金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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前回の最後、演劇部が病室に来る数時間前です

誤字報告により、修正しました。ありがとうございます


23話 オペラ座館に事件など望まず

 吹雪が荒れ狂う。

 されど脳髄は心地良く、雪を踏み締める足は止まらぬ。

 

(いち)、起きてっ

金田君、しっかり

 

 人の声が暴風に掻き消されても、充実感を覚える。〝雪夜叉〟が如く銀世界を彷徨えるならば、悪い気はしない。手にした斧を振るう相手はおらずとも、いずれは機会を得られるだろう。

 薔薇の香りに刺激され、吹雪が止む。足の違和感に振り返れば、積雪の地面から生えた蔦が絡んでいた。寒さにも負けずに透明な薔薇が一輪、美しく咲き開いた。

 

またね、私のクリスティーン

 

 確かな男の声を聞き、意識が覚醒。

 ボヤけた視界には見知らぬ天井、カーテンから差し込む陽光は昼間。頭に枕、全身に布団の感触からベッドに寝かされ、点滴を投与中。バイタル測定機器のメーター音さえ、他人事に感じた。

 ベッド脇にいる人影を目の端で捉え、反射的に声をかける。

 

「……和泉さん?」

「!? 金田君っ……」

 

 (いち)の掠れた声を聞き、驚いた月島は枕元のナースコールを連打。左顔面を包帯に覆われ、患者衣の彼女を別人と見間違えてしまった。

 あるいは傍に居て欲しい人の幻影を見たのだろう。どの道、月島(つきしま)に失礼であった。

 

「月島さん……お兄さん、月島先生は大丈夫ですか?」

 

 走行中の前方にフラついた月島(つきしま)先生が道路へ身を乗り出し、(いち)一は咄嗟にハンドルを切った。

 急ブレーキでも、衝突を避けられないと一瞬で判断を下した為である。だが、無茶な方向転換はタイヤに負担となり、原付バイクは横転。すぐにハンドルから手を離したものの、道路へ投げ出された。

 受け身は取ったつもりだったが、(いち)は無様な結果を晒す。

 あちこちに心配もかけたらしく、見舞いの花がいくつもある。だが、薔薇は一輪もなかった。

 

「うん……兄さんは無事よっ」

「すぐに診察するから、アナタはこっち」

「金田君、自分の名前を言えるかね?」

 

 月島の引き攣った笑顔に違和感を持ち、(いち)は黙ってしまう。看護婦達がナースコールに応じ、虎元(とらもと)先生を連れて病室へ駆け込む。緊迫する雰囲気を大げさに感じ、最悪の事故状況を想定した。

 

「あの……もしか……」

「今はっ、キミの状態を確認したい」

 

 (いち)からの質問を許されず、虎元先生は淡々と診察。名前、生年月日、現在住所、在学する学校名まで言わされた。

 

「今日の日付は?」

「事故から一晩……97年6月28日です。……いえ、29日でしょうか?」

 

 途端、看護婦達は目配せする。異様な雰囲気を肌で感じ、(いち)は虎元先生から目を離せなかった。

 

「今日は7月12日だっ。キミは2週間以上、昏睡状態だった」

!? ……あ、今日から期末テストですっ。すみません、すぐに退院します!」

 

 衝撃の事実を告げられ、顔面蒼白。

 慌てて点滴を外そうとチューブに手を掛ければ、(いち)は虎元先生からデコピンを食らう。地味に痛い。そして、全身に寝起きのけだるさはあっても、外傷による痛みが無いと気付いた。

 何故、昏睡状態に陥ったのだろう。

 

「金田君、これから色んな話を聞くと思うが……聞かなかった事にしてもいい。キミ自身が感じたまま、感情を吐き出しなさい。抑え込まないようにっ」

「……? 分かりました……虎元先生」

 

 マスクで口元を覆われた分、虎元先生から労わりの眼差しを強く感じた。

 診察後は食事や着替えにより、金田祖父母と面会出来たのは約1時間後。彼らは何も言わず、(いち)を抱き締める。無事を喜ばれ、感謝すべきだろうに出来ない。照れ臭さと違い、罪悪感で胃が竦んだ。

