金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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3話の終わりより、数時間前。2話との合流です
舞台はアニメ版では長野ですが、ドラマ版の千葉にしています


4話 悪魔組曲相続事件・起

 不動高校は運動部以外の部活動は中止。

 教職員全員の本人確認が行われ、経歴詐称の潔白を証明する為だ。特に『小田切先生』と同時期に新任した執行部顧問の先生達は警察にも身分を改められ、ゲンナリ。

 警備員だった立花 良造(たちばな りょうぞう)はまだ深い事情が理由だった為、学校や教育委員会も目を瞑った。

 しかし、今回は本物が遺体で発見された殺人及び、死体遺棄事件。PTAも黙っていなかった。

 演劇部も配役決めは延期、仲間内で勝手に台本の台詞合わせを行う程度だ。

 

 (いち)も電車に揺られながら、台本を読み耽る。皆で話し合った解釈の書き込みを見つめても、気は晴れない。アルバム手帳を開き、今朝方に金田祖母から頂いた写真をもう一度、眺めた。

 中学校卒業式、若き金田祖母と学ラン姿の御堂(みどう)先生が校門にて並んで立つ貴重な光景。今、(いち)も似たような学ランを着ており、一緒に並ぶと彼が年上に見られてしまうそうだ。

 

「お祖母様の人脈には恐れ入りますね」

「ええ、自分もそう思います」

 

 クスッと笑い、弁護士・黒沼(くろぬま)先生は氷室(ひむろ)伯父の日記を改めている。これから会う約束の椿(つばき)は御堂家の執事、万一に備えて芸術家2人の交友関係を把握してもらう為だ。

 寧ろ、弁護士として雇っているのだから、日記を見せるのは遅いくらいだ。

 

「ひ……伯父様の日記ですが、気になる点がひとつあります。この文面です」

「……何か問題でも? 自分には分かりません」

「甥の文字を強調して書いているんです。他はすべて「(いち)」だけでキミへの気持ちを表わしています。この日記はそもそも、人に読ませる気はなかったでしょう。わざわざ、甥と書いた意味が……違和感と言いますか……」

「成程、何度も読んでいますが……自分は気付きませんでした」

 

 黒沼先生が指摘した【甥の一に全てを遺したい】。それ以外は【(いち)と】【(いち)が】など、【甥】はこの部分だけだ。自分には分からないが、弁護士には違う捉えた方があるのだろう。

 

「……伯父様はキミを我が子のように可愛がっていましたよね。失礼ながら、養子の話とかは?」

「……自分が覚えている限りは……なかった……」

 

 黒沼先生の質問に脳髄が触発され、たった今、思い返す。

 横浜へ引っ越した際、母・にいみは「ダーリンが反対しなかったら、あの子は一聖に引き取らせていた」とその友人・かほる先生へ語っていた。

 その言葉だけでも、養子縁組に近い話はあったと深読みできる。

 仮にあっても、金田祖母が反対した可能性が浮かぶ。彼女は養子として旧姓の家に引き取られている。写真を受け取る時、聞けば良かったと後悔した。

 

「もしも、氷室姓だったら……紛らわしいですね。(いち)と一聖でっ」

「フフッ……そうですか? お揃いの名前で素敵ですよ」

 

 そんな冗談を口にして感情を誤魔化せば、黒沼先生は優しく笑ってくれた。

 目的の駅に問題なく、到着。

 

「日記はそのまま、黒沼先生が持っていてください。挟んである封筒もお願いします」

「分かりました。2つとも、お預かりします」

 

 氷室伯父の日記帳、御堂先生の未発表作品『悪魔組曲』の詩が入った封筒。

 重要にして貴重な2つ、黒沼先生の手持ち鞄へ仕舞われるのをしっかりと確認。他はこちらの手提げ袋へ入れたが、何となくアルバム手帳は学ランのポケットへ忍ばせた。

 美しい田園に囲まれ、雰囲気が好き。客待ちのタクシーや自家用車が雑な駐車場で待機、椿(つばき)の姿を探そうと見回す。1台の車から、背広を着た男性が降りた。

 まさかの冬部(ふゆべ) 蒼介(そうすけ)弁護士。

 

