金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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作中はアニメが放送開始した97年を舞台にしています


F.5 血溜之間殺人事件の消失

 青森駅でスキー部と別れてから、怒涛の毎日だった。

 銭形(ぜにがた)警部補により、事件のあらましを知る。旅客機墜落事故現場での真相、4人のTVスタッフが意図的に行った死体遺棄、なりすましによる資産搾取。

 金田の祖父母は勿論、(いち)もただ言葉を失った。

 絶望による絶句ではなく、――ただ、ただ言葉を無くした。

 

 死亡認定を含めた様々な手続きを済ませ、遺体のないまま氷室伯父の葬儀も終えた。

 時間的余裕が生まれて不動高校へ登校すれば、スキー部顧問の体育担当・尾根(おね) 静香(しずか)先生を初めに教師陣へお詫び行脚。演劇部顧問の音楽担当・緒方(おがた) 夏代(なつよ)先生が他の先生方を説得し、欠席した授業の補習を段取りしてくれた。

 正直、補習のせいで益々、時間が奪われた為に感謝はしない。

 

 (いち)がバイト先の『大草原の小さな家』へ行けた頃、1月は最後の日曜日を迎えていた。

 

「つまり? まだ、バイトには来れないってわけ? 勘弁してよ、アナタ目的のお客さんがどれだけいると思ってんだかっ」

「クビにしないでくれて、ありがとうございます。店長っ」

 

 滅茶苦茶に不機嫌な店長から嫌味を言われ、愛想よく感謝しておく。彼女は接客しても、たった1人のアルバイトへの扱いはこのように横柄な態度。オマケに最低賃金。

 

「まあ、いいわ。週1とかでもいいから、さっさと働きなさいね」

「はい、必ず」

 

 他人の事情を詮索しない性格は有難い。

 それにアメリカンカントリーを基本とした内装、添えられたテディベア、実際に弾けるフォークギターと音の良いレコードは勤める価値があり、(いち)はとても気に入っているのだ。

 カランカランッと来客を告げる鐘が鳴り、気だるそうな店長はビシッと背筋を伸ばす。切り替えの早さは尊敬に値する。

 

「いらっしゃいませ、あら♪ 佐木君っ、来てくれたのね」

「「こんにちは、また来ました」」

(ドッペルゲンガー兄弟、来た……)

 

 同じ髪型に眼鏡、双子のようにソックリな兄弟。不動中学校3年生・佐木(さき) 竜太(りゅうた)、同じく2年生・佐木 竜二(りゅうじ)。手にしたハンディカムまでお揃い。お揃いが問題でなく、独特な雰囲気が不気味すぎる。初対面の折、(いち)はビビり過ぎて変な声が出てしまった程だ。

 去年の夏休みから、校区内でもないのに隔週で通い詰めている。紛うことなき変わり者。

 

「やっと会えましたね。今日、来て良かったです」

「エプロン、着けないんですか?」

「今日はもう帰りますので、佐木君はゆっくりして……(痛っ)」

「外は寒かったでしょう、すぐに温か~いお茶を出させます♪ いつものね? お好きな席へどうぞっ(ちょっとくらいイイでしょ)」

 

 笑顔を崩さない店長から、(いち)は地味に足を蹴られる。雇い主でなければ、反撃していた。

 

「ちょっとだけですよ、お給料も発生しますからね」

「はいはい。ほらっ、カツラも忘れないで。佐木君はいいけど、他のお客さんには女の子で通しているんだから!」

 

 茶色のウェーブがかかり、前髪さえも長いカツラを押し付けられ、渋々とフリルエプロンを纏う。(いち)は準備万端で佐木兄弟へ温かいハーブティーを差し出す。レンズが一挙手一投足を撮られ、無性に気が散った。

 店長が許可してしまっている為。うっかりビデオへ蹴りも入れられない。

 

「相変わらず、似合ってますよ。自信、持って下さい」

「ありがとう、佐木君()。遅れましたが、寒中見舞い申し上げます」

 

 女顔ではないにしても、衣装を着れば可愛いアルバイト店員。そんな自信など、あるに決まっている。無遠慮に撮られたくないだけだ。

 