 

「誰か……薔薇を持った人は来ましたか?」

「……いいえ、頂いたお花はこれで全部よ。多岐川さんの新刊とか、お菓子や果物なら、置き切れなくて……先に持って帰ったわ」

「!? 緒方先生……エライ、すんません。わざわざ……」

「いえ、家族水入らずのところを失礼しました……」

 

 金田祖母と品々を見渡した瞬間、金田祖父は緒方(おがた)先生へ低姿勢でご挨拶。他にも明智(あけち)警視が控えていた。

 

「明智さん、ワシらは席外してますんで……」

「分かりました。お時間は取らせません」

 

 そっと金田祖父母は病室を去る。明智警視の深刻な表情から、交通課刑事の代わりではない。嫌な予感は当たっている。緊張し、(いち)の首筋に汗が流れた。

 

「何があったのですか? 月島先生は……」

「金田っ」

 

 (いち)が問えば、血相を変えた月島先生が病室へ飛び込む。彼の姿を見られ、やっと安心したのも束の間、その場で土下座される。驚きよりも、怯えが勝る。緒方先生は奇行を止めず、明智警視は役者が揃ったと言わんばかりに戸を閉めた。

 どう考えても「最悪な報せ」の前振り。臓物、脳髄が危険信号を発した。

 

「金田、無事で良かった……それにすまない。全て俺の責任だ」

「月島先生、頭をあげて下さい。自分、先生に怪我が無くて良かったです」

「そうじゃないのよ……金田君っ」

 

 許しを乞う月島先生のように、(いち)も床へ座り込む。緒方先生まで切なげに眉を寄せ、膝を突いた。

 

「桐生さんが亡くなったのよ」

「!?」

 

 疑問よりも嘔吐の気配に口を押さえ、聴覚を正常に働かせた。

 8人が去った演劇部。

 伊豆半島のひとつ、歌島にあるたった一軒のリゾートホテル『オペラ座館』にて、行われた惨劇。

 全ては早乙女(さおとめ)先輩、桐生(きりゅう)日高(ひだか)はお互いに事故の仕掛け合い、演劇部に起こる不幸の犠牲者となろうとした。

 素人による閃きが、日高の左足を赤く染めた。

 桐生は発案者・早乙女先輩に責任があると訴えた。

 乱闘の最中、日高の仕掛けていた罠が作動。宿泊客の結城(ゆうき) 英作(えいさく)医師の治療も虚しく、桐生は息を引き取った。

 

「……そこまで、そこまでしなければならない理由は?」

「……っ、冬子を……理科準備室へ呼び出したのが……あの3人だったんだ。……俺はずっと……あれは不運な事故だと信じていた。……そう思って……疑う事から、目を逸らしていた。最初から……全員を問い詰めていれば……」

 

 (いち)の震えた声は独り言だった。

 月島先生は追及されたと思い込み、ガクガクと震えながら、告発した。

 月島を陥れた敵は本当に、演劇部の仲間。

 頭の片隅で予想していた分、ショックさえも受けない。そう思っているのは自分だけで、体の力が勝手に抜ける。明智警視と月島先生が支えなければ、床に倒れていた。

 

「もう……このくらいにしましょう。目覚めたばかりの……金田君にはショックが重すぎます」

「そうですね、金田君っ。また落ち着いてから……」

「大丈夫です。明智さん、これは……自分に話す必要があるのですよね? 事件当事者でもない自分も……関係があるっ」

 

 緒方先生に心配されたが、(いち)は明智警視を引き留める。臓物も視界も脳髄も痙攣したままであり、耳も塞ぎたい衝動を堪えた。この感覚はきっと、有森(ありもり)と月島先生、そして、月島 冬子が味わった生き地獄だ。

 

「キミにオペラ座の怪人と称し、手紙を送ったのは早乙女 涼子です。クリスティーン役を桐生 春美へ推薦したのがキミだと知り、彼女は理科準備室の時と同様、驚かせるだけのつもりだったと証言しました」

