金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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前回後半部分、海峰学の視点です


F.6 血溜之間殺人事件の消失‐海峰

 海峰 学(かいほう まなぶ)は母親と日曜日のデパートへ来ていた。

 安売りセールもあるが、学は楽器売り場が目的。母子家庭のアパート暮らしにピアノは置けない為、ただ眺めるだけだ。

 来て良かった。

 

「……母さん、あの人……御堂 周一郎じゃねえか? 作曲家の……」

「さあ? アンタと違って、お母さんはそういうのわからないし……」

 

 まさか、高名な作曲家たる御堂(みどう) 周一郎(しゅういちろう)先生を目にするなど、夢にも思わない。

 ピアニストになれると自負している身として、クラシック音楽雑誌は立ち読みだが、必ず目を通す。他人の空似などあり得ない。

 庶民しか来ないようなデパートの楽器売り場。寧ろ、御堂先生が来て良い場所ではない。執事らしき使用人まで共に連れ、暮らしの格差を感じた。

 

 ――天才作曲家の生演奏に感無量。

 

「……『悪魔の呼び声』……」

 

 学は勿論、知っている代表作。

 警備員のガードで遠目で尚且つ、背中だけだ。それでも僅かに見える指先ひとつ、肩の動きを瞬きせずに凝視した。

 

「学、大丈夫? 息、止めてない?」

「……!?」

 

 母親の声に我に返る。伴奏を終えてしまった時、息苦しかった。学は呼吸の仕方も忘れ、見入ってしまった。

 その後に見知らぬ少年(同じ中学生に見えた)が覚えのない曲を弾いて、感動が半減。しかも、アニソンだという。警備員さえいなければ、彼を押しのけてでも、学が御堂先生の曲を完璧に弾いてみせただろう。

 

(先生の前で、低俗なモン弾いてんじゃねえよ)

 

 忌々しく舌打ちした瞬間、もう一度、少年の伴奏が始まる。御堂先生との連番。感動を通り越して、嫉妬の炎が燃え上がった。

 

「あんた……熱いわよ? 顔も怖いし……」

「うるせ~」

 

 呆れた母親がセール目当てで引っ張ろうとした為、感情的に払う。

 

「後から絶対に追いかけるから! 先に行っててくれ!」

「もう、しょうがないね。1階まで降りて来なさいよ」

 

 学が受験生である為、母親はしつこくは言わない。御堂先生が歩き出せば、警備員を隔てて必死に着いて行く。同じような野次馬もいるが、一緒にされたくない。

 さっきの少年は兄らしき青年に負ぶされ、御堂先生に付き添っている。彼の輝かしい経歴はファンなら必須の知識だが、家族構成は非公開。ピアノの腕前から、血筋はありえないと勝手に判断した。

 

(そこ、代われ!)

 

 店内放送などの雑音は混ざるが、御堂先生の言葉を聞き漏らすまいと聴覚を動かした。

 

「不動高校か……君達がいるのであれば、通ってみたかったな」

 

 不動高校。都内の私立高校リストで見かけた覚えがある。

 学の受験予定である名門・開桜学院に比べれば、おそらく、偏差値は低いだろう。そんな学校に憧れる御堂先生の発言に愕然とした。

 

「かけがえのない思い出というヤツだ。友達は大事にな」

 

 友達。

 思い浮かぶのは、同じ塾仲間の星 桂馬(ほし けいま)。共に開桜学院から東大を目指す誓いも立てている。ただ、気にかかるには彼の塾成績。考えたくなくて無視していたが、開桜への合格はギリギリなのだ。

 もしも、星が不合格になれば、開桜へ独りで行くしかなくなる。

 きっと、学は行くだろう。人生で初めての親友を置き去りにして、別々の学校で東大を目指そうと誓い直すに違いない。

 

 ――それを悲しく思う。

 

 気付けば、足は止まる。御堂先生は既にいない。結局、一言も言葉を交わさず、別れてしまった。

 これが運命の出会いとなって、今の暮らしが劇的に変わるような期待もあった。

 胸にわだかまりを抱えたまま、1階へ降りる。戦場と化したセールに母親はいた。

 

「これで当分、買わなくて良いわ」

「俺、不動高校へ行きたい」

 

 目当ての品々を得て、ご満悦の母親の荷物持ちとなる。何気なく、そう漏らす。本当に口が滑ったように、言葉が零れた。

 

「え……良いの?」

「……あっ……」

 

 それは疑問でなく、確認だった。

 開桜学院の入学を諦め、学費の低い不動高校へ切り替えてくれる。それを喜んでいたのだ。

 学費の心配などした事ない。塾代も母親がパートを掛け持ちし、「大丈夫、受験を頑張って」の言葉を鵜呑みにしていた。

 やはり、学が選んだ進路は母親の負担が重過ぎていた。今、この瞬間に実感していまい、青褪めた。

 

「ち、違うのよ。学、開桜に行きたいんでしょう? 学費の心配なら、しなくていいわ!」

「……!!」

 

 学の顔色から自身の失言に気付き、慌てて母親は必死に訂正する。その態度が余計に心を抉った。

 母子家庭で経済的に苦労させまいと、疲労や苦労を決して表に出さなかった。

 それらを目の辺りにして、今まで通りに開桜を目指すには御堂先生の「不動高校へ行きたかった」という言葉が邪魔をした。

 

 ――ああ、これは転機だ。

 

 友達も大事だが、家族も大事だ。 

 

「不動高校からでも……東大は目指せる。ワガママ言って、ゴメン! 俺、開桜は辞めるっ」

「……学……、本当はね……ちょっと楽になるなって思ったの……アリガトね」

 

 荷物を持ったまま、学は自分勝手を詫びる。気遣わせてしまった環境に悲観しつつも、母親は安堵の笑みを向けて来た。

 

 翌日、塾講師に引き留められながらも塾を辞めた。

 

「え!? 海峰、なんで……一緒に開桜へ合格するって」

「相談せずに決めちまって、悪いっ。けど、東大は絶対に行くからっ」

 

 驚愕した星だったが、経済的を考慮したと伝えた。これを言われれば、裕福な家庭の彼は何も言えなくなるとわかっていた。

 寧ろ、他を言い訳にすれば、星の精神的な負担が増して受験が更に危うい気もした。

 

「星……俺は不動高校へ行く。開桜が辛くなったら、こっちへ来いよ」

「海峰……、ば~か……俺は開桜に行くんだ……。必ず受かって、制服……見せびらかしてやる……。こんの裏切り者が……」

 

 罵詈雑言を吐き、星は初めて涙を見せる。その手は学と東大合格を誓い合った時と同じ、堅い握手を交わしてくれた。

 

 新入生を迎える春。

 海峰 学は不動山市、不動高校の校門をくぐる。入試成績1位であり、新入生代表挨拶を一切の淀みなく行った。

 後に東大を合格した『伝説の生徒会長』として、不動高校の歴史に名を刻むのであった。




天元「天元 花織です。そう、事件の要因が消えたのね。だったら、本気で勝負に臨む星君が見られるわ。上等じゃない……星君、囲碁部で待ってるからね。さて、次回は『聖バレンタインの殺人とは無関係に』!! 声張り上げたら、喉痛い……ホットココアでも飲みたいわ」

海峰 学
開桜受験に合格していたが勝手に辞退させられ、不動高校の二次募集にて入学。無気力な学校生活を送りながら、母親の死をキッカケに星への殺意が募った
事件後に金田一へ「ありがとう」を言わなかった

星 桂馬
補欠合格を繰り上げる為、卑劣な手段を使う。開桜入学後は罪悪感に苦しんだ
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