・中津川(なかつがわ)先生は体育担当・尾根(おね)先生へ問う。彼女は眉間にシワを寄せ、困ったように注意した。

 時田、朱鷺田。同音異字に罪はないが、朱鷺田先生の配慮は有り難い。

 原因たる小田切先生の姿なし。

 

「吉長先生っ。小田切先生はどちらに……?

……あの、TVに映りたくないから……休んでてね。責任、感じていると思う……

 

 陣地に移動しながら、(いち)は時田の担任だった吉長(よしなが)先生へヒソヒソ話。体育祭は部外者の来校もあり、教職員が揃う。小田切先生が見当たらないのは当然と言えば当然、PTA会長を含めた保護者役員にも会わす顔もないだろう。

 

 ――これが『小田切 進先生』の身を案じた最後であった。

 

 開会式も終了、体育祭の反省会は後日。生徒会執行部も無事に解散。

 精神的にも疲労困憊の中、這う這うの体で金田家へ帰宅。

 

(いい加減……横浜ナンバー、変えろや)

 

 駐車スペースに祖父以外の車、かつては我が母・にいみの愛車だ。今は残間により、乗り回される。つまりは会いたくない顔がいる証拠だ。

 

「金田君、久しぶりじゃな! 今日は声がかけれんで、スマン!」

「……朝木陶工……本日はお疲れ様です」

 

 玄関の戸を開ければ、人間国宝がビール缶を片手に待ち構える。全く予期せぬ客人にゲンナリ。

 

「陶工など硬い言い方は止せっ。お前と儂との仲じゃろう。よし、分かった。儂は(いち)君と呼ぼうではないかっ。お前はオジサンと呼ぶがいいっ」

(馴れ馴れし過ぎる……小林さんにもそんな呼び方した事ないのに……)

 

 残った気力で靴を脱ぎ揃えた途端、朝木陶工に居間へ拉致られる。既に酒臭い残間と金田祖父母は楽な胡坐、さとみは正座で静々と食事中だった。

 

「いっくん、お帰り~。思ったより、早かったね。打ち上げでカラオケかと思って、先に食べてたっ」

(いち)っ、こちらにお座りなさい。すぐに持ってくるわ」

「いえ……台所で食べま……」

(いち)君も飲みたまえ! 儂、普段は日本酒じゃが、ビールもいいのもんだぞっ」

「朝木さ~ん、孫は未成年やで~♪」

「お義父さん、初めての飲酒は中学と言っていませんでしたか?」

 

 賑やか夕食は最早、宴会状態。朝木陶工の娘はいないだけ、幸い。事情説明が面倒だ。

 

「どうして、朝木……オジサンが我が家へ?」

(いち)君のお父さんと話したかったんじゃよ。あの女と結婚する物好きじゃぞ、どんな変わり者かと思ってな!」

「アハハ! 朝木さ~ん、人の娘をあの女てぇ呼びなはんやな~」

「え? 朝木先生、お母さんを知ってるんですか? あ、伯父さんの友達だし……そっか……」

 

 ツッコミどころが満載だが、さとみはその辺りに触れない。疑問だけを純粋に問う。

 

「にいみは昔、朝木先生の壺を買ったんだ。神社に奉納した壺を見て、同じ壺欲しさに作った相手を必死に探したとか……言ってた」

「そうともっ、あの頃は父の下でまだ修行中の身でな。初めて奉納する作品を任された時じゃよ。あの女はありったけの小銭を袋に詰め込んで、儂の家に来よった。同じ壺を作れとなっ」

 

 残間の説明に補足を入れ、朝木陶工は懐かしむ。工場で製造されるような代物なら、いざ知らず、陶芸家相手に無茶な注文。結局、彼は切磋琢磨の末に依頼者のご希望通り、同じ壺を作り上げた。

 自他共に満足させるなど、流石である。

 

「……お母さんの嫁入り道具の壺が……朝木先生の作品って事? 独身の頃から、大事にしてるって言ってた……あの壺?」

「そうそう、あの壺」

「嫁入り道具の壺?」

 

 さとみは必死に記憶を辿り、(いち)の知らない壺の話を振る。残間はもう酔っ払い、言葉が単調になってきた。

 

