金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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オリ主が皆と離れた後、先ずは山根 優香からの視点

誤字報告により、修正しました。ありがとうございます


6話 悪魔組曲相続事件・転

 山根 優香(やまね ゆか)御堂(みどう) 周一郎(しゅういちろう)先生のファンに過ぎない。音楽的才能はないと早々に見切りをつけ、マネージャーとなるべく御堂家の門を文字通りに叩いた。

 御堂先生から無茶を命じられても、無体を強いられた事はなかった。気分屋で扱いにくい人だったが、彼の生み出す曲はどれも大好きだ。

 遺作の『悪魔組曲』も含め、作曲した曲のイメージを託した詩。御堂先生自らが朗読した音声テープを贈られた時、これまでの働きが認められたと喜びのあまり、泣いた。迫りくる死別にも嘆いたのもあるだろう。

 

 御堂先生の死後、残された孫娘・優歌(ゆか)嬢は歳離れた姉妹のように打ち解けてくれた。

 涙ひとつ見せずに振る舞い、見ていて痛々しい。そんな優歌嬢は御堂先生の音声テープをどんな気持ちで聞いているのだろう。

 

 ――カセットデッキから流れる肉声は雷雨の中でもよく通る。

 

 こんな状況ではなく、優歌嬢には全てが落ち着いた時にでも聞いて欲しかった。

 詩の朗読が終えた途端、金田(かねだ) (いち)は席を外す。金田一(きんだいち) (はじめ)の紅茶が顔にかかった為、洗い流しに洗面台へ向かったそうだ。しかし、傍らに立つ優香の位置から見えた。

 あわわっと金田一が紅茶のカップを滑らせる直前、金田の頬を伝った涙。男子2人はそれぞれの思惑で誤魔化したのだ。

 ロウソクに照らされた一瞬の涙による輝き、優香の心を波立たせる。金田への心配ではなく、一抹の不安に近い感覚と言えよう。

 明智 健吾(あけち けんご)が視線で促すより先、剣持(けんもち) (いさむ)警部は燭台を手に追いかける。停電中の単独行動は危険だが、彼の心情を気遣っている。そんな印象を受けた。

 

「たった今、聞いた『悪魔組曲』。お祖父様がお書きになったメモもあって、私は亡くなる前に何度も読ませて頂いたわ。それが……自宅の書斎から、消えたの」

僕じゃない!

「話の途中です。それに誰も夏岡さんを疑ってません」

 

 重々しく口を開き、優歌嬢が詩のメモについて明かす。青褪めた夏岡(なつおか)が勝手に無実を訴え、明智に宥められる。

 口に出していないが、(くれ)とマイケルも驚愕しており、紛失の犯人では無さそうだ。少しだけ、優香は安心した。

 

「……トオノが持っている可能性ありマス?」

「マイケル!?」

「恐れながら、マイケル様。それはあり得ませんっ」

 

 マイケルがハッと気付き、出した名前に場の空気が凍り付く。すぐに紅は諫めたが、椿(つばき)が力強く否定した。

 

「椿さん、そのトオノって」

「この件には一切、関わりのない方にございます。私は夕食の準備に取り掛かりますので、失礼致します。皆様はどうぞ、ごゆるりとお過ごしください」

「椿さん、私も何かさせてください。押しかけた……お詫びもまだですし、ねえ? マイケル、夏岡さんっ」

「アリサがそう言うナラ……」

「却って邪魔になりませんか? 僕達は初めてここに来て、どこに何があるやら……」

 

 七瀬 美雪(ななせ みゆき)が質問した途端、椿は夕食を言い訳に去ろうとする。彼を呼び止め、紅は勝手にティートローリーを押して行く。しかも、他の2人まで誘う。彼女と接する機会は数少ないが、そこまで親切な態度は初めて見た。

 マイケルは紅の誘いに渋々従うが、夏岡は完全に椿へ委縮し、御堂嬢の顔色を窺う。

 