「ずっと休んで、何してたんですか?」

「挨拶回りしていましたよ、佐木君()

 

 嘘は言っていない。言う必要もない。言い触らす気もない。

 学校やご近所にも、親戚の訃報とだけ説明済み。正確な事実は知る者だけが知っていれば、良い。

 だが、佐木兄弟は「教える気がない」と勘付いているらしく、物凄く意味深に笑う。このやり取りも諦め半分で慣れたモノだ。

 店長お手製のカレーライスを佐木兄弟のテーブルへ運び終えた時、また来客の鐘が鳴った。

 

「いらっしゃいませ、片倉さ~ん。会いたかった♪」

「やあ、先月ぶり。……キミが噂のバイトちゃんだね、やっと会えたっ」

「――いらっしゃいませ――」

 

 店長好みの若い男性・片倉(かたくら) 猟介(りょうすけ)からウィンクされ、(いち)はすぐにソレらしく笑う。彼は何の疑いもなく、女子だと信じた。

 佐木兄弟のにんまりとした笑みが煩い。ちなみに彼らは勝手に更衣中を覗き、知った。

 

「店長、こんな可愛い子を隠してたんだね」

「隠してただなんて、人聞きの悪い~。可愛い子と言えば、速水 玲香ちゃんっ。今日もTVに出てたわね。北海道で事件に巻き込まれてから、見ない日はないわ。ああいう子こそ、頑張って欲しいねえ」

 

 片倉は適当な席へ腰かけ、店長と何気ない世間話をし出す。

 世間の注目は現役アイドル歌手・速水 玲香(はやみ れいか)だ。

 逃げられない猛吹雪に包まれた山荘、TV局スタッフ同士の怨恨、火曜サスペンス劇場さながらの体験をした。

 他の俳優やスタッフもいたが、添え物扱い。問題は悪事をバラされた被害者でありながら、尚且つ加害者の立場にある4人の遺族へ向けられる批難と批判の嵐だろう。

 

 ――無論、知った事ではない。

 

 (いち)は内心を決して表情に出さず、営業スマイルで片倉にハーブティーを出す。

 

「歳いくつ? 高校生? いつもこの時間?」

「――今日は偶々、シフトに入れたんです。次はわかりません。明日になるか、明後日になるか――」

 

 勿体付けた言い方で答えれば、片倉は興味深そうに笑う。

 

「キミに会いたかったら、通い詰めろって事か……。上手いね、店長」

「褒めても何も出ませんよお~」

 

 常連客ゲット、店長はここぞとばかりに上機嫌だ。

 

「「速水 玲香が嫌いなんですか? 怒っているように見えますけど」」

 

 佐木兄弟の席へ食後のお冷を持って行けば、心配そうに小声で耳打ちされる。全く見当違いだが、感情の変化を見抜かれていた。

 レンズを通し、被写体を見続ける目は伊達ではない。奇妙で煩わしい佐木兄弟をほんの少しだけ、見直した。

 

「嫌いじゃないですよ、好きでもありません」

「「答えてもらえると思いませんでした」」

 

 素直に答えれば、佐木兄弟はキョトンと目を丸くした。

 

 小1時間経過し、ようやく解放される。しかも、賃金は次の出勤で纏めて支払うという。ほとんどタダ働きさせられ、流石にイラッとした。

 店の裏手に停めていた原付バイクに雪が積もり、手袋で払う。ヘルメットを先に着けようと持ち上げた。

 

「金田君、やっぱりここにいた!」

げえ、遠野先輩!」

 

 叫んだ遠野 英治(とおの えいじ)先輩は白い息を吐きながら、小走りでやって来る。ガウンコートのポケットへ手を入れ、首のマフラーが風で揺られる姿はまさにハンサム。

 映画俳優のように一々動きが格好良い。彼に好意的な女性陣が見れば、約束された黄色い声に包まれるだろう。

 だが、休日に会いたい相手ではない。ビックリしすぎて、咄嗟にヘルメットを落としかけた。

 

