金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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前回に引き続き、最初は神矢視点です

〇●……――は視点変更に使います

残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください

誤字報告により、修正しました。ありがとうございます


22話 オペラ座館殺人事件・後編

 助けも呼べない嵐の夜。ミステリー映画のような状況、修一郎(しゅういちろう)は眠れそうにない。

 部屋に入る時もドアの後ろ、ベッドの下、シャワールーム、窓の施錠も確認してからカーテンを閉める。やっと一息ついた。

 

「神矢……一緒に寝てくれよお。1人じゃあ、怖えよお」

「……仙道……それは良いけど、布施先輩もですか?」

「いや、俺は有森の部屋っ」

え!?

 

 結局、個室で振り分けられたはずが、2人1部屋となる。

 しかも、仙道(せんどう)はベッドでさっさと寝た。

 イビキを立ててくれる分、修一郎は妙に安心させられる。台本を開き、栞代わりの月島(つきしま)の写真を取り出す。友人と語らい、彼女が微笑んだ様子を隠し撮った物だ

 ノックの音に慌てて、台本を閉じた。

 

「神矢、ちょっと話したいんだ」

「金田一っ」

 

 チェーンと鍵を外し、金田一(きんだいち)を招き入れる。修一郎も話したかった。

 

「金田一、俺さ……お前と美雪さんが月島先生と話すのを聞いたんだ。全部じゃないけど……、金田は誰かに脅迫されていたのか?」

「!? ……多分な、オペラ座の怪人に則った脅迫状だった。月島 冬子に役をやらせろって」

 

 台本に目を通した身として、その文章が浮かぶ。修一郎と同じ不満を持つ部員がおり、怪人(ファントム)となって金田を追い詰めた。何かが違えば、自分自身がやったかもしれない。

 

「……脅迫状が送られる理由、心当たりはないか?」

「……3年を押し退けて、2年が主役になったから……だろ。緒方先生が決めたとは言え、俺も驚いた。……けど、その分……あの2人の息合いは本当に素晴らしかった。元々の代役だった早乙女先輩じゃあ、あの演技は観られない……。それが余計に反感を買ったんだ……。俺は正直、月島さんのクリスティーンで……観たかった」

 

 金田一に答えながら、修一郎は疑われない為に本音を語った。

 金田(かねだ)の怪人を認める故、月島のクリスティーンを望む。想像するだけでも、映える場面を実際に観たいと思うのは当然だ。

 

「はじめちゃん、大変よ! 織江ちゃんが!

「「!?」」

 

 美雪(みゆき)に駈け込まれ、第2の惨劇を知る。

 2階の部屋にいた日高(ひだか)がシャワールームの浴槽にて、何度も顔を沈められる。気絶したからなのか、冷たいタイルの上へ放置。桐生(きりゅう)はベッドで寝ていたが、気付かずにいたそうだ。

 水が出しっぱなし状態になり、下の部屋は水漏れに襲われる。そこで月島(つきしま)先生が異変に気付き、日高の部屋へ駆け込んでの発見。

 黒沢(くろさわ)オーナーが深夜にも関わらず、侵入者の痕跡を探してくれたが、何も見付からなかった。

 

「……どうしよう。部屋に何人いても……襲われるなんて……」

「クソ……女子ばっかり狙いやがって!」

 

 仙道は完全に怯え、布施(ふせ)先輩は犯人に悪態付く。

 

「月島先生っ、皆一緒に劇場で過ごすのはどうでしょう? ドアはひとつです。誰か入って来ても……すぐに分かります」

「……ネズミが出ると言うし、おちおち寝ていられるか? 俺は寝ずの番をするつもりだが、日高はちゃんと休ませてやりたい」

 

 今度の早乙女(さおとめ)先輩の思い付きは名案だが、月島先生は渋った。

 

「あたし……大丈夫です。部屋にいるより、皆といたい……」

「織江ちゃん……」

 

 いつも元気いっぱいの日高が弱々しく、美雪に掴まる。彼女がそう言うならば、劇場へ向かうしかない。

 念の為、手分けしてネズミと侵入者のチェック。修一郎が天井裏へ行けば、桐生も着いて来た。

 

「桐生さんっ、休んでなよ!」

「神矢君こそ、1人で行っちゃうから……危ないわ」

 

 パジャマ姿に毛布を肩にかけ、リラックス状態。桐生の普段と違う姿にドキッとさせられ、緊急事態だと自身を諫めた。

 照明にもネズミの気配なし。

 

