金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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どんなに削っても長文になってしまう為、2つに分けました。
遺産相続に関してググり、「二次小説を書く為に何故、法律の勉強をしているのだろう?」と首を傾げたのは良い思い出。


F.8 【聖バレンタインの殺人】とは無関係に・後編

 土曜日も午前授業がある私立不動高校、下校後は『大草原の小さな家』にて午後3時までの昼ピークを乗り切った。

 夕方までのアイドルタイムにも、コーヒーブレイクを目的の疎らな来店に接客中。

 

「「昨日はどうして来てくれなかったんですか? ホットココアを3倍もお代わりして待っていたのにっ」」

「今日も来てくれて、ア・リ・ガ・トッ」

 

 ハンディカムを回しながら、文句タラタラの佐木(さき)兄弟はコーヒーを飲んではクッキーを頬張る。その動作を繰り返すのは鏡合わせが如く同じ為、本当に不気味だ。

 (いち)が適当にあしらえば、そっと包みを手渡された。

 

「「これっ、僕らからのバレンタインです」」

「……!? ……ありがとうございます?」

 

 まさかのプレゼント、色々とビビらされる。包装紙越しの感触や重さから、チョコなどの食べ物ではない。どの道、この場では開封出来ず、エプロンポケットへ忍ばせた。

 

「きっと、喜んでくれますよ。ところで、あそこの席にいるって不動高校の方ですね。お知り合いですか?」

「……どうして、自分と不動高校の生徒が知り合いだと思うのですか? 佐木君()

 

 歳や在学中の学校、名前さえも教えていない。ストーカーを疑う。

 

「制服のままだから、学校帰りですねえ~。最寄り駅から歩いても20分以上かかるのにっ。学校で宣伝しているんじゃないんですか?」

「……いいえ、していませんよ。佐木君()

 

 佐木兄弟の視線の先、不動高校の女子生徒1年生・時田 若葉(ときた わかば)平嶋(ひらしま) 千絵(ちえ)が和気藹々とお喋り。

 バイト仕様に着替えと言う名の変装をしており、面識もほとんどない為に気付かれる心配はない。自分が生徒会執行部として、大まかに1年生の顔と名前を記憶しているだけだ。

 

「美雪ちゃん、今日は学校休みだったね」

「幼馴染の彼も一緒って、やっぱり……あの2人……」

 

 ケーキやクッキーを召し上がりながら、他人の恋愛事情に花を咲かせる。決して聞かせようと思っての会話ではないが、女子の声は本当に大きい。

 

(昨日がバレンタインで……幼馴染の彼と一緒……)

 

 聞こえてしまっただけでも、恋仲な想像は難くない。そもそも、七瀬(ななせ)の話はあまり聞きたくない。絶対に遠野先輩が絡んで来るのだ。

 

「若葉ちゃんがチョコ渡した相手って、小田切先生だよねっ」

「うっ、正解。千絵ちゃんは……遠野先輩!」

 

 会話の邪魔にならないように、コーヒーを差し出す。途端、時田は遠野先輩の名を叫ぶ。昨日の大量チョコに平嶋の想いが混ざっていたのかと思うと、こちらの胸が張り裂けそうな気分だ。

 

ちゃんと岡崎君にも渡したよ。遠野先輩はあくまで美雪ちゃんがお世話になってるから~

美雪ちゃんのお世話してるのって、金田君じゃない?

「店長、時間です。上がります」

「夜までいなさいよ」

 

 これ以上の盗み聞き状態を防がんと、(いち)は退勤を宣言。案の定、店長からブーイングを受けたが素知らぬ顔で帰った。

 

 原付バイクにて安全運転を心がけ、無事に帰宅。

 金田祖父の履物がひとつ。金田祖母は買い物で不在とわかる。彼は廊下にある電話台へもたれかかるように座り込み、眠そうな顔で電話番をしていた。

 

「ただいま、お祖父ちゃん」

「おかえり~、(いち)。お前に持って行かす香典返し。そこに置いとるでっ」

 

