金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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やっと時間軸が2話の続きになります


5話 悪魔組曲相続事件・承

 椿(つばき)に新たな来客を伝えれば、(いち)のずぶ濡れ状態を酷く心配された。

 

(いち)様っ、なんとまあ……すぐに湯を!」

「このくらい平気……ああ! 明智さ~ん!

「風邪、引きますよ」

 

 着替えれば良いだけだが、明智(あけち)警視の手で脱衣所へ放り込まれる。遠慮なくズボンのベルトに手をかけられ、恐怖。国家権力に屈せず、追い払った。

 流石は御堂家の別荘、天然大理石の風呂は背氷村の別館と比べようのない豪華さだ。

 しかも、キャンドルの炎が特別感を醸し出す。雷鳴が轟かなければ、もっと素敵な入浴になっていただろう。湯加減に筋肉が解され、思考も柔軟になっていく。

 

(御堂先生がここへ来る時、椿さんは常に一緒じゃなかった……今日で2度目。だったら……)

「かね~だ~。着替え、置いとくぞ!」

「……ありがとうございますって……何故、金田一(きんだいち)君が持って来てくれたのですか?」

「椿さん、忙しそうでよ。晩飯、世話になる身としては……ちっとでも手伝おうと思ってな。後、携帯電話が何度も鳴ってたぜ」

 

 考えを纏めている最中、金田一(きんだいち)がすり硝子戸の向こう側から叫ぶ。事情は知らないが、彼らは夕食目当ての訪問らしい。しかし、その口調は自ら手伝いを買って出たにしては不本意な気持ちがダダ漏れ、七瀬(ななせ)に顎で扱き使われたのだろう。

 素直に同情した。

 

「しっかし、お前。なんで斧持ってウロウロしてんだ? こちらとら、何の事件かとビビっちまったよ」

「……目標をセンターに入れて、スイッチ。とだけ、答えておきましょう」

「……『エヴァ』の3話か!」

「!? 金田一(きんだいち)君、『エヴァ』を観ていたのですか? ……ベッドシーン、目当てですか……」

「ちげ~よ! 普通に流行ってたっつ~の。って言うか、金田は意外とアニメ観てんだな、【ジョジョ】もそうだし……」

「観るようになったのは中学生からですよ。それまでは小学校の上映会で観る程度でした」

 

 斧を持ち歩いていた理由を聞かれ、心情をそのままに伝える。金田一(きんだいち)からの意外なツッコミに一瞬、胸が高鳴ったものの、すぐに視聴した要因を察す。思わず、彼へ軽蔑を込めてしまった。

 これまた見事な返しにフフッと笑いが出てしまう。以前、七瀬にもアニメの話で喋れるのは意外と言われたのを思い返した。

 

「学校で思い出しましたが、……今週はずっと学校に来なかったですね。理由を聞いてもいいですか?」

「……また今度な」

 

 『小田切先生』の件を言いかけ、剣持(けんもち)警部が傍に居た時点で多かれ少なかれ、情報は伝わっていると勝手に判断。すぐに生徒会執行部としての態度に切り替え、不登校理由を訊ねる。

 素っ気ない金田一(きんだいち)が告げた「今度」は一生、来なかった。

 一番風呂をしっかりと頂き、着替えは椿が用意したらしく、サイズピッタリ。怖い。籠の中には学ランへ入れたはずの携帯電話とアルバム手帳も置かれ、先ずは黒沼(くろぬま)先生から着信に折り返しだ。

 

金田一(きんだいち)君、先に行ってください。電話をかけますので、待たせてしまいます」

「……燭台、1つしか借りてねえんだ。邪魔じゃなけりゃあ、このまま待つぜ」

 

 ずっと待ち惚けの金田一(きんだいち)はこちらの声掛けに対し、笑って誤魔化す。停電中の単独行動はお互いに危険、彼なりの気遣いだろう。退屈しのぎにアルバム手帳を渡せば、キチンと見てくれた。

 かけ直しての報連相。黒沼先生は崖崩れを市へ連絡した後、ビジネスホテルに待機。明日の復旧作業が完了次第、迎えに来てくれるという。一緒のお泊りがなくなり、純粋にガッカリした。

 

「崖崩れ? じゃあ……俺達も山から下りらんねえじゃん……」

「完全なクローズド・サークルです」

 

