金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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長時間のタンデムは計画的に

誤字報告により、修正しました。ありがとうございます


10休 邪宗館の住人よ・前編

 壮大な山々に見慣れた為、有名な浅間山が視界に入っても写真を見るように非現実的な感覚。それだけ疲労が蓄積し、集中力低下して来た証拠だ。

 矢ヶ崎公園へ到着するまで、気力は持った。持たせた。

 駐車場を探して無駄にウロウロした為、(いち)は余計に疲れた。

 

「大丈夫か? 金田……グッタリしてんぞ……」

「ご心配なく、5時間以上も運転すれば……大体の人はこうなりますよ」

 

 (いち)の体は強張り過ぎてバイクから降りられない。

 金田一(きんだいち)の心配が少しだけ、沁みる。

 でも、軽井沢の空気は酸素よりも優しい。走ってきた意味を確かに感じた。

 

「だよな……軽井沢まで無理させて、悪かった」

「長崎県の出島よりは近いですから、全然……問題ありません」

 

 明日は筋肉痛、決定だ。だが、まだ『邪宗館』へ行かねばならない。自分への喝とギャグを混ぜ、金田一(きんだいち)の表情が今日初めて、強張った。

 

「……長崎県の出島って何だ?」

「はじめちゃん、小学校で社会の授業……受けていましたか? ……鎖国時代に外国と貿易した人工島です。行先の『邪宗館』は名前から推測するに【邪宗門】にあやかっているのでしょう。……自分で言うのも何ですが、中江島が良かったかもしれません。すみません、混乱させました」

「やっぱり……北原 白秋の【邪宗門】を連想させるんだな」

「それを知っていて、出島を知らないのですか……はじめちゃん」

 

 ヘルメットを取りながら、金田一(きんだいち)は深刻そうに問う。彼の知識の偏り方にこちらが戸惑う。(いち)も好き不好きな知識力しかない為、からかうのはここまでだ。

 すぐ傍に駐車していた小型ベンツの助手席側が開き、栗色がかった髪の好青年がすっと出て来る。

 

「……研太郎、井沢 研太郎か!」

 

 金田一(きんだいち)は旅路で見た美しい景色より、興奮を露わにした。

 

「久しぶり、金田一(きんだいち)っ。本当にバイクで来るとは……遠かったろ」

 

 呼ばれた井沢(いざわ) 研太郎(けんたろう)はとても気軽な挨拶を返し、バイクへ労りの視線を向ける。

 

「うわ~、でっかくなったな、研太郎。電話でも思ったけどよ、器も大きくなったって言うか……」

「そう言うお前は全然、変わらないな。見てすぐ分かるくらい、変わってない」

 

 会話から察するに数年ぶりの再会、その馴れ馴れしさは昨日会ったばかりのような2人の距離感。会えていない分だけ、友情も育つ。つまり、(いち)は完全に蚊帳の外。

 話に加わらず、今は体を休めるのみ。

 

「そっちの色男は?」

「初めまして、金田(かねだ) (いち)と申します。金田一(きんだいち)君の友人です。彼には日頃からお世話になっており、今回のタンデムにも付き合って頂きました」

「色男に反応した! ……ヘルメットで顔、見えねえじゃん。まあ……コイツが電話で話した友達の金田だ。ずっと運転してくれたんで、疲れてんだ。『邪宗館』に行く前にどっかで休憩取れねえ? 出来れば、食い物があると助かんぜ」

 

 愛想の良い井沢に紹介を促され、(いち)は残りの気力を振り絞る。やれやれと金田一(きんだいち)は先に休憩を提案してくれた。

 

「そう言うだろうと思って、俺が運転代わる。バイクの免許くらいは持ってるし、2人はこっちへ乗ってくれ」

「おう、そうかっ。金田……その、新車に触って欲しくない気持ちは分からんでもないが、研太郎は子供の頃から頭も良くて、コンピューターのプログラムとかやれるくらい機械に強いからよ~。ヘマして、バイクに傷付けられたりしねえって」

 

 疲れた旅人を労わり、井沢は代行を提案する。思わず、(いち)は顔を顰めてしまい、金田一(きんだいち)に宥められた。

 

「プログラミングとバイクの運転は別物です。……時間も惜しいですし、井沢さんに甘えましょう」

 

 バイクを降りた瞬間、膝が笑った。

 

