金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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16話の前日、金曜日の出来事からです



18話 オペラ座館殺人事件の先触れ・前編

 和泉(いずみ) さくらが転校した。

 生徒会に別れも告げず、不動高校から去った。

 

〝……あの……私が言えた義理じゃないけど……、元気出して〟

 

 よりにもよって、それが和泉と交わした最後の言葉。自分の返事さえ、思い出せない。事前に転校を知っていれば、何と声を掛けてあげられただろう。後悔が脳髄を支配した。

 

〝お前……もしかして、和泉が好きだったのか?〟

 

 金田一(きんだいち) (はじめ)から告げられ、すんなりと受け入れる。

 和泉を想う度に感じていたのは厚意ならぬ、恋心。今更、気付いても遅すぎる。彼女とはもう会えないのだ。

 

「……金田君、金田君! 聞いてる?」

「!? 遠野先輩……すみません。……聞こえていませんでした」

「無理もないっスよ。部活の仲間があんな目に遭っちゃあ……、江塔先輩も無理せんでください。第一発見者っショ?」

「ああ、ありがとう……海峰君。正直、まだ思い出せるよ。あの惨状……」

 

 前生徒会長の遠野(とおの) 英治(えいじ)先輩に呼ばれ、(いち)は我に返る。

 視覚、聴覚が現在地を把握し、理科準備室にいる実感を取り戻す。執行部1年生・海峰(かいほう) (まなぶ)、写真部部長3年2組・江塔(えとう) 大樹(だいき)先輩、そして執行部顧問の先生を付き添わせ、調査の真っ最中だ。

 

(しっかりしろ、今は生徒会執行部だろうがっ)

 

 つい3日前、不動高校の理科準備室で悲惨な事故が発生。

 (いち)も所属する演劇部の仲間たる月島(つきしま) 冬子(ふゆこ)は左顔面、写真部顧問の化学担当・津雲(つくも) 成人(しげと)先生は右腕とそれぞれが誤って硫酸を浴びてしまう。

 原因は1人でいた月島が薬品棚へブツかった拍子、戸棚から硫酸入りの瓶が落下。その瞬間に偶々、入室した津雲先生が咄嗟に彼女を庇った。

 物音に気付いた写真部部員の適切な対応により、両名はすぐに最寄りの聖正病院へ救急搬送。

 津雲先生は白衣と背広の袖にある程度は守られたが、剥き出しだった月島の皮膚は焼け爛れ、手術でも完治は困難と診断を下された。

 

 ――命に別状はなくても、惨すぎる。

 

 顔は役者の命、それを傷付けた原因を必ず、追究する。(いち)は生徒会執行部の役目を果たそう。個人的な事情で泣く暇など、ない。

 事故現場の理科準備室は現在、使用禁止。散乱した硫酸入りの瓶も片付けられていた。

 

「先輩方、問題はな~んで薬品棚の鍵が開いてた(・・・・・・・・・・)のかっスね?」

「海峰君、その通りです。予備の鍵は現在、職員室で管理されています。事故の折、月島さんは鍵を持っていませんでした」

 

 海峰は薬品棚を指差し、考え込むように唇を尖らせる。彼の指摘通りに劇薬もある為、授業以外は生徒が持ち出さないように施錠されている。どこぞの偽者教師騒動により、校舎の至る所の鍵は予備も含め、職員室へ全て集められたはずだ。

 執行部顧問曰く、救急車が発進した後に鍵を確認すれば、予備は職員室にキチンと保管。本鍵は写真部で活動中だった為、津雲先生の白衣のポケットにあった。

 

「だから、津雲先生が閉め忘れた(・・・・・)かもって……それは絶対にあり得ないね。学校の不祥事続きでピリピリしてて……些細な事も起きないように気を張ってたんだっ」

「分かってるよ、江塔君」

「津雲先生の頑張りは生徒会も知る処です」

 

 悔しそうに拳を握り、江塔先輩は顧問の落ち度ではないと必死に訴える。

 遠野先輩はそっと彼を慰め、(いち)も同感して頷く。写真部はミス研に協力し、部の存続を懸けた難事件に挑もうと準備中。大事な時期の為、津雲先生も細心の注意を払っていた。