「椿、彼女達の好きにさせてあげて。実際、停電中だと誰かいた方が良いわ」

「畏まりました」

「では、私も行きましょう。懐中電灯をお貸しするくらいなら、出来ます。山根君、ここを頼みますっ。金田一君では当てになりませんのでっ」

「一言、余計だっつ~の」

 

 話が纏まり、明智はジャケットの裏側から細い懐中電灯を取り出す。

 ぞろぞろと退室して行けば、だら~んと金田一はテーブルへ突っ伏す。彼の気持ちはよく分かった。

 

「あの人達、どうして……血眼になって楽譜を探してるの? こういうのって……見付けても、孫の優歌さんの物でしょう?」

「……楽譜を自分の物にする為よ。お祖父様の曲は無名でも素晴らしい……彼らが自分の作っただと発表してしまえば、私でもどうする事も出来ないわ。だって、曲そのものは知らないんですもの。クスクスッ」

「優歌さん……」

「ヒデェ、盗作狙いかよ。ましてや、世話になった師匠の遺品だぜぇ……」

 

 純粋に同情し、美雪は問う。優歌嬢の推測は悲しくも当たっているだろう。否定してやれない自分自身の無力に優香は口を噤む。ため息まで吐いた金田一が重い空気の代弁し、少しだけ気が楽になった。

 

「……金田一、明智警視達はどこに?」

「お帰り~、夕食の準備に行ったぜ。……オッサン、金田は?」

「あ~、それが……部屋で海峰君……お前らの後輩に電話したいとか、言い出してな。停電も直らんし、ウロウロするなとは言い含めておいたが……」

「え~、何ソレ~」

 

 戻って来た剣持警部は空いた席へ座り、肝心の金田は部屋へ引き篭もった。

 その行動にも驚いたが、知らない名前に優香は首を傾げる。呆れた金田一の態度や話の流れから、また美雪の学校関係者に違いない。金田が電話したくなる相手は思わず、詮索してしまう。

 

「美雪ちゃん、海峰君って?」

「優香さん、さっきいなかったモノね。海峰君はあたしと同じ生徒会の1年生でね。金田君とは御堂先生ファン仲間なの」

「……ああ、(いち)君は相当なファンだ」

「金田にとって御堂 周一郎はアイドルみたいなモンだぜ……」

 

 優香の質問に七瀬は快く答える。若い高校生がクラシック音楽は勿論、御堂先生ファンとは嬉しい限りだ。

 それならば、金田の涙も納得できよう。彼はウェッジウッドのティーカップセットをくれた恩人、楽譜探し騒動とは関係ない。優香は結論付け、ホッと一安心して優歌嬢の隣へ座った。

 

「アイドル、確かにそうね。金田君にお祖父様には愛人がいたって教えたら、ショックを受けてたもの」

え~!? 御堂先生に愛人が!? 金田君……優歌さんの話をした時もショックだって言ってたしっ……終いには「コウノトリ」や「キャベツ畑」まで言い出したし……」

「完全にアイドルオタクの発想じゃんか、ソレ! 怖……」

「……まあ、(いち)君は金田一より……初心(ウブ)だなっ」

 

 優香はゾッとする。

 金田の逸脱したファン思考に注目されているが、優歌嬢に愛人の存在が知られていた事実。ちなみに椿は重々、承知している。優香も何となく気付いた相手、弟子の紅だ。

 チラリッと剣持警部が優香に視線を送った気がする。

 

「話を戻すが、弟子の皆さんはこの別荘に楽譜があるっ。その考えは変えないと?」

「は……はいっ、さっきの詩ですが……」

 

 優香は配慮不足に嘆くのを止め、剣持警部に詩のメモについても伝えた。

 

「成程……、あったはずのメモが無い。御堂先生が誰かに渡した可能性は?」

「さっき、マイケルがトオノって言ったよな?」

 

 剣持警部と金田一の重なった質問に対し、優香が躊躇えば、優歌嬢は無言のままにゆっくりと頷いた。

 

「「遠野 英治」」

「!? 遠野先輩!?」

「あの前生徒会長(美雪と噂のあった奴)」

「なんだ、また不動高校の生徒か……」

 

 口を揃えて出した名は遠野 英治(とおの えいじ)

