金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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コンクール会場には演者の思惑とは別に、色んな人が観に来る
今回はそう言う話です

※鬼頭小百合の口調はイメージです(劇中に悲鳴しかない)

誤字報告により、修正しました。ありがとうございます


3休 嘆きの鬼伝説を独りで演じても

 高校演劇コンクール会場、出場校勢揃い。

 学生服を着ていなければ、社会人と見間違う面構えの生徒も多くいる。軍隊のような威圧感を持ち、制服の煌びやかさで注目される学校もあるだろう。

 あるいは悲しき惨劇に見舞われた事件が起こったにも関わらず、出場を辞退しなかった学校の参加に驚かれるかもしれない。

 だが、実際は持ち込んだ衣装、大道具、生徒の確認に追われて多忙、極まる。

 

「「先ぱ~い、今日は父の助手で来ましたっ」」

 

  佐木(さき)兄弟は【佐木映像】の腕章を着け、ハンディカム越しにご挨拶。ただでさえドッペルゲンガーな兄弟は本日、私服もお揃いである。

 

「あれ? ミス研の佐木君って奴……」

「オレ、緊張してんのかな? 同じ顔が2人に見えんだけど……」

「もう1人は一つ下の竜二君です」

 

 有森(ありもり)仙道(せんどう)は困惑し、目頭を押さえる始末だ。

 (いち)の見慣れたとは言え、一瞬でも目を疑う程にソックリだ。

 

「さっき、宇治木さんも見かけたっス。明日に合わせて休み取ろうとしたら、上司に仕事して来いって言われたそうデス」

「宇治木さん?」

「週刊誌の記者だよ。月島さんは会った事ないっけ?」

 

 ケタケタッと海峰(かいほう)は笑い、月島(つきしま)はどうにか記憶を辿る。すかさず、神矢(かみや)は教えた。

 

「佐木さん、本日はお仕事とか……。いえいえ、こちらこそよろしくお願いしますっ」

(……佐木君のお父さん、何も喋ってないけど……月島先生には聞こえるのかしら?)

 

 不動高校演劇部副顧問の月島(つきしま)先生は佐木兄弟の父・連太郎(れんたろう)と挨拶を交わす。傍から見れば、副顧問が一方的に喋っている。佐木兄弟以外、七瀬(ななせ)と同じ疑問を浮かべた。

 

 開会式後の幕間、一番手の高校が準備に入った頃。

 ようやく周囲を見渡せる程の余裕が生まれる。演出家・影島(かげしま) 十三(じゅうぞう)、脚本家・虹川(にじかわ) 幸雄(ゆきお)などの著名人が審査員席に座る様子は圧巻だ。

 不動高校演劇部顧問の緒方(おがた)先生は生徒の緊張にお構いなく、傾聴を求める。その手には先日、配布されたプログラムが握られていた。

 

「予定通り、私達は明日の午後。今日は好きにして構いません」

「「「はいっ」」」

 

 部長の布施(ふせ)先輩と声を揃え、(いち)は良く通る声で返事した。

 明日、明後日に順番を控えた高校はほとんどが他校を観劇する。月島達は退席を選び、会場裏などの邪魔にならない場所を探す。僅かな時間も練習に費やす為だ。

 (いち)はプログラムを眺め、座席に残る。微かな緊張に深呼吸し、緞帳を眺めた。

 

「あれ、金田君。残るの?」

「はい、観ておきたい学校がありますから……」

 

 七瀬から不思議そうに問われ、正直に答える。納得した彼女は音響係へ一言、二言告げ、勝手に隣へ腰かけた。

 

「どこの高校? あたしはね……こことか、ここっ、ここも」

「全部、明日じゃないですか……。自分、この学校です」

「一番手なんだっ。……神奈川から来てて、初参加の学校! 知り合いでもいるの?」

「……ええ、いますよ」

 

 先程、見渡した時に中学校時代の同級生を見かけた。元々、一緒に進学先するはずだった高校の制服を着ており、そこの演劇部にいる。この事実を目の当たりにし、懐かしさとショックに口元が引き攣った。

