金田少年の生徒会日誌 作:珍明
ヴァイオリニストたる
仕事場だった屋敷は思い出が詰まった愛の巣、同然。そして、破局を迎えたのも此処だ。
「私にキミを愛する資格はない。金はいくらでも出そう……別れてくれ」
「嫌よっ、そんなの! お金なんていらないから……私を捨てないで……周一郎さんっ」
絶望のあまり、泣き縋った亜里沙を周一郎は冷酷に突き放す。別れたつもりはなく、意地でも金は受け取らなかった。
しかし、彼は見せ付けるように溺愛した孫娘・
憎悪と嫉妬心は全て、仕事にブツけた。
仕事仲間でもある作曲家のマイケル・ヘンリーから、切れが良いと称賛される程だ。
周一郎が亡き後、『悪魔組曲』の楽譜は誰が言わずとも探し始めた。
指揮者の
楽譜は必ず、そこにある。何故ならば、周一郎は思い出深い品をここへ置きたがる。その性格を亜里沙は知っていたのだ。
元マネージャーの
忠実過ぎる執事・
警視庁捜査一課の刑事・
そして、隠し子疑惑のあった
楽譜の探索をしたくても、お互いを見張り合う状態に息が詰まる。
発見者に所有権を主張されては堪らないと気が気でなかった。
だが、金田一は予期せぬ喜びをもたらす。『悪魔組曲』は亜里沙の曲と推理してくれた。反面、周一郎への憤りに涙が溢れた。
剣持警部が語ってくれた周一郎の愛情表現に納得できぬが、心から受け入れようとした。
後は亜里沙が記憶を辿り、楽譜のヒントを思い返せば良い。
そんな段階で金田は唐突に嘲笑い、『悪魔組曲』を渡さないと宣言したのだ。
明智警視と金田一の手を借り、亜里沙が自ら探し出せる自信がない。
冷静に考えれば、周一郎の言葉を額面でしか受け取れない稚拙な脳ミソに何が理解できるだろう。不安だけが募った。
「そんな不安がらないで下さい。御堂先生への愛があれば、すぐに分かりますよ。愛こそ、全ての謎を解き明かす鍵です。ねえ、愛妻家の剣持さん?」
「……あんまり、言わんでくれ。恥ずかしいから……」
「私も疲れたわ。皆さん、お先に失礼させていただきます」
「お供致します」
しかも、金田は余裕綽々に寝る宣言。しかも、剣持警部を警護に着けるような雰囲気で応接室を後にする。優歌も就寝を言い訳にし、椿を連れて去った。
「椿さんから話を聞きたかったけど、ありゃあ……無理だな。この館で最初に金田と会った人が誰か、分かりますか?」
「……多分、タケ。ワタシ、アリサと来た時にユカいた」
「ええ、そうです。金田君は書斎でピアノを弾いていました。調律の為だと……」
「私と明智さんが会った時、薪割りしてたわ」
頭を乱暴に引っ掻き、金田一は情報を整理。マイケル、夏岡、山根と順番に答える。
金田がピアノを弾けると初めて知り、余計に焦りが出る。伴奏者にしか、分からないヒントかもしれないのだ。
「それから、あたし達と会って……お風呂に入って、音声テープを聞いて、顔を洗いに行って、電話しに部屋へ行って、夕食を食べて、椿さんとロウソクの片付けに行って、書斎で電話して……」
「……美雪、金田のマネージャーか? ……まあ、いいかっ。んで、俺達と一緒に趣味だらけの部屋……」
「となれば、薪置き場……。こっちは明日にしましょう。雨は上がっても、夜出歩くのは危険です。先ずは紅さん、お風呂でサッパリしてください。ちょうど、順番待ちでしたしっ」
こんな状況で入浴を勧められ、明智警視の神経を疑った。
「あの……、紅さん。金田君なんですけど……怒らないであげて欲しいんです。普段、ああ言う態度を取る人じゃないし、きっと……何か事情があると思います」
「いや~事情があっても、ヒデェだろ。大したコトねえだの、資格がねえとかっ」