 優香が金田と出会った北海道にいた青年。その時は知らなかったが、なんと御堂先生とデパートを一緒に歩き、楽器売り場で試聴した要因であるという。

 

「遠野先輩が……もしかて、あの噂って優歌さん達の耳にも入ってるの? てっきり、海峰君の願望かとっ」

「願望?」

「美雪ちゃんも知ってるの? あの噂……」

 

 美雪の質問にこちらは一瞬、困惑する。本当に極一部(主に夏岡)だが、隠し子説が浮上。告別式にも参列した遠野は大人げない弟子達に詰め寄られ、椿に助け出されたのも、優香は目撃した。

 そんな目に遭いながら、遠野は物腰柔らかく頭を下げていた。

 

「遠野先輩は本当に違うって、あたし達にも話してくれたわ。……はじめちゃんは知らないか……」

「俺、生徒会とは無縁なんでねえっ」

「ふう~ん、七瀬君がそう聞いてるなら、その遠野君は関係ないだろ。しかし、海峰君は話に聞くだけで面白い奴だな。金田一とも仲良くやれそうだ。お前も生徒会に入れっ」

 

 どうやら、遠野は美雪へ噂の否定をしている。ならば、優香は彼を信じてあげたい。それが優歌嬢の抱える負担を軽くすると思いたかった。

 

「金田君と遠野君は仲が良いの?」

「え? ええ、同じ生徒会だし……金田君はあたしよりも……」

「「――きゃああああああ!!」」

「!?」

 

 すっと表情を無くし、御堂嬢が美雪へ確認した途端。

 まさに絹を裂くような悲鳴、雷に混ざっても確かに聞こえる。全員が何事かと警戒するより先、剣持警部はさっと駆け出した。

 

 すぐに金田から紅の大人げない行動を知り、優香は頭を抱えたのだった。

 

●○――……(いち)は剣持警部と客間に戻り、心配させた金田一(きんだいち)達へ悲鳴の詳細を語った。

 

「……んで、鞄を持って来たワケか……」

「はいっ。痛くない腹を探られるなんて、不快極まります」

「金田君……怖かったでしょう、ゴメンなさい。紅さんはきっと、トイレに行くフリをして……邸内を探ろうとしたのね。一番、常識がある人だと思ったのに……ああ、私ったら……こんな話……」

 

 手提げ鞄を椅子へ引っ掛け、顔色を悪くした山根は(いち)の手を握ってくる。哀れな程に詫びられても、彼女は何も悪くない。

 

「椿さんが謝る必要ありません。自分も部屋に不用心でした。これからは鍵を掛けますっ」

「そうじゃねえだろ、金田っ。優香さん、コイツの通りにっ。気に病まないでください」

「そうそう、アンタは十分にやってるっ。なあ、優歌さん」

「……ええ、山根さんには感謝してるわ」

 

 気苦労の絶えない山根を皆で必死に励ます。意外にも御堂嬢まで加わり、2人の信頼関係がよく見えた。

 

「はじめちゃん、やっぱり……楽譜探しを手伝いましょう。見つけちゃえば、解決じゃないっ」

「……っつっても、この暗がりで何をどう探すんだよ。夏岡さんが言ったように、俺達も初めてここへ来たんだぜ。そもそも……楽譜がここにあるのかも、分かんねえんだろ? 優歌さんっ」

「……そうね、言い出したのは夏岡だし……」

「七瀬さん。演劇部の話ですが、演目は『オペラ座の怪人』に決まりました。まだ配役は決まっていません」

 

 山根を不憫に思い、またも七瀬は提案。金田一(きんだいち)が面倒そうに唸り、御堂嬢は端的に告げる。(いち)は話を逸らす為、『オペラ座の怪人』の台本を鞄から取り出した。

 

「わあ~ありがとう♪ そっか、6月に入ったもんね。ほうほうっ。金田君の台本、もう書き込みしてある……ここの効果音は……っ」

「はい……悲壮感よりも驚きを強調して……」

「……七瀬君は切り替えが早いな。さっきまでの態度が嘘みたいだっ」

「アレが美雪のイイトコでもある。どんな話題もすぐに入って行けて、事を順調に運んじまう。そんなんだから、頼られちまうんだよなっ」

 

