金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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前回と同様、金田一が四ノ倉学園で奮闘中に周囲がどんな日常だったかと言う話です


F.9 【首吊り学園殺人事件】は放課後に

 卒業式の準備、学年末の試験勉強。

 常に余裕を持ち、生徒会執行部は業務に勤しむ。終えれば、勉強にできる快適な空間へと早変わり。まさに特権。

 

「あの先生だと……こことここはテストに出来るね。そっちの問題は引っ掛けだから、こういう解き方だよ」

 

 そして、成績優秀・頭脳明晰な遠野(とおの)先輩という強い味方がいる。オマケに上級生が去年受けた学期末試験用紙まで、拝見できる。最高の試験対策だ。

 

「ありがとう~、遠野~。これで進級できるよ~。本当、前生徒会長様々だよ~」

「いやいや、渋沢君。お礼は後輩想いの先輩達へ言ってくれ。僕らの為に、去年のテストを貸してくれたんだっ」

 

 2年生スキー部・渋沢(しぶさわ) 圭介(けいすけ)先輩は感謝感激と涙ぐむ。

 去年の12月初め、試合中に自業自得な転倒事故により、意識不明の重体で入院。リハビリを含め、丸々2ヶ月も授業が遅れている。スキー部顧問の屋根(やね)先生の気遣いで、各教科補習の段取りして貰うも、勉強が追い付かない。

 運動部のレギュラー選手となった生徒は赤点など、許されない。留年は論外だ。

 見かねた遠野先輩は生徒会の手伝いを条件に、勉強を見てあげた。

 

金田(かねだ)君、七瀬さんは呼ばなくて……本当に良いのかな……?」

「来てから、すぐ帰った人の事は考えなくて良いのですよ。和泉さんっ」

 

 罪悪感に眼鏡の縁を押さえ、和泉(いずみ)は物凄く小声で質問。(いち)はニッコリと微笑んだ。

 七瀬(ななせ)生徒会長は顔を見せただけ、業務もせずに演劇部へ行った。彼女の成績ならば、ここでの勉強は不要だろう。

 

「それにしても、ウチの高校はどうして卒業式と学期末試験が同じ3月なんだろうね~っ」

「まだマシだよ、2月にテストの学校もあるんだぜ」

 

 陽も落ち、窓の外は真っ暗闇。皆は各々の参考書やノートを片付ける。勉強疲れにぐったりした渋沢先輩へ遠野先輩は笑顔で答えた。

 

「皆、帰り道は気を付けるんだよ。金田(かねだ)君、今日も和泉さんを頼んだね」

「分かっています。遠野先輩もまた明日っ。行きましょうか、和泉さん」

「うん……」

 

 遠野先輩へ挨拶し、(いち)は原付バイクを押す。ヘルメットは前カゴだ。

 蚊の鳴くような小声で答え、和泉は伏し目がちに付き従う。ここしばらく、試験勉強を日暮れまで行う為、万一の防犯対策だ。

 男女が下校途中を同じくすれば、ロマンスの神様から恩恵もあるだろう。お互いが想い合えば、という前提の話だ

 

「ほらっ、雪ですね。空気も冷たいので、降るとは思っていました。息も白いですっ」

「……そうね」

 

 正直、全く盛り上がらない。別にロマンスなど望んでいないが、無言状態は精神的に辛いだけ。

 

金田(かねだ)君、無理してなくていいよ。こっちの帰り道が一緒なだけで、あたしは独りでも大丈夫」

「何を言っているのですか? 和泉さんに何かあれば、自分が遠野先輩に……叱られます。遠野先輩が決めたのなら、貴女に拒否権はありません」

 

 叱責で済めばよい。脳裏を掠めるのは、遠野先輩の斧を持つ姿。(いち)はゾワッと背筋に寒気が走った。一度も目にした事なく、連想してしまうのは何故だろう。

 和泉の意見と自分の命、どちらが大事か一目瞭然である。

 

「……あたしから、遠野先輩に言っとくけど」

「やめて下さいっ。自分に問題があったと思われます!」

 

 (いち)が懇願した瞬間、別れの駅へ到着。和泉は不服そうに、乗車して行った。

 

 夕食の時間を過ぎての帰宅。

 さっさと晩御飯を済ませ、風呂で沐浴。寝間着を着込み、仏壇の前へ正座した。

 りんを鳴らし、供えた氷室(ひむろ)伯父の日記を手に取る。登山家の氷垣(ひがき)氏に会った日より、黙読するのが日課になった。

 甥の誕生が連絡を受け、百日祝いの席が初顔合わせ。半年毎に会うようになり、オムツ替えに挑戦したなど、ささやかな日常が綴られていた。

 氷室伯父の直筆を目にするのは、心が震えてしまう。涙で視界が歪むまでの短い時間だけ、(いち)は読む。

 

