金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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先ずは感謝を(ペコリ)
6/28 日間ランキング午前の部、18位にランクインしました。本当にありがとうございます

そして、全然「結」な展開じゃないです
詩に込められたメッセージが明かされます


7話 悪魔組曲相続事件・結

 廊下にある燭台の火を消しながら、周囲を見渡す。

 油断はできないが、椿(つばき)と2人きり。彼もそれを察し、片付けを許してくれた。

 

(いち)様、申し訳ございません。本来なら、もっとごゆるりとお話を聞かせたかったのですが……私の配慮が行き届きませんで。このような……」

「椿さんが謝る必要はありません。寧ろ、何度も庇ってくれました。ありがとうございます。御堂さんに……祖母の話は避けた方が良いでしょうか?」

「聞かれぬ限り、答えぬ方がよろしいかと存じます。皆様、今はただ勘繰るだけですので……」

「分かりましたっ。聞かれない限り、答えないでおきます」

 

 全ての事情を知り尽くし、椿は板挟み状態だろう。だが、楽譜探しを止めないのは行方を知らない故。彼の力になりたいとも思った。

 

「金田~、俺達は書斎に行くぞ~。お前も来る~?」

 

 正面玄関にあったロウソクの火も消し終わり、電灯の入切をチェック中に通りかかった金田一(きんだいち)が呼ぶ。こちらは話の途中であり、手振りで断った。

 

「椿さんはここに来たのは2度目と言いましたね。1度目はいつ頃ですか?」

「3月です。……姉から人手が欲しいと連絡を頂く前になります」

「山根さんがわざわざ、北海道まで掃除しに来てくれた時ですね。あれは本当に助かりました」

「いえ……ご主人様が行こうとなさいまして、山根様が代わりを引き受けて下さりました」

 

 椿の金田祖母を姉と呼ぶ口調に躊躇いがあり、こそばゆい。だが、御堂(みどう)先生が背氷村で大掃除の事態に全ての感情が吹き飛ぶ。何かが違えば、誰も信じない事態に発展する所であった。

 

「……椿さんがここで写真を撮った事はないのですね?」

「はいっ、ただ……お屋敷での写真は私が撮らせて頂きました。そのカメラは皆さんで食事をされたお部屋にございます」

「……あのカメラですね。あそこに置いたのも、御堂先生の言付けですか?」

「左様です」

 

 全てが御堂先生の指示、椿はただ忠実に従うのみ。つまりは彼の行動も重要なヒントだ。

 お風呂の脱衣所などをチェック。1階が終われば、2階の階段を上がる。1つの部屋が扉を開き、室内の明かりが廊下に伸びる。ついでにマイケルのハイテンションな声が響き、椿は反対方向へ歩いた。

 

「何の部屋でしょうか?」

「ご主人様の趣味のお部屋かとっ。バルカン半島の民芸品の独楽、中世イギリスの一品である鎧や初めてのヨーロッパ公演の時に持って帰られたチェスのセットがございます」

 

 骨董品の部屋だろう。椿の口頭で紹介された品々が詩に符号していた。

 

(凛々しく、雄々しく、兜かぶりて、悪魔討たんと、騎士は往く。されど悪魔は呪われし、地獄の詩を口ずさむ。駒は止まりて、兜落ち、騎士は苦しむ、呪いの歌に悪魔の嘲笑、野に響き、騎士の正義は消え果てる)

 

 チェスの駒を意味しているならば、(いち)は合点が行く。マイケルをあそこまで燥がせる対戦相手、きっと明智(あけち)警視だろう。彼が高校生とチェス試合で遊ぶ様子を観戦した事がある。

 

「……御堂先生は大切な物程、ここへ置きたがるのですね。……そんな場所に伯父を招待してくれた……」

「……はい、その通りにございます。ご主人様は一聖様を気の許せる友人としておりました」

 

 その友人の妹の絵も飾られている。形は違うが、兄妹は御堂先生に気に入られたのだ。

 (いち)は誇りに思いながら、『悪魔組曲』の楽譜はこの別荘にあると確信した。

 しかし、御堂先生が自分に課したのは楽譜探しではない。おそらく、渡すべき相手に渡るように手助けする。ただ、それだけなら顧問弁護士に任せれば良い。だから、別の目的があるはずだ。

 

