金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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研太郎達が帰った後、ここからが雷祭編です。祭は既に終わってます(笑)

誤字報告により、修正しました。ありがとうございます


17休 雷祭は来年もある・前編

 常盤(ときわ)と布団を片付け終わり、秋絵(あきえ)も洗濯物作業に混ざる。ジ~ッと何か、言いたげな視線が刺さった。

 

「登校日はどんな塩梅でしたか?」

「そう、聞いてよ。美術部の瀬名先輩っ。背氷村の話を聞き付けて、遠野先輩を追い回したのよ! 誰かさんの邸宅に美術部も合宿させてくれ~って」

「羽田先生が止めに入ったけど、瀬名先輩……芸術がどうのこうのって言い訳してて、他の美術部員や中津川先生も連帯責任で……生活指導の先生から怒られてたわ」

 

 登校日をサボった身でありながら、生徒会執行部として校内の様子は気に掛かる。

 クスクスッと思い出し笑いし、七瀬(ななせ)と秋絵は美術部部長・瀬名(せな) 光一(こういち)先輩の奇行を語る。遠野(とおの)先輩には悪いが、一連の騒動は目にしたかった。

 

「美術部って言えば、有森や神津がいたよな。お気の毒……」

 

 金田一(きんだいち)の憐れみが美術部員へ伝わるよう、願った。

 

「それと演劇部から嬉しいお報せっ。来月のコンクールにお呼ばれしましたっ。近隣の高校演劇部を集めたイベントでね、ちゃんと賞もあるのよ。流石に『オペラ座の怪人』は厳しいから、新歓でやった『春の枯れ葉』をするわ。金田、また『荒城の月』をお願いね」

「……随分、急ですね」

 

 ハッと思い出した七瀬は表情を輝かせ、来月の演劇部活動を伝える。純粋に驚けば、常盤が(いち)のヒップバッグを抱え、ヨイショッと渡して来た。

 

「金田君、さっきご家族から電話があったよ。受話器を取ったのは葉月おばさまだけど、携帯電話の電源を入れて欲しいって……あっ、中は見てないからね。お財布とかあるだろうしっ」

「お気遣いありがとうございます、常盤さん。電波が届かないのです。この家にお邪魔してから、ほとんど触っていませんでした」

「へえ、金田君……携帯電話持ちかあ。触ってもいい?」

「あたしもっ」

 

 常盤に礼を述べながら、ヒップバッグを開く。電源は今も入っているが、電波が届かずに電話は通じない。おそらく、金田宅から何度も掛けて来たのだろう。

 

「モテモテだなあ、携帯電話。と言うか、お前……ジイチャン、バアチャンにちゃんと連絡してやれよ。心配すんだろ」

 

 学校を無断欠席する金田一(きんだいち)に言われたくない。

 

「あれぇ? ねえ、金田君。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは氷室画伯のご両親ってコトよね!?」

「あ、はい……そうです」

「……確か、お父さん……氷室画伯の仏壇はご両親の家にあるって……金田君家に行った事あるんだ。道理で……御堂先生のお孫さんが不動高校にいるか、聞いて来たワケね。前例があるんだからっ」

金田一(きんだいち)君はぜ~んぶ、知ってたっ。ズルイ」

え~……ここ、俺が責められる展開?

 

 今更、七瀬はハッと気付く。ジト目の包囲網、名探偵の孫も流石に苦笑い。でも、その笑顔は雰囲気を見守っている様に優しい。

 

「まあ、しょうがないわね。はじめちゃん、背氷村で事件に関わって……真相を解いたの。その関係で知っただけなんでしょう?」

「「ええ!? 金田一(きんだいち)君が背氷村殺人事件を解決した!?」」

「はい、はじめちゃんにも守秘義務があります。元々、秘密主義の方ですがっ」

「……最後だけ余計だっつの。金田っ」

 

 やれやれと七瀬は肩を竦め、訳知り顔でため息を吐く。幼馴染故、彼女は分かっている。

 金田一(きんだいち)は己が関わった事件を決して、口外しない。それ以外にも、見聞きした人の秘密は語らぬ。情報秘匿と言うよりも、言い広める趣味でない。彼自身の性だ。

 

「それでも金田君、秋絵ちゃんには言っておこうよ。天才芸術家同士、家族ぐるみの付き合いだったんでしょう?」

 

 七瀬のウルッとした大きな瞳に覗き込まれ、(いち)はたじろぐ。

 