(……4歳の時、伯父さんは『白蛇村』に連れて行ってくれた……。村に伝わる『白蛇』、伯父さんがそれを描いて……白神 音松さんが持っている? 香典にもあった名前だけども……)

 

 白神屋白蛇酒造社長・白神 音松(しらかみ おとまつ)は電話でのお悔やみの言葉、現金書留にて香典を送っただけ、自分に会おうとする話は微塵もなかった。それ以上、何もしないと決めたのだろう。

 電話や香典だけでも、十分な気遣いに感謝。

 

(いち)、こっちへ来なさいっ」

 

 台所の金田祖母に強い口調で呼ばれ、舌打ちを堪える。日記帳を仏壇へ戻し、(いち)は大人しく応じた。

 

金田一(きんだいち)くんをお呼びしなさいっ」

「……は?」

 

 (いち)へ昆布茶を差し出し、金田祖母はまるで教師のような口調で命じる。流石、戦後を生き抜いた元・中学教師なだけあり、声、眼光、眉の動きまで迫力満点。つまり、ビビる程に怖い。

 

金田一(きんだいち)くんをお呼び……」

「聞こえなかったという意味ではありませんっ。何を言っているのか、理解できないという意味です」

「先月、金田一(きんだいち)くんを夕食に招待するって約束したって、言ったわね? きっと、(いち)が呼んでくれると思っていたわ。それなのに、どうして連れて来ないのよ!」

(知らんがな……)

 

 食卓をバンッと平手打ち、金田祖母は憤る。今日までに同じ不動高校1年生・金田一 一(きんだいち はじめ)と話す機会がなく、先月の勝手な約束を果しようもない。煩わしい事、この上ない話だ。

 捜査一課の剣持(けんもち)警部も金田一(きんだいち)との付き合いを押し進めて来る。事情は知らないが、彼はあの有名な名探偵・金田一 耕助(きんだいち こうすけ)の孫であり、北海道の背氷村連続殺人事を解決したと聞いた。

 金田一(きんだいち)は自分にとって、名前の字面が似ていて、新旧生徒会長に扱き使われる共通点を持ち、親近感を覚えているだけだ。

 

 ――仲良しこよしになる気など、毛頭ない。

 

「それよりも……睨まないで下さい。お祖母ちゃんは『白蛇村』を知っていますか? 香典を送ってくれた白神 音松さんのお住まいです」

「ええ、昔は酒造業で栄えていた村よ。懐かしい……お祖父ちゃんとの新婚旅行で、お酒目当てに立ち寄ったわ。お酒に強いのに、あの人ったら酔っぱらって……クスクスッ。何年か前に旅館も始めたとか……、……秘湯の穴場だって、言っていたわ。それが何か?」

 

 勝手に金田祖父との昔語りになったが、金田一(きんだいち)の件を誤魔化すには至らなかった。

 

(秘湯の穴場……誰が言っていたか、置いといてっ。お客として行けば、白神さんも会ってくれるかも……)

 

 僅かでも氷室伯父の話が聞きたい。欲を言えば、写真などの記録媒体があれば、是非に譲って欲しい。

 

(その前に……氷垣さんと行ったって言う『雪稜山荘』にも、行きたいな。冬の氷壁岳を見ておきたいし、『雪霊』を描いた絵も……)

 

 金田祖母の存在を無視し、(いち)は物思いに耽る。また食卓がバシンッと叩かれた。

 

(いち)っ、2度は言いませんよ!」

「わかりましたっ。金田一(きんだいち)君に声は! かけておきますっ」

 

 了解の返事をしながら、(いち)はわざとらしく溜息を盛大に吐く。反抗的な態度を示しても、金田祖母は批判めいた視線を向けただけで、注意はしない。

 傍から見れば、祖母と孫故の馴合いだろう。それ以上、踏み込まないように一線を引いているとも言える。煩わしい事、この上ない話だ。大事な事なので、2回思った。

 

 

 金田一(きんだいち)とは学科も違い、選択教科も違い、部活は何と驚きの演劇部だ。幽霊部員の部分まで同じとは、やはり親近感を覚えてしまう。

 だが、会わない。出会わない。遭遇しない。巡り会えない。行き違う。すれ違う。ニアミスする。お目に掛けない。

 

金田一(きんだいち)? あの『オチコボレ』なら、多分……屋上じゃない?」

 

 金田一(きんだいち)の教室へ行ってもおらず、森下 麗美(もりした れいみ)は適当に教える。

 