 さっと台本を受け取り、七瀬は席に着く。書き込みについて、音響係や役者との相談内容をそのまま伝える。その間、彼女を称える声がした。

 

「七瀬さんは中学の頃も……そういう人だったわ。金田一(きんだいち)君は……覚えてないわね。……寧ろ、会った事あったかしら?」

「ワリィ、俺も優歌さんに会った記憶ねえわ。同じ組……?」

「優歌さんはコンクールやピアノのレッスンがあったから、午前中終わりで下校する事が多かったの。金田一(きんだいち)君みたいに知らない同級生もいると思うわ」

 

 昔を懐かしむ御堂嬢も心なしか嬉しそうだが、金田一(きんだいち)との思い出はないらしい。山根の補足に皆、納得した。

 

「って言うか、なんで金田は台本なんざあ。持って来てんだよっ(美雪と近けえよ、てめえっ)」

「暇潰しです。最寄り駅まで電車に乗って来ましたので、読んでいました(知らんがなっ)」

「はじめちゃんも金田君を見習ったら? 同じ演劇部員でしょう?」

(天才の血筋を持つ身で……どうして、こうも差が出るかね……)

 

 金田一(きんだいち)に睨まれたが、七瀬はジト目でこちらを庇う。剣持警部の深いため息が心情を垂れ流した。

 

 自分だけ白身魚。他は肉メインの夕食。

 一晩、泊まる予定と聞かされたのは昼間。献立に希望も出していないにも関わらず、食の好みまで把握されている状況は怖かった。

 燭台のロウソクが齎す独特な雰囲気に包まれ、ナイフとフォークの音しか聞こえない。薄暗い中では距離感も狂い、隣の席にぶつからぬ様、気を遣う。実際、金田一(きんだいち)の肘が何度も腕に当たった。

 

「うわ……美味しい。椿さん、何のお肉ですか?」

「鴨にございます」

 

 沈黙はお互いの探り合う視線が原因だろう。色々と無関係な七瀬は純粋に食事を楽しみ、羨ましい限りだ。

 

「以前、一緒に泊まった先でも……金田君は魚料理でしたね。何かワケが?」

「……お前、明智さんと寝泊まりした事があんの?」

「……ゴフッ!? ……偶然、明智さんと同じ宿泊先だったのです。夜は出来るだけ、脂身の強い物は控えています」

「はじめちゃんが変な言い方するから、気まずいじゃない……」

「ゴホンッ、(いち)君は健康に気を遣っているな」

 

 キラキラとした明智警視の思い返しに金田一(きんだいち)がわざと含みを持たせ、(いち)はビックリして水を噴き出す。気恥ずかしそうに七瀬の変な想像がこっちにも見え、剣持警部のわざとらしい咳払いが吹き飛ばした。

 その後はまた沈黙の食事。まだ喋っていた方がマシだ。

 

「はじめちゃん、何か喋って盛り上げてください。高校生らしい会話でお願いします」

「俺!? ……無茶をおっしゃる……。……あ~と……中間テスト、どうだった?」

「あたしは自己採点通りだったわ」

 

 唐突に頼まれても断らず、困り果てた金田一(きんだいち)は実に高校生らしい話題を振る。七瀬は平然と即答した。

 

「……自分、平均以下です。赤点は回避しました」

「本当に? 何だよ、仲間じゃねえか♪」

「ちょっと待ってください。金田一(きんだいち)君はともかく、金田君は何かあったんですか?」

「テスト期間、いつだった?」

 

 (いち)が正直に答えれば、金田一(きんだいち)は初めて笑顔になる。刑事2人に心底、心配された。

 