 電話を切り終え、金田一(きんだいち)は自ら不運を嘆く。ちょっとした冗談を言ったが、彼は余計に沈んだ様子だ。

 

「……あ~……お前の伯父さんと写ってんのが、御堂 周一郎? 俺って名前だけしか、知らねんだわ」

「はい、10年以上前に撮られたはずです」

「やっぱりなっ。こっちは学生時代の御堂 周一郎で、先コーっぽいのはお前の婆ちゃん。2人とも若けえなあ……。これを優歌さんに見せようと思って、会いに来たのか?」

「いいえ、椿さんに呼ばれて来ました。この写真は祖母に持って行けと渡されたのです。御堂さん達は来週の約束が今日、突然に来られましたっ」

 

 話題を変えようとし、金田一(きんだいち)はアルバム手帳を返しつつもアレコレと質問。彼にしてみれば、興味のない話だろうにこれまたキチンと耳を傾けてくれる。そんな態度から、自分は励まされている気がした。

 

金田一(きんだいち)君、自分を元気付けようとしていますか?」

「え~っと……だな。さっきの電話の相手が来れなくなったから、かもしんねえけど……今日の金田……何か、こう……イライラしてね? 俺の気のせいなら、ゴメンなっ」

「……っ、お気遣いありがとうございます。ただの……『エヴァ』24話ですからっ」

「……それ、重傷じゃん」

 

 他愛ない会話を挟みつつ、金田一(きんだいち)と歩いた先は客間。

 ロウソクが灯されたテーブル、昼間と違う雰囲気に心が弾む。されど、窓際や暖炉前に立つ顔触れを見た瞬間、そっと逃げ出す。金田一(きんだいち)に首根っこを捕まれた挙句、七瀬の前へ引きずり出された。

 薪割りの前に見た面子は誰も帰っておらず、ジロジロと視線が突き刺さった。

 

「――裏切ったな、僕の気持ちを裏切ったな――」

「か~ね~だ~、無駄な抵抗すんなって~。ほらよ、美雪。ちゃんと連れて来たぞっ」

「はじめちゃん、ご苦労様。ほらね、金田君ってすぐに逃げちゃうでしょう」

「まさか、七瀬さんと同じ不動高校……ね」

 

 金田一(きんだいち)に解放を訴えれば、七瀬はふうっとため息。御堂(みどう)嬢の視線は鋭く「遠野(とおの)と同じ学校」と語っており、物凄く怖い。

 

「クスクス……可愛いじゃない。金田君、椿さんから聞いたわ。姪孫だったなら、最初に紹介して欲しかったわ。お陰で色々と納得しちゃった♪」

「てっせん? 鉄で出来た扇子の……?」

「てっそん。椿さんにとって、金田君は姪の子供と言う意味です」

「……プッ、……すみません。御堂さんのお噂は七瀬さんから兼がね……」

 

 金田一(きんだいち)の聞き違いと明智警視の解説というボケとツッコミに笑いのツボを押され、(いち)は噴き出した。

 

「山根さんと七瀬君も昔、ピアノ教室で知り合った仲らしい。いや~、世間は狭いな」

「そうよ、剣持さん。もう10年くらい前だけど、本当に懐かしいわ」

「ね~♪ すぐ、美雪ちゃんって分かっちゃった。全然、変わってないんだもん」

 

 全く以て意外な人間関係、素直に感心した。

 

「ああ、そうだ。オッサン、明智さんっ。崖崩れが起きたらしいぜ。朝にならねえと復旧作業もできねんだとっ」

「おや、この雨でそんな事態に……こちらからも県に問い合わせてみましょう」

「申し訳ないが、優歌さん。我々も一晩、泊めて頂いても……」

「勿論、構わないわ。警視庁の方とご一緒できて、今夜はゆっくりと休めるわね」

 

 崖崩れの情報を聞き、明智警視は自らの携帯電話を取り出す。低姿勢の剣持警部に頼まれ、御堂嬢は快く引き受ける。どうやら、全員で一晩共に過ごすと決定。長い夜になりそうだ。

 そこで大事な点を思い返す。

 

「剣持さん、さっきケガ人がいるとは言っていましたが……大丈夫ですか?」

「ああ、それは俺。大丈夫だぜ、ちょっと痛みが出ただけだっ」

金田一(きんだいち)君は頑丈ですので、心配無用ですよ。金田君」

 