「私からもひとつ、お伺いしたい事がございます。明智警視は(いち)様の素性をご存じのようにお見受け致しました。もしや、例の件に関わりでも……」

「……そうですっ。椿さんに紹介し忘れていたのですが……明智さんと剣持さんは……」

「椿さん、金田君っ。ここにいたのね。書斎に下りて来てっ、面白い物を見つけたの!」

 

 物置の棚にロウソクを仕舞う中、すっかり忘れていた刑事2人との関係。(いち)がそれを説明しようと思った瞬間、山根(やまね)がひょっこりと覗き込んできた。

 正直、書斎にはまだ個人的な用がある。椿と顔を見比べながら、面白い物を予想した。

 

「やだ……怖い」

「……亡霊、じゃなくて悪魔かしら……」

 

 わざと電灯を消した書斎。

 不気味がる七瀬(ななせ)と堂々とした御堂嬢が各々の反応を呟き、見下ろす。直階段を下りた床一面、顔が浮かぶ。眉間にシワを寄せ、牙を剥いた形相は悪魔と呼ぶに相応しく、雷鳴の度に強く存在を示した。

 昼間、訪れた時にはなかった。

 映画のワンシーン、あるいは夢の中にいるような現実味のない光景。段々と心が躍って来た。

 

「昼間はこんなモノ、ありませんでしたっ」

「ステンドグラスのシルエットです。本来は月の光を当てにした仕掛けだったのでしょう。いずれにせよ、『悪魔組曲』の第一楽章にピッタリと言えます」

 

 椿が誰に言うわけでもなく、訝しげに問う。明智警視が顔の正体を明かした瞬間、電灯のスイッチを押す。彼の推察通り、床に浮かんだ悪魔の顔は消えた。

 そこに金田一(きんだいち)が階段を下り、ぴょんぴょんと跳ねる。また明智警視がスイッチを押せば、暗くなった床に顔が浮かんだ。

 

「ブラボー……」

「あれだけ凝った仕掛けをしたなら、やはり……ここに楽譜が……」

「……御堂先生はこの書斎で作曲してたんだろ? 机に座っても見えるし……失礼ながら、私には不気味でしかないっ。『悪魔組曲』と言い、信仰めいた想い入れでも?」

「いえ……大旦那様は」

「いいえ、御堂先生は悪魔崇拝をされる方ではありません。寧ろ、神への信仰は厚い方でした」

 

 マイケルと夏岡(なつおか)がステンドグラスの仕掛けに見入る中、剣持警部が呟く。(くれ)は椿を遮ってまで、丁寧に御堂先生の人間性を訴えていた。

 

(伯父さんが雪夜叉を描いたように、御堂先生は悪魔を表現したかった……のか?)

「どうしたよ、金田。しかめっ面し……電話、鳴ってんぞ」

 

 (いち)金田一(きんだいち)の隣へ立ち、浮かんだ顔を見下ろす。そこにポケットの携帯電話から、けたたましい着信音が鳴り響いた。

 

「……家です(プッ)」

「……え? 金田、今……出ずに切った?」

「金田君、携帯電話持ってるんだ……良いなあ。あたしも欲しい、はじめちゃんへの連絡用にっ」

 

 表示は金田宅、確信した為に「切」を押す。何故か、金田一(きんだいち)に驚かれた。

 七瀬が羨ましがっている間も再びの着信音。同じ、「切」。再度、鳴る。いい加減、諦めて欲しいと眉間のシワが深くなった。

 

「……金田君、電話に出なさい」

「……はい、金田でございます」

なんで切るんじゃあ、ボケェ!! 黒沼さんがそっちに泊まるうて、わざわざ連絡寄こしよったのに! お前も電話せえや!〉

 

 物凄く呆れた明智警視が皆を代表し、促す。億劫な気持ちで通話すれば、案の定、ブチ切れた金田祖父だ。

 

金田一(きんだいち)君に代わります」

〈はあ!? なんで金田一(きんだいち)くんがそこにおんねんっ〉

「また俺!? も、もしもし~金田一(きんだいち)で~す。 あ~、金田の爺ちゃん……はい。どうも、ご無沙汰しちゃってま~す♪ ウスラトンカチです。……?」

 

 (いち)は携帯電話を金田一(きんだいち)へ投げ付け、金田祖父を任せる。

 

