金田少年の生徒会日誌 作:珍明
生徒会に別れも告げず、不動高校から去った。
〝……あの……私が言えた義理じゃないけど……、元気出して〟
よりにもよって、それが和泉と交わした最後の言葉。自分の返事さえ、思い出せない。事前に転校を知っていれば、何と声を掛けてあげられただろう。後悔が脳髄を支配した。
〝お前……もしかして、和泉が好きだったのか?〟
和泉を想う度に感じていたのは厚意ならぬ、恋心。今更、気付いても遅すぎる。彼女とはもう会えないのだ。
「……金田君、金田君! 聞いてる?」
「!? 遠野先輩……すみません。……聞こえていませんでした」
「無理もないっスよ。部活の仲間があんな目に遭っちゃあ……、江塔先輩も無理せんでください。第一発見者っショ?」
「ああ、ありがとう……海峰君。正直、まだ思い出せるよ。あの惨状……」
前生徒会長の
視覚、聴覚が現在地を把握し、理科準備室にいる実感を取り戻す。執行部1年生・
(しっかりしろ、今は生徒会執行部だろうがっ)
つい3日前、不動高校の理科準備室で悲惨な事故が発生。
原因は1人でいた月島が薬品棚へブツかった拍子、戸棚から硫酸入りの瓶が落下。その瞬間に偶々、入室した津雲先生が咄嗟に彼女を庇った。
物音に気付いた写真部部員の適切な対応により、両名はすぐに最寄りの聖正病院へ救急搬送。
津雲先生は白衣と背広の袖にある程度は守られたが、剥き出しだった月島の皮膚は焼け爛れ、手術でも完治は困難と診断を下された。
――命に別状はなくても、惨すぎる。
顔は役者の命、それを傷付けた原因を必ず、追究する。
事故現場の理科準備室は現在、使用禁止。散乱した硫酸入りの瓶も片付けられていた。
「先輩方、問題はな~んで
「海峰君、その通りです。予備の鍵は現在、職員室で管理されています。事故の折、月島さんは鍵を持っていませんでした」
海峰は薬品棚を指差し、考え込むように唇を尖らせる。彼の指摘通りに劇薬もある為、授業以外は生徒が持ち出さないように施錠されている。どこぞの偽者教師騒動により、校舎の至る所の鍵は予備も含め、職員室へ全て集められたはずだ。
執行部顧問曰く、救急車が発進した後に鍵を確認すれば、予備は職員室にキチンと保管。本鍵は写真部で活動中だった為、津雲先生の白衣のポケットにあった。
「だから、津雲先生が
「分かってるよ、江塔君」
「津雲先生の頑張りは生徒会も知る処です」
悔しそうに拳を握り、江塔先輩は顧問の落ち度ではないと必死に訴える。
遠野先輩はそっと彼を慰め、
「六野先輩や伊志田先輩は部室ですか?」
「病院だよ。津雲先生のお見舞いにねっ。伊志田は今夜にでもミス研と遠出するからさ。その挨拶も兼ねてな」
「こんな時に行っちゃうんスか? 校長がよくOKしましたね」
「津雲先生が頼んだそうだよ。自分の責任になっても良いからって……須貝先生もミス研にとっても最後の機会を与える形でって、校長に直訴したとか……」
海峰はミス研と写真部の大胆さに眉をひそめ、遠野先輩はすぐに補足してくれた。
お見舞い。
まだ津雲先生どころか、月島にも会ってない。顔に傷を負った彼女は会ってくれるだろうか、
「……この後、聖正病院へ行きます。月島さんからお話を伺いたいです」
「……金田君、普通にお見舞いで良いんだよ」
遠野先輩は気遣うが、そうは行かない。
事故発生時の放課後に補習はなく、授業など当然ない。だから、月島がいる理由もない。理科準備室に1人でいた理由を問いたださなければ、ならない。
「んじゃあ、俺達は学校で聞き取りっスかね? 何人も病院に行ったら、迷惑っしょ?」
「ああ、海峰君はそうしてくれ。僕も病院に行って来るから、副会長に頼んでおくよ。今日、調べ上げた事は明日の生徒会室で纏めよう。江塔君も来るかい?」
「いや、僕も聞き取りを手伝いたい。伊志田が学校外で頑張ってるからね。僕は学校内でやれる事をするよ」
各々の方針が決まった後は時間の流れが遅く感じつつ、放課後。
「金田……部活に行くのか?」