「神矢君、先に降りてくれる? 降りた先が安全だったら、私に声をかけて」

「分かった。桐生さんも何かあったら、呼んでっ」

えぇ~有森~。ボーガン、日高さんに渡しちゃったの? 武器にしようと思ったのにぃ

日高さん。皆に当たったら怖いって言って、どっかに隠したらしいぞ

 

 桐生に促され、修一郎は先に降りる。ちょうど仙道と有森(ありもり)に出くわす。

 問題ない為、彼女を呼べば、のそのそと降りて来た。

 同じタイミングで、ステージ台をよじ登る日高達が見えた。

 

「早乙女先輩、舞台の上で寝ましょうよっ。ここなら、どこでも見渡せますしっ」

「しょうがない子ね、見渡せるなら……見られるって事よ。よいしょ……きゃっ」

 

 暗い表情を隠そうと日高は笑い、早乙女先輩を招く。後輩に倣おうとしたが、上手く登れない様子だ。

 

「早乙女君っ、そっから上ると危ないぞ。ったく」

 

 布施先輩が早乙女先輩へ手を貸す為、先にひょいっと上がった。

 その瞬間、修一郎は誰よりも早く違和感、否、異常に気付く。咄嗟に天井を見上げた。

 

 ――ギギ、ガッークン!

 

 照明が落ちた。

 当たり前のように、ステージ台の布施先輩と日高へ迫る。グラッとしたまま、頭上よりも高い位置で止まった。

 一瞬の光景に目を奪われたが、今度はケガ人がいないと安心。修一郎と有森は苦笑し合う。それ程、感覚が狂っていた。

 月島先生も無事な2人の姿に縋るような態度で座り込み、仙道と金田一、七瀬もそれぞれの理由で息を吐く。

 布施先輩は間一髪にビビりながら、さっと下へ降りる。そんな彼を早乙女先輩は支え起こした。

 まだステージ台にいた日高は驚愕の表情になり、足の力を失って座り込んだ。

 

「織江さんっ、早く逃げ……」

「春美ちゃ……」

 

 ――プチーンッ

 

 桐生が切羽詰まった声で呼びかけるよりも、その音は早かった。

 ワイヤーの切れた音と気付く。宙ぶらりんの照明が落下し、一見、日高の体を押し潰したように見えた。

 

あああ!!

 

 左足が下敷きになり、日高は激痛に悲鳴を上げた。

 

日高!!

 

 慄いた月島先生の叫び声に我へ返り、男性陣は本能的に駆け寄る。

 勿論、修一郎も。

 

(俺の……俺の照明が……)

 

 ステージを汚した。

 床を流れる血に足を滑らせながら、修一郎はついさっきの点検を思い返す。確かに異常はなかった。なかったんだ。

 

「見るな! 日高っ、目を瞑ってろ!」

「金田一君……足が……あたしの足が! ああ、ああ! 痛い!!

「いいか、一斉に持ち上げるぞ!!」

 

 金田一が怯える日高の目を手で覆い、必死に励ましていた。月島先生の合図に従い、照明を動かせば、彼女の血が更に流れて、ステージ台の木目に染み込む。現実感のない光景は舞台の演出に見え、自分の感性が恐ろしかった。

 

「呪いだ……こんなの……」

 

 怯え切った仙道の呟き、ここにいる誰も否定出来ない。

 

〇●……――仙道 豊は大道具係。

 任された脇役は最後に殺されるだけ男、少ない出番に遅い。それくらいなら、出来る。と言うよりも、自分以外にやれる部員がいなくなった。

 月島と金田(かねだ)の事故は不運としか、言い様がない。

 だが、続いては日高。あまりにも、多すぎる。

 

「日高さんの左足は大腿骨と踵骨に骨折が見られます。更に、骨が神経を傷付けている可能性もあります。出来得る限りの処置はしましたが、ここでは限界があります。オーナーが睡眠薬と鎮痛剤をお持ちでしたので、眠って頂きました」

 

 結城(ゆうき)先生に診察され、日高は自分の部屋で眠る。傍には、黒沢オーナーがいてくれるそうだ。

 

「はじめちゃん……織江ちゃんはどうして……?」

「……この切り口を見ろ。刃物で切られた跡がある」

 