「お疲れ様です……(ぐえ)」

「お疲れじゃないよ。お祖母さんから、うちに電話があったんだ。キミにお客さんが来てるのに、いつまでも帰ってこないってね。また、伯父さんとやらの昔馴染みなんだろ。日曜日くらい、家でじっとしててくれっ」

 

 一昨日、遠野先輩が金田の家へ泊まりに来た晩。

 焼香へ現れた陶芸家・朝木(あさき) 冬生(とうせい)に金田の孫と間違われて抱擁を受け、彼は大混乱に陥った。風呂上がりに愉快な光景を見せられ、金田祖父母の暗い雰囲気を和ませてくれた。

 それは感謝しているが、これはお節介がすぎる。

 

「だったら、店に電話してくれればいいでしょう。わざわざ、遠野先輩を顎で扱き使うなんて……」

「お店に迷惑かかるし、キミはすぐに電話を切るだろ。だから、僕が迎えに来たんだ」

 

 遠野先輩は金田祖母を敬い、礼儀正しく「お祖母さん」と呼ぶ。しかも、電話一本でこのようなお迎えを再々、買って出るのだ。

 これでも大企業の御曹司だが、我が祖母はそれを知りつつパシりに扱う。まさに豪胆である。

 

「わかりました。帰ります……首、首が締まる……」

「ああ、ゴメン。それと近くで待たせてる。ここまで、その人の車に乗せてもらったんだ。僕がバイクを押すよ」

 

 襟元が解放され、呼吸がしやくなる。遠野先輩は親しげに謝罪するが、有無を言わさずに原付バイクを押して行った。

 渋々、着いて行く。ヘルメットを弄びながら、店とは反対側の路地裏を抜ける。雑居ビルと住宅地が混ざった地区に似つかわしくない高級車が停車していた。

 傍に控える運転手らしきご老人は一見でも、執事とわかる風貌。左眉毛の上にホクロが特徴的だ。

 

「椿さんだよ、彼が金田君です」

「このような形で申し訳ございません。私、椿と申します」

「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。金田君です」

 

 椿(つばき) 陽造(ようぞう)目下(めした)にも畏まる。彼は待ち人ではなく、後部座席にいる見えない主人が自分に会いたいのだろう。

 

(スモーク硝子か、中に誰が乗っているんだ?) 

「キミはこのまま乗ってくれ。バイクは僕が乗って行く。後ろの方は椿さんが紹介してくれるよ、必要ならね。椿さん、僕が先行します」

「はい、遠野様。お願い致します」

 

 またも、遠野先輩は自分の返事も聞かずにヘルメットを奪った。

 傍から見れば、流されているように見えるだろう。だが、絶対に違う。何事にも誠実な顔をしておいて、その威圧感にこの身が竦む。彼自身は無自覚な為、余計に始末が悪い。

 

「さあ、どうぞ。中でご主人様がお待ちです」

「お待たせしました。金田です、失礼します」

 

 椿によって後部座席の扉が開き、挨拶してから乗り込んだ。

 

「……大きくなったね、(いち)君。ああ……一聖の若い頃にソックリだ」

 

 凛々しい眉間にシワを寄せ、口髭が厳格な見た目に拍車をかける。世界的作曲家・御堂(みどう) 周一郎(しゅういちろう)が足を組んで、迎えた。

 

「御堂……周一郎先生?」

 

 クラシック音楽雑誌での顔写真は常識、(いち)も知る生きた偉人の1人。

 予想外すぎて、体の力が抜ける。座席へ座りにくい態勢となってしまう。それを見て、御堂先生はおもしろそうに喉を鳴らす。ククッと笑う仕草が物凄く親しげに感じた。

 

(いち)様、シートベルトをお願い致します」

「は、はい。椿さん」

 

 運転席へ戻った椿に指摘され、我に返る。慌ててシートベルトを装着した途端、車はゆっくりと動き出す。原付バイクに跨った遠野先輩へ付かず、離れずと追従した。

 縁のない外装と同じ高級な内装、隣には偉大なる御堂先生。車酔いとは違う酔いで気分的に吐きそう。

 