 だからこそ、観ておきたい。

 かつての同級生の演技を期待しつつ、まるで自分の出番を迎えた様に胸が弾む。

 幕間の終わり、開幕のベルが鳴った。

 

 ――演目、『アルセーヌ・ルパン』。高校生演劇に相応しく、愉快痛快。事件を起こす怪盗が探偵の如く快刀乱麻を魅せ付け、大いに会場を盛り上げた。

 お見事。

 中学校時代を知る身として、成長した演技を披露された気分だ。拍手喝采を受けながら、緞帳は下がる。一瞬、主役を演じた元同級生と視線が絡んだ。そんな気がする。

 

 

 翌日の本番、昨日と同じ場所に立つ。

 到着した瞬間から胃が竦み、視界が他人事のように脳髄と切り離される。だが、体はテキパキと準備に取り掛かり、聴覚も働く。午前の部が終わった昼、食事も喉を通った。

 控室は確認の声で犇めき合い、私語はひとつもない。

 衣装に袖を通しながら、頭の中は台本の文字が羅列される。衣装係が役者それぞれの着回しをチェックする中、(いち)は緒方先生に化粧を施される為、お行儀良く椅子へ座った。

 

「黒沢オーナー! 来てくれたんですかっ。どうぞ、中へ!」

「し~っ、大きい声を出さないでっ。ちょっと様子が見たかっただけです。キミ達を観たら、すぐ帰りますよ。これ、差し入れのクッキーっ」

 

 扉向こうの廊下、七瀬の明るい声が聞こえる。何事かと気にかけ、マスクとサングラスで顔を覆う不審者がチラリと窺えた。

だが、緒方先生は余所見を許さず、顎を掴まれて顔面の向きを固定された。

 カツラも被り、髪飾りにて装飾。クリスティーンは仕上がった。

 布施先輩のラウル、月島の怪人、カルロッタ役、支配人……。役者の準備は全て整う。

 月島先生の手振りに従い、(いち)は歩く。

 一歩、一歩、進む度にクリスティーンと成っていく。

 錯覚ではなく、確信だ。

 ステージ台へ大道具の運び込み、会場から借りたグランドピアノも設置完了。

 観客は緞帳の向こう側だが、既に視線を肌で感じる。呼吸音が騒がしく聞こえる程、誰もが無言だ。緒方先生は何も言わず、1人、1人へ微笑む。真っ赤な口紅は薄暗い舞台袖でも栄えた。

 開幕のベルを聴き、今一度、何者を自覚しよう。

 

 ――ここはパリ、憧れのオペラ座。自分はクリスティーン――オペラスターに焦がれる小娘なり。

 

 美しきカルロッタを舞台袖から眺め、そこに立ちたいと願う。ただ立つだけではなく、彼女のように上手く歌いたい。気品溢れる教養を身に付けたい。学びを享受したい。

 オペラ座に住まう〝音楽の天使〟、我が師よ。

 天使のように慈しみながら、悪魔のように恐ろしい振る舞いをなさる。カルロッタを引き摺り降ろしたかったんじゃない。オペラ座に惨劇をもたらしたかったんじゃない。何故、分かってくれないのだろう。

 共に地下室へ参りましょう。死がふたりを分かつまで、お傍を離れません。

 どうか、愛しき人を傷付けないで下さい。

 

彼を救う為なら……何でもやるわ

 

 祈る心地だった。聞き入れられ、ラウルは助かる。しかし、追手の声が地下室へ迫る。怪人に逃げ場はなく、誰も逃がさない。彼も死を覚悟し、マスクを投げ捨てて、焼け爛れた顔を晒す。

 

「私の名はエリック、クリスティーン……どうか、最後にエリックと呼んで……」

 

 幼子が母親を求めるような懇願、それは聞けぬ。

 未来ある恋人の門出を祝い、エリックはピアノの前に立つ。嵐の明けた朝を思わせる調べ、そっと横に立ち、共に弾こう。最後の授業だ。

 指が鍵盤に乗り、1人でも弾ける。それを独り立ちの証明とし、エリックは去る。永遠の別れに惜しめば、ラウルに肩を抱かれた。

 