 剣持警部に聞けば、金田一(きんだいち)が腹を擦る。「お前かい」とツッコミを堪え、一安心。電話中の明智警視により、余計な一言が付け加えられた。

 

「お茶の用意が整いました」

 

 椿は昼間の時と同じティートローリーを押し、紅茶と共に現れる。瞬間、御堂嬢は上座へ腰かけようとすれば、夏岡(なつおか)がエスコートした。

 御堂嬢だけを上座にし、後は順番を無視してそれぞれに分かれる。自分は金田一(きんだいち)の隣、隅っこ席をゲット。向かいは(くれ)、5人対5人のお見合い状態。お互いに視線を受け流し合った。

 

「さて、椿さんも揃ったところで……金田一(きんだいち)君達に事情を説明しましょう。皆さん、宜しいですね?」

「揃ったのですか? 明智さん、この顔触れだと風倉さんがまだ来ていません」

「ああ……彼女は今日、イタリアなの。連絡はしてみたけど、来ないって……」

「風倉って?」

「ここにいる3人と同じ、お祖父様の弟子よ」

 

 明智警視が場を仕切り、(いち)は何気なく問う。山根(やまね)が丁寧に答え、今度は金田一(きんだいち)が七瀬に問う。何故か、御堂嬢が嫌味たっぷりに答えた。

 そして、(いち)が知りたくもない経緯が語られた。

 御堂(みどう)先生の遺作となった『悪魔組曲』。発表もないままにこの世を去り、御堂嬢は弟子達の楽譜探しに付き合わされ、仕事場だったこの別荘へ探しに来たと言う。

 

「来週に集まる予定が……今日になったと……」

出過ぎた真似をして、スミマセンでした……

((!? あの夏岡が本当に謝った……いつも、上辺だけの謝罪なのに……))

「タケ……頭、大丈夫デスカ? カナヅチで打ちました?」

 

 剣持警部がそう締めくくり、全員の視線が原因たる夏岡へ集中。ずっと黙り込んでいた彼は言い訳もせず、反省した態度で頭を下げる。余程、珍しいのだろうか、山根と紅はビックリ仰天。マイケルに失礼な気遣われ方をされても、彼は気まずそうに視線を下げたままだ。

 

「椿に叱られたのよ。亡くなられたとは言え、ここはお祖父様の別荘。我が物顔で振る舞うなんて許されないわ。ねえ? 椿っ」

「お嬢様の仰る通りでございます。夏岡様は大旦那様が手塩にかけたお弟子様ですが、御堂家の人間ではございません。くれぐれもお忘れなきようにっ」

はいっ、本当にスミマセン!

(……椿さん、怖ッ。忠実なる執事って感じ……)

 

 御堂嬢がクスッと笑ったかと思えば、椿の厳格な態度に大の大人である夏岡がピシッと姿勢を整える。お叱りの対象ではないが、(いち)も恐れ戦く。また主従関係を見る限り、彼女は他に身寄りがいない。両親の話題に一切、触れず、弟子達と対峙する姿勢がそれを物語っていた。

 ちなみに金田一(きんだいち)達の山道を抜ける途中。倒れた巨木に道を塞がれ、この別荘へ助けを求めたと言う。一歩間違えば、大惨事な目に遭っていた。

 

「サスペンスにアリガチな展開デスネッ」

「マイケル……災難な目に遭ったんだから、彼らを労わって……」

 

 マイケルは停電の状況も相俟って完全に楽しみ、紅はそんな彼を諫めた。

 

「でも、そのお陰で皆さんとお会いできて光栄です♪ 優歌さんは勿論、優香さんもっ。ねえ……はじめちゃんも楽譜探しを手伝えないかしら?」

「えっ、俺が? ま~た、お前はお節介焼きやがって~……」

「まあ、確かに一宿一飯の恩義って奴だな」

(あ~余計な事を……)

 

 名案と閃いた七瀬へ金田一(きんだいち)はゲンナリ、揉め事や問題に首を突っ込むが解決は人任せ。そんな彼女の癖を久々に見てしまい、今度はこちらが頭を抱える。しかも、剣持警部は止めない。

 

金田一(きんだいち)君は物探しが得意なの?」

「はじめちゃんはあの名探偵、金田一(きんだいち) 耕助(こうすけ)の孫なんだから♪ これまでも警察が苦戦した難事件も解決したのよ! 剣持さんや明智さんとも事件捜査で知り合ったのっ」

