金田少年の生徒会日誌 作:珍明
午前6時、雲場村には遅めの起床。
隣の布団で豪快なイビキを掻く
屋敷の主人・
「はじめちゃん、お早うございます」
「……むにゃむにゃ、美雪……今日は日曜だっての~……」
起こす気もなく、挨拶してみる。夢現な返事は曜日をしっかりと認識し、
静かに着替え、部屋を後にした。
洗顔を済ませた後は車庫へ行き、バイクのセンタースタンドを外す。
門戸には時雨がおり、昨日の衣服と違った装い。ジーンズとハイネックブラウスは着慣れないらしく、ソワソワと落ち着かない様子。長い髪も肩部分でシュシュを縛っていた。
乗る気満々だ。
「おはよう」
「……時雨さん、お早うございます。バイクに適した格好ですね、シュシュも似合っていますよ」
「お姉様の服を借りたわ、髪はお母さんがどうしてもって」
「……よくお似合いですよ(素直に見送ればいいのに)」
「では、巽君のいる神社を目指します。こちらは
「
お人好しの
そう信じながら、ヘルメットを被った。
腰に回された時雨の腕は想像よりも細く、華奢な体はバイクの走行を楽しんでいる。土系舗装に気遣ったゆっくりした速度だが、歩行やトラクターより速い。
余所者のバイクは目立ち、通りすがる人々から好奇の眼差しを向けられる。時雨の手振りが幸いにしてか、彼らは物珍しさを楽しんでいる様にも見えた。
目的地の神社に着きかけ、速度を更に落とす。
「もっと走って、どこでもいい」
「はい……」
か細い時雨の頼みを聞き入れ、前輪を方向転換。
疎らな民家を通り過ぎ、アスファルト舗装の道路へ抜ける。一気に速度を上げ、振動と風は強くなる。
腰にある時雨の手に力が入り、背中に当てられた顔が嬉しそうな吐息を漏らす。この感覚を味わいたかったのだろう。
【雲場村】のバス停へ到着し、そこへ停車した。
「気分は如何ですか?」
「癖になりそうっ」
振り返った先に無邪気な笑顔がある。時雨の年相応な表情、初めて目にした。
純粋に喜ばれれば、
最初の目的地、神社へ着いても催促はなかった。
「巽さんを迎えに?」
「いいえ、自分が来たかっただけです。ここは雷祭が行われる場所ですからっ」
「それで、昨日も来てやがったのか」
仏頂面の
「時雨さんだけずりぃ~、俺も乗りてえ。って言うか、帰り道は俺が乗るっ」
「巽君、お早うございます。昨日も言っていましたね……確認ですが、バイクの免許はお持ちですか?」
「ったりめ~だ。俺の育った場所もバスが1日1本の集落でな。免許取得の歳になったら、さっさと取らねえと死活問題なんだよ。まあ、子供の時から運転だけはしてたぜっ、車も含めてっ」
「……フフフ、分かりました。新車なので、絶対に傷付けないでくださいっ」
確認すれば、巽は得意げに笑う。バイク免許証を印籠の如く見せ付けた。
教習所以外の経験もあるなら、任せても良いだろう。
「巽さん、途中で金田さんと代わって。お母さんに見られたら……」
「あ、そうですね。運転手が勝手に代わってたら、奥様は心配される……金田、バラすなよ」
「はい、時雨さんもお願いしますっ」
時雨は運転手交代をあっさりと受け入れ、ただひとつ願う。巽も一瞬、考えたがバイク運動の魅力に抗えずに3人だけの秘密。だが、村の人に見られる為に意味の無い会話となった。
それに気付かず、
感心しながら、
情報伝達はバイクよりも速く、
男子2人は叱責を覚悟し、さっと整列。
「金田さん、巽さ……」
「おっかえり~♪ 時雨、初めてのバイクはどう?」
「楽しかった。2人の運転だから、安心できたわ」
朝木夫人が言いかけた瞬間、ニッコニコの朝木がひょっこりと遮る。時雨がじっと己が母を見つめ、素直な感想を伝えた。
「……金田さん、そろそろ朝餉ですので
「はい」
ふうっと朝木夫人は息を吐き、穏やかに微笑む。どうやら、感謝が勝ったらしい。
(やった、巽さんっ)
(うおっ、このお嬢さん……意外とノリが良いぜ)
巽が後ろ手に組んだ腕に向かい、時雨がハイタッチ代わりと言わんばかりにぺチンッと叩く。不意打ちを喰らったが、彼女の可愛らしさに男子2人は笑みが零れた。