 ――照明が落ち、演奏も止まる。緞帳が下がりながら、拍手を喜んで聴いた。

 

 目の前の鍵盤、肩にある布施先輩の手、薄暗い照明に閉幕をようやく実感。(いち)は正直、体中の力が抜けて立てない。月島先生に容赦なく、引き摺られて退場。

 次の高校が準備する為、七瀬や仙道も撤収に急ぐ。

 控室へ放り込まれ、脱ぐのも忘れて床へ倒れ込む。それだけ、(いち)の体に力はない。汗だくで痙攣気味に震え、呼吸も覚束無い。緊張の糸が切れた状態とはこの事だ。

 

「ほらっ、金田。水分取れっ」

はい……

 

 有森からペットボトルを渡され、必死に飲む。その間、衣装係がカツラを奪う。化粧もさっさと落とされ、衣装も脱がされた。そこまでされれば、(いち)は残った気力で必死に制服を着込んだ。

 

「能条 光三郎に似た人を見付けた」

「湖月レオナは絶対、いたっ」

「何か……俺らも知ってる大物がやたらと多くなかった? 座ってる場所、審査員席じゃないから……ただの見物?」

「俺のダチも来てたけど、もう帰ったかなぁ」

「はじめちゃん、なんだかんだ言って……来てくれたんだ♪」

(辻口先生、居た気がすんなあ……)

 

 私語もそこそこに神矢達が大道具を搬出し、片付けの最終チェック。控室を明け渡す。

 

「皆、お疲れ様。明日の結果は予定通り……」

 

 会場の駐車場。緒方先生から連絡事項を受け、本当に出番が終わってしまう。満足そうな月島と違い、(いち)は名残惜しさにため息を吐いた。

 

七瀬さん、み~っけ♪

「辻口さん! 久しぶりっ。丁度良かったっ。緒方先生、吉野高校演劇部の皆さんです」

「ああっ、金沢の方々。顧問の緒方です」

 

 ゾロゾロと現れた一行を見つめ、(いち)はギョッとする。

 先ず、七瀬がハイタッチした女子生徒も辻口と呼ばれていた。彼女達の引率らしき保護者は面打ち師・辻口 鈴置(つじぐち すずおき)先生本人、夏仕様の和装を着込む姿は巨匠の雰囲気だ。

 壇上から見かけた時、気のせいではなかった。

 

「部長の中野 宏和です。素晴らしかったですよ、『オペラ座の怪人』っ。それで……クリスティーン役の子はどこに?」

「部長の布施です。去年は部員がお世話になりましたっ」

 

 不動高校の応援にわざわざ、石川県よりお越し頂いた金沢吉野高校演劇部。七瀬から紹介され、部長の中野(なかの) 宏和(ひろかず)はニッコニコで握手を求める。布施先輩も部長スマイルにて、対応した。

 3年生・岡安 俊英(おかやす としひで)。2年生・辻口(つじぐち) 令衣子(れいこ)坂本(さかもと) 裕子(ゆうこ)鬼頭(きとう) 小百合(さゆり)。1年生・辻口(つじぐち) 美奈子(みなこ)と挨拶されたが、(いち)は彼らの引率たる保護者へ早く挨拶したかった。

 辻口先生は遠巻きに生徒達を見守る。以前は険しい表情だったが、今は優しく微笑む。(いち)へ向けられる視線、笑みを返した。

 

「こちらは父の辻口 鈴置です。今回、演劇部の引率を引き受けてくれたの。東京に行こうって企画してくれたのも父なんです」

「副顧問の月島です。遠路はるばる、ようこそ東京へ」

「いいえ、この子達の見聞を広める良い機会になればと思いまして……」

 

 辻口姉に紹介され、緒方先生は礼儀正しく頭を下げる。辻口先生は厳格ながらも、辻口姉妹を思いやる口調でゆっくりと交互に見つめる。辻口妹は姉と違い、そっと視線から目を背けた。

 (いち)はハッとした。

 