「……期間はGW明けた後です。テスト終了5分前に回答が一問ずつ、ズレていたと気付きました。書き直しても間に合わず……そのまま、提出を……」

「ひぃ……テストであった怖い話じゃねえかっ。けど、それぐらいが愛嬌あっていいぜっ。俺なんてほとんど真っ白で、ノモッツァンが切れるのなんのっ」

金田一(きんだいち)君、キミと一緒にしないでください。誰にだって、書き間違いはあります」

「書き直した(いち)君と書く気のないお前とじゃあ、天の地の差だろうにっ」

「そうよ、普段から勉強なさい!」

 

 こちらが喋る度に金田一(きんだいち)の評価が下がる。不憫に思えて来た。

 

「御堂さんの中間テストをお聞きしても?」

「……自己採点通りよ。七瀬さんは家庭教師とか、塾に通っているの?」

「ううんっ、ウチの学校は授業内容を出題するから。キチンと先生の話を聞いていれば、何とかなるわっ」

「「聞こえたか? 金田一(きんだいち)(君)」」

 

 御堂嬢は殊更、可笑しそうな微笑みにて話題に乗る。七瀬の学生として当たり前の発言を聞き、金田一(きんだいち)は刑事2人に責められた。

 

「フフフッ、金田一(きんだいち)君ってこんなに面白い人だったのね。小説で読んだ通りのお祖父様に雰囲気が似ているわ。名探偵は本当に逆立ちなさるの?」

「逆立ちは見た事ねえなあ。手品なら、色々と教えてくれたぜ」

「あら、素敵♪ 金田一(きんだいち)君もお祖父ちゃんっ子ね」

「名探偵直伝の手品を碌な事に使わないけどねっ」

 

 偉大な祖父を持つ者同士。御堂嬢は金田一(きんだいち)へ気を許し、初めて個人的な質問。嬉しそうな山根が彼を褒めれば、七瀬はまたジト目となる。血筋の話は避けよう。

 

「金田のお父さんも元マジシャンだろ。どんなマジックを習ったんだ?」

「……基本的なモノですよ」

「金田君のお父様がマジシャン?」

「うん、とっ~ても素敵な人よ。初めてお会いした時、モデルとか俳優をされてると思ったもの」

 

 金田一(きんだいち)から最悪な話を振られ、(いち)は気分を害される。無視は良くない為、一言で返す。

 御堂嬢がナイフとフォークの手を止めてまで問えば、お喋りな七瀬が勝手に話を広げてくれる。それでも『幻想魔術団』の話題に触れなかったのは彼女なりの気遣いだ。

 さっきから無言の弟子3人を視界に入れ、更に向こう側の壁。飾られた絵画、棚に置かれたフィルムカメラ、紅の後ろにヴァイオリンケースが立て掛けていた。

 

「紅さん、そのヴァイオリン。御堂先生から贈られた楽器ですか? 雑誌に載っていましたよねっ」

「……ええ、そうよ。知っているでしょうけど、夏岡さんとマイケルも楽器を貰っているわ」

「雷の音ばかりだし……紅さん、何か弾いて差し上げて。七瀬さん、何か聞きたい曲はある?」

「……え♪ プロの演奏が聴けるの? 金田君、選んでっ」

 

 愛想はないが、紅は礼儀を持ってくれる。折角、御堂嬢が振ってくれたリクエストの機会を投げ付けられ、こっちへ視線が集中。七瀬の無駄な気遣いにイラッとした。

 御堂先生の曲を選びたいが、脳裏を掠めたのは来月の期末テスト。ではなく、劇場公開作品だ。

 

「……では、バッハの『無伴奏チェロ組曲』をお願い致します」

「チェロ? ……分かったわ」

 

 まさかの曲名を聞き、紅は驚くも席を立つ。ヴァイオリンケースを慎重な手付きで床へ置き直し、彼女は胸ポケットから小さな鍵を出す。流石は御堂先生より贈られた高価な楽器、厳重な取り扱いだと感心した。

 

((高そう……))

「楽器の事はよくわからんが、チェロの曲をヴァイオリンで弾いてもいいモノか?」

「……当たり前ですよ、剣持君。音域は違いますが、違和感はありません」

 

 ジロジロと七瀬と金田一(きんだいち)はヴァイオリンを凝視。剣持警部の素朴な疑問に明智警視が答えた時、紅は演奏前の一礼。艶やかな構えに皆、姿勢を整えた。

 

