金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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引き続き面会シーンです

誤字報告により、修正しました。ありがとうございます


12話 【女医の奇妙な企み】は夜明けと共に・後編

 (いち)高遠(たかとお)との奇妙な共感に目的を忘れかける。

 学帽を脱ぎ、椅子の位置を確かめた。

 

「……金田君。キミに質問が無ければ、僕が続けても?」

「ありますっ。山神……1人目の遺体が発見される前、父が途中下車しましたね。会社からの呼び出しですが、あれに高遠さんは関与していますか?」

「いいえ、僕はお父さんに披露したかったですよ。一世一代の大魔術をねっ」

(その為だけに金田一(きんだいち)君を……殺しかけた)

 

 残間(ざんま)の途中下車は偶然の産物。

 高遠は心底、残念そうに目尻を下げる。まるで、参観日に親が急な仕事で来られなかった子供と同じ無垢な残酷さを感じた。

 

「キミは僕が……近宮 玲子の子供の父親と思っていた。東京駅でご挨拶した時から、既に? それとも、こうして拘留された後に?」

「父が貴方と面会していると聞いてから……ですね。いくら、さとみさんがお世話になったマネージャーとは言え……会い過ぎと言いますか。あまり関わると、さとみさんの再就職にも支障が出ますし……自分なりに思い付いた時、突拍子がないとは思いました」

「さとみちゃんなら、無事に次を見付けますよ。彼女にはマジックの才能がありますからっ」

(……元凶のくせにっ。いかん、いかん……)

 

 東京駅で会ったような気弱なマネージャーの表情をされ、(いち)はグッと堪える。高遠はすぐに素の表情に戻った。

 

「……父は高遠さんと近宮さんの関係をご存知ですか?」

「ええ、僕と最初に面会された時にはもうご存じでした。子供の存在については以前、幼馴染に聞いたそうです。2人の関係は知らないと言ってました」

「!? ……その知った時期は? 見合いの前後とか……」

「いえ、そこまで詳しくは……エコー写真のコピーを見せてくれましたので、僕が母のお腹にいる時期でしょう」

 

 高遠の予期せぬ返答にビビる。

 エコー写真を証拠として見せ付けるなど、その幼馴染が腹の子の父親に決定だろう。気付かない残間も大概だが、友人の行動そのものが意味不明で怖い。我が子を自慢する為ではないと断言しよう。

 しかし、知った時期は推測できる。

 高遠が報道通りの23才なら、必然的に見合い前。残間が近宮へ告白せず、求婚さえしなかった理由を理解した。

 否、子供の存在がなくても、残間は近宮へ何ひとつ求めなかっただろう。相手にされないのもあるが、マジシャンとして舞台で輝いて欲しかったはずだ。

 

「お父さん……知らせを聞いた時、エコー写真を拝んだと言ってましたよ。それで幼馴染の方に笑われたとかっ」

「……目に浮かびますね。本当に『コウノトリ』は実在したとか言って、喜ぶ姿が……」

「金田君、信じているんですか? 『コウノトリ』」

「え? それは勿論、信じていますよ。自分のような凡人や高遠さん、明智さんのような優秀な方々は本来の繁殖方法になるでしょう。でも、真の天才には神様が『コウノトリ』くらい遣わせてくれま……アイタッ

 

 (いち)は残間の拝んだ姿を想像し、ゲンナリ。決して馬鹿にしておらず、寧ろ、困った事に彼の心情を理解してしまう。その不愉快さを誤魔化す意味も込め、正直に「コウノトリ」説を語る。

 無表情のまま、明智(あけち)警視が躊躇なく平手を振るう。後頭部が痛い。

 

「金田君っ。お話が弾んでいる様ですが、そろそろお開きにしましょうっ」

「はい……大分(だいぶ)、お時間を頂きましたしっ。次で(・・)最後にしますっ」

「……!?」

 

