金田少年の生徒会日誌 作:珍明
誤字報告により、修正しました。ありがとうございます
訪れる度、枕元へ見舞いの花が増える。何故だろうか、誰もがメッセージカードに自身の名を記す。しかも、大物俳優の名まである。それらを眺めるのが、冬子の僅かな楽しみだ。
そうでもしなければ、憎しみで脳髄が蝕まれそうになる。
早くに亡くなった両親の代わりに結婚もせず、兄は自分を育ててくれた。彼を置いて逝くワケに行かないと今は言い聞かせても、心の隙間を狙って衝動が来る。
――天国へ行けないのであれば、彼女達と共に地獄へ落ちよう
脳髄の奥から囁きが聞こえ、横たわる金田の手へそっと触れた。人肌の温もり、呼吸に応じて上下する鼓動は安心感を与えてくれた。
毎日、冬子を見舞う友人や兄、
でも、今は落ち着く。
(これが……敵)
金田の言う通り、冬子の衝動は阻止される。何とも頼もしく、悲しい敵なのだろう。味方と言えない彼の心境を知りたくなった。
今度は勝手に手を握り、包帯を巻いた左顔面で触れてみる。彼は全く、微動だにせず、寝息も立てずに起きないままだ。
男子とここまで距離を近いのは裕二以外になく、とても新鮮。時間を忘れ、整った顔をただ見守る。バイタル音と人肌が眠気を誘うのに丁度、良かった。
――頬に風が当たり、目を覚ました。
閉まっていた窓が半分だけ、開く。カーテンはそよ風にユラユラと揺られ、とても夢見心地な光景であった。
月の光を背に受け、男の顔は見えない。されど、兄よりも年嵩の印象は受ける。目の前にいる冬子には目も呉れず、「彼」は金田だけを眺めた。
少し屈んだかと思えば、その指先は決して金田の肌へ触れぬ様、頬、額、顎、唇をなぞった。
愛おしい故、触れられない。そんなもどかしさが伝わる。眠れるお姫様を起こしに来たが、その王子の役割ではないと言わんばかりの態度だ。
「またね、私のクリスティーン」
老獪な声でいて、童子のはしゃいだ口調。金田の耳元で囁かれたが、冬子も確かに聞き取った。
(そっか……金田君は、クリスティーンなんだね)
舞台に焦がれても、機会さえも得られない若き才能。怪人は役者を降ろし、クリスティーンを立たせた。
それと同じだ。
オペラ歌手の衣装を着込み、舞台に立つ。輝かしい金田の姿を容易に想像でき、冬子は納得した。
拍手喝采が聞こえ、心地良い。
「月島さん、月島さん。起きて、ここで寝ちゃダメ」
「ふわぁ……、はい……?」
揺さぶられる感覚でハッとなり、冬子は巡回中の看護婦と目が合う。消灯時間を過ぎ、徘徊を優しく注意された。
金田に変化はなく、窓はキチンと閉まっていた。
夢にしては現実感が強く、記憶として残った夜の出来事。
心の隙間が出来た時、その場面を思い返す。そうすれば、衝動が治まりを感じさせた。あの男は天国からの使い、天使と言っても過言ではないだろう。
『オペラ座館』の事件を知ったのはすぐ後であり、素直にショックだった。
〝この桐生 春美がクリスティーンを演じて良かった……。そう、アナタに言わせてみせる。だから、私は謝らない〟
最後に会った
けれども、演じている笑顔だとすぐに見抜けた。彼女は謝罪せずとも、精一杯の償いを表明してくれただけに悼んだ。
首謀者の
「……私ではなく、桐生さんと日高さんへ……謝ってください」
「……っ」
冷たい言い方をした自覚はある。許せないと言葉にしなかっただけ、こちらが許されたいくらいだ。そこまで思考が蘇りつつあった。
兄は生徒の死にすっかりと憔悴していまい、冬子の考え方を変えねばらない事態でもあった。
