金田少年の生徒会日誌 作:珍明
縁側に腰を据えて聴き入った時、微かなエンジン音に気付く。ベンツと違う吹かし方、来客に立ち上がった。
――ガララッ
「ただいま、あら……お客様がこんなにっ」
「はじめちゃんと……金田君の靴もあるわね。他は……あっ、金田君に……そちらは?」
案の定、玄関には
「朝木さん、お邪魔しています。七瀬さん、こんにちは。こちらは井沢君、
「どうも、初めまして。井沢 研太郎です」
そのまま、
「妹さんもいますから、秋絵さんと呼んでも良いですか? 金田君の受け売りなんですがっ」
「はい、好きに呼んで下さいっ。あたし、男子は名字で呼ぶようにしているので井沢君と呼びますけど……あれ? 金田君に名前を呼ばれた事あったかしら?」
「ありません。折角ですから、自分も秋絵さんと呼びましょう」
突然の客人にも物怖じせず、秋絵は笑顔をくれた。
「お~やっぱり、美雪と秋絵か」
「はじめちゃん、やっと会えた♪」
爽やかに井沢が挨拶する中、後ろから
「秋絵のお母さん、お父さんを呼びに仕事場へ行ってくれたぜ。研太郎以外の友達も居間にいるんだ。紹介するから、すぐ来いよ」
「そう、じゃあ……叔母様に声かけて来るわ。車庫に先客がいて、すぐに出るつもりか……聞いて来てって言われてるの」
「ああ、スミマセン。俺達、もう出ますので……遠藤さん、ここまで運転してくれた方に車庫から出してもらいます」
「聞こえましたっ、研太郎様。すぐに動かします」
ワクワクした
車庫の件は運転手同士に任せ、ゾロゾロと居間へ到着。
そこに
「こんにちは、七瀬 美雪で……あ~! 龍之介君じゃない!! どうして、ここに!?」
「うっさ……今度は誰だ?」
「美雪だよ、俺と一緒にいたろ。覚えてねえのか?」
皆の視線を受け、先に挨拶した七瀬は巽の存在にギョッとする。名指しされ、彼は今度こそ不機嫌そうに耳を塞いでから、苦笑交じりの
「お前らの事なんて、面倒掛けちまった剣持さんとか……真壁と伊志田……あの桜樹って女くらいしか、印象にねえなあ」
「……お前にとっちゃあ、そうだよな。……佐木って結構、目立つのに」
(……ミス研のメンバーと……剣持さんが関わった事件……。……あっ、岐阜へ行った時か……)
2人の内緒話から、ミステリー研究会存続をかけた脅迫状事件に行き付いた。
詳細は知らぬが、現場は岐阜県の『くちなし村』。
「秋絵さん、紹介します。親代わりの絵馬 翠です。その息子の純矢、荒木 比呂、常盤 瑠璃子。俺達、ひとつ屋根の下で家族同然に暮らしていたんです」
「大勢で押しかけて、ごめんなさいね」
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。朝木 冬生の娘、秋絵と申します。お時間の許す限り、お寛ぎ下さいませ」
井沢から紹介され、秋絵は折り目正しく
「……絵馬 純矢って、言いましたか? ひょっとして、去年の日本文化絵画展で『金筆賞』を取った?」
「はい、その絵馬 純矢です」
「……あの常盤さんって、ヴァイオリニストの常盤 瑠璃子さんですか? 先日、紅 亜里沙のコンサートを観に来てた……」
「ええ、その常盤 瑠璃子っ」
「「ええ!?」」
七瀬と秋絵の疑問に
「……? 常盤はヴァイオリン、確かに上手かったが……コイツらも有名人なのか? 金田っ」
「純矢君は画家、荒木君は小説家です。井沢君はプログラマーをなさっています」
「そうよ、絵馬 純矢は同じ若手芸術家の友達と暮らしてるって……雑誌に書いてあったわ。じゃあ……はじめちゃん、そんな天才ばっかりが住んでる家に行っていたの? どうして、話してくれなかったの!」
「知らなかったんだよ、マジで」
巽は同世代の著名人に無反応だが、知らぬ事はキチンと問う。
「何を騒いどるんだ、秋絵」
「只今、お父様。こちらは同級生の七瀬 美雪です。美雪ちゃん、父の朝木 冬生よ」
「は、初めましてっ。秋絵ちゃんには普段から、お世話になっていますっ。こちら、つまらないモノですが……東京名物です。どうぞ!」
