金田少年の生徒会日誌 作:珍明
未発表作『悪魔組曲』。
一介の私立高校演劇部がおいそれと使用できず、金田祖母に頼み込んで御堂家へ連絡。
先ず、御堂家の執事たる
理由は不相応と意味不明。
粘った果て、御堂家の若き当主たる
人を説得するのは、仕事を依頼するのと違い、誠心誠意が必要不可欠。思い知らされた。
「否、依頼にも誠意は必要よ。じゃなくて、金田君は無茶を言って来たから、断ってただけなの。その辺の自覚はある?」
「山根さん……ご協力、ありがとうございます♪ 御堂さんも……連日のお電話、失礼致しました」
「フフフ……私は楽しかったわ」
困り顔の山根はわざわざ金田宅まで足を運び、楽譜のコピーを渡す。原本の持ち主を如何に説得したか、
朗らかな雰囲気が別人過ぎて、初対面かと疑った。
「初めまして、御堂 優歌です。祖父が生前、お世話になりましたっ」
「あら~……いらっしゃい。そう……御堂くんのお孫さん……御堂くんの!?」
予想外すぎる来客に金田祖母もビックリ仰天。
「こちらの写真に写られた方だったんですねっ。椿のお姉様とも伺っております」
「あの子ったら……こんな写真取って置いたのね……ほほほほ」
しかも、御堂嬢は御堂先生の卒業アルバムを持ち込む。居間の卓袱台にアルバムが広げられ、若き天才音楽家を拝見。勿論、現役教師時代の金田祖母も写っていた。
「出会い頭に何ですが……お祖父様はどんな学生だったか、お聞きしても宜しいでしょうか?」
「……よく似てる……本当、血の繋がりを感じるわ」
目をキラキラさせた御堂嬢がしおらしく、昔話を催促。慄いた金田祖母はゴクリと唾を飲み込む。
(良いなあ……)
「金田君、別の部屋で話せる?」
「美雪ちゃんは元気?」
「はい、元気です。生徒会長したり、ミス研に入ったり、演劇部の合宿先を見付けたり、大忙しですっ」
山根に聞かれ、
その行いは報われ、ミス研と写真部は課題を達成。
3年生の
発案者の書記がわざとらしく舌打ちし、クスクスッと笑いを引き起こしたのはお愛嬌。
出来れば、その場に
「ねえねえ、優歌さんが言ってたけど! 金田君のお姉さんって……あの『幻想魔術団』にいたんですってね。私、新春のパーティーでマジックショーを観せてもらったわ。事件報道はショックだったけど……お姉さん、元気かしら?」
「……元気です。明日から、新しい団へ入ります」
考え事に耽っていれば、山根の声に我へ返る。
まさか、姉・さとみについて聞かれるとは思わず、隠す必要もない為に答えた。
再就職は流森奇術会、昔から縁がある。流森会長はコネなど通じぬ実力主義、彼女を託して問題ない。お祈りの手紙に嘆いていた生活に終止符が打たれ、
「そうっ、ロバートの活躍がまた観られるのね。良かったわね、金田君っ」
「はい、姉がマジシャンを続けてくれて……嬉しいですっ」
山根は我が事のように喜び、
嬉しい気持ちに嘘はない。
「長々とお邪魔致しました。金田先生、またお話を聞きに来ますねっ」
「……もう、中学校3年間の思い出は語り尽くしたわ……」
元気溌剌の御堂嬢と違い、金田祖母はゲッソリとやつれる。どれだけ喋らされたのだろうか、少し可哀想だった。
夕飯の支度中、さとみに昼間の来客を伝える。案の定、プリプリと怒り出す。父・
「良いなあ……あたしなんか、よく分からない大人の事情を聞かされたのよ~」
「? かほる先生に呼ばれたのですよね? 電話では話しにくいとか……」
その事情とやらを聞いてみたが、心底どうでもいい話。かほる先生まで巻き込む必要はなかっただろう。
「いっくん、どう思う?」
「さとみさんには関係ありませんよ。今はマジックの修業に専念してください」
以前のように職場へ住み込みとなる為、さとみは明日に金田家を発つ。
下らない大人の事情など、忘れて欲しい。声援を贈れば、彼女の緊張は最高潮に達して投げ飛ばされる。食材や調理器具は無事だが、
「あっ、それとね……コレ。かほる先生から渡されたの、見といてね」
「……ミステリーナイトのチラシ……、北海道の函館異人館ホテル、劇団『アフロディア』も協賛したイベント。こっちは長野、中世ドイツのバルト城ですか」
チラシの束を見せられ、ギョッする。
劇団の座長は戦後最大のスター、映画を降りた後も舞台へ上がり続ける姿は滅多にお目にかかれない。GW公演も見逃した為、ちょっとだけ興味が湧いた。