「金田君! また、その恰好か……。見付けやすかった」

「失礼ですが、お名前は?」

 

 真摯な態度から仕事中にも拘らず、こちらへ手を振る。嫌な予感に声が引き攣り、初対面の黒沼先生はサッと庇う態勢になった。

 

「冬部です。……金田君、そちらの方は? 椿さんからはキミ1人か、ご家族が一緒だと聞いているが……」

「……弁護士の黒沼先生です。普段から、お世話になっております。黒沼先生、冬部さんは弁護士をされています。以前、旅行先で知り合いました」

「ご紹介に預かりました。黒沼です」

 

 怪訝そうな冬部弁護士は黒沼先生を家族ではないと見抜き、警戒態勢。蛇と蛙に挟まれた気分になり、変に緊張しつつ、彼らを紹介した。お互いに大人の名刺交換。

 

「……椿さんの依頼で、ここに?」

「詳しい話は車の中でっ。椿さんは別荘で待っている。小1時間程かかるから、トイレに行っておくといい」

「つまり、別荘は山奥と……っ」

 

 冬部弁護士の勧めで公衆トイレへ行き、準備万端。レンタカーは彼の運転で人里離れた山道を進みながら、詳細を聞く。御堂先生の顧問弁護士代理人を任され、椿の指示で自分達を待っていた。

 

「顧問弁護士……代理人? 黒沼先生との違いは何でしょうか?」

「本来の顧問弁護士とは別に依頼した弁護士、そう覚えてもらっても差し支えありません。今回の場合、顧問弁護士の方と金田君が直接会うのを避ける為でしょう。御堂 周一郎のご家族に勘繰られますからね」

「大体、合っているが……金田君は何故、黒沼さんを連れて来たんだ? 椿さんは今日の約束をしただけで内容は伏せていると聞いたっ」

 

 黒沼先生の説明に納得しながら、冬部弁護士には「自衛」と答えた。

 

(黒沼先生を連れて来て正解だったけど……冬部さんはどこまで事情を知ってるかなあ。椿さんなら、必要最低限の事しか話さないよな……信じようっ)

「金田君、冬部さんと知り合った旅行先はどこです?」

「……桜の美しい場所さ」

 

 藪蛇を突かぬ様、(いち)は口を閉ざす。そこへ黒沼先生の急な質問をされ、冬部弁護士はそれだけ告げた。そんな言い方をされれば、夜桜郷の名を言えぬ。春先に起こったばかりの殺人事件が思い当たるだろう。

 紅い桜の花びらに散らされた遺体が脳裏をチラつく。すぐに振り払った。

 

「次から旅行へ行く際、私にも行先を教えてくださいね」

「え!? あ……はい?」

 

 黒沼先生の頼みに反射的な承諾をしたが、後悔はない。

 

 青空と山々に囲まれた洋館は一見すれば、金持ちならではの別荘。だが、他人を拒絶する殻のような印象を受ける。独り、創作に勤しんだ氷室伯父のアトリエに似ていた。

 玄関扉で椿が執事として控えていなければ、速攻で帰りたくなる雰囲気だ。

 椿と黒沼先生をそれぞれに紹介し、客間へ案内される。棚には年代物のフィルムカメラが置かれており、壁にはいくつもの絵が飾られている。火のない暖炉、マントルピースの上に見栄えの良い絵画が目に入った。

 壺がひとつ、描かれた。

 

「……椿さん、この絵……ひょっとして、母の絵ではありませんか?」

「! 流石、(いち)様……仰る通りです。にいみ様が成人の折、お描きになられました。元は私が所持しておりましたが、ご主人様の目に留まり……僭越ながら、献上させて頂きました」

「母が……椿さんへプレゼントしたのですか?」

「いいえ、押し売……ゴホンッ。成人祝いも兼ね……私が買い取らせて頂きました」

 

 好奇心のまま問えば、当たり。にいみの癖が壺の滑らかさに表れている。当時の記憶が触発されたらしく、椿の本音が溢れかける。目上へ押し売りする無礼者に代わり、失礼を詫びた。

 

「金田君のお母様も……画家だったんですか?」

(……も?)