「それじゃあ、兜が置いてあったって言う部屋を見に行くかっ」

「そうそう! ケンゴのコマ、凄かったデス!」

「マイケルったら、いつの間に刑事さんを名前呼びに……」

「私は残ります。彼らを放って置けませんので」

 

 やれやれと剣持警部は呆れ、号令の如く書斎を離れる。明智警視は電灯のスイッチを入れ、そっと金田一(きんだいち)の傍へ立つ。他の人間が見えなくなってから、(いち)はアルバム手帳のページを開いた。

 この書斎で撮られた写真、写された本棚と同じ箇所を見つめる。様々な外国語の辞書が並んでいた。

 

「……ん~と、だから……あっ。明智さんが代わるって!」

〈今度は明智さんてっ〉

「こんばんは、明智です。……ええ、偶然にも。はい、我々が傍に。こちらからも質問ですが、金田君から椿さんはご親戚と伺いました……間違いありませんか?」

(マイケルさん……さっきもブラボーって……なんで、フランス語?)

 

 金田一(きんだいち)は明智警視へ携帯電話を投げ、一安心。それを気配で感じつつ、何気なくフランス語の辞書を手に取る。本は癖が強く残り、捲られ慣れたページを勝手に開いた。

 書き込みは一切ないが、鍵の単語に目が止まる。発音はclef。

 

「ジジイの話し相手を押し付けといて、何してんだよ! ……あ~この写真って、ここで撮ったモンか」

「はじめちゃん、どうやって撮ったと思いますか?」

「……え? そう言われても……誰かが撮ったんだろ。撮るとしたら、椿さんだけど……その様子じゃ、違うんだろうな。三脚を使ったとか……」

「もしも、三脚を置くなら……」

 

 ブ~たれた金田一(きんだいち)に文句を言われたが、(いち)は問う。彼の助言を聞き、仮に三脚の位置を想定した。そこにはピアノがあり、立てられない。撮影時にはなかったかもしれないが、確認出来ぬ。

 

「ピアノなら、夏岡さんが調べたぜ。な~んにもなかったっ。そうだ、明智さんっ。さっき、ヴァイオリンケースを調べたのって……紅さんが愛人だって気付いたからか?」

「おや、金田一(きんだいち)君にしては鋭いですね。金田君は知っていた口かな? (携帯電話、返します)」

「……御堂さんから、聞きました(どうも)。彼女も本人から聞いたワケではないと言っていました……」

 

 通話の終わった明智警視はキラキラ、金田一(きんだいち)は余計な一言にウンザリ。こちらは愛人……否、恋人の話題でゲンナリ。

 

「念の為に聞きますが、どこで気付きましたか? 金田一(きんだいち)君っ」

「先ず、優歌さんから聞いた愛人話を念頭に置いて考えた。……停電中でも平気で椿さんの手伝いを買って出ていたし、金田のいた部屋まで明かりを持たずにウロついていた。決定打はステンドグラスの仕掛け。紅さんだけ、驚いてなかった。何度も別荘に招かれる程、親しい間柄なら……そうなるだろ」

「はじめちゃん……それは! 御堂先生が大切な仕事場を、逢引き現場にしていたと……」

 

 恋愛事情に口は出さないが、嫌すぎる。(いち)は生々しい現実を叩きつけられ、ドンドン血の気が引いて行く。寧ろ、眩暈もした。

 

「この話……やめとく?」

「いえ……どうぞ、続きを……え~と、明智さんはヴァイオリンケースが何でしたっけ?」

「楽譜の在処です。残念ながら……違いましたがね。……フッ、紅さんと鍵。我ながら、流石に安直過ぎました。愛人だと気付いたのは御堂君の態度を見ていれば、分かります」

 

 金田一(きんだいち)の気遣いが嬉しく、気持ちを奮い立たせる。明智警視は勝手に納得し、自嘲気味な笑みを浮かべた。

 

「ここの捜索は終わりってコトで! オッサン達、まだ兜があるって部屋にいるかな?」

「わ~い♪ 収集品がたくさんあると聞きました~。行きましょう、行きましょう♪」

「金田君、無理せずとも宜しいですよ」

 