 明智警視に面会終了を提案され、(いち)は笑う。笑いながら、脳髄の奥へ吹雪が荒れ狂った。

 

 ――ガタンッ

 

 椅子を支えに蹴りを繰り出したのは同時。

 (いち)の左足の脛はそのまま行けば、確かに高遠の横っ面へ命中しただろう。それよりも先、明智警視の腕に防がれた。

 今度は明智警視の一閃が椅子を弾き、視界が一瞬、宙に舞う。(いち)には慌てずに床へ両手を突いて倒立後転。想定よりも綺麗なフォームになり、スッと立ち上がった。

 高遠も冷静に椅子ごとひっくり返り、壁を背にする。明智警視が彼の前に立ち、もう(いち)には手も足も出せない。流石にエリート警視を押し退けるには、実力と経験の差があり過ぎるのだ。

 最後の目的は失敗に終わり、悔しい。

 ずっと緊張していた臓物の痙攣は――もうない(・・・・)

 

「危ないですよ、明智さんっ。これが金田一君(はじめちゃん)なら、転んでしまいます」

「金田君なら、受け身を取れるでしょう。取調室を面会場所へ指定されてから、不審に思いましたが……っ。私の前で暴力とは良い度胸です」

 

 (いち)の負け惜しみを聞いても、明智警視は涼しい顔。あえて要望を叶え、こちらの行動を見張っていたのだろう。どの時点かは知らないが、本当に察しの良くて、腸が煮えくり返る思いだ。

 

「良いじゃないですか、見逃して下さいよ。明智警視(・・・・)、高遠さんは1度、殴られて然るべきですよ。さとみさんの弟の自分には、その権利があるっ。犯行動機が母親の敵討ちだとしても……姉には関係ないっ。仲間を殺されて、劇団は無くなって、マスコミに追い回されて、誰にも心配かけまいと泣けずに過ごして……弱音も吐かずにいる。……それが、アイツらと何も知らずに、つるんだ……当然の報いだって言うのかよ?」

(いち)君! そうだな、そう思うよな。……皆、分かってるっ」

「金田君、暴力は許されないっ」

 

 (いち)は口を開く度、感情が高ぶりを自覚した。銭形(ぜにがた)警部補が慌てて入室し、明智警視と一緒になって高校生を取り押さえる。

 

「……金田君っ、キミは……」

 

 それでも、高遠とお互いに目を離さない。彼の瞳に称賛が見え、余計に腹が立った。

 

「姉が……どうして、あんなにも踏みにじられなきゃならないんだ! 高遠! お前はアイツらを殺してさぞ、ご満悦なんだろがな! 殺したかったなら、他で殺れ! 何が一世一代の大魔術だ! フザケんな! てめえの都合なんざ、知ったこっちゃねえ! お姉ちゃんを……人の家族を何だと思っているんだあ!

 

 正しく罵詈雑言。

 (いち)は言いたい事を言い切れば、喉がただ痛い。胸の痞えは取れず、眉間のシワだけや鼓動の脈打ちが煩わしかった。2人分の手が背中を叩き、あやされていると分かった。

 

「2度と……キミの家族は巻き込みません。誓いましょう、近宮 玲子の名にかけて……」

 

 どっかの同級生と同じ、誇り高い血筋にかけた誓い。

 その口調に言い様のない違和感を覚えたが、今は名付ける余裕がない。

 

「信じますよ……高遠さんっ」

 

 (いち)は息を吐き、僅かに目を伏せる。皮肉も怒声も捨てて、ただ言葉だけを選んだ。

 途端、銭形警部補により、廊下へ引っ張り出された。

 

「金田君、最後にひとつ。4年前の離婚に僕の父は関与しているんですか?」

「いいえ、あれは母の意思(・・・・)です」

 

 明智警視が間の壁と化し、高遠が見えずに答える。銭形警部補がドアノブへ触れて閉めようとした為、(いち)も咄嗟に閃いた。

 