「金田一 耕助!? あれって……小説の人物じゃないの? へえ……、優歌さんと同じお孫さん……」

「ブラボー♪ 和風シャーロック! どんな事件を解決したか、教えてクダサイッ」

「マイケル、……シャーロキアンでもないでしょう。落ち着いてっ」

 

 御堂嬢の確認に七瀬は我が事のように自慢し、山根は感心。興味津々なマイケルをまた紅が諫める。反対に夏岡は金田一(きんだいち)への警戒を深めていた。嫌な予感、諍いのタネは摘んでおこう。

 

金田一(きんだいち)君の出番はありません。七瀬さんの言う通り、明智さん1人で十分です」

「俺も金田に一票!」

「なんで金田君が決めるのっ。はじめちゃんも! 明智さんとちょっと協力するだけじゃないの~。……まあ、こんな時だけ仲が良いわねっ」

 

 文句タラタラな七瀬のブーイングを受け、男子高校生2人はわざとらしくお互いを抱き締め合う。子兎のようにガタガタと震えて見せ、無力を訴える。彼女の言う通り、普段は学校ですれ違ってばかりで碌に会話はない。

 けれども、金田一(きんだいち)との呼吸は合う。彼の対応力の成せる業。しかし、プヨプヨの筋肉は荒事に向かない。

 

「……明智警視は失せ物探しを引き受けるので?」

「御堂 周一郎の遺作となれば、クラシックファンとして放っておけません。しかし、お話を聞く限り……御堂君は楽譜探しに乗り気ではありませんね」

「楽譜はお祖父様が良い様にしているはずだわ。この別荘に来たのは、好き勝手にされたくないからっ。それだけよ。でも、そうね。折角、山根さんが呼んでくださった助っ人ですもの。詩だけでも聞いて頂きましょう。何かヒントを見つけて下さるかもしれないわ」

「はいっ、すぐに」

 

 剣持警部の疑問に明智警視はキラキラと答え、御堂嬢は忌々しそうに告げる。しかし、途端に示した敬意は山根への信頼を感じる。指示を聞き、山根と椿はそそくさと客間を後にした。

 

「詩は山根さんがお持ちだったと……」

「……ワタシ達にも教えておいてクダサイッ」

「……仕方ないわ」

(……あの詩が見られたら、やっべえ……。……あ~、黒沼先生が持ってちゃってた……)

 

 山根と詩を所持している事実を知り、3人の弟子は不服そうだ。

 黒沼先生に預け、今頃はビジネスホテル。詩そのものを持っていると知られれば、どんな誤解を生むのか目に見える。(いち)は隠し通そうと決めた。

 

「詩とは何です?」

「御堂 周一郎は作曲の際、曲のイメージを託した詩を書いたそうです。今度、その詩集が出版されます。私は予約しましたっ」

「へえ、スゴ~イ♪ 金田君、知ってた?」

「はい、海峰君から聞きました。後輩に興味のないはじめちゃんへ言いますと、生徒会の仲間です」

「ご親切にどうもっ。一々、俺に話を振るなって……はじめちゃん?」

 

 剣持警部が明智警視へ問いかけ、どこからともなく雑誌が取り出される。サイズが合っていないが、きっとジャケットの内ポケットだろう。全く疑問せず、七瀬はウキウキと雑誌を借りた。

 ぶっきらぼうな金田一(きんだいち)の態度を見れば、不動高校の後輩・海峰(かいほう)は知らない様子だ。

 

「海峰君は金田君と同じ御堂先生のファンよ。そっか、海峰君も楽しみなんだね」

「……アナタ、お祖父様のファンなのね」

「はいっ。一応、言っておきますが……御堂先生はトイレに行かないとか言いませんのでっ」

「……? アリサ、どういう意味デスカ?」

「……知らなくていいわ、マイケル」

 

 雑誌を捲りながら、七瀬は余計な事を教える。御堂嬢から不審そうな視線を頂き、満面の笑みを返してやった。胡乱な視線がグサグサッと刺さったが、後悔はない。

 

「お待たせっ。電池で動くカセットデッキを探してたの。それで、これが詩を吹き込んだ音声テープっ。私も初めて聞くわ」

 

 戻って来た山根は懐中電灯を手にし、椿がカセットデッキを運び込む。まだ停電の復旧しない今なら、コンセント式では動かないだろう。彼女が紙袋からテープを取り出した瞬間、弟子達の雰囲気が一気に変わった。

