金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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ネタバレがあります。原作未読の方はご注意ください


12休 邪宗館の住人よ・後編

 午前6時起床は揺るぎなく、ジョギング前には堂本(どうもと)夫妻への挨拶も欠かさない。(いち)は館の周囲をグルリと回り、森の奥へ続く石畳の道を見付けた。

 道があるなら、辿ろう。

 

「そっちは廃屋しかないよ」

「荒木君、おはようございます。廃屋ですか……道はしっかりしています。建物そのものが見えれば、戻って来ますよ」

 

 裏口の戸がすっと開き、荒木(あらき)が現れた。声は低く、風に溶けるような静けさを帯びていた。

 段差を降りる彼の足取りもほぼ無音、館の眠りを妨げない様に配慮されたもの。(いち)も気遣いに倣い、声を抑えた。

 

「お勧めはしないね。本当に誰もいなくて、金田君が転んで怪我でもしたら、僕らには分からない。昔、肝試しした時に金田一(きんだいち)が捻挫してさ、研太郎が負ぶって帰ったぐらいだ」

「……小学生の皆さんが大人を呼びに行くよりも、井沢君が運んだ方が早い……それだけの距離があるのですね。分かりました。初めての土地ですので、こちらの道は止めておきましょう」

 

 危険を避ける意味で踵を返したが、荒木の目には安堵が浮かぶ。朝陽の光に紛れた微かな揺らぎだった。

 

 部屋のバスルームにて朝風呂。サッパリした後、携帯電話が鳴り響く。相手は竜太(りゅうた)だ。

 

「佐木君、おはようございます。どうしましたか?」

金田一(きんだいち)先輩には断られたんですが最近、軽井沢で起きた事件や事故を調べました。ちょっと気になる記事を見付けて、お知らせしようと……〉

「気になる記事……はじめちゃんに代わらなくていいなら、別件ですか?」

〈はいっ。2年前に火事が起こっています。夜間だった事もあり、逃げ遅れた3名が亡くなったそうです」

 

 全く関係ない。

 

「火元には気を付け……」

〈まだありますっ。その建物、創設したばかりの『遊民蜂起』がオーディション合宿を行っていたんです。今では劇団の顔になっている湖月 レオナも参加していました。火事の後、彼女は『オペラ座の怪人』でクリスティーンに抜擢されているんです〉

「あの湖月 レオナが火事の被害に……初めて知りました。……事故が遭った後、クリスティーンを演じた……偶然でしょうが、嫌な共通点ですね」

〈僕もそう思いました。先輩、何もないといいですが……軽井沢にいる間は十分、気を付けて〉

 

 金田一(きんだいち)の為に事件を調べながら、(いち)を心配しての連絡。竜太の心遣いが心に染み渡り、感謝を呼吸に表す。それは届いてくれたらしく、彼の嬉しさそうな息遣いが通話の切れる瞬間に聞こえた。

 

(……2年前、軽井沢で火事が遭った……なのに……ここにスロープが(・・・・・)ない(・・)

 

 その頃、『遊民蜂起』による『オペラ座の怪人』の公演が大盛況と演劇雑誌にて、読んだ記憶がある。だが、火事に関する記述はなかったはずだ。

 (いち)が抱えた疑問、絵馬(えま)夫人の車椅子を不自然に感じた理由。正面玄関、裏口も段差がしっかりとあった。手摺すらなく、緊急時の避難には不備。

 資産家で財もある為、金銭的理由で取り付けられないはずはない。

 加えて、ここまでの道中は車1台がやっと通れるだけの狭さ。救急車両の到着も遅く、元看護婦の遠藤(えんどう)がいるとは言え、住み込みの主治医はいない。

 

(佐木君の真似して……ちょっと、調べてみるか)

 

 火災現場も見ておこう。

 朝食はサロンの隣にあるクラシカルなダイニングにて行われる為、ぞろぞろと揃う。

 

「皆さん、おはようございます。紅さん、もうお帰りになるのですか?」

「ええ、午前中には軽井沢を出なくちゃ……帰省の人とか旅行者でごった返すの。金田君、金田一(きんだいち)君は?」

 