「ううん、あたしは氷室画伯と会った事ないし……叔母さんが金田君のお母さんと知り合いだったのも、さっき知ったのよ。金田君は?」

「……伯父と母が雷祭へ行ったくらい……とだけ、言っておきます」

「おめえも秘密主義じゃんよ」

「雷祭? 何処でやるの? この雲場村? 秋絵ちゃん、教えて」

 

 秋絵がさっと答えてくれた為、(いち)はモゴモゴと伝える。金田一(きんだいち)がニンマリと笑い、イラッとした。

 興味津々の常盤はいつの間にか「ちゃん付け」した秋絵へ質問攻めとなり、目を輝かせた。

 

 洗濯物を各々の洋服箪笥へ片付け、(いち)は電話を借りて金田家へご連絡。

 予想外にも、さとみが受話器を取った。

 

〈いっくん、なんで家に居ないの!? 折角、会う時間取れたのに~〉

(知らんがな……)

 

 電話越し故、怒気が強い。さとみの言い方では仕事の合間だろう。

 年中暇なしのマジシャン、イベント満載の夏休みは自らを売り出す絶好の機会(チャンス)。金田家など気にせず、大人しく舞台の上で活躍して欲しい。

 ゲンナリしながら、(いち)はさとみの文句を聞くだけ聞き、受話器を切った。

 

「今の……金田君のお母さん?」

「!? ……いえ、姉です……。秋絵さん、気配……消すの巧いですね」

 

 振り返れば、遠慮がちに秋絵が問う。全く気配を感じず、ビビった。

 

「そんな大げさよ。お父さんの邪魔にならないようにしていたら、気付かれにくくなっただけっ」

「十分、秋絵さんは凄いです。自分に何か、ご用ですか? 夕食作りでしたら、一緒にやりますよ」

 

 柔らかく微笑み、秋絵は謙遜する。

 何故だろう、幼い彼女が父親の仕事場を覗き込む。そんな微笑ましい場面が目に浮かんだ。

 

「そこは美雪ちゃん達が引き受けてくれたから、いいの。金田君に見せたいものがあって、こっちへ来てっ」

(御堂さんみたいに……なんか、言われんのかな……)

 

 心が和んだにも束の間、秋絵の細い指が屋敷の奥を指差す。尋問の予感に背筋が凍り付き、(いち)の足が反対方向へ向かおうとする。どうにか、堪えた。

 

「さっき、美雪ちゃんが言ってたけど……話しておいて欲しかったわ。そしたら、背氷村の合宿もでしゃばらなかったのにっ。まさか、桜樹先輩も知ってるの? よく金田君を庇ってたし」

「……桜樹先輩は勝手に気付いたのです。遠野先輩には自分から、教えました」

「遠野先輩も知ってた!? ……そうよね。3月の大掃除とか、合宿の計画には欠かせない人だし……それに何だが、遠野先輩には秘密を打ち明けても……胸に秘めてくれる。そういう……優しさを感じる」

「分かります」

 

 プリプリッと怒ったかと思えば、遠野先輩の名が出た途端に恋する乙女と化す。

 

「フフフ、金田君……分かりやすい。心配しなくても、将を射んとする者はまず馬を射よ。な~んて、真似はしないわ。お父さんも遠野先輩を気に入ってるし、自分で頑張るわ」

「自分、貝になります」

 

 秋絵は彼に対する想いは本気だ。恋敵の多い為、応援は止めておこう。

 裏口から母屋の裏手へ向かい、離れに連れて行かれる。外装は他の家屋に比べてボロに見えた。

 中は意外にも最近、土間や壁は新しい。

 

「ちょっと待ってね、窓を開けるから。ここには電気通してなくてっ」

「これは……陶器ですか? こんな場所があったのですね」

 

 先に入った秋絵が手際よく格子窓を開け、日光が射し込む。壁に直接、設置された棚へ花瓶、角鉢、小付など見栄え良く、飾られている。

 乳白色から原料は同じだが、朝木(あさき)陶工の作品ではない。

 しかし、滑らかな形は素人と呼ぶには上出来過ぎる。秋絵の手作りかと聞きかけた。

 