「母はマットペインターと言って、映画の背景を描く仕事もしていたのです」

「ほお、それは私も初耳でございます」

 

 冬部弁護士のしかめっ面が強くなり、話題に入れないと気付く。(いち)は気まずさを悟られぬよう、椿へ視線にて助け舟を求める。察し能力の高い執事はそれぞれ、木目テーブルの席へ導いた。

 椿が飲み物を用意する為、すっと客間から離れる。その間、冬部弁護士は持ち込んだ鞄から如何にも相続に関する書類を取り出し、1枚1枚、並べた。

 内容を読まずとも、ゾッとする。

 

「金田君への遺言をお伝えします。御堂氏が所有していた絵画を2つ、贈与されると……」

(……御堂先生の肖像画とか?)

「お飲み物にございます」

 

 冬部弁護士から伝えられ、(いち)は緊張に心拍音が煩い。椿がティートローリーを押しながら、紅茶をそっと差し出していく。緊張で味など分からない。

 

「こちらへ飾られた2つ。どちらも高名な画家の作品であり、1つを売却しても良いと記されています」

(……肖像画じゃなくても……あれも伯父さんの絵だ。こっちは間久部 青次じゃんっ。うわ……メチャクチャ嬉しい……! あ~贈与税が……

金田(かねだ)君、気をしっかり!」

(いち)様……どうか、今だけは贈与税をお気になさらず……」

 

 暖炉とは違う壁に飾られた絵を示されたが、どちらも贈与税の対象。支払いを思えば、胃痛の錯覚に襲われる。黒沼先生が物凄く労わり、心情を察した椿も憐れんだ。

 結局、欲望に負けて贈与承諾の書類にサインする。ペンを置いたには学ランの下は汗だくとなり、半袖のカッターシャツにして正解だ。

 

「贈与税の心配をしていたのか……高校生が? ……フッ、金田君はしっかりしているじゃないか……」

「自分のような庶民には死活問題なのですっ。ですが、こんな事でもないと……素晴らしい作品を手に出来ないのも事実です……」

「椿さん、金田君へのお話は以上ですか?」

(いち)様には一晩、この別荘へお泊まり頂きます。(いち)様がごゆるりとお過ごし下さるよう取り計らえと、ご主人様からの言い付けにございます」

 

 冬部弁護士にからかわれても、(いち)は絵画を丁寧に梱包中。受け取りは前提だったらしく、クラフト紙やガムテープで二重にした段ボールも用意されていた。その間、黒沼先生が後の予定を確認すれば、ビックリするサプライズプレゼントがあった。

 こんな立派な豪邸にお泊まり、歓喜と緊張に背筋がゾクゾクしてきた。

 

「すみません、椿さん。折角ですが……着替えを持って来ていません」

「それでしたら、寝室にご用意しております」

 

 準備万端過ぎて、(いち)は恐怖を感じた。

 

「椿さん。私もご一緒して、宜しいでしょうか? 金田君が心配ですし……」

「黒沼様。ええ、それは勿論。部屋はたくさんありますのでっ」

「冬部さんも泊まりますか?」

「いや、仕事は終わった。椿さん、私はここで失礼します」

 

 黒沼先生の頼みを椿は快く受け入れ、(いち)の心が躍る。お帰りとなる冬部弁護士はすっと席を立ち、礼儀正しく頭を下げた。

 春振りに冬部弁護士と宿泊を過ごせる機会だったが、残念。

 車を見送りに玄関扉へ行く途中、黒沼先生は自身の着替えを買いに一旦、街へ下りる流れになった。

 