!? ……成程、3人で月島さんをあんな目に遭わせたのに……桐生さんだけが得をしたから……早乙女先輩は……折角、見逃してもらえたのに……ハハ、ハハハ……

 

 明智警視は一切の情もなく、事実のみ告げた。

 思考が停止すれば、(いち)はもう嗤うしかない。

 

「すまない……金田、本当に……」

 

 月島先生は謝罪する立場どころか、受ける側。愛する妹の顔は焼け爛れ、生徒を死なせた責任は避けられない。何故、彼の行いは報われなかったのだろう。

 生徒会執行部の矜持を捨て、演劇部のコンクールを選んでしまった我が身を悔いる。それでも、稽古に明け暮れた日々は久々に心を熱くし、感激が全神経を奮い立たせた。

 何が間違いで正しいのかさえ、分からない。

 ただ、嘲りの感情だけが湧き起る。虎元先生の言葉を受けた為、抑制出来ない。一頻り(ひとしきり)嗤った後は涙が零れ、死別した桐生へ哀惜の波が訪れた。

 

 ――2週間前の通し稽古が幾年も前のように酷く、遠かった。

 

 独りになりたかったが、先生方が去った後も次の見舞い客が訪れる。布施(ふせ)先輩、神矢(かみや)仙道(せんどう)はまだ事件の緊張感が解けていないにも関わらず、五体満足の姿を見せてくれた。

 

「有森君は?」

金田一(きんだいち)とあちこち、走り回ってるぜ。辞めた部員を呼び戻すんだと……」

 

 いない顔触れを心配すれば、布施先輩は伏し目がちに教えてくれる。金田一(きんだいち)は演劇部の幽霊部員ですらない立場だが、本当に人が好い。

 

「早乙女先輩、学校辞めるんだってさ。日高さんはまだ静岡の病院にいるけど……多分、戻って来ないだろう」

 

 神矢から心底、どうでもいい話まで聞かされたが、(いち)は笑顔を取り繕っておく。実際、日高の行動はどうであれ、受けた傷は心配している。

 

「早乙女先輩~、月島さんに謝ってたみたいだよ。きっと、金田の方にも来ると思う……!?

 

 仙道が期待に廊下へ目を向けた途端、ギョッとした。

 半開きの戸、遠野(とおの)先輩が様子を窺う。瞬きしない目元が強烈な威圧感を放った。

 久々に背筋が凍り付く。怖い。

 

「じゃあ……遠野様もお待ちだし、俺達はこの辺で……また学校でな」

((遠野様?))

「はい……ありがとうございます。布施先輩……神矢君、仙道君っ」

 

 汗だくの布施先輩は遠野先輩を畏れ敬いながら、ビビった神矢と仙道の襟元を掴んで逃げ去る。その心理、(いち)は十分に理解してあげられた。

 

「金田君、急かしたみたいでゴメンね。ずっと意識が戻らなくて……もう、起きないんじゃないかって……僕、気が気じゃなかったよ」

「ご心配をおかけしました……。自分の不注意で……こんな事にっ」

「不注意じゃねえだろっ、月島先生が事故の状況を話してくれたぜ。道路に倒れちまったから、お前はハンドルを切るしかなかったってよ」

 

 威圧感たっぷりな笑顔のまま、遠野先輩はそそくさとベッド脇の椅子へ座る。ゆっくりと白峰(しらみね)先輩は現れ、ベッドの隅に腰かけた。

 さらりと衝撃的事実を知り、ゾッとした。

 

「月島先生……倒れたのですか?」

「うん……妹さんのお見舞いとか、部活も凄く頑張ってくれたし……。けど……体に相当、負担だったみたいでね。病院にいたら、妹さんに心配かけるから……家に帰ろうとして」

「そしたら、立ち眩みがな……」

 

 躊躇いながら、遠野先輩は事故当時の状況を聞いたままに語る。月島先生は精神的にも肉体的にも、とっくに限界。(いち)の身を案じている場合ではなかった。

 