ひょっこりと金田祖父も覗き込み、
「異人館ホテル…、あないな曰く付きの場所やと……逆に盛り上がるんやろうな」
「お祖父ちゃん、何か知ってるの?」
金田祖父の呟きに孫2人の視線が集まり、咳払い。
「百年ばあ前、異人館の最初の持ち主が拳銃自殺しよったんよ。自殺した部屋には幽霊が出る噂が立って……封鎖されてしもうてな」
「古っ、お祖父ちゃん……そんなの御伽話じゃないですか」
「まだ続きがあるんやっ。10年前のクリスマス・イブ、変な奴がその部屋に泊まりよって。しかも、札束投げ付けて……向こう10年間、貸し切りにせえ言うたらしいわ。しかも、借りた部屋を真っ赤に染め上げたんやて。家具もカーテンも何もかんもやっ。そいつ自身……真っ赤な髭と髪で、着ている服も赤かったんやと。そんで付いた渾名は『赤髭のサンタクロース』!!」
「……でも、あなた……このミステリーナイト。9月よ、クリスマスどころか冬でもないわ」
金田祖父が滅多に見せない真面目な顔で解説してくれたが、横からしゃしゃり出た金田祖母の指摘でギャグマンガのようにズッコケた。
おどろおどろしい雰囲気は流石、年の功。
「函館にそんな面白いホテルがあったのねえ。いっつも、泊まる場所は決まってたから……知らなかったわ」
「自分も背氷村くらいしか、興味ありません」
「オドレら、仮にも氷室の故郷やぞ……北海道民に謝らんかいっ」
姉弟で素直な気持ちを伝えれば、金田祖父に意味不明な怒られ方をした。
「あなた、……何に怒ってらっしゃるのかしら? でも、同じ函館なら聖ハリストス教会は知っておきなさい。あそこの鐘、素敵な音を奏でるのよ。去年、日本の音風景に選ばれたとか……」
「折角やし、ダメ元で応募しとこ。
金田祖母の函館蘊蓄を聞いている間、金田祖父は申込書へ書き込んだ。
夕食になれば、さとみとの別れを惜しんで金田祖父は酒を飲む。缶ビールがあっと言う間に山、肝臓が心配だ。
「こっから、通ったらええやん! さとみ~淋しいわ~」
「あなた……煩い、さとみはもう一人前の社会人よ。だから、辛くなったら……羽を休めにいらっしゃい」
煩い声を聞きながら、金田祖母は新たな門出を祝った。
「……お祖父ちゃん、お祖母ちゃん。ありがとう……何だかんだと1カ月以上も暮らせて、楽しかったわ。いっくんのバイト先には食べに行くからっ。シフトとか教えておいてよっ」
「どうしましょうね……」
さとみは
余計な同僚も付いてくる恐れもある。
「お祖母ちゃん。伯父さんの初盆、どうするの? 東京は7月だっけ?」
「この辺は拘りないし……8月かしら。とは言っても、白紋天を用意する程度よ。お坊様も呼ばないわ」
「精霊馬も作らんとアカンなあ。
「両方ですよ」
氷室伯父の初盆の話をしながら、
――行かないで
想いを口にしなかっただけ、心が成長した。そう、思い込んだ。
そんな思い込みは鋭い観察眼にあっさりと見抜かれる。駐輪場で原付バイクを停めている最中、
「金田、お前……大丈夫か?」
「
岐阜県から帰った後も、
「ひぃ~……恐ろしいって、ちげえぇわ! なんか元気ねえぞっ、
「……ああ、……さとみさんの就職先が決まりまして……朝方に家を出ました」
生徒会執行部の矜持、演劇部への仲間意識、姉との暮らし。
確実に大事な物をひとつずつ、無くす。けれども、
「さとみさんっ、一緒に暮らしてたのか!」
「言っていませんでしたか? では、今……言いました!」
知っているのは精々、
「先に言えよ~、俺も挨拶したかったなあ~」
「すみません、
「ああ、金田。大丈夫だとも……しばらく、通院になるがね。月島も安定して……友人との面会も可能になったよ。キミには色々と苦労をかけたな。演劇部、頑張ってるんだろ? 緒方先生から聞いてるぞ」
羨ましがる
苦労したのは津雲先生なのに、生徒を労わってくれる。彼をゆっくり過ごせる場所へ行かせたい。ハッと思い返す。
「津雲先生、写真部で夏の合宿はありませんか? まだ何も決まっていなければ、北海道に良い場所があります。元々、桜樹先輩の案ですので……ミス研と合同合宿をされてはいかがでしょう?」
「北海道で合宿? また桜樹か……まあ良い。先ずは須貝先生と検討しよう。」
北海道の背氷村。生徒会執行部、ミス研、写真部と大人数での合宿。
その案を桜樹先輩は忘れているかもしれない。そして、
(やべえ……遠野先輩が先!)
