金田少年の生徒会日誌 作:珍明
今回はそう言う話です
※鬼頭小百合の口調はイメージです(劇中に悲鳴しかない)
誤字報告により、修正しました。ありがとうございます
高校演劇コンクール会場、出場校勢揃い。
学生服を着ていなければ、社会人と見間違う面構えの生徒も多くいる。軍隊のような威圧感を持ち、制服の煌びやかさで注目される学校もあるだろう。
あるいは悲しき惨劇に見舞われた事件が起こったにも関わらず、出場を辞退しなかった学校の参加に驚かれるかもしれない。
だが、実際は持ち込んだ衣装、大道具、生徒の確認に追われて多忙、極まる。
「「先ぱ~い、今日は父の助手で来ましたっ」」
「あれ? ミス研の佐木君って奴……」
「オレ、緊張してんのかな? 同じ顔が2人に見えんだけど……」
「もう1人は一つ下の竜二君です」
「さっき、宇治木さんも見かけたっス。明日に合わせて休み取ろうとしたら、上司に仕事して来いって言われたそうデス」
「宇治木さん?」
「週刊誌の記者だよ。月島さんは会った事ないっけ?」
ケタケタッと
「佐木さん、本日はお仕事とか……。いえいえ、こちらこそよろしくお願いしますっ」
(……佐木君のお父さん、何も喋ってないけど……月島先生には聞こえるのかしら?)
不動高校演劇部副顧問の
開会式後の幕間、一番手の高校が準備に入った頃。
ようやく周囲を見渡せる程の余裕が生まれる。演出家・
不動高校演劇部顧問の
「予定通り、私達は明日の午後。今日は好きにして構いません」
「「「はいっ」」」
部長の
明日、明後日に順番を控えた高校はほとんどが他校を観劇する。月島達は退席を選び、会場裏などの邪魔にならない場所を探す。僅かな時間も練習に費やす為だ。
「あれ、金田君。残るの?」
「はい、観ておきたい学校がありますから……」
七瀬から不思議そうに問われ、正直に答える。納得した彼女は音響係へ一言、二言告げ、勝手に隣へ腰かけた。
「どこの高校? あたしはね……こことか、ここっ、ここも」
「全部、明日じゃないですか……。自分、この学校です」
「一番手なんだっ。……神奈川から来てて、初参加の学校! 知り合いでもいるの?」
「……ええ、いますよ」
先程、見渡した時に中学校時代の同級生を見かけた。元々、一緒に進学先するはずだった高校の制服を着ており、そこの演劇部にいる。この事実を目の当たりにし、懐かしさとショックに口元が引き攣った。
だからこそ、観ておきたい。
かつての同級生の演技を期待しつつ、まるで自分の出番を迎えた様に胸が弾む。
幕間の終わり、開幕のベルが鳴った。
――演目、『アルセーヌ・ルパン』。高校生演劇に相応しく、愉快痛快。事件を起こす怪盗が探偵の如く快刀乱麻を魅せ付け、大いに会場を盛り上げた。
お見事。
中学校時代を知る身として、成長した演技を披露された気分だ。拍手喝采を受けながら、緞帳は下がる。一瞬、主役を演じた元同級生と視線が絡んだ。そんな気がする。
翌日の本番、昨日と同じ場所に立つ。
到着した瞬間から胃が竦み、視界が他人事のように脳髄と切り離される。だが、体はテキパキと準備に取り掛かり、聴覚も働く。午前の部が終わった昼、食事も喉を通った。
控室は確認の声で犇めき合い、私語はひとつもない。
衣装に袖を通しながら、頭の中は台本の文字が羅列される。衣装係が役者それぞれの着回しをチェックする中、
「黒沢オーナー! 来てくれたんですかっ。どうぞ、中へ!」
「し~っ、大きい声を出さないでっ。ちょっと様子が見たかっただけです。キミ達を観たら、すぐ帰りますよ。これ、差し入れのクッキーっ」
扉向こうの廊下、七瀬の明るい声が聞こえる。何事かと気にかけ、マスクとサングラスで顔を覆う不審者がチラリと窺えた。
だが、緒方先生は余所見を許さず、顎を掴まれて顔面の向きを固定された。
カツラも被り、髪飾りにて装飾。クリスティーンは仕上がった。
布施先輩のラウル、月島の怪人、カルロッタ役、支配人……。役者の準備は全て整う。
月島先生の手振りに従い、
一歩、一歩、進む度にクリスティーンと成っていく。
錯覚ではなく、確信だ。
ステージ台へ大道具の運び込み、会場から借りたグランドピアノも設置完了。
観客は緞帳の向こう側だが、既に視線を肌で感じる。呼吸音が騒がしく聞こえる程、誰もが無言だ。緒方先生は何も言わず、1人、1人へ微笑む。真っ赤な口紅は薄暗い舞台袖でも栄えた。