「言っとくが、お前もだぞ。金田っ」

「!? ……月島先生の負担ですか?」

「そうじゃなくてっ、キミ自身の負担だよ。外傷は勿論っ、脳波も異常なしっ。それでも目を覚まさないのは精神的な要因が大きいんじゃないかって……キミは色々と頑張り過ぎたんだ。……バイトも生徒会も部活……っ」

 

 白峰先輩にじろりと睨まれ、(いち)は猛省。即座に遠野先輩から否定されたかと思えば、思い当たる節は多々あった。彼は演劇部の事件に触れかけ、慌てて口を噤んだ。

 

「……バイトは佐木君が行ってくれて……そうそう! 昨日か一昨日、金田君のお父さんと鉢合わせてね。北海道の件を話したら、手配は任せておけって言われたよっ。キミが皆の為に頑張ってるって伝えたかったんだけど……何か、誤解されちゃった」

「……父にしてみれば、自分に何があっても……遠野先輩との約束は果たしたいのですよ」

「よく分かんねえが、お前らは似たもの親子ってワケかっ」

 

 途端、遠野先輩から威圧感が消え、しどろもどろな口調。気を遣われている。(いち)の家庭事情を知らぬ白峰先輩の何気ない一言がグサッと来た。

 

「あっ、遠野先輩に白峰先輩! 来てたんですねっ。……金田君、本当……目が覚めて良かった」

「七瀬さん……色々と任せてしまいました……すみません」

 

 そっと覗き込んだ七瀬(ななせ)が明るく挨拶し、(いち)の起きた様子へ感極まる。その表情から、眠っている間の悲劇が十二分に伝わって来た。

 

「……ううん、あたしなんか……ちっとも役に立てなかったわ。ところで白神さん来なかった? さっきまで一緒だったんだけど、二神さんってお医者さんを見たら……逃げちゃって」

「へえ、あの人にも苦手な人がいるんだっ」

「なんで遠野が嬉しそうなんだ?」

(二神……え? 二神先生? 横浜の人がなんで東京に……同姓の別人か?」

 

 七瀬から懐かしい名を聞き、横浜の開業医たる二神(ふたがみ) 育子(いくこ)先生を思い返す。若い男を侍らす彼女ならば、白神(しらがみ)が逃げたくなる理由も察せる。何故か、遠野先輩は嬉しそう。白峰先輩の疑問も頷けた。

 

 遠野先輩達が退室した後、二神先生本人がお見舞いの品を持ち込んでの参上。

 

「……お久しぶりです。二神先生……お元気そうで何より」

「アナタよりはね、金田君っ。あら~随分と沢山のお花……え? 人間国宝の朝木 冬生? こっちは推理小説家の多岐川 かほる? ヴァイオリニストの紅 亜里沙? 岩屋 菊之助は……何となく分かるわ、お祖父様の関係でしょうね」

 

 二神先生は花を物色しながら、ビックリ仰天。(いち)は大御所俳優の名にたった今、気付かされる。見舞いされた嬉しさと会えなかった悔しさに項垂れた。

 

「刑事さんが去年の話を聞きに来てたわよ。しかも、若い警視だったわ。とても優秀そうで……これでアナタのお母さんもすぐに見付かるでしょう。金田先生も安心ねっ」

「……っ、そうですか。……それは知りませんでした。若いと言えば、ルポライターの白神さんとお知り合いなのですか?」

「うん? ああ、白神さんね♪ 地方医師の実態調査を依頼した事があるのよっ。元々、アナタのお母さんに頼まれたんだけどっ」

「……母が? ……わざわざ、二神先生に頼まなくても……」

 さらりと衝撃的な情報を伝えられ、(いち)は動揺をひた隠しにする。二神先生は恩師でもある金田祖母を気に掛けただけ、他意はない。白神の名を出せば、すぐに話は逸れた。

 

「ライターの伝手がないからってね。私もその時はなかったけど……白神さんと知り合えたのは良かったわ。先払いの調査費用や依頼料はアナタのお母さん持ちだし、私も仲介料を貰ったしね。……去年、大元の依頼人がいなくなったから……調査終了って伝えたけど、白神さんは最後までやりますって……キッチリと依頼料の分、律儀に調べてくれたわよ。ウフフッ」