「自分も最後にっ。高遠さんは『秀英のホームズ』をご存知ですか?」

「……さあ、誰の事か分かりません」

 

 抑揚のない高遠の返事を防ぐ様、扉は閉められる。留置場(ここ)での邂逅はこれにて、お終いだ。

 

 取調室の後、銭形警部補による恐怖のお説教時間。

 わざわざ、駐車場の銭形警部補マイカーへ連行され、助手席へ乗せられる。こんな目に遭うと知っていたから、彼に教えたくなかった。今だけは明智警視を恨む。

 黒沼(くろぬま)先生は後部座席にいて、心強い。

 

「黒沼さんはどこまで知ってたんだい?」

「……黒沼先生には、高遠さんの素性と4人目を見逃した理由を聞きたいと説明しました……」

(いち)君、さっきの怒鳴った態度が嘘のように……」

 

 説教食らった後、銭形警部補は意気消沈した高校生へお構いなしの質問。(いち)が弱弱しく簡潔に答えれば、黒沼先生に慰められた。

 

「高遠との別れ際に聞いた『秀英のホームズ』って?」

「……東京にある私立秀英高校の卒業生です」

「ああ、秀英高校の事だったんですかっ。都内でも指折りの名門高校です。……イギリス育ちの高遠 遙一と何か関係が?」

「金田君っ、私にも聞かせてください」

 

 私立秀英高校を解説してくれた。見計らったように明智警視が乗り込んで来た。

 面の良い男性陣に囲まれ、(いち)は自分自身の軟弱さを見せ付けられた気分。ゲンナリだ。

 

「いえ、理由なんてありません。ただの興味本位です。本当、ご迷惑をお掛けして……すみませんでした」

(いち)君……誰も怒ってないよ」

「銭形君、叱り過ぎです。……これでは私も注意できませんよ。ふう……金田君。これからも迷惑をかけてもらっても、構いません。ですが、事情は聞かせてください。ちゃんと聞きますからっ」

「それ、僕が言ったばかりです」

 

 彼らの会話を聞きながら、(いち)は尊敬する。大人故の余裕を持ち、未成年を決して見下さない。対等な相手として接する態度。早く、そのように振る舞いたいと羨望の眼差しを向けた。

 

(いち)君、どうしましたか?」

「黒沼先生っ、大丈夫です。『秀英のホームズ』と高遠さんの関係ですね。先日、秀英高校出身の方とお会いしました。片倉 猟介と言います。この方が在学中、後輩に高遠さんと同じ名前がいたそうです。片倉さんが確かめようにも……面会へ応じてもらえないと溢していたのを思い出しました」

「確かに……高遠は基本的に記者としか面会してないっ。それでも毎日、面会希望者が後を絶たなくてね。自称知り合いや友人とかっ」

 

 黒沼先生の声を聞き、片倉(かたくら) 猟介(りょうすけ)とのやり取りを語る。銭形警部補はそっと目を逸らし、高遠が残間と面会し続ける状態を異例と教えた。

 

「……その片倉と連絡は取れますか?」

「はい、バイト先のお客様です。お急ぎでしたら、名刺もありますっ。片倉さんは自分が残間だと思っていますから、話を合わせてくださいね」

「……生徒手帳が名刺の入れ過ぎで倍も膨らんでるよ!? それ本当に必要かい? 全部、出しなさいっ。心霊研究家って何だ? フリーライター、雑誌記者、編集者、塾の講師……etc弁護士が3枚? ……1枚は黒沼さんか。……んで、これが片倉 猟介……マジシャンっ」

(いち)君、名刺は自宅で保管してください。私の以外はっ」

 

 いつでも確認可能であれと思い、生徒手帳へ入れてある。驚いた銭形警部補に名刺を改められ、困り顔の黒沼先生から納得の行かない助言を貰う。明智警視はギョッと目を見開き、1枚の名刺を手に取った。

 