 靴箱の傍に香典返しが2つ。警視庁の明智 健吾(あけち けんご)警視、登山家の氷垣 岳史(ひがき たけし)

 勿論、他の方々には郵送や金田祖父母が自ら手渡済み。ここにある分は本日、(いち)と会う約束を取り付けた2名。

 わざわざ、学校生活に支障を来たさぬよう日時まで配慮してくれた。

 それに応える為、支度する。

 

「お祖父ちゃん、コレどうぞ。バイト先で貰いました」

「なんや? ……ビデオテープ、入っとるで。観て、大丈夫やろうな?」

 

 佐木兄弟からのプレゼントは眠そうな金田祖父へ渡し、(いち)は2階へ急ぐ。例の学生服は登校前に準備しており、自室にて袖を通す。サイズは大きいが、着心地が良い。

 姿見にいるのは自分だが、学生時代の氷室伯父そのもの。生き写し、瓜二つ。中身は伴っていないが、血筋を示すに十分だ。

 実際、金田祖父母には慰めとなっている。

 氷室伯父を代償に得た価値は喪が明ければ、意味さえも無くすだろう。その時になっても、愛する彼は戻って来ない。胸に去来した虚しさを隠そうと、学帽を深く被った。

 

 ――さあ、氷室画伯の甥として相応しき振る舞いをしよう。彼の死を嘆く人の為に――

 

○●……――警視庁においては刑事部の主要たる捜査一課。事件発生は24時間365日、刑事の都合は考えない。

 この職に就き、幾星霜。

 剣持 勇(けんもち いさむ)警部もプライベート中、緊急の呼び出しをされた回数など両手両足の指でも足りない。

 それは直属の上司であり、エリート中のエリートである明智警視も例外ではない。先日、彼が会い損ねた金田との約束よりも出動要請が優先されるのは必然。

 

〈剣持君。私が戻るまで、金田(かねだ)君を引き留めて下さい〉

 

 自身の事件捜査が完了した瞬間、明智警視からの連絡。何事かと電話に出てみれば、物凄く個人的な願いと言う名の命令であった。

 正直、面倒くさいと思ったが、金田家と再会したい気持ちは確かにあった。

 部下の正野(ただの)に処理を任せ、急いで帰庁。

 

「あっ、剣持警部! こちらです。金田(かねだ)君、剣持警部よ」

「――剣持さん、お久しぶりです。金田(かねだ)です――」

 

 噂の高校生は既に到着し、ロビーのソファーにて姿勢よく腰かける。以前、出会った時のように学帽と学ラン服のお陰ですぐにわかった。その腕には香典返しの紙袋と赤いジャケットを掛けていた。

 

「雪峯、(いち)君を見ててくれたのか。すまんなっ、後はこっちでやる」

「では、仕事に戻ります。じゃあね、金田(かねだ)君」

 傍にいたのは、同じ捜査一課の雪峯(ゆきみね) 美砂(みさ)。若さと気配り上手な性格の為、相手に好印象を与えられる刑事だ。

 

「スマン、(いち)君! 明智警視は出向いててな! 決して、キミとの約束を無下にしたわけじゃない。俺を含めた他の刑事が出払っているところに出動要請が出て……。俺も今、戻ったところでよ」

「――いいえ、剣持さん。どうぞ、頭をあげて下さい。明智さんがお忙しい方であると重々承知の上、お約束頂きました。お手数ですが、こちらを明智さんへお願いします――」

 

 両手で差し出された紙袋を受け取りながら、剣持は(いち)の丁寧な所作に感心する。学帽を脱ぎ、見せた顔は品が良い。何度見ても、氷室画伯の自画像と同じ顔。もっと言うなら、髭がなく、髪が短く、そして若い。蛇足だが、背も低い。袖も長い為にわざわざ、折っている。そこに愛嬌があった。

 2人が揃えば、確実に親子と見間違う。

 感慨深い。

 