「病院です。月島さんに会いに行きます」
「! ……それなら、皆も行くんだ。一緒にどうだ?」
「いえ、すぐに話を聞きたいので先に行きます」
正直に答え、
「生徒会の調査ってか……冬子が辛い時にあんまりじゃねえか? お前はもっと……良い奴だと思ってたぜ」
有森は顔を合せず、様々な感情に声を震わせる。でも、
「……自分は敵です。月島さんをあんな目に遭わせた誰かの敵ですっ」
ハッとなり、有森は縋るように振り返る。彼は何か知っている顔を見せた。
「有森君、自分の敵に心当たりはありますか?」
「……金田、お前に……」
「金田君、見っけ~! 演劇部に行くでしょ~? 今週は一度も来てなくて、春美ちゃんが淋しがってたよぉ」
意を決し、有森は口を開く。途端にキャッキャッと叫び声が割って入った。
「春美ちゃんの相手役のウバルドなんだからさ~。行こう、行こう♪」
世話を焼くかのように日高は腕を掴んだが、
「……? 有森君、配役はいつ発表されていましたか?」
「……月曜日だけど……金田は学校を休んでたろ? その次も部活に来なかったし……」
だが、ふとした疑問も浮かび、有森へ確認。彼の躊躇う口調、
「ちょっと! 金田君っ」
焦った日高の制止を無視し、
初めて訪問した聖正総合病院、不動山市でも死神病院と名高いが医療施設としての清潔感はある。そんな無粋な感想を抱きつつ、ナースステーションにて病室を確認。津雲先生とは別々であった。
「僕は津雲先生へ挨拶に行くよ。金田君には月島さんを頼むよ」
「……ありがとうございます」
遠野先輩と廊下で別れ、【月島 冬子】の病室用名札を目にする。微かな緊張に深呼吸し、ノックをし忘れて病室の戸を開いた。
ベッドから起き上がり、鉛筆を手にした女子。それを月島と判断するには左半分の顔、左手を覆う包帯が普段との違いを教えた。
「!? 誰?」
「……! すみません、金田です。月島さん……お手紙を書いていましたか」
突然の来訪者に慌てふためき、月島は書きかけの手紙を隠そうとする。急いでしまえば、紙はからかうように手から抜け落ちてしまう。
それでも無意識に視覚は働き、文章を読む。
【天国に近い所へ行きたい】の言葉に胃が竦み、無礼など顧みずにじっくりと一文字、一文字、逃さずに黙読。月島はひたすら顔を伏せ、怯えていた。
脳髄が言葉に出来ない感情を湧かせ、眩暈を起こす。
「……月島さん、貴女……。天国に行けると思っているのですか? 天国って言うのは……友達を無くしたり、家族に先立たれたり、愛する人と破局したり、余計なお節介を焼いたり、そんな……色んな経験を積んだ人が……行ける場所です。自分達みたいな……大人に頼って、甘えて、大事にされて、自分の事しか考えない奴が……行けるワケないだろうが!」
「……っ」
手紙を見てしまい、
昨日、何かしらで追い詰められた月島が欲しいであろう言葉は浮かばず、批判を口走った。自分以外の誰かなら、彼女の心情へ寄り添ったに違いない。そんな考えも強い感情が塗り潰し、足の力が抜けて蹲った。額に触れた床が冷たくて、体の熱さを知った。
「……天国を舐めてんじゃねえよ……!」
「……金田君……。出てって……」
自分の言葉さえ意味不明だが、月島は堪えきれずに懇願した。
「……無理です」
「出てって……お願い」
「嫌だ!」
「出てってよ!」
無視した。更に無視し、月島は初めて声を荒げる。それをキッカケに体が動き、ベッドへしがみ付いた。
「行きませんっ。自分は……月島さん、貴女の敵です。貴女のしようとする事を妨害しますっ。絶対にっ」
「……!!」
慄いた月島を見上げ、
「何、大声を出しているの! すぐに出て行きなさいっ!」
「「……っ」」
今は抵抗し、月島のいるベッドを無言で掴む。そんな横暴な見舞い客を聖正女史は許さず、実力行使に出て引っ張り出そうとした。
「聖正さん、どうした?」
「虎元先生っ、手伝って下さい。この子、病室で大声をっ」
「……!? 虎元さん……っ」
野次馬化した患者を掻き分け、マスクを着けた医師・