「良いでしょう? 全部、時雨が作ったのっ。母屋ってお父さん達の作品が多いから……混ざらないようにって、ここへ置いてあるのよ」

「全部、時雨さんの……率直に申し上げるなら、素晴らしいです。秋絵さんは置いてないのですか?」

「うん……あたしが作ったモノはお父さんがすぐに使うから、飾ったりはしてないの」

「素敵なお話です。自分はもう舞台を観てもらえませんから……秋絵さんが羨まし……!?」

 

 妹の作品自慢に和み、秋絵の作品も探して見回す。教えてもらった瞬間、羨望がするりっと口から零れる。(いち)は咄嗟に口を塞いだ。

 

「そう言えば、金田君は絵描きを目指そうと思わなかったの?」

「……それは自分、……伯父の絵が好きだったのです。一緒に絵を描こうとした事もありますが、伯父の絵が気になって……描かなくなります。その頃から、絵描きに向かないと勝手に判断しました」

「結構、小さい頃よね……判断、早すぎじゃない? けど、見る側でいたいなんて……結構、納得のいく理由だわ。ちょっと、感心しちゃった」

「画力は今でも、ありませんよ」

 

 ニッコリな秋絵は追及せず、さっと話題を変える。流石、気遣い方が自然。

 幼い頃、氷室(ひむろ)伯父との僅かな時間。今でも鮮明に思い返せる。目の前で作品が出来上がっていく様子。それを眺める楽しさ、秋絵も知っている。

 

「……演劇はもしかしなくても、ご家族の影響? 金田君のお父さんとか?」

「秋絵さん、中々の名推理です。……父はマジシャンでした。三十路までほとんど売れず、ギックリ腰で引退した挫折野郎です」

「急に辛辣っ。え? お父さん、マジシャンなの? へえ……なんか、意外。まさかと思うけど『幻想魔術団』に家族がいるなんて……そんな偶然……」

「あります。姉が所属していました。今は別の劇団にいます」

 

 秋絵はマジシャンから『幻想魔術団』を連想し、3月の静岡公演観劇へ繋げる。予想外の人間関係にビックリした彼女はしばらく、言葉を失っていた。

 

「自分も父から……手解きは受けていました。稽古中は将来、父が叶えられなかった一流のマジシャンになると……子供ながらに思っていましたよ」

「! ……思っていたのに、継がなかったのは……アナタの意思?」

 

 じっとこちらを見つめ、秋絵は深刻に声を潜める。2人きりの状態でそうするなら、その問いが彼女の本題と察する。何を意味するのか、問いかけようとしたが、やめた。

 朝木家は世襲制。

 当代も己の父、つまりは秋絵の祖父より陶芸家のイロハを叩き込まれた。そうして、貴重な材料の独占、秘伝の技術は継承され続けた。

 現時点では秋絵、もしくは時雨(しぐれ)が後継だろう。

 連れ子でありながら、妹には既に風格がある。父親想いの姉が如何なる内心であろうか、図れぬ。

 あるいは似た境遇の同世代へ吐露し、気持ちを整理したのかもしれない。それならば、金田一(きんだいち)が適任だ。本来は彼に相談したかっただろう。

 芸術家繋がりで、こっちへお鉢が回ったのだ。(いち)はふうっと息を吐き、胸の内を語ろうと決めた。

 言葉になる前の沈黙が、喉の奥をひりつかせた。

 

「父に言われました。お前では駄目だった(・・・・・)と……それだけ……」

「それだけで……諦められた?」

 

 ひと言だった。

 理由や説明もなし。父の残間(ざんま)は手解きもしなくなった。

 

「……時間はかかりました。でも、父を説得しようとも……独りで特訓しようとも思わず、自分はその程度だったと諦められました」

「……っ」

 

 嘲りや怒り、嘆きすらなく、もしかしたら、父親なりの篩いにかけられていたのかもしれない。ならば、(いち)は自ら落選した。

 この想いを親族にも聞かせた事は無い。

 「血筋が勿体無い」「姉弟仲良く、マジシャンを目指せ」「絵筆を持て」。

 彼らの悪意ない説得に傷付き、(いち)は耳も塞げない。「会社員を目指すよ」と言い訳すれば、「姉想い」「そう言う道もある」と態度は軟化した。

 

 ――幼くも心底、腹が立った。

 

 思考が怒りに満ち、手で顔を覆う。感情が少しずつ、静まる。

 そこで秋絵の視線に気付く。彼女はまるで己の事の様に顔を歪め、涙。

 そんな残酷な言葉を朝木陶工は娘へ投げ付けたりしないだろう。それでも、想像力豊かな彼女は痛みを感じていた。

 ポケットからハンカチを出し、渡す。

 

「すみません、泣かせるつもりはありませんでした。今は別の夢があります。次は一生かかっても、追って行きますよっ」

「……金田君、悔しかったら……泣いてもいいのよ。平気なフリしないで……」

「バカ、美雪、押すな……おわああ!?