 テープがカセットデッキにはめ込まれ、山根の細い指が再生ボタンをカチッと押すまでの一挙一動を見逃さない。楽譜探しに対する弟子の執念が怖い。

 声がした。

 御堂先生の声がした。

 何の挨拶もなく、詩のみ詠った声がした。

 

〝会えて良かったよ……。(いち)君……〟

 

 別れ際の言葉が反芻し、(いち)は御堂先生の『悪魔組曲』へ込めた想いが心に響く。これは明確なる愛の証、残された人……もっと言うならば、愛した人の為に作った曲だ。

 何の前触れもなく、水をかけられた衝撃を顔面に受けた。

 

「金田っ、ワリィ! 紅茶飲もうとしたら、手が滑っちまって……」

「金田君、大丈夫? ハンカチ、ハンカチっ。はじめちゃんったら、気を付けて!」

「……顔を洗ってきます……」

 

 どうやら、金田一(きんだいち)の手にあったカップの紅茶をかけられた様子。アワワワッと彼が謝り、心配した七瀬はポケットからハンカチを差し出してくる。それを手で断り、(いち)は席を立った。

 頬に涙の跡を感じた。

 

(いち)君、俺も行こう。停電中は独りにならん方がいいっ」

「わざわざ……剣持さん、ありがとうございます」

 

 剣持警部が燭台を手にし、無事に洗面台へ辿り着く。鏡に映った顔は薄暗くても、目の充血が見えた。

 

「剣持さん、帰っていいですか?」

「おいおい……(いち)君、外は雷雨だぞ。それでなくても、夜の山は危険だ。朝までじっとしてろ」

 

 (いち)は蛇口をひねりながら、半分冗談で剣持警部に問う。正直、山を越えてでも別荘を去りたい。街にいる黒沼先生に会いたい。そんな我儘は刑事の仕事を増やす為、堪えた。

 蛇口の冷たい水を頬に受け、こんな騒動に巻き込んだ御堂先生へ名の付けられない感情が沸々と湧く。それに応じて涙が溢れ、剣持警部はギョッとした。

 

「剣持さん……愛人を作るってどんな心境ですか?」

へ!? ……いやあ、俺は……女房一筋で……、その……なんだ。仕事柄……愛人関係の縺れから起こる事件に携わりはしたが……。……(いち)君の親父さんにいたのか……愛人?

 

 意外な指摘をされ、キョトンとしてしまう。寧ろ、絶句。その発想に至った話の流れを大まかに予想し、気付く。紅が御堂先生の愛人関係にあると剣持警部は知らないのだ。

 そんな中で愛人話をすれば、娘を溺愛する親馬鹿(残間 青完)に行き付くのは当然。

 

「説明が足りませんでした。……御堂先生の話です」

「ああ、成程! 愛人かあ……御堂先生は莫大な資産も持ち合わせていたし、1人や2人……ゴホンッ。奥方もおられないし、普通に恋人だったんじゃないか?」

「御堂先生と親子程、年の離れた方でも? 下手したら、孫です」

「……スマン、良い言葉が浮かばんっ」

 

 剣持警部はホッと安心したような表情になり、宥めてくる。更に問い詰めれば、あっさりと観念してしまう。合掌のポーズをしてまで、ただの高校生の気持ちと向き合う姿勢は尊敬する。金田一(きんだいち)と同じ情に厚い人だと改めて感じ、彼の家族を羨ましく思った。

 

「すみません、意地悪を言いました。まだ気持ちは晴れませんが……赤の他人でありながら、御堂先生の恋愛事情に口を出す……せめて、後妻が良い……!

「まあまあ、(いち)君っ。そんなにしょげなさんな♪ ところで、執事の椿さんだが……どっちのキョ-ダイなんだ?」

「椿さんは祖母の弟です。自分も最近、知りました。とは言っても、祖母は養子ですので……椿さんと血の繋がりはありません」

「それでも……氷室画伯の事件はショックだったろうに。しかも、半年足らずで仕えていた主人まで亡くすとはな……」

 

 浮き沈みの激しい感情に揺さぶられつつ、剣持警部の気遣いに頭が真っ白になる。保身に走り過ぎ、肝心な事を忘れていた。

 御堂嬢へのお悔やみ、彼女は実の祖父を亡くして間もない。悠然とした態度を貫き、偉大なる作曲家の孫として振る舞う。しかし、遠野先輩の名を叫んだ姿こそ、本音だ。

 

 ――遠野 英治! こっちを向いて、祖父の話を聞かせろ!