「……コチラ、頂いても良いですか?」

「え? は……はい、その人も秀英出身だと言っていましたよ。残念ながら、片倉さんの世代ではありませんが……」

 

 明智警視は名刺から目を離さず、ボソッと「知ってます」とだけ呟く。

 

「こっちは要るっ。要らないっ」

「へえ、(いち)君は携帯電話持ってるんだね。僕とも連絡先交換しておこう」

 

 その間、黒沼先生は勝手に名刺の分別を始めてしまい、怖い。

 学ランのポケットからはみ出た携帯電話に気付き、銭形警部補は勝手に操作した。

 

「確認はしますが、高遠は秀英関係者に間違いないでしょうね。銭形君っ」

「ええ……犯行に関係ないから、あえて省いただけか……」

「……流石、現役刑事さん。気付きましたかっ」

「ん? ……あっ、誰の事か分からない!? 高遠は『秀英のホームズ』が人と知っていた! 秀英を学校名と認識していないと出来ない発言ですっ」

 

 黒沼先生のご指摘通り。

 イギリスで何不自由のない裕福な家庭に育ったならば、ホームズと聞けば彼の有名なシャーロック・ホームズを思い浮かべるだろう。名前そのものさえ、優れた頭脳の持ち主を指し示す。そこに「秀英」とまた優れた意味を持つ単語が加われば、ただの二重言葉の出来上がり。

 秀英高校にいたシャーロック・ホームズが如き名推理をこなす生徒。そんな連想を出来るからこそ、高遠は「誰」と返事してしまった。

 

「金田君、今日の面会は他言無用です。片倉には私が直接、話します」

「片倉さんには……さとみさんの事で心配をかけました。自分から話してはいけませんか? せめて、高遠さんに後輩の可能性があるとだけでもっ。ちゃんと2人っきりの場所で他の人に聞かれないように最善を尽くしますっ。以前、高遠さんの話をした時も! 片倉さんの提案でカラオケの個室へ行きま……」

「「絶対にダメっ」」

 

 片倉は口の堅い男であり、秘密は黙して語らぬ。そう訴えたが、黒沼先生と銭形警部補が口を揃えて反対した。

 ダメな理由を考えてみたが、一介の高校生が本庁のエリート警視を利用し、取調室に拘束された被疑者を殴る。会話内容が良くても、状況が良くない。それくらいしか、思い付かなかった。

 

「直接、言わないと伝わりませんね。金田君っ、おいそれと誰かと2人きりになるモノではありません。止めなさいっ」

「……分かりました」

 

 年頃のさとみに忠告するならば、いざ知らず。反論はいくらでも浮かんだが、明智警視の眼差しは真剣にして深刻。茶化しもせず、素直に受け入れた返事をしておこう。

 出来るかどうかは別として――。

 

(いち)君、その……不躾なんだが……キミはそもそも、高遠がお母さんの失踪に関わっている。そう、思ったのかい?」

「……いいえ、自分は……高遠さんがあの人だったら……全てに辻褄が合う気がしたのです」

 

 銭形警部補の躊躇った質問に心臓を掴まれた気分になり、唇を噛む。

 

「金田君、でしたら何故……あんな回りくどい質問をしたんですか? 率直に聞いても、高遠は答えたでしょうに」

「東京駅で初めてお会いした時、高遠さん……さとみさんに弟がいると知らなかったのです。あれが演技なら、見事なものですし、もしかしたら……父と同じ、大切な人を亡くしたショックで正気ではなかった可能性もあります。復讐を明確にした事で自我を取り戻して、自分との出来事を忘れたなら、……そっとしておこうと思いました」

 

 明智警視の質問はご尤も。

 東京駅で出会った高遠は、確かに初対面だった。

 必死にマネージャーをこなす姿に嘘など、ない。

 