「……仲が良いわね。アナタ達、恋人?」
「「ただの幼馴染ですっ」」
脱衣所へ向かおうと廊下へ出れば、七瀬が健気に金田を庇う。金田一は正反対の意見だが、息の合った高校生の男女が羨ましく思える。青春真っ盛りの彼らがいなければ、今頃は血で血を洗う楽譜の奪い合いになっていた。
正直、金田には何様のつもりか問いただしたい気分だが、今は堪えよう。
「それで、はじめちゃん。楽譜の見当付いてるんでしょ? 金田君がわざわざ、紅さんにチャンスをくれたんだから、無駄にしないでよね」
「付いてねえし、どこに紅さんへのチャンスがあんだよ。金田のヤツ、狂信的なファン根性が丸出しじゃねえか」
「夏岡さんの話を聞いてなかったの? 優香さんみたいに「紅さんへ渡します。はい、そうですか」って事にはならないわ。優歌さんは特にそうっ。幼い頃にご両親を亡くされて、自分を育ててくれたお祖父様への想いは人一倍、深いのよ」
「その点なら、椿さんもそうか……。命令されれば、反対はしねえけど……納得もしねえもんな」
2人の会話通り、現時点でも不満は多い。優歌もだが、夏岡は厄介そのもの。玄関ホールを通る際、2階にいるはずの剣持警部が階段を下りて来た。
「あれ、オッサン。何処、行くんだ?」
「一服しにっ。心配するな、邪魔にならんとこで吸うつもりだっ」
余程、剣持警部は喫煙を耐えていたらしく、さっさと客間の方へ行ってしまう。つまり、金田は部屋で1人。ふっと思い付き、亜里沙は高校生2人へ振り返った。
「金田君の部屋へ寄ってもいいかしら? 楽譜を渡してくれるようにお願いしたいの。アナタ達も一緒に来てくれれば、心強いわっ」
「……説得は無理でも、金田のいる部屋は見ておきてえな。俺らはまだ入ってないしよ」
「そっか、金田君の部屋にあるのかもしれないのねっ」
金田一に速攻で説得を断念されて内心、呆れた。だが、心強いのは本心だ。
2階の廊下に誰もおらずとも、金田の寝室は覚えている。戸をノックし、返事を聞く。一言かけてから、そっと開けた。
ベッドの上でヨガのような姿勢を保ち、金田はこちらを見やる。
ナイトテーブル付近に絵画2枚とそれらの梱包に使う段ボールなど絨毯の上だが、邪魔にならない隅へ整然と置かれていた。
「何してんだ、お前っ」
「寝る前のストレッチです。お三方揃って、どうされました?」
「金田君のお部屋を見たくて、楽譜を隠し持ってるかな~って」
「な、七瀬さんっ」
七瀬はズバッと目的を告げ、逆に亜里沙の胆が冷える。クスクスッと金田は姿勢を崩さずに笑い、イラッ。
構わず、室内を物色した。
「この絵はなんだ? 開封した後って感じがするけどっ」
「形見分けで頂いたのです。一度、持って帰る為に梱包していたのですが、剣持さんへお見せしようと思いましてっ」
「金田君は絵画にも興味があるの。美術部顧問の中津川先生とも、よく絵の話をしてるわ。ほうほう、絵の梱包用に段ボールを二重にするなんて……用意が良いわね」
(絵とは言え、形見分け……ね)
不愉快な亜里沙は決して言い返さずにクローゼット、チェスト、ベッドの下も見回したが、収穫なし。
「金田君の好きな芸術家って結構……幅広いわよね。まさか、初恋もその手?」
「強いて言えば、サリエリ先生ですっ」
(……!? いや、嘘でしょう!)」
「……? サキエルじゃなくて、サリエリって誰だ?」
七瀬がクスクスッとからかえば、金田は満面の笑みにて断言。どう考えても嘘臭く、亜里沙は状況を忘れて噴き出しそうになる。金田一に首を傾げられ、場の空気が凍り付くまでは――。
