金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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月島 冬子の物語です

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24話 オペラ座館に事件など望まず-月島 冬子

 月島(つきしま) 冬子(ふゆこ)金田(かねだ) (いち)を日が暮れた頃、見舞う。

 訪れる度、枕元へ見舞いの花が増える。何故だろうか、誰もがメッセージカードに自身の名を記す。しかも、大物俳優の名まである。それらを眺めるのが、冬子の僅かな楽しみだ。

 そうでもしなければ、憎しみで脳髄が蝕まれそうになる。

 早くに亡くなった両親の代わりに結婚もせず、兄は自分を育ててくれた。彼を置いて逝くワケに行かないと今は言い聞かせても、心の隙間を狙って衝動が来る。

 

――天国へ行けないのであれば、彼女達と共に地獄へ落ちよう

 

 脳髄の奥から囁きが聞こえ、横たわる金田の手へそっと触れた。人肌の温もり、呼吸に応じて上下する鼓動は安心感を与えてくれた。

 毎日、冬子を見舞う友人や兄、有森(ありもり) 裕二(ゆうじ)は味方。これは間違いないが、彼らの気遣いは心を痛める。誰も悪くない為、拒めない。消灯時間に独りとなれば、衝動が襲って来る。正にジレンマだ。

 でも、今は落ち着く。

 

(これが……敵)

 

 金田の言う通り、冬子の衝動は阻止される。何とも頼もしく、悲しい敵なのだろう。味方と言えない彼の心境を知りたくなった。

 今度は勝手に手を握り、包帯を巻いた左顔面で触れてみる。彼は全く、微動だにせず、寝息も立てずに起きないままだ。

 男子とここまで距離を近いのは裕二以外になく、とても新鮮。時間を忘れ、整った顔をただ見守る。バイタル音と人肌が眠気を誘うのに丁度、良かった。

 

 ――頬に風が当たり、目を覚ました。

 

 閉まっていた窓が半分だけ、開く。カーテンはそよ風にユラユラと揺られ、とても夢見心地な光景であった。

 だから(・・・)、ベッドの反対側に立つ男に警戒心を抱かない。

 月の光を背に受け、男の顔は見えない。されど、兄よりも年嵩の印象は受ける。目の前にいる冬子には目も呉れず、「彼」は金田だけを眺めた。

 少し屈んだかと思えば、その指先は決して金田の肌へ触れぬ様、頬、額、顎、唇をなぞった。

 愛おしい故、触れられない。そんなもどかしさが伝わる。眠れるお姫様を起こしに来たが、その王子の役割ではないと言わんばかりの態度だ。

 

またね、私のクリスティーン

 

 老獪な声でいて、童子のはしゃいだ口調。金田の耳元で囁かれたが、冬子も確かに聞き取った。

 

(そっか……金田君は、クリスティーンなんだね)

 

 舞台に焦がれても、機会さえも得られない若き才能。怪人は役者を降ろし、クリスティーンを立たせた。

 それと同じだ。

 オペラ歌手の衣装を着込み、舞台に立つ。輝かしい金田の姿を容易に想像でき、冬子は納得した。

 拍手喝采が聞こえ、心地良い。

 

「月島さん、月島さん。起きて、ここで寝ちゃダメ」

「ふわぁ……、はい……?」

 

 揺さぶられる感覚でハッとなり、冬子は巡回中の看護婦と目が合う。消灯時間を過ぎ、徘徊を優しく注意された。

 金田に変化はなく、窓はキチンと閉まっていた。

 

 夢にしては現実感が強く、記憶として残った夜の出来事。

 心の隙間が出来た時、その場面を思い返す。そうすれば、衝動が治まりを感じさせた。あの男は天国からの使い、天使と言っても過言ではないだろう。

 『オペラ座館』の事件を知ったのはすぐ後であり、素直にショックだった。

 