「それと研太郎は俺らと同い年だから、「さん」付けしなくていいぜ」

「!? ……ああ、……これから井沢さんのお住まいに行かれるのですし……初対面で申し訳ありませんが、研太郎君とお呼びしても?」

「あそこは俺の家じゃないんですよ。絵馬 龍之介って言う人の別荘で、俺は居候です」

 

 身長の高さと落ち着き払った態度から、年上だと勝手に誤解。

 呼び方に気を遣おうとすれば、込み入った事情のある単語を聞いてしまう。『邪宗館』の名の如く、秘密に満ちた家庭事情と失礼な考えに行き付いた。

 家庭事情を詮索する気はない為、そっと井沢にヘルメットを託す。

 

「龍之介おじさん……純矢のお父さんだなあ。比呂や瑠璃子も元気か?」

「勿論っ、皆で金田一(きんだいち)を待ってるよ」

 

 懐かしいらしく、金田一(きんだいち)はこの場にいない人々についても問う。井沢が答えた時、脳裏に同世代で活躍中の画家が浮かんだ。

 

「……絵馬 純矢、画家の方と同じお名前ですね」

 

 そんな偶然はないにしても、同姓同名の相手に会える。(いち)は少し、活力を取り戻した。

 

「ええ、その通りです。金田君、ご存じでしたか?」

「え……純矢って画家なのか! 金田に知られてるなら、すげえ有名って事だよな? お前は画家に見境ないしっ」

「まさかのご本人? 彼のインタビュー記事は拝見しますが、写真など出回っていません。はじめちゃん、何処まで顔が広いので……泊まりに行く程、仲が良いのですよね? 何故、はじめちゃんは知らないのですか?」

 

 質問だらけの会話になり、ひとつずつ答え合う。

 『邪宗館』は文芸小説家・荒木(あらき) 比呂(ひろ)、美少女ヴァイオリニスト・常盤(ときわ) 瑠璃子(るりこ)と4人の天才少年少女が共同生活する家。

 

「龍之介と比呂が同じ屋根の下で暮らすとは……出来過ぎていますね」

「どういうこっちゃ?」

金田一(きんだいち)、芥川 龍之介だよ。芥川賞の元になった文豪っ、彼には比呂って名前の息子がいたんだ。金田君に言われるまで、気にしなかったけど……」

 

 禁欲的な名前とは裏腹に将来有望な才能が集められ、(いち)はようやく個人的な興味が湧く。

 

「では、『邪宗館』の名前も絵馬さんが付けられたのですか? 文豪繋がりでっ」

「……どうなんだ? 研太郎」

「元は実業家だった龍之介おじさんのお祖父さんが買い取ったんです。『邪宗館』もその人が付けたと聞いています」

 

 『邪宗館』を知ったキッカケは6年前、金田一(きんだいち)が軽井沢へ家族旅行した夏休み。

 井沢と常盤が郵便局で泥棒の嫌疑を掛けられた際、通りすがりの推理を披露しての事件解決。助けられた礼も兼ね、『邪宗館』に3週間も暮らしたそうだ。

 

「はじめちゃん……小学校の頃から事件に関わっていたのですか? 先程もそうですが、お人好し過ぎません?」

 

 親抜きで見知らぬ土地にそこまで滞在するなど、感心を通り越して呆れた。人間関係構築力の成せる業と称賛しておく。問題は事件遭遇、否、関与である。

 

「いやいや、子供ン時はそれを含めても精々……2回? 3回くらいだって……多分

「先程だって? 金田一(きんだいち)、今でもあの頃みたい名探偵の孫振りを発揮しているのかっ。金田君、是非とも聞かせてください。さあ、遠慮せずに乗った乗ったっ」

 

 キラキラッと目を輝かせ、井沢はヘルメットを被る。金田一(きんだいち)は額面通りに受け取り、ベンツの後部座席へ乗り込む。それに従い、(いち)も反対側から座席へ腰かけた。

 運転手の若い女性は彫像のようにピクリともせず、縁の細い眼鏡が業務的な雰囲気を醸し出す。

 

「金田です。よろしくお願い致します」

「あ、俺は金田一(きんだいち)です」

「遠藤 樹理と申します。メイドとして『邪宗館』に住まわせて頂いております」

 

 こちから挨拶すれば、遠藤(えんどう) 樹里(じゅり)は振り返ってまで自己紹介する。礼儀正しいが、言い方に妙な違和感。例えるならば、絵馬家に仕えていないと主張している。雇われて日が浅い印象も受けた。