「……? ……金田君かっ。そうか……キミ達は不動高校だったな。聖正さん、少し……話を聞こう。彼は無意味な行動を取らない」
「虎元先生……お知り合いですか? でも……」
「誰か1人……月島さんに付けて下さい。目を離さないようにっ」
『夜桜亭』の事件に居合わせた虎元先生は
人気の少ない非常階段へ連れて行かれ、
「そんな遺書だなんて……、ソレがそうなのね……。なんて事なの……月島さんには心のケアを……」
「聖正さん、ここでその話は止そう。金田君、また無茶をしたな。患者の家族以外は面会謝絶にしよう。キミも帰りたまえ」
「虎元さん……ですが……」
努めて冷静に振る舞おうとし、聖正女史は虎元先生に諭される。そして、
そこはかつて、とある騒動で肘鉄を食らった。遠回しだが、これ以上にない説得方法だ。
しかし、人肌が触れて「手当て」とはよく出来た言葉。
一先ず、津雲先生の病室に行き、事の次第を報告。彼の左腕、首に巻かれた包帯も痛々しい。月島より軽傷とは言え、硫酸を浴びてまで生徒を助けた身として知る権利があると思った。
幸いにも、他にいるのは遠野先輩だけだ。
「……月島が……そこまでっ。お兄さんの月島先生と話して……彼女の病室を大部屋に出来ないか、検討してもらおう……。人目があった方がいい」
「もう少しすれば、部の皆さんも来られます。布施先輩には自分から……」
「金田君は十分、やったよ。その辺は僕に任せてくれ」
津雲先生は苦悩し、名案を思い付く。
病院からの連絡を受け、演劇部副顧問の国語担当・
「遠野、金田っ。お前らも来ていたのか……一体、何が……」
「布施君はこっちに……」
駐車場で彼らを待ち受け、切羽詰まった月島先生を行かせる。遠野先輩は布施先輩へ答え、皆へ緊迫した状態を説明。
「ちょ……、金田っ」
「しっ……有森君。静かに」
その間、
「有森君、貴方宛ての手紙です」
「……!? 冬子……っ」
遺書は有森宛。彼も月島を「冬子」と呼ぶ親しい仲、つまりは恋人だ。
動揺した有森は一文字も逃さず、月島の言葉を噛み締める。【天国へ】の部分まで読み切り、嘆きのあまりに拳を握りしめていた。
「有森君……
「……っ、金田……。……!!」
昨日、月島を追い詰めた出来事。手紙に名前を書かれた有森はそれを知り、これで敵が分かる。それなのに彼は何も言わず、唇を震わせた。
――言わないで
「……俺は……何も言えない……」
「……!? 有森君……貴方は先程、自分に月島さんへ冷たいと……」
「それは謝る……だから、これ以上……聞かないでくれ……。お前の敵は……
「……ではひとつ、月島さんがクリスティーン役に選ばれた事と関係がありますか?」
逃げずに踏み止まり、有森は頭を垂れる。彼もまた追い詰められており、ジレンマを肌で感じる。そこで質問を変えた。
――ゾッ
クリスティーナの配役は勘だったが、無反応は肯定を意味する。つまり、敵は演劇部の仲間だ。
『オペラ座の怪人』の脚本を配られた際、コンクールを待ち遠しくて笑い合った部員の中にいる。想定していたが事実と受け止めれば、
「有森、金田。こんなところに……帰るよ。月島さん、しばらく……面会出来ないって」
「ああ、すまん。神矢……」
同じ2年D組の
2年E組の
「金田君、大丈夫? 顔色が悪いわ……」
「桐生さん……」
当然、同じ組の
生徒会執行部としての役目を果たす。自分の存在意義と誓いが揺らぎかけ、
翌日、生徒会室にて報連相。
病院での騒動も報告した際、執行部顧問は学校側の決定を伝えに来た。
「……津雲先生の責任を問わず、
「おかしいじゃないっスか! そんなワケないから、皆で調べてたんスよ!」
2年5組の
演劇部の仲間をこれ以上、
「……あれ? 美雪ちゃんは?」
「「「「「……」」」」」
重苦しい雰囲気の中、朝木が初めて生徒会長・
そんな『お飾り』はさておき、彼女の幼馴染には相談しておこうと1組の教室を訪ねた。
「
2年1組の
和泉の話をした先日も遠くに感じ、淋しい。否、彼との会話を拒んだのはこちらだ。それを今は考えたくない。