「――本日はこれで失礼します――」

「あっ……、いや、(いち)君! そんなに急がなくても……明智警視が戻るまで、俺といよう!」

「――お気持ちは嬉しいのですが、この後も約束がありまして。都合が付きましたら、ご連絡下さい。お待ちしております――」

「そうは言わず、え~と、ほらっ。金田一(きんだいち)! 金田一(きんだいち)は役に立っとるか? 調子に乗らせるととことん調子づくが、気は良い奴だっ」

 

 共有の会話が名探偵の孫・金田一 一(きんだいち はじめ)しかいない。

 

「……すみません。まだ金田一(きんだいち)君とは話せてないのです。学科が違えば、選択教科で合同授業にならなければ、関わりません。放課後は自分の予定が詰まっています」

「そ、そうか。(いち)君はバイトもやっているんだったな……」

 

 暇そうなIQ180高校生と違い、彼は多忙な毎日の様子。明智警視が訪問した日も余分に休んだ授業の補習を受けていたと聞いた。

 

「警視庁には初めて来たのですが……やはり、他とは雰囲気が違いますね」

「他……、ああ。なんたって、天下の警視庁だからなっ。キミを案内させたいが……見せて良い場所がないなあ。取調室は違うし……、そこの非常階段にある自販機を見ておくか?」

 

 他とは北海道警察だと勝手に推測し、話を変えようと非常階段を指差す。

 警察関係者ではない人間は基本、庁内立ち入り禁止。

 明智警視と約束、剣持の権限ではロビーが限界。自動販売機の温かいお茶を驕り、非常階段の点灯を眺める。どう考えても楽しくない時間だが、(いち)は文句ひとつ言わずに缶の茶を飲み干した。

 

「この後の約束って……何か聞いてもいいかな?」

「――伯父の友人だった方です。香典返しを渡しに行きます――」

 

 返事を聞いた瞬間、質問を間違えたと思う。若い世代との会話は事件の聞き込みと違い、気も利かなければ、話題も出て来ない。

 

「剣持さん、質問がひとつあります」

「ん? なんだ?」

 

 ここに来て、初めての質問。世間話かと思い、気を抜いていた。

 

「伯父の顔写真が報道されないのは、警察が規制でもかけているのでしょうか?」

「……!? ……いいや、公開できる代物は自画像を撮影した映像だけしか、残ってない。今は道警が証拠品として押収しちまったが……映像はいずれ、TV局に返却される……」

 

 事件に関する質問も予期していたが、(いち)の表情は祖母である金田夫人と同じ怒りが見え隠れしている。遺品でもある自画像は犯行の為に処分され、彼の手にすら渡らない。それを改めて実感し、剣持の胸が締め付けられる思いだ。

 

「――知っていますよ。映像に関しまして、銭形警部補から説明を受けました。ただ、あまりにも伯父の顔写真が出回らないので、剣持さんしか知らない事情があるのかと思いまして、質問しました――」

 

一瞬の怒りはすぐに消え、また行儀の良い表情になる。彼もまた国家の法に対し、思う所があるのだろう。あるいは警察への不信感を抱えている可能性もある。お調子者の金田一(きんだいち)に慣れ過ぎ、馴合い過ぎたと実感した。

 

「氷室画伯は雑誌にさえ自分の写真を載せなかった人だそうだね。素顔を知る者もほとんどいないらしい。……キミ達のような家族しか、写真は持ってないだろう。報道関係者から取材とかは……」

「ありません、伯父に繋がる氷室の家は絶えています。大体の方はここで諦めるでしょう」

 

 それを幸いと言うべきか迷ったが、口を噤んだ。

 

「剣持警部、なんでそんなところに……。その子が例の金田(かねだ)君ですかい?」

「正野、戻ったかっ。(いち)君、コイツは同じ捜査一課の正野だ」

「――初めまして、金田(かねだ)です――」

 

 正野を含めた同僚に見つかり、剣持の方が有難い。正直、間が持たなくなってきた。

 

「あの金田一(きんだいち)と同じ不動高校なんだって?」

「名探偵の孫と同じ学校ってどんな気分だい?」

「キミの方が名探偵っぽいよ」

 

 どいつもこいつも金田一(きんだいち)の話題しか、振らなかった。

 