 金田一(きんだいち)はわざとらしく剽軽に階段を駆け上り、(いち)は残った気力を振り絞る。やれやれと明智警視は高校生2人の後に続いた。

 骨董品の部屋に誰もおらず、薄暗い。廊下の電灯だけでも、収集品の数々が視界へ飛び込む。御堂先生が厳選した品々と思えば、胸が弾んだ。

 勿論、第二の詩に符合した兜。しかも、第三の詩に記された弓と矢もあった。

 室内の電気スイッチを入れ、迷わずにチェスセットへ駆け寄り、騎士の駒を掴む。以前、別の場所で触ったチェスの駒と違い、高級感のある造形だ。

 

「これがマイケルさんの言っていた……()ですね。動き出しそうな程、精巧な作りです。御堂先生の詩にも引用されるのは当然ですっ」

「へ? マイケルさんが言ってたのって、こっちの独楽(・・)じゃねえの? 詩だってコマ止まりて、だしよっ」

「金田君……キミはっ」

 

 うっとりと見惚れていれば、金田一(きんだいち)の素朴な疑問に振り返る。すぐ隣に民芸品の独楽があり、彼はその1つを手に取る。高校生2人を見比べ、明智警視が息を呑んだ。

 同音異語に驚愕し、(いち)に混乱が生まれた。

 

「……え? 駒と独楽? 駒止まりて、でしょう。……皆さん、山根さんから詩を……」

「金田君、キミは知りませんでしたね。山根君は音声テープしか、持っていないんです。詩のメモは確かにありました。生前の御堂 周一郎から、御堂君が何度も読ませて貰ったそうです。彼女以外、『悪魔組曲』を音でしか聞いていないんですよ」

「……そのメモは自宅の書斎から……消えてたんだとっ。金田……お前、どこで詩を読んだ?

 

 おそらく、メモは手紙として渡された。

 真実を逃さぬ真っ直ぐな瞳に見据えられ、最悪の失態に気付かされる。

 

やってすまった……

げえ、優歌さん!

 

 今度は別の意味で血の気が引く。途端、金田一(きんだいち)がサ~ッと青褪める。御堂嬢が足元もなく、扉に寄りかかる。

 

「美雪や他の人達は……?」

「湯に浸かると言って、応接室に置いて来たわ。だから、本当の事を話しましょう。金田君っ……いえ、ハイエナさん?」

 

 ビビる金田一(きんだいち)に問われ、御堂嬢のパッチリと大きな瞳は半眼まで下がり、(いち)へ明らかな敵意を向けられた。

 否、憎んでいる。彼女にしてみれば、愛すべき祖父の形見を奪い盗っていく。言葉通りのハイエナだ。

 実際、絵画を2つも贈与されたが、火に油を注ぐので黙っていよう。先ずは鎮火だ。

 

「……御堂さん、話はします。でも、貴方は勘違いされています。こちらをご覧くださいっ」

 

 先手必勝でアルバム手帳を突き出し、天才芸術家2人の写真を見せ付ける。

 

「写真……、お祖父様とアナタにソックリな……父親?」

「伯父です。氷室 一聖、御堂さんならこの名をご存じのはずです」

「……!? 10年前に……死んでいた画家、アナタの伯父?」

「はいっ、ちなみに! こちらが父親です」

 

 更に意表を突かれた御堂嬢は絶句し、トドメとして実父の写真も教えた。

 一気に情報を叩き込まれ、御堂嬢は瞬きせずに沈黙。但し、ガシッと(いち)の腕は掴まれる。絶対に逃がさない勢いが、怖かった。

 

「……遠野 英治はカモフラージュだったのかしら?」

「いいえ、自分の事情に遠野先輩は巻き込まれただけです。御堂先生とお会いした時、居合わせていました。先輩はハンサムですから、周囲の記憶に残りやすかったのです」

「お前……ハンサムって、今時……言わねえぞ」

金田一(きんだいち)君、口を挟まないっ」

 

 御堂嬢は写真から目を離さず、異様に低い声。それでも冷静に話が通ると分かり、ハッキリと告げる。固唾を飲んで見守っていた金田一(きんだいち)のツッコミを明智警視は咎めた。

 1分か2分の後、御堂嬢は(いち)の手を離す。黒く大きな瞳は猜疑心を抱え、じっと見てくる。その小さな唇から言葉を待った。否、どんな言葉も聞く覚悟をようやく、持った。

