金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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実質、邪宗館編の後日談
金田一達が雲場村へ出発した頃、オリ主達の動きです

誤字報告により、修正しました。ありがとうございます


14休 雲場村の鳴き声・前編

 田畑の多い盆地は湿気の多さ故、蒸し暑い。

 涼しい早朝から畑仕事を行うのは古来の人々が試行錯誤した末、見付け出した熱中症対策のひとつ。身に纏う甚平も同じ、肌触りが良くて涼しい気分になる。適当な土道をジョギングしながら、(いち)は鳥居の前で足を止めた。

 雷祭が催される際には出店の並ぶ場所。

 生憎、今年は演劇コンクールと日程が被り、直接は目にしていない。そもそも祭りの時期を知らなかった。知っていれば、検討はしたと答えておこう。

 写真でしか知らない光景を思い浮かべ、心は弾む。

 

「朝っぱらから、神聖な鳥居でな~にニヤニヤしてんだ。気持ちワリィぞ、金田」

「巽君、おはようございます。ジョギングしていましたら、ここへ着きましたっ。貴方はお掃除ですか?」

 

 昨日、知り合ったばかりの(たつみ) 龍之介(りゅうのすけ)は箒を片手に現れ、ぶっきらぼうな態度で手振りの挨拶。

 初対面の挨拶時は敬語だったが、東京の高校生と聞いた瞬間に口調が粗くなった。何故だろうか、とても親しみを感じる。

 

「見りゃあ、分かんだろ。もう終わるから、ちょっと待ってろ」

「――40秒で支度しな――」

 

 こうして名台詞を冗談に使えば、巽は本当に40秒弱で戻って来た。彼は『雲場村』の住人ではなく、同じ長野県にあるコテージ・スノーキャンドルの従業員。閑古鳥が鳴く職場の宣伝を兼ね、県内各地を巡っているという。

 ついでに繁盛期の短期バイトをこなし、少しでも路銀の足しにしている。今は神主の厚意で神社へ滞在中だ。

 完全な旅人、同世代と思えぬ計画性。見習いたいが、見知らぬ土地のバイトは物怖じする。

 

「常盤はまだ寝てんのか?」

「いいえ、自分と同じ時間に起きています。葉月さんと朝ご飯の支度をすると言っていました」

 

 一見、捻くれた言い方だが、巽は常盤(ときわ)の身を案じている。昨日の彼女を見れば、余程の鈍感でもない限りは気を遣う雰囲気だった。

 家主の朝木(あさき) 冬生(とうせい)陶工も突然の来訪に事情を聞かず、歓迎してくれた。

 

「……ふう~ん。見た目は甘やかされたお嬢ちゃんっぽかったが、働きもんで安心したぜ」

「常盤さん、疲れていたのです。とても……」

 

 信頼していた恩人が家族を死に追いやった発端。おいそれと他人に広める話でもない。

 

「……今日だったか? 軽井沢に置いて来た友達がこっちに来んのはっ」

「はい、到着時間を確認しておきます。東京にいる朝木先生の娘さんも今日ですから、賑やかになりますね」

「……お前らが居なかったら、女ばっかだな」

「……巽君にそう言われたら……生き地獄に聞こえますね」

 

 喋っている間に朝木家へ帰り着く。かつての武家屋敷をいくつか改築されているが、高い土壁や古い木の門戸は格式高く見え、先祖代々から続く名家の佇まいと納得させられる。

 

「金田さん、本当に戻って来たの。巽さんも一緒なのね、ちょうど朝餉の準備が整ってるから、居間へどうぞ」

「はい、ご相伴に預からせて頂きます」

「只今、戻りました。時雨さん……本当にとは何でしょうか?」

 

 門戸をくぐった先に朝木(あさき) 時雨(しぐれ)は待ち構え、朝食を伝える。中学生の身であるが、人の肌と思えぬ色白さが大人びた立ち振る舞いに拍車をかけ、巽も敬意を払う。

 

「常盤さんからそろそろ、金田さんが帰ってくるかもしれないから……出迎えに行ってと言われたの」

((朝木先生の娘さんを顎で扱き使ってやがるっ))

