金田少年の生徒会日誌 作:珍明
祖父は天才故、近付く人間は老若男女問わず、利用する連中だけだ。心から他人に気を許さず、気分屋で扱いにくくなるのは仕方なかった。
音楽に人生を捧げたに相応しい富と名声を得ても、その心は孤独だったと思う。
優歌以外に信頼を置いたのは40年に渡り、御堂家に仕えた執事・
死に至る病を宣告され、祖父は遺作たる『悪魔組曲』を完成させる。読ませてくれた詩は物々しくも素晴らしく、曲の発表が待ち遠しかった。
「優歌、これからは全て……お前の為に使いたい。今更だろうが、年寄りの我が儘を許しておくれ」
「お祖父様っ」
僅かな余命を優歌と過ごす。そう決めてくれて、凄く嬉しい。何年振りかの家族水入らず、最近の流行だとレンタルビデオを一緒に観賞してくれた。但し、話の内容は一ミリも理解できず、中学生がチェロを弾くシーンしか、印象に残らなかった。
とても穏やかに過ごしながら、生前贈与などの法的手続きが死別の現実を突き付ける。弟子という名のハイエナに死期を悟られぬ様、椿と山根も一苦労だ。
特大号のインタビューは優歌が勧めた。
対談相手に興味はないが、悲劇の天才画家・
自宅にも飾られた祖父の肖像画を描いた縁もあるが、背氷村殺人事件の報道を知り、祖父はショックのあまりに倒れた。
椿曰く、氷室画伯が事故の後遺症から立ち直るのを待ち望んでいた。
だからこそ、その繋がりが祖父を元気付けると思った。
「朝木陶工には優歌と同じ年頃の娘さんがいるそうだ」
「そう……機会があれば、お会いしたいわ」
目論見は成功し、祖父は取材から満足そうに戻られる。人間国宝の娘に毛程も興味ないが、社交辞令で返事をした。
そして、忘れもしない3月。
4人の弟子達が本宅の屋敷に集められる。こんな事態に山根が不在だったのは珍しかった。
祖父はこれまでの作曲に愛用した楽器をそれぞれに選ばせて贈る。指揮者の
祖父の一瞥を受け、椿は小切手を風倉へ渡した。
「……好きな金額を書くが良いっ。二度目はない」
「!? はい、先生♪ 肝に銘じますっ」
他の弟子からゴミを見るような視線を受けても、風倉はへこたれない。ウキウキと彼女が背負う借金の金額を書き込んだ。
「それにしてもお祖父様、随分と大盤振る舞いなさったわね。椿や山根さんには何もないの?」
「差し出がまししく……申し上げるならば、この椿。大旦那様より、十分すぎる物を頂いております。山根様には相応の物をお渡しなられるかと……」
そっと椿へ耳打ちすれば、そんな答えが返って来る。祖父が弟子だけでなく、忠実な執事やマネージャーにも礼を尽くしてくれて、素直に嬉しかった。
「……先生。僕は先日、『幻想魔術団』の公演を観に行きました。先生が花を贈られるに相応しく、素晴らしいショーで……」
「あらあら、夏岡さんのおべっかが始まったわ」
「先生がマジックショーに興味を?」
「ワタシ、『幻想魔術団』知ってマス♪ 先生も観に行ったンですか?」
「……いや、別の予定があった」
『幻想魔術団』の公演日は取材日と重なったのもあるが、新幹線に長時間も乗車する体力が祖父にはなかったのだ。
「私が断ったの。大勢で騒ぐのは趣味じゃないわ」
「ソレでしたら、この屋敷に招いて、ドウデショウ? ギャラを払えば、マジシャン、ドコにでも来てくれマス」
「……マイケル、個人からの依頼も受け付けてくれます……。次からはこの言い方をなさい」
優歌がすまし顔で言い訳すれば、マイケルは閃く。その露骨な言い回しに紅は呆れ、咎めた。
「……個人でも呼べるか……。椿っ」
「畏まりました」
「あの『幻想魔術団』をお屋敷に招くんですの!? 是非、一緒に観ましょう。優歌さん!」
「……百合恵さんの為に呼ぶんじゃないわっ」
祖父の一声。話の流れで新春の祝賀会が決まってしまうが、学校でも評判の『幻想魔術団』を独占できるのは少し胸が弾んだ。
「……先生は最近、優歌さんと過ごされているようですが、作曲の進捗状況はいかがなものでしょう? 先生の新作を我が団員達も……首を長くして待っております」
「曲は完成した……が、公表するつもりはないっ」
「「「「!?」」」」
