金田少年の生徒会日誌 作:珍明
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御堂先生から無茶を命じられても、無体を強いられた事はなかった。気分屋で扱いにくい人だったが、彼の生み出す曲はどれも大好きだ。
遺作の『悪魔組曲』も含め、作曲した曲のイメージを託した詩。御堂先生自らが朗読した音声テープを贈られた時、これまでの働きが認められたと喜びのあまり、泣いた。迫りくる死別にも嘆いたのもあるだろう。
御堂先生の死後、残された孫娘・
涙ひとつ見せずに振る舞い、見ていて痛々しい。そんな優歌嬢は御堂先生の音声テープをどんな気持ちで聞いているのだろう。
――カセットデッキから流れる肉声は雷雨の中でもよく通る。
こんな状況ではなく、優歌嬢には全てが落ち着いた時にでも聞いて欲しかった。
詩の朗読が終えた途端、
あわわっと金田一が紅茶のカップを滑らせる直前、金田の頬を伝った涙。男子2人はそれぞれの思惑で誤魔化したのだ。
ロウソクに照らされた一瞬の涙による輝き、優香の心を波立たせる。金田への心配ではなく、一抹の不安に近い感覚と言えよう。
「たった今、聞いた『悪魔組曲』。お祖父様がお書きになったメモもあって、私は亡くなる前に何度も読ませて頂いたわ。それが……自宅の書斎から、消えたの」
「僕じゃない!」
「話の途中です。それに誰も夏岡さんを疑ってません」
重々しく口を開き、優歌嬢が詩のメモについて明かす。青褪めた
口に出していないが、
「……トオノが持っている可能性ありマス?」
「マイケル!?」
「恐れながら、マイケル様。それはあり得ませんっ」
マイケルがハッと気付き、出した名前に場の空気が凍り付く。すぐに紅は諫めたが、
「椿さん、そのトオノって」
「この件には一切、関わりのない方にございます。私は夕食の準備に取り掛かりますので、失礼致します。皆様はどうぞ、ごゆるりとお過ごしください」
「椿さん、私も何かさせてください。押しかけた……お詫びもまだですし、ねえ? マイケル、夏岡さんっ」
「アリサがそう言うナラ……」
「却って邪魔になりませんか? 僕達は初めてここに来て、どこに何があるやら……」
マイケルは紅の誘いに渋々従うが、夏岡は完全に椿へ委縮し、御堂嬢の顔色を窺う。
「椿、彼女達の好きにさせてあげて。実際、停電中だと誰かいた方が良いわ」
「畏まりました」
「では、私も行きましょう。懐中電灯をお貸しするくらいなら、出来ます。山根君、ここを頼みますっ。金田一君では当てになりませんのでっ」
「一言、余計だっつ~の」
話が纏まり、明智はジャケットの裏側から細い懐中電灯を取り出す。
ぞろぞろと退室して行けば、だら~んと金田一はテーブルへ突っ伏す。彼の気持ちはよく分かった。
「あの人達、どうして……血眼になって楽譜を探してるの? こういうのって……見付けても、孫の優歌さんの物でしょう?」
「……楽譜を自分の物にする為よ。お祖父様の曲は無名でも素晴らしい……彼らが自分の作っただと発表してしまえば、私でもどうする事も出来ないわ。だって、曲そのものは知らないんですもの。クスクスッ」
「優歌さん……」
「ヒデェ、盗作狙いかよ。ましてや、世話になった師匠の遺品だぜぇ……」
純粋に同情し、美雪は問う。優歌嬢の推測は悲しくも当たっているだろう。否定してやれない自分自身の無力に優香は口を噤む。ため息まで吐いた金田一が重い空気の代弁し、少しだけ気が楽になった。
「……金田一、明智警視達はどこに?」
「お帰り~、夕食の準備に行ったぜ。……オッサン、金田は?」
「あ~、それが……部屋で海峰君……お前らの後輩に電話したいとか、言い出してな。停電も直らんし、ウロウロするなとは言い含めておいたが……」
「え~、何ソレ~」
戻って来た剣持警部は空いた席へ座り、肝心の金田は部屋へ引き篭もった。
その行動にも驚いたが、知らない名前に優香は首を傾げる。呆れた金田一の態度や話の流れから、また美雪の学校関係者に違いない。金田が電話したくなる相手は思わず、詮索してしまう。
「美雪ちゃん、海峰君って?」