 

 時雨はやり取りを思い返し、面白そうに微笑を浮かべる。こちらは常盤の豪胆振りに呆れた。

 

「クスッ、そんな顔しないで。お客様なのに常盤さん、台所に立ってくれて……あたしよりも手際がよかったから、助かったわ」

 

 彼女達は男子の知らぬところで仲良くなり、喜ぶべきだろう。

 広々とした居間、床の間には氷室(ひむろ)伯父の絵が飾られる。15年前、朝木陶工へ贈ったと最近になり、話題にされた。昨日、(いち)は目にした瞬間、心の底から嬉しかった。

 ただ、反対側にある屏風が豪華すぎて、大体の人はそちらへ引き付けられる。ここに絵画を飾った意味は何だろうと、今でも首を傾げる。

 人数分の配膳が用意され、割烹着姿の常盤はテキパキと動き回る。飯櫃から茶碗へ炊き立てのご飯をよそおい、朝木陶工の席を筆頭にそれぞれの折敷へ配って行った。

 

「金田君、巽君、キミ達はそっちの席。葉月おばさまは冬生おじさまを呼びに行ったから、行儀良く待つの。先に食べちゃダメだよ」

 

 しゃもじで席を指し、常盤は愛想良く注意した。

 

「……おはよう、常盤。なんか、俺への態度……普通すぎねえか? 昨日はあんなに無視しくさったくせに」

「常盤さん、ありがとうございます。まあまあ、巽君。一晩経って、彼女も落ち着いたのですよ。多分っ」

「常盤さん、着物が乱れてる」

 

 昨日と打って変わった態度に巽は疑問を抱き、(いち)は本当の事を耳元で囁き返す。時雨が常盤の着物をそっと整えた時、朝木夫婦が見えられた。

 

「おはよう! (いち)君、巽君。今朝は常盤君が用意してくれたそうだが、すまんな」

「いいえ、葉月おばさまが下準備してくれていたわ。あたしは言われた事をやっただけっ」

「謙遜がお上手ね、常盤さん。お台所に慣れてらっしゃる方だったし、分からない事はキチンと聞いてくれて……私の方が返って足手纏いだったかもしれませんわ。巽さん、おはようございます」

「奥様、おはようございます」

 

 朝木陶工が元気溌剌に挨拶し、上座へ腰かける。その妻・朝木(あさき) 葉月(はづき)も正座したのを見届け、常盤は割烹着を脱ぎ、巽の隣へ座った。彼女が着こなす木綿着物、朝木夫人の持ち物をお借りしている。

 ちなみに(いち)の甚平は朝木陶工からだ。

 

「巽君、今日持って行く……おちょこ。3つで良かったか? 5つは出来上がったんじゃが……神主の奴に聞いておいてくれ」

「はい、お渡しする際に確認します」

「時雨ちゃん、神主さんがおちょこを何に使うの?」

「ご祈祷を受ける参拝客に渡すのよ。神社にある榊立てとか、ここで作られるの。参拝客から境内で売り物にすればいいのにって話を……神主さんが乗り気になって、去年からやっているわ」

「御守りみたいに境内で売るより、祈祷コースに含めたんです。そしたら、御利益がありそうだと参拝客の方々からも評判になりまして、2年先まで予約は埋まっています」

「祈祷コースの付属品……」

 

 朝木陶工と巽のやり取りを聞き、常盤は興味津々。時雨は淡々と語るが、神社の人間国宝を使った商売に絶句。朝木夫人が淑やかに詳細を教えてくれたが、完全に陶器製造機扱い。神主は大物である。

 

「その参拝客は昔、先生の作品を買われた人だと神主さんが言ってましたっ。神社に奉納された壺を見て、先生に同じ壺を作る様にせがんだとか……」

「「……ブッ!?」」

 

 巽から知らされた衝撃の事実。(いち)と朝木陶工はビックリ仰天、同時に茶を噴き出す。

 

「あなた、お髭がずぶ濡れに……」

「? どうして、金田君もお茶噴出ししてるの?」

「どのくらい前?」

 

 朝木夫人がさっと彼の口元を拭き上げた。常盤の疑問に答えずとも、時雨は巽へ続きを促した。

 

「先代がご存命だった頃の出来事で……その時は相手も時雨さんくらいの歳頃でしたが、3年前にふらりと現れて……もしやと声を掛けたんだそうです。神器のほとんどが先生の作品と知って、さっきの提案が出たとっ」

((……発案者、お前かい!!))