開幕のベルを聴き、今一度、何者を自覚しよう。
――ここはパリ、憧れのオペラ座。自分はクリスティーン――オペラスターに焦がれる小娘なり。
美しきカルロッタを舞台袖から眺め、そこに立ちたいと願う。ただ立つだけではなく、彼女のように上手く歌いたい。気品溢れる教養を身に付けたい。学びを享受したい。
オペラ座に住まう〝音楽の天使〟、我が師よ。
天使のように慈しみながら、悪魔のように恐ろしい振る舞いをなさる。カルロッタを引き摺り降ろしたかったんじゃない。オペラ座に惨劇をもたらしたかったんじゃない。何故、分かってくれないのだろう。
共に地下室へ参りましょう。死がふたりを分かつまで、お傍を離れません。
どうか、愛しき人を傷付けないで下さい。
「彼を救う為なら……何でもやるわ」
祈る心地だった。聞き入れられ、ラウルは助かる。しかし、追手の声が地下室へ迫る。怪人に逃げ場はなく、誰も逃がさない。彼も死を覚悟し、マスクを投げ捨てて、焼け爛れた顔を晒す。
「私の名はエリック、クリスティーン……どうか、最後にエリックと呼んで……」
幼子が母親を求めるような懇願、それは聞けぬ。
未来ある恋人の門出を祝い、エリックはピアノの前に立つ。嵐の明けた朝を思わせる調べ、そっと横に立ち、共に弾こう。最後の授業だ。
指が鍵盤に乗り、1人でも弾ける。それを独り立ちの証明とし、エリックは去る。永遠の別れに惜しめば、ラウルに肩を抱かれた。
――照明が落ち、演奏も止まる。緞帳が下がりながら、拍手を喜んで聴いた。
目の前の鍵盤、肩にある布施先輩の手、薄暗い照明に閉幕をようやく実感。
次の高校が準備する為、七瀬や仙道も撤収に急ぐ。
控室へ放り込まれ、脱ぐのも忘れて床へ倒れ込む。それだけ、
「ほらっ、金田。水分取れっ」
「はい……」
有森からペットボトルを渡され、必死に飲む。その間、衣装係がカツラを奪う。化粧もさっさと落とされ、衣装も脱がされた。そこまでされれば、
「能条 光三郎に似た人を見付けた」
「湖月レオナは絶対、いたっ」
「何か……俺らも知ってる大物がやたらと多くなかった? 座ってる場所、審査員席じゃないから……ただの見物?」
「俺のダチも来てたけど、もう帰ったかなぁ」
「はじめちゃん、なんだかんだ言って……来てくれたんだ♪」
(辻口先生、居た気がすんなあ……)
私語もそこそこに神矢達が大道具を搬出し、片付けの最終チェック。控室を明け渡す。
「皆、お疲れ様。明日の結果は予定通り……」
会場の駐車場。緒方先生から連絡事項を受け、本当に出番が終わってしまう。満足そうな月島と違い、
「七瀬さん、み~っけ♪」
「辻口さん! 久しぶりっ。丁度良かったっ。緒方先生、吉野高校演劇部の皆さんです」
「ああっ、金沢の方々。顧問の緒方です」
ゾロゾロと現れた一行を見つめ、
先ず、七瀬がハイタッチした女子生徒も辻口と呼ばれていた。彼女達の引率らしき保護者は面打ち師・
壇上から見かけた時、気のせいではなかった。
「部長の中野 宏和です。素晴らしかったですよ、『オペラ座の怪人』っ。それで……クリスティーン役の子はどこに?」
「部長の布施です。去年は部員がお世話になりましたっ」
不動高校の応援にわざわざ、石川県よりお越し頂いた金沢吉野高校演劇部。七瀬から紹介され、部長の
3年生・
辻口先生は遠巻きに生徒達を見守る。以前は険しい表情だったが、今は優しく微笑む。
「こちらは父の辻口 鈴置です。今回、演劇部の引率を引き受けてくれたの。東京に行こうって企画してくれたのも父なんです」
「副顧問の月島です。遠路はるばる、ようこそ東京へ」
「いいえ、この子達の見聞を広める良い機会になればと思いまして……」
辻口姉に紹介され、緒方先生は礼儀正しく頭を下げる。辻口先生は厳格ながらも、辻口姉妹を思いやる口調でゆっくりと交互に見つめる。辻口妹は姉と違い、そっと視線から目を背けた。
「辻口先生……娘さん、いたのですね」
「金田……お前は一体、何を言っているんだ?」
「金田先輩……好きなアイドルに子供がいて、ショック受けたファンの顔しちゃってマスよ」
独り言を呟いたはずが、全員に聞かれる。神矢に呆れられ、海峰は同情めいた視線を向けた。
「辻口先生って……金田、知ってるのか?」
「はい、辻口先生は面打ち師です。起源は推定ですが(先祖代々から続く辻口家の輝かしい経歴)と由緒正しいお家柄なのです」
月島先生へ問われ、
