金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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タイトルの事件は夜に起こる。その日中の出来事です

犯人との面会シーン、好き
だから『羊たちの沈黙』は凄く好き


11話 【女医の奇妙な企み】は夜明けと共に・前編

 旭川留置場、様々な事件の逮捕者が収容される。

 圧倒的な物々しさ、(いち)は緊張のあまりに臓物が痙攣。学帽や学ランの下が汗だくのビッショビショだ。

 多くの面会者と会わぬ様、明智(あけち)警視の手引きで特別ルートを進む。壁に奇妙な窓が取り付けられた部屋、そこで彼と対面した。

 

「昨日ぶりですね、金田君……大丈夫ですか? お顔の色が優れませんが……」

「……明智さん、お気遣いなく。黒沼先生……本庁の明智警視です。今回、ご協力頂きました。明智さん、黒沼弁護士です。普段からお世話になっております」

「黒沼です。……(いち)君、無理しなくていいよ。帰ろう……」

 

 明智警視に弁護士・黒沼(くろぬま)先生を紹介し、(いち)は緊張を解そうとする。大人2人に心配され、自分の顔色がよく分かった。

 頼れる人々が居ても、この(ざま)。1人で来なくて良かった。

 

「黒沼弁護士、以前に金田君の家を訪ねていませんか? 登山家の氷垣さんもおられたと思いますが……」

「え、ええ。確かに……一度だけ、よくご存じで……」

「黒沼先生は氷垣さんの顧問弁護士なのですっ。……ん?」

 

 黒沼先生達が金田家を訪問したのは1月のみ。明智警視も同じ日に訪れていたとしても、ほぼ初対面の様子から行き違った際に顔を見た程度だろう。エリート警視の記憶力に恐れを成した。

 

「ところで明智警視。ここは……ひょっとして『面通し』の部屋ですか?」

「はいっ。面会中、黒沼弁護士はこちらで待機をっ。金田君には私が付き添いますので、ご心配なくっ。彼が緊張で何も言えなくなった時に備え、質問事項も確認しています。それ以外にも話したい事があれば、遠慮せずっ」

「……取調室で面会したいとお願いしましたが、警察のルール上……問題はないのでしょうか?」

 

 黒沼先生の指摘に明智警視がキラキラと答え、(いち)は恐る恐る問う。眩しい程のエリートな笑顔を返された。

 

「ちょっと待ってください。取調室で面会するなんて、聞いてませんよっ。それに……椅子しか、ない。これでは相手から身を守れませんっ。金田君、私が危険だと判断したら……」

「危険ではありませんっ。高遠さんは何もしてきませんし、明智さんもいます。それに……机は邪魔ですっ」

「……黒沼弁護士。いざとなれば、私が……取り押さえます(・・・・・・・)

 

 面会状況を説明し抜かったが、ここへ来られた。だから、絶対に帰らない。

 微かに足音が聞こえ、(いち)は口を閉ざす。鍵の金具音が近付く度、脳髄は吹雪のように冴えわたった。

 明智警視と黒沼先生は視線で会話した時、取調室の戸が開いた。

 

(……高遠 遙一……)

 

 自らを『地獄の傀儡師』と称し、警視庁へ脅迫状を叩き付けた男。犯行予告に従い、死骨ヶ原湿原ホテルにて血の惨劇を起こした。

 拘束されたまま、歩く姿は囚人と思えぬ。看守が椅子へ縄を括りつけても、彼はまるで待ち望んだ舞台へ立つ俳優のような平然さで座った。

 眼鏡は外され、囚人服を着ている為に東京駅で会った時とは異なる相貌を見せていた。

 マジックミラー越しにホンの一瞬、視線が絡んだ気がした。

 道警の銭形(ぜにがた) ケンタロウ警部補が入室し、看守が敬礼と共に退出。

 

(? 銭形さんには何も頼んでないけど……あ、明智さん!!)

(誰もすぐに話をさせるとは言っていないでしょっ)

(そうか、それで質問事項を確認していたのかっ。良かった~銭形刑事が全部、質問してくれるなら……(いち)君と会わせずに済むかもっ)

 

 三者三葉の反応をした後、視線で会話し合う。その間、銭形警部補はこちらに一切、目もくれずに椅子へ座り、当然のように取調を始めた。

 

「高遠 遙一。2年前の4月14日、アナタは何処にいましたか?」

「『幻想魔術団』の仕事で大阪にいました」

「4年前の3月、国内にいましたか?」

「いいえ、イタリアです」

 

 銭形警部補は書類も持たず、淀みなく問い続ける。高遠(たかとお)も眉ひとつ動かさず、淡々と答える。

 