 (くれ)は食後に発つつもりか、外出着であった。

 

金田一(きんだいち)君なら、まだ寝てるんじゃないかな。瑠璃子がず~っと喋り倒しで、寝るタイミングなかったしっ」

「あら、純矢。あたしは昔みたいに5人で寝るんだと思って……」

 

 純矢(じゅんや)絵馬(えま)夫人の車椅子を押しながら、朝食の支度で忙しい常盤(ときわ)へ視線を送った。彼女はエプロンを着け、ランチマットに皿やフォークとナイフを並べていく。

 

「おはよう、金田さん。比呂君から聞いたわ、早朝からジョギングされていたそうね。本当に感心だわ」

「はい、森林に囲まれた土地です。良い運動になりました」

「おはよう~、また苺を……おや? 金田一(きんだいち)、まだ起きてないのか。起こしてくれるから、瑠璃子。これ、遠藤さんに渡してっ」

 

 絵馬夫人はゆったりとした態度で使い慣れた車椅子にもたれかかる。一度、疑惑の目を向けると胡散臭く見えてしまう。足に触れば、筋肉の感触で判断できるが、夫と息子の怒りを買うだろう。触診もどきは最後の手段だ。

 井沢(いざわ)が昨日と同等、網籠には熟れた苺を集めていた。

 

「おはよ~さん……寒っ」

金田一(きんだいち)、そっちはテラスっ。ダイニングはこっち」

 

 寝ぼけ眼の金田一(きんだいち)は荒木に誘導されながら、食卓へ到着。彼は朝の迷子には自然に接し、実に微笑ましい。

 井沢の出番はなし。

 焼き立てのトーストが絵馬(えま)氏から順番に運ばれても、忙しい常盤は席に着かず、他の面々は食べ始める。これが朝の光景らしい。

 

「今日はどうなさるおつもり? あたし達は紅さんを見送りに行くわ」

「自分、行きたい場所がありますので、バイクを走らせようと思います」

「う~ん? 金田、どっか出かけんの~?」

 

 絵馬夫人に答えた時、(いち)は荒木の視線を感じた。寝惚けた金田一(きんだいち)はソーセージを齧りながら、反射的に問いかける。とても自然な会話の流れ、助かる。

 

「火災現場です。2年前に起こった火事がありますよね? そこへ行きたいのです」

「……ああ、あのっ。結構、大規模で……何人か、亡くなったとか……誰か覚えてないか?」

「3人です、龍之介おじさん。深夜に火災が発生して、消火活動も遅れたと記事を読みました」

「まあ……そこまで知らなかったわ。お気の毒に……」

 

 絵馬氏はうろ覚えだが、火事そのものを知る。井沢は報道を出来るだけ把握し、絵馬夫人は亡くなった方へ同情的に見えた。

 ただ、恐れていない。

 

「な~んで、んな場所に行くんだよ。野次馬根性ならやめとけ、碌でもねえぞ」

 

 金田一(きんだいち)は目が覚めたらしく、目を座らせた。

 

「他人事に思えなくて……どうしても、現場を見ておきたいのです。井沢君、場所を教えてもらえますか?」

「勿論。何なら、俺が案内しますっ」

「いいえ、井沢君には……はじめちゃんの子守りをお願いします。彼は相手にされなかったら、すぐにゴロゴロしますので、適度に運動をさせて下さい」

「……プッ、金田君……金田一(きんだいち)は犬じゃないんだから……」

 

 純粋に金田一(きんだいち)の運動不足を心配したつもりが、皆は愉快そうに笑い出す。本人だけ、ぷ~っと不貞腐れた。

 

「コホン……金田君、独りで行動するのは感心しないわ。土地のある方をお連れしてはいかが? 私は生憎だけど……瑠璃子さんはどう?」

 

 笑いを堪え、紅は(いち)の身を案じる。

 

「あたし、金田一(きんだいち)君のお世話があるし……純矢は?」

「オレは今日中に仕上げたい絵があるから、出掛けたくない。比呂は? 金田一(きんだいち)と遊ぶ為に原稿もさっさと終わらせて、急ぎの仕事もないし」

「……純矢の言う通り、金田一(きんだいち)と遊ぶ為なのに。研太郎が言い出しっぺだし、行って来なよ。金田一(きんだいち)の世話は瑠璃子がするし」

「瑠璃子、比呂……ナチュラルに俺の「世話」って言ったな」

 