「「「金田一(きんだいち)? あ~、さっき須貝に追われて、逃げたぜ。課題の提出がまだなんだとっ」」」

 

 入り浸っているという屋上も姿なく、金田一(きんだいち)と同じ組の男子生徒3名は殊更、おかしそうに笑った。

 

金田一(きんだいち)? こっちが居場所を知りたいよ、全くっ」

 

 職員室は当然、いない。歴史担当の須貝(ずがい)先生は金田一(きんだいち)に対し、ご立腹だ。

 

金田一(きんだいち)? お~い、金田一(きんだいち)……悪い、もう帰ったっぽい」

 

 放課後は誰よりも早く校舎を去る。村上 草太(むらかみ そうた)は申し訳なさそうに詫びた。

 

 それを試験前日まで繰り返せば、誘う気も失せるというモノだ。

 

「神矢君、金田一(きんだいち)君はニンジャハットリくんですか?」

金田(かねだ)もそんな冗談言うんだな。金田一(きんだいち)はお前と違って運動音痴だって聞いてるし、ニンジャは無理だって」

 

 同じ組にして演劇部の神矢(かみや)へ愚痴れば、金田一(きんだいち)を貶してまで慰められる。(いち)が彼を必死に探す姿を知り、そんな言葉をかけてくれるのだ。

 

「神矢君は良い人ですね、本当」

「……そんなに疲れた顔して言われても……、まあ……サンキュー。今日も生徒会室、行くのか? 俺は演劇部に顔出すよ。明日からのテスト期間は部活動禁止だしよっ」

 

 机の中の教科書、筆記用具を再確認。神矢と一緒に教室を出ながら、各々の目的地へ向けて別れた。

 普段は生徒会室に一番乗りだが、和泉が先に開錠済み。執行部以外の生徒、つまりは客だ。

 

金田(かねだ)君、お客さん……」

「俺は千家って言うんだ。生徒会が金田一(きんだいち)を探しているって、聞いて来たんだけど。お前、何か知ってるか? アイツに用件を聞いてくれって、頼まれてさ」

 

 1年生・千家 貴司(せんけ たかし)の言葉を聞き、逃走理由を察した。

 金田一(きんだいち)を探す際、手っ取り早く生徒会執行部の名を使い、それが裏目に出ていた。

 

「自分が探していました。金田一(きんだいち)君に個人的な用事があります。貴方は千家 貴司君ですね。金田一(きんだいち)君とは別の組だったと記憶しています。お友達なのですね」

「俺の事まで、知ってんの? へえ、生徒会には凄い奴がいるもんだ。まあ、金田一(きんだいち)には負けるかもしんねえけどっ」

 

 よく分からん勝負をした覚えはない。千家は額に黒子を持ち、仏のように柔和な顔付きだが、お調子者の金田一(きんだいち)の友達というわけだ。

 

「では、千家君に金田一(きんだいち)君への伝言を頼めますか? 先月、自分の祖母が約束した件。その連絡を待っています」

「OK、金田(かねだ)のお祖母ちゃんとの約束って言えば、良いんだな。それと……、金田一(きんだいち)はここんとこ、放課後は忙しかったんだ。……本当に。気を悪くしないでやってくれ……」

 

 途端、千家は真面目に金田一(きんだいち)を庇う。態度を変えられ、(いち)はキョトンとしてしまう。先日の新聞を騒がせた四ノ倉学園連続殺人事件に関連しているとは知らない。

 

「確かに……金田一(きんだいち)君、予備校で勉強だらけだって……言ってた」

「……!? ……和泉さんが言うのなら、金田一(きんだいち)君はお忙しいのですね」

 

 千家が去った後、和泉はボソリと呟く。彼女が金田一(きんだいち)を擁護するなど、意外すぎる。言動の珍しさに驚いた。

 

(……もしかして、和泉さん……。いや、いや。ちょっと庇ったくらいで、すぐ恋愛に絡めるのは……良くないっ)

 

 明日からは学期末試験、それだけに集中しよう。誰が誰に好意的であろうと、(いち)には関係ないのだ。

 

 原付バイクの走行中、冗談抜きでストレス発散となる。

 赤点への不安、様々な緊張感、ついでに詰め込んだ知識も吹っ飛びそうな快感が最高だ。

 出来れば、遠回りして走行距離を稼ぎたい。そんな現実逃避な衝動を堪えて、惜しみながらも帰宅した。

 玄関に知らない2人分の靴が揃う。ここでも、客人。

 

「ただいま、帰りましたっ」

「「お帰りなさいっ」」

 

 ――聞コエテハ、イケナイ声ガシタ

 