「1年前の2月20日、何処にいましたか?」

「……」

 

 突然、円滑な口はピタリッと閉ざされた。

 空気の重さが伝わり、(いち)の胸がざわつく。手が勝手に学帽へ伸び、動揺を抑え込んだ。

 

「どうしました? 1年前の……」

「その先の質問には金田君本人に直接、答えたいと思います」

!? ビックリした……。こっちが丸見えかと思った~)

 

 銭形警部補の再質問を遮り、高遠から親しげな態度で名指しされてビビる。悲鳴こそ上げず、体だけがビクンッと痙攣し、黒沼先生に背中を擦ってもらえた。

 

「金田とは誰を指しますか?」

「残間 青完の息子です」

「……その金田と面識がありますか?」

「はい、東京駅でお会いしました」

 

 刑事2人に東京駅での邂逅を伝え忘れたと今頃になって気付く。別の意味で冷汗が流れ、明智警視が怖いキラキラッを放つ。多分、銭形警部補も内心、(いち)に伝達不足を怒っている。

 否、『幻想魔術団』に姉・さとみがいる時点で関わりを察して欲しい。 

 

「何故、金田本人と話したいのですか?」

「全ての質問に金田君が関わっています。彼は4月生まれです。4年前、ご両親が離婚されました。去年の2月は彼の母親が失踪しています。金田君っ、お母さんは見付かったかな?

……色々、知られとる……

 

 目を座らせた銭形警部補の質問に答えながら、高遠は堂々とこちらを見る。

 しかも、優しげな口調と視線で残酷な質問をされ、ゾッとした。

 母の失踪まで知られている。何故。

 大人達は職業上の守備義務があり、自分の親族もおいそれと他人に語らない。さとみは勿論、父・残間(ざんま)も口を閉ざす家庭の問題。

 ならばと、思い付く理由。

 限りなくクロに近いグレー、万一の可能性。それを知る絶好の機会だ。

 

「明智さんっ、お願いしますっ」

「……」

(いち)君……」

 

 懇願に明智警視も静かに背を押す。黒沼先生の心配そうな声掛けに目礼にて、(いち)は答えた。

 

「金田君のお母様、行方不明なんですか?」

「……はい、銭形さんと黒沼先生には話しています」

 

 廊下に出た途端、明智警視は静かに問う。自分の声は意外な程、安定していた。

 取調室に入り、真正面から高遠を見据える。今ならば、どんな質問も躊躇わない自信があった。

 

「こんにちは、高遠さん。この場合は初めましてですか? 『地獄の傀儡師』さんっ」

「久しぶりが良いかな、残間君。会いたかったですよ」

 

 先程まで「金田」呼びが(いち)の姿を見た途端、「残間」になる。正直、不愉快だ。

 

「その姓はもう名乗っていません。健康優良不良少年と同じ金田でお願いします」

「クスッ、分かりました……金田君っ」

 

 高遠なりの気遣いだろうが、(いち)はさり気なく拒む。彼は殊更に嬉しそうな笑みにて、呼び直す。

 頼みを聞いてくれるのは再会故か、白を切り通す為か、どちらだろう。

 銭形警部補に椅子を譲られ、(いち)も遠慮なく座る。彼は明智警視と交代するように退室していく。『面通し』の部屋で待機すると察した。

 

「高遠さん、本題前に雑談を少々。『無伴奏チェロ組曲』をご存知ですか?」

「……ええ、知っています。クラシック音楽でも、バッハは基本ですからね」

 

 さらりとした言葉、(いち)の背筋がスッと伸びる。

 クラシック音楽に理解ある感性、人としての温度を感じてしまった。流石、さとみからすっごく頼りになるマネージャーと称賛された男。これも人心掌握術の類かもしれぬ為、油断は禁物だ。

 

「【露西亜人形殺人事件】に覚えは?」

「小説のタイトルだけで、内容は知りません」

「『死神病院殺人事件』については?」

「……新聞で目にしました。春先に起きた事件でしたね、東京……確か、不動山市の病院で起きた痛ましい事件です」

「【ジョジョの奇妙な冒険】を読んだ事は? おススメですよ」

「……金田君が勧めてくれるなら、読んでみたいですね。どんな小説かな?」

 

 一瞬、高遠の表情に微かな戸惑いが混じる。それでも彼は決して、質問を無視しない。だが、常に会話の主導権を譲らない。明智警視と喋っている時に感覚が似ている。

 そろそろ、本題に移す頃合い。

 

「高遠さん、お陰で肩の力が抜けましたっ。ありがとうございます。では、本題……」

「……先に答えてもらえますか? アナタのお母さん……金田 にいみについて」

 

