金田少年の生徒会日誌 作:珍明
誤字報告により、修正しました。ありがとうございます
ナス味噌炒めが出来上がり、足打ち
「葉月おばさまっ、あたしの〝仲間〟を紹介します! 比呂、純矢、研太郎、
「いらっしゃいっ。常盤さんからお話は伺ってます。もうすぐお昼ですから……どうぞ、ゆっくりなさってください」
その段階になった直後、
「いえ、俺達にも何かさせて下さい。瑠璃子がお世話になったお礼をしたいんです」
「そう? それじゃあ、金田さんが並べ終わった
「井沢君、こちらです。荒木君はそちらです。純矢君はあちらです。はじめちゃんはこのヤカンです」
「やったあ~簡単そうなヤカン……おっもい! ダマされた……」
皆で協力し合い、居間へ昼食を運ぶ。4人の姿が一度、台所から居なくなる。常盤はそっと
「あたし、帰らない。キミの言う通り、もう……あそこで寝起きなんてできない。けどね……いつか、別れを言いに行くよ。自分の足でっ」
「……バイクもお勧めしますよ」
頑な決意を宣言し、常盤は微笑を輝かせる。
それは捨てたというより、選び直したような声。昨日の叫びと違い、今日の静けさの中で決めた彼女の意志だった。
羨ましく、妬ましい。けれども、その必死さは応援したくなる。
「引っ越し先を探さないといけませんね。当てはありますか?」
「うんっ、巽君にお願いしてみようかなって」
流石、常盤。
これからの住まい候補をピックアップ済みらしい。
短い付き合いでも感じ取れる判断力の早さは見習いたいが、些か衝動的な
「なあ、金田っ。遠藤さん、知らねえか?」
「遠藤さんは散歩です」
「朝木先生、巽です! お客様をお連れしました!」
「あ♪ 噂をしたら、巽君。
戻って来た
その声の調子、誰かを呼ぶ為ではない。何かの報せにも聞こえた。
常盤は文字通りにピョンッと立ち上がり、
「巽って、村の人か?」
「立場的には、営業に来られた方です」
「フフフ、驚くわよ」
ワクワクしている常盤よりも先、
「研太郎様、すみません。道に迷ってしまって、こちらの方に案内してもらったんです。後、ご近所の方から朝木さんにお野菜のお裾分けを預かりました」
「ありがとうございます。俺達、この村は初めてで……井沢 研太郎と言います。アナタは……」
「俺は……」
遠藤が照れ臭そうに靴を脱ぎ、井沢は巽へ感謝する。
「研太郎~!! あたしに紹介させて、その人は巽……」
「あ~! お前、巽 龍之介じゃん!!」
「……待てよ、そのゲジゲジ眉毛。……剣持さんの知り合いっ」
自己紹介になり、常盤は慌てて止める。彼女のイタズラ心さえ、吹き飛びそうな叫び声に
「
「……みたいですね」
そのおどろおどろしい声から、何かの事件絡みだと誰もが察した。
「ヒデェ覚え方、
「お前1人か?」
「「……龍之介?」」
「
叫び声に引き寄せられ、荒木と純矢も玄関先に集う。そんな彼にも、常盤は巽を紹介した。
「龍之介!?」
巽の名を聞き、荒木だけが腰を抜かして座り込む。純矢は目を丸くしたものの、控え目に会釈するのみ。
「皆、期待通りね。
〝仲間〟の反応に満足し、常盤はクスクス笑った。
「へいへい、瑠璃子が喜んでくれて何よりだぜ……。龍之介がいるとか……想定外過ぎるっての。なあ、比呂っ」
「……普段は驚かないけど……このタイミングだと流石にね。純矢、少しは反応しようよ」
「瑠璃子のはしゃぐ理由が分かっただけで……そこまでは、研太郎だって驚いてないだろ?」
「多少は驚いたさ。ああ……遠藤さん、台所はこっちです」
「ありがとうございます」
和気藹々な雰囲気の中、井沢と遠藤は大根や白菜を台所へ運んでいく。仏頂面の巽は乱暴に頭を掻き、指でクイクイッと
「金田……俺は何か、利用されてんのか?」
「あちらの絵馬 純矢君、お父様の名前が龍之介なのです」
「勝手に盛り上がって……すいません。ご紹介に与った絵馬です。オレ、父と同じ名前の人に初めて会いました」
「さっき……龍之介は営業に来てるつってたよな。仕事してんの?」
「剣持さんの紹介でな。コテージ・スノーキャンドルに住み込みで働いてんだよ」
「……!! うっかり聞き流しましたが巽君、剣持さんとも知り合いなのですね」
「ねえねえ、ご飯食べた後にしよっ。翠おばさまにも巽君を紹介しないとっ」
立ち話にムッとした瑠璃子は
居間にいる
「揃ったな、紹介しよう。家内と娘だ」
「葉月と申します。こちらは娘の時雨です」
「時雨です」
「どうも、
一先ずの自己紹介後、昼食を召し上がる。朝木陶工は巽の分も用意させようとしたが、既に昼食後であると丁寧に断っていた。
ナス味噌炒めを食す中、巽だけが麦茶を啜る。
「ほお、巽君とも知り合いとな。
「いやあ、ジッチャンは関係なくて……ちょっと知り合うキッカケがあったと言うか」
「……?