 

 悲痛な声が勝手に言葉を作り出すが、御堂嬢の想いに違いない。身に沁みて、解っていたはずだ。

 氷室伯父を亡くしたと知り、どれだけの人へ迫っただろう。図々しくも写真も求めた。金田一(きんだいち)の言うように懐へ忍ばせたアルバム手帳、そこにある写真を見せてやろうとさえしなかった。

 段々と羞恥心が湧き起り、剣持警部から顔を逸らす。

 

「外で頭を冷やしてきても、いいですか? ちょうど雨ですし……」

「……本格的に風邪、引くぞ」

 

 反省の意味を込めたが、剣持警部には呆れられた。

 

 そんな剣持警部に客間へ戻ってもらい、(いち)は宛がわれた寝室の上質なベッドに腰かけての携帯電話を使用。生徒執行部連絡網で覚えた番号を押せば、海峰の自宅へ無事に繋がる。しかも、本人が受話器を取ってくれた。

 

「海峰君っ。御堂先生に愛人がいたら、どうします?」

〈何事かと思えば……俺、晩飯作ってる最中なんス。学校で会った時に話しません?〉

「相手は国〇さ〇りに激似の美人です」

〈もう~……聞かせるの前提なんスね。その〇生〇ゆり似の美人はどんな人っスか? アイドル歌手?〉

 

 挨拶を手短にし、速攻で本題。

 忙しい海峰は軽くあしらうが、用件は聞いてくれる。彼に感謝しつつ、ナイトテーブルに置いてあった手提げ鞄の中身を見やる。演劇部で使う『オペラ座の怪人』の台本、財布はキチンとある。足元に昼間、御堂先生の遺言で受け取ったばかりの2枚の絵(梱包済み)も立て掛けていた。

 

「若くて、才能溢れた方です。……まさか、御堂先生がモーツァルトのような行動を……」

〈……いやいや、モーツァルトに愛人はいないでしょう。ちょっと遊び人なだけで……。そんなに何人も?〉

「いえ……その方、1人のはずです。正直、サリエリ先生のような方だと思っていたのに……」

〈あ~確かにっ、御堂先生はサリエリ先生っスね。才能を育成する天才って感じ♪〉

 

 (いち)が段々と愚痴っぽくなっても、海峰はのんびりとした口調で相槌を打つ。やはり、彼とは話が合う。胸の痞えが緩やかに溶け、自然と笑みが浮かぶ。

 足を弾ませながら、室内のクローゼットやチェストを開く。着て来たはずの学ランと学帽やズボンが見つからない。雨に濡れ、洗濯に出されたままだ。

 

「それで最初の質問に戻ります。御堂先生に愛人がいたら、貴方はどう思いますか?」

〈質問、変わってんじゃないスか……。……俺は御堂先生が幸せだったなら、それで良いっス〉

 

 意外な答えを聞き、驚いた。

 

「御堂先生が……幸せだったと……どうして、そう思うのですか?」

〈スキャンダルになってないなら、マスコミには隠し通せたんスよ。それだけ大事にしてたなら、本気だったんスよ。俺らパンピーには愛人関係にしか見えなくても、御堂先生には普通の恋愛で恋人のはずっス〉

「だったら、どうして結婚とかしなかったのでしょう? 年齢差ですか?」

〈結婚だけが幸せじゃないっスよ。俺らと同じ年頃のお孫さんがいるなら、尚更っス。籍入れちまったら、遺産問題で絶対……揉めます。マジ、泥沼裁判っスよ〉

「……つまり、御堂先生はそれ程までに深く……恋人を愛していたし……孫の負担も減らしたかったと?」

 

 海峰は思いの外、冷静な分析。剣持警部の思考に近く、とても客観的に物事を見通している。それを感傷的にならず、ひとつひとつの疑問を噛み砕いて説明するのは電話故、いちに表情が見えない為だろう。

 

「海峰君はファンの鑑です。貴方のようなファンがいて、御堂先生は確かに幸せでした」

〈何言ってんスか、褒めても何も出ませんよ。それに俺は金田先輩から聞いて、そう思えるんスよ。おっと、ご飯が炊けたっ。すいやせん、ここで切ります。また学校で話ましょうぜ♪〉