 何故なら、こちらがどんな素性であろうとも御堂嬢の敵でしかないのだ。

 

金田一(きんだいち)君、明智さん。楽譜について、何か分かったかしら?」

「……ヴァイオリンが有力な手掛かりと判明しましたっ」

「ヴァイオリン? でも……ケースには何もなかったぜ」

 

 まさかの捜索状況の確認。明智警視はさらりと答えたが、金田一(きんだいち)の言う通りにヴァイオリンケースは調査したばかりだ。

 

「先ず、『悪魔組曲』の詩。第一楽章に鍵、これはフランス語で「くれ」と発音します。弦楽器の糸巻きの部分です。第二楽章に駒、4本の弦を表板へ伝えるブリッジを意味します。そして、第三楽章に弓をばとりて、弦をはり、これはヴァイオリンを弾く構えです。詩、全体がヴァイオリンを示しています」

「……明智さん、空で言える程に何度も音声テープを聞いたのですか?」

「いや~、俺と同じ……1回だったと思うぜ」

 

 スラスラと詩を解説してしまい、明智警視の記憶力に驚かされる。そして、弦楽器にも詳しい知識は素直に尊敬した。

 

「夏岡を警戒していたから、教えてくれなかったの?」

「その時はお恥ずかしながら、気付きませんでした。第二楽章のコマをどちらか判断できず、それに紅さんの存在が「鍵」だと早合点してしまいました。第三楽章の最後にも「鍵」は含まれていますし」

(されど最後の力にて、騎士は挑まん、地獄の歌に。弓をばとりて、弦をはり、放つ一矢が悪魔を射抜く。絶叫残して悪魔は消える。呪いの歌の呪縛は解けて、騎士は心に光を得る。……聖なる鍵は己が胸にぞありき)

 

 御堂嬢は段々と落ち着きを取り戻し、堂々とした明智警視へ視線を転じる。彼の解説を聞き、(いち)が第三楽章を思い返せば、確かに「鍵」はあった。

 

(……第一、第二、第三……。3つそれぞれにヴァイオリンの部品をバラバラに……紅さんの楽器を当て嵌めて……)

金田一(きんだいち)君っ。私が湯浴みに行っている間、山根さん達にも……その話をお願い。改めて、紅さんのヴァイオリンを調べさせてもらいましょう。それと金田君っ、アナタの伯父様に免じて……詩のメモを持っていた理由は後で聞くわ。精々、言い訳を用意しておくことね」

 

 一見、御堂嬢は冷静沈着だが、その眼光は鋭いまま。(いち)はガッチガチの緊張、返事せずに見送った。

 

「ふう~っ、ビビった~。修羅場になんのを覚悟してたぜ」

「まだ、なだけでしょうが……御堂さんの心の広さに救われました」

「彼女は聡明な方です。ここで言い争っても無駄と判断したのでしょう。では、金田君」

 

 緊張の糸が解け、座り込む。金田一(きんだいち)と背を預け合えば、(いち)は明智警視に手を差し出される。手の向きから、詩のメモを要求されていると察した。

 

「詩を持っていません。人に預けています」

「人? あ、電話してた黒沼って人か……弁護士かなんかだっけ?」

「キミが弁護士に預けた?」

「はい、いつもお世話になっている方です。崖崩れで道が塞がれて、来られなくなりました。街のホテルに宿泊していますので、どんなに急いでも明日にならなければ、詩は読めません」

「それ……先に言っといてくれよ」

「成程、事情は分かりました。無い物を強請っても仕方ありません。金田一(きんだいち)君は皆さんへ説明をお願いします。私は邸内に他のヴァイオリンがないか、よく調べておきます。いざとなれば、彼女のヴァイオリンケースを解体しましょう」

 

 明智警視はさっさと次の捜査に取り掛かるようにテキパキと行ってしまう。しかも、容赦のない宣告まで聞こえた。

 

「う~ん、夏岡さんとマイケルさんが本当に楽器以外のモンを貰ってないか、聞いとくか……。口割りそうにねえけど……。やれやれ~、御堂 周一郎も面倒な楽譜の残し方してくれたぜ。紅さんに渡したいなら、最初からっ、郵便で送るとかそうすりゃあ良いのによ。なあ、金田……? 金田?」

「……はじめちゃん、御堂先生が紅さんに渡したいと何故、思うのです?」

 