「――剣持さん、色々とお気遣いありがとうございます。言いにくいのですが……お時間です――」

 

 (いち)は申し訳なさそうに時計を指差す。後の予定が迫っていると教えた。

 携帯電話を見ても、まだ明智警視から連絡はない。さっきとは違う嫌な緊張が襲い、剣持の背は冷汗で濡れた。

 小一時間程も付き合わせた以上、(いち)の厚意に甘えられない。

 

「……約束は大事だからな、うん」

「――次は学校がある時間でも、お呼び下さい。必ず、駆けつけます――」

 

 色々と諦めた剣持に気遣い、(いち)は頭を下げる。仕草ひとつひとつが礼節を重んじていた。

 こちらが申し訳ない気分になる程だ。

 一緒に駐輪場へ行き、停めてあった原付バイクの前カゴに次の約束・香典返しの袋が見えた。

 

「――では、剣持さん。おやすみなさい――」

「ああ、おやすみ。(いち)君も気を付けてな」

 

 学帽は前カゴへ入れ、赤いジャケットを羽織る。ノスタルジックな学ランと現代のジャケットが絶妙なバランスを保ち、良いセンスだ。

 キチンとヘルメットを被って原付バイクに跨り、(いち)は道路へ発進して行った。

 そこまで見届けた途端、僅か秒の差で遅かった携帯電話が鳴り響く。着信は勿論、明智警視。

 

「……はい、こちら……剣持」

〈今から帰庁します。後40分程で着きますので、粘って下さい〉

 

 待ち人はおらず、それを伝えるのは本当に心苦しかった。

 

 どんな現場であろうと書類作りは避けられない。剣持は捜査資料を作りながら、執拗な視線に苛まれる。視線の相手は明智警視、彼は手持ちの書類を次々と処理していく。

 (いち)から預かった香典返しはキチンと明智警視へ渡したが、それで満足する上司ではない。

 

明智警視は金田(かねだ)君と会えずじまいで?

ああ、(いち)君も時間ギリギリまで待ってくれたんだがな

俺達は会えたのに、勿体ない~

「ええ、残念です。本当に」

 

 同僚との小声で話した内容も明智警視に丸聞こえ、皆はギクッと肩を痙攣させる。

 

「明智警視はどちらに行かれていたんですか?」

「不動山市ですよ。町外れの雑木林で、身元不明の遺体が出ましてね。徒歩での現場検証を余儀なくされましたので、時間がかかったんです。白骨化していましたが、身に付けていた遺留品から男性と判断しています。死因は頭部損傷による殴殺を視認できました。司法解剖の結果待ちですが、遺体の状況から死後1年以上は経過しているでしょう」

 

 よりにもよって、不動山市。それも身元不明の遺体を捜査。

 場所も遺体の状態も違うが、氷室画伯の亡骸が未だ発見されない金田家にとって胸を痛める事件となろう。報道よりも早く、(いち)へ口頭で伝えたかったのかもしれない。

 剣持なら、必ず伝える。

 

「そ、そう言えば……。(いち)君、学校がある日でも呼んで欲しいと……」

「いえ、金田(かねだ)君の私生活に影響を与えたくありません。今日、会えなかったというのであれば、会う日ではなかったのでしょう」

 

 書類に目を通しながら、剣持を見る明智警視の目付きがキラキラと微笑んでいて怖い。

 

「雑木林で発見されるとは……先週の大雨が原因ですかね?」

「ええ、都内で今年最大の雨量を観測しました。剣持君、わかっているとは思いますが……どこぞの名探偵の孫に捜査協力を依頼しないようにっ」

 

 かの名探偵・金田一 耕助(きんだいち こうすけ)の孫は今頃、剣持の後輩・青山 司(あおやま つかさ)が経営するコーテジ・スノーキャンドルで一日遅れのバレンタイン・デーを堪能しているはずだ。

 これをきっかけにして、幼馴染な高校生との進展を願う。そのつもりで紹介したのだ。

 (いち)にもバレンタインチョコの話を振れば良かったと、今にして思う。

 