「明日の為にレンタカーを借りて来ます。何かあれば、携帯電話に連絡をお願いします」

「はいっ、黒沼先生。冬部さん、またお会いしましょう」

「ああ、キミとはまた会うだろうな」

「お気を付けてっ」

 

 弁護士2人が同乗し、車は発進する。

 この後、別荘に通じる道は夕立の雷雨で崖崩れによって、塞がれてしまう。その為、黒沼先生との再会は明日になるなど露知らず、一息。椿と2人っきりになれば、やっと本題へ入れる。学ランのポケットから、アルバム手帳を取り出す。見せたかった写真のページを開いた。

 

「椿さん、頂いたこちらの写真ですが……この別荘で撮られたと思います。案内して頂けませんか?」

「……ご主人様からも案内するように言い付けられております」

 

 玄関ホールの奥、扉の向こうには吹き抜けの書斎。ステンドグラスにより、日光が射し込むために室内は十分に明るい。直階段はそのまま下りられた。

 ここだ。

 写真と照らし合わせながら、御堂先生と氷室伯父が立っていた場所に立つ。胸が感慨深い気持ちに溢れ、目尻に涙が滲む。椿に知られまいと手で覆った。

 学校の備品よりも高価なグランドピアノを発見、わざとらしく興味津々に振る舞った。

 

「――素敵なピアノですね。御堂先生はここでも、弾いてたんですか――」

「はいっ。ご主人様が曲をお作りになられる際、この別荘に籠られておいででした」

(……つまり、仕事場ってワケか……。ああ、それで伯父さんのアトリエと同じ雰囲気に……)

「どうぞ、お弾きになられてください。……ご主人様もそれを望んでおられます」

 

 別荘の印象に間違いなく、目の前のピアノを用いて作曲していたのだと思えば、自然と手が伸びる。椿に優しく後押しされれば、学帽と学ランを脱いで預けた。

 躊躇いつつも、椅子へ座る。触れた鍵盤の滑らかさ、物の価値よりも亡き作曲家の遺品として強く意識した。

 

〝キミが弾くんだっ〟

 

 脳髄に蘇った記憶はたった今、耳元で囁かれた気がする。一音聞けば、調律の必要なし。緊張に深呼吸し、(いち)の指使いで弾いた。

 今、奏でているのは金田祖母から初めて教わった御堂先生の曲。自分達の世代が産まれた年に作曲され、とても縁深い。

 いつも金田祖母の指使いに任せれば、音律も間違えずに弾ける。自分なりに弾こうとすれば、途中で指が攣って音が外れてしまう。それが今はどうだろう。(いち)の指は無理や無駄もなく、弦を振動させる。

 これ程の音色ならば、御堂先生に聞かせてあげたかった。

 否、例え……指が攣ろうとも、恥ずかしがらずに自分自身の指使いで、彼の曲を弾けば良かったのだ。

 勝手な後悔に胸が痛んだ瞬間、扉から風が舞い込んだ気がする。

 

遠野 英治!

「え?」

 

 甲高い声にメチャクチャ怒鳴られ、4コマオチが如く音を外した。

 耳が隠れる長さの黒髪を持つ少女は知らぬが、連れの男は御堂先生の弟子が1人・指揮者の夏岡(なつおか)だ。となれば、猛烈に嫌な予感がする。

 

「お嬢様、お約束は来週のはずです」

「僕がお連れしたんです。それで椿さん、その少年は何者なんです? 何故、先生のピアノを弾いて……」

「夏岡っ、静かにして」

(お嬢様で……御堂先生の弟子を呼び捨て……孫娘の御堂 優歌しかいねえよなあ……。やべえ……

 