 台所から、不動中学生の佐木兄弟が顔を見せる。中学の制服でお決まりのハンディカムを持っていた。

 

「……!?」

「「不動高校の制服を着ている姿、初めて見ました。ネクタイも似合ってます」」

 

 日常に突如、浸食した非日常。ビビり過ぎて絶句し、反射的に腰が抜けたのは仕方ない。

 

「だははは、見てみい。(いち)が腰抜かしちょる」

「お祖父ちゃん……、何故にあの2人が……」

 

 風呂上がりの金田祖父がイタズラ成功の笑みで、起き上がるのを手助けしてくれた。

 食卓に3人分の晩御飯が並び、佐木兄弟と共にする。(いち)の左右からビデオレンズが、こちらを撮っていた。

 

「お前さんが戻るまで食わん言うてな、感謝せえよ。これでさみしゅうないで」

「そうですか。1人飯の自分の為に、お祖父ちゃんが呼んだのですか?」

 

 ケタケタと笑い、金田祖父から肩を叩かれる。恨みを込め、問いかけた。

 

「「お店に行ったら、お婆ちゃんにお呼ばれしました」」

「嘘でしょう……何してくれているのですか、お祖母ちゃん。と言うか、お2人はお店に行きすぎですよ。金持ちですか?」

「前々から、店主の方にご挨拶しようと立ち寄ったの。ちょうど、お2人がいらっしゃって。ビデオテープを贈って下さったのは双子のような中学生だと聞いていたから、もしかしてと思ってね。まさか、自己紹介も禄にしていない間柄とは……思わなかったわ」

 

 作曲家・御堂(みどう)先生とデパートの楽器売り場で連番した映像。指で鍵盤を叩く様子が見られる角度で撮られていたが、どう見ても隠し撮りだ。

 警備員のガードがあったとは言え、佐木兄弟の存在に全く気付かなかった。

 末恐ろしい程、将来有望な撮影カメラマン。

 お礼は考えなかったわけではないが、この状況である。ビデオテープの贈り主を教えるべきではなかったと、遅い後悔でご飯が不味く感じる。餌時を見張られる家畜な気分だ。

 

「それはそれとして、片手での食事は感心しないわねえ」

 

 佐木兄弟へ金田祖母が眼光を鋭く、厳しい口調で言い放つ。ハンディカムは椅子の下へ置かれた。

 レンズの煩さがなくなり、いちは一安心。

 代わりに金田祖父がTVを付け、都内での天候悪化のニュースを伝える。家の中でも、強風の音が耳を打った。

 

「ホワイトバレンタインも終わっとるに、ま~だ雪が降るんか。積もりはせんが、車出すんも怖いわ。佐木くん、泊まってくか? 朝に中学校まで送ったるよ」

「「はい、喜んでっ」」

(いち)っ、アナタの部屋で寝させてあげなさいな」

「!? ……ゴフッ、器官に水が……。客間とか、ピアノの部屋で良いじゃないですか……」

 

 勝手に決まったお泊まり会。

 佐木兄弟との一夜など、絶対に不眠。明日の学期末試験に影響を及ぼす。赤点は回避しても、低い点など生徒会執行部としての立場……否、遠野先輩からの威圧感が怖い。

 

「お泊まりになるなんて、思わなかったから……お客様用のお布団を干してないのよ。身を寄せ合った方が温まれるじゃない」

「パンツはワシの替えでええか? お前さんらは(いち)よりも太うて、(いち)の替えは入らんやろっ」

「「大丈夫ですっ。パンツの替えも持って来ていますっ」」

「……佐木君、最初から泊まろうとしていましたね?」

 

 制服で来たなら、一度も佐木宅へ帰らず、金田宅への訪問だろう。常に替えの下着を持ち歩くとは、用意周到。

 その後も金田祖母への説得を試みたが、佐木兄弟は自分の部屋で寝る段取りになった。

 佐木兄弟が風呂に入っている間、就寝の支度。本来ならば、上布団を重ねるが敷布団代わりに敷く。すし詰め状態は避けられないが、3人分の広さを確保した。

 

「へえ、お部屋もフローリングなんですね」

「もう布団敷いちゃったんですか? ボクはまだ全然、眠くないです」

「撮らないで欲しいと言えば、やめてくれますか?」

 

 ズケズケと中に入り、案の定、佐木兄弟はハンディカムを回す。6帖フローリングに勉強机、本棚、クローゼット式の押し入れまで一通りだ。

 (いち)がイラッとして文句を言えば、兄弟揃ってビデオを下してくれる。正直、押し入れの中も撮影されると覚悟していた。

 