 それに彼女の名は引っかかる。

 

「遠藤さん、遠藤 周介と言う方をご存知でしょうか? 美術雑誌の編集者です」

「いいえ、親戚ではありません」

(一瞬にして、金田に分かり易く説明した。頭の回転が速いな、この人……)

 

 不躾な質問にもさらりと答え、金田一(きんだいち)は感心する素振りを見せた。

 先導した井沢の乗り慣れない発進に合わせ、ベンツも動き出す。話し相手が欲しいのか、金田一(きんだいち)は遠藤へ語り掛けた。彼女は運転の妨げにならない様に自ら、地元の病院勤務だった看護資格保持者と明かした。

 遠藤の態度は患者やその家族への応対そのもの。

 名探偵の孫が「成程」と静かに呟き、(いち)は背筋が粟立つ。ただの世間話ではなく、彼の聞き込みが始まっていた。

 昼頃に遭遇した殺人事件現場と同じ、真実を暴こうとする真っ直ぐな瞳。

 

(……『邪宗館』で昔、事件でも遭ったのか? もしかして、キノコが関係してる? 佐木君が図鑑、渡さなきゃならない程の……あ~、聞いておけば良かった。携帯の電波……おっ、入る入る♪)

「そうだ、家に電話しねえと! 金田、後で貸し……あれ? 圏外……」

 

 石畳の道に入った瞬間、景色の音が少し変わった気がした。

 木々の間の静寂が停滞している。電波が届かない事すら、何かの場所の意志のように思えた。

 山奥故に当然だが、このタイミングではコントのオチに思え、ガッカリ。

 

「ご安心ください。『邪宗館』へ近付きましたら、電波は入ります」

 

 遠藤は明るい声で慰めるが、抑揚のない話し方から一層の虚しい。到着する前の情報収集を科学的に阻まれ、勢いも削がれた。(いち)は景色も見ずに瞑想し、金田一(きんだいち)の肩へ寄りかかる。

 求めたのは情報じゃない。

 彼が悩む問題にホンの少しでも、役立ちたかっただけだ。

 まさか、その情報が鞄にあるなど夢にも思わず――。

 

 生い茂った木々に隠された洋館『邪宗館』は大自然が隔壁となりて、近隣の別荘は全く見当たらない。本当に観光地かと疑う程、静寂に包まれていた。

 しかし、館の雰囲気はどうだろう。クリーム色の外壁は古風なリゾートホテルのように他者の歓迎を受け入れ、寧ろ、窓の格子窓は踏み入れた者は逃がさない檻。

 金田一(きんだいち)が6年前の夏休み以降、一度も訪問しなかった理由を何となく、感じ取った。

 駐車場の砂利敷きをゆっくりと踏み締め、(いち)はベンツのドアを閉めた。

 

「綺麗な建物でしょう?」

「はい、遠藤さん。とても、お掃除が行き届いていますね」

 

 遠藤に館の感想を求められ、(いち)はニッコリと第一印象を告げる。

 

「龍之介おじさんは清潔好きだから、潔癖症って奴だっけ? 研太郎」

「よく覚えてるな、金田一(きんだいち)。そうだっ、先に言っとくぞ。翆おばさん、今は車椅子で生活しているんだ。遠藤さんにそのお世話もお願いしている」

 

 金田一(きんだいち)は『邪宗館』の主・絵馬(えま) 龍之介(りゅうのすけ)の性格を確認し、研太郎は運転して来たバイクを安全に駐車させながら、軽く言ってのけた。

 絵馬(えま) (みどり)金田一(きんだいち)が前回の滞在後、階段から落下した時に脊髄を痛めて車椅子生活を余儀なくされたそうだ。それを機に親子3人、居候3人は『邪宗館』へ完全に移住。管理人の堂本(どうもと)夫妻と暮らす形となった。

 絵馬氏は上田理科大学の教授を辞して尚、メイドまで雇える程の資産家。羨ましい。

 

(金はあるところにあるんだなあ……)

「研太郎、おじさんって大学に勤めてたのか?」

金田一(きんだいち)、知らなかったのか。専門は菌類、日本でも有数の研究者だったんだぜ」

 

 金田一(きんだいち)は何もかも初耳らしく、研太郎の情報に純粋な驚きを見せる。(いち)にとっても好機、元菌類研究者は丁度良い相談相手だ。

 

「井沢君、絵馬さんはキノコ図鑑の監修をされていますか?」

「……書籍はいくつか出版してますから、図鑑もしていると思います」

「キノコ? 金田、龍之介おじさんはバ……」

金田一(きんだいち)君、金田君!