 遠野(とおの)先輩の名を叫ばれた意味も考え、確実な修羅場。椿が(いち)を庇う立ち位置が更に緊張感を高め、背筋が汗だくだ。

 

「――初めまして、お嬢様。夏岡様。大叔父がお世話になっております。私は姪孫(てっそん)の金田と申します。本日は来週に備え、微力ながらお手伝いにっ。ピアノは差し出がましくも、調律させて頂きました――」

「椿の……姪孫? 初耳ね」

「……はい、姉の孫にございます。私もこの土地へ来るのは本日で2度目。若い手が必要と思い、信頼できる親戚を頼りました」

「そうでしたか……」

 

 椿のように振る舞ってみたものの、内心は子ウサギにように怯える。匠な執事は流石、目配せなどせずに上手く辻褄を合わせた。

 脳髄の一部は冷静に周囲の状況を把握し、妙としか言いようのない違和感を覚えた。

 

(あれ? 写真……)

「山根さん……お祖父様のマネージャーだった方も呼んでしまったの。椿っ、何か用意して」

「……畏まりました。その前に夏岡様、少々……お話がっ」

「はい?」

 

 思考に耽れば、御堂(みどう)嬢は勝手に決める。しかも椿繋がりで山根 優香(やまね ゆうか)と言えば以前、背氷村の別宅を掃除した時に世話になった人。(いち)の面が割れており、一気に血の気が引いた。

 椿は夏岡を書斎からそっと連れ出し、お説教タイム。それを高校生2人は知らぬ。

 

「金田君、ピアノは誰に教わったの?」

「――祖母に――」

「さっき言ってた……椿の姉ね。ピアニストか、何か?」

「――かつて、音楽教師を――」

「アナタ、ピアノのコンクールとか……出てた?」

「――趣味の範囲です――」

 

 早速、御堂嬢からの質問にして尋問の嵐。差し障りのない範囲で答え続ければ、ヒールのような足音が近付いて来た。

 

「優歌さん。そちらにいます?」

「……? 誰デスカ、その子」

(うわあ……あれが8千万のヴァイオリン……)

 

 御堂先生の弟子たるヴァイオリニストの(くれ)と作曲家マイケル・ヘンリーが書斎を覗き込む。クラシック業界の若き大物より、彼女の持つヴァイオリンケースが気になる。おそらく、師より贈られた楽器。ケースそのものも高級品と一目でわかった。

 感激よりも新たな修羅場の予感に胃が竦んだ。

 

「亜理沙さん、マイケル。どうして、ここに?」

「山根さんから連絡を受けまして、ちょうど東京で仕事を……。……アナタは?」

「――金田と申します。紅様とMr.ヘンリー、お会いできて光栄です。報道のみですが、お2人の活躍は存じております。他の方と違い、コンビを組んで映画の曲を手掛け、幅広い活動をされていらっしゃるとか――」

「詳しいデスネ。ワタシのファンですカ? サイン、モーテルの名簿しか、書きまセン」

 

 案の定、(いち)は警戒される。紅はそれを隠さず、マイケルの朗らかな態度と裏腹に刺すような鋭い視線だ。

 

「金田君……ね、子供がそんなに畏まった言い方しなくていいわ。優歌さんのお友達?」

「椿の親戚よ。来週に備えて、別荘の準備を手伝いに来たんですって」

「……オモテナシの心得、痛み入りマス。どうぞ、マイケルと呼んでクダサイ」

「――皆様。立ち話もなんですから、お茶の用意をして参ります――」

 

 身元を明かせば、2人の態度は少しだけ軟化する。

 流石は長年、御堂家に仕えた執事。弟子からも信用されている。このまま、椿のように振る舞うのは限界。自分の未熟さを痛感しながら、そそくさと書斎を後にする。当然のように御堂嬢が追いかけて来た。

 

「金田君、椿に免じて警告しておいてあげるわ。お祖父様の弟子だったからって……あの人達を信用なさらないで、とくに紅 亜里沙さんはっ」

「――お気遣い感謝致します。しかし、お2人ではなく……紅様ですか? ――」

「お祖父様の愛人だったのよっ。本人から聞いたワケじゃないけど、間違いないわ」

……は?