(……今度、金田一(きんだいち)を連れて……金田(かねだ)さん家へ茶でも飲みに行くか)

 

 金田夫人は元気な金田一(きんだいち)を褒めていた。自身の孫がここまで大人ぶる故、そう感じてしまうのだろう。

 

「剣持君。金田(かねだ)君の家へ行かれる時、是非とも私に声をかけて下さい。金田一(きんだいち)君抜きでお願いします」

「こ……心を読まんでください!!」

 

 明智警視に見透かされたが、その約束のような予定が果たせたのは雪も解けた春より後。5月に入った初夏の頃であった。

 

○●……――黒沼 繫樹(くろぬま しげき)は資産家でもある氷垣氏の顧問弁護士。またプライベートでは登山パートナーとして、幾度も山登りを共にした。

 仕事以外で氷垣氏の住まいへ招かれるのも、慣れていた。

 

 先月、故人・氷室画伯を偲ぶ氷垣氏へ付き添い、焼香へ赴いた。

 繁樹さえ知る天才画伯と氷垣氏が旧知の間柄だと、事件の報道まで知らなかった。旅客機墜落事故より、すっかり疎遠になっていたという。

 まさか、偽者による「なりすまし」など露にも思わず、氷垣氏は哀惜と共に後悔の念を抱いていた。

 それは氷室画伯のご両親・金田ご夫妻も同じだ。寧ろ、彼の天才を知る者ならば、誰もが抱く想いだろう。独り身だったそうだが、その天才画伯の血筋を継ぐ甥がいる。生憎、学校へ登校しており、ご挨拶出来なかった。

 

 お互いの日程を摺り合わせ、ようやく今夜に約束を取り付けた。

 場所は氷垣氏の都内の住み慣れた自宅だが、その場に繁樹も立ち会いを頼まれた。

 

「年寄りの私だけでは、若い子を緊張させてしまうからね。……助かるよ」

「いえ、俺なんかで良ければ……」

 

 仕事上やプライベートでも、氷垣氏には日頃からお世話になっており、彼自身を尊敬もしている。恩返しではないが、少しでも役に立ちたかった。

 約束の時間、待ち人は原付バイクで乗り付ける。

 金田宅から車で1時間かかる距離を走行してくるとは、初対面ながら違う意味で恐れ入った。

 

「――お初にお目にかかります、金田です――」

「初めまして、(いち)君。こりゃあ……驚いたあ、氷室君にソックリじゃないか……。さあ、中へどうぞ」

 

 氷垣氏は驚きよりも懐かしさに声を上げ、金田を招き入れた。

 

「――お邪魔致します――」

 

 丸みのある顔立ちは高校生よりも中学生のように幼く、整った三眼目が「童顔」と呼ばせない気迫を込めていた。

 古くも清潔な学帽と学ラン、靴を脱ぎ揃える仕草ひとつひとつが育ちの良さを窺える。と言うよりも、古風な印象を付けた。

 

「紹介しよう、こちらは黒沼君。私の顧問弁護士で、個人的にも家族同然の付き合いだ」

「ご紹介に預かりました。黒沼です」

「――ご丁寧にありがとうございます、金田です。先日の焼香にもおいで下さったとお話を聞いております。遅くなりましたが、こちらは香典返しにございます――」

 

 お互いにソファーへ座り、年配の依頼人と会話している気分になる。まるで、氷垣氏と同じ世代の高校生が現代へタイプスリップして登場。そんな現実味のない錯覚まで覚えて来た。

 ハンガーラックにかかった赤いジャケットがなければ、本気で思った。

 

(ああ、そうか……金田の奥さんと似ているのか……)

 

 氷室画伯の人相は知らないが、喪服の老女との血筋は見えた。

 

「わざわざ、すまないね。その恰好は……不動高校の制服かい? 懐かしいデザインだね」

「――廃校になった伯父の母校です。祖母が保管していたのを拝借しました。私は見ての通り、小柄ですので袖を折らねばなりません――」

 