 

 男子の会話を遮る声に聞き覚えあり。遠藤と共にキョロキョロと辺りを見回し、窓も見上げた。

 麗しきヴァイオリニスト・(くれない) 亜里沙(ありさ)

 先日のクラシックコンサートにて亡き師・御堂先生の遺作『悪魔組曲』を見事に演奏し、大成功を収めた。そんな彼女が格子窓の向こうから、親しげに手を振るのは何故だ。

 

(げええ、紅さん!)

わあ! 亜里沙さん、久しぶりじゃん。どうしてここにっ。逃げんな、金田っ

 

 (いち)は嫌な予感に後退りした瞬間、挨拶しながらの金田一(きんだいち)に見抜かれる。

 

「2人とも紅さんと知り合い? なんてこった……これは瑠璃子も喜ぶぞ♪」

帰ッテイイデスカ?

「良いワケねえだろ、金田っ。遠藤さん、すいませんがコイツ、逃げように後ろから見張ってください」

「はいっ、金田一(きんだいち)様」

 

 ウキウキの井沢が(いち)の荷物を持ち、正面玄関へ向かってしまう。ゲンナリして金田一(きんだいち)へ助けを請うが、速攻で却下された。しかも、遠藤に背後を取られ、渋々と彼らに従った。

 井沢が段差を上がれば、計ったように玄関の戸は開く。同世代らしき少年が2人、アイロンで整った黒いTシャツ、櫛の通った髪。ポロシャツと髪がクシャクシャ。正反対の身なりだが、視線の先は金田一(きんだいち)のみ。ぎこちない笑顔を浮かべ、懐かしんだ。

 

金田一(きんだいち)……全然、変わらないなあ」

「本当、昔のまんまだよ」

「へへへ……同窓会でも、よく言われるぜ。比呂、純矢、久しぶりっ。……お前らも背がデカくなったな」

 

 3人の照れ臭い再会を邪魔せぬ様、(いち)は研太郎へ無言にて紹介を求める。

 

「お察しの通り、荒木 比呂と絵馬 純矢です。2人とも、こちらは金田君。金田一(きんだいち)が電話で話してた東京の友達だ」

「初めまして、金田と申します。お2人の活躍は耳にしております。東京名物の東京バナナをお持ちしました。お口に合えば、幸いです」

 

 井沢にキチンと紹介され、(いち)は行儀良く絵馬(えま) 純矢(じゅんや)の前へ立つ。お持たせをサイドバックから取り出し、渡す。

 

「それと初対面で何ですが、純矢君とお呼びしても宜しいですか? ご両親もご一緒と伺いましたので、名字呼びでは紛らわしいかと思いまして……」

「ああ、それは構わない。オレの親もおじさん、おばさん呼びしてくれていいぜ。東京バナナ、ありがとう。一度、食べてみたかったんだ。金田一(きんだいち)からのお土産は?」

「ねえよっ」

 

 彼の目付きには金田一(きんだいち)の連れとは言え、(いち)へ気を許していない警戒心が窺えた。

 

「比呂、2人を部屋に案内してやって。俺は畑に行って来る。遠藤さん、おじさんとおばさんに到着を伝えてください」

「遠藤さん、このお土産も頼む」

「はい、研太郎様。純矢様」

 

 井沢は(いち)の荷物を荒木へ渡そうとした為、自分から受け取る様にそっと奪う。指示した彼は入らず、客人は中へ通される。外装の印象そのまま、クラシカルな内装は如何にも金持ちの別荘。

 教会の如く厳かな雰囲気と違い、安心した。

 

「……あれ、純矢の写真は出回ってないのに金田……よくそっちが純矢だって気付いたな。それとも比呂は写真付きで新聞とか載ってる? 俺、知らねえんだわ。そういうの」

「僕と純矢は写真NGにしてもらってるよ。顔出ししてるのは瑠璃子だけさ。コンサートに出るヴァイオリニストが、顔を売らないワケにいかないんだ」

 

 金田一(きんだいち)の質問に対し、荒木は納得の説明。

 

「簡単に言いますと、純矢君の見た目です。貴方は直前まで絵を描いていましたね? 利き手にパレットナイフを握っていた跡。そして、ヨレヨレのワイシャツと髪に僅かですが、絵の具も付着しています。手櫛で髪を整えようとした証拠です。絵描きの方によくある特徴がありましたので、貴方が純矢君だと分かりました」

