金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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19話 オペラ座館殺人事件の先触れ・中編

 未発表作『悪魔組曲』。

 一介の私立高校演劇部がおいそれと使用できず、金田祖母に頼み込んで御堂家へ連絡。御堂(みどう)先生の元マネージャー・山根(やまね) 優香(ゆうか)へ取り次いでもらう為だ。

 先ず、御堂家の執事たる椿(つばき) 陽造(ようぞう)に速攻で却下された。

 理由は不相応と意味不明。

 粘った果て、御堂家の若き当主たる御堂(みどう) 優歌(ゆうか)に取り次いでもらうも却下され、また粘る。やっと話せた山根本人からも却下と続き、正式に承諾されるまで1週間かかった。

 人を説得するのは、仕事を依頼するのと違い、誠心誠意が必要不可欠。思い知らされた。

 

「否、依頼にも誠意は必要よ。じゃなくて、金田君は無茶を言って来たから、断ってただけなの。その辺の自覚はある?」

「山根さん……ご協力、ありがとうございます♪ 御堂さんも……連日のお電話、失礼致しました」

「フフフ……私は楽しかったわ」

 

 困り顔の山根はわざわざ金田宅まで足を運び、楽譜のコピーを渡す。原本の持ち主を如何に説得したか、(いち)の知らぬ話である。それと御堂嬢と言うオマケ付きが着いて来た理由もだ。

 朗らかな雰囲気が別人過ぎて、初対面かと疑った。

 

「初めまして、御堂 優歌です。祖父が生前、お世話になりましたっ」

「あら~……いらっしゃい。そう……御堂くんのお孫さん……御堂くんの!?

 

 予想外すぎる来客に金田祖母もビックリ仰天。

 

「こちらの写真に写られた方だったんですねっ。椿のお姉様とも伺っております」

「あの子ったら……こんな写真取って置いたのね……ほほほほ」

 

 しかも、御堂嬢は御堂先生の卒業アルバムを持ち込む。居間の卓袱台にアルバムが広げられ、若き天才音楽家を拝見。勿論、現役教師時代の金田祖母も写っていた。

 

「出会い頭に何ですが……お祖父様はどんな学生だったか、お聞きしても宜しいでしょうか?」

「……よく似てる……本当、血の繋がりを感じるわ」

 

 目をキラキラさせた御堂嬢がしおらしく、昔話を催促。慄いた金田祖母はゴクリと唾を飲み込む。

 

(良いなあ……)

「金田君、別の部屋で話せる?」

 

 (いち)と山根も混ざりたいが我慢し、ピアノの部屋へ直行。譜面を目にし、記憶との差異を確かめた。

 

「美雪ちゃんは元気?」

「はい、元気です。生徒会長したり、ミス研に入ったり、演劇部の合宿先を見付けたり、大忙しですっ」

 

 山根に聞かれ、七瀬(ななせ)の勝手な掛け持ちによる多忙な現状を教える。完全に自業自得だが、生徒会執行部も欠けた負担を強いられる。キレ気味の副会長が怖い。

 その行いは報われ、ミス研と写真部は課題を達成。

 3年生の真壁(まかべ) (まこと)先輩と伊志田(いしだ) (じゅん)先輩は岐阜県『くちなし村』の脅迫状に関する事件を未然に防ぎ、見事に解決へと導く。校長室にて簡単な表彰式も行われ、ミス研会長の桜庭(さくらば) るい子先輩は大満足だ。

 発案者の書記がわざとらしく舌打ちし、クスクスッと笑いを引き起こしたのはお愛嬌。

 出来れば、その場に津雲(つくも)先生も居て欲しかった。

 

「ねえねえ、優歌さんが言ってたけど! 金田君のお姉さんって……あの『幻想魔術団』にいたんですってね。私、新春のパーティーでマジックショーを観せてもらったわ。事件報道はショックだったけど……お姉さん、元気かしら?」

「……元気です。明日から、新しい団へ入ります」

 