 (いち)が白々しく、無駄話の言い訳をした瞬間。高遠が言葉を遮った。

 そんな話は心底、どうでもいい。内心で舌打ちした。

 

「……いいえ、あの人は今も自由奔放です」

「残念です。……残間さんも大層、心配なさっています。早く見付かると良いですね」

 

 どうにか、笑顔を取り繕う。高遠は衝撃的な事を言い放ち、(いち)はハッと息を呑んだ。

 

「父が……母の話をしたのですか……貴方に?」

「? ええ……見かけたら直接、連絡が欲しいと写真も頂きました」

 

 残間の軽率さに思わず、顔を顰める。高遠も(いち)の態度に困惑しつつ、答えてくれた。

 密かに元妻の行方を捜し、娘の職場仲間へ個人的な頼み事など愚かの極みだ。だが、そんな残間を責められない。

 (いち)も死骨ヶ原の事件発生を聞いた時、高遠を頼った。

 犯人ではないと決め付け、さとみを守ってくれると――勝手に期待した(・・・・・・・)

 

「……それはとんだご迷惑をおかけしました……」

「迷惑などとんでもない。お父さんに頼ってもらえて、僕は嬉しかったですよ」

 

 ただ、高遠へ詫びる。優しい言葉をかけられ、(いち)は戸惑う。何故だろうか、随分と残間へ好意的だ。

 

「金田君、よろしければ当時の状況を聞かせてもらえませんか? 僕は本気で、キミの力になりたいんです。幸い、ここには明智警視もいらっしゃるしね」

「神奈川県警には全て話しました。そちらで伺ってください。同じ話は2度としませんっ」

 

 高遠の思いやりに溢れた囁きを苦痛に感じ、失礼を承知で断った。

 それ(・・)が本題だと思っていたらしく、高遠と明智警視は意外そうに目を丸くする。

 

「……分かりました。では、質問を変えます。近宮 玲子を転落させた……外れた板に使われた釘が真新しかったと……キミは知っていましたね。誰に聞いたんですか?」

(……ん?)

 

 すぐに諦めてくれた高遠の問いに疑問。

 彼から問いかけて来るならば、別人の可能性が高まった。

 

「その前に……自分の額へ触ってもらえませんか? 手で熱を測るようにっ」

「……手? 僕は問題ありませんが……」

「ええ、どうぞ」

 

 (いち)の頼みが余程、意外だったらしい。高遠は初めて困ったように明智警視へ視線を送り、請う。問題なく、了解を得る。お互いに手が届く様、椅子を近付けた。

 高遠は右手の甲を向け、(いち)は学帽を脱ぐ。

 滑らかな甲が額を撫でた瞬間、胸の奥が微かに冷えた。予想していた感触と違い、期待の灯は吹雪に掻き消されたようだった。

 虚しくも目的はひとつ、クリアした。

 

(違う……あの人じゃない)

 

 「彼」は手の平で触れてくる人だった。別人と分かり、安堵もある。他の目的の為に自分へ喝を入れ、学帽を被った。

 

「……近宮 玲子の子供の父親に聞きました」

「「!?」」

 

 約束通り答えたが、2人ともビックリ仰天。明智警視の動揺した顔を初めて見た為、(いち)も驚いた。

 

「……金田君っ。事件について誰にも聞かず、今日まで過ごされたんですか? キミのお姉様や金田一(きんだいち)君達とも?」

「事件内容は報道で知る限りです。姉達が話さないのもありますが、明智さんから……高遠さんについて知りたければ、本人に聞くようにと……すみません、自分は何か……間違えましたか?」

「事件を担当した刑事にそう言われたら、一般市民は従わざるを得ない。明智警視はそれを分かっていなかったんですよ。金田君っ」

 

 冷汗をキラキラさせ、明智警視に確認される。(いち)が困惑していれば、高遠は初めて権力に対して冷ややかな笑みになった。

 

「金田君、改めて明かしましょう。僕は近宮 玲子の……たった1人の息子です」

「は?」

 

 予想外の事実に変な声が出たのは許して欲しい。

 と言うか、それを先に知っていれば、今までのやり取りはいらなかった。

 無駄過ぎる。

 だが、本来の素性を知り、殺人の動機に納得した。

 その部分が報道されないのは恐らく、生き残った4人目・ピエロ左近寺(さこんじ)の意図的な情報操作。

 現時点で、高遠へ同情する声は多い。

 天才マジシャンの隠し子となれば、マジシャン界からも表立った味方も付くだろう。あっと言う間に悲劇の王子様は完成する。

 だから、ピエロ左近寺は高遠をただの熱狂的なファンとワイドショーで報じた。彼自身の宣伝活動のついでにだ。

 