夏岡の白々しい詮索に祖父は確固たる意思で断言し、優歌も驚いた。椿は一切の動揺が無い。
「そんな……折角、先生が作った曲を公表しないなんて勿体ナイ!?」
「せめて……その曲の楽譜とか、そうだ! いつものようにイメージを託した詩だけでも……僕、いえ……我々にっ」
「
「え……」
マイケルと夏岡に詰め寄られても、祖父は尊大な態度を崩さずに告げる。優歌でも初耳の事態だが、慌てふためく様子は見ていて小気味いい。
特に紅。その若さと美貌で祖父を篭絡し、優歌に隠れて愛人関係となった。彼女でさえ、知らされていない。湧き起こる優越感を表情に出さぬ様、澄まし顔を貫いた。
「話は以上だっ」
「「先生……!」」
「ちょっと、私は不満なんてないわよ!」
「……っ」
祖父の声に反応し、副執事と執事見習いが部屋に入る。弟子達をお見送りにエスコートし、喧騒の余韻が残る部屋に優歌も段々と胸がざわついた。
「山根さんを外したのは……この為ですか?」
「偶々だっ。優歌、『悪魔組曲』に関してだけは……私に任せて欲しい」
『悪魔組曲』を発表しないと祖父が決めたなら、不満はない。しかし、あまりにも不自然と感じた。
違和感を拭えぬまま、その日は訪れた。寝台に横たわる祖父は苦しまず、穏やかな表情で逝った。
告別式も火葬も済ませ、遺骨を自宅の屋敷に持ち帰るまでの流れが瞬く間に終わった。
だが、山根達は何も終わらない。かつて、作曲に書いた詩の詩集を出版、夏岡達は新曲探しに屋敷をうろついた。色々と多忙だ。
祖父の書斎にて、優歌は山根と一緒に大量の詩を纏めながら、創作時期の当て合いっこをした。
「優歌さん、どうか……先生の仕事場だった別荘の場所を教えてください。僕の心当たりは全て探し尽くしました。後は御堂家が所有する土地だけなんです。優歌さんだって、このまま楽譜が発表されないなんて……」
「いい加減にしてください! 何度も……楽譜、楽譜って! 先生は発表しないと私にも、話してくれました。それで良いじゃないですか!」
そっと書斎に顔を出し、夏岡は恭しく頭を下げる。優歌は彼の本性を知っており、山根も無神経だと憤った。
「いいのよ、山根さん。……夏岡さん、案内するわ。誤解しないでっ。あそこは神聖な仕事場、勝手に探られてはお祖父様の魂もおちおち眠っていられないでしょう」
「それなら、他の皆さんと日程を合わせましょう。私達だけで行っては出し抜いたとか、誤解されます!」
「……分かりました。優歌さん、ありがとうございます」
勝手をされるくらいなら、見張ろう。不満を瞳に宿し、夏岡は帰った。
作業に戻れば、ハッと気付く。この書斎にあったはずの『悪魔組曲』の詩だけが消えている。暗記する程、読み込んではいつもの同じ棚へ片付けていた。
「椿っ、お祖父様の『悪魔組曲』はどこにやったの?」
「私の手元にはございません」
「優歌さん、幸い……先生から詩を収録した音声テープを頂きました。困る事はないかと……」
椿の答えは確かに正しいと後日、知る。山根に慰められながら、優歌は心当たりを思い返す。GW、夢月流の展示会で出会った
〝遠野先輩は御堂先生にお会いした事、あるんですよねえ~〟
〝偶々だよ。デパートをちょっと案内したら、御堂先生がピアノを弾いてくれてね。本当に素敵なお祖父様でしたよ、御堂さん〟
「椿、遠野 英治と話したいわ。お呼びしてっ」
「……!? どうか、ご辛抱下さい……お嬢様。遠野様は先日の告別式でもあらぬ疑いをかけられております。この時期に屋敷へ招いては嫌疑の信憑性を高めます」
「遠野君って……あの時の……」
流石、椿。諫める時にはしっかり諫める。山根が遠野と面識ありと気付かず、冷静にならんと深呼吸した。
祖父はどの作品の詩も手元に置いておく人だったが、想い入れの深い品物は意外と自宅にない。全て仕事場だった別荘へ移す。作曲に用いる為でもあるのだ。
『悪魔組曲』を作曲する際も屋敷にあった絵画やフィルムカメラなど、別荘へ持って行かれた。
「椿、お祖父様の別荘へ行くわ。山根さんや夏岡さん達も招待します。準備を……」
