金田少年の生徒会日誌 作:珍明
途中から、
「布団敷いて寝たら、さぞ気持ちい~だろうなあ」
「フフフッ、
常盤はテラスにいる
「紅さん、改めて。相変わらず、お綺麗っスね」
「本当に久しぶり。特に
「はじめちゃんはその時、上海で事件解決していました」
デレデレと
「まあ!?
「……っ」
常盤は我が事の様に喜び、荒木の表情が驚嘆を通り越して、強張った。彼女と違う反応から、確認したくなる。
「荒木君、どうしましたか? はじめちゃんに解いて欲しい事件や謎でもありますか?」
「……いいや、ないよ」
自分でも探りを入れた質問だと思う。それに答える荒木は初めて、
「お久しぶり、
(……何だが、クララっぽい人だ……)
絵馬夫人に大歓迎されながら、車椅子姿に不自然さを感じる。理由は
彼の問題故、口出しはしない。それでもモヤッとした。
苺好きの絵馬夫人がいつでも食せるよう、井沢がインターネットを通じ、情報収集する。ハイテク過ぎて、言葉の半分しか理解出来なかった。
「植物に関して、絵馬さんがいるのに……パソコンで調べるのですか?」
「私など何の役にも立たないよ。専門だった菌類の研究もこの6年ですっかり、変わってしまった。毎年、お盆には大学の教え子が遊びに来てくれるんだが、彼らの話を聞く度、私が如何にロートルか思い知らされるばかりだ」
「いや、龍之介おじさん……40代なんて、まだ若いデショッ」
「ホホホッ、
絵馬夫人より管理人の
「綺麗な赤、どう? 純矢」
「こういう色は絵の具では中々、出せないよ。比呂は言葉に出来るか?」
「いや、形容し難い。でも、瑠璃子……音なら?」
艶のある鮮やかな苺を題材にし、若き芸術家達は囁き合う。誰が己の感性を披露するか、話し合っているようにも聞こえた。
薄く笑った常盤は2人に託され、棚へ置かれたヴァイオリンに触れる。唐突な演奏が始まるのは日常茶飯事らしく、客人の紅さえ何も言わず、赤い苺の旋律に聴き入った。
記憶にある名曲ではなく、ただ感受した思いのまま引かれるメロディ。練習用のヴァイオリンでも完成度の高い技術と心地良いリズム。
ピアニスト志望の
疲弊した体に更なる眠気が襲い、
「瑠璃子さん……今までお聴きした中で一番、楽しんでいらっしゃいます。
「流石、紅さん。瑠璃子ちゃんは昔から
「おばさま! あたし、そんな熊みたいになってませんよ! 皆の前で困ります」
演奏を褒め称え、紅は常盤と
「流石、はじめちゃん。おモテになる」
「おモテになるってなんだよ、金田。初めて聞いたわ」
「モテ男って意味だよ、
「ここはモテモテだなって、冷やかすトコだ」
「そもそも、
荒木の真面目な答えを聞き、
「私の人生を変える日に立ち会って頂きました。
「荒木君、このサロンに貴重な物があると言いましたね。どちらにありますか?」
「そこのマントルピースに飾ってる本さ」
微笑んだ紅は案の定、
「金田……てめえの話題になった途端、逃げんなよ」
「……? クリスティーンが『悪魔組曲』を伴奏した話……ですよね。……ピアノが弾けるの?」
「瑠璃子、そっちを気にする? ……研太郎のパソコンを面白がってた
「いや~、パソコンもTVみたいな形してんのにって思ってたくらいだぜ。大体、金田はさっきも言ったように同級生で偶々、友達になって……。亜里沙さんも……偶々、知り合っただけでっ」
首を傾げた常盤に純矢も呆気に取られ、
「
「何ソレ……ミステリー小説のお約束みたいな展開♪ まさか、
仕方なく、紅は事実のみ伝えれば、井沢の興味は更に膨れ上がった。
後ろの盛り上がりを気にせず、
古本の威厳を兼ね備えた【邪宗門】。
学校の図書室に陳列された書籍同様、黄ばむ。だが、ここに飾られた価値を瞬時に感じ取り、ゾクゾクと首筋がはしゃぐ。
「初版本、もしや……アンカットですか?」
「……アンカットかあ……その発想は初めてっ、明治の初版本だよ。北原 白秋のね」
「十分、貴重です。白秋にここまでゾッコンですと愛らしいですね。純也君の高祖父の方……是非、お会いしたかったです」