部屋に戻れば、
「はじめちゃん、ヘルメットをお借りました。ありがとうございます」
「……わ~ってる。俺に断んなくても……何の話?」
感謝を耳元で囁けば、
「時雨ちゃんをバイクにねえ。瑠璃子といい、可愛い子とばっかタンデムしやがって。金田は良いなあ、チクショウ」
「自分、はじめちゃんとのタンデムが楽です」
わざとらしく羨ましがり、
自分達2人と朝木兄妹以外の面子で配膳した頃、居間へ集う。最後に座った春子は朝の支度を整え、化粧も施していた。
常盤は自身の着替えを持ちながら、昨日と同じ朝木夫人から借りた着物だ。
「毎日、葉月おばさまがメニューを考えているんですか?」
常盤が納豆に悪戦苦闘しつつ、興味津々に問う。
「曜日で献立を変えているんです。主人は家に居ますから、少しでも変化を付けようと思いまして」
「葉月は色々と食に気を遣ってくれてな。月に1回しか出んメニューもあるんじゃよっ」
「へえ、ウチとは大違いだ。大体、晩飯の残りっスよ」
「ウフフ、見えるわ。文句言いながら、食べてる
「ええ、全くその通りよ」
朝木夫妻の穏やかなやり取りに
話に加わらない春子は男子3人を眺め、フフッと笑う。意味深に感じて、ちょっと怖い。
「春子さん、どうしましたか?」
「ううん、アナタ達……それぞれ癖が出てるなあって思ってさあ。
「そんなに……分かりやすいですか?」
「はじめちゃん。足よ、足っ。お行儀良くしてっ」
「美雪、春子さんはそう言う意味で言ったんじゃあねえよ。……しゃ~ねえなあ」
春子が愉しげに答え、驚いた巽は自らの姿勢を見やる。七瀬は慌てて、
昨日から2人は巽の話に触れれば、この様に話題を逸らそうとする。『くちなし村』の脅迫状事件にて、彼らは何を知ったのだろう。気になるが、堪えた。
「春子さんの言う通り、自分は祖母に躾けられました。元教師とあってか……行儀作法には人一倍、厳しい方なのです」
「……そうじゃったんか、確かに……
「……はじめちゃん、あたし初耳ですけど? どうせ、知ってたんでしょ?」
「美雪、まだ食ってんのかよ。さっさと早く食べちまいな」
「「え、もう食べ終わった?」」
こちらから話題を繋ぎ、朝木陶工は金田祖母を思い返す。また別の事実を知らされ、七瀬はニッコリフェイス。ジト目よりも怖く、
だが、綺麗に食べ終わったのは本当。常盤と秋絵もギョッとする。
「秋絵、巽君。儂を手伝いなさい。子供達、手が空いたら仕事場へおいで。今日は陶芸体験させてやろう」
「「はいっ」」
秋絵と巽の箸が置かれた時、先に食事を終えていた朝木陶工は声をかける。2人は指令に背筋を伸ばし、善は急げと仕事場へ向かう。
「え~良いんですか? やった~♪ 人間国宝からの直々のご指導っ」
「七瀬さん、本当……真っ直ぐな子ねえ。何だか……羨ましいわ。あたしに声かけようもんなら、裏があるって思っちゃうもの」
「春子さんは警戒心が高いんですよ。都内にお住まいですもの、当然ですわ」
驚きの提案に七瀬が一番、大はしゃぎだ。
去りゆく己が兄の背を見つめ、春子はしみじみと呟く。朝木夫人から前向きな言葉をかければ、心なしか彼女は得意げとなった。
「でも、春子さん。あたし達の送迎を引き受けてくれたじゃないですか、朝木先生が頼んでくれたって聞きましたよ」
「ちゃんとお礼をくれるから、引き受けたの。しかも、次の車検代よ。断る理由はないかな~って」
七瀬に答え、春子は指先で銭の形を作る。車検代がお礼では確かに断れない。
「……ポルシェの車検代……オジサン、太っ腹ですね」
「……そんなにスゲエのか、車検代」
食器洗いに洗濯物、布団干し。手分けすれば、あっと言う間に終わる。
「瑠璃子、着替えちまったのか。あの着物でもいいんじゃねえ?」
「葉月おばさまのお召し物よ、汚したくないっ」
常盤は袖の短いシャツとデニムパンツに着替え、やる気満々。
「金田さん、お父様から借りた甚平……もう着ないの?」
「自分の服がありますので」