「優香さん、さっきいなかったモノね。海峰君はあたしと同じ生徒会の1年生でね。金田君とは御堂先生ファン仲間なの」
「……ああ、
「金田にとって御堂 周一郎はアイドルみたいなモンだぜ……」
優香の質問に七瀬は快く答える。若い高校生がクラシック音楽は勿論、御堂先生ファンとは嬉しい限りだ。
それならば、金田の涙も納得できよう。彼はウェッジウッドのティーカップセットをくれた恩人、楽譜探し騒動とは関係ない。優香は結論付け、ホッと一安心して優歌嬢の隣へ座った。
「アイドル、確かにそうね。金田君にお祖父様には愛人がいたって教えたら、ショックを受けてたもの」
「え~!? 御堂先生に愛人が!? 金田君……優歌さんの話をした時もショックだって言ってたしっ……終いには「コウノトリ」や「キャベツ畑」まで言い出したし……」
「完全にアイドルオタクの発想じゃんか、ソレ! 怖……」
「……まあ、
優香はゾッとする。
金田の逸脱したファン思考に注目されているが、優歌嬢に愛人の存在が知られていた事実。ちなみに椿は重々、承知している。優香も何となく気付いた相手、弟子の紅だ。
チラリッと剣持警部が優香に視線を送った気がする。
「話を戻すが、弟子の皆さんはこの別荘に楽譜があるっ。その考えは変えないと?」
「は……はいっ、さっきの詩ですが……」
優香は配慮不足に嘆くのを止め、剣持警部に詩のメモについても伝えた。
「成程……、あったはずのメモが無い。御堂先生が誰かに渡した可能性は?」
「さっき、マイケルがトオノって言ったよな?」
剣持警部と金田一の重なった質問に対し、優香が躊躇えば、優歌嬢は無言のままにゆっくりと頷いた。
「「遠野 英治」」
「!? 遠野先輩!?」
「あの前生徒会長(美雪と噂のあった奴)」
「なんだ、また不動高校の生徒か……」
口を揃えて出した名は
優香が金田と出会った北海道にいた青年。その時は知らなかったが、なんと御堂先生とデパートを一緒に歩き、楽器売り場で試聴した要因であるという。
「遠野先輩が……もしかて、あの噂って優歌さん達の耳にも入ってるの? てっきり、海峰君の願望かとっ」
「願望?」
「美雪ちゃんも知ってるの? あの噂……」
美雪の質問にこちらは一瞬、困惑する。本当に極一部(主に夏岡)だが、隠し子説が浮上。告別式にも参列した遠野は大人げない弟子達に詰め寄られ、椿に助け出されたのも、優香は目撃した。
そんな目に遭いながら、遠野は物腰柔らかく頭を下げていた。
「遠野先輩は本当に違うって、あたし達にも話してくれたわ。……はじめちゃんは知らないか……」
「俺、生徒会とは無縁なんでねえっ」
「ふう~ん、七瀬君がそう聞いてるなら、その遠野君は関係ないだろ。しかし、海峰君は話に聞くだけで面白い奴だな。金田一とも仲良くやれそうだ。お前も生徒会に入れっ」
どうやら、遠野は美雪へ噂の否定をしている。ならば、優香は彼を信じてあげたい。それが優歌嬢の抱える負担を軽くすると思いたかった。
「金田君と遠野君は仲が良いの?」
「え? ええ、同じ生徒会だし……金田君はあたしよりも……」
「「――きゃああああああ!!」」
「!?」
すっと表情を無くし、御堂嬢が美雪へ確認した途端。
まさに絹を裂くような悲鳴、雷に混ざっても確かに聞こえる。全員が何事かと警戒するより先、剣持警部はさっと駆け出した。
すぐに金田から紅の大人げない行動を知り、優香は頭を抱えたのだった。
●○――……
「……んで、鞄を持って来たワケか……」
「はいっ。痛くない腹を探られるなんて、不快極まります」
「金田君……怖かったでしょう、ゴメンなさい。紅さんはきっと、トイレに行くフリをして……邸内を探ろうとしたのね。一番、常識がある人だと思ったのに……ああ、私ったら……こんな話……」
手提げ鞄を椅子へ引っ掛け、顔色を悪くした山根は
「椿さんが謝る必要ありません。自分も部屋に不用心でした。これからは鍵を掛けますっ」
「そうじゃねえだろ、金田っ。優香さん、コイツの通りにっ。気に病まないでください」
「そうそう、アンタは十分にやってるっ。なあ、優歌さん」