 考え事に耽っていれば、山根の声に我へ返る。 

 まさか、姉・さとみについて聞かれるとは思わず、隠す必要もない為に答えた。

 再就職は流森奇術会、昔から縁がある。流森会長はコネなど通じぬ実力主義、彼女を託して問題ない。お祈りの手紙に嘆いていた生活に終止符が打たれ、(いち)もやっと安心出来た。

 

「そうっ、ロバートの活躍がまた観られるのね。良かったわね、金田君っ」

「はい、姉がマジシャンを続けてくれて……嬉しいですっ」

 

 山根は我が事のように喜び、(いち)は素直な気持ちを吐き出した。

 嬉しい気持ちに嘘はない。

 

「長々とお邪魔致しました。金田先生、またお話を聞きに来ますねっ」

「……もう、中学校3年間の思い出は語り尽くしたわ……」

 

 元気溌剌の御堂嬢と違い、金田祖母はゲッソリとやつれる。どれだけ喋らされたのだろうか、少し可哀想だった。

 

 夕飯の支度中、さとみに昼間の来客を伝える。案の定、プリプリと怒り出す。父・残間(ざんま)。金田祖父と出掛けていたのだから、仕方ない。それも小説家の多岐川(たきがわ) かほる先生から突然の呼び出し、(いち)も同席したかったが、山根との約束を優先した。

 

「良いなあ……あたしなんか、よく分からない大人の事情を聞かされたのよ~」

「? かほる先生に呼ばれたのですよね? 電話では話しにくいとか……」

 

 その事情とやらを聞いてみたが、心底どうでもいい話。かほる先生まで巻き込む必要はなかっただろう。

 

「いっくん、どう思う?」

「さとみさんには関係ありませんよ。今はマジックの修業に専念してください」

 

 以前のように職場へ住み込みとなる為、さとみは明日に金田家を発つ。

 下らない大人の事情など、忘れて欲しい。声援を贈れば、彼女の緊張は最高潮に達して投げ飛ばされる。食材や調理器具は無事だが、(いち)はイラッとした。

 

「あっ、それとね……コレ。かほる先生から渡されたの、見といてね」

「……ミステリーナイトのチラシ……、北海道の函館異人館ホテル、劇団『アフロディア』も協賛したイベント。こっちは長野、中世ドイツのバルト城ですか」

 

 チラシの束を見せられ、ギョッする。

 劇団の座長は戦後最大のスター、映画を降りた後も舞台へ上がり続ける姿は滅多にお目にかかれない。GW公演も見逃した為、ちょっとだけ興味が湧いた。

 ひょっこりと金田祖父も覗き込み、(いち)の料理の妨げにならないようにチラシを退けた。

 

「異人館ホテル…、あないな曰く付きの場所やと……逆に盛り上がるんやろうな」

「お祖父ちゃん、何か知ってるの?」

 

 金田祖父の呟きに孫2人の視線が集まり、咳払い。

 

「百年ばあ前、異人館の最初の持ち主が拳銃自殺しよったんよ。自殺した部屋には幽霊が出る噂が立って……封鎖されてしもうてな」

「古っ、お祖父ちゃん……そんなの御伽話じゃないですか」

 

 (いち)はゲンナリと悪態吐く。

 

「まだ続きがあるんやっ。10年前のクリスマス・イブ、変な奴がその部屋に泊まりよって。しかも、札束投げ付けて……向こう10年間、貸し切りにせえ言うたらしいわ。しかも、借りた部屋を真っ赤に染め上げたんやて。家具もカーテンも何もかんもやっ。そいつ自身……真っ赤な髭と髪で、着ている服も赤かったんやと。そんで付いた渾名は『赤髭のサンタクロース』!!