「はは……当時の文豪ファンが初版本購入なんて、初歩中の初歩だよ。金田君……
文豪の初版本、つまりは古書。本当に貴重品と巡り合えて感嘆の息を吐き、
「金田君は画家だけでなく、近代文学にも関心があるんだ。僕の書いた本、読んだ事は?」
「残念ですが、まだ。書店で夏休み特集に、荒木君の作品が陳列されていましたよ」
「そっか……読まれてないなら、安心……いや、良くはないな。夏休み特集って……チョイス、間違ってるっ」
「ホラー系ですか?」
「ドロドロした世界観の自覚はあるけど……読んでも涼しくなるかなあ」
「分かりました。最寄りの書店に行き、買って来ます。朗読会を開催しましょう。どうしましたか、荒木君? 自分の腕を掴んだりして、一緒に行きます?」
善は急げと
クスクスッと微笑ましく見守る笑いが起こった。
「金田君の演技、ご覧になる? コンクールのビデオを持って来たの」
「はじめちゃんが解決した事件の話を聞きたい人、手を挙げて下さい!」
「おおい、金田ぁ!! 俺を巻き込むな!」
紅の余計な提案。
荒木を半分だけでもからかったツケが回り、
「「聞きたい、聞きたいっ」」
「僕は演劇のビデオを観たい」
「……オレ、え……え~と、両方っ」
井沢と常盤は事件話を選んだが、荒木は劇のビデオ、純矢は曖昧過ぎる。
「
「正しくは捜査協力です。自分は今年に入ってからの分しか知りませんが、警視庁捜査一課の方から直々に依頼されます。警視庁から表彰の話が出る程の活躍だと……」
「これは驚いた。本当に探偵じゃないか、
(あ~間違ってねえし、誇張もしてねえ……か~ね~だ~!)
驚愕した絵馬夫人に問われ、
「紅さんは明日までの滞在ですもの、金田君の演劇を見せて頂ける?」
「はいっ」
絵馬夫人のひと言で決まった。天才児達は館で自由に振る舞うが、ほとんどの決定権は彼女にあるらしい。誰も反論しなかった。
結局、
自分の演技に自信はある。だからこそ、初対面の人と一緒に観たくない。ただの罰ゲームと化した状況、終わった頃にはゲッソリ。
拍手はなくとも、皆の視線に込められた熱が演技の評価を教えた。
「ずるいっ、『悪魔組曲』を……こんなにも早く弾けるなんて。ついこの前、発表されたばかりでしょう。舞台で使う曲にも使用許諾が必要なはずよ」
「キチンと手続きは踏みました」
常盤は膝を抱え、唸る。
「亜里沙さんっ。あたし、次のコンクールに『悪魔組曲』を弾きます。伴奏者は第一楽章と第二楽章を担当したあの人よ」
「ダメです。彼は可愛い後輩ですから、貸しません」
「金田君じゃない、亜里沙さんに言ってるの!」
「伴奏者は自分の後輩です」
言い合いのようなやり取り。相手が美少女ヴァイオリニストだろうと、可愛い後輩は渡せない。
「瑠璃子と初対面でこんなに言い合いするなんて……やるな、金田君」
「本当、すっかり馴染んでんな……」
井沢と
喋り過ぎた為だろうか、ハーブティーを飲んでも喉の渇きは癒えない。
「2人とも、少し休んだ方がいい。ここにいたら、話してばっかりになるしっ」
「俺も朝、早かったし……ちっとだけ横に」
「お言葉に甘えます」
「ああ……東京からバイクで来てくれたんだったか……気が利かなくて、すまないね」
東京バナナを齧った井沢の気遣いに心から甘え、
廊下では堂本夫妻は忙しなく、動いている。老体ながら、テキパキとした動きは熟練の成せる業。是非、見習いたい。
部屋に置いたままのサイドバックから携帯電話を取り出し、隣の部屋にいる
「投げんなよ、携帯。家に連絡しろってんだろ……分かってるわい」
「流石です、はじめちゃん」
(……完全に『邪宗館』を調べに来てんじゃん。こっちは7年前に発売された雑誌か……物持ち良いな)
指先で読む許可をもらい、パラパラッとページを捲る。アール・ヌーボー内装の喫茶店、【秋はキノコ狩りの季節】特集にゾワッと背筋が凍り付く。もしやと思い、欄を読み取った。
見逃す程の細かい文字で記載された名、纏わり付いた不愉快さは眠気を吹き飛ばす。勘が当たっても嬉しくなくて、憤りを深呼吸で吐き出した。
〈それに【邪宗門】なんて、はじめちゃんらしくないっ〉