「お名前、金田(かねだ)でしたよね。お爺ちゃんとお婆ちゃんが「いち」って呼んでましたけど、「かねだ いち」ですか……」

「字面だと「きんだいち」になりますね。もしかして、それでボクらに名乗らなかったんですか?」

「いいえ、違います。バイト先では店長の意向で名乗らないのです」

 

 勉強机に置いた教科書の名前を読み上げ、佐木兄弟は何故か納得した。

 

「『AKIRA』だっ。漫画もお読みになるんですね……」

「ここにある推理小説って、多岐川 かほるばっかり。コレ、英語の本ですけど……なんて読むんですか?」

「『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』です。読んでも構いません、佐木君。今から寝る前のストレッチをしますので、邪魔しないでください」

 

 佐木兄弟は撮影をやめても、物色は続ける。一先ず、放置して寝る前の日課を開始だ。

 

「もう寝るんですか? まだ9時半ですよ」

佐木()君、自分は夜10時には寝ます。それと朝6時に起き、7時に学校へ向かいます。佐木君は寝ていても良いですよ。祖父が車で送ると言っていましたしっ」

「へえ、規則正しい生活ですね。明日から学期末試験って聞きましたけど、勉強は?」

佐木()君……それで早めに学校へ行って、勉強しておくのです。家では落ち着いて勉強に集中できませんからね」

 

 人の日程をベラベラ喋ったのは、金田祖父母のどちらだろう。自分と歳の近い客人は遠野先輩以来。若い子相手に会話が弾んだとは言え、口が軽すぎてイラッとした。

 

「もしかして、電話ですか? 僕らと話している時もしょっちゅう、電話が鳴っていました。何かのお礼だったと思います」

佐木()君、何か聞きたい事があるのですか?」

「聞いて良いんですか!? んじゃ、遠慮なく♪ 金田(かねだ)センパイって、あの御堂 周一郎の隠し子なんですか? あそこで会ったのはズバリ、マスコミ対策とかっ。下手に上流階級が贔屓にしている場所だと返って目立つから!」

 

 ここに来てから、遠回しな上に根掘り葉掘りと質問攻め。回りくどい態度に嫌気が差す。(いち)は目的を明確させようと、兄の竜太(りゅうた)へ問いかければ、弟の竜二(りゅうじ)が元気溌剌と爆弾発言。

 ストレッチ体勢のまま、布団へズッコケた。

 

(そうだよなあ、な~んにも知らねえと……そう見えるよなあ)

 

 あの場所に一緒だった遠野先輩も同じ誤解を受けている可能性がある。大企業の御曹司にそんな噂が立っても醜聞どころか、企業宣伝だろう。

 きっと、問題ない。

 

「違います」

「え~本当ですか? あんなに仲良くピアノ弾いていたじゃないですか~」

「竜二っ、違うんだよ。それ以上は言うな」

 

 倒れた体勢のまま、正直に答える。出会ってから、初めて兄が弟を窘めた。

 こうして佐木兄弟を比べれば、違いがわかる。竜太は冷静沈着で思慮深く、竜二は明朗快活で友好的。些か配慮に欠けるのは、好奇心旺盛故だ。

 不気味な雰囲気を感じなくなり、見ていて楽しい気持ちになってきた。

 

「仲が良いのですね、お2人はっ」

「「そりゃあ、勿論。けど、喧嘩もしますよ」」

 

 同じ反応が笑いを誘い、(いち)は吹き出してしまう。体の緊張が解ければ、きっと安眠できるはずだ。

 

「自分、寝ます。佐木君、寝る時に部屋の電気を消して下さい」

「はい、おやすみなさい」

「あ~、センパイ。もっと喋りましょうよ!」

 

 適当な本を取った竜太と違い、竜二は布団へ寝転がってまで睡眠妨害を行う。無邪気な弟の態度は他人の家へ泊まり、愉しさが伝わった。

 

佐木()君は何故、自分を先輩と呼ぶのですか? 高校生だとバレていたのはわかりますが、年上だからという理由でもないでしょう?」

「それは僕が春から、不動高校へ通うからです。竜二も来年は不動高校を受験します」

「だから、センパイです~♪」

 

 決定した後輩と予定された後輩であった。驚きすぎて、もう何も驚かない。

 

「こんなに早く、合否の結果が出るのですね。自分は二次募集で申し込んだので、一般入試については知らないのです」

「いえ、僕は専願の推薦です。先日、合格通知を貰いました。金田(かねだ)先輩、二次募集ですか……。意外です」

「どこを受験して、落ちたんですか?」

 