〝この桐生 春美がクリスティーンを演じて良かった……。そう、アナタに言わせてみせる。だから、私は謝らない〟

 

 最後に会った桐生(きりゅう) 春美(はるみ)は笑っていた。

 けれども、演じている笑顔だとすぐに見抜けた。彼女は謝罪せずとも、精一杯の償いを表明してくれただけに悼んだ。

 日高(ひだか) 織江(おりえ)については申し訳ないが、何も感じない。命が無事だった為だろう。我ながら、冷たいと思った。

 

 首謀者の早乙女(さおとめ) 涼子(りょうこ)先輩は謝罪に訪れ、冬子から見ても反省していたと思う。彼女のご両親も事実を知り、慰謝料を支払ってくれるそうだ。

 

「……私ではなく、桐生さんと日高さんへ……謝ってください」

「……っ」

 

 冷たい言い方をした自覚はある。許せないと言葉にしなかっただけ、こちらが許されたいくらいだ。そこまで思考が蘇りつつあった。

 兄は生徒の死にすっかりと憔悴していまい、冬子の考え方を変えねばらない事態でもあった。

 そして、最大の転機が訪れた。

 

「残間 青完と申します。この度、不肖の息子がご迷惑をお掛けしました。遅くなりましたが、こちら……お詫びにもならぬとは存じております。……どうか、お受け取りください」

「いいえ! こんな……受け取れません! 金田君は私の自己管理の無さに……巻き込まれただけの被害者です」

「……っ」

 

 冬子の病室を訪れた金田の父親。目下(めした)である兄妹へ躊躇いなく、その場で土下座。厚みのある茶封筒を差し出され、慄いた兄は悲鳴を上げた。

 

「私の生命保険を解約し、工面致しました。決して、怪しいお金ではございません」

生命保険の解約!? 出処の心配をしているんじゃありませんよ!? ご自身の為に使ってください!!」

(……3つも入ってる……)

 

 金田の父親は見当違いな説明を淡々と語り、兄は更にギョッとする。解約の手続きに時間が掛かり、訪問が遅くなったとも告げられた。

 封筒の中を改め、冬子も大金に胃が竦む。だが、手術やリハビリを考えれば、必要な額だ。

 冬子の事故、兄が倒れた件、金田に一切の責任はない。だから、このままでは受け取れない。せめて、この恩を返せる手段を見出したい。必死に考えた。

 

(返す……恩をお金でっ)

 

 あまりの単純明快な案。パッと目の前が開けた。

 

「……お借りしますっ」

「……冬子?」

「貸すつもりはありません。これはお詫びの……」

 

 決意した冬子は茶封筒を手にし、ベッドから下りる。困惑した兄の隣へ座り込んだ。

 

「……私がお金を借ります。一生……かかってでも……必ず、お返しします」

「!? 冬子……妹の言う通りです。残間さん、ありがたく……お借り致しますっ」

 

 冬子はこの瞬間、憎しみによる醜さが消えない人生を選ぶ。きっと後悔する日は来るだろうが、構わない。兄は意味を理解し、正座に座り直した。

 兄妹の頭を眺めながら、金田の父親はフッと笑う。その笑い方が金田自身によく似ており、納得してくれたと分かった。

 

「……承りました。では……借用証書の作成を致します。村上先生、お願いします。この方は私の顧問弁護士です」

「え? あれ、村上さん? ……ああ、はいっ。よろしくお願いします」

 

 呼ばれた顧問弁護士の村上(むらかみ)先生は廊下で待機していたらしく、スッと現れる。兄が益々、混乱した理由は後で聞いた。

 借用証書は無事に作成され、冬子は借金を背負う。これを返却し終えた頃、別の目標が出来ているだろう。

 先ず、手術の具体的な日程と説明が先だ。

 執刀医には近隣から選りすぐりの医師を呼び寄せ、術後のリハビリ計画も見直される。皮膚定着の為、自然の多い環境での暮らしが望ましいとされ、引っ越しは必須。

 