 氷垣氏は香典返しを受け取りながら、金田の学ランについて問いかける。繁樹も気になっていたが、氷室画伯の形見ならば、納得だ。

 この場で着て来るなら、金田もまた伯父を偲んでいる証拠でもある。

 

「好きなんだね、金田君は伯父さんがっ」

「……はい。ほとんど覚えていませんが、優しくしてもらったのは確かです」

 

 繁樹が何気なく質問した瞬間、金田は年相応の笑顔になる。氷垣氏も彼の表情の変化に気付いた。

 

「……(いち)君、大人ぶらなくていいよ。キミは氷室君とソックリだが、それだけだ。キミの言葉で話して欲しい」

 

 年長者として、諭すように言い聞かせていた。

 僅か数分のやり取りだが、繁樹にも理解できる。この高校生は画伯の甥と呼ばれるに相応しく、お行儀よく振る舞っていたのだ。

 金田は図星を指され、ギョッとする。肩の力を抜くように息を吐きながら、壁に視線を向ける。山岳の写真や絵画いくつも飾られ、そのひとつへ目を止めた。

  

「……あちら……伯父の作品ですね。何処の山ですか?」

 

 古風な高校生の印象が消え、ただ、伯父を悼む甥の顔を見せる。これが素顔だろうと思う。

 

「お見事、アレは確かに氷室君の絵だよ。場所は北アルプスの氷壁岳でね、氷室君はこの絵を描く為に登山したんだ。私は偶々、居合わせてね。その時は下描きだったんだが、それだけでも十分に見事な絵だと思って買わせて貰ったよ。完成させてから、送ってくれると言うのでっ。連絡先を交換して、ようやく彼が氷室画伯だと知ったんだ」

 

 『氷壁岳』の絵を見ながら、氷垣氏は懐かしむ。天才画伯さえも登山する氷壁岳、繁樹の脳裏にチラつく光景が知らずと視線を下げさせた。

 目敏く気付き、氷垣氏の視線を感じる。一瞥にて、問題ないと訴えれば、伝わってくれた。・

 

「良かったら、持って帰らないかい? アトリエにあった作品は押収されたそうだね。ひとつでも、キミが持っているといいっ」

「いえっ。贈与税がかかりますので、受け取れません」

 

 まさかの返答に場の空気が凍り付く。冬の氷壁岳を思わせる寒気に襲われた。

 

(贈与税を理由に断った人……初めて見た……)

 

 金田本人が至って真面目な態度である為、繁樹は感心よりも呆れた。

 

(いち)君はしっかりしているなあ……。金田さんから、娘婿の顧問弁護士は優秀だと聞いていたが……その人の入れ知恵かね?」

「はい、村上先生と言います。今回、大変お世話になりました。お陰様で、相続税の支払いまで無事に完了です」

 

 必死の作り笑い、氷垣氏は困惑を誤魔化す。言葉とは裏腹に金田は何処か、遠い目をした。

 氷室画伯の資産は数十億に及ぶ。警察へ押収された作品を除き、報道にあった事件現場の邸宅だけでも十分な財産だ。

 数名の相続人と分けても、相続税という夢のない現実は避けられない。

 今回の場合、氷室画伯に配偶者や子供もおらず、相続法定人は実母だけだ。彼女の夫は継父で権利もない。もしも、実母が相続放棄しても、実妹である金田の母親へ相続権が移行される。不謹慎とわかりつつ、ざっと頭で纏めた。

 

「それでは、金田さんは無事に相続出来たんだね」

「結論から言いますと、自分が相続しました。母が今、行方不明知れずで……今後の事を考えてれば、その方が良いと村上先生に勧められました。祖母も賛成し、相続放棄してくれました」

 

 さらりと母親が行方不明だと暴露した。

 

「行方不明!? 氷室君の妹……失礼、キミのお母さんがかね?」

「捜索願は出しています。一般家出人扱いですから、警察に捜査されないのが現状です」

 

 焼香の折、金田ご夫妻は電話を異常に気にしている節があった。それは行方不明の娘から、来るかもしれない連絡を待っていたのだ。

 氷室画伯を抜きにして、金田家は複雑な家庭事情を抱えていた。

 