「……ええ、山根さんには感謝してるわ」
気苦労の絶えない山根を皆で必死に励ます。意外にも御堂嬢まで加わり、2人の信頼関係がよく見えた。
「はじめちゃん、やっぱり……楽譜探しを手伝いましょう。見つけちゃえば、解決じゃないっ」
「……っつっても、この暗がりで何をどう探すんだよ。夏岡さんが言ったように、俺達も初めてここへ来たんだぜ。そもそも……楽譜がここにあるのかも、分かんねえんだろ? 優歌さんっ」
「……そうね、言い出したのは夏岡だし……」
「七瀬さん。演劇部の話ですが、演目は『オペラ座の怪人』に決まりました。まだ配役は決まっていません」
山根を不憫に思い、またも七瀬は提案。
「わあ~ありがとう♪ そっか、6月に入ったもんね。ほうほうっ。金田君の台本、もう書き込みしてある……ここの効果音は……っ」
「はい……悲壮感よりも驚きを強調して……」
「……七瀬君は切り替えが早いな。さっきまでの態度が嘘みたいだっ」
「アレが美雪のイイトコでもある。どんな話題もすぐに入って行けて、事を順調に運んじまう。そんなんだから、頼られちまうんだよなっ」
さっと台本を受け取り、七瀬は席に着く。書き込みについて、音響係や役者との相談内容をそのまま伝える。その間、彼女を称える声がした。
「七瀬さんは中学の頃も……そういう人だったわ。
「ワリィ、俺も優歌さんに会った記憶ねえわ。同じ組……?」
「優歌さんはコンクールやピアノのレッスンがあったから、午前中終わりで下校する事が多かったの。
昔を懐かしむ御堂嬢も心なしか嬉しそうだが、
「って言うか、なんで金田は台本なんざあ。持って来てんだよっ(美雪と近けえよ、てめえっ)」
「暇潰しです。最寄り駅まで電車に乗って来ましたので、読んでいました(知らんがなっ)」
「はじめちゃんも金田君を見習ったら? 同じ演劇部員でしょう?」
(天才の血筋を持つ身で……どうして、こうも差が出るかね……)
自分だけ白身魚。他は肉メインの夕食。
一晩、泊まる予定と聞かされたのは昼間。献立に希望も出していないにも関わらず、食の好みまで把握されている状況は怖かった。
燭台のロウソクが齎す独特な雰囲気に包まれ、ナイフとフォークの音しか聞こえない。薄暗い中では距離感も狂い、隣の席にぶつからぬ様、気を遣う。実際、
「うわ……美味しい。椿さん、何のお肉ですか?」
「鴨にございます」
沈黙はお互いの探り合う視線が原因だろう。色々と無関係な七瀬は純粋に食事を楽しみ、羨ましい限りだ。
「以前、一緒に泊まった先でも……金田君は魚料理でしたね。何かワケが?」
「……お前、明智さんと寝泊まりした事があんの?」
「……ゴフッ!? ……偶然、明智さんと同じ宿泊先だったのです。夜は出来るだけ、脂身の強い物は控えています」
「はじめちゃんが変な言い方するから、気まずいじゃない……」
「ゴホンッ、
キラキラとした明智警視の思い返しに
その後はまた沈黙の食事。まだ喋っていた方がマシだ。
「はじめちゃん、何か喋って盛り上げてください。高校生らしい会話でお願いします」
「俺!? ……無茶をおっしゃる……。……あ~と……中間テスト、どうだった?」
「あたしは自己採点通りだったわ」
唐突に頼まれても断らず、困り果てた
「……自分、平均以下です。赤点は回避しました」
「本当に? 何だよ、仲間じゃねえか♪」
「ちょっと待ってください。
「テスト期間、いつだった?」
「……期間はGW明けた後です。テスト終了5分前に回答が一問ずつ、ズレていたと気付きました。書き直しても間に合わず……そのまま、提出を……」
「ひぃ……テストであった怖い話じゃねえかっ。けど、それぐらいが愛嬌あっていいぜっ。俺なんてほとんど真っ白で、ノモッツァンが切れるのなんのっ」
「
「書き直した
「そうよ、普段から勉強なさい!」
こちらが喋る度に
「御堂さんの中間テストをお聞きしても?」
「……自己採点通りよ。七瀬さんは家庭教師とか、塾に通っているの?」
「ううんっ、ウチの学校は授業内容を出題するから。キチンと先生の話を聞いていれば、何とかなるわっ」
「「聞こえたか?