「へえ、詳しいなあ。キミ……」
「早口言葉か? 怖……」
「瞬きしてなかったわよ、あの人」
「……すみません」
中野達は引き攣った笑みを見せ、引き気味に笑い、辻口妹は遠慮がちに手を挙げた。
「……残間という男子はどの人、ですか?」
「「!?」」
問われた瞬間、
「違う違うっ。美奈子、それは金田君じゃよ。先程、お前さんのお父上とご挨拶をね」
「……はい、金田でございます」
「……成程」
慌てて辻口先生が言い直せば、
原因は父たる
多分、観客席にいた気がする。金田祖父母、かほる先生、
――元同級生も座っていた。
「アナタは怪人ね……とても、素晴らしかったわ。私、鬼頭よ」
「私は月島、ありがとうね。鬼頭さん」
ずっと無言だった鬼頭は剣吞な雰囲気で女子生徒を1人、1人と確かめ、月島へ礼儀正しく微笑む。
「その包帯、まだメイクしたままなワケ?」
「それより、クリスティーン役。何度も入れ替わりがあったって、他の人が話しているのを聞いたわ。どんな子を選んだの?」
「彼よ」
「え? うそお……男じゃんっ」
岡安が月島の包帯を気にした途端、坂本は慌てて話を逸らす。緒方先生に背を押され、
「そうかっ、どこにいるのかと思っていたが……良くやった。本当に……素晴らしかったぞ」
「はい……」
辻口先生は嬉しそうに驚き、褒め言葉を賜る。その微笑みから、
鬼頭はジロリッと敵意に近い視線、ゾッとする。グイッと顔が迫って来た。
「アナタがクリスティーン……そう、覚えたわ。泉鏡花演劇祭、今年も来るわね? 楽しみにしてて、最高の鬼を見せてあげるっ」
「11月ですよね……すみません、その時期は生徒会活動を優先します」
「金田君。断るにしても言い方っ」
挑戦状を叩き付ける迫力だが、生憎と予定が混む時期。遠方へ向かう理由など思い付かず、素直に断った。
鬼頭も断られると思っておらず、ギョッとする。
生徒会長である七瀬に注意される謂れは全く、ない。後任へ引継ぎ業務があり、彼女は絶対に忙しいはずだ。
「それは仕方ない……だが、金沢へ来る事があれば……是非、家へ寄りなさい」
「はい、辻口先生。お言葉に甘えます」
「……なんでお父さんには愛想良いの? 金田君ってば、面白い人」
「あれじゃね? 気に入られて、面を安く売って貰おうって魂胆だろ」
「……そんな風に見えるんなら、岡安は眼鏡を買い替えた方が良いぜ。度が合ってない」
辻口先生はハハッと吐く様に笑い、
辻口姉は呆れ顔になり、岡安は小馬鹿にし、中野は後輩を憐れんだ。
「金田って……何気にオッサン好きじゃね? 前にも、御堂 周一郎が好きとか言ってたろ……」
「剣持警部にも、すっげえ愛想良かったな。そう言えば……」
「……剣持……警部」
布施先輩と有森の会話を盗み聞き、坂本が顔色を変える。そこに誰も気に留めず、辻口妹は静かに時計を見やる。
「お姉ちゃん、そろそろ……駅に行かないと」
「ええ! もうそんな時間?」
「……そんな~、もっと喋りたかったなあ。うちの学校には緒方先生みたいな美人もいないし……」
「そんじゃ、次は泉鏡花演劇祭を観に来てくれよな。先生方も是非、金沢吉野高校へお越しください。いつでも歓迎致します」
「フフフ……機会があれば、勿論……そちらへ伺うわ」
「俺も覚えておくっ」
辻口妹の促しに辻口姉は小さく悲鳴を上げ、岡安はゲンナリ。
中野は生徒へキザな態度だが、先生方にはしっかりと頭を下げる。緒方先生と月島先生も愉しげに挨拶を返した。
「鬼頭さん……行きましょう」
「ええ、美奈子ちゃん。……月島さん、また」
「帰りは気を付けてね」
辻口妹に呼ばれ、鬼頭は月島との再会を望む。
しかし、月島は答えぬ。何故なら、彼女は夏の間に不動高校を去るのだ。吉野高校の方々へ打ち明ける必要はないだろう。
辻口先生と視線が絡み、
夏仕様の和装の袖がゆっくり揺れて、彼は背を向ける。下駄の音が舞台の終わりを告げる鐘のように響き、「また会おう」と語り掛けている気がした。
「金田君、ご家族よ」
金沢吉野高校一行が去るのを見計らったようなタイミングで、緒方先生は別方向を指差す。
さとみが必死の形相で駆け込み、
「さとみさん!?」
「こんにちは、七瀬さんっ。いつも弟がお世話になっております。金田
「……本来なら、学校で解散だけど……急用そうね。金田君、明日の集合時間に遅れないで」
「いえ、自分……皆と……」