「……え~と、母親が放棄して、妹が行方不明で……氷室君には他の兄妹がいないから……? 黒沼君」

「本来なら、法定相続人が生死不明の状態では、甥に相続権はありません。金田君が相続権を得るには失踪宣告か、不在者財産管理人の選任のどちらか、あるいは両方を申し立てる必要があります。しかし、普通失踪か特別失踪で扱いが変わりますし、不在者財産管理人の選任は早くても3ケ月、遅くても半年はかかります。事件発覚の日数から考えれば、氷室画伯の直筆の手紙、もしくは日記を自筆証書遺言とした検認手続きが妥当でしょう」

「流石は黒沼さん、村上先生と同じ見解です。そして、お察しの通り。伯父の日記が残っていました。幸いにも、筆跡鑑定は容易でしたので、検認手続きを申し立てました」

 

 氷垣氏へ噛み砕いた説明をしつつ、繁樹は同じ弁護士である村上が優秀だとわかる。検認手続きの選択をさせた事ではなく、高校生相手にしっかり理解させられる説明の仕方についてだ。

 金田の地頭が良いだけかもしれない。

 

「氷室君の日記が……、良かったね」

「はいっ」

 

 目を伏せてまで、氷垣氏は日記の存在を喜ぶ。共感した金田は無垢な子供のように、幼い。母親の失踪や相続に関し、彼はずっと他人事であり、不気味な程に達観している様子だった。

 本当に氷室画伯が好きなのだ。画伯ではなく、伯父として大好きだったのだ。

 

「氷垣さん、伯父の写真を持っていませんか?」

「おっ、写真!! 勿論、あるともっ。キミに見せようと思って準備しておいたんだっ」

 

 その言葉を待ち焦がれたと言わんばかりに、氷垣氏はテーブルの下収納から古いアルバムを一冊取り出し、広げて見せた。

 中身の写真も古さが際立つ、集合写真もあれば、少数の人数もある。その内のひとつ、絵を描く登山者がいる。地面にイーゼルを置き、キャンパスに向き合う。

 繁樹もその人が氷室画伯だと察す。後ろ姿だけでも、金田と雰囲気が似ている。それを瞬きせず、凝視する彼の表情は吹雪を思わせ、ゾクッと背筋が凍り付いた。

 氷垣氏は写真に夢中で気付かない。

 

「コレは私がこっそり、撮ったんだ。あんまり、真剣に描いているもんだから。つい、面白くてね。後から、勝手に撮るなと怒られたよ」

 

 クスクスと笑い、氷垣氏は昔を語りながら、ページを捲る。雪の景色から一変、緑の茂った山々の写真ばかりだ。

 登山服を着た幼児、その子を肩車する登山者、幼児を中心に撮られた集合写真。幼児と登山者は親子のように瓜二つ、目の前にいる金田の顔そのものだ。

 成程、まさに氷室画伯に生き写し。繁樹は氷垣氏が金田と対面した時の衝撃をようやく、理解した。

 

「……冬ではないのですね」

「ハハハッ。氷室君もね、最初は雪山へ連れて行こうとしたんだよ。あの景色をどうしても、見せたいってね。どんな無茶を言っているかわかってなくて思わず、馬鹿じゃねぇのと怒鳴ってしまったなあ。だが、氷室君は怒りもせず、私の意見を素直に聞き入れて、夏にしたんだ」

 

 繁樹なら、夏も絶対に反対する。幼子の登山が如何に危険か伝え、成長を待たせる。自身も登山に関し、挑戦心は強いと自負している。しかし、他人の命を背負うなら、安全性を取るだろう。

 思い出話に花を咲かせる今、水を差したくない。グッと堪えた。

 金田も何か言いたそうに口を開きかけ、噤む。相変わらず、吹雪のような表情のままだ。

 

「……フフッ、そうだ。今、思い出したんだが……氷室君が面白い冗談を言ってね。キミを産んだのは自分自身だとっ。こんなに可愛い子は自分が産んだに違いないとか……そんな言い回しだったね……フフッ」