「そうよっ、
朝木陶工が感慨深く
「……と言う夢を見たのか?」
「ちげ~よ!!」
「ブッ! ゴホッ、ゴホッ」
とても冷静に憐れみすら込め、巽本人は至って真剣に問う。喚いた
笑いのツボを完全に押され、
「馬鹿受けしちゃって、大丈夫かい? 金田君、笑いを堪えてっ」
「は、はい……ぷぷぷっ。井沢君……ククッ」
井沢から麦茶を渡されても、
「
「流石、
「おかしいな、比呂と純也は褒めてくれてんのに……な~んか、褒められた気分にならねえ」
荒木と純矢は感心したが、
「……
「そうよ、巽君の言う通りっ。
巽の何気ない疑問に常盤はハッとして、質問攻めになる。
(……ああ、瑠璃子さんが……笑ってくれる……)
「……奥様」
その騒々しさを絵馬夫人は涙ぐんで眺め、遠藤はそっとハンカチを渡した。
「クックック……面白い」
「時雨……」
「時雨さんにも笑ってもらえて……光栄です。ぷぷぷ……」
「いつまで笑ってんだよ、金田は~」
時雨は口元を隠す仕草で喉を鳴らし、笑う。己の娘が浮かべた表情に朝木夫人は嬉しそうであった。
食後、朝木陶工は仕事場へ直行。
居間に残った面子は常盤の引っ越しについて話し合い、巽の職場たるコテージ・スノーキャンドルが提案された。
途端、巽はポケットからチラシを取り出す。絵馬夫人へ年間利用、定期利用による料金の差額、最寄りの交通機関又は医療機関の説明に入った。
「瑠璃子さんが良いなら……私はそれで、主人も反対しないはずよ」
「休館日と常時スタッフは何名?」
「閑散期の5月後半から6月、10月から11月前半が基本です。予約状況に応じて、変更しています。青山オーナーと俺の2人ですが、繁盛期にはアルバイトを雇います」
困惑した絵馬夫人に代わり、井沢が真剣に詳細を問う。巽は一切の淀みなく、丁寧に説明していく。荒木と純矢、住むはずの常盤も質問を人任せ、フムフムと聞き手に転じる。
「へえ~あの龍之介が……キッチリ、仕事してんじゃん」
訳知り顔の
「ところで……このスノーキャンドル、2月に殺人事件が起こっていませんか?」
「……はい、そうです。客足が遠のいた要因のひとつと言えます」
「……ブッ!!」
井沢の深刻な問いに巽は正直に答え、
「はじめちゃん、どうしました? 折角のお茶を噴き出したりして……」
「まさか、
今度は
「そうなの、
「何? どうなんだ、
「答えろ、
「白状しろ、
目を輝かせた常盤がズイッと
「揃いも揃って、コエ~なあ。……比呂の言う通りだっ。……これで勘弁してくれ」
観念した
「決まりね。あたし、スノーキャンドルに住む。巽君、帰る時に連れて行って」
「了解、オーナーに連絡しておく。正式な料金の見積もりを計算してもらわねえと……ああ、俺はお盆明けにコテージへ帰るつもりだ。神主さんからそれまで居てくれって、言われててよ」
「だったら……その前に俺と龍之介おじさんで青山オーナーへ挨拶しに行きましょうか。良いですか? 翠おばさん」
「ええ……研太郎君、私から言う事はないわ。あ……違うわ、ひとつだけ……。巽さん、早急に女性の方を雇って頂ける? 出来れば、人の世話に慣れた方が良いわ」
常盤の引っ越し計画がドンドン進んで行き、
「金田、どこ行くんだ?」
「着替えです。すぐに戻ります」
誰かの視線を感じた。
1人、六畳の和室にてジーパンとTシャツに着替え、下着も替える。濡れた甚平を洗濯に出そうと障子を開け、純矢に待ち伏せられる。全く気配を感じず、ビビった。
「金田君、少しいいか?」
「はい……どうぞ、純矢君」
反論を認めぬ眼差し、純矢は返事を聞くなり、スリッパを脱ぐ。そのまま畳へ足を踏み入れ、障子を閉めた。パタンッと音を聞き、彼は己に喝を入れんと深呼吸した。
「昨日、比呂と電話で何を話したんだ? アイツに聞いても教えてくれない。瑠璃子に……本当の事を話す時も居なかった。瑠璃子が頼んだからって言うし、金田君は何を知っていた?