 竜太に驚かれ、自分の口の軽さに気付く。どうやら、自覚がないだけで後輩という事実に動揺している。でなければ、二次募集で入学などと口走らなかった。

 しかし、竜二は一切の遠慮がない。少し呆れたが、質問を許したのは自分だ。

 

「これで最後ですよ、佐木()君。去年の今頃、祖父母と暮らす為に東京へ引っ越して来たのです。急に決まりまして、状況が落ち着いた時には二次募集しか、申し込めなかったのです。本当は高校に行く気などありませんでしたが、祖父に「高校を卒業しなかったら、ブッ殺す」と言われましたのでっ」

 

 去年の騒動から、1年しか経っていない。もう1年が経ったとも言える。

 

「高校を行く気なかったって、『AKIRA』の主人公『金田 正太郎(かねだ しょうたろう)』みたいですね」

「本当だ! 金田(かねだ)センパイも金田だ!」

「え? そうですよ。金田 正太郎に憧れて、金田姓を名乗っています。将来の夢は健康優良不良少年ですっ」

 

 髪を掻き上げ、満面の笑みにてカッコイイポーズ。佐木兄弟がここに来て、初めて無言・無反応になった。

 

「――ヤダ、ここは笑うところよっ――」

「僕からも最後の質問、良いですか?」

 

 折角、愛嬌良く振る舞ったのに無視される。しかも、竜太は何事もなかったように訊ねる。その質問自体を最後にしようか、悩んだ。

 

「客間は見せてくれたんですけど、居間は立ち入り禁止だと言われました。理由は何ですか?」

「佐木君のビデオですよ。そこにいる人は……勝手に撮られるのを嫌っていますからね」

 

 金田祖父母は佐木兄弟のハンディカムから、氷室伯父の仏壇を守ろうとした。

 自分でもそうする。

 

「人の気配はなかったんですけど、居間に誰かいるんですか?」

(あれ? 余計な事を言っちゃった?)

 

 竜二に追及され、失言に気付いてしまう。金田祖父母のように単純な立ち入り禁止で良かった。

 ここで不安が募る。先に寝てしまい、佐木兄弟がいらぬ好奇心を発揮して居間へ行く可能性がある。絶対に阻止、そんな使命感が湧き起こった。

 同じタイミングで寝る手段を一瞬で模索し、枕、敷布団枕の寝具を見下ろして咄嗟に閃いた。

 

「はい、質問は終わりです。では、情報料を頂きますよ。2人とも、枕になって下さいっ」

「「!? 僕らが枕ですか?」」

 

 ギョッと目を丸くし、慄く。佐木兄弟の驚いた顔を初めて見たが、小気味いい。

 

「頭の枕と足枕です。さあ、どちらにします?」

「「……こっちが上で、そっちが下!!」」

 

 拒否されると思ったが、すんなりと枕を受け入れてくれる。人が良いのか、ノリが良いのか、どちらにしても、気の良い兄弟と改めて認識しておこう。

 

「「さあ、どうぞ」」

「佐木君には躊躇いとか、恥じらいとか、ありませんか?」

 

 話し合いの末、竜太が頭枕、竜二が足枕。川の字ならぬ、片仮名のエ、もしくは漢字の工だ。

 キチンと2人に毛布をかけ、その上へ転がる。正直、人様を枕にするなど、色々と緊張しすぎて脈拍が煩い。だが、寝転んでみれば、肉の弾力と骨の堅さによる感触が心地良い。普段の煎餅布団と違い、床下まで厚さがある為だ。

 

「凄く……寝心地が良いです……」

「「先輩、軽いです」」

 

 お互いに予想外の寝態勢。そして、意外な程の好感触。竜太の体温が耳の後ろに伝わり、眠気が脳髄へ浸透していく。瞼を貫く室内灯の明るさも気にならない眠気だ。

 人肌で暖を取るとは、まさにこの事。

 

「センパ~イ~。部屋の電気、切りますよ~」

「……おやすみなさい~」

 

 足枕の竜二がスッと布団から抜け出しても、まどろみに夢か現か、判断出来ぬ。

 

 ――午前6時、起床。

 雀の鳴き声が耳を打ち、昨夜の天候が嘘のように快晴。外の天気はまさに心の表れ、この1年の間(・・・・・・)に得られなかった快適な目覚めを味わった。

 

「人肌枕……癖になりそうですっ」

 

 (いち)は感激のあまり、ニヤける口元が押さえられない。最高の枕となってくれた佐木兄弟は爆睡中、名残惜しくても、起き上がった。

 ウェアに着替え、朝の日課たるランニングへ。心なしか、普段よりも足取りが軽い。

 