「……でも、あなた……このミステリーナイト。9月よ、クリスマスどころか冬でもないわ」

 

 金田祖父が滅多に見せない真面目な顔で解説してくれたが、横からしゃしゃり出た金田祖母の指摘でギャグマンガのようにズッコケた。

 おどろおどろしい雰囲気は流石、年の功。(いち)は少し不気味に感じた。

 

「函館にそんな面白いホテルがあったのねえ。いっつも、泊まる場所は決まってたから……知らなかったわ」

「自分も背氷村くらいしか、興味ありません」

「オドレら、仮にも氷室の故郷やぞ……北海道民に謝らんかいっ」

 

 姉弟で素直な気持ちを伝えれば、金田祖父に意味不明な怒られ方をした。

 

「あなた、……何に怒ってらっしゃるのかしら? でも、同じ函館なら聖ハリストス教会は知っておきなさい。あそこの鐘、素敵な音を奏でるのよ。去年、日本の音風景に選ばれたとか……」

「折角やし、ダメ元で応募しとこ。(いち)は学校始まっとるから、ワシと婆さんの分……」

 

 金田祖母の函館蘊蓄を聞いている間、金田祖父は申込書へ書き込んだ。

 

 夕食になれば、さとみとの別れを惜しんで金田祖父は酒を飲む。缶ビールがあっと言う間に山、肝臓が心配だ。

 

「こっから、通ったらええやん! さとみ~淋しいわ~

「あなた……煩い、さとみはもう一人前の社会人よ。だから、辛くなったら……羽を休めにいらっしゃい」

 

 煩い声を聞きながら、金田祖母は新たな門出を祝った。

 

「……お祖父ちゃん、お祖母ちゃん。ありがとう……何だかんだと1カ月以上も暮らせて、楽しかったわ。いっくんのバイト先には食べに行くからっ。シフトとか教えておいてよっ」

「どうしましょうね……」

 

 さとみは(いち)にだけ、あっけらかんとした態度を見せる。名残惜しさに返事を渋ったが、シフトを教える気はない。

 余計な同僚も付いてくる恐れもある。

 

「お祖母ちゃん。伯父さんの初盆、どうするの? 東京は7月だっけ?」

「この辺は拘りないし……8月かしら。とは言っても、白紋天を用意する程度よ。お坊様も呼ばないわ」

「精霊馬も作らんとアカンなあ。(いち)は茄子とキュウリ、どっちにするで?」

「両方ですよ」

 

 氷室伯父の初盆の話をしながら、(いち)の心はさとみへの想いに満ちている。

 

 ――行かないで

 

 想いを口にしなかっただけ、心が成長した。そう、思い込んだ。

 

 そんな思い込みは鋭い観察眼にあっさりと見抜かれる。駐輪場で原付バイクを停めている最中、金田一(きんだいち)が自転車で颯爽と現れた。

 

「金田、お前……大丈夫か?」

金田一(きんだいち)君……何だか、久しぶりですね。来月の期末テストでしたら、どうにか……赤点は免れそうです。貴方こそ、大丈夫ですか?」

 

 岐阜県から帰った後も、金田一(きんだいち)は校内を騒がせる。主に授業をサボる『オチコボレ』としてだ。

 

「ひぃ~……恐ろしいって、ちげえぇわ! なんか元気ねえぞっ、大事な物でも無くしたか(・・・・・・・・・・)?」

「……ああ、……さとみさんの就職先が決まりまして……朝方に家を出ました」

 

 金田一(きんだいち)の何気ない指摘に背筋が凍り付き、事実を話しながらも笑顔で誤魔化す。

 生徒会執行部の矜持、演劇部への仲間意識、姉との暮らし。

 確実に大事な物をひとつずつ、無くす。けれども、金田一(きんだいち)はそんな意味で問うたワケではない。彼の発言が一々、気にかかる程に神経質になっていた。

 

「さとみさんっ、一緒に暮らしてたのか!」

「言っていませんでしたか? では、今……言いました!」

 

 金田一(きんだいち)にギョッとされ、(いち)は記憶を辿る。本当に教えてなかった。

 知っているのは精々、遠野(とおの)先輩だけだ。

 

「先に言えよ~、俺も挨拶したかったなあ~」

「すみません、金田一(きんだいち)君。……津雲先生、おはようございますっ。もう学校へ来ても良いのですか?」

「ああ、金田。大丈夫だとも……しばらく、通院になるがね。月島も安定して……友人との面会も可能になったよ。キミには色々と苦労をかけたな。演劇部、頑張ってるんだろ? 緒方先生から聞いてるぞ」

 