(熱狂的なファンはあながち、間違ってないか……)

 

 母親の一番のファンは息子。その気持ち、(いち)には分かる。痛い程に――。

 

「明智さん、この話は桜庭さんも知っていますか?」

「? ええ、知っています。事件現場のホテル支配人もね」

 

 5年前の事故に無関係であろうとも、チャネラー桜庭(さくらば)は信用に値しない。これでハッキリした。

 

「……そもそも、高遠さんの父親はイギリスで亡くなったと、来歴を報道で観ましたが……」

「問題はそこです。僕の父だと名乗った人はどんな人ですか?」

 

 独り言のつもりだったが、高遠から嫌な質問が来た。答えないと失礼に当たるだろう。

 

「……分かりません。自分、初めてお会いした時に高熱で寝込んでいたのです。1人で部屋にいたはずなのに……気付いたら、その方に看病されていました。意識は朦朧としていて、誕生日を祝いに来たとか、例の真新しい釘や他にも話しかけられたと思います。もしかしたら、自己紹介もされていたのかもしれません」

「「……それはお気の毒に……」」

 

 病床の話をした途端に大人2人は心底、憐れむ。

 「彼」との出会いは冗談抜きで空気を読むべき状態であり、熱が見せた幻と思う程に夢見心地だった。

 

「お母さんもその方の名前をご存知じゃない?」

「名前の代わりに『近宮 玲子の子供の父親』と教えられました。その時……母の彼氏だと思いまして、確認したところ、そのような返事を……」

 

 高遠は当然の疑問を持ち、(いち)も冗談みたいな事実を話す。物凄く気まずい。

 

「それで、僕の手に触れて欲しかったんですね。看病された時に会っただけ、ですか?」

「何度か、家に来ていました。……リビングのソファーで、毛布に包まっている姿を見た事もあります。自分との会話らしい会話は、最初と最後の2回です。……聞かれる前に答えておきますが、高遠さんをその人だと思ったのは……つい先日、歳の差カップルの話を聞きまして……近宮 玲子の熱狂的なファンと報道された貴方なら……

「金田君、大丈夫ですか? 顔色が真っ青になってますよ」

 

 明智警視から顔色を指摘され、指ポーズで問題ないと答える。

 まさか、近宮の隠し子だと思いも寄らない。

 先日、亡き世界的有名な天才作曲家と親子程、歳離れた愛人……否、恋人の愛を知り、勝手な説が濃厚となった。

 実際、近宮に年下の恋人がいても、どうでもよい。ただ、天才作曲家の恋愛事情と重なり、陰鬱な気分と化しただけだ。

 

「……残間さんにその話は?」

「あの……! 自分ばかり答えています。高遠さんにも質問させて下さい」

「キミの雑談に4回、答えましたね。僕もこれで4回目、平等でしょうっ」

「……っ、していません」

 

 妙だ。

 高遠は別の父親説に驚いておらず、寧ろ、嬉しそうな態度で質問攻めを食らう。(いち)の本題が進まぬ為、雑談するんじゃなかったと後悔した。

 

「最後にお会いした時、その人と何を話されたんですか?」

「……またねとか、ありきたりな挨拶だったと思います。自分、寝ているところを起こされて……薔薇を渡されました。一輪挿しですが……とても特徴的なのです。その時、母が前と同じ薔薇でツマラナイとか……どうせなら、青い薔薇でも持って来いとか、かなり失礼な事を言っていた記憶があります」

「その薔薇はどうしましたか?」

「……朝になったら、枯れていました」

 

 飽きぬ質問攻めに厭き厭きし、(いち)は学帽の陰に怒りを仕舞い込む。

 高遠の顔を見なかった為、実父に通じる確たる手掛かりとなった自分への執着が芽生えた瞬間を見逃した。

 

「神奈川県警に、その男性の話をされたんですね」

「……っ」

「明智警視っ」

 

 ただの確認だろう。明智警視が静かに口を挿み、高遠に庇われる形となる。

 (いち)の態度だけで、エリート警視には見透かされている。離婚したばかりの母親の周囲に男の影あり、これを神奈川県警がどのように判断したのかも――。

 

「高遠さん、次は自分の番です。事件内容に触れますが、左近寺……4人目を見逃したのは何故ですか?」

「金田君!」

金田一(きんだいち)君と同じ答えを返しましょう。僕のすべき事は終わったんです」

 