 

 親馬鹿ならぬ、伯父馬鹿が過ぎる。しかし、繁樹の笑いのツボを掠めてしまう。笑いだすのを必死に堪えた。

 

「覚えています。はい、確かに……言ってくれました。これらの写真、譲って頂けませんか? 家にはない写真でして」

「あ、ああ! 写真だけとは言わず、アルバムも持って行きなさいっ」

 

 喜んで氷垣氏がアルバム丸ごと差し出せば、そっと金田は受け止めて大切そうに抱きしめた。

 

「ありがとうございますっ」

 

 静かな声、吹雪が落ち着いた夜のように静寂さを感じる。氷が解けたように、金田は憂いに眉を寄せる。涙は流れずとも、泣き顔に見えた。

 高価な絵画より、思い出の写真を求める。繁樹にはその気持ちが痛い程、わかった。

 

 雪が降る中、金田は原付バイクへ跨る。夜道の運転は危険だが、翌日の朝食当番だと言う。氷垣氏が泊まるように勧めても、彼は丁寧に断った。

 

「氷垣さん、黒沼さん。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ。(いち)君」

「……おやすみ」

 

 別れの挨拶は就寝の言葉。1時間の道のりを無事に家へ帰り着く様、祈った。

 夜道に消える原付バイクを見つめながら、氷垣氏は厳しい表情を見せた。

 

「氷室君はカメラを持参していたんだ。何枚も写真を撮っていたはずなのに……犯人達が処分したんだろうね」

 

 北海道の背氷村で殺害された4名、あえて犯人と呼ぶ。普段はそんな言い方する人ではない為、氷垣氏の怒りが十二分に伝わる。

 

「黒沼君、頼みがある……弁護士として、(いち)君の力になって欲しい」

「え? しかし、彼には村上という弁護士が……」

「あくまでも、父親の顧問弁護士だろう。氷室君の作品が良からぬ人間の手に渡り、(いち)君が取り戻そうとするかもしれない。権利の問題となれば、キミの力が必要になる。ただのお節介とはわかっているが……氷室君に出来なかった分、(いち)君へしてあげたいんだ」

「……わかりました」

 

 氷垣氏が氷室画伯に対して責任を感じるように、繁樹も金田に対して同情に似た感情が湧いたのは確かだ。同病相憐れむと言うよりも、一方的な共感に近いだろう。

 違いと言えば、金田の復讐相手はもうこの世にいない。だが、繁樹には奴らがいる。

 

 ――彼の吹雪のような表情、自分の心そのものだ

 

「黒沼君、キミへの協力も忘れていない。少し面倒をかけるが、頼むよ」

「……はいっ」

 

 繁樹の頬にある傷が痛む。まるで金田の分まで成し遂げようと、決意を新たにするような痛みだった。




長島「長野県警の長島だ。ん? この事件で金田一と知り合っておくと「例の事件」で捜査に情が湧くんじゃねえかって? ケッ、ならねよっ。こちらとら、何年も刑事やってんだ。捜査に私情なんざあ、挟まねえっての。さて、次回は『首吊り学園殺人は放課後に』!! ……東京、帰ってもすぐに事件か。長野県警の管轄でなけりゃあ、どこでもいいが……いつ、勉強してんだ? 金田一っ」

コーテジ・スノーキャンドルの経営者・青山 司
聖バレンタインの殺人、ゲストキャラ。剣持が学生時代の後輩。

平嶋 千絵
墓場島殺人事件、ゲストキャラ。

登山家・氷垣 岳史、氷垣の顧問弁護士・黒沼 繁樹
雪霊伝説殺人事件、ゲストキャラ。

時田 若葉
異人館村殺人事件、ゲストキャラ。

捜査一課・雪峯 美砂
4時40分の銃声、ゲストキャラ。

銭形 ケンタロウ
ドラマ版・蝋人形城殺人事件、ゲストキャラ。劇中では私立探偵。作中にて、道警の穴埋めとして配置。
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