(熟睡したら、こんなに調子が違うんだ~♪)

 

 玄関で靴を脱いだ瞬間、電話が鳴る。鍛えられた瞬発力で受話器を取り、台所から顔を見せる金田祖母へ手振りで知らせた。

 

金田(かねだ)でございます」

〈一君、小林だ。朝からゴメンね、『雪稜山荘』に誘ってくれた話なんだけどっ〉

 

 小林 星二(こばやし せいじ)画伯だ。氷壁岳の『雪稜山荘』へ登山するには、独りでは危険。金田祖父母は年齢と経験の少なさを理由に断り、保護者代わりをお願いしてみたのだ。

 

〈生憎、旅行会社のツアーはなかったよ。だから、2人だけで行く事になるね。来週の8日はどうかな? 正確には7日の晩、夜行バスで8日の朝に向こうへ着いて、『雪稜山荘』で一晩過ごして、9日に下山したいんだ〉

(テンション高けえな、徹夜明け?)

 

 整然とした計画スケジュールを立ててくれたが、8日は不動高校の卒業式。生徒会執行部は雑務等の役割が多々あり、生徒会長は在校生代表挨拶と責任重大。しかも、前日は卒業式準備に加え、前期生徒会を送る会を行う。何故なら、卒業式後こそ、3年生は就職、大学進学の準備で慌ただしくなる。遠野先輩の気遣いだ。

 しかし、小林画伯は基本的に旅行ツアーを利用し、個人では行かない。わざわざ、行き順やバスの時間まで調べてくれたのだ。

 

(元々、役職もないしっ。まあ、いっか!)

 

 所詮はパシリ、堂々と開き直った。

 

「ありがとう、小林さん。それでお願いします。待ち合わせ場所は新宿駅ですか?」

〈良かった。うん、新宿駅で会おう。7日のバスを2人分、予約しておくね〉

 

 当日の電話連絡を約束し、受話器を置いた。

 

「お祖母ちゃん、8日は学校サボりますっ」

「!? 卒業式なのに!? 生徒会のお仕事は!?」

 

 いけしゃあしゃあとサボり宣言。金田祖母はギョッと顔を引きつらせたが、反対はしなかった。

 問題は遠野先輩への説得だが、――かなり頑張った。

 

○●……――佐木 竜二は夜だけは強い。

 部屋の主は静かな寝息を立てて、完全に沈黙。彼の枕と化した兄・竜太も眼鏡を外し、睡眠中。起こせば、起きるがこのまま金田(かねだ)センパイの枕となってもらおう。

 

(しっかり、口を閉じて……。寝てるって言うより……動いてないみたい)

 

 勿論、金田(かねだ)センパイの寝顔はバッチリ撮影した。

 足音を立てぬように廊下を歩き、ハンディカムで暗がりを映す。一階へ降りた先、電話台の傍に人影を見てビビる。半纏を着た金田老だ。

 

「なんや、佐木くん。便所か?」

「眠れないので、探索で~す。お爺ちゃん、まだ起きてるんですね」

 

 正直に答えれば、金田老から露骨に嫌そうな顔をされる。このような反応は竜二、否、佐木家では日常茶飯事である。つまり、痛くも痒くもない。

 

「居間に入らんなら、構へんよ。後、婆さんが寝とるから、静かにな。まあ、外が喧しいんで多少は聞こえんやろ」

 

 目的地は居間だが、念押しされてしまう。ならば、今回だけは諦めよう。金田老が言う通り、カーテンのない窓の向こう側では風音が激しいのだ。

 

「居間には誰がいるんですか? ビデオに撮られるのを嫌がる人がいるって~」

「お~、息子や。大層な人嫌いでな。得体の知れん奴が自分の写真持つんも、気色悪がっとったわ」

 

 極端な人嫌いが住む家ならば、金田刀自は客を招かないだろう。しかも、居間に「いる」と言うならば、仏壇か遺影が「ある」のだろう。まだ義務教育中の竜二でも、思い付ける事情だ。

 

「息子って、金田(かねだ)センパイのお父さんですか? もしかして、お父さんが急に亡くなったから、センパイはここで暮らす羽目になったとか?」

「ほお、佐木くんは名探偵やの。居間におる息子が「生きてない」と気付きよった。じゃが、逝ってしもうたんわ……一の伯父や。それ以上は……堪忍な」

 

 哀愁漂う雰囲気から、金田(かねだ)センパイの伯父は本当に急死なのだろう。彼が年始年末、バイトを休んだ事と関連がありそうだ。

 先程、否定された竜二の想像がまた膨らむ。

 