 ようやく着席した常盤を含め、井沢以外は誰も名乗り出ない。金田一(きんだいち)のオマケでしかない自覚はあるが虚しい。仕方なく、別の提案をしてみよう。

 

「でしたら、廃屋へ行きませんか? ほら、さっき荒木君から教えて頂いた場所です。それなら、皆さんと行けるでしょう」

「あそこは興味本位で行くところじゃないし、僕が火災現場に着いて行くよ」

 

 即座に決まり、(いち)の心は余計に虚しくなる。

 

「そうだね、比呂君。そうしてくれるかい?」

 

 しかし、絵馬氏は未成年者が火災現場跡地へ行くのに止める気配なし。荒木同様、廃屋へ行って欲しくない理由があるのだ。

 【軽井沢マガジン】に関係しているかもしれないが、そこは金田一(きんだいち)に任せよう。

 

 快晴とは言え、高地。

 防寒も兼ね備えた赤いジャケット、グローブは必須。貴重品入れのヒップバッグは勿論。サイドバックは置いて行くが、念の為に荷物は纏めておく。

 階段を下りれば、瑠璃子が8千万のヴァイオリンケースを運ぶ。

 

「瑠璃子さん、重いでしょう? 私が運ぶわ」

「いいえ、亜里沙さんはお客様よ。これくらいはさせてっ」

「瑠璃子ちゃん、すっかり紅さんを気に入ってしまったようで……次のレッスンもお願いしたいくらいです。その頃には新幹線が開通していますねえ」

 

 女同士の和やかな会話を聞き、正面玄関から外へ行く。絵馬夫人が段差の前に来たところで、遠藤の回したベンツは間に合った。絵馬氏と純矢の手を借り、彼女は後部座席へ乗せられる。

 

「皆さん、お世話になりました。またお会いしましょう。お2人とも、次に会うのを楽しみにしてるわ」

「はい~もちのろんっス♪ 亜里沙さんも道中、お気を付けてっ」

(常盤さんの顔、怖っ。はじめちゃん、わざとやってる?)

 

 紅に微笑まれ、金田一(きんだいち)はデレデレ。常盤の頬がちょっとだけ嫉妬心に赤く染まっていた。罪深い探偵の孫を無視し、ベンツは走り去った。

 (いち)がバイクを正面玄関まで回している間、荒木も準備完了。金田一(きんだいち)のヘルメットと走行用ゴーグルを着け、緊張しているのか無言。

 

「金田君、ここに地図に印付けてますよ」

「比呂、金田を頼んだぜ」

「比呂、無理しなくていいぞ。金田君、あの幽霊屋敷でも良いって言ってるんだし」

「何言ってんだい、純矢。僕は大丈夫だよ、さあ行こう」

 

 井沢は地図を指差し、荒木に託す。金田一(きんだいち)と純矢に声を掛けられ、バイクの後部座席へ跨った。(いち)のズボンに回した手は躊躇いがちに摘まむ。

 

「……今更だけど、金田一(きんだいち)君もバイクに乗ってくれば良かったんじゃない?」

「俺は原付の免許しかなくてさ。おっと、比呂。それじゃあ、危ないから……そうそう、ガッシリとっ」

 

 常盤に答えながら、金田一(きんだいち)は荒木の腕をそっと(いち)の腰へ堂々と回す。安全対策バッチリ、4人に手振りで挨拶し、意気揚々とバイクを発進させた。

 荒木の手が震えていたのは好奇心もあっただろう。背に受ける彼の視線は見張られている緊張感があった。

 

 地図に従い、20分弱の走行。問題なく現場へ到着。

 美しい木々に囲まれたそこは建築工事の真っ最中、作業員が綺麗にブレスカットされた木材を運ぶ。火事の面影はなかったが、骨組みの規模から見ても広大な建物と推定される。

 