 美雪はショックに震え、金田一へ縋る。彼は照明を吊っていたワイヤーへ目を向け、切り口を持ち上げる。太いワイヤーを半分だけ、切り込んでいた。

 

「……何でだ? 俺達が見た時、何ともなかった……」

「……っ」

 

 青褪めた神矢と桐生が確かめた時に異常がなかったなら、事故じゃない。ゾッとした。

 自分達以外の誰かがいる。

 

「おそらく……適当な位置まで落下させ、逃がそうとした。でも、ワイヤーの耐久までは想定外で……」

「そんな、下手すりゃあ……布施先輩も……」

「……っ」

 

 金田一の推理に豊が息を呑めば、布施先輩は絶句。早乙女先輩も真っ青になり、唇を震わせた。

 

「金田一……、誰がこんな……」

「月島先生……先ず、寝てください。俺も一晩で考えを纏めます。皆、この劇場へ入ってからの行動を教えてくれっ」

「医者としても、睡眠をお勧めします。眠れないなら、瞼を閉じるだけでも脳の活性を和らげるでしょう」

 

 目を血走らせ、月島先生は怒りに震える。眼鏡の奥で何を探しているのか、始終どこかを見ている。

 金田一はとても冷静な口調で願い、結城先生が後押しした。

 

 眠ったかどうか、豊には判断出来ない。瞬きしたら、腕時計の時間はキチンと進む。体はバッキバキに硬くて、昨晩は夢ではないと実感させられた。

 夢なら良かった。全部、悪い夢であって欲しかった。

 長い夜が明けても、雨は続く。

 点呼を取り、各々が着替えに部屋へ戻る。朝食の時間でもないが、自然と食堂へ集まった。

 豊も不安で心が落ち着かず、誰かと居たかった。

 

「皆さん、コーヒーでもいかがですか?」

「……お願いします。あれ、オーナー……あそこにあった時計は?」

 

 黒沢オーナーにコーヒーを淹れてもらい、金田一は妙な点を指摘。そこに時計があったなど、豊は覚えていない。

 

「ああ……昨夜、日高さんにお貸ししました」

「そう言えば、あたしが様子を見に行った時……織江ちゃん、(しき)りに時計がどうのと、うなされていましたね」

 

 黒沢オーナーの返事を聞き、七瀬は不思議そうに首を傾げた。

 

「皆、揃っているな」

 

 厳しい表情の月島先生が姿を見せた途端、重々しい雰囲気に包まれる。彼は席にも着かず、皆を見渡せる位置に立った。

 物々しい雰囲気に圧倒され、豊は冗談抜きに震える。きっと自分達の中に犯人がいると疑っているのだ。

 自分は違うと訴えたいが、身の潔白をどうやって証明しようか、必死に考えた。

 

「おはようございます。皆さん、お早い集まりで……。もう少し、後で来ます

 

 結城先生も場の空気を読み、そっと下がる。

 

「聞いて欲しい事があるっ」

 

 月島先生はポケットから便箋を出し、テーブルへ置いた。

 

「これは金田(かねだ)が持っていた。俺は……こんなモノを出した奴を探したくて、今回の合宿を提案したっ。金田一を呼んだのも……その為だ」

「「「!?」」」

「……!」

「……金田(かねだ)君が……持っていた? 何ですか、それは?」

 

 感情を押し殺す月島先生から説明され、豊は驚愕。布施先輩と有森も同じ反応だが、神矢は汗を流すだけだ。早乙女先輩は青褪め、桐生は封筒を食い入るように見つめた。

 

「……謎は全て解けた。……返すぜ、早乙女先輩(・・・・・)っ」

「あ! ああ……っ

 

 苦渋に満ちた表情になり、金田一は封筒を早乙女先輩の前へ置く。罪状を突き付けられた罪人が如く、彼女は狼狽える。

 

「早乙女先輩が!? 脅迫状の犯人!?