 ブツブツと文句を垂れても、金田一(きんだいち)はキチンと付き合う姿勢を見せる。根は真面目なのだろうが、学校でも示して欲しい。一部の思考が強烈な疑問に囚われ、彼に呼び掛けられたが聞こえないままに問う。

 

「明智さんが言ったろ。詩そのものがヴァイオリンを意味するっ。だったら、ヴァイオリニストの為の『悪魔組曲』だろ。さっきの……バッハの組曲みたいにさ♪」

「ヴァイオリニストの紅さんへ贈る……楽譜っ」

 

 さも当然のように教えられ、愕然。

 『悪魔組曲』3つの詩、最初の文字は「あ」「り」「さ」。繋げれば、『紅 亜里沙』となる。そんな後付けの解釈が思い付くも遅すぎる。文面で知らないはずの金田一(きんだいち)はいとも簡単に解いてしまった。

 つまり、聡明な明智警視はとっくに把握済み。本物の謎解きをまざまざと見せ付けられた。

 若干の無力感を堪えて心底、脱帽。

 

「もう寝ていいですか? 自分、お役御免ですっ」

「金田く~ん、何言ってんだ!? まだ肝心の楽譜を探してねえじゃん!」

「明智さんを信じましょう。多分、ケースに隠されていますよ。だって、御堂先生がわざわざ用意したのですから……っ」

「お前、面倒臭くなってるだろ!? なんだ、お眠か!? まだ8時だぞ、全員集合するところだろうが!」

 

 金田一(きんだいち)を適当にあしらいながら、――判断材料は揃った。

 食事をした客間と違う応接室へ行き、そこにいた皆へ金田一(きんだいち)は詩の解釈を伝える。

 その間、(いち)は剣持警部をコッソリと廊下へ導き、頼み事を耳打ち。面倒そうに頭を掻き、彼は承諾してくれた。

 応接室にでは『悪魔組曲』は紅の為に作曲された部分まで説明され、驚嘆、納得、不満と様々な反応が見られた。

 

「……御堂先生は以前、私に……こんな約束をしてくれた。……キミの為に曲を作ってやろう……我が愛の証として……。……守って……、周一郎さん……」

 

 紅は麗しい顔が激昂に歪み、大粒の涙を流す。かと思えば、足取り悪くフラついた為にマイケルがさっと支え、ソファーへ座らせる。山根と七瀬も心配そうに駆け寄り、ハンカチなどを渡した。

 

「あの……肝心の楽譜はどこに?」

「そちらに関して言えば、現状は紅さんのヴァイオリンが正しく、鍵ですっ。他にヴァイオリンはありませんでした」

「……楽器は書斎のピアノ以外、全てご自宅へ移しております」

 

 夏岡は遠慮がちに問うた瞬間、明智警視が颯爽と現れる。一緒に来た椿も粗方の事情を聞いた様子だ。

 

「仮に『悪魔組曲』が紅さんの為だと言っても、最初から渡せばよかったじゃないですか。私は反対なんてしません。優歌さんだって、先生が決められた事なら……嫌とは……」

「そうです。こんな回りくどい真似をして……孫の優歌さんを差し置いてっ。あんまりですっ」

「タケ、最初に楽譜を探そうと言ったノ。アナタだよ。探さなければ、ユカが事実を知らずに済みマシタッ」

「あ~、一言よろしいですかな?」

 

 山根と夏岡は珍しく、御堂先生へ批判的な態度を示す。マイケルは騒動の元凶へ鋭いツッコむ。そこに剣持警部がそっと手を挙げる。皆、傾聴の姿勢となった。

 

「……どうもっ。私には女房がいます。長年、連れ添った大事な女房です。刑事なんて職に就いとりますから、女房は私に残される覚悟が出来ております。女房にも私が亡き後、新しい亭主を見つけて、子供達と新しい家庭を築いて……幸せになっても構わないと常日頃から……伝えちゃいるんですが、ごにょごにょ」

「オッサン、何が言いてえの? 手短にっ」

「っ。……つまり……女房の幸せを願う一方、一生……私の喪に服して欲しいっ。そんな気持ちがあります。御堂先生も同じっ。紅さん、アナタのこれからを願いながら、忘れずに想い続けて欲しいっ。矛盾しているようですが、……楽譜を探している時、アナタの心は御堂先生の物だっ。だから、発表せずに隠したんだと……刑事と言うよりも……女房を持つ亭主として言わせてもらいましたっ」