 

 高名な偉人に人間関係の諍いは付き物。偉大なる作曲家の孫として様々な醜聞を見せ付けられた人生だろう。だが、御堂嬢が伝えたのは衝撃過ぎた事実。彼女への同情や憐みは全部、吹き飛んだ。

 御堂先生に愛人、しかも相手は弟子のヴァイオリニスト。

 並んで歩く2人は遠慮がちに見ても親子です。本当にありがとうございます。

 

……御堂先生の恋人は……音楽ですよ?

「……っ」

 

 (いち)の引き攣った笑みを見て、御堂嬢は絶句にて答えた。

 その後、速足で客間へ突入。

 椿が置き去りにした荷物を運ぼうとしてくれた所に出くわし、寝室へ案内される。返された学帽を深く被り、湧き起こる名のない激情を抑え込む。普段なら、すぐに落ち着くはずが、今にも爆発しそうな衝動は止まらなかった。

 心配してくれる椿に頼み込み、薪置き場へ立つ。つまり、薪割り。

 

御堂先生に愛人……

 

 ――タァン、タァン

 

 脳髄に単語が反響。薪が割れる音に合わせ、ひたすら手を動かし続ける。目の前で綺麗な真っ二つが胸の痞えを徐々に晴らしていく。代わりに曇り空となり、風も強くなってきた。

 木々の揺れる音に混ざり、近付く足音は聞こえたが、無視した。

 

「太刀筋の綺麗な音がすると思えば……。精が出ますね、金田君っ」

「……明智さん、こんにちは。……明智さん!?

 

 本庁捜査一課・明智 健吾(あけち けんご)警視。勤務時のスーツと違い、上流階級の集まりに行きそうな装い。思わず、2度見。その背後から、山根がひょっこりと顔を出した。

 

「山根さん、こんにちは。金田です」

「……金田君……あっ、北海道で会った子ね。久しぶり、頂いたカップは大事に使ってるわ♪ 明智さんが勝手に歩き出すから、どうしたのかと思ったら……2人は知り合いなの?」

「ええ、金田君とは良き縁で結ばれています。しかし、山根君とも面識があるとは驚きです」

 

 山根の再会を喜ぶ反応が清涼剤となり、胸の痞えが和らぐ。明智警視には家族ぐるみで世話になった身だが、誤解を招きそうな言い方に気を付けて欲しいと切に願う。

 

「何故、明智さんがこちらに?」

「私の大学時代の知り合いなの。無理にお願いして、来てもらったの」

「引き受けて良かったですよ。それはさておき、薪は十分でしょう。金田君、斧を下しなさい」

 

 大学の知人であろうと多忙な明智警視を容易く呼び出す。そんな山根の豪胆さに敬意。彼がクラシックファンだと思い返し、また頭が重い。陰鬱な気分へ早変わりだ。

 

「まだ割り足りません。どうぞ、中へ。椿さんがいます」

「「割り足りない……?」」

 

 素直な気持ちを告げれば、2人は呆気に取られる。積み上げた薪が一本、コロンッと落ちた。

 

「……足りているんじゃない?」

「山根君、行きましょう」

 

 明智警視は邸内に入りたくない気配を察し、山根を連れて行った。

 そのまま薪割りを再開。今度はゴロゴロッと唸り声が耳を打つ。雲を見上げれば、雷鳴を合図にザーッと集中豪雨に見舞われた。

 

(……ああ、雷煌めき、闇さらに深まりて、魔界の宴の刻来たり、今宵の犠牲と選ばれし、聖なる鍵を手にせし、騎士は悪魔の餌食と、なりはてぬ)

 