「じゃあ、日高君や……桐生君を襲ったのも!?」

 

 豊は受け入れがたい真実に慄き、動揺した布施先輩は椅子から立つ。七瀬と神矢は愕然とし、月島先生も言葉を失った。

 

「違う……日高さんは私じゃない!」

「そうだっ、日高 織江を襲ったのは桐生……お前の仕業(・・・・・)だな」

 

 怯えた早乙女先輩はテーブルへ縋り付き、必死に訴えかける。金田一の冷静な状況証拠の解説が異質に聞こえ、豊はもう思考すら辛い。絶句した神矢は困惑の眼差しを桐生へ向けた。

 しかし、肝心の桐生は瞬きすらせず、反論もなし。それは肯定を意味していた。

 

「昨晩の事件は……早乙女先輩、桐生、そして……日高の3人で仕組んだ自作自演だよ」

「早乙女先輩……桐生さん、なんで……あんな危ない真似を……」

 

 続いた推理に七瀬は混乱しても、事情を聞こうとする姿勢。

 

「そうかっ、アンタら……被害者に回ろうとしたな! 冬子だけじゃ飽き足らず、金田(かねだ)まで陥れて……その罪から逃れる為に……!」

「冬子……? 有森、なんで冬子が出て来るっ」

 

 有森は軽蔑し切った眼差しを彼女達へ向け、吐き捨てる。やっと月島先生は我に返った。

 

「あの日……冬子を理科準備室に呼び出したのは、こいつら3人だ!

「「「!?」」」

……あれは本当に事故よ! あんな事になんて……思いもしなかったのよ」

 

 有森に更なる罪状を突き付けられ、喚き散らした早乙女先輩は涙する。コンクールにはスカウト目的に多くの劇団やプロダクションが訪れる為、3年生としても主役になりたかった。

 だが、月島に役を取られ、憂さ晴らしの呼び出し。スカートに硫酸を一垂らしする程度のイタズラで済ませるはずだったと釈明した。

 

「だったら……金田(かねだ)はなんで? まさか……呼び出しに気付いて、口封じに?」

 

 悍ましさに豊は吐き気を堪え、口を抑え込む。

 

「いいえ! 月島さんの事があったから……手紙で驚かせようとしただけ!! だって、アイツ……私から、クリスティーン役を奪ったんだもの!」

「……! 早乙女、お前……桐生をクリスティーンに推したのが……金田だと知っていたのか? それは俺と緒方先生しか……知らないはず」

 

 早乙女先輩は金田(かねだ)の件に関しては罪悪感が見えず、涙を拭う。その様子を見て、月島先生はハッと気付いた。

 

「病院で……先生達が月島さんに話しているのを聞いたの。……緒方先生まで味方に付けて、あんな……素晴らしいモノ(・・・・・・・)を見せ付けられたら……許せなくてっ」

「フザけんなっ! 金田(かねだ)は……部の中に犯人がいると気付いていたんだ! 聞かれたよ……敵を教えてくれって……俺は言えなかった。そうだろ……桐生? 俺が金田(かねだ)に打ち明けようとしたのを見て……」

 

 この場にいない金田(かねだ)の代わりか、早乙女先輩は神矢を睨む。ゾッとした。

 激昂した有森に責め立てられた瞬間、桐生は椅子を蹴って立ち上がる。獣の如く俊敏力で早乙女先輩に掴みかかった。

 豊には一瞬の出来事。

 

……よくもっ、よくも……金田(かねだ)君を!

 

 怒鳴り声じゃない。慟哭でもない。

 桐生のそれは悲鳴だ。

 耐えていた怒りが爆発し、心の痛みを訴える。

 

「全部、アンタが言い出したんじゃない! 協力しなかったら、月島さんの件をバラすって、私達を脅して、けしかけて!」

 

 金田(かねだ)を陥れた脅迫状の犯人と知らず、従った。その後悔を肌で感じた。

 桐生の手が早乙女先輩の襟元を掴み、引き摺り起こす。テーブルが揺れ、他の椅子も倒れる。豊は怖くて、止めに入れない。

 

「あそこには、アンタが立つはずだったのに! 織江さんに押し付けて! 何もかも、アンタの責任よ!」

 

 初めて、桐生は涙を溢す。早乙女先輩は抵抗しようとするが、彼女の力が強すぎる。舞台に掛ける情熱の差のようだと、豊は見当違いな考えで恐怖心を紛らわせた。

 

人のせいにすんな!!

 

 精一杯の反論のつもりか、早乙女先輩は叫ぶ。その繰り返し。

 

「よさないか! 2人とも!」

「落ち着け、早乙女君!」

 

 そこに月島先生が桐生の腕を掴み、布施先輩は早乙女先輩を後ろから抱き締めて、引き離す。

 そんな拘束で桐生の感情は治まらない。月島先生を振り解こうとする様は役者ではなく、本物の怪人だった。

 

やめよう、やめようよ……

 

 豊は声に出したいが、息だけしか出ない。

 

「桐生さ……っ」

 

 やっと神矢が桐生へ呼び掛けてくれた。

 

 ――ビュン

 

 風を切る音が喧騒の中、空気を裂いた。

 何かが飛んだ。

 効果音の様に軽やかに、飛んだ。

 

「はじめちゃん!!」

桐生!!