ギシッと足音を立て、朝木陶工は昼食時と違う甚平を纏って現れる。秋絵はパッと表情を明るくし、七瀬はさっと態度を切り替え、凛とした態度でご挨拶。持参した手土産、名店の羊羹を差し出した。
同級生の父親とは言え、人間国宝相手に緊張するのは当然。
「ああ、キミが七瀬君か。遠野君から話は聞いておるよ。はは、ご丁寧にお土産までありがとう。ところで、秋絵。春子はどうした?」
「こっちよ、兄さん。わお、若い子がいっぱい……絵馬さんはどの人? 遠藤さん、いつでも出発できるそうよ」
土産を受け取った朝木陶工に答えた
「私ですわ。朝木さん、お暇致します。主人にも話さないと……」
「分かりもうした。常盤君はしばらく、お預かりした後……コテージへ送り届けましょうぞ」
絵馬夫人は
「どういう事、はじめちゃん?」
「瑠璃子はちょっとの間、ここで暮らすんだよ」
「なんで?」
絵馬夫人達を外のベンツまで見届けながら、七瀬達はコソコソと事情を問う。秋絵は突然の事態にキョトンとした。
「
井沢は朝木陶工へ挨拶した後、こちらにも言葉をくれた。
「おう、瑠璃子は任せろ。龍之介がどうにかする」
「これから大変なのは、巽君ですので」
「不吉な言い方すんなよ」
常盤は巽へ任せた気分であり、
「確かにそうだな。瑠璃子、巽君に迷惑かけるなよ」
「それは保証できないっ」
「かける気満々か……」
井沢が常盤へ軽口に注意すれば、巽は絶句した。蝉さえもツッコミが如く、一斉に鳴き止んだ。
「荒木君、こんな時に何ですが……昨日の話です。結局、絵馬君のお父さん「龍之介」に込められた意味は何ですか?」
「……本当にこんな時だよっ。……次に会った時までお預けにしよう。金田君とはゆっくり、話したい」
「……その時を楽しみにしています」
「ああ、またね」
昨日からモヤモヤした個人的な疑問、荒木へ再度、問う。やれやれと呆れられたが、彼は確かな再会を約束してくれた。それで良しとしよう。
――井沢 研太郎は他に秘めた想いがなかったのだろうか、後にも先にも答えは出ない。
常盤は走り去るベンツを門戸までしか見送らず、純矢と荒木はリア・ウィンドウに張り付いた状態のまま、遠退く。完全に見えなくなるまで、2人の体勢は固定されたようにピクリとも動かず、
「……葉月おばさまと時雨ちゃんは?」
「部屋におるよ、時雨を少し休ませてやらんとな」
「……あたし、お母様と時雨に声を掛けて来ます」
名残惜しさを感じさせず、常盤は周囲を見渡す。朝木陶工が答えた時、心配そうに秋絵は中へ急いだ。
「時雨さんに負担をかけてしまったのですか?」
「いやいや、時雨は基本……この時間は昼寝をさせんといかんのじゃよ。
「ゴホンッ! 兄さん、あたしに金田君を紹介してくれないの? 知らない子は他にもいるけどっ」
「すみません、春子さん。こっちがあたしの幼馴染で
「どうも、
「……巽です。お盆明けまで、神社に住まわせて頂いております。こちらは常盤 瑠璃子、若手ヴァイオリニストです」
「常盤です。昨日、雲場村に来たばっかりだけどね。とっても気に入ったわ! あたしもお盆明けにここを発つの。あっ、金田君はこの子っ」
七瀬がさっと
「……初めまして、金田です」
「まさかの金田君、最後に紹介してくる流れなのね。ウフフ……可笑しいっ、朝木 春子です。この朝木 冬生の妹よ」
「兄を指差すな。全く……相変わらず、目上を敬わらん奴め。見た目通り、村の住人ではない。こやつは今、都内に住んでおってな。ブティックを経営しとる」
朝木陶工は苦笑しただけで怒っていない。
兄妹の関係性が見えた。
しかし、春子の
穴が開く程、見つめられては目上の人でもウンザリ。朝木陶工を盾できる位置へ座り直す。
「金田君、隠れちゃ失礼よ。春子さん、アナタに会うのを楽しみにしてたんだからっ。秋絵ちゃんが演劇コンクールの記事を見せてね、是非とも会いたいって♪ 高速道路を突っ切る勢いだったわ」
(……知らんがな)