 羨ましがる金田一(きんだいち)へ惚けた瞬間、手に包帯を巻いた津雲先生を発見。退院もそうだが、また学校へ来られて心からホッとした。

 苦労したのは津雲先生なのに、生徒を労わってくれる。彼をゆっくり過ごせる場所へ行かせたい。ハッと思い返す。

 

「津雲先生、写真部で夏の合宿はありませんか? まだ何も決まっていなければ、北海道に良い場所があります。元々、桜樹先輩の案ですので……ミス研と合同合宿をされてはいかがでしょう?」

「北海道で合宿? また桜樹か……まあ良い。先ずは須貝先生と検討しよう。」

 

 北海道の背氷村。生徒会執行部、ミス研、写真部と大人数での合宿。

 その案を桜樹先輩は忘れているかもしれない。そして、(いち)も遠野先輩へ相談し忘れていた。

 

(やべえ……遠野先輩が先!)

「おい、金田! まだ……あ~、行っちまった」

 

 津雲先生と話し込んだ後、金田一(きんだいち)を顧みずに生徒会室へ走る。思えば、胸の痞えを相談する最後の機会だっただろう。

 自分の気持ちに気付かず、(いち)は遠野先輩と合宿について話し合う。

 

「ああ……背氷村の合宿、本気だったんだ。う~ん……僕も夏休み後半は家の用事があるから、前半だね。桜樹君と江塔君には僕から話すよっ。全員は来られないだろうけど、それでもかなりの人数だよ?」

「飛行機代は学校から……出して頂きたいです」

 

 部費から交通費を捻出しても、その他はこちら持ち。出費は痛いが、遠野先輩と宿泊する機会でもある。卒業してしまう前に思い出を作りたい。(いち)の我が儘だ。

 

 それから演劇部の練習、バイト、生徒会、背氷村の邸宅準備と目まぐるしい日々が続き、金田一(きんだいち)と碌に口を利かなかった。

 

「え~……去年のこの時期、働いてたじゃない! せめて、週2入ってよ!」

「うう……分かりました」

 

 バイト先の『大草原の小さな家』は勤務日を減らした為だろうか、やたらと店長の機嫌が悪くて近寄り難かった。

 

 昼休みに音楽室のピアノを弾けば、御堂先生ファン仲間の海峰(かいほう)は吸い寄せられる。彼の意見を取り入れながら、伴奏の上達を指先で感じた。

 

「金田先輩……何者スか、御堂先生の未発表作品に触れられるなんて……マジ、感激っ」

「それ、コピーです」

 

 名曲に惹き付けられた担任の先生から、学園祭での催しを打診されたが断固として拒否。

 代わりに『流森奇術会』のマジックショーを企画すれば、D組全員の了承を得る。言い出しっぺの法則にて、(いち)は学園祭実行委員と段取りを考案させられた。

 

「やっほ~い♪ 行く行く、行きまくるよ! バイトちゃんがアシやってよ~♪ とっておきの衣装も用意しておくからさ」

「……司会進行役をさせて下さい……」

 

 勿論、片倉(かたくら) 猟介(りょうすけ)へご依頼。彼に伝えれば、物凄く喜ばれる。さとみも呼びたかったが、予算の都合で無理。学園祭実行委員に頼んでみたが、予算は増えないと断られた。

 ガッカリしてしまい、(いち)は教室の机で項垂れる。疲労困憊と誤解され、クラスメイト達は優しく労わってくれた。

 

「金田、大丈夫か? 学園祭は演劇部も舞台があるってのに……提案だけでも、十分だろっ」

「実行委員にならなかっただけ、幸いです」

 

 神矢(かみや)の気遣いを余所に、退部を目論んでいるとは言えない。彼に知られた後もこうして、話しかけてくれるだろうか、心配だ。

 

「神矢君、プリントに名前が書いてないわよ」

「あ、本当だ。ちょっと待って、桐生さん。金田、シャーペン貸してくれ」

「はい」

 

 桐生(きりゅう)から課題プリントの書き抜かりを指摘され、神矢は急いで名前を記入していく。

 

「……神矢君、修一郎なのですよねえ……。今更ですが……」

「そうだけど……何? なんか、変か?」

 