「……オッサンにしては、ロマンティックじゃね? ……なんか、すっごく……らしくねえって言うか……」

 

 もじもじしながら、剣持警部が男心を語る。愛する人を残し、逝くしかない人の心情とも言える。高校生の金田一(きんだいち)は感じ入り、他も説得力の深さに黙り込んだ。

 ただ紅は驚愕の姿勢を崩さず、勢いよく顔を上げた。

 

「そ……それなら、どうして……別れようだなんて……。私を愛する資格がないだなんて言ったのよ! そうしてくれれば……何も疑わなかったのにっ。病気も……あの日まで知らなかった……。私だって、最期の最後まで……傍にいたかった。幸せだった頃のまま……愛して、看取りたかった……。……私を捨てるから、こうなるんだ……ざまあみろって思っちゃったじゃない! 今も愛してる……愛してるのよお……

「お祖父様が亜里沙さんと別れていた?」

 

 すっと湯上りの御堂嬢が姿を見せ、初めて紅に憐れみの視線を向けた。

 

「金田、大丈夫か? 顔色、すっげえワリィぞ」

「……御堂先生が幸せなら、それで良いと思いたかったのですが……。どうやら、そんな海のように広い心は持ち合わせていないようです。花瓶にされる壺くらいの器……ちょうど、食事をした部屋にあった絵が限界です」

「……結構、大きい気がするけど……」

「キミ達、お静かにっ」

 

 紅の御堂先生への愛を赤裸々に語られ、(いち)は正直に青褪める。聞きたくないが、耳を塞げない。金田一(きんだいち)と七瀬に心配され、明智警視に叱られた。

 

「紅さん。その答えはアナタが持っています。私が思うに、鍵は紅さん自身です。夕食の際、七瀬君が言いましたね。キチンと先生の話を聞いていれば、何とかなるっ。アナタの疑問を一度、捨てて考えてみてはどうでしょう?」

「……周一郎さんの話……」

「剣持君にしては気の利いた事を言いますね。椿さん、御堂先生が紅さんと別れた理由についてはご存じですか?」

「キット……余命を気にしたンダ……。剣持サンの言う通り、アリサの未来を考えた……」

 

 剣持警部が紅の前に目線を合わせ、幼い子供を宥めるような笑い方をした。それが利いたらしく、興奮を治めた彼女は思考に耽る。明智警視の質問に椿ではなく、マイケルが答えた。

 

「亜里沙さん、お祖父様と別れたのはいつ頃?」

「年が明けて、すぐです。いつものように呼び出されて……金はいくらでも払うから、別れてくれって……」

 

 御堂嬢の問いを聞き、紅は憑き物が落ちたように答える。(いち)が日付にゾッとすれば、椿がこちらを意識するのを肌で感じた。

 御堂先生が自分へ会いに来た日、紅との関係を終わらせていた。

 余命以外の理由に思考が辿り着き、自身の心拍音が煩い。これ以上、追及されたくなかった。

 

「ハッ、それで別れたのですか? 貴女の愛とやらも大したコトありませんね」

「うおぉ~言い過ぎだろ、金田……」

「金田君……真っ青を通り越して、顔色が白くなってるわよ。本心じゃないんでしょう。一緒に謝ってあげるから、ほら、早く訂正してっ」

 

 つい口走ってしまう。金田一(きんだいち)と七瀬に責められ、心配されても吐いた言葉は取り消せない。折角、落ち着いていた紅は鋭く睨み、激情に唇を噛んだ。

 

「……アナタに何が分かるのよ。ただのファンのくせに!」

「はい、自分は御堂先生のファンです。先生のお作りになる曲……「愛」をただ享受すればいい。でも、貴女は違う。愛し合う恋人であるならば、愛を返さねばなりません。別れに込められた真意を見抜けず、愛を疑った時点で、貴女に楽譜……「愛」を手に入れる資格はありませんっ。御堂先生と十分、幸せな時間を過ごしたのでしょう? それで満足なさいっ」

「……? アナタ、誰の味方デスカ?」

 