 

「六野先輩や伊志田先輩は部室ですか?」

「病院だよ。津雲先生のお見舞いにねっ。伊志田は今夜にでもミス研と遠出するからさ。その挨拶も兼ねてな」

 

 (いち)は他の部員に話を聞きたかったが、江塔先輩の返事にため息を殺す。

 

「こんな時に行っちゃうんスか? 校長がよくOKしましたね」

「津雲先生が頼んだそうだよ。自分の責任になっても良いからって……須貝先生もミス研にとっても最後の機会を与える形でって、校長に直訴したとか……」

 

 海峰はミス研と写真部の大胆さに眉をひそめ、遠野先輩はすぐに補足してくれた。 

 お見舞い。

 まだ津雲先生どころか、月島にも会ってない。顔に傷を負った彼女は会ってくれるだろうか、(いち)は微かな不安に胸が疼く。今、会いに行けば、生徒会執行部の顔しかしないだろう。

 

「……この後、聖正病院へ行きます。月島さんからお話を伺いたいです」

「……金田君、普通にお見舞いで良いんだよ」

 

 遠野先輩は気遣うが、そうは行かない。

 事故発生時の放課後に補習はなく、授業など当然ない。だから、月島がいる理由もない。理科準備室に1人でいた理由を問いたださなければ、ならない。

 

「んじゃあ、俺達は学校で聞き取りっスかね? 何人も病院に行ったら、迷惑っしょ?」

「ああ、海峰君はそうしてくれ。僕も病院に行って来るから、副会長に頼んでおくよ。今日、調べ上げた事は明日の生徒会室で纏めよう。江塔君も来るかい?」

「いや、僕も聞き取りを手伝いたい。伊志田が学校外で頑張ってるからね。僕は学校内でやれる事をするよ」

 

 各々の方針が決まった後は時間の流れが遅く感じつつ、放課後。

 (いち)はさっさと昇降口を目指す。階段を下りる途中で演劇部2年2組・有森(ありもり) 裕二(ゆうじ)に切実な表情で見上げられた。

 

「金田……部活に行くのか?」

「病院です。月島さんに会いに行きます」

「! ……それなら、皆も行くんだ。一緒にどうだ?」

「いえ、すぐに話を聞きたいので先に行きます」

 

 正直に答え、(いち)は有森を通り抜ける。愕然とした彼に腕を掴まれ、強引に引き留められた。

 

「生徒会の調査ってか……冬子が辛い時にあんまりじゃねえか? お前はもっと……良い奴だと思ってたぜ」

 

 有森は顔を合せず、様々な感情に声を震わせる。でも、(いち)の腕を掴む力は弱い。本来なら、自分もまた彼のように仲間の悲劇を怒り、嘆くべきだろう。その素直さを羨ましく思いながら、「誰か」を特定できない現状に苛立つ。

 

「……自分は敵です。月島さんをあんな目に遭わせた誰かの敵ですっ」

 

 ハッとなり、有森は縋るように振り返る。彼は何か知っている顔を見せた。

 

「有森君、自分の敵に心当たりはありますか?」

「……金田、お前に……」

金田君、見っけ~! 演劇部に行くでしょ~? 今週は一度も来てなくて、春美ちゃんが淋しがってたよぉ」

 

 意を決し、有森は口を開く。途端にキャッキャッと叫び声が割って入った。

 (いち)は睨まない程度に乱入者を見やる。2年4組・日高(ひだか) 織江(おりえ)は空気を読まず、笑顔を振りまく。癪に障った。

 

「春美ちゃんの相手役のウバルドなんだからさ~。行こう、行こう♪」

 世話を焼くかのように日高は腕を掴んだが、(いち)は失礼の無き様に振り払う。今は自分の配役など心底、どうでもいい。

 

「……? 有森君、配役はいつ発表されていましたか?」

「……月曜日だけど……金田は学校を休んでたろ? その次も部活に来なかったし……」

 