 

 冷静だった海峰は受話器を置いた後、御堂先生が愛人持ちの事実にショックを受け、泣きながら夕飯を作ったのは別の話である。

 電話終わりの挨拶を交わし、通話終了。

 ふっと体の力を抜き、フカフカなベッドへ倒れ込む。慣れぬシーツの感触は御堂先生の日常には当たり前だっただろう。

 

(さて……どっちだ……)

 

 海峰ならではの解釈は大いに助かり、これまでの考えを纏められる。

 先ず、『悪魔組曲』は愛する人への想いが綴られた恋文。託された詩を読んだだけでは悪魔と騎士の戦いしか印象を受けないが、音声テープに込められた口調は愛そのものだ。

 その詩が書かれた手紙は黒沼先生へ預けたまま、街のビジネスホテルにある。明日、崖崩れの復旧作業が終わらない限り、(いち)は読む事も叶わない。

 今頃、山根が皆に詩を文面で見せている頃だろうと勝手に思った。 

 問題は御堂先生が詩に込める程、愛した人。

 たった1人の血筋たる孫娘・優歌(ゆか)、弟子の1人にして恋人・紅。どちらかに『悪魔組曲』の楽譜を渡したいのだ。

 御堂嬢に関し、死期を悟った時点で手を打つだろう。それでも、孫を置いて逝く無念さは計り知れない。

 紅は未来あるヴァイオリニスト、表向きには8千万のヴァイオリンを贈っている。贔屓だと疑われないように他の弟子も何かしら、受け取ったと記事にあった。

 

(……駄目だな、読み直さないと分からんっ)

 

 暗記は勿論、漢字も覚え込んだ。

 音声テープを聞き、愛を感じた今。文面を読めば、何か掴めそうだ。こちらに詩の手紙を託し、仕事場だった別荘へ呼び、椿へ接待させた意味に繋がるだろう。

 

(……御堂さんに昔話をして良いか、椿さんに聞いておこう。お嬢様方には……今、何を言っても悪く取られそうだし……)

 

 詩の代わりにアルバム手帳を手にした瞬間、ノックもなしに扉が開く。

 窓から射す雷光だけでも髪の長い女だと分かり、確実に目が合う。正体不明の闖入者に恐怖はしたものの、鍛えた反射神経は冷静に助けを求めた。

 端的に伝わるのは、悲鳴。

 

「「――きゃああああああ!!」」

 

 しかし、相手も痴漢と遭遇した被害者の如き、甲高い悲鳴を上げる。その為、緊迫した雰囲気が増す。咄嗟にベッドの上で枕を盾のように持ち、臨戦態勢となった。

 駆け付けた複数の足音が近付き、燭台や懐中電灯が廊下や室内を照らすまでの1分足らずが、(いち)には異常に長く感じた。

 

「花摘みに行かれたはずでは? 紅さんっ」

「……間違えたのよ」

「……それでも、ノックはお願いします。コンコンッ、ガチャッではなく! コンコンッして返事を聞き、更に入ると一言かけてから、戸を開けてくださいっ」

「……ふう……わかった、わかった。(いち)君はベッドから降りなさい」

 

 明智警視が呆れても、キラキラはうっとおしい程に曇らない。お陰で張り付けた緊張の糸は緩んだが、誰のせいで悩んでいると思っているのだろう。不貞腐れた態度の紅にイラッとした。

 枕をベッドへ叩きつけた拍子に若輩の身ながら、注意。笑顔を取り繕った剣持警部に宥められた。

 

「こんな事もありますから、金田君は1人にならないようにっ。分かりましたね、剣持君っ」

「「はい、すみませんっ」」

 

 明智警視に注意され、2人で素直に謝る。不意に紅の視線をヒシヒシと感じたが、無視。おそらく、手提げ鞄を気にしている。中身は見られて困らない私物ばかりだ。

 だが、見せたい物でもない。

 やれやれと大げさに肩を竦め、金田一(きんだいち)達へ悲鳴の言い訳をせずに素直であろうと決めた。

 




電車の車掌「ご閲覧ありがとうございます。この日はポイント故障は発生するし、雨は降って土砂崩れは起こるし、散々でしたね。さて、次回は『悪魔組曲相続事件・転』!! お腹空いた……」

海峰 学
血溜之間殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、生徒会執行部。
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