辻口先生……娘さん、いたのですね

「金田……お前は一体、何を言っているんだ?」

「金田先輩……好きなアイドルに子供がいて、ショック受けたファンの顔しちゃってマスよ」

 

 独り言を呟いたはずが、全員に聞かれる。神矢に呆れられ、海峰は同情めいた視線を向けた。

 

「辻口先生って……金田、知ってるのか?」

「はい、辻口先生は面打ち師です。起源は推定ですが(先祖代々から続く辻口家の輝かしい経歴)と由緒正しいお家柄なのです」

 

 月島先生へ問われ、(いち)はあくまでも簡潔に話す。

 

へえ、詳しいなあ。キミ……

「早口言葉か? 怖……」

「瞬きしてなかったわよ、あの人」

「……すみません」

 

 中野達は引き攣った笑みを見せ、引き気味に笑い、辻口妹は遠慮がちに手を挙げた。

 

「……残間という男子はどの人、ですか?」

「「!?」」

 

 問われた瞬間、(いち)の背筋が凍り付く。事情を知る七瀬も硬直し、目が泳ぐ。

 

「違う違うっ。美奈子、それは金田君じゃよ。先程、お前さんのお父上とご挨拶をね」

「……はい、金田でございます」

「……成程」

 

 慌てて辻口先生が言い直せば、(いち)は笑顔を取り繕う。辻口妹は一瞬、納得し難い表情になったが、すぐに察してくれた。

 原因は父たる残間(ざんま) 青完(あおまさ)と理解したが、おそらく姉・さとみとも話したのだろう。

 多分、観客席にいた気がする。金田祖父母、かほる先生、朝木(あさき)親子、遠野(とおの)先輩、桜樹(さくらぎ)先輩、三谷(みたに)教頭、執行部面々、そして、御堂(みどう)嬢に山根(やまね)夏岡(なつおか)(くれ)はしっかり、見えた。

 

 ――元同級生も座っていた。

 

「アナタは怪人ね……とても、素晴らしかったわ。私、鬼頭よ」

「私は月島、ありがとうね。鬼頭さん」

 

 ずっと無言だった鬼頭は剣吞な雰囲気で女子生徒を1人、1人と確かめ、月島へ礼儀正しく微笑む。

 

「その包帯、まだメイクしたままなワケ?」

「それより、クリスティーン役。何度も入れ替わりがあったって、他の人が話しているのを聞いたわ。どんな子を選んだの?」

「彼よ」

「え? うそお……男じゃんっ

 

 岡安が月島の包帯を気にした途端、坂本は慌てて話を逸らす。緒方先生に背を押され、(いち)とバレる。中野は心底、愕然とした。

 

「そうかっ、どこにいるのかと思っていたが……良くやった。本当に……素晴らしかったぞ」

「はい……」

 

 辻口先生は嬉しそうに驚き、褒め言葉を賜る。その微笑みから、(いち)を観に来てくれたのだ。今日一番の喜びに胸が弾み、口元も綻んだ。

 鬼頭はジロリッと敵意に近い視線、ゾッとする。グイッと顔が迫って来た。

 

「アナタがクリスティーン……そう、覚えたわ。泉鏡花演劇祭、今年も来るわね? 楽しみにしてて、最高の鬼を見せてあげるっ」

「11月ですよね……すみません、その時期は生徒会活動を優先します」

「金田君。断るにしても言い方っ」

 

 挑戦状を叩き付ける迫力だが、生憎と予定が混む時期。遠方へ向かう理由など思い付かず、素直に断った。

 鬼頭も断られると思っておらず、ギョッとする。

 生徒会長である七瀬に注意される謂れは全く、ない。後任へ引継ぎ業務があり、彼女は絶対に忙しいはずだ。

 

「それは仕方ない……だが、金沢へ来る事があれば……是非、家へ寄りなさい」

「はい、辻口先生。お言葉に甘えます」

「……なんでお父さんには愛想良いの? 金田君ってば、面白い人」

「あれじゃね? 気に入られて、面を安く売って貰おうって魂胆だろ」

「……そんな風に見えるんなら、岡安は眼鏡を買い替えた方が良いぜ。度が合ってない」

 