 

 七瀬と金田一の悲鳴を聞き、皆で現実を見やる。

 飛んだのは、矢。

 桐生の胸へ矢が斜めに深々と突き刺さり、月島先生の腕の中へ崩れ落ちた。

 血がゆっくりと服へ滲み出しても、豊には舞台のワンシーンみたいに実感がない。

 

「あ……織江さんの(・・・・・)……罠……」

 

 吐血した唇から、桐生は他人事のように呟く。まるで台本を読むような美しささえあった。

 

「結城先生! 黒沢オーナー!」

 

 桐生の傷口に手を当て、必死な月島先生が叫ぶ。

 豊達は一斉に動いた。

 七瀬や神矢とハンカチやテーブルナプキンを持てるだけ持ち、桐生の傷口へ押し込む。血は止まらず、布を赤く染めていく。その分、彼女から血の気が失せていった。

 

「あの人形か! こんなところに……ボーガンと時計。早乙女先輩の席を狙ったのか……」

 

 汗だくの金田一は棚に置かれた人形を払い、ボーガンの仕掛けを発見。矢の角度から、座った人間の頭上を掠める(・・・・・・・・・・・・)想定、立っていた為に起きた悲劇だったと後で聞いた。

 

「……あはは、罰が当たったんだ……。私みたいな凡人が……月島さんをあんな目に遭わせたから……、クリスティーンどころか……私こそが怪人(ファントム)。醜い素顔を仮面で隠した……」

 

 結城先生に治療されながら、桐生はただの女の子に戻っていた。

 死に怯え、嗤う口元は強がりだろう。

 

「そんなコトないっ、そんな事ないよ! 桐生さん、ちゃんと日高さんを呼んでたじゃないかっ」

 

 必死に神矢は励ましでもなく、本当の事を訴えた。

 豊も知っている。確かに、桐生は日高を助けようとした。

 

「ねえ……月島先生、金田(かねだ)君が私を選んだって本当?」

「ああ、本当だっ。お前じゃないと相手にならないっ。そう、言っていたと……」

 

 震える声で、桐生は月島先生へ問う。彼は青白くなった手をそっと掴み、死への手向けのように優しく微笑んだ。

 

「……嬉しい……。金田(かねだ)君、いつも……私を見てくれた。彼といる時、……本物のクリスティーンに成れた……。……嫌だっ、死にたくない! 金田(かねだ)君、私……死にたくないよう……」

「桐生さん……っ」

 

 一瞬、安心したように笑みを見せたかと思えば、桐生は迫りくる死の感覚に恐れを成し、出せる限りの声で金田(かねだ)を呼んだ。

 あまりにも切実な想いを知り、早乙女先輩は床へ座り込む。

 今からでは、どうにもしてやれない。

 有森が戻り、その手にはビデオカメラがある。彼は桐生へ近付け、再生ボタンを押す。通し稽古の映像が流れ、怪人に扮した金田(かねだ)の台詞が食堂に響いた。

 

〈私の名はエリックっ。クリスティーン……どうか、最後にエリックと呼んで……〉

「……ああ、怪人。アナタは悪魔なの? それとも神?」

 

 虚ろな視線は声のする方角を向き、掠れた声は最後の言葉を放つ。ひゅうっと体中から力が抜け、桐生は息絶えた。

 

「桐生……お前のクリスティーンは本当に素晴らしかった……」

「俺も……そう思うよ、桐生さん」

「オレも……」

「あたしも……」

「……っ」

 

 月島先生の頬に涙が流れ、桐生へ賛辞を贈る。神矢も思いの丈をブツけ、豊は七瀬と込み上げる感情のままに涙した。

 布施先輩は黙っていたが、黙祷を捧げているだろう。

 見守ってくれた黒沢オーナーは桐生の瞼をそっと閉じさせ、白いシーツで覆う。彼の表情は知り合ったばかりの彼女を悼んでいた。

 ビデオカメラから『悪魔組曲』第三楽章のピアノ演奏が流れ始め、舞台の終焉を伝える。それを待っていたように雨雲は散り散りになり、太陽の光が『オペラ座館』へ降り注いだ。