 事件の核心に触れ、明智警視の目元が鋭くなる。高遠はさらりと答え、これまた目的がひとつクリアした。

 しかし、腑に落ちない。納得できない。落ち着かない。気持ち悪い。

 

「たった、それだけで……4人目を見逃してしまえる(・・・・・・・・)のですか? ……ああ、失礼しました。独り言ですので、お気になさらず。どうぞ、次は高遠さんの番ですっ」

「……キミは左近寺ではなく、4人目が……。いえ、何でもありません」

 

 (いち)が無意識に溢した一言に高遠は僅かに肩を揺らし、目を伏せる。瞑想の如く静かな表情を見せたかと思えば、穏やかに瞼を開いた。

 

「金田君、お父さんは今も結婚指輪をしたままです。奥様が戻られても良い様に、周囲へ離婚を伏せていると言っていました。そもそも、離婚の原因は何でしょう?」

「……高遠さんは意外と失礼な事を聞くのですねっ。でしたら、こっちも遠慮せずに言いますよ。聞いた後に傷付かないでください」

 

 他人の家庭事情故、高遠も深刻そうに問う。誰1人触れずに来た問題であり、素性を明かした彼は知るべきではない理由。言い方がどうであれ、そちらからズケズケと踏み込んだ。

 

 ――高遠にも背負ってもらおう。

 

「近宮 玲子が舞台に戻れなくなったからです」

「……?」

 

 (いち)は瞬きせず、語尾にも語調にも感情を込めない。台本の台詞合わせより酷い、棒読み。

 聞いた瞬間、高遠の眉は痙攣。予想外だったのか、心の準備が足りなかったのだろう。

 

「父と母は見合いでした。初対面の場で、母は確認したそうです。他に結婚を考えている人はいないか……父は近宮 玲子を愛していると馬鹿正直に答えました。それを知った上で母は父を選んだのです」

〝その人以外、誰と結婚しても同じなら……アタシにしな。貴様がその人を一生、愛していても気にしないしっ。アタシらの子供をマジシャンに育てたいなら、そうすればいい〟

〝……その人じゃなく、名前で呼んでくれ。近宮 玲子、いずれ世界一となる天才マジシャンだ〟

 

 両親の赤裸々な馴れ初め、さとみから聞いた限りだが、大体こんな感じ。

 心音も心拍も口調も顔色も変えず、伝えるべき情報を過不足なく、伝える。

 高遠は一言も返さず、聴き入る。

 

「だからこそ、5年前に終わりました。父は事故を知り、気がおかしくなっていたのです。最愛の伴侶を失ったように泣き腫らし、『玲子さん、玲子さん』。こんな毎日が続けば、流石の母も参ってしまいます。父の口を塞ごうと包丁を持ち出したのも、仕方ありません。父は碌に抵抗せず、切り付けられました。頸部です。致命傷ではありません。今でも父の首に傷が残っています」

「それで……お父さんはいつも、タートルネックをっ。さ……お姉さんはその事を知らないようですが……」

「髭剃り中の事故と説明しています。騒動の折、姉は不在でした。お陰で嫌な場面を見ずに済んだのです」

「……でも、キミは見た。その嫌な場面を……」

 

 高遠は申し訳なさそうだが、(いち)は恐怖に竦んだだけでトラウマにはなっていない。

 〝愛〟を無くした夫婦は一振りの刃によって、亀裂を露わにした。ただ、それだけ――。

 

「後は騙し討ちで離婚届けを書かせ、自分達は父の元を去りました。すると……どうでしょう。父は嘆くのをやめ、愛娘の養育に専念したのです。残間 さとみが一流のマジシャンとなって、舞台に立つ。それだけが残間 青完の生き甲斐になりました。ただ、誤解しないでください。さとみさんは近宮 玲子の代替ではありません。あくまでも、娘がのし上がっていく姿を見たいのです」

「……分かりますよ。ええ、誤解なんてしません」

 

 さとみが舞台の上で引き起こす華々しいマジックショーは誰の代役でもない。

 今だけは高遠と分かり合えた。

 敢えて、合えてしまった(・・・・・・・)――そう言おう。




柏木「……柏木です……閲覧ありがとうございます。この奥さんも苦労されたわねえ。分かるわ……ウチの人も(結婚生活10年で積もり積もった愚痴)。全く……、人を何だと思ってるのかしらねっ。さて、次回は『女医の奇妙な企みは夜明けと共に・後編』!! 本当……我慢の限界よ!」 

高遠の父親
魔術列車殺人事件(回想)、薔薇十字館殺人事件(回想)、高遠少年の事件簿にて登場の貿易商マン。高遠 遙一が17歳の折に逝去
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