「はじめちゃん!」

 

 精一杯の笑顔を見せたが、秋絵の表情は暗いままにハンカチで涙を拭う。

 まさかの言葉にギョッとすれば、聞き慣れた金田一(きんだいち)の悲鳴が飛び込んでくる。彼は受け身が間に合わず、顔面を床へスライディングさせてしまう。痛そうだ。

 しかし、貴重な犠牲により重い空気が晴れた。

 

「大丈夫ですか? はじめちゃん、これに懲りたら盗み聞きは程々にしてください。七瀬さんもっ」

や、や~ねえ。あたしはご飯の支度をサボろうとした誰かさんを探しに来ただけよ」

「イテテ……俺はトイレを探してて、広すぎて迷っちまったんだよ。戸が開いてたから、誰かいるかと思って……」

「ああ、厠はすぐそこよ。案内するわ」

 

 金田一(きんだいち)を起こしながら、七瀬にも笑いかける。彼女は正直に語り、幼馴染の襟元を掴む。

 トイレが我慢の限界らしく、金田一(きんだいち)は内股状態で笑う。涙を拭き終え、秋絵はささっと案内を買って出た。彼はどうにか間に合うだろうが、今度は七瀬と2人きりにされた。

 

「七瀬さん、どこまで聞いていましたか? 聞こえた部分だけで構いません」

「金田君がお父さんから、駄目だったって言われたトコ……。あたし達、さとみさんから……マジシャンは途中で止めたとしか、聞いてなくて……」

「……っ、さとみさんに言わないでくださいね。あの人は何も知らなくていいのです」

「……言わないわよっ。はじめちゃんだって……」

 

 確認で問えば、さとみの名にゾッとする。

 (いち)がマジシャンを諦めた理由は知らない。絶対に教えない。知られるとまた父と娘で揉める。一方的にさとみが怒るだけだが、諫めるのが大変だ。

 

「ところで……ここって何? 母屋と違って、可愛い陶器ばっかりね」

「時雨さんの作品ですよ」

「へえ……これなんか、花を生けるのにピッタリ。あたし、フラワーアレンジメント教室へ通い始めて、花瓶にはちょっと拘るのよ♪」

「それはまた……教養を深める習い事ですね」

 

 七瀬が興味深そうに棚を眺め、(いち)は作品を簡潔に説明。彼女は生徒会、演劇部、ミス研、ブールのバイトと多事他端な日々、更にスケジュールを詰め込むつもりだ。

 タフすぎる。

 感心しつつ、(いち)は窓を閉めた。空は雷雲の気配が広がり、昨日と同じ雷雨が迫っていた。

 寧ろ、鳴った。

 

「!? 常盤さん、雨が来るって言ってたわ……本当なんだ~」

「大丈夫ですよ、七瀬さん。庭の欅の木が避雷針になっています。人には落ちません」

 

 ピシャーンッと走った閃光より2秒ズレた雷鳴、ビビった七瀬は咄嗟に(いち)の服を掴む。こちらは昨日で慣れた天気故、心地好い空気の揺れに胸が弾んだ。

 雲場村に建てられた家々には避雷針として必ず、大きな欅の木が存在する。それらのお陰で落雷による人的被害はないそうだ。

 朝木陶工より教わった安全対策を話したが、七瀬から雷の恐怖は拭えぬ。彼女に服を掴まれたまま、さっさと母屋へ戻る。

 トイレを済ませた金田一(きんだいち)に見られ、(いち)は無言のジト目を受けた。怖い。

 

 大人数で早く夕飯に取り掛かった為、午後6時頃には居間へ集う。

 何度も落雷が響き渡り、楽しそうな常盤は料理を運ぶ合間に縁側で空を仰いだ。

 

「あら、常盤さん。雷が好きなの? この村の人間でもないのに……へえ、時雨と良い勝負ね」

 

 料理が並んだ頃、寝惚けた春子(はるこ)はのそのそと現れて座り込む。

 