 だが、ふとした疑問も浮かび、有森へ確認。彼の躊躇う口調、(いち)の疑問を確信へ変えた。

 

「ちょっと! 金田君っ」

 

 焦った日高の制止を無視し、(いち)は駐輪場へ急ぐ。先にいた遠野先輩は既に準備万端、有難い。

 初めて訪問した聖正総合病院、不動山市でも死神病院と名高いが医療施設としての清潔感はある。そんな無粋な感想を抱きつつ、ナースステーションにて病室を確認。津雲先生とは別々であった。

 

「僕は津雲先生へ挨拶に行くよ。金田君には月島さんを頼むよ」

「……ありがとうございます」

 

 遠野先輩と廊下で別れ、【月島 冬子】の病室用名札を目にする。微かな緊張に深呼吸し、ノックをし忘れて病室の戸を開いた。

 ベッドから起き上がり、鉛筆を手にした女子。それを月島と判断するには左半分の顔、左手を覆う包帯が普段との違いを教えた。

 

!? 誰?」

「……! すみません、金田です。月島さん……お手紙を書いていましたか」

 

 突然の来訪者に慌てふためき、月島は書きかけの手紙を隠そうとする。急いでしまえば、紙はからかうように手から抜け落ちてしまう。(いち)の足元へ被さり、出来るだけ文字を見ないように拾った。

 それでも無意識に視覚は働き、文章を読む。

 【天国に近い所へ行きたい】の言葉に胃が竦み、無礼など顧みずにじっくりと一文字、一文字、逃さずに黙読。月島はひたすら顔を伏せ、怯えていた。

 脳髄が言葉に出来ない感情を湧かせ、眩暈を起こす。

 

「……月島さん、貴女……。天国に行けると思っているのですか? 天国って言うのは……友達を無くしたり、家族に先立たれたり、愛する人と破局したり、余計なお節介を焼いたり、そんな……色んな経験を積んだ人が……行ける場所です。自分達みたいな……大人に頼って、甘えて、大事にされて、自分の事しか考えない奴が……行けるワケないだろうが!

「……っ」

 

 手紙を見てしまい、(いち)は激情に支配される。

 昨日、何かしらで追い詰められた月島が欲しいであろう言葉は浮かばず、批判を口走った。自分以外の誰かなら、彼女の心情へ寄り添ったに違いない。そんな考えも強い感情が塗り潰し、足の力が抜けて蹲った。額に触れた床が冷たくて、体の熱さを知った。

 

「……天国を舐めてんじゃねえよ……!」

「……金田君……。出てって……」

 

 自分の言葉さえ意味不明だが、月島は堪えきれずに懇願した。

 

「……無理です」

「出てって……お願い」

「嫌だ!」

出てってよ!

 

 無視した。更に無視し、月島は初めて声を荒げる。それをキッカケに体が動き、ベッドへしがみ付いた。

 

「行きませんっ。自分は……月島さん、貴女の敵です。貴女のしようとする事を妨害しますっ。絶対にっ

「……!!」

 

 慄いた月島を見上げ、(いち)は自分でも驚く程に冷静な声を聞く。彼女の瞳に映る己の姿、亡き伯父を想わせる。泣いて喚こうが、愛する人は戻って来ない。段々と吹雪が脳髄で荒れ狂った。

 

「何、大声を出しているの! すぐに出て行きなさいっ!」

「「……っ」」

 

 聖正(きよまさ) 英子(えいこ)が病室に現れ、(いち)を厳しく注意。病院の責任者であり、現場も取り仕切っていると後で聞いた。

 今は抵抗し、月島のいるベッドを無言で掴む。そんな横暴な見舞い客を聖正女史は許さず、実力行使に出て引っ張り出そうとした。

 

「聖正さん、どうした?」

「虎元先生っ、手伝って下さい。この子、病室で大声をっ」

「……!? 虎元さん……っ」

 

 野次馬化した患者を掻き分け、マスクを着けた医師・虎元(とらもと) 勝男(かつお)先生が現れる。聖正女史が救いの手と請い、(いち)は意外な人物にギョッとした。

 