「おい、金田! まだ……あ~、行っちまった」
津雲先生と話し込んだ後、
自分の気持ちに気付かず、
「ああ……背氷村の合宿、本気だったんだ。う~ん……僕も夏休み後半は家の用事があるから、前半だね。桜樹君と江塔君には僕から話すよっ。全員は来られないだろうけど、それでもかなりの人数だよ?」
「飛行機代は学校から……出して頂きたいです」
部費から交通費を捻出しても、その他はこちら持ち。出費は痛いが、遠野先輩と宿泊する機会でもある。卒業してしまう前に思い出を作りたい。
それから演劇部の練習、バイト、生徒会、背氷村の邸宅準備と目まぐるしい日々が続き、
「え~……去年のこの時期、働いてたじゃない! せめて、週2入ってよ!」
「うう……分かりました」
バイト先の『大草原の小さな家』は勤務日を減らした為だろうか、やたらと店長の機嫌が悪くて近寄り難かった。
昼休みに音楽室のピアノを弾けば、御堂先生ファン仲間の
「金田先輩……何者スか、御堂先生の未発表作品に触れられるなんて……マジ、感激っ」
「それ、コピーです」
名曲に惹き付けられた担任の先生から、学園祭での催しを打診されたが断固として拒否。
代わりに『流森奇術会』のマジックショーを企画すれば、D組全員の了承を得る。言い出しっぺの法則にて、
「やっほ~い♪ 行く行く、行きまくるよ! バイトちゃんがアシやってよ~♪ とっておきの衣装も用意しておくからさ」
「……司会進行役をさせて下さい……」
勿論、
ガッカリしてしまい、
「金田、大丈夫か? 学園祭は演劇部も舞台があるってのに……提案だけでも、十分だろっ」
「実行委員にならなかっただけ、幸いです」
「神矢君、プリントに名前が書いてないわよ」
「あ、本当だ。ちょっと待って、桐生さん。金田、シャーペン貸してくれ」
「はい」
「……神矢君、修一郎なのですよねえ……。今更ですが……」
「そうだけど……何? なんか、変か?」
丁寧な文字を読みながら、
「……修さんって呼んでも、良いですか?」
「却下っ!!」
切なる願いは速攻で断られ、
「金田君、男子は高校生ともなると……同級生に名前を呼ばれたがらないモノよ。それより、今日は部活ないけど、一緒に台詞合わせしましょう。まだ、場面の雰囲気が掴めないわ」
「神矢君も一緒に……」
「いや……俺は遠慮する。2人の絡みが多いんだし、却って邪魔になる」
再び、断られる。
神矢は普段通りに親切な態度だが、偶に心の距離を感じた。
演劇部内にも、似た空気が張り詰めている。理由は簡単、3年生を差し置いて、2年生が主役を取った。
顧問は本来、中立が一番。だが、今回はどう考えても贔屓が働いた。
不満はあるだろうが、誰も口にしない。
部長の
怪人に扮する
「意外と華奢ねえ、布施君から主役を取った割にはっ」
「確かに自分でも体付きは……宗像先輩!?」
「!? いつの間に……」
「チア部の……!?」
チア部のリーダーにして、3年4組・
「ウフフ、そんなに驚かないで。いっつも、遠野君に引っ付き虫の
「自分、珍獣ですか? ……宗像先輩、まつ毛が長いですね」
クリッとした瞳が好奇心に輝き、
(((良いなあ、宗像先輩と近い……)))
麗しきチア部のリーダーに迫られ、男子達から羨望の眼差しを受ける。
「金田君、プリントの提出があるの。職員室まで付き合って」
「……はい、桐生さん」
桐生は宗像先輩を押し退け、
「ふうん、まだってトコねえ」