「純矢君、荒木君と同じ答えを返します。自分、
捲し立てられた内容、昨日の荒木とほとんど同じ質問。
ここに来るまでの間に情報を共有していると思い込んでいたが、違う様子だ。
「……比呂を庇って、瑠璃子を連れ出してくれたのも……金田君の意思?
「荒木君を庇ったつもりはありませんが……はい、自分の判断です」
荒木が秘密主義か、あるいは純矢自身が直接、聞くべしと思ったのだろう。
「……多分、比呂も瑠璃子も言わないから……オレが言っとく。ありがとう……金田君、〝仲間〟を助けてくれて……」
「純矢君の感謝、素直に受け取ります」
純矢の眉は苦悩に歪み、言葉と裏腹の表情。
彼の父・絵馬氏が〝仲間〟の常盤から向けられた殺意を目の当たりにして、これまで通りに生活できないのだと改めて、覚悟を決める。握りしめた拳から、そんな印象を受けた。
「床の間居にある絵画を見ましたか? 氷室 一聖の作品ですよ」
「……そうなのか。ああ……朝木先生も御堂 周一郎みたいに交流があったんだっけか……瑠璃子ばっかりで……何も見てなかった。ちょっと見ておくよ」
話題を変えようとしたが、純矢は物凄く素っ気ない。美術業界の大先輩に興味なし。彼は精神的に余裕がない状況とは言え、
ションボリと下着と甚平を洗い、強い陽射しに乾いた洗濯物と布団を取り込む。別の布団、追加の洗濯物を干した。
「まあ、金田さん。洗濯物なんて、私が……」
「何かしていないと落ち着かなくて……」
朝木夫人に恐縮されたが、
キャッキャッと騒がしい声が蝉の鳴き声と合わさり、やがて、ヴァイオリンの音色に水を打った様に静まり返った。
常盤の感性のまま、弓と絃を引き合っただけの旋律。テーマを上げるなら、旅の門出。
鳴き始めた蝉の鳴き声が、お互いを尊重し合ったハーモニーに聞き惚れつつ、
中庭を歩くサンダルの足音に気付き、振り返る。
「井沢君、常盤さんの傍にいなくても宜しいのですか?」
「うん、瑠璃子はもう大丈夫だ。キミのお陰だと思うっ」
微笑んだ井沢と目が合い、会釈した。
「……井沢君、自分に聞きたい事があるのですか? 荒木君と純矢君は質問して来ました」
「いや、ないかな。ああ……でも、金田君に報せておきたい事はある。俺、近い内に『邪宗館』を出るよ」
また同じ質問を何処かでされるくらいなら、こちらから聞こう。その程度の気持ちだったが、予想外の返答をもらう。井沢のとても自然な口調は以前より、独り立ちする意思があったかのように見受けられる。
「金田君が瑠璃子を連れ出してくれなかったら、きっと……取り返しのつかない事態になってた。これから何が起ころうと……それが避けられただけでも、本当に良かった。けど……お礼は言わないぜ。比呂の代わりに殴られようとするなんて、良くないからな」
「……殴られたのはヘルメットです」
常盤と似た言葉を用いながら、井沢の表情には感謝が溢れる。彼はずっと『邪宗館』を出たくて、機会を得られず、キッカケを待っていたのだ。
脳髄を心地よくさせる音律――これは常盤から、井沢への贈り物でもある。
洗濯物の香りが、風に少しだけ運ばれる。
それは誰かの暮らしの匂い。それぞれが選んだ明日への小さな証だった。
秋絵「秋絵です、閲覧ありがとうございます。今日は登校日なんだ♪ 学校が終わってすぐ春子叔母様と合流しして、高速道路の渋滞はちょっとあったけど、全然本格的じゃなかったし。さて、次回は『雲場村の鳴き声・後編』!! 春休み以来の我が家だぞ~♪」