「……先程、大きくなったと言われましたが……自分とはいつ頃、お会いしましたか?」

「キミは覚えてないだろう。一聖に連れられて、私の元を訪れたんだ。キミは小さいのにお行儀よくてな。一聖が私の肖像画を描いていても、大人しく眺めていたよ。椿、あれは(いち)君がいくつの頃だね?」

「はい、(いち)様がちょうど3つになられたお歳です。9月に七五三の祝いをする予定だと、一聖様は申されておりました」

 

 何ソレ、全く記憶にない。流石は執事、椿の記憶力に敬服する。

 

(……けど、伯父さんと一緒に写真を撮ってもらったのは……覚えてる)

 

 アルバムにも、その七五三祝いの写真はキチンとある。わざわざ、実親とは別で撮影した。

 

 ――紅葉が散らばる中、それを取ろうと手を伸ばす。届かない自分に代わり、氷室伯父が掴んで渡してくれた。

 

 そんな懐かしい光景が脳裏を過り、幾分か緊張が和らいだ。

 

「……御堂先生は伯父と写真を撮ったりしなかったのですか?」

「数える程しかない。……探しておくよ」

 

 御堂先生なりの気遣いだろう。頼んだわけではないが、嬉しくて深く感謝した。

 

「ところで、何処へ向かうのですか?」

「キミのピアノを買いに行く。持ってないだろ、10年分の贈り物をさせてくれ」

 

 10年分の贈り物に該当するピアノ。

 そんな高価な鍵盤楽器、庶民の家に置けない。金田祖母の嫁入り道具であり、使い慣れたオルガンで十分だと叫びたい気持ちで一杯だ。

 

「……お気持ちだけで十分です」

「金田先生と同じだな。オルガンが悪いわけではないが、ピアノの鍵盤とはやはり違う。嗜む程度とは言え、ピアノにしておきなさい」

 

 言葉の意味はわかるが、それなら学校のピアノで十分。緒方先生に頼めば、利用を許可してくれるのだ。

 だが、世界的な作曲家目線の反論は目に見えている。学校で不特定多数が触れるピアノでは納得してくれないだろう。

 感情的では伝わらないなら、金銭的に伝えるしかない。

 

「贈与税がかかりますので、高級なモノは受け取れません」

「!? ……そうか……贈与税か……盲点だった……」

 

 やっと御堂先生に理解してもらえ、一安心。

 先日、弁護士・村上先生と今度の法的な対策について相談した際、贈与税の説明も受けたのだ。

 

(色々と煩いなあとか思ってて、ゴメンなさい。ありがとう、村上先生っ)

 

 村上先生に深く感謝しておく。

 

(ん? 同じ学年にも村上って奴がいたな……な~んか顔が似ていたけど、まさかね)

 

 不動高校1年生・村上(むらかみ) 草太(そうた)と親子だと知る機会は在校中に訪れなかった。

 

 庶民の懐にも優しいデパートに到着、車を降りた先に遠野先輩が待ち構えていた。

 

「楽器売り場はこちらです。僕から逸れないで下さい。人の来客が多い日曜日ですから、大人でも逸れます」

「ご親切にありがとうございます」

 

 御堂先生に代わり、椿が感謝を口にする。音楽業界のプロ御用達ではなく、馴染み深い場所は気が楽だ。

 

「……母さん、あの人……御堂 周一郎じゃねえか? 作曲家の……」

「さあ? アンタと違って、お母さんはそういうのわからないし……」

「見てみて、あのオジサン。御堂先生にソックリじゃない?」

「あれ? この雑誌に載ってる人……?」

 

 流石、知る人ぞ知る有名人。楽器売り場に行けば、プロやアマチュア問わずに業界へ関心がある人ばかりが集まる。必然的に御堂先生は注目の的だ。

 しかも、素人目でもわかる高級素材な服装に場違い感まで否めず、悪い事をした。

 

「お忙しいところ、すみません。警備の方を何人か回してもらって良いですか? あちらの方の安全の為にお願いします」

「え? ……え!? 御堂先生!? は、はい。すぐに人を回しますっ」

 