御堂嬢は殊更、可笑しそうな微笑みにて話題に乗る。七瀬の学生として当たり前の発言を聞き、
「フフフッ、
「逆立ちは見た事ねえなあ。手品なら、色々と教えてくれたぜ」
「あら、素敵♪
「名探偵直伝の手品を碌な事に使わないけどねっ」
偉大な祖父を持つ者同士。御堂嬢は
「金田のお父さんも元マジシャンだろ。どんなマジックを習ったんだ?」
「……基本的なモノですよ」
「金田君のお父様がマジシャン?」
「うん、とっ~ても素敵な人よ。初めてお会いした時、モデルとか俳優をされてると思ったもの」
御堂嬢がナイフとフォークの手を止めてまで問えば、お喋りな七瀬が勝手に話を広げてくれる。それでも『幻想魔術団』の話題に触れなかったのは彼女なりの気遣いだ。
さっきから無言の弟子3人を視界に入れ、更に向こう側の壁。飾られた絵画、棚に置かれたフィルムカメラ、紅の後ろにヴァイオリンケースが立て掛けていた。
「紅さん、そのヴァイオリン。御堂先生から贈られた楽器ですか? 雑誌に載っていましたよねっ」
「……ええ、そうよ。知っているでしょうけど、夏岡さんとマイケルも楽器を貰っているわ」
「雷の音ばかりだし……紅さん、何か弾いて差し上げて。七瀬さん、何か聞きたい曲はある?」
「……え♪ プロの演奏が聴けるの? 金田君、選んでっ」
愛想はないが、紅は礼儀を持ってくれる。折角、御堂嬢が振ってくれたリクエストの機会を投げ付けられ、こっちへ視線が集中。七瀬の無駄な気遣いにイラッとした。
御堂先生の曲を選びたいが、脳裏を掠めたのは来月の期末テスト。ではなく、劇場公開作品だ。
「……では、バッハの『無伴奏チェロ組曲』をお願い致します」
「チェロ? ……分かったわ」
まさかの曲名を聞き、紅は驚くも席を立つ。ヴァイオリンケースを慎重な手付きで床へ置き直し、彼女は胸ポケットから小さな鍵を出す。流石は御堂先生より贈られた高価な楽器、厳重な取り扱いだと感心した。
((高そう……))
「楽器の事はよくわからんが、チェロの曲をヴァイオリンで弾いてもいいモノか?」
「……当たり前ですよ、剣持君。音域は違いますが、違和感はありません」
ジロジロと七瀬と
――雷鳴に負けない鮮やかな音律、薄暗い邸内を優しく包み込んだ。
紅の腕前もあるだろうが、高価な楽器故と俗な考えも浮かぶ。だが、聞き惚れる。弾き終えれば、不動高校生と剣持警部は拍手喝采。夏岡とマイケルは疎らに叩いた。
「あ! 『エヴァ』であった曲だろ? シンジがチェロで弾いた!」
「……それって中学生がチェロを弾いたアニメ?」
流石、
「お祖父様が流行りだからって、一緒にビデオを鑑賞したの。全然、話が分からなかったけど……曲は良かったと思う。わざわざ、山根さんが借りて来てくれたのよ」
「御堂先生もタイトルが分からなくて、主題歌の曲だけでレンタル屋へ聞きに行ったわ。店員さんがすぐに探し出してくれたから、助かったもの」
「御堂先生が……アニメ!?」
「……ドコかで聞きマシタ……ジブリ?」
「ジブリじゃないけど……『エヴァ』?」
ずっと無関心だった姿勢の弟子達も驚く。御堂先生が孫と一緒に鑑賞など、こちらが青褪める。内容的にも大人と見られない気まずさがあり、それに気付いていない御堂嬢は救いだ。
「実は私、観てないの。金田君、どんな話?」
「簡単に言いますと、……はじめちゃんと同じ髪型の方が出てきます」
「よりによって、加持 リョウジの紹介! 肝心のエヴァは!?」
山根にも分かるように端的な説明したが、
「確認でお聞きますが、紅さん。そのケースと鍵、御堂先生から頂きました?」
「はい」
「夏岡さんとマイケルさんもですか?」
「「いえ、楽器だけです」」
明智警視の問いに夏岡さんとマイケルは素直に答え、紅はハッとケースへ駆け寄る。明智警視も薄手の手袋を装着し、失礼のないように中を改めた。
何もなかったらしく、紅の残念そうなため息が聞こえる。今になり、彼女の贈り物へ楽譜を隠して渡す可能性が閃いたが、それは外れた様子だ。
(……明智さん、すぐに思い付いたって事は……)
――ブォンッ
明智警視を見るとはなしに見た瞬間、邸内の電灯が全て点灯。雨はまだ続いていた。
「ようやく、送電線が直ったようだ。うわ……目が……」
「早く直って良かったです。椿さん、自分もロウソクを片付けます」
「……それではお願いしましょう」
剣持警部が欠伸をひとつ、ずっとロウソクの火だけでは電灯は眩しい。椿が手早く、テーブルの燭台を片付けた。
「ねえ、優歌さん。電気も点いた事だし、一緒に邸内を散策しましょう。はじめちゃんが何か見つけてくれるかもっ」
「美雪……しょうがねえな。何も見つけられなくても、怒るなよ」
「!? それなら、僕も一緒に……」
折角、楽譜探しから逸れたと思ったが、七瀬からのお願いに
金田「どうも、
ノモッツァン
金田一シリーズに登場する眼鏡教師。何だか言いながら、金田一の将来を案じている。