「フフフ……そうそう、急に金を稼ぎがしたいとか言い出して……貯めたら、壺を買って来たんですもの。そのまま、朝木さんとご縁があればと……思いましたわ」

「謹んでっ、遠慮申し上げます。あの女は儂の壺に惚れておったが、儂にはひとっつも興味を持たんかったですぞ」

あの壺は良い壺だあ~

「「……!!」」

 

 金田祖母がクスクスと笑い、昔を思い返す。しかも、朝木陶工は歯に衣着せぬ言い方だが、仕方ない。それより、残間の叫び声と内容に兄妹で驚いた。

 

「朝木さん、アンタ~な~んでロシアを行っとたんです? 自分探しの旅?」

「そりゃあ、金田さん。アンタの娘、要はあの女だ」

 

 好奇心のまま、金田祖父が問う。朝木陶工のまさかの返しに途端、空気が重くなった。

 

「3年前にふらりとやって来て、儂の作品を悉く貶しおってな。……最後には頭でも冷やして来いときたもんだっ。儂も思うところはあったし……、娘に家を任せられたしのお。思い切ってみたんじゃ。最初は北方領土を目指しておったら……気付けば、そこはロシアじゃった!」

((……朝木さん家も大変だなあ……))

「3年前……にいみがそちらに?」

 

 愉快そうに語っているが、(いち)とさとみは背筋が凍り付く。にいみは何故、人間国宝へ悪態付いたのだろう。しかも、それが原因で家庭を放り出しての旅。責任を感じてしまう。

 残間は別の観点に注目し、酔いを覚ます。(いち)に視線を向けずとも、意識される感覚は伝わる。元妻が離婚成立後、男と会った事実、教えない息子へ怒っているのだ。

 

(知らんがな)

 

 八つ当たりも甚だしい。

 

「……朝木さん、娘はどのような無礼を働いたんです?」

「今となっては……無礼などではないが、……家庭を持ったせいで作品に魅力が無くなったとか……。芸術家でいたいなら、子供を持つな。作品を我が子と思えとか……ボロクソに言われたわい……。思い出したら、段々……腹が立ってきた

「「母が失礼いたしました!」」

「……っ」

 

 金田祖母の更なる質問に朝木陶工は酔いもあり、目付きが座る。罪悪感が極まった兄妹で取り敢えず、土下座。残間は無言で考えに耽っていた。

 これだけ思い出を語りながら、朝木陶工は今に触れない。触らぬ神に祟りなしのつもりか、こちらも有難かった。

 

「ワシも自分の種で子供は持たんかったけど、魅力なくなったでぇ~」

「あなた、煩い。後、お下品」

「金田さんは魅力バッチリですともっ、はっはっは~

 

 ビール缶に手を付け、金田祖父は顔を真っ赤にして笑う。金田祖母が咎め、朝木陶工もまたビール缶を開ける。あちこちに空き缶が転がり、酒臭い。

 

「自分、缶を片付けます」

「あっ、いっくん。あたしも……」

「さとみは座っていなさい」

 

 (いち)はビニール袋を手にし、缶を集める。プルタブの回収は勿論、忘れない。さとみも手を貸そうとしたが、残間が引き留める。彼も憤りを抑えようとビールを煽った。

 

「そうだっ、(いち)君。夏休みは『雲場村』へ遊びに来なさいっ。儂の家に代々伝わる窯を見せてやろうっ」

「……!? 前向きに検討いたします(また長野の話題か……)」

 

 いきなり、朝木陶工のゴツイ手に腕を掴まれる。ビックリしたが、ただの夏のお誘い。背氷村の合宿準備もある為、曖昧に返答したのは不味かった。

 酒の匂いが狂わせたせいにしておこう。




メグレ「ボンジュール♪ ……金田一クン、学生だったんデスカ。あれだけ見事な名推理を披露……将来が楽しみデスッ。大人になったら、ワタシの探偵事務所においでなさい。さて次回、『仏蘭西銀貨殺人事件を駆け抜けて‐平嶋』!! お嬢さん、どうか泣かないで……」

スキー部2年F組・相馬 真紀
雪鬼伝説殺人事件、ほぼモブキャラ

社会担当・朱鷺田 忍
人形島殺人事件、ゲストキャラ
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