「はじめちゃん、ちゃんと小学校の授業を受けていましたか? モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトとくれば、サリエリ先生ですよ。バッハが音楽の父なら、サリエリ先生は音楽家の父です。実際、モーツァルトが「
「……ひぃ……金田がストレッチポーズのまま、聞いた事もねえくらい、めちゃくちゃ早口で捲し立ててやがる……。怖……って、男じゃねえかよ!」
「はじめちゃんはクラシックに興味ないもんね……。御堂先生も名前しか、知らないし……」
「……名探偵のお祖父様をお持ちだと……自然とそうなるのかしら……」
瞬きせず、力説する金田は不気味。金田一が怯えながらも鋭いツッコミを欠かさなかった。
「はじめちゃん、初恋が土井先生の女子に対して「漫画のキャラじゃん」と無粋な返しをしますか?」
「……あ、うん……。俺が悪かったよ」
「何が悪いんだ? 金田一っ」
金田の真剣な眼差しに金田一はついに屈す。喫煙を終え、手提げ鞄を持った剣持警部が戻る。ギョッとした彼を尻目に3人はそそくさと退散した。
「ほいっ、上手く行ったぞ」
「ありがとうございます」
戸を閉める瞬間、手提げ鞄のやり取りを目にした。
「やっぱり……金田君は一筋縄じゃ行かないわね。あっと言う間に話を逸らしちゃった……」
「美雪、あれで楽譜の場所を探ってるつもりだったのか? 相手が金田じゃなくても、お前に探偵は向かねえなっ」
「……けど、七瀬さんは助手に向いているわ」
ガッカリした七瀬に金田一は身も蓋もないが、亜里沙にはそんな印象を受ける。彼女は素直に誉め言葉と受け取り、得意げになっていたのが可愛かった。
「でも、はじめちゃん。アントニオ・サリエリは知っておいてよね。きっと、今日のはじめちゃんとは縁が深い人になるわっ。そんな気がするの」
「……? 今日の俺? どういう意味だよ、美雪っ」
その後の発言については高校生の雑談だと思い、亜里沙は聞き流した。
順番に烏の行水をした後、応接室にて明智警視へ報連相。山根達はカセットデッキで音声テープを聞き返し、コレクションルームへ行ったりしたそうだ。金田の部屋を勝手に調べた点が気に入らないのか、眼鏡の奥にある眼光が鋭くなった。
「今夜はここまでにしましょう。起きていても構いませんが、他の方の就寝を妨げませんようにっ。紅さんは御堂先生と会話、特に『悪魔組曲』の作曲に取り掛かる前後を出来るだけ思い返してください」
「……っ、ええ……」
別れ話しか、印象にない。時期的にも理解しているであろう明智警視が悪魔に見えた。
宛がわれた寝室のベッドは違えど、周一郎と過ごした幸せな日々を回想するに十分。
お互いに愛を囁き、季節によって変わる山々の景色をただ眺め、伴奏し合っただけの一日もあった。
知らずと零れた涙に意識は覚醒状態。結局、文字通りに眠れぬ夜となった。
カーテンの向こう側が明るくなった頃、心地好い眠気に襲われる。流石に仮眠は取った。
香ばしい匂いが鼻につく。客間は椿により、朝食の準備が整う。金田は昨晩の夕食と同じ席へ座り、目礼にて挨拶してくる。イラッとしつつ、亜里沙も真正面へ座った。
黒い学ランに学帽、一目で年季の入ったと分かる。その為、金田のコーヒーを飲む仕草ひとつひとつが、古風な印象を受けた。客間の調度品と合わさり、周一郎と同じ世代の高校生が現代へタイムスリップしてきた不思議な感覚もした。
「オハヨ~サン……」
「シャッキとせんか、金田一っ。
「そうよっ。はじめちゃんったら、だらしない」
「金田君、それは制服ですか? 不動高校とは違いますね」
「――廃校になった伯父の母校です。普段着にしております。私は見ての通り、小柄ですので袖を折らねばなりません――」