驚いた七瀬を含めた全員へ挨拶し、さとみは切羽詰まった態度で緒方先生に頼み込む。
「……え? 金田……あんな美人の姉ちゃんいたん……?」
「あ~……そりゃあ、学校の女子……相手にしねえわ」
「金田君のお姉さん、お父さん似なのね……」
「冬子、いつ……金田の親父さんに会ったんだ?」
「金田のお父さんなら、体育祭にいたぜ。俺、紹介されたもん」
残された仙道、布施先輩、月島、有森、神矢達は勝手に盛り上がったそうだが、七瀬さえも教えてくれなかった。
連行された場所は駐車場内だが、先程の位置からは遠く建物で死角になる。見慣れた自家用車の傍らには、予想通りの残間。思わず、
見知らぬ淑女とその娘らしき黒い袖付きワンピースの方に囲まれており、別の所帯を目撃したような気分に陥る。どう考えても、修羅場だ。
「残間……遂に再婚を?」
「美咲さん、あれが生物学上の息子です」
「お父さん! すみません、お話した弟の
「年下のくせに呼び捨て?」
「ジゼルっ、良いじゃないの。初めまして、美咲です。
浮かんだ疑念を口にすれば、残間に睨まれる。己の父を窘め、さとみは
美咲母は名通りの咲いたような笑顔を振りまき、フワッと薔薇の香りが漂う。意識せねば、感じない程の微かな匂い。既視感を覚えたが、先ずは彼女の話だ。
「この車、お母様が乗っていらしたの?」
「はい……母が選んだ車です」
「後ろの部分、へこんでいるけど……何か事故にでも遭ったかな?」
「……知りません。母は出かけ先の事は何も……話さなかったので……」
美咲母に指摘され、リアバンパーの傷に気付く。バック中に何かにブツけたか、あるいは後ろから追突された時に出来る傷だ。興味がなかった為、
残間の運転による傷、それは有り得ない。己の妻だった金田 にいみの数少ない代物。身を挺してでも、車体を守るだろう。
「いきなり、ゴメンなさい。2年くらい前、私も全く同じ車に乗っていたから……つい詮索しちゃってね」
「……いえ。お役に立てず、すみませんでした」
美咲母は高校生相手にも深く、頭を下げる。過去に乗っていたなら、今は別の車体。美咲嬢の苦痛に歪む表情から、悲惨な思い出が募っていると感じた。
そっと己の娘の肩を抱き、落ち着かせる。心優しき態度は羨ましくはないが、まさに理想の母親と言えよう。
「残間さん……私達はここで失礼します。またお会いしましょう」
「ええ、美咲さん……また。ジゼルさん、貴女の本……探して読みますからね」
「!! はいっ、おじ様♪ 全ては因果の流れるままにっ」
((え? ……運命じゃなくて、因果……重っ))
別れの挨拶さえ、美咲母は丁寧である。しかし、美咲嬢の口振りには姉弟でギョッとした。
唐突の出会いと別れだが、印象に残る親子だった。
薔薇の香りのせいだろう。
何かを思い出しそうだが、結論を出したくなくて思考を閉ざす。何故なら、残間の運転する車に乗らなければならない。逃げようとしても、さとみに腰を掴まれて万事休す。
最悪だ。
車内は以前と変わらず、新車特有の冷たい空気。
さとみがいなければ、
「車で来るとは珍しいですね。残間っ」
「月に1回は長距離を走らせんとな。仕事も電車通勤でね。活躍させる間もない」
特に知りたくないが無言に耐え兼ね、
走った価値はあった。同じ車種に乗っていた美咲母子との出会い、微かなでも解決の糸口になると残間は期待している。
リアバンパーの傷を意識し、振り返る。会場の駐車場で見かけた車が走行中だが、妙な違和感。問題は宮城県ナンバーでありながら、運転手は
ビックリし過ぎて、二度見した。
(残間が東京にいる間、明智さんが警護……ご苦労様なこって)
残間は逃亡犯との接触を警戒され、宮城県警に張り込まれている状態だ。しかし、客席に彼の姿を見た覚えがない。
「さとみさん、かほる先生を見かけましたが……他に誰と会いましたか?」
「そうね……小林さんは勿論だけど、岩屋さんとか、氷垣さんとか、明智さんとか、遠野君も……いっくんの学校の教頭先生でしょう。あたしは会えなかったけど……朝木さんもいるって、お祖母ちゃんが言ってた。そうそう、山根さんって人にも挨拶されたよっ」
「さとみを知っている人もいたっ。静岡の公演を観に来た人だったな」
探りを入れれば、残間はニッコニコ。それよりも重要な点。
(岩屋 菊之助……来てたのお? 会いたかった……くそお。氷垣さんがいるなら、黒沼先生もいたかなあ?)