「……仕事熱心なのですよ」

 

 二神先生は白神を褒め称え、ニンマリと上機嫌な笑み。(いち)にしてみれば、彼の探偵の如く真実を追求する姿勢は苦手だ。彼女の機嫌を損なわぬ為に黙っておこう。

 

「話せて良かったわ。てっきり、私とは口を利かないと思っていたしね。……今でも横浜に残っていれば、良かったと思う?」

「……いいえ、自分はあの時……正常な状態ではありませんでした。だから、二神先生の判断は正しかったです。仮にここでの暮らしが間違っていたとしても、これは自分が決めたのではないと……言い訳も出来ますから」

 

 (いち)はかつて、二神先生へ頼み込んだ。横浜に残る手段は彼女しかなく、必死に頭を下げた。その甲斐もなく、無下に断られた。だが、納得はしていた。

 恨みはない。ただ、虚しかった。

 

「……そこは私が勝手に決めやがったって、言っても良いのよ。横浜に来たなら、ウチの病院へ来なさいな。お茶くらいは出してあげるっ」

「ええ、祖母も連れて行きます」

 

 しかし、二神先生から話題に触れたとは意外。面倒事からは逃げる責任者にあるまじき性格だったはずだが、心境の変化でもあったのだろう。

 

「何か失礼な事、考えてない?」

「若輩者の考える事など、失礼千万ですよ」

 

 図星を突かれたが、いけしゃあしゃあと否定しなかった。

 

 その後も佐木(さき)兄弟や海峰(かいほう)宇治木(うじき)桜樹(さくらぎ)先輩、黒沼(くろぬま)先生、担任の先生、執行部顧問の先生、果てはバイト先の店長と入れ違いに見舞われた。

 

「金田君、蒲生 剛三の話なんだけどね~。娘さん、見付かったよ~っ。はい、その記事! この娘さん、養女として他の家で育ったんだってさ~」

「……感動的な親子の対面ですね」

 

 上機嫌な中津川(なかつがわ) 賢人(けんと)先生に至っては見舞いではなく、ただの世間話。ここまで来れば、苦笑しか浮かばない。しかも、肝心の生き別れた娘とやらの名前や写真なし。記事を見せられた意味もなし。

 少しも休む間がなく、流石にイラッとした。

 

 但し、面会時間を過ぎた後は病室に独り。

 ベッドへ横たわり、何気なく天井を見上げる。明智警視が語った事件状況が幾度となく反響すれば、桐生の笑顔が強制的に思い返された。

 虚無感が重しとなり、心は深く沈む。演劇部部員ならば、奈落の底へ落ちた気分と表現すべきだろう。自嘲的な笑みが浮かび、人肌恋しさに自分の手で顔を覆った。

 

「金田君、……少しいい?」

「月島さんっ、はい……椅子へどうぞ」

 

 ノックもなく、月島は遠慮がちに入室。(いち)は驚きつつも飛び起き、姿勢を整えた。

 

「「……」」

 

 お互いに開口を譲り合い、無言。座った体勢は目線の高さも同じである為、視線も絡んでしまう。傍から見れば、睨み合いと誤解されそうな雰囲気だ。

 一先ず、礼を伝えよう。

 

「月島さん、ありがとうございます。目が覚めた時、貴女が傍にいてくれて良かったです」

「……あれは桐生さんに頼まれたの。彼女は毎日、アナタのお見舞いに来てて……。合宿の間、見ていて欲しいって……」

 

 余計に気まずい。

 しかも、陥れた月島へ頼み事など、桐生の図々しさに哀惜の感情が氷点下まで下がる。亡くなった彼女へ文句も言えず、(いち)は口を噤んだ。

 

「……金田君にとって……私は敵なんだって話をしたの。そしたら、桐生さん……コンクールを成功させて……クリスティーンは自分が演じて良かった……そう、私に言わせてみせる。だから、謝らないとか……」