(裕二は……置いていこう)

 

 裕二は両親が離婚し、高校卒業までの学費はある独り暮らしのアパート家賃と生活費はバイトで賄う身。よしんば、彼が全財産を使い果たしてでも、冬子を選んだと仮定しよう。学業、生活についての保障は何もないのが、現実問題だ。

 顔が醜く歪んでも、裕二の愛は変わらなかった。もう十分故、彼を解放しようと勝手に結論付けた。

 

 そんな矢先、金田は目覚めた。

 辛い現実を知り、彼の三眼目に積雪の雪景色を感じる。嵐の前の静けさと言えよう。

 金田と桐生の間に、役者仲間の情はあったに違いない。それが友愛か、恋愛か、名前を付ける前に最悪な別れ方をした。

 通し稽古を見た限り、クリスティーンの代役は誰にも務まらない。金田は怪人役から降り、演劇そのものも辞めてしまう。それは嫌だ。

 これ以上、何も失いたくない。願いよりも欲望に近い感覚が冬子の中で生まれた。

 桐生との最後の会話を伝えた時、彼にも舞台への渇望は残っている。ならば、冬子は怪人となりて、金田を舞台へ導くのみ。

 

 ――私のクリスティーンよ、舞台へ立って!

 

 狂おしいまでの愛が冬子の胸から湧き起り、舞台に立たずとも、心は怪人へ成り果てる。生まれ乍らの感覚であるような錯覚、甘美なまでに心地良かった。

 愛されたい、演じたい、観られたい。

 冬子自身も驚く程、心が貪欲になる。

 

「有森君、浮気しないでね」

「え? 4日振りに会った台詞がそれ? 違うぞ、冬子。俺は金田一(きんだいち)と一緒だっただけで、決して……冬子、聞いてる?」

 

 混乱極まった裕二へ今後を話す。引っ越しは残念がられたが、遠距離恋愛になっても関係を続ける。それを2人で決められた。

 コンクール参加については担当医にこってり、叱られた。でも、反対はされなかった。

 

 夏のコンクール出場後、皮膚移植の手術も無事に成功。顔の手術痕は残るが、冬子は晴れ晴れとした気分で不動山市に別れを告げた。

 

 大学卒業後、裕二を含めた仲間と共に劇団『歌夏』を立ち上げ、舞台女優としても活躍。順調に功績を上げ、冬子の想定よりも早く借金返済を完遂した。

 それを機に兄もようやく、結婚に至る。何よりも朗報だ。

 早乙女先輩には公演の度、招待チケットを送り続けた。彼女との関係を知る者は天使のような寛大さと褒め称え、または崇めた。勿論、許しの証ではなく、戒めの為だ。

 日高の場合は誰に聞いても住所を教えてもらえず、仕方なく諦めただけだ。

 まだ天国へ行けぬ程、心は醜い。

 

「こんなんじゃあ、天国に行けないね」

「天国……ですか? 冬子さん」

 

 冬子の独り言が思いの外、大きかったらしい。打ち合わせ相手のデザイナー・北見(きたみ) 花江(はなえ)に驚かれた。

 今は『大草原の小さな家』で軽食がてら、演劇衣装デザインを依頼している最中だった。

 

「すみません、北見さん。ちょっと昔を思い出していたの」

「クスッ。今回、公演される『オペラ座の怪人』は高校生以来とお聞きしています。懐かしくなるのは当然かと……」

 

 北見は微笑みながら、アイスコーヒーを一口。大手デザイナーの懐の広さが眩しい。彼女こそ、天国に行く人間だ。

 カランカランッと来客の鐘が鳴り、もう1人の約束相手が現れた。

 

「遅くなりました。月島さん、北見さん」

「金田君っ」

(いち)さん、お久しぶりです」

 