 

 巽の話を最後まで聞き、2人は母・にいみの仕業と断定して胸中で叫んだ。

 

「3年前なのに去年から始めた……? そっか、そっか! おじさまはロシアに行かれたんですから、帰国された後ですねっ」

「……儂が留守の間、秋絵の世話を頼んどったし……持ちつ持たれつで構わんが、帰って来た途端に商売の話をしよって。神主め、最初から儂に恩を売るつもりで引き受けたな」

 

 常盤が閃き、朝木陶工は記憶を辿ったかと思えば、神主のビジネス根性に苦笑した。

 

「そんな事情が在ったのね……クックッ」

(……? 朝木さんの世話を神主に頼む?)

 

 時雨が殊更、可笑しそうに喉を鳴らす。会話に違和感を覚えたが、折角の味噌汁が冷めてしまう為に食事を続けた。

 

 食後は常盤と巽の3人で手分けし、食器洗いに洗濯物、布団を干し終わった。

 軒下の廊下である縁側に腰かけ、洗濯物を眺める時に蝉の鳴き声が響く。お疲れ様と労わられている気分だ。

 

「金田君っ、金田一(きんだいち)君が来るよ。多分、2時間くらいで着くって。研太郎達も……でも、アイツは来ないって念押しされたんだ」

「……その時間なら、お車でお越しですかね。遠藤さん……おそらく初めての道ですが、ここまで来られるでしょうか? 自分達も結構、迷いましたよ」

 

 (いち)へ麦茶を差し出し、常盤は普段通りの口調で報せる。昨日振りの面々に対して、何でもない態度に見える。だが、言葉そのものは正直である。〝仲間〟だった彼らを「研太郎(けんたろう)達」と言い換え、保護者の絵馬(えま)氏は「アイツ」と吐き捨てた。

 話し合いの意思を確認するのは躊躇い、遠藤(えんどう)の心配をした。

 実際、小回りの利くバイクでも道に迷った。畑中の方々に道を聞いて回り、ようやく辿り着いたのだ。

 

「……葉月おばさまが道順を教えていたから、大丈夫よ。道路を道なりに行けば、来られるわ」

「では……安心ですね」

 

 背を向けたまま、常盤はとても静かに呟く。演奏者がリサイタルの本番前に精神統一する。それに似た緊張した面持ち――殺意に満ちた眼差し、鏡で(・・)見た事ある。

 

「常盤君、少し良いかね?」

「はいっ、大丈夫です」

 

 頭にタオルを巻き、仕事スタイルの朝木陶工に呼ばれる。常盤は元気よく返事し、踏み石にあったサンダルを履いて行った。

 その足取りにまだ怒りの熱は残っている。でも、それを押し込むように歩く姿が――少しだけ、気の毒だった。

 窯のある仕事場へ向かう彼らを追い、(いち)は足音を消して忍び寄る。

 木の戸はスッと閉められる。開いた窓の傍へ寄り、聞き耳を立てた。

 

「ご家族が迎えに来ると聞いた。居間を使って構わんから、ゆっくりと話しなさい。儂らは邪魔になるだろうから、ここに籠っておく。だから、ひとつだけ言わせて欲しい」

「……はい」

 

 朝木陶工が同じ保護者の立場として、説教するかもしれない。常盤の逆鱗に触れ、流血沙汰になっては元も子もない。蝉の鳴き声と緊張した心拍数の煩わしさに邪魔され、声が遠くて聴覚を集中させた。

 

「迎えを拒んで、帰らんならそれでも構わん。但し、帰りたくなったら、自力で帰りなさい(・・・・・・・・)。帰りたい時だけ都合よく、迎えに来てもらおうなどと思うな。……儂が何を言いたいか、分かるか?」