「あのう~、金田(かねだ)センパイのお父さんって、作曲家の御堂 周一郎じゃないんですか? センパイはピアノも弾けますしっ」

「ハハハハハッ、ちゃうちゃう。なんぼ言うても、ソレはないてっ」

 

 笑い飛ばす金田老の言葉を、竜二は聞き逃さなかった。

 

「ソレはないなら、他はあるんですね? 御堂 周一郎とセンパイにはソレなりの関係……!?」

「……好奇心は罪やない。けど、使い方間違ごうたら、痛い目見るで。佐木 連太郎の倅っ」

 

 ニヤリと笑いながら、目を座らせる金田老は佐木兄弟の父親・連太郎(れんたろう)の名を口に出す。まさに逆鱗に触れた状態だ。

 

「お前さんの親父。業界やと、ちとした有名人や。ワシのような隠居でも、知っとるくらいな」

「……隠居って事は、お爺ちゃんも映像関連のお仕事をされてたんですか?」

 

 関西弁の口調は正直、凄みが増してブルッと背筋が震える。それだけで自身の父親についての評価は察した。

 警戒されようと、質問する。これは竜二の性だろう。

 

「ええ、度胸しとるわ。ホンマに佐木の倅やな。……まあ、脅すんはこれくらいにしといたる。婆さんが連れて来たんや、お前さんらは悪い子やないやろ。これからも、孫をよろしゅう頼んますわ」

 

 唐突に愛嬌のある老人らしく、スッと手を差し出す。握手かと思い、何の疑いもなく握り返した。

 

「裏切んなよ、婆さんを……(いち)をっ」

「……!? はい……」

 

 脅しが済んだのなら、この握力は何を意味しているのだろう。けれども、今すぐ帰りたいとか、関わりたくないとか、そんな否定的な感情は湧かなかった。

 

「ところで、誰からの連絡を待っているんですか?」

「ここがワシの寝床やで~」

 

 その後、どんな質問であろうと、はぐらかされ続ける。学校を理由に金田老から追い返され、渋々、布団へ戻った。

 金田センパイは寝付きも寝相も良く、足枕された身でも眠れた。

 

「おはよう、佐木くん。朝はお吸い物で良い?」

「「はい、勿論です」」

 

 朝方は兄弟揃って、機嫌の良い金田刀自に朝食まで用意してもらう。金田老の姿はなかった為、竜二はホンの少しだけ、安心した。

 

(怖くはないけど……、何も知らない兄さんまで、睨まれちゃうしなあ)

 

 呑気な竜太が羨ましい。兄弟が食べ終わる前、金田(かねだ)センパイは登校の支度を済ませてしまう。着替えを撮影し損ねた。

 

「佐木君、昨夜はありがとうございました。また、会いましょう」

「「はい、またお店には伺います」」

 

 見た事のない晴れやかな表情で金田(かねだ)センパイは挨拶し、登校して行った。

 

「お婆さん。今回は招いて頂き、本当にありがとうございました。嬉しかったです」

「そう? 急な事でキチンとおもてなし出来なかったから、お恥ずかしいわ」

「そんなっ、ボクらの為に色々とっ。ありがとうございます♪」

 

 竜太は行儀よく感謝を述べ、竜二も倣って頭を下げた。

 

「また、いらっしゃいね。アナタ達が良ければっ」

「「はいっ、是非♪」」

 

 建前や社交辞令とは違い、金田刀自は本気で兄弟を歓迎してくれる。感謝しつつ、調子に乗って答えた瞬間、この場にいない金田老の鋭い視線を感じた。

 

「どうした? 竜二っ」

「……なんでも……ない、多分っ」

 

 竜二だけ、ゾワッと背筋が粟立つ。竜太に心配されたが、ここで弱音を吐いたら、色々と負けた気がする為に耐え切った。




宮園「宮園 彰です。金田一があれだけの事をしてくれたのに学校の奴らは……何も知らず、過ごしてたんだな。金田一、僕からも言うよ。ありがとう。さて、次回は『殺人ポーカーを思い返す人』。僕も山へ登りに行きたいね」

千家 貴司
首吊り学園殺人事件より登場、誰が女神を殺したか?などの短編にもいる程の準レギュラーキャラだった

スキー部・渋沢 圭介
氷点下15度の殺意、ゲストキャラ

森下 麗美
墓場島殺人事件、ゲストキャラ

金田一のクラスメイト3名
名も無きモブキャラ

歴史担当の須貝
天草財宝伝説殺人事件、モブキャラ

佐木 連太郎
金田一少年の殺人より登場、佐木兄弟の父親

白神屋白蛇酒造社長・白神 音松
白蛇蔵殺人事件、ゲストキャラ
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