「……? ……金田君かっ。そうか……キミ達は不動高校だったな。聖正さん、少し……話を聞こう。彼は無意味な行動を取らない」

「虎元先生……お知り合いですか? でも……」

「誰か1人……月島さんに付けて下さい。目を離さないようにっ」

 

 『夜桜亭』の事件に居合わせた虎元先生は(いち)を覚えてくれており、すぐに聖正女史を諫める。だが、月島がガタガタと怯えだした為に看護婦を呼び、付き添わせた。

 人気の少ない非常階段へ連れて行かれ、(いち)は2人へ簡潔に伝える。聖正女史はゾッとした。

 

「そんな遺書だなんて……、ソレがそうなのね……。なんて事なの……月島さんには心のケアを……」

「聖正さん、ここでその話は止そう。金田君、また無茶をしたな。患者の家族以外は面会謝絶にしよう。キミも帰りたまえ」

「虎元さん……ですが……」

 

 努めて冷静に振る舞おうとし、聖正女史は虎元先生に諭される。そして、(いち)は追い出されそうになる。反論しようとしたが、彼のシワだらけの手に顎を触られた。

 そこはかつて、とある騒動で肘鉄を食らった。遠回しだが、これ以上にない説得方法だ。

 しかし、人肌が触れて「手当て」とはよく出来た言葉。(いち)の脳髄を覆っていた感情が少しずつ、治まった。

 一先ず、津雲先生の病室に行き、事の次第を報告。彼の左腕、首に巻かれた包帯も痛々しい。月島より軽傷とは言え、硫酸を浴びてまで生徒を助けた身として知る権利があると思った。

 幸いにも、他にいるのは遠野先輩だけだ。

 

「……月島が……そこまでっ。お兄さんの月島先生と話して……彼女の病室を大部屋に出来ないか、検討してもらおう……。人目があった方がいい」

「もう少しすれば、部の皆さんも来られます。布施先輩には自分から……」

「金田君は十分、やったよ。その辺は僕に任せてくれ」

 

 津雲先生は苦悩し、名案を思い付く。

 病院からの連絡を受け、演劇部副顧問の国語担当・月島(つきしま) 亮二(りょうじ)先生は駆け付ける。部長3年C組・布施(ふせ) 光彦(みつひこ)先輩を含めた数名も一緒だ。

 

「遠野、金田っ。お前らも来ていたのか……一体、何が……」

「布施君はこっちに……」

 

 駐車場で彼らを待ち受け、切羽詰まった月島先生を行かせる。遠野先輩は布施先輩へ答え、皆へ緊迫した状態を説明。

 

「ちょ……、金田っ」

「しっ……有森君。静かに」

 

 その間、(いち)は有森を引っ張り、車の影に隠れた。

 

「有森君、貴方宛ての手紙です」

「……!? 冬子……っ」

 

 遺書は有森宛。彼も月島を「冬子」と呼ぶ親しい仲、つまりは恋人だ。

 動揺した有森は一文字も逃さず、月島の言葉を噛み締める。【天国へ】の部分まで読み切り、嘆きのあまりに拳を握りしめていた。

 

「有森君……昨日の事(・・・・)、それは何ですか? 学校で言いかけたのも……」

「……っ、金田……。……!!

 

 昨日、月島を追い詰めた出来事。手紙に名前を書かれた有森はそれを知り、これで敵が分かる。それなのに彼は何も言わず、唇を震わせた。

 (いち)は気付かない。自分の後ろにある車体の向こう側、遠野先輩の説明を聞く集団の1人がこちらを見ており、有森へ懇願の眼差しを送っていた。

 

 ――言わないで

 

 (いち)に聞こえぬ訴えは有森の心に、届いてしまった(・・・・・・・)

 

「……俺は……何も言えない……」

「……!? 有森君……貴方は先程、自分に月島さんへ冷たいと……」

「それは謝る……だから、これ以上……聞かないでくれ……。お前の敵は……教えられない(・・・・・・)……」

「……ではひとつ、月島さんがクリスティーン役に選ばれた事と関係がありますか?」

 