「兄さんから連絡を貰った時、もしかしたらって思ったのよ。写真じゃあ、分かりにくかったけど……本当にソックリね。氷室 一聖にっ」
「「!?」」
七瀬に窘められたが、
(……この人、伯父さんと面識があったんだった……)
すっかり忘れていた事実を思い返し、
「氷室 一聖……確か、あの絵を描いた画家だろ?」
「その通り、巽君。朝木先生、御堂先生に絵を贈った画家だよ。……? 金田君、氷室 一聖の隠し子!?」
事情が見えない立場でありながら、冷静な巽は己の知る情報を言葉にして纏める。常盤は補足した後、ノリツッコミが如くビックリ仰天。
「ええ!? 金田君……そう言う事だったのっ」
「……甥です」
脳髄に憶測が到達し、置いてきぼりだった七瀬はようやく納得して叫ぶ。遂に彼女にも知られた。
ひとつだけ、訂正した後。
「春子が氷室君と最後に会ったのは15年も前じゃろ。お前、覚えとるのか?」
「まさかっ、あたしにそこまで記憶力ないわよ。中学生だった金田君の写真を見せてもらった事があるの。にいみさんにっ」
「え!?」
慌てて朝木陶工が問えば、上機嫌の春子はまたも衝撃発言。
「春子さん、それっていつの事っスか? 場所は?」
「うん? 写真を見たのは去年の冬と言うか……春かな。あたしのお店にっ、金田君の卒業式に着る礼服を選んでくれってね。息子さんのイメージを掴みたいから、写真を見せてもらったの」
「あの女……ゴホンッ、
深刻そうな
(卒業式、来てくれるつもりだったんだ……)
にいみの失踪直前の行動を知り、自分自身の動揺に気付く。呆然とし過ぎて障子を閉める事さえ、気に掛けなかった。
「どうしたの? 金田君……」
(シ~、静かにっ)
「どこ行くんだっ、金田! あわわわ!?」
秋絵に声をかけられ、我に返る。いくつも湯吞を乗せ、彼女はオボンを運ぶ。麦茶を人数分、淹れ直してくれたらしい。
人差し指で沈黙を促した瞬間、目敏い
気付けば、視界は反転して軒下が映る。背中の痛みから、悲鳴を上げた彼と共に庭へ転げ落ちていた。
「2人とも……大丈夫?」
「「多分……」」
状況を掴めぬ秋絵だが、麦茶だけはしっかりと守る。
もう起き上がりたくない。
「はじめちゃん、ここの土……ぜ~んぶ、焼き物の原材料なのですよ」
「え? この土がか?」
正確には朝木家の敷地内にある地面、全てだ。
水分を吸えば、乳白色へ変わった土は窯の温度の微妙な焼き加減により、白く美しい陶器が完成する。屋敷中の食器や傘立てなど、秘伝の技術で作り上げられている。
「自分達、国宝級の材料に寝転がっているのです。こうやって、頬っぺたを付けてください。ヒンヤリして気持ち良いです」
蝉の鳴き声を聞きながら、
「……金田、いつまでも現実逃避してねえで起きろよっ」
「……はじめちゃんが激しくするからです。もっと優しくして下さい」
「逃げたの、てめえだろ。開き直んなよ、金田」
「タックルは……はじめちゃんの責任かと……」
プリプリッとした
「何やってんだ、金田っ。頭、打ってねえか?」
「はい、巽君。自分、大丈夫です。……はじめちゃんは痛む個所はありませんか?」
「ああ……俺はへ~キっ、どこも痛くねえぜ」
ぶっきらぼうな態度ながら、巽に心配される。彼に答えた後、
「じゃあ、さっきの話の続きをしましょう! 金田君は氷室 一聖の……あれ? 孫って言った?」
「甥よ、甥。この子の母親が氷室の妹でね、あたしと同じ立ち位置ってワケ♪」
心配事が無くなり、常盤は話をぶり返す。春子が己を指差しながら、得意げに語ってしまう。
「……え? 金田君が……氷室画伯の……甥!? お父様っ、どういう事?」
「その話は飯時にしよう。お前も帰って来たばかりで休んでおらんだろ? 儂も仕事に戻る。七瀬君もゆっくりしなさい」
困惑した秋絵は床の間の絵画と
思わず、ホッとする。
「七瀬さんが知らないのは当然として……秋絵まで知らなかったの? どお~りで、話が噛み合わないと思ったわあ」
麦茶を飲みながら、春子は状況も飲み込む。
「はじめちゃんは知ってたわよね? 勿論? ねえっ」