「どういう気の遣い方!?」

「銭形警部補……つまり、高遠がその人だったとしても、(いち)君を覚えている保証はなかったというワケですよ。人の記憶は曖昧で思い込みにより、簡単に書き換えられてしまう。私も職業柄、依頼人の話が当てにならない場合もあります」

 

 銭形警部補のツッコミにぐうの音も出ない。黒沼先生の弁明に説得力がありすぎて、嬉しい。

 

(曖昧な記憶か……)

 

 かつて、台所の隅っこに座り込んだ残間は泣き腫らした目で「玲子さん……」と呟き続け、にいみさえも失った果てに悲しみの海へ沈んだ。

 取調室にいた高遠は穏やかな笑みを絶やさず、怒りや悲しみは見えなかった。彼はきっと海を泳ぎ切り、陸へ上がったのだ。そこが地獄であり、〝大魔術〟を手にした。

 同じ人を失い、違う道を歩んだ男達。

 脚本にすれば、何ともロマンチックだろう。けれども、ちっとも笑えない。

 

「明智さん、高遠さんの様子……どうでしたか? 殴るのは計算の内でしたが……両親の離婚については流石にこじ付けが、過ぎました。もし、事情聴取を担当されるなら、自分の代わりに謝って……」

「必要ありません。彼自身が知りたいと望んだ事です。その件に関して、キミはもっと怒ってもいいくらいです」

 

 高遠へかなり、酷い事を言ってしまった。彼の方こそ、(いち)に怒ればいい。

 けれども、明智警視の眉のひとつから口元の動きまで思い遣りに溢れていた。それが高遠の表情を代弁であるかのようだった。

 胸が締め付けられた。

 

「それと……お母様が行方知れずと、私に教えてくれなかった理由をお聞きしても?」

「……明智警視へお話しする必要性を感じませんでした

 

 眼鏡の奥から鋭い視線に屈せず、(いち)の温まった心がスッと冷める。エリート警視相手でも、冷淡な口調を返していたが、反省はしない。

 

(いち)君、この後の予定は? ないなら、空港まで送るよ」

「いえ、私達は警察署へ行きます。件の証拠品返却もありますし、ご家族へのお土産も買いませんとっ」

 

 (いち)から家庭事情を聞かされていた2人はさっと話題を変える。

 緊迫した空気も変わった。

 

「証拠品……ああ、氷室画伯の作品っ。まだ返されてなかったんですか」

「これでも早くなったのですよ。黒沼先生が還付請求してくれたお陰です」

 

 詐欺罪の証拠品、つまりは本物の氷室(ひむろ)伯父の絵画。

 聡明な明智警視はすぐに思い付く。日数から考えれば、彼も返却されたと勘違いする。事件を担当した刑事に証拠品の末路は報告されないのが常。

 (いち)は黒沼先生への感謝を込め、そう付け加えた。

 

「私が覚えているだけでも、かなりの数です。今日、持って帰られるつもりですか?」

「祖父母の家へ配送を依頼しようと思います。……一度は祖母の手に触れさせてあげたいのです」

 

 金田祖母には亡き息子の形見、背氷村の邸宅へ飾る前に見せたかったのだ。

 

「良い話風に言っているけど、金田さん家に置けないでしょっ。画廊2館分だよ! 黒沼さんも分かってる?」

「銭形警部補。私達は先ず、現物を確認しようと思いましてっ」

 

 結局、刑事2人を連れての警察署訪問。500幅超えの絵画を目にし、追加される相続税の可視化された気分。(いち)は色んな意味で顔面蒼白に陥り、明智警視の厚意でまだしばらく、署の預かりとなる。

 物凄く感謝した。

 

「!? 呼び出されちゃったから、僕はここで失礼するよ。明智警視、後を頼みます」

「ええ、任せてください。次はどちらに?」

「カニを買いに行きま……明智さんも付いて来る気ですか……」

 