「……どんな事情であろうと自分の行動に責任を持てっ。そう言う話に聞こえます」

「キミは賢い子だ。今はそう思いなさい。儂の言葉を思い出した時、違う意味になっておれば……良い」

「……おじさまみたいに色々と経験を積んだら、意味が変わってくる……」

 

 教訓めいた言葉を常盤は反論せず、されど何の畏敬も込めぬ物言い。オウム返しに似ており、朝木陶工も理解している。それ以上、言わずに彼女は解放されて家事手伝いに戻った。

 ホッとした瞬間に窓から覗く朝木陶工の目とかち合う。蝉も一斉に鳴き止んで、更にビビる。盗み聞きはバレていた

 

(いち)君、こっちへ来なさい」

「はい……」

 

 神聖な仕事場に初めて足を踏み入れ、土の匂いが外と違う。先祖代々から使い古された棚や作業台、ろくろ、木鏝に胸躍った。叱られるかと思い、冷や汗も掻いた。

 

「キミは常盤君をどうするつもりだ? 彼女をここへ連れて来たからには算段があるんだろうが、話せる範囲で良い。聞かせておくれ」

「ありません」

「そうか……ん!? な、何もないのか? ひとつも?」

「これは常盤さんの問題です。自分の役目はただの運転手(・・・・・・)……彼女の望む場所に連れて来ただけです」

 

 事情を聞かずにこれからの段取りを確認。心遣いに感謝するが、そんなモノはない。

 予想外だったらしく、朝木陶工はキョトンとなる。

 (いち)の役目はここで終わり、後は金田一(きんだいち)がどうにかするだろう。何故なら、元々は彼の問題。それが常盤の殺意を目覚めさせたのだ。彼には事態を収拾させる義務がある。

 自分でも他力本願であり、無責任だと自覚している。

 

「本当に……そう思っておるのか? 自分の意見など聞き入れられはしないと……諦めておらんか?」

「……? いいえっ」

 

 嘘偽りない本音、ただ正直に伝えた。

 朝木陶工は眉を寄せ、髭の中の口を歪ませる。悲しそうに見えたのは同じ芸術家として、常盤の未来を案じての事。再び鳴き始めた蝉の声がそう、印象付けた。

 

 麦わら帽子の時雨は長袖のワンピース、彼女も一緒に神社へ向かう。

 3つのおちょこを3人でひとつずつ、丁重に運び、神主へ届けた。ついでに発案者の話をすれば、名は知らぬが特徴は合致。時期的にも合い、ゲンナリした。

 3年前の暴言といい、朝木陶工に何か恨みでもあるのだろうか――我が母ながら、にいみの心が分からない。

 

「なんか知んねえが、午後からそっち行くからな。お前の友達が来るまでゆっくりしてろ」

「……巽君の優しさが沁みます」

「代金とお裾分け、預かって来たけど……どうしたの?」

 

 巽の面倒そうな口調の節々に気遣いを感じ、(いち)は痛み入る。合流した時雨にキョトンとされた

 帰り道は2人、朝とは太陽の角度が少し変わっただけで違う風景になる。そして、暑い。神主から頂いた10人分の豚肉が(いち)の腕の中で焼けそうだ。

 

「自分も帽子、借りて来れば良かったです。でなければ、バイクを乗り回したくなります。自転車も気持ち良さそうです。時雨さんは自転車派ですか? それともお車派ですか?」

「……どちらも。乗り物なんて……電車くらいだし、自転車は……お母さんの後ろに乗った程度よ。自分で漕いだ経験はないわ」

 

 雑談のつもりだったが、気のない返事に話題を間違えたと察す。

 2時間に1本のバスしかない村、朝木家の車庫には自転車が2台ある。移動手段の少ない土地で自転車に乗れないなら、時雨自身の体調に原因あり。彼女の肌が蝋の如く白い理由と重なる。

 

「乗ってみますか? バイクの後ろ、ヘルメットもありますよ」

「本当っ?」

 