 辻口先生はハハッと吐く様に笑い、(いち)を誘う。社交辞令でも嬉しい。

 辻口姉は呆れ顔になり、岡安は小馬鹿にし、中野は後輩を憐れんだ。

 

「金田って……何気にオッサン好きじゃね? 前にも、御堂 周一郎が好きとか言ってたろ……」

「剣持警部にも、すっげえ愛想良かったな。そう言えば……」

「……剣持……警部」

 

 布施先輩と有森の会話を盗み聞き、坂本が顔色を変える。そこに誰も気に留めず、辻口妹は静かに時計を見やる。

 

「お姉ちゃん、そろそろ……駅に行かないと」

「ええ! もうそんな時間?」

「……そんな~、もっと喋りたかったなあ。うちの学校には緒方先生みたいな美人もいないし……」

「そんじゃ、次は泉鏡花演劇祭を観に来てくれよな。先生方も是非、金沢吉野高校へお越しください。いつでも歓迎致します」

「フフフ……機会があれば、勿論……そちらへ伺うわ」

「俺も覚えておくっ」

 

 辻口妹の促しに辻口姉は小さく悲鳴を上げ、岡安はゲンナリ。

 中野は生徒へキザな態度だが、先生方にはしっかりと頭を下げる。緒方先生と月島先生も愉しげに挨拶を返した。

 

「鬼頭さん……行きましょう」

「ええ、美奈子ちゃん。……月島さん、また」

「帰りは気を付けてね」

 

 辻口妹に呼ばれ、鬼頭は月島との再会を望む。

 しかし、月島は答えぬ。何故なら、彼女は夏の間に不動高校を去るのだ。吉野高校の方々へ打ち明ける必要はないだろう。

 辻口先生と視線が絡み、(いち)はただ深く頭を下げた。

 夏仕様の和装の袖がゆっくり揺れて、彼は背を向ける。下駄の音が舞台の終わりを告げる鐘のように響き、「また会おう」と語り掛けている気がした。

 

「金田君、ご家族よ」

 

 金沢吉野高校一行が去るのを見計らったようなタイミングで、緒方先生は別方向を指差す。

 さとみが必死の形相で駆け込み、(いち)の手を掴む。

 

「さとみさん!?」

「こんにちは、七瀬さんっ。いつも弟がお世話になっております。金田 (いち)の姉です。弟を迎えに来ました。この場で連れ帰っても、よろしいでしょうか?」

「……本来なら、学校で解散だけど……急用そうね。金田君、明日の集合時間に遅れないで」

「いえ、自分……皆と……」

 

 驚いた七瀬を含めた全員へ挨拶し、さとみは切羽詰まった態度で緒方先生に頼み込む。(いち)の意見をガン無視され、拉致された。彼女の鍛えられた脚力に合わせるがやっとだ。

 

「……え? 金田……あんな美人の姉ちゃんいたん……?」

「あ~……そりゃあ、学校の女子……相手にしねえわ」

「金田君のお姉さん、お父さん似なのね……」

「冬子、いつ……金田の親父さんに会ったんだ?」

「金田のお父さんなら、体育祭にいたぜ。俺、紹介されたもん」

 

 残された仙道、布施先輩、月島、有森、神矢達は勝手に盛り上がったそうだが、七瀬さえも教えてくれなかった。

 連行された場所は駐車場内だが、先程の位置からは遠く建物で死角になる。見慣れた自家用車の傍らには、予想通りの残間。思わず、(いち)は顔を顰めた。

 見知らぬ淑女とその娘らしき黒い袖付きワンピースの方に囲まれており、別の所帯を目撃したような気分に陥る。どう考えても、修羅場だ。

 

「残間……遂に再婚を?」

「美咲さん、あれが生物学上の息子です」

「お父さん! すみません、お話した弟の(いち)です。こちら、美咲さん。こっちはジゼルっ」

「年下のくせに呼び捨て?」

「ジゼルっ、良いじゃないの。初めまして、美咲です。(いち)君、少しお話をいいかしら?」

 