やるべき事をしよう。
朝のHR前に職員室へ出向き、演劇部顧問の音楽担当・
「……金田君、本気なの? 月島さんの件は不運な事故で……アナタが責任を感じる必要は……」
「はい、責任ではありません。無責任に辞めます」
「金田君、スキー部はいつでも歓迎よ」
ギョッした緒方先生が説得しようとしたが、スキー部顧問の体育担当・
「金田君、御堂 周一郎の曲を使いたいって言っていたでしょう? 曲名は決めたのかしら? 海峰君に伴奏をお願いするから、教えて欲しいわ」
「……御堂先生の曲……」
退部を宣言した部員に言う台詞ではない。緒方先生が一を部へ引き留めたい理由に見当付かず、ウンザリだ。しかし、脳裏に浮かぶのは『悪魔組曲』。選曲するならば、それしかない。愛する人へ捧げた曲調は『オペラ座の怪人』に通じるモノがあるのだ。
「ひとつ、あります。音楽室へ来てもらえますか? 今できる全力の伴奏を披露しましょう」
「……!? 良いわっ。聞かせてっ」
緒方先生は殊更、嬉しそうに音楽室の鍵を手にする。時計を見やれば、第一楽章を弾く時間は十分あった。
誰もいない音楽室。
新鮮かつ冷たい空気を感じながら、
――亡き天才を想いながら、己の指使いで第一楽章を弾き切った。
「……なんて……素晴らしい……。でも……これ程の曲、聞いた事ないわ……」
「はい、未発表の遺作『悪魔組曲』です。これを舞台で弾きます。その代わり、夏のコンクールが終われば……きっぱりと辞めます」
感激した緒方先生はゾクゾクッと興奮し、蠱惑的に微笑む。高校演劇部の最後を飾る舞台に相応しいと感じ入り、
「この曲を……ウバルド役で弾くって? いいえ、勿体ないわ……。これこそ、怪人が弾くべき名曲よ」
「では、自分がエリックを演じます。クリスティーン役も桐生さんにしてください。彼女でなければ、自分の相手になりません。それが……この曲を完璧に弾き切る条件です!」
横暴だと思う。一生徒が顧問の決めた配役に口を挟み、素晴らしき名曲をチラつかせる。最低の行為だが、
だが、苦痛だ。後ろ暗い気持ちもある。こんな心情では地獄の入り口にさえ立っていない。地獄を知らねば、怪人を演じられないのだ。
「素敵よ……金田君、アナタのその顔が見たかった。自分ではない何者かになりたい……飢えた役者の顔」
緒方先生はさながら、若き役者を囲う後援者のように企みの笑みを見せた。
放課後、演劇部は緒方先生の配役変更に騒然となる。特にクリスティーンの代役となっていた早乙女先輩は、また後輩にヒロインの座を奪われ、青褪めた。
突然の抜擢に桐生は驚きすぎ、白目。
怪人役だった布施先輩はラウル役、早乙女先輩は桐生のカルロッタ役と次々と変更された。
「私は最高の配役だから、選んだわ。不満がある人は
美麗な緒方先生の厳しい表情は余計に迫力があり、誰もが口を閉ざす。希望が通っても、
「桐生さん、不束者ですが……よろしくお願いいたします」
「!? ……ええ、金田君……!」
ここまで来れば、やり通そう。大役を受け入れた桐生へ深々と頭を下げ、その手を取った。
金田一「俺らが『くちなし村』に行ってる間に、そんな事があったなんて……何も言えねえわ。次回は『オペラ座館殺人事件の先触れ・中編』。なんだよ、金田……もう「はじめちゃん」って呼んでくれねえの?」
朝木 秋絵、写真部部長の江塔 大樹
それぞれ雷祭殺人事件、不動高校学園祭殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、秋絵は生徒会執行部
村上 草太
天草財宝伝説殺人事件より登場、準レギュラー
病院の責任者・聖正 英子、医師・虎元 勝男
それぞれ死神病院殺人事件、吸血桜殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、虎元は60代に年齢を下げている。現在は聖正病院勤務
スキー部顧問の体育担当・尾根 静香
氷点下15度の殺意、ゲストキャラ