 丁寧な文字を読みながら、(いち)は呟く。神矢は桐生の視線を気にし、声を震わせた。

 

「……修さんって呼んでも、良いですか?」

「却下っ!!」

 

 切なる願いは速攻で断られ、(いち)はショックのあまりに机へ突っ伏した。

 

「金田君、男子は高校生ともなると……同級生に名前を呼ばれたがらないモノよ。それより、今日は部活ないけど、一緒に台詞合わせしましょう。まだ、場面の雰囲気が掴めないわ」

「神矢君も一緒に……」

「いや……俺は遠慮する。2人の絡みが多いんだし、却って邪魔になる」

 

 再び、断られる。

 神矢は普段通りに親切な態度だが、偶に心の距離を感じた。

 演劇部内にも、似た空気が張り詰めている。理由は簡単、3年生を差し置いて、2年生が主役を取った。

 顧問は本来、中立が一番。だが、今回はどう考えても贔屓が働いた。

 不満はあるだろうが、誰も口にしない。

 部長の布施(ふせ)先輩は基本、緒方(おがた)先生の決めた事に反論しない。それに主要キャラたるラウルはハンサムな青年、クリスティーンの恋人、文句のない役どころ。彼自身もスポーツ万能に恵まれた体格だ。

 怪人に扮する(いち)は貧相な体格、さっきから誰かに触られる腕も細い。

 

「意外と華奢ねえ、布施君から主役を取った割にはっ」

「確かに自分でも体付きは……宗像先輩!?」

「!? いつの間に……」

「チア部の……!?」

 

 チア部のリーダーにして、3年4組・宗像(むなかた) さつき。2年D組に縁の無い上級生がひょっこり現れ、教室は騒然とした。

 

「ウフフ、そんなに驚かないで。いっつも、遠野君に引っ付き虫の金田一(きんだいち)君じゃない方が……布施君から役を取ったって聞いたから、見に来ただけよ」

「自分、珍獣ですか? ……宗像先輩、まつ毛が長いですね」

 

 クリッとした瞳が好奇心に輝き、(いち)を覗き込む。宗像先輩のまつ毛が瞬く動きも見える程、距離を詰められた。

 

(((良いなあ、宗像先輩と近い……)))

 

 麗しきチア部のリーダーに迫られ、男子達から羨望の眼差しを受ける。(いち)が羨ましいなら、立ち位置を代わって欲しい。こちらは少しも楽しくなく、追い返す文言を必死に作成中だ。

 

「金田君、プリントの提出があるの。職員室まで付き合って」

「……はい、桐生さん」

 

 桐生は宗像先輩を押し退け、(いち)へプリントの束を持たせる。相手が誰だろうと遠慮のない彼女に助けられ、ホッと一安心(ひとあんしん)

 

「ふうん、まだってトコねえ」

 

 肝心の宗像先輩は意外そうに桐生を見つめ、意味深に笑う。微笑ましい光景を見物し、応援してくれている。慈愛に溢れた笑い方だ。

 

「宗像先輩、失礼します(自分の教室だけど)」

「うん、またね。金田君♪」

「いいから、行きましょう」

 

 (いち)は礼儀を重んじ、宗像先輩とご挨拶。桐生に急かされ、気付くのが遅れた。

 

(……宗像先輩、初めて名前を呼んでくれたな)

 

 判断基準は知らないが、宗像先輩の中で「金田一(きんだいち)君じゃない方」を改めてくれたらしい。

 存在が認められた気分になり、愉快だ。

 

「……金田君もああいう人が好みなの? 趣味を疑うわっ」

「……いえ、決して宗像先輩に邪な感情は抱いていません。……そう見えたなら、すみません」

 

 横並びで歩いている為、桐生の鋭い視線が眼鏡を通り越して、(いち)へ突き刺さる。挙句、冷たい声で吐き捨てられ、心臓が震え上がった。

 共に舞台へ立つ身、些細な諍いも劇中に障る。弁解が必要だ。

 

「今は……桐生さんの事だけ、考えています。自分は他の方に目もくれない……貴女の虜となった怪人です」

「……理解していれば、いいのよ。私も……キツイ言い方をしたわ。ゴメンなさい」

 