 

 目覚めた日高は惨劇に愕然とし、足の包帯が血に濡れる程の錯乱状態に陥った。

 

「春美ちゃん! 嫌がってた!! それなのにぃ……あたしが……あたしがあぁ!!」

「織江ちゃん……」

 

 七瀬が必死に慰めるも効果なく、日高は嘆きのあまりに自分の頬へ爪を立てた。

 もう、見ていられなかった。

 

 午後には警察も到着し、豊達は事情聴取。桐生の死は悲運な事件として処理される。早乙女先輩と日高は刑事責任に問われると後で聞いた。

 

 学校にも訃報は届き、週明けには全校集会。ショックや動揺はあれど、旧校舎の呪いではないと安心する声もあった。

 但し、死人が出た部である為、副会長は当然の事ながら、廃部を言い渡す。布施先輩と七瀬が必死に頭を下げ、どうにか存続条件を出させるまでに至った。

 金田一と有森による退部した仲間の招集。豊は2人なら、出来ると信じた。

 

 仮に存続した場合、演劇部今期活動休止は免れない。

 月島先生が学校側を説得。彼の妹に起こった事故を徹底的に調査せず、打ち切ったのも原因だと半ば、保護者の立場を利用したらしい。

 更にはミステリー研究会を前例に上げ、校長は折れてくれたそうだ。

 PTAに対しては、桐生の両親が頭を下げてくれた。

 

「そんな事があったんですね。あの島で……っ」

「はい、全て私の監督不行き届きによるもの。黒沢オーナーにも多大なるご迷惑をおかけしました。白神さんのご厚意を無下にしてしまい、申し訳ないっ」

 

 ミス研の部室にまで出向き、月島先生と演劇部一同で白神(しらかみ) 海人(かいと)へ詫びる。深刻そうに眉を寄せ、彼は考え込む。怒っているようには見えない。

 

「いいえ、合宿を早めたと聞いた時から、胸騒ぎはしておりました。せめて、同行していればと、悔やんでおります」

 

 白神の労わりに感謝しかなく、皆は自然と頭を下げた。

 

 『オペラ座館』の事件から1週間後の土曜日、金田(かねだ)は目を覚ます。下校支度中に知らされ、回復を喜んだ豊達はすぐに駆け付けた。

 

「お話は伺いました……。大切な時に寝過ごしてしまい、申し訳ありません」

 

 病室のベッドに座り、金田(かねだ)は静かに目を伏せた。

 その姿はかつて舞台でマントを翻し、仮面の下に激情を秘めた〝怪人(ファントム)〟とは別人。言うなれば、〝怪人の影〟を持つ誰かだ。

 

「こんなんじゃあ、叱れねえよ。金田(かねだ)……」

 

 神矢の呟きに、誰も反論しない。その言う通り、叱れる雰囲気ではなかった。

 金田(かねだ)は舞台に戻らない。

 あの仮面を着けて、クリスティーンを呼ぶ事はもうない。彼の中にいた怪人(エリック)もまた死んだのだ。

 桐生 春美(クリスティーン)と一緒に――。

 

 豊はこんな状況だが、演劇部の仲間ではなく、観客として残念に思った。

 




剣持「……確かに、これも殺人事件だな。照明の落下もそうだが……、ボーガンの設置。仕掛けがしくじっただけじゃあ、済まされねえ。さて、次回は『オペラ座館に事件など望まず』。新しいファントムの誕生か……」

早乙女 涼子
クリスティーン役、気位の高い3年生。月島への罪悪感に苦しんだ為、神経質になっていたのかもしれない。
原作後は自主退学し、後輩達への償いを兼ねてボランティア活動に専念した。
作中にて、疑いの目を逸らす為に日高と桐生を脅し、イタズラを強行させた。自主退学後、桜樹など周囲の人々に精神的に支えられ、罪を償った。

日高 織江
明るく元気で七瀬とも仲が良く、月島の死に罪悪感があったように思える。
作中では、どうにか生存。大腿骨損傷に伴い、左足を満足に動かせなくなる。自主退学後、七瀬などの周囲の人々に支えられ、罪を償った。

桐生 春美
カルロッタ役。役に成り切れる役者、アニメ版では3年生。第一の殺人後、余裕を持った態度だったが、強がりだったのかもしれない。作中にて、オリ主の心に深い影を落とした
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