「皆、観に来てくれた甲斐あったね。今日のいっくん、と~っても凄かったよ♪ あたし、妹いたかなって思っちゃったっ」
舞台に集中していたとは言え、一目でも会いたかった。舞台の感想が耳を抜け、さとみへの妬ましさに顔を覆う。瞼の裏に辻口先生を思い描き、
「ところで、いっくん♪ 入院してたって、どういう事? 剣持警部に聞くまで知らなかったんだけどなあっ」
満面の笑みを浮かべ、さとみは怒る。
原付バイク転倒事故により、意識不明の入院騒動。
「さとみさんには、残間が伝えてくれていると……信じていましたっ」
「
ここからは生物学上の親子による醜い擦り付け合いが始まり、金田家へ到着する頃には素直に謝った。
「伝えると言えば、
「……剣持さん、知らなかったのですか……初耳です」
「もう……似た者親子ねえ、本当っ」
いつの間にか、明智警視の乗る車は影も形もない。本日の警護、終了らしい。
「わあ~綺麗な薔薇♪」
「! きっと、かほる先生からですっ」
玄関先から花瓶へ生けられた薔薇に出迎えられ、姉弟で大喜び。
金田祖母がかほる先生より預かり、先に持ち帰られた。彼女は先週の約束通り、花束を用意してくれた。早速、お礼の電話だ。
〈そう、もう生けてくれたのね。今の原稿が終わったら、またお店に行くわ〉
「お待ちしています。……それとひとつ質問が、母の車なのですが……」
〈うん? ……ああ、それね。一昨年の事よ。後ろから追突されて、相手に逃げられたんですって。新車だったのにって、電話で愚痴ってたわ〉
「……2年前ですね。分かりました……ありがとうございます」
物の次いでにする話ではないと早速、後悔。
美咲母から聞いた話と噛み合った情報は嫌な符号を連想させ、早々に電話を切り上げる。かほる先生にはまた会えるのだから、問題ない。
(……二神先生も知ってる?)
「にいみは事故に遭ったのか?」
受話器を置いて振り返った先、残間が気配なく立つ。ビビった。
「……はい。かほる先生はそう……連絡を受けたと……」
「……にいみ、可哀想に……」
誤魔化さず、されど詳細も語らない。
「……何だか、懐かしいな。何処かで見た気がする……」
残間の呟きは誰に向けた者だろう。
少なくとも、
如月「如月です。高校生の情熱、素敵ね。金沢に来るなら、私とも会えるかも。フフッ、楽しみに待ってるわ。さて、次回は『嘆きの鬼伝説を独りで演じても-観客席』!! このタイトル、緒方先生でも良かったんじゃ……ああ、そう言う事ね」
面打ち師・辻口 鈴置
金沢市で名の知れた面打ち師。歴代に比べ、自分自身を凡庸だと思っている。作中にて、生前の氷室 一聖と交流があった
辻口 令衣子
金沢吉野高校演劇部2年、鬼頭の大ファン。前妻・真紀子の娘。『嘆きの鬼伝説』にある意味で執着し、部活動で絶対に公演させない意気込みを見せる
辻口 美奈子
演劇部1年、後妻・佳代の連れ子。内気だが、自分の意見をハッキリと持つ。実父・山崎 聖治似た面打ちの才能がある。作中にて、『幻想魔術団』静岡公演を観に行った