そして、最大の転機が訪れた。
「残間 青完と申します。この度、不肖の息子がご迷惑をお掛けしました。遅くなりましたが、こちら……お詫びにもならぬとは存じております。……どうか、お受け取りください」
「いいえ! こんな……受け取れません! 金田君は私の自己管理の無さに……巻き込まれただけの被害者です」
「……っ」
冬子の病室を訪れた金田の父親。
「私の生命保険を解約し、工面致しました。決して、怪しいお金ではございません」
「生命保険の解約!? 出処の心配をしているんじゃありませんよ!? ご自身の為に使ってください!!」
(……3つも入ってる……)
金田の父親は見当違いな説明を淡々と語り、兄は更にギョッとする。解約の手続きに時間が掛かり、訪問が遅くなったとも告げられた。
封筒の中を改め、冬子も大金に胃が竦む。だが、手術やリハビリを考えれば、必要な額だ。
冬子の事故、兄が倒れた件、金田に一切の責任はない。だから、このままでは受け取れない。せめて、この恩を返せる手段を見出したい。必死に考えた。
(返す……恩をお金でっ)
あまりの単純明快な案。パッと目の前が開けた。
「……お借りしますっ」
「……冬子?」
「貸すつもりはありません。これはお詫びの……」
決意した冬子は茶封筒を手にし、ベッドから下りる。困惑した兄の隣へ座り込んだ。
「……私がお金を借ります。一生……かかってでも……必ず、お返しします」
「!? 冬子……妹の言う通りです。残間さん、ありがたく……お借り致しますっ」
冬子はこの瞬間、憎しみによる醜さが消えない人生を選ぶ。きっと後悔する日は来るだろうが、構わない。兄は意味を理解し、正座に座り直した。
兄妹の頭を眺めながら、金田の父親はフッと笑う。その笑い方が金田自身によく似ており、納得してくれたと分かった。
「……承りました。では……借用証書の作成を致します。村上先生、お願いします。この方は私の顧問弁護士です」
「え? あれ、村上さん? ……ああ、はいっ。よろしくお願いします」
呼ばれた顧問弁護士の
借用証書は無事に作成され、冬子は借金を背負う。これを返却し終えた頃、別の目標が出来ているだろう。
先ず、手術の具体的な日程と説明が先だ。
執刀医には近隣から選りすぐりの医師を呼び寄せ、術後のリハビリ計画も見直される。皮膚定着の為、自然の多い環境での暮らしが望ましいとされ、引っ越しは必須。
(裕二は……置いていこう)
裕二は両親が離婚し、高校卒業までの学費はある独り暮らしのアパート家賃と生活費はバイトで賄う身。よしんば、彼が全財産を使い果たしてでも、冬子を選んだと仮定しよう。学業、生活についての保障は何もないのが、現実問題だ。
顔が醜く歪んでも、裕二の愛は変わらなかった。もう十分故、彼を解放しようと勝手に結論付けた。
そんな矢先、金田は目覚めた。
辛い現実を知り、彼の三眼目に積雪の雪景色を感じる。嵐の前の静けさと言えよう。
金田と桐生の間に、役者仲間の情はあったに違いない。それが友愛か、恋愛か、名前を付ける前に最悪な別れ方をした。
通し稽古を見た限り、クリスティーンの代役は誰にも務まらない。金田は怪人役から降り、演劇そのものも辞めてしまう。それは嫌だ。
これ以上、何も失いたくない。願いよりも欲望に近い感覚が冬子の中で生まれた。
桐生との最後の会話を伝えた時、彼にも舞台への渇望は残っている。ならば、冬子は怪人となりて、金田を舞台へ導くのみ。
――私のクリスティーンよ、舞台へ立って!