 あまりにも自然に遠野先輩は気を配り、警備員を増やす。(いち)は従業員の皆さま方へ胸中で詫びた。

 

「グランドピアノでは安価なモノでも、税の対象か……。アップライトピアノで妥協するしかあるまい」

「おっしゃる通りです。すみません、試奏をさせて頂いても宜しいでしょうか?」

「え……、あ、はい! 勿論!」

 

 いくつかのピアノを見て回り、御堂先生はひとつのアップライトピアノを選ぶ。椿に声をかけられ、若い店員は上擦った声で答えてしまい、ガッチガチの緊張が周囲にも伝わって来た。

 その間、(いち)は遠野先輩へ車内での会話を省略して説明し、物凄く呆れられる。滅多に見ない溜息までされた。

 

「金田君、プレゼントして貰うのに贈与税の話なんて無粋だよ」

「遠野先輩なら、気にする必要もないでしょう。我が家では死活問題なのです」

 

 真剣に答えた時、野次馬さえも静まり返る。理由は簡単、御堂先生が鍵盤の前で椅子に腰かけたのだ。

 

 ――伴奏が始まる。

 

 叩きに長けた指先が奏でる旋律。音符が宙を舞いながら、耳へ飛び込んでくる感覚にゾクゾクッと神経が興奮させられた。

 

「……『悪魔の呼び声』……」

 

 感激した誰かの消えそうなか細い声で題名を呻く。言われずとも、知ってはいる。しかし、いつもラジオやTV放送で聞く程度。覚えていないだけかもしれないが、生演奏はコレが初めてだ。

 

 ――名残惜しく、指が動きを止めた。

 

 序章だけの短い調が終わっても、拍手も出来ぬ程に周囲は感動に包まれた。

 アップライトピアノで聞き惚れてしまうなら、コンサート会場で演奏されるようなグランドピアノであったならば、どれだけ心を打ち震えさせてくれるのだろう。

 想像するだけで胸が高鳴った。

 

「凄い! 僕、ピアノの演奏でここまで感動したのは初めてです! 流石です!」

「遠野先輩、空気読みましょうよ」

 

 この雰囲気の中、御堂先生へ感想を伝えるとは流石、遠野先輩。大胆不敵すぎて、傾倒してしまいそうだ。

 

「御堂先生……サインを……」

「申し訳ございません。ご主人様はお書きになりません」

 

 完全に注目を集め、サインを求める野次馬まで現れる。スッと椿が丁寧に断って行く。

 

「どうした? キミも弾かんかね」

人前で!?

 

 無情な指示に血の気が引き、(いち)は御堂先生が悪魔に見えた。

 プロ中プロの伴奏後に弾ける根性など、ありはしない。拒否感に喉が痞え、断る声も出ない。

 

「大丈夫、僕達みたいな素人の曲なんて誰も聞かないよ」

「!? ……だったら、遠野先輩が弾いてくださいよ。御曹司ですから、ピアノくらい習っているでしょうっ」

 

 遠野先輩が穏やかな笑みにて、慰めにもならない気休めを言う。反論してみれば、彼の笑みが強くなる。一瞬で鳥肌が立った。

 

「キミのピアノが聞きたいんだよ。こんなに注目を浴びても、帰ろうとしないのはキミの為だろう?」

「……っ。せめて……遠野先輩の聞きたい曲が良いですね。……御堂先生の曲は指が攣りますよ」

 

 無自覚な威圧感に生存本能が働き、(いち)は妥協案を提示した。

 

「僕の聞きたい曲? う~ん、クラシックだとモーツァルトの『レクイエム』が定番だけど……。もっと明るい曲がいいよね……。そうだっ、『残酷な天使のテーゼ』とかどうかな? 前に学校で弾いただろ」

「まさかのアニソン!? ……すぐ弾き終わるから、自分は良いですけど……。御堂先生は如何でしょうか?」

「キミが弾けるなら、何でもいい」

 