 当然の激昂を受け、心臓の脈拍は忙しい。耳の後ろも熱いが、(いち)の口は動く。秘めていた本音を早口で捲し立てる。脳内の翻訳が間に合わず、マイケルは混乱した。

 

「自分は紅 亜里沙さん、貴女の敵であるだけです。だから、貴女に楽譜を渡しませんっ」

(いち)様!!」

「……椿?」

「「「「!?」」」」

「……金田君! もしかして、楽譜を見付けたの!?」

「……どういう事だ、金田一(きんだいち)っ」

「俺も知らねえ」

 

 自身の言葉が脳髄に浸透し、心の底から思う。御堂先生に恩を返せるならば、どんな気遣いも関係ない。自分の立場は最初から敵でしかなかった。

 

「見付けていませんが、楽譜が隠された場所は分かりましたっ」

「……鍵は紅さんですか?」

 

 明智警視の探るような視線は先程と違い、ただ真実を知ろうとする強い意思だ。

 下手な嘘は逆効果になる。

 

「はい、紅さんのお陰です。紅さんに出会わなければ、知りようのないままだったかもしれませんねえ。本当にありがとうございますっ

「楽譜はキミの物じゃない! 権利は優歌さんにある!」

「1つ、違います。夏岡さんとマイケルさん、ここにいない風倉さん。御堂先生の形見を受け取る権利があります。皆さんは手塩にかけたお弟子さんですからね」

「へ? ……あ、キミは僕達に渡す気があると……」

 

 一切の躊躇いなく、(いち)はツラツラと上っ面な感謝を述べる。焦った夏岡は肝心だと言わんばかりに問い詰めて来る。訂正を入れれば、彼は完全に拍子抜け。一瞬前の強気な態度は御堂嬢へのご機嫌取りに見えて来た。

 

「楽譜は紅さんの物だって、はじめちゃんも言ったじゃないっ。御堂先生の気持ちとかはどうなるの?」

「どうか、七瀬さん。ご安心をっ。紅さんに楽譜が渡らなかったとしても、それは神がお決めになられた(・・・・・・・・・・)事だと先生も諦められるでしょう」

「……神がお決め……。先生も生前、そう言っておられたし……僕らの手で発表できるなら……」

「「夏岡さん、タケッ!」」

 

 状況の判断が追い付かず、七瀬は重要な点を指摘した。

 御堂先生は愛する紅へ楽譜を残したい。だが、他の弟子に渡ったとしても文句はない。だから、『悪魔組曲』の存在をわざと伝えた。特に夏岡は必死に探す。そう、踏んでいたのだ。

 実際、夏岡は露骨な態度を取り、山根とマイケルに咎められた。

 

「……はじめちゃん、何とかしてよっ」

「わ~ってるって、金田っ。その楽譜、まだ触ってすらねえんだろ? だったら、こっちに探し当てる時間をくれっ。期限はそうだな……明日の復旧工事が終わるまでだ。どうだ?」

 

 困り果てたように七瀬が金田一(きんだいち)にせがめば、意外にも勝負じみた提案をされる。(いち)には予想外過ぎて、引くに引けない展開となった。

 

「――良いとも、金田一(きんだいち)君との仲だ。但し、紅さんがご自分で見付けるんだよ。明智さんと金田一(きんだいち)君はあくまでも手を貸すだけだからね――」

「フザケ……!」

「この案に乗りましょう。皆さんもよろしいですね。もしも、無理やり金田君から聞き出そうものなら、警察として黙っていませんっ」

 

 内心の動揺を決して面に出さず、遠野先輩のように振る舞って見せる。挑発と受け取ったマイケルが反射的に拳を構えたが、明智警視が庇ってくれた。

 

「……私は問題ないわ、金田一(きんだいち)君。お祖父様の楽譜、探せるのね?」

「ああっ、ジッチャンの名にかけて!

 

 御堂嬢に託され、金田一(きんだいち)はお調子者の態度を一変。噂に聞いた名台詞を吐いた。

 

 ――雷鳴はもう聞こえない。

 




剣持妻「どうも、妻の和枝です。閲覧ありがとうございます~♪ あなたったら、人前でそんな……♡ いっつも、陰口言ってるの知ってるんだから……クスクス。さて、次回は『悪魔組曲相続事件‐紅』!! 愛のカタチは人それぞれよね……いくつになっても」
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