(『邪宗館』からは程良い距離だけど、思ってたより近いな。休憩時間まで待たないと……話は聞けないだろうから、その辺にいる人……おっ。都合良く、発見っ)

「金田君、もうい……っ

 

 自分達と同じ、遠巻きに工事現場を眺める帽子とマスクの男性がいた。

 警戒心に満ちた荒木の声を聞き取れず、バイクを発進させて近寄る。相手も機械音に気付き、背を向けた為に手を振って挨拶した。己に用があると察し、停車を待ってくれた。

 

「こんにちは、金田と申します。ただの観光客です。質問をよろしいでしょうか?」

「こんにちは……僕で良ければ……」

 

 荒木はじっとして動かず、(いち)だけがヘルメットを脱ぎ、男性へ語り掛ける。遠目では気付かなかったが、ゆったりした服の長袖、薄手の手袋。

 

「2年前、この付近で火事が遭ったと聞きました。今、工事されている場所で間違いありませんか?」

「……そうだよ。前のコテージは増築を繰り返して、もっと広かった。あの拓けた部分が火元でね。そこはプールを作るらしい」

 

 一瞬の躊躇った後、帽子の男性は焼けたコテージについても丁寧に教えてくれた。その詳しさは周辺住民ではなく、炎の被害者と勘繰る程だ。

 袖から覗いた手首に、火の記憶が見える。

 それを見せるためではなく、隠すために纏った布地が物語っていた。

 悪い事をしたと思う。金田一(きんだいち)の忠告は当たってしまった。

 

「ありがとうございます。もう十分です」

「……気付いたんだね、賢い子だ。でも、気にしないでくれ。何だか……キミに言うべきだと思ったんだ。もしかして、役者をしてるのかな?」

「……はい、高校の演劇部です。よく分かりましたね」

「知ってる人に雰囲気が似ていたから、キミならきっと素敵な演者に成れる」

 

 詫びも込めて頭を下げれば、(いち)の罪悪感は見抜かれた。とても穏やかな声と眼差しは見知らぬ高校生へ声援を贈り、胸が弾んだ。

 

「ひとつ、お願い。ここで僕に会った事を誰にも言わないで欲しい。知られたら、本当に困るんだ」

「はい……それは勿論、誰にも言いません。自分も彼もっ」

 

 困った口調ではなく、簡単な願いに聞こえる。(いち)へ緊迫感を与えない為に極力、穏やかに頼んでいる。僅かなやり取りでも分かる。彼は心根の優しい人だ。

 だから、失礼を承知で聞きたい。

 

「すみません……別の質問ですが、お顔は腕よりも火傷の度合いが違います。もしかして、皮膚移植をされましたか?」

「……ああ、その通り。とは言っても。顔もまだ途中でね、少しずつ手術してるんだ」

「仲間が先日、皮膚移植を受けました。貴方のように良くなるなら、少しだけ安心です。術後に気を付ける事はありますか?」

「……参考になるか、分からないけど……痒みは堪えたよ」

 

 不躾な質問にも答え、男性はマスクを少しだけ捲る。術前と術後、その違いを見せてくれる。術後の月島に会えていないが、皮膚の様子は知れた。確かに元通りとは行かないが、陽の下にも晒せる肌だ。

 しっかりと感謝をお辞儀で伝え、(いち)はバイクへ乗り込む。ヘルメットを被った時、ずっと黙っていた荒木も相手に会釈し、後ろへ跨った。

 腰を掴まれた感触に発進、一先ずは観光名所を目指す。

 

「金田君か……あの人(・・・)と同じ名前にここで会うだなんて、縁が在りそうだ」

 

 殊更に可笑しそうな独り言は聞こえず――。

 

 煉瓦張りの外観はお洒落な印象を与え、御伽の世界へ迷い込んだ錯覚に陥る。ちょっとした隠れ家スポットはただの民家だと言われ様が不思議な魅力を放ち、観光客を引き寄せるに違いない。

 

「こちら、雑誌で紹介されていたのです。荒木君は来た事ありますか?」

「何度かね。……アール・ヌーボーを取り込んでいるけど、それが緑とマッチしてて……」

 