 腕を組んでまで待ち侘びても、御堂先生は怒った気配がない。今日は彼を待たせてばかりで、平身低頭な気持ちで一杯だ。

 またしても、椿がスッと御堂先生の隣へ別の椅子を置く。そこで演奏など、難易度が上がった。

 (いち)は座っただけでも、緊張で背筋が熱く燃える。心なしか脳髄まで熱くなった。

 

(まだ、『レクイエム』が良かったかも……緒方先生がよくお手本で聴かせてくれるし……。緒方先生……)

 

 鍵盤に手を添え、緒方先生の姿が脳裏を過る。途端、御堂先生の手が添えられた。

 

「キミが弾くんだっ」

「――……っ――」

 

 耳元で囁かれたのは、御堂先生の命令口調――否、これは懇願。彼は(いち)が緒方先生のような指使いで、ピアノを弾くと見抜いていた。

 氷室伯父との関りがあるとは言え、(いち)のような若輩者に十分な配慮をしてくれた。それに答えないのは、氷室の甥として恥ずべき行為と言えよう。

 観念し、緒方先生を脳裏から消した。

 

 ――自分の指で伴奏を始め、弾き切った。

 

「おお、凄いじゃないか! やっぱり、学校で聞くのと音が違うね。こっちのが高いんだっけ?」

「……学校にあるのはグランドピアノですよ?」

 

 純粋に感激した遠野先輩は珍しく、言葉が普段よりも語彙力が下がっている。その笑い方には愛嬌があり、普段もその表情で笑って欲しい切に願った。

 

「今の『エヴァ』?」

「すげえ、ピアノで聞いたのは初めてだ。メッチャクチャ、かっけえ!」

 

 野次馬の中にも、『エヴァ』のOPを知る人がいて嬉しい。

 

「自分はヘタクソでも、コレは良い曲なのです」

「いいや、とても楽しそうだったよ。もう一度、同じ曲を」

 

 まさかのアンコール。また血の気が引く。しかも、逃げられないように、椅子の下で逞しい足に絡められた。

 遠野先輩を一瞥したが、例の威圧感たっぷりの笑みを返される。(いち)は心で泣きながら、今度も観念した。

 

 ――しかも、今度は御堂先生が連弾して来た。

 

 1回聞いただけの曲にアレンジを加え、尚且つメインの音を殺さない。突発的な連弾でありながら、御堂先生はあくまでも自分に合わせて実力を下げた。

 しかも、アニソン。

 5分にも満たない時間は異様に長く感じ、伴奏が終えた頃には息を切らして汗だくとなる。無論、御堂先生は汗もなければ、呼吸も整っていた。

 

「椿っ」

「かしこまりました。すみません、こちらの品をお願い致します」

「は……はいっ」

 

 御堂先生の一言だけで告げ、席を立つ。椿は主人の意を汲み取り、テキパキと会計と金田宅へ配送依頼を済ませた。

 警備員の皆様に御堂先生をガードして頂きながら、駐車場を目指す。(いち)はクッタクタの疲労感で歩くのも、億劫だ。

 

「金田君、大丈夫?」

「もう無理デス……」

 

 元凶のひとつが本気で心配して来る為、腹立つ。正直に答えてみれば、遠野先輩は(いち)を背負ってくれた。

 1歳しか離れていないはずだが、遠野先輩の背は逞しい。謎な威圧感さえなければ、甘えたくなる程に頼りがいのある先輩だ。

 

(いち)様、体調が優れないのでしょうか?」

「大丈夫ですよ、椿さん。金田君は疲れちゃっただけです」

 

 (いち)の身を案じた椿の質問に何故か、遠野先輩が元気に答える。

 

「君達は……高校生と聞いたが、都内かね?」

「不動山市の不動高校です」

 

 遠野先輩の背に乗ったままという失礼な態勢で答えたが、御堂先生は気に留めない。

 

「不動高校か……キミ達がいるのならば、通ってみたかったな」

 

 愁いを帯びた笑みを見せられ、意外に思う。脳裏で公式に発表されている御堂先生の絶え間ない努力に満ちた来歴を思い返した。

 