 口髭を生やした元同級生、公演成功に向けての頼もしき協力者。今回もクリスティーン役を引き受けてくれた。

 

「引き受けていませんよっ、勝手に決めないでください」

あら~心を読まれちゃったわね♪

「私、クリスティーンの衣装……(いち)さんのイメージで作ってみたわ。……どう?」

 

 冬子の隣へ座り、金田は開口一番に文句。北見がデザイン画をそっと見せ付ける。下描き段階でも、素晴らしいセンス。借金返済の折、金田の父親に紹介してもらってからの付き合いだが、純粋に劇団入りして欲しい。

 

「自分、ウバルド役なら引き受けますよ」

「ざんね~ん、私は金田君の敵ですっ。お望みの配役は振りませんっ」

「……敵? ……冬子さん、(いち)さんの敵だったんですか……。フフフッ、成程っ」

 

 ぶっきらぼうな態度になり、金田はウバルド役を希望する。だが、冬子は腕で×を作って断った。何故だろうか、北見は殊更に可笑しそうだ。

 

「……敵に大役を任せるなど、有森君は反対しないのですか?」

「しないよ。怪人の敵はクリスティーンでしょう? だったら、金田君しかいないじゃない」

 

 苦笑した金田は相変わらず、冬子の味方にならない。だからこそ、彼にクリスティーンを頼める。怪人の敵はラウルやカルロッタでもなく、若く美しい小娘なのだ。

 金田はフッと微笑み、わざとらしくため息も吐いた。

 

「有森君に免じて、引き受けましょう。折角、伸ばした髭を剃るのは惜しいですが……」

「「ない方が可愛いのにっ」」

 

 承諾しておきながら、金田は皮肉たっぷりに口髭をなぞる。何の示し合わせもなく、冬子は北見と口が揃う。厨房にいた店長のブッと噴き出す笑い声が聞こえた。

 

「……ゴホンッ。打ち合わせの前にひとつ、言わせて下さい。月島さん……ご結婚、おめでとうございます」

「うん、ありがとう。金田君っ」

 

 澄まし顔で咳払いし、金田は祝福してくれた。

 祝いの言葉通り、冬子は裕二と入籍する。彼が月島姓になり、仕事上は「有森 裕二」と名乗り続けた。

 

 やがて、冬子は顔の痕さえ、誇れる程の大女優と名を馳せる。裕二は「その夫」として有名になった。

 オマケ扱いに、少しだけ複雑だった。

 けれど、それは彼が冬子の人生に深く関わってくれていた証と、今は胸を張って言える。

 

 『オペラ座の怪人』の怪人はどうなったかと言えば、勿論の大成功。

 演出家の黒沢(くろさわ) 和馬(かずま)大先生から、「キャスティング、先にやられた」と形式ばらない賛辞を頂いたのが、その証拠である。

 




黒沢オーナー「ビックリした……最終回かと思いましたよ。このお話、まだ続くんですね。それだけ、金田一さん達が事件に遭遇するかと思うと……。え? あ、はい……次回予告……これかな? 『レストランでの殺人はお控えを』。お別れする際……双方が納得する形でお願いしますよ」

月島 冬子
原作にて硫酸を頭から浴び、顔全体が焼きただれてしまう。憎しみに心が醜くなる前に天国へ行こうと、命を絶った
作中にて、津雲先生の活躍により、左顔面の被害に治まる。オリ主を舞台へ立たせるファントムとなった。引退するその日まで、多くのプリマを導くであろう

演劇部副顧問の国語担当・月島 亮二
アニメ版オリキャラ、劇中では顧問。亡くなった妹の為、部を盛り上げようと頑張った結果、意に沿わぬ復讐殺人事件が起きるなど、何一つ報われない。事件後も教師を続けた
作中にて、夏休み中に冬子と共に学校を去る


弁護士の村上
準レギュラー・村上 草太の親。作中にて、残間 青完の顧問弁護士
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