 逃げずに踏み止まり、有森は頭を垂れる。彼もまた追い詰められており、ジレンマを肌で感じる。そこで質問を変えた。

 

 ――ゾッ

 

 クリスティーナの配役は勘だったが、無反応は肯定を意味する。つまり、敵は演劇部の仲間だ。

 『オペラ座の怪人』の脚本を配られた際、コンクールを待ち遠しくて笑い合った部員の中にいる。想定していたが事実と受け止めれば、(いち)はショックのあまり立ち尽くした。

 

「有森、金田。こんなところに……帰るよ。月島さん、しばらく……面会出来ないって」

「ああ、すまん。神矢……」

 

 同じ2年D組の神矢(かみや) 修一郎(しゅういちろう)に優しく声を掛けられ、有森は動じずに手紙をポケットへ隠す。(いち)は神矢を見上げ、解散して行く部員達を見送った。

 2年E組の仙道(せんどう) (ゆたか)、3年C組の早乙女(さおとめ) 涼子(りょうこ)先輩、月島の友人達などを本気で疑わなければならない。

 

「金田君、大丈夫? 顔色が悪いわ……」

「桐生さん……」

 

 当然、同じ組の桐生(きりゅう) 春美(はるみ)もだ。

 生徒会執行部としての役目を果たす。自分の存在意義と誓いが揺らぎかけ、(いち)は怖かった。

 

 

 翌日、生徒会室にて報連相。

 病院での騒動も報告した際、執行部顧問は学校側の決定を伝えに来た。

 

「……津雲先生の責任を問わず、ただの事故として処理(・・・・・・・・・・)?」

「おかしいじゃないっスか! そんなワケないから、皆で調べてたんスよ!」

 

 2年5組の朝木 秋絵(あさき あきえ)もビックリし、海峰はすぐに反論。しかし、執行部顧問は皆を納得させぬまま、容赦なく調査終了を断言した。

 演劇部の仲間をこれ以上、疑わずに済む(・・・・・・)。そんな最悪な考えが脳裏を過り、(いち)は自分自身を蔑んだ。

 

「……あれ? 美雪ちゃんは?」

「「「「「……」」」」」

 

 重苦しい雰囲気の中、朝木が初めて生徒会長・七瀬(ななせ) 美雪(みゆき)の不在に気付く。副会長は「ミス研の用事」と忌々しそうに吐き捨てた。

 そんな『お飾り』はさておき、彼女の幼馴染には相談しておこうと1組の教室を訪ねた。

 

金田一(きんだいち)? あ~ミス研の用事に付き合わされて、休みらしいぜ。金田はいつも金田一(きんだいち)を探してんな」

 

 2年1組の村上(むらかみ) 草太(そうた)はくすりっと笑う。笑えない冗談だが、愛想笑いはした。

 金田一(きんだいち)は会いたい時に会えない。

 和泉の話をした先日も遠くに感じ、淋しい。否、彼との会話を拒んだのはこちらだ。それを今は考えたくない。

 やるべき事をしよう。

 朝のHR前に職員室へ出向き、演劇部顧問の音楽担当・緒方(おがた) 夏代(なつよ)先生へ退部を申し出た。

 

「……金田君、本気なの? 月島さんの件は不運な事故で……アナタが責任を感じる必要は……」

「はい、責任ではありません。無責任に辞めます」

「金田君、スキー部はいつでも歓迎よ」

 

 ギョッした緒方先生が説得しようとしたが、スキー部顧問の体育担当・尾根(おね) 静香(しずか)先生に告げられる。じろりっと彼女を睨み、緒方先生は咳払いした。

 

「金田君、御堂 周一郎の曲を使いたいって言っていたでしょう? 曲名は決めたのかしら? 海峰君に伴奏をお願いするから、教えて欲しいわ」

「……御堂先生の曲……」

 