「……御堂先生、高校に友達がいなかったのですか?」

「金田君!? いくら何でも、失礼すぎるよ!」

「ふふ……、私の頃は高度経済成長期などと呼ばれても……戦後同然でな。好ましく思っていた同窓が家の事情を理由に去っていくのは、1人や2人ではなかったよ。……作曲家の道を選んでから……もっと友を無くした気がするがね」

 

 天才故の孤独。しかし、自尊心の高い御堂先生の面構えに後悔は感じない。

 とは言え遠野先輩のご指摘の通り、目上の方へ失礼だ。仮に同世代でも、無神経な質問だったと猛省した。

 

「……何も考えずに聞いて、すみませんでした」

「構わんよ。いずれ無くなる友だったとしても、関わって良かったのさ。かけがえのない思い出というヤツだ。友達は大事にな……(いち)君」

 

 当たり前の言葉。今日までの人生で様々な人達から、聞かされた。

 されど、氷室伯父を知る御堂先生の口から言われれば、重みは違う。3学期にもなって同じ組に友達のいない身としては、胸にチクチクッと刺さった。

 次からはクラスメイトに挨拶の声掛けだけでも、やってみよう。

 

「金田君には僕がいますから、友達の心配はありませんよっ」

「……はい、遠野先輩はお友達デス」

(いち)様? お顔の色が益々、優れないようですが……」

 

 駐車場に到着すれば、別れとなる。流石に挨拶をせねばと、(いち)は遠野先輩の背から降りた。

 

「最後にひとつ良いですか? 伯父は御堂先生をどんな呼び方していましたか?」

「呼び方……、ああ……一聖は私を周さんと呼んでいたよ」

 

 氷室伯父は親兄妹からも極端な人嫌いと評されたが、随分と親しい間柄に思える。10年以上前に面識があったとは言え、ただの甥である自分にピアノを贈るのだから、友愛の感情があって当然だ。

 

「――周さん、今日はありがとう。会えて良かった――」

「……!? ……私の方こそ、会えて良かったよ……。(いち)君……」

 微かな記憶を辿り、思い返せるだけの表情と声と動きで氷室伯父として、振る舞う。十分、伝わってくれた。

 差し出された御堂先生の手を握り返す。ピアニストは白く美しく滑らかな手だと例えられるが、何十年も鍵盤を叩き続けた指先は寧ろ、無骨な程に皮膚が厚かった。

 何故だろうか、今生の別れを予感した。

 御堂先生が後部座席へ乗り込み、椿はそっと扉を静かに閉じる。高校生2人である自分達へ深々と頭を下げた。

 

「本日は誠にありがとうございました。ご主人様は大変、お喜びにございます。このお礼はいずれ、また」

「こちらこそ、お世話になりました。ピアノのお礼は後日、必ず……」

 

 主人である御堂先生と違い、執事の椿は再会を約束した。

 

 ――その意味を梅雨の頃、知る事となる。

 

 高級車を見送り、遠野先輩が警備員の皆様へ協力を感謝していく。突然の騒ぎにも関わらず、彼らは御堂先生を見られた喜びが勝ったと答えてくれた。

 (いち)は原付バイクを押しながら、遠野先輩を最寄り駅まで送る。

 

「お祖母さんの元教え子だって聞いたけど、それでも御堂先生程の人を周さん呼ばわりするなんてね。キミは度胸があるよ」

「……御堂先生がお祖母ちゃんの教え子!? 何ソレ、初耳!? ……ハッ、さっき……金田先生って呼んでいました……」

 

 金田祖母は元中学校の教師、世間は狭い。

 

「ところで、キミの亡くなった伯父さんは何の仕事をしていたんだい? 作曲家とは思えないけどっ」

(……天才画伯ですって、言っても……冗談にしか聞こえないなあ……)

 

 新事実に驚きつつも、遠野先輩からの問いは珍しく思う。彼はあまり、他人の家庭環境や人間関係を詮索しない。周囲が勝手に世間話として情報提供するが、おいそれと言い触らさないのだ。

 その姿勢こそが生徒からの信頼を買っている。

 

「当てようか? 画家だろっ」

「っ!? さあ……どうでしょうねえ……」 

 