「こ~んな激しいのに時雨ちゃん、雷……怖くねえの?」

「うん……ない」

「春子、寛ぎ過ぎじゃ。お客人も働いとるにっ」

「お父様、叔母様は運転で疲れたのよ」

「あたし達、好きでやってる事ですっ」

 

 金田一(きんだいち)と時雨がコソコソと雑談し、仏頂面の朝木陶工はジト目を己が妹へ向ける。慌てた女子高生2人が世話になった運転手をフォローすれば、タイミングよく雷は落ち着き、雨も上がった。

 蝉の鳴き声をBGM代わりに賑やかな食事が始まり、(いち)は朝木陶工の食器を盗み見る。彼の食器が秋絵の手作りと言われば、感慨深い。

 

「それで冬生おじさま、金田君と氷室 一聖が親戚ってどうして黙ってらしたの?」

「「!? ……ゴホゴホッ」」

「瑠璃子……飯、食い終わってからにしようぜ。気になるのは分かるけどよお」

 

 待ち焦がれた常盤は遠慮なしに問い、(いち)と朝木陶工は麦茶が咽せる。完全に油断していた。

 金田一(きんだいち)はやれやれと沢庵を齧る。

 

「……? 金田さんが氷室 一聖の……ご親戚?」

「……あの絵を描いたっ」

 

 朝木(あさき)夫人と時雨がキョトンと目を丸くし、(いち)と絵画を交互に見比べる。

 

「やっぱり、お母様と時雨も知らなかったのね」

「呆れた……兄さん、誰にも話してなかったワケ?」

「お前こそ、氷室君に妹がいたと余所に言い触らしておらんじゃろうなっ」

 

 既視感な動きに秋絵はホッと胸を撫で下ろすが、春子と朝木陶工の微妙な睨み合いが起こる。しかし、兄妹から険悪な雰囲気は感じない。

 

「言いません、あんな事件の後じゃあね。誰かに言おうもんなら、マスコミに嗅ぎ付けられるわ。秋絵も気を付けなさい。村の皆なら、知っても暗黙の了解で黙っててくれるけど、東京にはゴシップ目当ての情報屋がウヨウヨしてんだからっ」

「はい、叔母様っ」

「春子さんは金田のお母さんと仲良しなんスねっ。いつからの付き合いなんスか? やっぱ、氷室画伯を通して?」

 

 春子の説得力ある忠告に秋絵がお行儀良く答えた後、金田一(きんだいち)ただの興味本位な口調(・・・・・・・・・・)で語りかけた。

 

「はじめちゃん、お箸止まっていますよ。しっかり、食べてください。大食いのはじめちゃんへ自分の分も差し上げましょう」

 

 (いち)には探偵の探りに聞こえ、ゾッとする。

 白身魚を箸で割り、金田一(きんだいち)の皿へ分け与える。彼は全く目もくれず、話は逸れそうにない。惜しみつつも残りを平らげた。

 

「いいえ、あの絵よ。以前は店に飾ってあったの。にいみさん、絵を見るなり何処で手に入れたっ。あれは『雲場村』にあるはずだって、なんか……怖い言い方で質問攻めされまくったわ。だから、正直に……あたしはその村出身で朝木 春子だって名乗ったの。そしたら、窯元のお嬢さん? って驚かれたわ。すっかり忘れてた子供の頃の話をされたんだけど……あたしはちっとも、にいみさんを思い出せなくてっ」

「……そりゃあ、あの女……もとい(いち)君のお母さんがこの家に押しかけ、訪ねて来たのは儂が中学生、春子は小学生じゃぞ」

 

 にいみとの出会いを懐かしそうに語りながら、春子はクスクスッと笑う。反対に朝木陶工は苦虫を噛みつぶした顔になり、我が儘な客人の思い出を振り返った。

 

 ――この人にも中学生時代があったんだ……

 

 貫禄ある髭面から若き10代を想像も出来ず、女性陣は呆然とした。

 

金田、な~んで朝木先生、さっきからちょいちょい金田のお母さんに負の感情込めてんの?

……また今度、話します

 

 金田一(きんだいち)の質問にはその内、答えよう。多分。

 

「んじゃあ、春美さんもそン時に金田のお母さんから打ち明けられたんスか? 氷室画伯の妹だってっ」

「ええ、その日の内に教えてもらったわ。ディナーをご馳走されてね……にいみさん、聞き上手で色々と話し込んだもんよ。兄さんは髭生やしてるって言ったら、ものすご~く嫌な顔してた♪」

「「「髭っ」」」

(……ほぼ初対面の相手に? ディナーを一緒に食べた?)