 慌ただしい銭形警部補は署で別れの挨拶を交わし、明智警視が市場へ付き添う。キラキラが眩しくて、何処へ行くにしても注目の的。黒沼先生も雰囲気の落ち着いた色男だ。

 カニのお土産を買うにも女性の売り子が何人も迫り、選びにくかった。

 

「本当に氷垣さんへお土産ってカニじゃなくて、良いのですか? 自分、大事な顧問弁護士を連れ回した身ですし……」

(いち)君、私がキミの力になる。これこそが氷垣氏の望みです。今日の同行もそれを叶えた形になります。頼ってくれて、嬉しいですよ」

 

 黒沼先生の笑顔が普段よりも眩しく見える。太陽の逆光もあるが、上機嫌な印象だ。そこまで喜ばれるとこちらも嬉しくなり、(いち)は照れ隠しに背を向けてしまった。

 

「キミの吹雪を見られて……良かった……」

 

 だから、また(・・)見逃した。

 

 普段よりも倍の疲労感でカニを購入し、金田家と剣持家(明智警視に記入してもらう)へ配送依頼。

 午後の便へ間に合うように明智警視はコバルトブルーに輝くBMWを飛ばす。それでも法定速度は守られていた。

 

「聞き忘れていたんですが、黒沼弁護士の頬は凍傷に見えます。雪山に登山経験でも?」

「……ええ、そうです。仕事以外は登山ばかりしていました」

(……氷垣さんの登山パートナーなのに……過去形?)

 

 2人の他愛ない会話に妙な違和感を覚える。

 その為、(いち)は高遠との会話中に生じた疑問を思い返した。

 先ず、近宮の隠し子がいる事実を夫婦共に知り、それぞれで情報が欠落した状態。

 エコー写真を見せた残間の幼馴染とやらは「彼」。

 2年前の誕生日に突如として現れ、半年後の秋に忽然と姿を消した。

 破綻した夫婦の復縁を望み、説得しに来ていたのだ。にいみはその会話を聞かせたくなくて、「彼」が訪問中は自室から出て来るなと言い付けた。

 時折、にいみの悲鳴に近い喚き声が閉じた戸を貫き、(いち)は耳を塞いで布団の中に逃げ込んだ。

 

 「彼」が諦めてくれますようにと――祈った。

 

 だって、復縁してしまえば、また元の暮らしに戻る。幸せが無くなる。それが堪らなく、嫌だった。

 (いち)にとって、「彼」は脅威()であり、悪魔そのものだった。

 その存在を拒み続け、記憶にも残らなかった。脳髄は記録しなかった。別れ際に渡された美しく透明な薔薇が如く、「彼」は澄んだ心の持ち主だったのかもしれない。

 だとしても、「真新しい釘の件」を残間に伝えなかった意図は読めない。

 

(……ああ、そうか……気がおかしい奴に話す内容じゃねえもんなあ)

 

 知ってしまえば、当時の残間は狂気のままに4人を始末する。高遠が行なった復讐の舞台装置などは一切なく、獣のように命を屠る。「彼」にもそんな犯行が予想できてしまい、沈黙を貫いた。

 推理にもならない憶測は確かめようもないが、外れでもないだろう。

 だから、左近寺はある意味で幸運。精神が安定した今、父は娘の将来を優先し、復讐を考える隙間さえない。

 

 ――水沼モコウヤッテ、死ネバ、良カッタノニ

 

 何時ぞやの言葉がまた浮かぶ。

 今度は高遠の声を借り、耳元で囁くような感覚に悔し涙が溢れそうだった。




大塚「大塚です。皆さん、閲覧ありがとね。私がインターンの頃、柏木先生にはお世話に……え? そう言う話をするんじゃないのか……じゃあ、サクサクッと……次回は『【女医の奇妙な企み】は夜明けと共に‐高遠』。あれ……こう言う場所の面会って、1日1組じゃなかったっけ? ああ、この子が会った時は取り調べ扱いにしたんだ。親子で同じに被疑者と会うなんて、ドラマだね」
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