 浮かんだ疑念を口にすれば、残間に睨まれる。己の父を窘め、さとみは美咲 蓮花(みさき れんか)とジゼルの母子を簡単に紹介した。ジゼルとやらは早速、さとみと険悪らしく睨み合う。怖い。

 美咲母は名通りの咲いたような笑顔を振りまき、フワッと薔薇の香りが漂う。意識せねば、感じない程の微かな匂い。既視感を覚えたが、先ずは彼女の話だ。

 

「この車、お母様が乗っていらしたの?」

「はい……母が選んだ車です」

「後ろの部分、へこんでいるけど……何か事故にでも遭ったかな?」

「……知りません。母は出かけ先の事は何も……話さなかったので……」

 

 美咲母に指摘され、リアバンパーの傷に気付く。バック中に何かにブツけたか、あるいは後ろから追突された時に出来る傷だ。興味がなかった為、(いち)は知らなかった。

 残間の運転による傷、それは有り得ない。己の妻だった金田 にいみの数少ない代物。身を挺してでも、車体を守るだろう。

 

「いきなり、ゴメンなさい。2年くらい前、私も全く同じ車に乗っていたから……つい詮索しちゃってね」

「……いえ。お役に立てず、すみませんでした」

 

 美咲母は高校生相手にも深く、頭を下げる。過去に乗っていたなら、今は別の車体。美咲嬢の苦痛に歪む表情から、悲惨な思い出が募っていると感じた。

 そっと己の娘の肩を抱き、落ち着かせる。心優しき態度は羨ましくはないが、まさに理想の母親と言えよう。

 

「残間さん……私達はここで失礼します。またお会いしましょう」

「ええ、美咲さん……また。ジゼルさん、貴女の本……探して読みますからね」

「!! はいっ、おじ様♪ 全ては因果の流れるままにっ

((え? ……運命じゃなくて、因果……重っ))

 

 別れの挨拶さえ、美咲母は丁寧である。しかし、美咲嬢の口振りには姉弟でギョッとした。

 唐突の出会いと別れだが、印象に残る親子だった。

 薔薇の香りのせいだろう。

 何かを思い出しそうだが、結論を出したくなくて思考を閉ざす。何故なら、残間の運転する車に乗らなければならない。逃げようとしても、さとみに腰を掴まれて万事休す。

 最悪だ。

 車内は以前と変わらず、新車特有の冷たい空気。

 さとみがいなければ、(いち)は絶対に乗らない。寧ろ、残間も乗せない。閉ざされた空間にお互いの呼吸音が耳障りな程、聞こえる。

 

「車で来るとは珍しいですね。残間っ」

「月に1回は長距離を走らせんとな。仕事も電車通勤でね。活躍させる間もない」

 

 特に知りたくないが無言に耐え兼ね、(いち)は適当に話題を振る。残間のつまらなそうな言い草から、月に一度のドライブは何の成果も得られていないのだろう。

 走った価値はあった。同じ車種に乗っていた美咲母子との出会い、微かなでも解決の糸口になると残間は期待している。

 リアバンパーの傷を意識し、振り返る。会場の駐車場で見かけた車が走行中だが、妙な違和感。問題は宮城県ナンバーでありながら、運転手は明智(あけち)警視のせいだろう。

 ビックリし過ぎて、二度見した。

 

(残間が東京にいる間、明智さんが警護……ご苦労様なこって)

 

 残間は逃亡犯との接触を警戒され、宮城県警に張り込まれている状態だ。しかし、客席に彼の姿を見た覚えがない。

 

「さとみさん、かほる先生を見かけましたが……他に誰と会いましたか?」

「そうね……小林さんは勿論だけど、岩屋さんとか、氷垣さんとか、明智さんとか、遠野君も……いっくんの学校の教頭先生でしょう。あたしは会えなかったけど……朝木さんもいるって、お祖母ちゃんが言ってた。そうそう、山根さんって人にも挨拶されたよっ」

「さとみを知っている人もいたっ。静岡の公演を観に来た人だったな」

 

 探りを入れれば、残間はニッコニコ。それよりも重要な点。

 

(岩屋 菊之助……来てたのお? 会いたかった……くそお。氷垣さんがいるなら、黒沼先生もいたかなあ?)