肝心の宗像先輩は意外そうに桐生を見つめ、意味深に笑う。微笑ましい光景を見物し、応援してくれている。慈愛に溢れた笑い方だ。
「宗像先輩、失礼します(自分の教室だけど)」
「うん、またね。金田君♪」
「いいから、行きましょう」
(……宗像先輩、初めて名前を呼んでくれたな)
判断基準は知らないが、宗像先輩の中で「
存在が認められた気分になり、愉快だ。
「……金田君もああいう人が好みなの? 趣味を疑うわっ」
「……いえ、決して宗像先輩に邪な感情は抱いていません。……そう見えたなら、すみません」
横並びで歩いている為、桐生の鋭い視線が眼鏡を通り越して、
共に舞台へ立つ身、些細な諍いも劇中に障る。弁解が必要だ。
「今は……桐生さんの事だけ、考えています。自分は他の方に目もくれない……貴女の虜となった怪人です」
「……理解していれば、いいのよ。私も……キツイ言い方をしたわ。ゴメンなさい」
舞台を成功させる。それだけが今の目標。
納得してくれた桐生から、優しい口調を返される。クリスティーンの可憐さが滲み出ていて、感情の芯が揺さぶられた。
熱の籠った激しさと違う。繊細でいて、淡い〝情〟。
今、桐生を相手に芽生えた。
相思相愛の恋愛よりも、幻想に満ち、報われない。正しく、
「金田君。いきなり、立ち止まって……どうしたの?」
「……今、怪人が自分の中へ降りて来た気がします」
不審がる桐生へ素直に伝えれば、何とも言えない顔をされた。その反応さえ、クリスティーンに見えてしまう自分は間違いなく、浮かれていた。
「そうか、金田は〝怪人〟の演技を掴んだんだな」
「月島先生……!」
ほぼ2週間ぶりに見る副顧問は短期間でゲッソリと痩せ、血色も悪く、頬もこけていた。あまりの変貌に、桐生も言葉を失っている。
お互いに夢から醒めた心地だ。
「月島先生……妹さんの容体は……」
「気にしなくていい。金田、それに桐生……。俺がお前達に望むのは、コンクールの成功だ。そうだろ?」
「はい、月島先生っ」
入院中の
あの日以来、
桐生の堂々たる返答もそう、敬いたい。
「それでいい……冬子も楽しみにしている。金田、くれぐれも忘れるなよ」
「はい……勿論です」
去り際に肩へ置かれた月島先生の手はとても、軽い。それだけ、彼の握力は弱っている。何もしてやれない罪悪感に、
「金田君、プリントの提出は終わったわ。教室へ戻りましょう」
「桐生さん、ありがとうございます」
桐生を手伝いに来たのに、立ち尽くしてしまった。そんな
「……金田君、アナタは色々と背負い過ぎよ。さっきも言ってくれたじゃない。クリスティーンの事だけ、考えて」
「桐生さん……はい、そうでした。精進します」
月島先生同様に、桐生も望む。真っ直ぐな瞳は舞台へ焦がれたプリマドンナ、怪人の導きを待つ乙女だ。
――クリスティーンの願いを叶えてあげたい
自ら宣言したように、湧き上がった感情に従おう。
――後ろの犠牲は振り返らない。それが
脳髄に強がった言葉を浮かべてみたが、月島先生の痩せ細った顔がこびり付く。恩師の苦悩を振り払える程、
七瀬「……金田君。いっつも笑ってたのに、そこまで思い詰めて……全然知らなかった。次回は『オペラ座館殺人事件の先触れ・後編』。……月島先生!!」
片倉 猟介
高遠少年の事件簿、ゲストキャラ。作中にて『流森奇術会』所属のマジシャン
『大草原の小さな家』の店長
殺人レストラン、ゲストキャラ
宗像 さつき
魔神遺跡殺人事件、ゲストキャラ