狂おしいまでの愛が冬子の胸から湧き起り、舞台に立たずとも、心は怪人へ成り果てる。生まれ乍らの感覚であるような錯覚、甘美なまでに心地良かった。
愛されたい、演じたい、観られたい。
冬子自身も驚く程、心が貪欲になる。
「有森君、浮気しないでね」
「え? 4日振りに会った台詞がそれ? 違うぞ、冬子。俺は
混乱極まった裕二へ今後を話す。引っ越しは残念がられたが、遠距離恋愛になっても関係を続ける。それを2人で決められた。
コンクール参加については担当医にこってり、叱られた。でも、反対はされなかった。
夏のコンクール出場後、皮膚移植の手術も無事に成功。顔の手術痕は残るが、冬子は晴れ晴れとした気分で不動山市に別れを告げた。
大学卒業後、裕二を含めた仲間と共に劇団『歌夏』を立ち上げ、舞台女優としても活躍。順調に功績を上げ、冬子の想定よりも早く借金返済を完遂した。
それを機に兄もようやく、結婚に至る。何よりも朗報だ。
早乙女先輩には公演の度、招待チケットを送り続けた。彼女との関係を知る者は天使のような寛大さと褒め称え、または崇めた。勿論、許しの証ではなく、戒めの為だ。
日高の場合は誰に聞いても住所を教えてもらえず、仕方なく諦めただけだ。
まだ天国へ行けぬ程、心は醜い。
「こんなんじゃあ、天国に行けないね」
「天国……ですか? 冬子さん」
冬子の独り言が思いの外、大きかったらしい。打ち合わせ相手のデザイナー・
今は『大草原の小さな家』で軽食がてら、演劇衣装デザインを依頼している最中だった。
「すみません、北見さん。ちょっと昔を思い出していたの」
「クスッ。今回、公演される『オペラ座の怪人』は高校生以来とお聞きしています。懐かしくなるのは当然かと……」
北見は微笑みながら、アイスコーヒーを一口。大手デザイナーの懐の広さが眩しい。彼女こそ、天国に行く人間だ。
カランカランッと来客の鐘が鳴り、もう1人の約束相手が現れた。
「遅くなりました。月島さん、北見さん」
「金田君っ」
「
口髭を生やした元同級生、公演成功に向けての頼もしき協力者。今回もクリスティーン役を引き受けてくれた。
「引き受けていませんよっ、勝手に決めないでください」
「あら~心を読まれちゃったわね♪」
「私、クリスティーンの衣装……
冬子の隣へ座り、金田は開口一番に文句。北見がデザイン画をそっと見せ付ける。下描き段階でも、素晴らしいセンス。借金返済の折、金田の父親に紹介してもらってからの付き合いだが、純粋に劇団入りして欲しい。
「自分、ウバルド役なら引き受けますよ」
「ざんね~ん、私は金田君の敵ですっ。お望みの配役は振りませんっ」
「……敵? ……冬子さん、
ぶっきらぼうな態度になり、金田はウバルド役を希望する。だが、冬子は腕で×を作って断った。何故だろうか、北見は殊更に可笑しそうだ。
「……敵に大役を任せるなど、有森君は反対しないのですか?」
「しないよ。怪人の敵はクリスティーンでしょう? だったら、金田君しかいないじゃない」
苦笑した金田は相変わらず、冬子の味方にならない。だからこそ、彼にクリスティーンを頼める。怪人の敵はラウルやカルロッタでもなく、若く美しい小娘なのだ。
金田はフッと微笑み、わざとらしくため息も吐いた。
「有森君に免じて、引き受けましょう。折角、伸ばした髭を剃るのは惜しいですが……」
「「ない方が可愛いのにっ」」
承諾しておきながら、金田は皮肉たっぷりに口髭をなぞる。何の示し合わせもなく、冬子は北見と口が揃う。厨房にいた店長のブッと噴き出す笑い声が聞こえた。
「……ゴホンッ。打ち合わせの前にひとつ、言わせて下さい。月島さん……ご結婚、おめでとうございます」
「うん、ありがとう。金田君っ」
澄まし顔で咳払いし、金田は祝福してくれた。
祝いの言葉通り、冬子は裕二と入籍する。彼が月島姓になり、仕事上は「有森 裕二」と名乗り続けた。
やがて、冬子は顔の痕さえ、誇れる程の大女優と名を馳せる。裕二は「その夫」として有名になった。
オマケ扱いに、少しだけ複雑だった。
けれど、それは彼が冬子の人生に深く関わってくれていた証と、今は胸を張って言える。
『オペラ座の怪人』の怪人はどうなったかと言えば、勿論の大成功。
演出家の
黒沢オーナー「ビックリした……最終回かと思いましたよ。このお話、まだ続くんですね。それだけ、金田一さん達が事件に遭遇するかと思うと……。え? あ、はい……次回予告……これかな? 『レストランでの殺人はお控えを』。お別れする際……双方が納得する形でお願いしますよ」
月島 冬子
原作にて硫酸を頭から浴び、顔全体が焼きただれてしまう。憎しみに心が醜くなる前に天国へ行こうと、命を絶った
作中にて、津雲先生の活躍により、左顔面の被害に治まる。オリ主を舞台へ立たせるファントムとなった。引退するその日まで、多くのプリマを導くであろう
演劇部副顧問の国語担当・月島 亮二
アニメ版オリキャラ、劇中では顧問。亡くなった妹の為、部を盛り上げようと頑張った結果、意に沿わぬ復讐殺人事件が起きるなど、何一つ報われない。事件後も教師を続けた
作中にて、夏休み中に冬子と共に学校を去る
弁護士の村上
準レギュラー・村上 草太の親。作中にて、残間 青完の顧問弁護士