「皆、観に来てくれた甲斐あったね。今日のいっくん、と~っても凄かったよ♪ あたし、妹いたかなって思っちゃったっ」

 

 舞台に集中していたとは言え、一目でも会いたかった。舞台の感想が耳を抜け、さとみへの妬ましさに顔を覆う。瞼の裏に辻口先生を思い描き、(いち)は堪えた。

 

「ところで、いっくん♪ 入院してたって、どういう事? 剣持警部に聞くまで知らなかったんだけどなあっ」

 

 満面の笑みを浮かべ、さとみは怒る。

 原付バイク転倒事故により、意識不明の入院騒動。(いち)は伝えるつもりはなかったバレてしまい、体中の毛穴から汗が一気に噴き出した。

 

「さとみさんには、残間が伝えてくれていると……信じていましたっ」

(いち)っ、よくもそんな口から出まかせが言えたな!!」

 

 ここからは生物学上の親子による醜い擦り付け合いが始まり、金田家へ到着する頃には素直に謝った。

 

「伝えると言えば、(いち)。剣持警部に私の所属を伝えてなかったんだな」

「……剣持さん、知らなかったのですか……初耳です」

「もう……似た者親子ねえ、本当っ」

 

 いつの間にか、明智警視の乗る車は影も形もない。本日の警護、終了らしい。

 

「わあ~綺麗な薔薇♪」

「! きっと、かほる先生からですっ」

 

 玄関先から花瓶へ生けられた薔薇に出迎えられ、姉弟で大喜び。

 金田祖母がかほる先生より預かり、先に持ち帰られた。彼女は先週の約束通り、花束を用意してくれた。早速、お礼の電話だ。

 

〈そう、もう生けてくれたのね。今の原稿が終わったら、またお店に行くわ〉

「お待ちしています。……それとひとつ質問が、母の車なのですが……」

〈うん? ……ああ、それね。一昨年の事よ。後ろから追突されて、相手に逃げられたんですって。新車だったのにって、電話で愚痴ってたわ〉

「……2年前ですね。分かりました……ありがとうございます」

 

 物の次いでにする話ではないと早速、後悔。

 美咲母から聞いた話と噛み合った情報は嫌な符号を連想させ、早々に電話を切り上げる。かほる先生にはまた会えるのだから、問題ない。

 

(……二神先生も知ってる?)

「にいみは事故に遭ったのか?」

 

 受話器を置いて振り返った先、残間が気配なく立つ。ビビった。

 

「……はい。かほる先生はそう……連絡を受けたと……」

「……にいみ、可哀想に……」

 

 誤魔化さず、されど詳細も語らない。

 (いち)と目を合さず、残間は思考に耽る。タートルネックを触りながら、玄関にある薔薇を眺めた。

 

「……何だか、懐かしいな。何処かで見た気がする……」

 

 残間の呟きは誰に向けた者だろう。

 少なくとも、(いち)にではない。きっとここにいない元妻だろうと考え、背を向けた。

 




如月「如月です。高校生の情熱、素敵ね。金沢に来るなら、私とも会えるかも。フフッ、楽しみに待ってるわ。さて、次回は『嘆きの鬼伝説を独りで演じても-観客席』!! このタイトル、緒方先生でも良かったんじゃ……ああ、そう言う事ね」

面打ち師・辻口 鈴置
金沢市で名の知れた面打ち師。歴代に比べ、自分自身を凡庸だと思っている。作中にて、生前の氷室 一聖と交流があった

辻口 令衣子
金沢吉野高校演劇部2年、鬼頭の大ファン。前妻・真紀子の娘。『嘆きの鬼伝説』にある意味で執着し、部活動で絶対に公演させない意気込みを見せる

辻口 美奈子
演劇部1年、後妻・佳代の連れ子。内気だが、自分の意見をハッキリと持つ。実父・山崎 聖治似た面打ちの才能がある。作中にて、『幻想魔術団』静岡公演を観に行った
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