 (いち)が返答を渋ってみれば、遠野先輩は見事に言い当てる。彼には驚かされてばかりだ。

 惚けようにも、言い淀み過ぎて誤魔化せてもない。

 

「やっぱりっ。ポーカーフェイスを気取っても、金田君はわかりやすいよ」

「……ぐぬぬ……、……何故……気付いたのですか?」

「画家の小林(こばやし) 星二(せいじ)だよ。僕が香典を置く時に偶々、その人の名前が見えたんだっ。お祖父さんに聞いたけど、いの一番に駆けつけてくれたんだろ? そこまで仲が良い人なら、画家仲間しかないってね」

「……へえ……、先輩が物知りなのは知っていましたが……随分とマニアックですね」

 

 業界では名の通った小林画伯だが、10年前からグロテスクな画風へ一変させて以来、若い世代の一般人には知名度が低い。変えた理由を一度だけ問うたが、氷室伯父は関係なかった。

 

「それより、先輩。わざわざ、香典を用意してくれていたのですね。ありがとうございますっ」

「何言ってんだい、金田君の伯父さんだよ。どんな人か知らなくても、香典くらい用意するよ。気持ちだけだから、他の方よりはスッゴク少なくて……申し訳ないんだけど……」

 

 律儀過ぎる。

 威圧感さえなければ、心の底から信頼を置ける先輩だ。実に残念と言えよう。

 残念な気持ちに思考が満たされ、(いち)は気にしなかった。

 推理小説家、登山家、警視庁刑事、そして、偶然に顔を合わせた陶芸家。

 一昨日の時点で、様々な業界関係者の香典があった。

 あえて、彼が小林画伯の名に着目した理由を全く、気に留めなかった。 

 

「もうこんな時間か。金田君、お昼ご飯は?」

「バイト先から、コッソリ摘まみましたよ」

 

 駅に着き、遠野先輩は腕時計を見やる。金の輪をあしらった文字盤、細い革は女性向きの型。決して高級ではない既製品。学校や出かけ先でも、必ず身に付けているのだ。

 長年、使用している為だろう。革の部分に劣化が見える。新しい時計など買い替えられるのに、本当に物持ちが良い。

 

「明日の学校、来られるよね。何だったら、迎えに行こうか?」

「ご心配なく。いつも通り、コイツで行きます」

「そっか。何かあったら、僕に言えよ。何もなくても、僕に愚痴ってくれて良いからさ」

「……はい、今日はありがとうございます。先輩っ」

 

 (いち)はグイグイと迫られ、原付バイクを小突く。納得してくれた遠野先輩は明日を約束して、改札口の向こうへ行ってくれた。

 解放された安心感、同じ分だけ寂しさもまた胸を去来したのは、内緒だ。

 

 家に帰れば、ピアノの件で金田祖母から理不尽に説教を食らうのは別の話である。




三ツ石「三ツ石 勲です。名前はないけど、海峰がいるよ。作曲家の先生にお目にかかれるとは運の良い奴だぜ。さて、次回は『血溜之間殺人事件の消失‐海峰』!! 運が良いのは星の方かな?」

佐木兄弟。
竜太と竜二、不動中学生。
原作にて竜二のハンディカムは竜太の形見だが、佐木家は愛犬も自前のカメラを持つ為、きっと弟用もある。
作中にてオリ主のバイト先の常連。


スキー部顧問の体育担当・尾根 静香、演劇部顧問の音楽担当・緒方 夏代
それぞれ氷点下15度の殺意、オペラ座館殺人事件、ゲストキャラ

作曲家・御堂 周一郎、執事・椿 陽造
ドラマCD悪魔組曲殺人事件、ゲストキャラ。作中の御堂に例の症状ナシ

片倉 猟介
高遠少年の事件簿、ゲストキャラ。作中にてバイト先の客

村上 草太、速水 玲香
それぞれ天草財宝伝説殺人事件、雪夜叉伝説殺人事件より登場、準レギュラー

『大草原の小さな家』の店長
殺意のレストラン、ゲストキャラ。オリ主のバイト先

陶芸家の朝木 冬生
雷祭殺人事件、ゲストキャラ
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