 ワクワクしながら、(いち)は荒木とカフェの午前11時開店を待つ。彼は言いかけた蘊蓄を止め、じっと確かめる目付きになる。他に言いたい事があるのだ。

 

「……さっきの人、よく声をかけられたね。金田君は社交的なんだろうけど、相手を選んだ方がいいんじゃないかな。会った事を知られたくないなんて……もしかしたら、放火犯かもしれないよ」

「その可能性は考えませんでした。犯人は現場に戻って来ると言いますが……それなら、自分と話しすらしないでしょう」

 

 周囲の様子を窺い、荒木は警告的な口調。

 あの男性が2年前の火事と如何なる関係か、知る必要はない。今日の出会いは黙して語らずと洒落込もう。

 

「仮にそうだと言うなら、あれだけの火傷を負っているのです。十分、報いは受けました」

 

 余程、意外だったのか荒木はギョッと目を剥いた。

 

「……キミは……見逃す人なんだね」

「……荒木君の言い方は聞こえが悪いです。自分、これでも生徒会執行部なのです。問題行動は見過ごせませんよ」

「……それって風紀委員の役目だと思ってた」

「よく一緒くたにされますが、風紀委員は字の如く風紀を正す。校則違反が主とお考えください」

 

 やっと気を緩めた荒木の(いち)に対する見解に思わず、ムッとする。

 あまりにも心外。

 彼はクスクスッと笑い、仕方ないと言わんばかりに委員会活動の話題に乗った。

 

「学校での金田一(きんだいち)はどんな感じだい?」

「登校の都度、先生の注目を集めています」

「ハハハ……遠慮せず、正直に言って良いよ。授業も禄に受けてなくて、出席日数もギリギリ、テストも赤点は回避しているだけってトコかな」

「……荒木君、はじめちゃんの学校生活……誰かに聞きましたか?」

 

 まるで見て来たような言い草、荒木は千里眼めいた能力の持ち主かもしれない。(いち)はちょっとだけ、恐れ戦いた。

 

「やっぱり、そっか……。本当、金田一(きんだいち)も〝仲間〟だ」

「〝仲間〟……荒木君も学校では……そのような生活態度なのですか?」

「ああ、ごめん。キミには話してなかったね。僕ら高校なんか行ってない、4人とも」

「お仕事に専念っ、……立派な社会人ですね」

 

 急に金田一(きんだいち)を称賛し荒木は感嘆の息を吐く。(いち)は困惑気味になり、『邪宗館』の4人が不動高校の『オチコボレ』が如く教職員を振り回す姿を想像してしまう。

 実際、()の天才作曲家も学生時代に恩師を困らせていたのだ。

 それに比べれば、高校に進学せず、仕事を選んだ現状など尊敬に値する。もしも、金田一(きんだいち)が高校を中退して探偵事務所を開くならば、(いち)は応援しよう。

 

「……金田君、意外だね。金田一(きんだいち)でさえ、口では高校は友達もできるし、それなりに楽しいと思うって……高校生らしい事を言うのに」

「……フフフ、はじめちゃんらしいですね。自分の場合は、親族に最終学歴中卒の方が多いのです。祖父の影響で高校なんか、大学へ行って公務員や医者を目指す人が行く場所と思っていました」

「金田君のお祖父さん、ちょっと好きになりそう」

「孫の自分には「高校を卒業しなかったら、ブッ殺す」と言う人です」

 

 荒木は物珍しい人を見る目付きになり、金田一(きんだいち)を引き合いに出す。

 名探偵の孫が学校に抱く感情を初めて、知った気がする。登校の度、校内を騒がせておいて「それなりに楽しい」。彼らしくて微笑ましいが、生徒会執行部としてはイラッとする。

 

「都会に住んでると高校へ行くのが、義務みたいになっているからね。お祖父さんの気持ち、ちょっとは分かるかな」

「荒木君、急に祖父の味方をしますね。面識もない相手にっ」

金田一(きんだいち)や龍之介おじさんもだけど、お祖父さんの話す時はとても楽しそうなんだ。大切にされたって……分かる」

「荒木君もとても楽しそうですよ。……聞きそびれたのですが、龍之介の名前は文豪繋がりだけではないとはどういう意味で……しょうか、……電話?