 舞台を成功させる。それだけが今の目標。

 納得してくれた桐生から、優しい口調を返される。クリスティーンの可憐さが滲み出ていて、感情の芯が揺さぶられた。

 熱の籠った激しさと違う。繊細でいて、淡い〝情〟。

 今、桐生を相手に芽生えた。

 相思相愛の恋愛よりも、幻想に満ち、報われない。正しく、怪人(エリック)が抱えた想いだ。

 

「金田君。いきなり、立ち止まって……どうしたの?」

「……今、怪人が自分の中へ降りて来た気がします」

 

 不審がる桐生へ素直に伝えれば、何とも言えない顔をされた。その反応さえ、クリスティーンに見えてしまう自分は間違いなく、浮かれていた。

 

「そうか、金田は〝怪人〟の演技を掴んだんだな」

「月島先生……!」

 

 月島(つきしま)先生の低い声が聞こえ、口を噤む。(いち)が職員室の前に居た為、会うのは必然。

 ほぼ2週間ぶりに見る副顧問は短期間でゲッソリと痩せ、血色も悪く、頬もこけていた。あまりの変貌に、桐生も言葉を失っている。

お互いに夢から醒めた心地だ。

 (いち)達が稽古に励む中、彼が過ごした時間を思えば、胃が竦んだ。

 

「月島先生……妹さんの容体は……」

「気にしなくていい。金田、それに桐生……。俺がお前達に望むのは、コンクールの成功だ。そうだろ?」

「はい、月島先生っ」

 

 入院中の月島(つきしま)を知ろうとすれば、拒まれた。

 あの日以来、(いち)は見舞いへ行っていない。月島先生の態度は当然と言えよう。そこに怒りや悔しさが全く見えない。大人の対応か、己を諫める感情の抑制か、どの道、尊敬に値する。

 桐生の堂々たる返答もそう、敬いたい。

 

「それでいい……冬子も楽しみにしている。金田、くれぐれも忘れるなよ」

「はい……勿論です」

 

 去り際に肩へ置かれた月島先生の手はとても、軽い。それだけ、彼の握力は弱っている。何もしてやれない罪悪感に、(いち)は顔を歪めた。

 

「金田君、プリントの提出は終わったわ。教室へ戻りましょう」

「桐生さん、ありがとうございます」

 

 桐生を手伝いに来たのに、立ち尽くしてしまった。そんな(いち)の様子を見るに見かね、彼女はさっさと用事を済ませてしまう。

 (いち)は口では感謝を述べても、謝罪が強い。桐生は眼鏡を外し、ため息を吐く。

 

「……金田君、アナタは色々と背負い過ぎよ。さっきも言ってくれたじゃない。クリスティーンの事だけ、考えて」

「桐生さん……はい、そうでした。精進します」

 

 月島先生同様に、桐生も望む。真っ直ぐな瞳は舞台へ焦がれたプリマドンナ、怪人の導きを待つ乙女だ。

 

 ――クリスティーンの願いを叶えてあげたい

 

 自ら宣言したように、湧き上がった感情に従おう。

 (いち)は覚悟を改め、歩き出す。待っていましたと言わんばかりに、桐生も歩を進めた。

 だから(・・・)、首筋に受ける強い視線の主は桐生ではない。何者であろうとも、月島先生のように前へ出て来ないなら、相手にしない。

 

 ――後ろの犠牲は振り返らない。それが怪人(ファントム)だ。

 

 脳髄に強がった言葉を浮かべてみたが、月島先生の痩せ細った顔がこびり付く。恩師の苦悩を振り払える程、(いち)は未だ怪人ではなかった。

 




七瀬「……金田君。いっつも笑ってたのに、そこまで思い詰めて……全然知らなかった。次回は『オペラ座館殺人事件の先触れ・後編』。……月島先生!!」

片倉 猟介
高遠少年の事件簿、ゲストキャラ。作中にて『流森奇術会』所属のマジシャン

『大草原の小さな家』の店長
殺人レストラン、ゲストキャラ

宗像 さつき
魔神遺跡殺人事件、ゲストキャラ
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