「……お嬢様、畏まりました。……ですが、大旦那様が亡くなられてから、私も足を踏み入れておりません。皆様をお招き出来るように準備致しますので、お時間を頂きたく存じます」
詩を探す為にも、椿へ命じる。結果的に夏岡の願いを叶えるのは本当に癪だ。
弟子達とも相談し、別荘へ行く日程も決まる。約束の日より一週間も早く、夏岡は屋敷へ乗り込んで来た。
「優歌さん、来週の予定がダメになりました。僕のミスで申し訳ないのですが、我々だけで別荘へ行きましょう。すぐに支度を!」
「夏岡……」
嘘臭い言い訳。他を出し抜くなら、独りで行けば良い。それだけ、優歌へ取り入りたいのだろう。正直に呆れた。
夏岡と2人のドライブなど冗談ではないが、生憎と椿が私用で留守。勤務中の山根へ連絡を取り、別荘へ来るように頼む。彼女はすぐに助っ人を連れて行くと約束してくれた。
控えの執事が別荘の鍵を渡しながら、予備しかなかったと教える。椿が厳重に管理しているだろうと思い、追及はしなかった。
道中、夏岡は楽譜の在処を探る言い方が癪に障り、心を無にして過ごす。途中で乗用車とすれ違い、こんな山奥の車道でも利用されていると知った。
優歌も初めて訪れた別荘。
本宅の屋敷よりもこぢんまりとしており、まさに仕事場と呼ぶに相応しい。大自然に囲まれ一見、長閑な雰囲気だが、神聖さよりも悪魔が住んでいそうな不気味さを感じた。
正面玄関へ向かいながら、開いている窓を見付ける。風と小鳥の囀りに紛れ、祖父の曲が流れて来た。
「ピアノの音っ」
「……っ、これは……優歌さんがお産まれになった時、先生が作曲された……」
(遠野……、遠野がいる……!)
「優歌さん!」
咄嗟に玄関をブチ開け、旋律を追いかける。閃いた直感に突き動かされ、夏岡の制止は無視した。
開いたままの扉を覗き込めば、書斎であろう。階段の下に壁一面の本棚、たった一つのグランドピアノがある。傍に椿が控えていた。
「遠野 英治!」
「え?」
「……!? お嬢様!」
「……遠野……じゃない? 誰だ、キミは!」
優歌はあらん限りの感情を込め、叫ぶ。ピアノの不協和音と共に疑問が返事となれば、椿はギョッとした。
夏岡の言う通り、遠野じゃなかった。
見知らぬ少年は三眼目に悲しみの吹雪を宿していた。
小沢「小沢 竜二郎だ。悪魔組曲殺人事件はドラマCD、ドラマ版、アニメ版と一粒で三度美味しい! ちなみに私の出番はドラマ版だっ。是非とも観てくれ! さて、次回は『悪魔組曲相続事件・起』!! 楽譜探しだけで……4話も取る……」
御堂 優歌
御堂 周一郎の孫、七瀬と中学時代のクラスメイト。幼い頃に両親を亡くし、祖父に溺愛されて育った。そんな親代わりの祖父に愛人がいても、黙認する寛大過ぎる心を持つ。
一度見た人の顔を忘れない金田一が思い付けない為、面識はほとんどない。
山根 優香
アニオリ。本来は優歌だが、紛らわしいので優香と表記。自称押しかけマネージャー、明智警視の大学時代の知人。楽譜探しの為に警視庁のエリート警視をパシる豪胆な性格。
執事・椿 陽造
御堂家に40年仕えた忠実過ぎる執事。アニメ版は温厚な性格だったが、劇中は怒ると怖い。作中にて、金田祖母の弟。
夏岡 猛彦
指揮者。優しい紳士を気取っているが、計算高い野心家。七瀬が素敵な人と称するイケメン。
紅 亜里
ヴァイオリニスト。御堂 周一郎の愛人だったが、破局。金田一が綺麗な人と称える美貌と性格。ドラマ版にて国生 さゆりが演じた。
マイケル・ヘンリー、
作曲家。御堂 周一郎とアメリカで知り合った。紅とコンビを組んで映画のBGMを作る仕事も手掛ける。最近、作曲に行き詰っている。
風倉 百合恵
オペラ歌手。金田一と七瀬が苦手と称したプライド高い性格。作中にて、借金返済が完了し、楽譜にはそこまで興味なし。
御堂 周一郎
金田一も名前だけは知る世界的に有名な天才作曲家。
劇中にて突発性難聴にかかり、聴力を失う。難聴を隠した為、紅に様々な誤解をもたらし、破局。
ドラマ版では難聴状態による作曲の為、紅に贈っていい曲か判断できず、弟子達を使ったと真実を綴った遺書が発見された。
作中にて、生前の氷室画伯と交流があった。