 断られる前提だったが思いの外、食いつきが良い。顔を上げた時雨の目はキラキラッと輝く。かと思えば、スッと表情が消えた。

 

「……お母さんに聞いてみないと」

「自分、安全運転を心掛けますよ」

 

 ちょっとだけ時雨は早足になり、屋敷前にいる常盤を発見。

 

「お帰りっ、時雨ちゃん。金田君、お願いがあるの」

「金田さん、あたし……先にお母さんと話してくるからっ」

 

 常盤と麦わら帽子を被った時雨、着物とワンピースの美少女が姉妹のように寄り添えば、実に絵となる2人だ。

 期待に満ちた時雨は10人分の豚肉を抱え、門戸へ入る。(いち)の返事も聞かずに2人きり、蝉の鳴き声に混ざった車の走行音を耳にした。

 

「金田君……皆と話す時、席を外しててっ」

「……何故ですか?」

「キミ、比呂の代わりに……あたしに殴られようとしたでしょう? あれは良くない。だから、お礼は言わないよ。またやられたら、嫌だものっ」

「……はい、朝木先生達と引っ込んでいます」

 

 昨晩、荒木にも似たような指摘を受けた。彼には彼なりの考えを教えてくれたが、常盤は感傷的にそっぽを向くのみ。

 肯定以外の返事を望んでいないらしく、言い訳せずに渋々と承諾。

 

「昨日みたいな真似はしないよ、心配しないで」

「……信じています」

 

 こちらを見ない常盤はボソリッと呟く。それは彼女自身への戒めにも聞こえ、独り言にせぬ様に本心を伝えた。

 長閑な田舎の村に似つかわしくないベンツ、軽井沢ナンバーが嫌でも目に入る。

 何が起ころうとなるようにしかならないが、緊張に胃は竦む。

 ベンツは徐々に速度を落とす。(いち)は手振りで誘導し、門戸を通らせる。朝木家の敷地へ入り、正面玄関付近にて一時的停止。

 後部座席のドアが両方開き、バッと男子4人が飛び出した。

 

「「「瑠璃子っ」」」

「……おはよう」

「瑠璃子……金田、何その格好? お前ら、そんなん持ってたっけ?」

「自分は朝木先生、常盤さんは奥様のお召し物をお借りしました。着替えも持たず、着の身着のままでしたのでっ」

 

 男子3人は常盤の姿を見てホッと一安心。金田一(きんだいち)から物珍しそうな顔をされ、(いち)も安堵の息を吐く。人の衣服を気にする余裕があるならば、彼の問題は一先ず決着した証拠だ。

 

「遠藤さんもおはようございます」

「はい、おはようっ」

 

 何故だろうか、運転手の遠藤はニッコニコの笑顔。昨日と雰囲気が違う。

 

「母さん……ほら、足元……気を付けて」

「ええ、純矢」

 

 純矢(じゅんや)は後部座席にいる絵馬(えま)夫人へ手を伸ばす。彼女は息子の手を掴み、座席から腰を上げて立つ。そのまま一歩、一歩とヨタヨタした足取りで常盤の前へ歩み出た。

 唐突な光景に目を疑い、絶句。

 

(クララおばさんが立った……!?)

「……金田君、心の声がダダ漏れだよ」

 

 声に出してはならぬと思い、(いち)は咄嗟さに手で口を覆う。何とも言えぬ荒木(あらき)の視線がチクチクと痛い。

 

「翠おばさま、どうして?」

「瑠璃子さん……まだ、おばさまと呼んでくれるのね」

 

 純粋に驚き、常盤は瞬きも忘れる。絵馬夫人は罪悪感を滲ませ、無理やり微笑んだ。

 

「金田……もしかして、翠おばさんが立てるって気付いてたか?」

「確信は持っていませんでしたよ。車椅子生活するには不便な点が見えただけです。はじめちゃんも疑っていたのですか?」

「……色々と考えちまっただけだ」

(その考えは教えてくんねえんだもんなっ、こっちも黙っとこ)

 