 

 質問した時、カフェは開店した。

 更にヒップバッグからけたたましい着信音、店内へ案内してくれようとした店員へ詫びる。後ろに並んでいた他の客へ列を譲った。

 【チャクシン】の表示に途轍もなく嫌な予感、荒木が覗き込んで来た。

 

金田一(きんだいち)かも」

「……携帯の番号を教えてなかったのですが、……はい、はじめちゃんですか?」

〈金田か! 俺だ金田一(きんだいち)っ、すぐに比呂と戻ってくれ〉

 

 荒木と(いち)の予感は的中、金田一(きんだいち)の切羽詰まった声にゲンナリ。説明を受けずとも緊急事態発生、2人でバイクへ急ぐ。

 

金田一(きんだいち)、僕だ。どうした?」

〈比呂、すまん……俺のミスだ。瑠璃子が部屋から出て来なくなっちまった。研太郎と純矢が何度呼び掛けても、比呂としか……話したくねえって〉

「荒木君、こっちが早いです!」

 

 携帯電話に戸惑いながら、事情を知った荒木は絶句。ヘルメットを被ったまま、走り出そうとした為に必死で引き留めた。

 行きと違い、後ろに乗った荒木の手は怯えていた。

 

 『邪宗館』の駐車場にベンツは戻っておらず、バイクが停車するよりも先に荒木は飛び降り、裏口へ走る。エンジン音に気付いたらしく、常盤も裏口から外へ飛び出して来た。

 無邪気な笑顔は鬼のような形相で髪を振り乱し、(いち)がいるにも関わらずに喚き散らす。

 

「ねえ聞いて、比呂。龍之介は……あの男は人殺しよ!

「……瑠璃子、……金田一(きんだいち)がそう言ったのか……」

「いいえ、金田一(きんだいち)君の持って来た記事を見たの。それで……全部、分かったわ! あたし達、ずっと騙されていた!

「……研太郎と純矢も知った?」

 

 荒木は苦悩に満ちた顔で常盤へ問うが、それは確認だ。興奮した彼女はゆっくりと頷き、彼は青褪めた。

 常盤は怒り狂っているものの、辛うじて理性を保っている様子。【軽井沢マガジン】を読み、この反応。特集の誤った監修、それによる被害者だと理解した。

 つもりだった(・・・・・・)。何故なら、(いち)は【軽井沢マガジン】の情報しか、知らない。

 こんな事態を予測していても、罪悪感に胃は竦む。金田一(きんだいち)を探せば、裏口から顔を出す。後悔の表情だが、他の2人と心配そうに成り行きを見守る。

 荒木の言葉に全てを託しているのだ。

 

「……金田一(きんだいち)がどこまで調べたか、知らない。けれども……僕は6年前から(・・・・・)知っていた(・・・・・)。昔の事をほじくり返して何になる? 忘れた方がいい(・・・・・・・)。瑠璃子、忘れるべきだ」

……っ

 

 動揺を殺した荒木は静かな声で告げ、ヘルメットを取る。常盤を説き伏せる為、邪魔だったのだろう。その手から奪い取った彼女は鈍器代わりし、無言で振り回した。

 刹那と言える出来事。

 

瑠璃子!

「「!?」」

 

 気付いた金田一(きんだいち)の制止を求める声、井沢がサッと駆け出し、純矢はショックのあまりに硬直。

 彼らの動きを視界で捉え、(いち)は咄嗟に荒木を足払い。自分のヘルメットにて、常盤の一撃を受け止めた。

 衝突音に合わせたような木々のざわめき、風が一瞬だけ強く吹く。

 常盤の能面のような表情から殺意は消えず、(いち)には目もくれない。地面に倒れ込んだ荒木の位置を確認したかと思えば、再度、ヘルメットを振り下ろす。

 そこに井沢が間に合い、彼女を羽交い締めにした。

 

「瑠璃子、落ち着けっ」

「龍之介とグルになって(・・・・・・)、あたしを騙して……〝仲間〟を裏切っていた! 比呂も同罪だ! 殺してやる!