 御堂先生の『悪魔組曲』、第一楽章の詩が反響される。彼が自分へ詩を託した理由は未だ解けず、雨が視界さえも遮り、まるで深い闇。斧は聖なる鍵とは程遠いが、自分自身が騎士のように思えてならなかった。

 

(帰ろう……)

 

 斧を肩で担ぎ、足の赴くまま正面へ向かう。黒沼先生が車で戻っている事を期待した。

 玄関先に古そうな車が停車し、3人の男女が降りて来る。雷雨と強風で人相の判断は出来ないが、御堂先生の弟子たるオペラ歌手・風倉(かぜくら)の可能性に肝が冷えた。

 これ以上のゴタゴタは勘弁と祈れば、女がこちらに気付く。一気に警戒心は強まり、咄嗟に裏口へダッシュ。開いている戸から中へ飛び込み、玄関ホールへ急いだ。

 

「返事はないけど、お邪魔しま~す♪

邪魔すんなら、帰って!!

 

 訪問者により扉が開かれかけ、ゾッとする。防衛本能により、斧を構えた瞬間に電灯が消えた。

 天は我に味方した。

 

「――いつまでも、こんな所にいると『怪人』が出るわよ――」

「美雪? 『怪人』って何の事だよっ」

 

 停電に動揺し、3人は外に注目する。そこに『オペラ座の怪人』の台詞を呟き、更に動揺を誘った隙に内側から扉を閉めた。

 音を立てぬよう、施錠も完了。(いち)は安堵の息を吐いたが、気は緩めない。訪問者はまだ扉一枚の向こう側にいる。万一に扉を蹴破られた時の為、斧は握ったままだ。

 会話は聞き取れないが、喚き声はした。

 

「ごめんください! ケガ人がいるんです! 中へ入れてください!」

(……別荘狙いの空き巣だったら、どうしよう……)

 

 幸い、明智警視がいる。だが、呼びに行く時間が惜しい。かと言って、大声で叫ぶのは愚の骨頂だ。

 実際、相手の緊迫した声はよく聞こえる。段々と聞き覚えさえ感じ始め、彼らの会話を思い返す。誰かが「美雪」と呼んでいた。

 

(……ええ……嘘だろう。千葉だぞ、ここ……)

 

 この(かん)もドアノッカーを叩く様子に必死さも伝わってくる。人違いならば、迎え撃とう。思い切りのまま、鍵を開け放つ。扉が開いた瞬時に後ろへ跳び、斧を振り回せる距離を確保した。

 見覚えどころか、見知った3人が恐怖に引き攣り、身を寄せて立つ。

 張り詰めた緊張が解け、斧の重さを肩に感じた。

 

「……剣持さん、何をしているのですか?」

「……ん? その恰好……(いち)君か……?」

「……(いち)君って……あ! もしかして、金田君!?」

「なんでお前がここに!?」

 

 明智警視の部下・剣持(けんもち) (いさむ)警部、不動高校同級生の七瀬(ななせ)金田一(きんだいち)。偶然の出会いにしては策略を疑いそうな展開であった。




風倉「風倉です。借金もチャラになったし、私にも運が向いて来たわ~♪ 何よ、どうせまた借金するんだろうって目は? 同じ失敗は繰り返さないわよっ。さて、次回は『悪魔組曲相続事件・承』!! 皆さん、楽譜探し頑張ってねえ。応援だけはしてあげるわっ」

剣持 勇警部、明智 健吾警視
警視庁捜査一課の2人、作中にて金田家を気に掛けている

弁護士・冬部 蒼介
吸血桜殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、御堂 周一郎に顧問弁護士代理人を任される

前生徒会長の遠野 英治
悲恋湖伝説殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、隠し子疑惑をかけられる

警備員・立花 良造
学園七不思議殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、事件後は青山家へ帰った

画家・氷室 一聖
雪夜叉伝説殺人、ゲストキャラ。作中にて、オリ主の伯父、椿の甥
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