「……凄いと言うより、ちょっと怖い」

 

 早口で捲し立ててしまった為だろうか、怯えた純矢から余計に警戒された。自分で思うよりも若き画家との出会いに興奮していると自覚し、(いち)は自身を諫めた。

 

「ワリィ、純矢。金田は画家に詳しいんだよ。ほら、吉良 勘次郎とか……後、え~と」

「小林 星二、三夜沢 渉子、間久部 青次……以下省略」

金田一(きんだいち)君っ

 

 金田一(きんだいち)が先月に会ったばかりの画家以外、誰も思い浮かばないらしい。仕方なく、(いち)は知り得る限りの現在、活躍中の画家の名を上げた。

 それを遮ったのはまたしても、甲高い声。今度はもっと若く、ついでに階段を下りる足音と共にやって来た。

 肩を覆う長い髪を靡かせ、金田一(きんだいち)を目にしただけでポッと頬を染めた少女。常盤(ときわ)だとすぐに分かり、(いち)は会釈した。

 

うひゃ~、こいつはすげえ! 瑠璃子、とんでもない美人になったじゃんか」

金田一(きんだいち)君……再会するなり、何言ってんの。出迎えが最後になっちゃったわ……髪を結んでいたけど、気に入らなくて」

 

 お調子者特有の素っ頓狂な声を上げ、金田一(きんだいち)は常盤の成長を褒め称えた。彼女もまんざらでもないらしく、クスッと笑った。そして、(いち)は見えていない様子。

 

「常盤さん。初めまして、金田です」

「……金田一(きんだいち)君、今回は3日間って聞いてるわ。前みたいにもっと居て良いのに、ね? 純矢、比呂もそう思うでしょう?」

「瑠璃子、コイツは金田。俺の高校の同級生、一緒に泊まるって電話で伝えたんだけど……聞いてるよ……な?」

「「……」」

 

 こちらから挨拶したが、全く相手にされない。見兼ねた金田一(きんだいち)が紹介すれば、常盤はやっと(いち)を視界に入れる。完全に異端を見る目付き、純矢と荒木さえ絶句していた。

 

「亜里沙さんから聞いているわ。あの人、〝仲間〟が揃ったのを分かってくれたっ。それに免じて、キミは亜里沙さんと同じお客様よ。でも、〝仲間〟じゃないわ」

「「「!?」」」

「……はい、承知致しました」

 

 彼女にしてみれば、今日は5人だけの同窓会。そこに〝仲間〟の友達が割り込めば、折角の楽しい再会が台無しになるのだろう。(いち)金田一(きんだいち)とはつい最近、友達になった身。

 こちらが大人になろう。

 

「常盤さん、ひとつ宜しいですか? 自分、金田一(きんだいち)君の部屋に泊まった事があります。はじめちゃんのあられもない姿も見ましたっ」

ちょ~金田!! お前、なんてことを!!

「あたしだって見たわ。金田一(きんだいち)君の……」

「「瑠璃子っ」」

 

 張り合うつもりはなく、(いち)は真剣に金田一(きんだいち)との親密な関係を伝える。張り合った常盤の話題に危機感を覚え、他の3人が全力で止めた。

 

「と言うか、なんで亜里沙さんがここにいるんだ?」

「あたしのレッスン講師よっ。先月、あたしとおじさまが亜里沙さんのコンサートへ……」

(……ああ、宇治木さんがそんな話してたっけ)

金田一(きんだいち)、紅 亜里沙と知り合い?」

「へえ……驚いたっ」

 

 部屋の案内も瑠璃子が買って出て、金田一(きんだいち)の腕に絡み付く。その仕草が妙に幼く、彼女の心も6年前に遡っているのかもしれない。

 

「なあ、瑠璃子。この別荘、龍之介おじさんの爺ちゃんが買い取って『邪宗館』って名前を付けたんだろ。やっぱ、北原 白秋の【邪宗門】が関係してんのか?」

「そう、その通りっ。この建物を買い取る時に白秋の【邪宗門】をイメージして大改装したそうなんだ。なっ、純矢」

「ああ、この辺はフランスのインテリアを参考にしてるから、分かりにくいかな。サロンに行けば、イメージ掴めるかも」

 