 ――雷鳴に負けない鮮やかな音律、薄暗い邸内を優しく包み込んだ。

 

 紅の腕前もあるだろうが、高価な楽器故と俗な考えも浮かぶ。だが、聞き惚れる。弾き終えれば、不動高校生と剣持警部は拍手喝采。夏岡とマイケルは疎らに叩いた。

 

「あ! 『エヴァ』であった曲だろ? シンジがチェロで弾いた!」

「……それって中学生がチェロを弾いたアニメ?」

 

 流石、金田一(きんだいち)と称賛した時、確認して来る御堂嬢に(いち)はビックリした。

 

「お祖父様が流行りだからって、一緒にビデオを鑑賞したの。全然、話が分からなかったけど……曲は良かったと思う。わざわざ、山根さんが借りて来てくれたのよ」

「御堂先生もタイトルが分からなくて、主題歌の曲だけでレンタル屋へ聞きに行ったわ。店員さんがすぐに探し出してくれたから、助かったもの」

「御堂先生が……アニメ!?」

「……ドコかで聞きマシタ……ジブリ?」

「ジブリじゃないけど……『エヴァ』?」

 

 ずっと無関心だった姿勢の弟子達も驚く。御堂先生が孫と一緒に鑑賞など、こちらが青褪める。内容的にも大人と見られない気まずさがあり、それに気付いていない御堂嬢は救いだ。

 

「実は私、観てないの。金田君、どんな話?」

「簡単に言いますと、……はじめちゃんと同じ髪型の方が出てきます」

よりによって、加持 リョウジの紹介! 肝心のエヴァは!?

 

 山根にも分かるように端的な説明したが、(いち)は可笑しそうに金田一(きんだいち)からツッコまれる。デザートも終わり、椿が食後の飲み物を運んでくるのと同時だった。

 

「確認でお聞きますが、紅さん。そのケースと鍵、御堂先生から頂きました?」

「はい」

「夏岡さんとマイケルさんもですか?」

「「いえ、楽器だけです」」

 

 明智警視の問いに夏岡さんとマイケルは素直に答え、紅はハッとケースへ駆け寄る。明智警視も薄手の手袋を装着し、失礼のないように中を改めた。

 何もなかったらしく、紅の残念そうなため息が聞こえる。今になり、彼女の贈り物へ楽譜を隠して渡す可能性が閃いたが、それは外れた様子だ。

 

(……明智さん、すぐに思い付いたって事は……)

 

 ――ブォンッ

 

 明智警視を見るとはなしに見た瞬間、邸内の電灯が全て点灯。雨はまだ続いていた。

 

「ようやく、送電線が直ったようだ。うわ……目が……」

「早く直って良かったです。椿さん、自分もロウソクを片付けます」

「……それではお願いしましょう」

 

 剣持警部が欠伸をひとつ、ずっとロウソクの火だけでは電灯は眩しい。椿が手早く、テーブルの燭台を片付けた。

 

「ねえ、優歌さん。電気も点いた事だし、一緒に邸内を散策しましょう。はじめちゃんが何か見つけてくれるかもっ」

「美雪……しょうがねえな。何も見つけられなくても、怒るなよ」

!? それなら、僕も一緒に……」

 

 (いち)が客間を去る時、勝手な提案が聞こえる。

 折角、楽譜探しから逸れたと思ったが、七瀬からのお願いに金田一(きんだいち)はついに折れた。御堂嬢の返事を聞く前に、夏岡は必死に同行を求めていた。

 




金田「どうも、(いち)のオジイチャンやってマス~。って何でワシが次回予告しとんねん。事件に関係あらへんやろっ。しっかも、孫は面倒な事に巻き込まれとるし……どないなっとん。あん? 次回のタイトル『悪魔組曲相続事件・結』て……今回の話も全然、「転」になってへんやん! (いち)っ! 泊まるんはええが、ちゃんと連絡寄こさんかい!!」

ノモッツァン
金田一シリーズに登場する眼鏡教師。何だか言いながら、金田一の将来を案じている。
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