「瑠璃子! 何か、誤解があるんだ!」

 

 井沢と金田一(きんだいち)に取り押さえられ、必死に宥められる。常盤の怒りは増すばかり、荒木は確かな殺意を目の辺りにして茫然自失となり、ただ座り込んだ。

 

父さんの話を聞こう……瑠璃子。オレ達は父さんから、何も聞いてない

(悪手じゃねえか、それ……)

 

 事態に困惑しながら、純矢はそっと常盤からヘルメットを取り上げた。

 このまま、常盤と絵馬夫妻を会わせては危険。感情が爆発した彼女は如何なる弁明も聞き入れず、楽器を奏でる手は血に染める。

 必ず(・・)そうなる(・・・・)

 常盤の叫びはかつての自分によく似ている。否、今も胸の内に抑えこんだ悲しみと絶望の〝吹雪〟だ。

 本来なら、常盤の気持ちを絵馬氏へ伝えるのが筋。だが、元凶の言い訳は火に油を注ぐ。荒木への態度がそれを示した。

 打開策は引き離す事。別々の部屋では近すぎる。

 

「常盤さん、乗って行きます? 自分の後ろ、空いています」

 

 (いち)は荒れ果てた空気の中で告げる。

 

「金田?」

 

 バイクを指差し、タンデムへ誘う。突然の言葉に全員、(いち)を思い出したように注目。

 常盤はピタッと暴れなくなり、潤んだ瞳に怒り以外の感情で揺れる。信じていたモノが崩れた時に、残る虚しさとよく似ている。

 

「……どこへ(・・・)……連れて行ってくれるの?」

 

 弱弱しい声はかえって重く、心に訴えかける。ああ、彼女は叫んでいた。

 

「此処ではない、何処かです。今夜も『邪宗館』で眠れるなら、話は別ですがっ」

「行く。連れてって」

「瑠璃子……」

 

 迷いのない返事を聞き、井沢は拘束の手を緩める。すっと抜け出した常盤は歩きながら、純矢の手からヘルメットを再び奪い、自らへ被せた。

 そして、先にバイクの後部座席へ跨る。スカートが微かに捲れても気にしない。思いの外、あっさりした行動に一安心。

 

「はじめちゃん、『雲場村』で落ち合いましょう」

「……へ? ……え? 今から『雲場村』?

 

 金田一(きんだいち)へ行先を告げ、(いち)もヘルメットを被る。

 跨った瞬間、常盤は背中をギュッと抱き締めて来た。同世代の男子と違う柔らかい感触だが、折れる気がする程に力強い。腰に回った腕の震えは何を意味するだろう。

 エンジン音を吹かせ、発進。彼らが止めないのは常盤に考える時間を与えたかったのだと思う。少なくとも、井沢はきっとそうだ。

 

瑠璃子!!

 

 我に返った荒木の縋る声が追いかけ、常盤は決して振り返らない。

 6年前の真実を知った代償に、彼女は軽井沢から離れる決意をした。衝動的と思われがちだろうが、決して生半可な気持ちではないと(いち)は知っている。その痛みが尋常ではない事も。

 常盤はまだ選択を与えられただけ、羨ましい。

 

うう……ぐずん

 

 間もなく、隣の御代田町も通り過ぎる。エンジン音と風圧に負けず、常盤のすすり泣く声が耳へ入った。

 それは哀愁か歓喜か、またも判断しかねる。

 風だけが、彼女を慰めんと吹き荒れた。




出島「どうも、出島……サスペンスにありがちな、調子こいた男です。皆さんも人を脅す時は……限度を弁えて、ここ、次回予告するトコだろ……。何を言わせてんだよお(涙)。さて、次回は『邪宗館の住人よ-荒木』。そもそも、教授があ……」

荒木 比呂
直木賞を期待される小説家。邪宗館の暮らしを守る為、率先して客人へ歩み寄り、危険か否か、判断していたと思われる。原作で最も金田一の訪問を危険視し、作中にてオリ主を警戒した

常盤 瑠璃子
アーティスト気質なヴァイオリニスト。自分の性格をよく理解し、冷静沈着な荒木を一番の相談相手として頼っていた
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