「……勝手ですね、桐生さん。自分と同じ(・・・・・)……とても身勝手です」

 

 だから、(いち)は罰を受けた。

 月島の心が憎しみで醜くなろうとも、生きる選択を強いた。その心さえ置き去りにし、コンクールを優先した人の業が、天国より罰を下された。

 所謂、天罰だ。

 

「……金田君、私……来月、皮膚移植をするの」

「!? 手術では元に戻らないと聞きました。……生憎、皮膚移植に疎くて……整形技術と違うのですか? 」

「……皮膚移植をしても……私の顔は決して、元通りにはならない。けど……私には丁度良いかもしれないわ。あの人達を許すだなんて……いい子ぶって(・・・・・・)……黙っていたから、ああなったんだもの。最初から……怒れば、良かった……ふざけんな、責任取れって……本当、こんなんじゃあ……天国に行けないね」

「……月島さん……今の貴女なら、天国への門は開くでしょう。でも……自分はそれを阻止します」

 

 月島の包帯がない表情が怒り狂い、目元に涙が零れ落ちる。不謹慎だが、(いち)には今まで見たどんな表情よりも、彼女を美しいと感じた。

 

「……それでね、手術の前にコンクールがあるでしょう? 私、怪人役で出るから。金田君はクリスティーン役を演じてっ」

「!? コンクールに出る!? 月島さんが!? 演目に耐えられるのですか! そもそも、自分がクリスティーンって……」

 

 涙を拭い、月島はニッコリと爆弾発言。口元を大きく動かせば、左顔面が痛むらしい。包帯の上から手を添えていた。

 

「痛むのですか?」

「大丈夫、これくらいなら……」

 

 話す度、月島の声が掠れる。喉も痛いだろう。

 彼女の身を案じる事に気を取られ、不意に纏わり付いた『何か』を忘れた。

 

「手術を受けたら……リハビリの関係で転校になるからっ。演劇は続けて行くけど、不動高校生として……最後にやれる事はやっておきたいっ。金田君っ、一緒に舞台へ立って!

「……月島さん」

 

 笑みも涙もなく、月島は真っ直ぐにこちらを見据え、「私を見ろ」と訴えかける。(いち)も惹き付けられる本来の魅力を彼女はたった今、取り戻した。

 才能に溢れた故、顔面の醜さを経験した月島 冬子は正しく、怪人(ファントム)

 ならば、(いち)は舞台に焦がれる小娘が如く、クリスティーンと成ろう(・・・)。目を伏せた瞼の裏、脳髄の奥に桐生の顔を浮かべた。彼女の為ではなく、自分が演じて良かったと言わしめよう。

 だから、舞台へ立つのを許して欲しい。

 

「――ああ、怪人。アナタは悪魔なの? それとも神? ――」

 

 クリスティーンとして問いかければ、幕は上がったも同然。

 月島にも意図は伝わり、(いち)の手を掴む。まるで怪人がクリスティーンを離さぬような力強さにゾワッと粟立つ。役に引っ張られ、心が小娘のように竦んだ。

 早く舞台に上がり、完成した月島の怪人を観たいと心から、祈った。

 

 2週間も昏睡状態だったにも関わらず、検査に異常なし。

 (いち)が退院となっても、早乙女先輩には会わなかった。正しくは残間が会わせず、謝罪やら何らを対応したらしい。

 何故なら、今の状態で2人が対面するのはあまりにも、危険。我が父ながら、よく分かっている。

 日高は東京へ戻る事なく、彼女の両親が学校へ退学を申し出たと聞いた。本人は強く反対したが、桐生の両親と話し合った結果でもあるそうだ。

 ならば、(いち)それで(・・・)納得しよう。

 

(いち)~、剣持さん来てくれたでぇ~。まだ病院の先生と話すさかい、先に帰っとけ」

「すまんな、(いち)君。来るのが遅くなっちまった。せめて、家まで送るからなっ」

 