 小声でお互いに腹を探り合い、答え合わせしない。きっとこの先も機会は訪れないだろう。確認だけはしてくる金田一(きんだいち)へ意地悪したい気分にもなる。

 そこへ千本格子の引き戸がバーンッと音を立てて開き、朝木陶工は参上。

 

「いらっしゃい、常盤君のご家族だね。立ち話もなんだっ、遠慮せずに入りなさい」

「この家の主人、陶芸家にして人間国宝の朝木先生です」

「朝木先生?」

「……オジサン」

 

 (いち)が朝木陶工を紹介すれば、呼び方が気に障ったらしくすぐに改める。何の示し合わせもなく、金田一(きんだいち)達は姿勢を正しての綺麗なお辞儀した。

 

「絵馬 翠と申します。朝木先生のお噂は兼ねがね……この度は突然の非礼をお詫びすると同時に、瑠璃子さんが大変お世話になりました。感謝致します」

「息子の純矢です」

「井沢 研太郎です」

「荒木 比呂です」

 

 絵馬夫人は静々とご挨拶し、3人も丁寧に名乗る。上流階級同士の挨拶に見え、(いち)も倣って背筋を整えた。

 

「……俺は金田一(きんだいち)です。秋絵には学校でお世話になってて……いやあ~素敵なお住まいですねえ、時代劇に出てくる悪代官の屋敷っぽくて」

「……プッ、金田一(きんだいち)君……キミって人は……」

 

 金田一(きんだいち)だけが普段通りの雰囲気でペコペコし、常盤の緊張が解れたように感じた。

 

「金田、お前の荷物。玄関に置いとくぞ」

「はじめちゃん、ありがとうございます。遠藤さん、こちらです」

「はいっ」

 

 『邪宗館』へ置いたままだった荷物、やっと下着を着替えられる。ゾロゾロと上がっていく中、(いち)はベンツを更に誘導して車庫へ駐車させた。

 

「お疲れ様です。遠藤さん、迷いませんでしたか?」

「少しね、文字通りの田舎道なんて初めで。私は話に加わらないから、ちょっと歩いて来ます。帰りの運転もあるし、エコノミークラス症候群予防しておかないとっ」

 

 ぐ~んと身体を伸ばし、遠藤はストレッチ。

 勤務時間が過ぎ、素に戻った明るい態度。もっと言えば、メイドの仮面を脱ぎ捨てた本来の性格。唐突な変化に疑問したが、理由は聞かずにおこう。

 

「遠藤さんは麦茶を飲まずとも、よろしいでしょうか?」

「フフフ、ありがとう。水筒は持ち歩いているからっ」

金田さん、お茶……

 

 遠藤と入れ違いに時雨がぬっと現れ、麦茶を差し出される。寡黙な態度だが、瞳に含まれたウッキウキな喜びを見れば、母親から承諾を得られたと察した。

 湯呑を返しに台所へ行けば、朝木夫人は昼食の支度に取り掛かっている真っ最中。(いち)もすぐに腕を捲り、指示を仰ぐ。

 

「ほとんど、常盤さんがやってくれて……後はお肉だけなんです。……金田さん、バイクの事ですが……明日の朝にお願いできますでしょうか? その時間がまだ涼しいですし……」

「はい、分かりましたっ」

「それと時雨は乗り物に慣れていませんので……ゆっくりと走って頂けたらと思います。少しでも体調に変化があれば、休ませてください」

「……お任せくださいっ」

 

 手を動かしながら、朝木夫人の注意事項が止まらぬ。しかし、時雨を乗せない選択はなさそうだ。娘を心配して、安全を願う。その気持ちは十二分に伝わった。

 でも、注意事項が長い。




赤井「長野県警の赤井だ。長野は良いぞお、観光名所盛り沢山。困った事があれば、いつでもオレを頼ってくれ。どうだ、心強いだろ? さて、次回は『雲場村の鳴き声・中編』!! 名探偵の孫に会えなくて、残念かって? 事件がないなら、それに越した事はないさ」

巽 龍之介
飛騨からくり屋敷殺人事件ゲストキャラ。作中にて、コテージ・スノーキャンドルの従業員。宣伝と日銭稼ぎで、雲場村に滞在中
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