金田一は眠そうな顔で目を擦り、剣持警部と七瀬に手厳しく注意される。年相応な欠伸ひとつくらいで酷評され、哀れに感じた。
興味深そうに明智警視は金田の隣へ座り、制服について問う。彼らの位置が近寄っており、上品な老婦人が如く言い回しの金田はそっと椅子丸ごと逃げていた。
「へえ、金田君は学ランも似合うのね。……! ねえ、金田君。昨夜、言ってた壺の絵って、これ?」
「――ああ、そうだとも――」
暖炉の前を通り過ぎようとした時、何かに気付いた七瀬は嬉しそうに絵を指差す。金田の受け答え方に年嵩の雰囲気を醸し出し、周一郎の面影が見えてしまう。ゾッとした。
「お早うございます。……! 本当だっ。優歌さんの言った通り、壺の絵があるっ」
「壺の絵がどうしました? 山根君」
「自宅に飾ってあった絵よ。お祖父様がここへ移したのね」
山根と優歌が揃い、客間へ現れる。明智警視も暖炉の上に飾った絵を眺めれば、金田一達も何気なく見やる。些事と知りつつも、亜里沙も興味なく視線を向けた。
ハッと閃き、亜里沙は勢いよく立ち上がった拍子に椅子が後ろへ倒れる。通ろうとした夏岡の脚へ激突し、痛みに悶絶していたが気に留めない。確かめたい衝動のまま、絵に駆け寄った。
「紅さん、どうしました?」
「こ……この絵を調べたいわ。私が最後にここへ来た時、飾ってなかったもの!」
「明智さんっ」
逸る気持ちを抑え、亜里沙は必死に訴える。状況をすぐに察し、明智警視は薄手の手袋を装着。金田一が椅子を足場にする。2人がタイミングを合わせ、額縁を動かした途端に下へ落ちていく影を見た。
亜里沙が反射的に掴んだのはA4サイズの封筒だ。
「あ!? マサカ……っ」
マイケルの驚いた声を耳にしても、亜里沙は封筒しか目に入らない。
中身を見たい、見たくない。
相反する感情が緊張となり、関節と内臓物が竦む。息の乱れた呼吸を聞きながら、封を切った。
紙の束は確かに楽譜であり、五線譜に書き込まれたのは周一郎の自筆。カセットテープも滑り落ち、ラベルには『悪魔組曲』と記されていた。
きっと彼の演奏が収録されているに違いない。
「「「……それが『悪魔組曲』の……楽譜!!」」」
「……周一郎さん……」
誰かの声をキッカケにし、足の力は勝手に抜ける。亜里沙は床へ座り込んでも、楽譜から目を離さない。周一郎と過ごした何気ない日々、それが楽譜へと導いたのだ。
許せず、憎んだ想いは消えずとも、周一郎への愛が涙となって溢れた。
「金田君?」
「!? ……っ」
七瀬の戸惑う声に亜里沙は顔を上げ、傍らにいた金田に気付く。学帽と朝の陽光により、見下ろしてくる表情は見えない。何を言われるか、身構えた。
「お見事です、紅さん。よくぞ、『悪魔組曲』を手に取ってくれました。これまでの非礼をお詫び申し上げます」
「お詫び……、土下座でもしてくれるのかしら?」
「まさか、ただ頭を下げるだけです。酷い事を言って、ごめんなさい」
「……!」
学帽を脱ぎながら、金田はさながら執事が如く恭しい。されど、心のこもった謝罪の言葉を口にした。
胸に巣食った金田への敵意がスッと消える。七瀬の言う通り、何か事情があっての態度だったのだろう。今こそ、それを受け止められた。
「謝らなくていいわ。ありがとう」
亜里沙は笑えていたと思う。七瀬や山根のホッとした息が教えてくれた。
御堂「御堂 周一郎だ。少し思惑と違ったが、亜里沙……ありがとう。我が愛の証……よく受け取ってくれた。さて、次回は『悪魔組曲の調べを聴いて』。後の気がかりは一君だが、これも神が与えたもう試練か……」