 退院の手続きは金田祖父へ任せ、剣持(けんもち)警部の車で金田宅に送られる。彼曰く、見舞いに来られず、せめてもの詫びと言ってくれた。

 駐車場へ向かいながら、(いち)は思い付く。

 

「桐生さんのご家族に……挨拶したいのですが、寄って頂けますか?」

「……そいつはおススメしねえぞ、先ずは金田さんを安心させてやってくれ。俺からの頼みだ」

 

 剣持警部が一緒ならば、金田祖母は深く心配しないだろう。彼の頼みは無下に出来ない為、お行儀よく承諾した。

 

「おう、そうだ。17日、テスト休みだろ。マジックショーでも観に行かねえか? 明智警視も一緒なんだが……」

「残念です。自分だけ、午前中にテストがあります。昨日の分をその日に段取りして頂いたのです」

金田~!? 剣持さ~ん!

有森……ちょっ、待って……ぜえぜえ

 

 剣持警部の車へ乗り込もうとした時、有森と金田一(きんだいち)が必死の形相で走って来る。駐車場とは言え、病院の敷地内での大声は控えて欲しい。しかし、彼らの元気な姿を見て、(いち)は胸を撫で下ろす。

 

「……はあはあ、間に合った。金田……退院、おめでとう。これっ、皆の入部届……。音響係も衣装係も……アイツら、戻って来るって……」

「副会長が……演劇部を存続させたかったら、お前が退院する前にそうしろって……もう疲れた……マジ、無理……」

「だらしねえな、お前ら……。ほら、麦茶あるぞ。麦茶っ」

 

 息の荒い有森は8人分の入部届を渡した途端、力尽きる。疲労困憊の金田一(きんだいち)と背を預け合い、剣持警部から麦茶の缶を受け取った。

 

「皆を説得していた理由は……それだったのですね。副会長にしては温情あるご処置です」

「「嘘だろ、怪人並みに怖かったわ!」」

 

 記入された名前には不安と恐怖、不信感が窺える。それでも演劇部の為に提出してくれた。

 皆の想いに涙が滲み、(いち)は目尻を拭った。

 

「有森君、これは生徒会執行部としてお預かりします。この事は貴方の口から、月島さんへ伝えてください」

「金田……ああ、冬子に伝えるよ。金田一(きんだいち)、俺は先に病室へ行ってるわっ」

「うい~っす」

 

 月島の名に有森は納得し、立ち上がる。愛する人に会いたいが故、病室へ急ぐ。すぐに彼女のコンクール参加に驚いて、腰を抜かすだろう。

 

金田一(きんだいち)君、ありがとうございます。期末テストもある中、有森君を助けてくれました。流石ですっ。ところで昨日のテスト、範囲を覚えていてくれたら……有り難いのですがっ」

「……あはは、金田……テストは諦めて、俺と追試受けね? 昨日のテストもボロボロで……」

 

 感謝のついでに悪知恵を働かせたが、世の中はそんなに甘くなかった。

 達観した金田一(きんだいち)からウィンクされ、(いち)はイラッとする。

 こんなお調子者に『オペラ座館』の出来事を任せ、詫びていた気持ちも吹き飛んだ。

 

「……やれやれ……」

 

 呆れた剣持警部が遠慮なく、ため息。物語のオチに聞こえ、不覚にも笑ってしまった。

 

 だが、金田一(きんだいち)は自己申告しながらも追試組におらず、(いち)を感心させたのは別の話である。

 




スタッフ2「……オーナーと同じコマにいたベタ塗ってない方です。俺達も事件のゴタゴタで大変だったけど……演劇部の人達の活躍は応援したいよ。さて、次回は『オペラ座館に事件など望まず-月島 冬子』。夜の見舞客って……怖くない?」

有森 裕二
2年2組と明記された小道具係兼ラウル役。両親の離婚、恋人の死を思わせない程、周囲に明るく振る舞っていた。
作中にて、退部した部員を呼び戻したり、間近に迫ったコンクール準備など「やることが多い」学校生活を送る


美術部顧問の美術担当・中津川 賢人
誰が女神を殺したか? ゲストキャラ
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