 退部を宣言した部員に言う台詞ではない。緒方先生が一を部へ引き留めたい理由に見当付かず、ウンザリだ。しかし、脳裏に浮かぶのは『悪魔組曲』。選曲するならば、それしかない。愛する人へ捧げた曲調は『オペラ座の怪人』に通じるモノがあるのだ。

 

「ひとつ、あります。音楽室へ来てもらえますか? 今できる全力の伴奏を披露しましょう」

「……!? 良いわっ。聞かせてっ」

 

 緒方先生は殊更、嬉しそうに音楽室の鍵を手にする。時計を見やれば、第一楽章を弾く時間は十分あった。

 誰もいない音楽室。

 新鮮かつ冷たい空気を感じながら、(いち)はさっさとピアノへ座る。鍵盤に指を這わせ、音も問題なし。つい先日に聞いたばかりの天才作曲家・御堂(みどう) 周一郎(しゅういちろう)先生の遺作、詩と曲を脳髄で再生した瞬間に弦を振動させた。

 

 ――亡き天才を想いながら、己の指使いで第一楽章を弾き切った。

 

「……なんて……素晴らしい……。でも……これ程の曲、聞いた事ないわ……」

「はい、未発表の遺作『悪魔組曲』です。これを舞台で弾きます。その代わり、夏のコンクールが終われば……きっぱりと辞めます」

 

 感激した緒方先生はゾクゾクッと興奮し、蠱惑的に微笑む。高校演劇部の最後を飾る舞台に相応しいと感じ入り、(いち)は迷いなく断言した。

 

「この曲を……ウバルド役で弾くって? いいえ、勿体ないわ……。これこそ、怪人が弾くべき名曲よ」

「では、自分がエリックを演じます。クリスティーン役も桐生さんにしてください。彼女でなければ、自分の相手になりません。それが……この曲を完璧に弾き切る条件です!」

 

 横暴だと思う。一生徒が顧問の決めた配役に口を挟み、素晴らしき名曲をチラつかせる。最低の行為だが、(いち)は決して恥じない。

 だが、苦痛だ。後ろ暗い気持ちもある。こんな心情では地獄の入り口にさえ立っていない。地獄を知らねば、怪人を演じられないのだ。

 

「素敵よ……金田君、アナタのその顔が見たかった。自分ではない何者かになりたい……飢えた役者の顔

 

 緒方先生はさながら、若き役者を囲う後援者のように企みの笑みを見せた。

 

 放課後、演劇部は緒方先生の配役変更に騒然となる。特にクリスティーンの代役となっていた早乙女先輩は、また後輩にヒロインの座を奪われ、青褪めた。

 突然の抜擢に桐生は驚きすぎ、白目。

 怪人役だった布施先輩はラウル役、早乙女先輩は桐生のカルロッタ役と次々と変更された。

 

「私は最高の配役だから、選んだわ。不満がある人はここ(・・)で言って頂戴」

 

 美麗な緒方先生の厳しい表情は余計に迫力があり、誰もが口を閉ざす。希望が通っても、(いち)は嬉しくない。反対意見を言い訳に辞められたのだ。

 

「桐生さん、不束者ですが……よろしくお願いいたします」

「!? ……ええ、金田君……!」

 

 ここまで来れば、やり通そう。大役を受け入れた桐生へ深々と頭を下げ、その手を取った。




金田一「俺らが『くちなし村』に行ってる間に、そんな事があったなんて……何も言えねえわ。次回は『オペラ座館殺人事件の先触れ・中編』。なんだよ、金田……もう「はじめちゃん」って呼んでくれねえの?」

朝木 秋絵、写真部部長の江塔 大樹
それぞれ雷祭殺人事件、不動高校学園祭殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、秋絵は生徒会執行部

村上 草太
天草財宝伝説殺人事件より登場、準レギュラー

病院の責任者・聖正 英子、医師・虎元 勝男
それぞれ死神病院殺人事件、吸血桜殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、虎元は60代に年齢を下げている。現在は聖正病院勤務

スキー部顧問の体育担当・尾根 静香
氷点下15度の殺意、ゲストキャラ
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