 金田一(きんだいち)の質問には荒木と純矢が答え、(いち)はこの上なく納得。常盤は自身の住まう『邪宗館』の成り立ちについて、無関心らしく話に加わらない。

 その後、荒木は事細かに【邪宗門】と『邪宗館』を解説。初心者にも分かり易いご高説に金田一(きんだいち)は感心し、(いち)は不意に浮かんだ疑問を口にする。

 

「……絵馬さんの「龍之介」と言う名前は純矢君の高祖父が付けられたのですか? 文豪繋がりでっ」

「金田……その言い回し、気に入ったのかよ……」

「そうだよ、金田君。よく分かったね。龍之介おじさんの名前は芥川 龍之介を由来としているんだっ。でも、ただ文豪繋がりってワケじゃないんだ」

「比呂、どういう意……」

「いつまでもそんな話ばっかりしてないで! 金田一(きんだいち)君、この部屋よ」

 

 勝手な疎外感にぷ~っと頬を膨らませ、常盤は部屋のドアを開ける。廊下と打って変わった質素な部屋、(いち)は純矢の高祖父が見せたかった【邪宗門】の拘りを把握した。

 そう、御堂先生が仕事場でもある別荘に悪魔をイメージした内装を取り入れた。それと同じだ。

 

「純矢君の高祖父の方、好きになれそうです」

「「「会った事もないのに?」」」

「おいおい、またかよ金田……知った顔して。俺にも説明してくれよ」

 

 (いち)は隣の部屋を開けて貰い、ベッドに荷物を置く。ボソリと呟いたつもりが、声が通ってしまう。3人にはキョトンとされ、金田一(きんだいち)はやれやれと肩を竦めた。

 

「キリシタン……おそらくは修道院の部屋をモデルにしています。はじめちゃんに分かり易く言うなら、必要な物だけ、置く。このスタイルです」

「! そうか、元々、外国人向けのアパートメントの内装のままなんだけど……そもそも純矢のご先祖様がこの館を選んだ理由、個室の内装が【邪宗門】と合うからっ。成程、奥が深い……。実際に建てたのはフランス人と言う話ですが……」

 

 自分なりの解釈を語れば、荒木は物凄く食い付いて来る。アール・デコ、アール・ヌーボーなどのデザインの対比を語り出し、金田一(きんだいち)も止めずに真剣な態度で傾聴。

 他人の薀蓄は不思議と眠気を誘う。疲労感が足に来て、(いち)はジャケットを脱いで椅子へ腰かけた。

 

「おやおや、話が弾んでいるね。入ってもいいかな?」

「あ、久しぶりです。おじさん! 金田、この人が龍之介おじさんだ」

「初めまして、金田です。本日はお世話になります」

 

 開いたままの扉を覗き込み、微笑んだ絵馬氏はわざわざ、断りを入れた。家主の登場に金田一(きんだいち)に言われるより先に勢いよく立ち上がり、(いち)は姿勢の良い角度で頭を下げた。

 弾みで椅子が倒れたのは愛嬌。

 

「ハハハッ、2人とも元気がいいな。久しぶりだね、金田一(きんだいち)君。キミが金田君、ようこそ『邪宗館』へ。長旅で疲れただろう。もうひと踏ん張りして、サロンへ来てくれないかっ。妻も会いたがっている」

「行こう、金田君。キミに是非、サロンを見て欲しい。結構、貴重な物も飾ってあるんだ」

「荒木君、ありがとうございます。期待します」

 

 絵馬氏の誘いに応じ、皆で廊下を歩く。

 

「人見知りが過ぎて、帽子被ってた比呂が金田を誘ってやがる……見違えたぜ」

「……そうね、比呂はその頃……帽子を被っていたわ。懐かしい」

「……」

 

 金田一(きんだいち)は荒木の変化を喜ぶが、(いち)には強い壁を感じる。彼自身から熱弁し、相手の言葉や表情を見なくて済む状況を敢えて作る。処世術の一種に思えてならない。




長島「また来やがったな、金田一。本当、お前は俺の管轄……ハッ!! このタイトルは……信じていいのか、金田一? 信じていいんだな? さて、次回は『邪宗館の住人よ・中編』!! 信じるからな、金田一!!」

井沢 研太郎
黒魔術殺人事件にも登場、天才プログラマー。一番社交的なので、きっとバイクの免許も持ってるはず

紅 亜里沙
悪魔組曲殺人事件ゲストキャラ、作中にて瑠璃子のヴァイオリン講師として『邪宗館』に滞在
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