 

 思い出し笑いを続け、春子は食事の手も進む。(いち)以外は朝木陶工の髭へ注目している中、にいみの知らぬ一面に戸惑って耳の後ろが熱い。

 にいみは己の兄と同様、人嫌い。家族以外と食卓を囲んでいる姿は見た事ない。

 

「そうそう……金田君、アナタのお姉さんは元気?」

「……母は姉の話まで貴女にしたのですか?」

「勿論、ウチの店に来た目的って、娘さんの高校入学式に着る服を探しにだもんっ。にいみさん、流行を知らないからってコーディネートをぜ~んぶ任せてくれて、一式お買い上げよ♪」

「お店に貢献出来て、何よりです。姉は元気です。高校も無事に卒業して、望んだ職に就きました」

 

 突然、親しげな春子に話しかけられ、ハッと我に返る。

 にいみは家族関係をそこまで語る程、人間国宝の妹へ気を許した。またも驚かされたが、どうにか動揺せずに笑顔で答えた。

 さとみの就職先を知る面々は黙っていてくれた。

 

「ご馳走さまでしたっ。そろそろ、話を戻そう。おじさま、金田君と氷室画伯の関係を黙っていた理由は?」

「常盤さん、この絶妙な空気の中……それ聞くの?」

 

 常盤は自身の食事を済ませ、じっと朝木陶工を見つめる。話に絡んでこないと思いきや、金田一(きんだいち)の助言を真に受けて黙々と食べていたのだ。

 時雨も静かに驚き、感心して見せた。

 

「……ほとんど春子が喋りよった。……あんな事件の後じゃし、尾高山は遠くとも同じ長野。誰がどこで聞いておるのかも分からん。村の者は気の利かせても、東京は違う。言っとくが、今日にでも話そうと思とったんじゃよ」

「お父様……はい、分かっています」

 

 朝木陶工は観念しつつも(いち)へ気遣い、言葉を選んでくれた。

 事件から半年以上経ち、世間の関心は薄れつつある。

 だが、氷室伯父の莫大な財産を受け継いだ甥がおり、ましてや秋絵と同じ不動高校生と知られれば、口さがない連中にどんな醜聞を並べ立てられるだろう。

 父親にとって、沈黙は東京暮らしの娘を守る手段でもあった。

 流石、父親想いの秋絵は物分かりよく、微笑んだ。

 

「どうだか! 絵を返してくれって言いに来た時、な~んにも話してくれなかったくせに。葉月さんも気を付けなさいよ、何を秘密にしているやら」

「お気遣いありがとうございます」

「身近な人がお友達同士って、と~っても素敵だわ。ね、はじめちゃん!」

「……そっスね」

 

 春子がからかえば、朝木夫人は穏やかに返す。

 七瀬は咄嗟に明るく振る舞い、人の縁にしみじみする。考えを纏めているらしく、金田一(きんだいち)は幼馴染相手でも生返事だった。

 

(尾高山か……)

 

 何気なく絵画を眺め、縁側を振り返る。

 すっかりと陽が落ち、雲ひとつない夜空に輝く満天の星が美しい。

 けれど、尾高山で見た輝きと違い、残念に思う。




長島「今更、俺の紹介はいらんな。閲覧ありがとう。金田一……こういう訪問なら、長野県警として歓迎するぞ。……? 何か、忘れてるような……。まあ、いい。さて、次回は『雷祭は来年もある・中編』!! 田園風景を駆け抜けるバイクか、情緒溢れてるな」

朝木 冬生
人間国宝、朝木家当主。よくよく考えたら、冬生は雅号な気がする
滅多に帰郷しない春子の頼みを引き受けるなど、妹には甘かったのかもしれない
原作は春頃、事故に見せかけ、殺害される。動機はアニメと原作小説で異なる(ここに書きたくないレベル)
作中にて、生前の氷室画伯と交流があった。にいみの罵詈雑言を受け、放浪の旅へ出た為に葉月との出会いがズレた

朝木 春子
人間国宝を兄に持つ妹、東京でブティックを経営。秋絵と同じ顔
原作では後妻の葉月、連れ子の時雨に敵愾心を持っていた。作中にて、にいみと関わりで色々と変わった
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