「だから言ったろ。俺の問題なんだよ」
いつの間にか、
その仕草に悩んでいると分かり、
「【上田理科大学教授・絵馬 龍之介】、こんな偶然ありますかっ。さあ、白状してください」
「へ?」
〈はじめちゃん、何て言ったの?〉
雑誌の持ち主でありながら、絵馬氏の名があるとたった今、知った表情。こちらが拍子抜けだ。
キョトンとした
「佐木ン家の電話番号を教えてくれ」
「……分かりました」
先程までの再会を喜ぶ顔は消え、事件と向き合う探偵の顔へ早変わり。
携帯電話を耳に当て、
彼らの会話を聞きながら、
それは雑誌にて【シロマツタケモドキ】と表記されていた。
「前に2号が話してくれた。猛毒キノコを食べられるキノコと紹介された事があるって……詳しく聞かせてくれ」
〈シロマツタケモドキと言う白いキノコがありまして、ドクツルタケの写真が使われていたんです。2つの見分け方はあるんですが……毒キノコの特徴を示すツバやツボは取れやすくて、そんな状態で発見されたら、素人は確実に間違えます〉
「被害者が出た事は?」
〈その記事が原因で……と言う意味なら、僕には分かりません。時間を頂ければ、調べます〉
それによる被害者がいる。
事情を知らない身でも、これだけの判断材料が揃えば、自ずと推測出来る。
「……いや、いい。自分でどうにかするよ、ありがとな……」
竜太との通話を切った
「はじめちゃん、自分は何も聞きません。貴方のお好きなようになさって下さい。その代わり、お願いがあります」
「……1人で行動するなとか、そんなんか?」
「明日にして下さい」
「……は?」
心からの願いを伝えれば、
「貴方の問題が解決した後、そのまま……ここへ泊まれますか? 自分は無理です。かと言って、今からホテル探しに行きたくありません。勿論、朝木さんの家にも向かいませんよ。バイクの運転で本当に疲れました……だから、謎解きは明日にして下さいっ」
所持金は心許無く、ガソリン代を考慮しても他のホテルへ宿泊出来ない。新車のタンデムによる5時間越えの運転は予想以上に疲労、仮眠を取って県内の『雲場村』を目指すなどお断りだ。。
新車のバイク。純文学を形にした別荘。若き芸術家達。演劇のビデオ。純文学の空気。
その全部に、体も心も揺れていた。
だから明日がいい。明日なら、ちゃんと向き合える気がする。
「……マジかよ、お前……」
呆然とした
「……わ~ったよ。お前には迷惑かけちまってるし、これで想像の域は出た……証拠云々は取り敢えず、明日にするわ」
「ありがとうございます。それと――これからも迷惑をかけてもらっても、構いません。ですが、事情は聞かせてください。ちゃんと聞きますからっ――」
「金田……っ」
「明智さんの受け売りです」
お気に召さないらしく、彼の笑顔はスッと消える。人の言葉を借りた事がいけなかったのかもしれない。
夕食は10代の食欲に応じたお肉たっぷりのメニュー。
普段よりも多い量を見せ付けられ、
ゲッソリした後、体調を理由にして就寝。
軽めのストレッチを欠かさず、金田家へ連絡してから布団へ入る。まだ夜9時過ぎ、眠れない。
隣の部屋が壁越しにも騒々しくなり、窓を開け放った為に
「へえ、あの本だらけの中から比呂が見付けたのかよ。探せば他にもあるんじゃねえか? ダブってるのは『なんでも鑑定団』に持って行こうぜ」
「相変わらずだなあ……
「ハハハ……良いよ、今からでも探す?
「あたしがヴァイオリンの弓を置き忘れた時も……」
【邪宗門】初版本の話題に変わり、
「金田君、具合は大丈夫かな。薬とか持って行こうか?」
「サンキュー、研太郎。朝、様子を見ておくわ。金田にはマジで無茶させちまったしな。今は……ゆっくり、寝させてやろうぜ」
井沢の気遣いに
三島「三島 幾真です、閲覧ありがとう。ここにいるなら……俺の出番なかったりするのかな? さて、次回は『邪宗館の住人よ・後編』!! 軽井沢の火事……ああ、あったあった。2年くらい前に」
堂本富士夫、その妻・香苗
邪宗館の管理人、顔と名前もあるのに台詞がない。「私の出番ない」人