「
「ひゅ~ひゅ~っ」
七瀬と常盤に迫られ、
「下手くそか、
「……ところで、アナタは誰? 村では見ない顔だわ」
「秋絵さん、彼は巽君です。神主さんが雇ったアルバイトです」
巽が呆れた時、秋絵の疑問にハッとした
そそくさと去る朝木陶工と入れ違いに朝木夫人が現れ、真っ先に新たな客人の七瀬へ挨拶。
「挨拶が遅れましたわ、秋絵さんの母の葉月と申します」
「七瀬です。あの……時雨ちゃんはまだお部屋ですか? さっき、朝木先生がお昼寝してるって」
「もう少ししたら、起きて来るわ。時雨がそう言ってたから、大丈夫よ」
七瀬は律儀に時雨とも顔を合せようとし、お伺いを立てた。秋絵は教えてくれたが、常盤は大げさに首を捻り、考え込む仕草。
「葉月おばさま、ご自分の娘を「さん」付けしてるの? 時雨ちゃんは呼び捨てだったのにっ」
「ああ、葉月さんは後妻よ。時雨はその連れ子っ」
「後妻と……連れ子……」
常盤の素朴な疑問に春子は何気なく答え、ここに来て巽の表情が強張る。
「そうなんスね! ど~りで秋絵のお母さんにしてはわっかいなあって、思ってたんスよ!」
「確かにっ、若さの秘訣があるなら……あやかりたいなあ♪ なんてっ」
2人が結託したなら、何かある。理由は知りたくないが、ちょっとだけ突いてみる。
「……はじめちゃん、七瀬さん、どうしましたか? 汗だくですよ」
「「エアコンがないから、暑いだけっ」」
語尾は違うが、幼馴染組は声を揃えて言い訳。話す気がない事だけは察した。
「入籍は最近……今年に入ってから、ですか?」
「はい、先月ですわ。元々、住み込みの家政婦として働かせて頂いたところを……ご縁がありまして」
「主人と使用人の関係から、夫婦……」
色々と腑に落ちない点に納得しつつ、補足を求める。朝木夫人が親切に答えれば、また巽の顔色は変わった。
「俺、それよりも秋絵ン家が金持ちの理由、知りてえなあ。こ~んな田舎で大豪邸建てるなんざあ、どんなカラクリが?」
「やあねえ、はじめちゃんったら……秋絵ちゃんン家は先祖代々、窯元だって話したでしょう? してなかったかなあ。アハハハ……」
そして、
「巽君、神社に戻りますか? 色々とお助け頂きましたが、こちらは落ち着きました。自分、バイクで送ります」
「おっ、そうしてくれるかっ。何なら、俺が運転……」
「金田……龍之介にかこつけて、ここから逃げる気か?」
巽への純粋な厚意は
「巽君、もう行っちゃうの? 夕飯まで居ればいいのに……」
「朝食はご相伴しますので、また明日にお伺いします」
「それなら、秋絵の自転車を貸してあげなさいよ。空気入っていたかしら?」
「空気は入っています。秋絵さんが乗られるかと思い、入れておきました」
残念そうに秋絵が引き留めれば、これまた巽は丁寧に断る。春子が車庫の方角を向けばし、朝木夫人は教えてくれた。
結局、巽は自転車にて神社へ戻った。
夕飯まで一先ず、解散。
朝木夫人は乾いた洗濯物に取り掛かろうとした為、
「金田君がそれをするなら、あたしは布団を片付けよう。今夜は皆、フッカフカで寝られるわ」
ささっと常盤は踏み石のサンダルを履き、布団干しへダッシュ。
「まだ色々と手伝う気かよ。お前ら、働きもんだなあっ」
「じっとしていると落ち着かないのでしょうね。常盤さん今朝から、ずっと動いていましたよ」
「……ヴァイオリニストが家事、はじめちゃんも見習ったら?」
感心する
可愛くて、イラッとする。
「……なあ、金田。龍之介と知り合ったばっかりだよな? 結構、打ち解けてたっぽいけど……」
「はい、巽君とは昨日が初対面です。彼は出会い頭から、親切でしたよ」
「へえ……あの龍之介君が……親切っ」
いつの間にか、縁側で洗濯物を畳んでの談話。
明智「明智です。私は雲場村の話に出ていませんが、何故ここに? ……なるほど、邪宗館話の次回予告に出していなかったから、こちらへ出したと……。そのような気遣いは無用ですよ。さて、次回は『雷祭は来年もある』。金田一君、何をはしゃいでいるんですか?」