「金田君は甚平にしたらいいんじゃない? 冬生おじさまが仕事着にするんだから、汚れは付きにくいんと思う。それにね……昨日、金田君がお昼から甚平を脱いじゃって……おじさま、ちょっとガッカリしてた」
「ええ~金田君、甚平を着てたの? あたしも見たい~金田君、いっつも制服みたいな恰好なんだもん」
人の服装をジロジロと眺め、時雨は問う。常盤のお節介に七瀬まで乗っかって来た。
「……金田、良かったな。3人の女子に囲まれて……♪」
他人事の
女子3人に囲まれた状態はただ、姦しいだけ。
「
「ありがとうございますっ」
仕事場の戸口で待ち構え、目を輝かせた朝木陶工は満足げに頷く。
作業台に人数分置かれた木の板、ビニール袋に入れられた土、ヘラなどの小道具も揃う。完全に陶芸教室の風景、胸が弾んだ。
「おっじゃましま~す。へえ~……ジメジメしてて中は一段と古いなあ」
「ここで代々の窯元が作品を生み出していたなんて……ロマンチック」
「美雪ちゃんみたいな感想、初めて聞いたわ」
「あたし、ここっ。この土、あたしを待ってた……」
「……どれも一緒だろ」
常盤は脇目も振らず、奥の席。繁々とビニール袋から土を取った。巽は空いた場所へ腰かけた。
「好きなようにやってごらん」
「時雨さん、ロクロは使わないのですか?」
「凝った物を作るんじゃないし、手びねりで十分よ」
朝木陶工はそれだけ告げ、手慣れた時雨は手の平に土を落とす。か細い指が瞬く間に盃の形へ広げていく。動きは見えるのに、物凄く手早い。
「わあ……時雨ちゃん、スゴ~イ」
「時雨はね、筋がいいの。絵も上手で多彩な子よ」
「絵? 時雨ちゃん、絵を描くの? 後で見せてっ」
「……うん」
女子4人は和気藹々とした会話が弾む中、男子3人は無言。
既に汗だくの
「金田、それ……何作ってんだ? 首絞められたアヒル?」
「はじめちゃん、これが生物に見えますか? 一輪挿しです」
「……口縁が重すぎて、潰れるぞ。あ~……崩れた」
「
「……っ、流石はオジサン。自分の頭で描いた形に成りました!」
「さっきと全然、ちげえじゃん。金田って意外と芸術の才能ねえんだな」
「はじめちゃん。お皿だけで粘土、使い切ったの? もったいな~い、あたしは小鉢を3つよ」
「美雪ちゃん、何を作ってもいいのよ。あ……、
人の作品をからかった
「ふう……出来たっ」
深呼吸した常盤はヘラを置き、満足度に微笑む。親指サイズの蝉がいくつも並ぶ。特徴的な目、羽の模様だけを強調し、素人目でも蝉と判断出来る。
「……常盤さん、ずっと蝉の置物……作ってたのね」
「……!! アブラゼミとか、ヒグラシも見分けられる。……こういう才能もあったのかよっ」
時雨と巽の驚きに似た称賛は大げさではなく、皆も感心した。
「皆さん、休憩にしませんか?」
「葉月さん、いいタイミングっスね♪」
「お母様、ありがとうございます。お父様、外にある湯吞みを使いますね」
「ああ、あっち側に置いてある奴がいいじゃろ」
ひと段落を見計らった様に朝木夫人は麦茶ポットを持ち込む。
乾いた土がこびりついた手を洗い、有難く頂戴する。
程良い冷たさの麦茶が五臓六腑に染み渡り、蝉の鳴き声を意識した。もうそこまで、陽が昇っていたのだ。
「俺達が作ったのって、すぐ焼くんスか?」
「いいや、1週間は乾燥させてからこっちで焼いておく。時雨、やってみるか? 秋絵に任せてもいいが、今からじゃと新学期を過ぎてしまうんでな」
「……はいっ」
「時雨ちゃん、窯で焼けちゃうんだ。スゴ~イ、もう完全にお弟子さんよ」
「ふふ~ん、どう? 自慢の妹よ」
秋絵はとても誇らしげだ。
「仲良いんですね、姉妹で」
「巽君?」
巽が窺うような視線で呟き、常盤は首を傾げる。
「あの~昨日、春子さんが……瑠璃子と時雨ちゃんはいい勝負って言ってましたよね。葉月さん達、もしかして『雲場村』の人じゃないんスか?」
「はい。私と時雨は……神社へ参拝しにこの村を訪れました。そこで秋絵さんと出会ったんです。家政婦募集の張り紙を見て、……思い切って申し込みましたっ」
またも
一瞬、物悲しく眉を寄せたかと思えば、朝木夫人はいつもの穏やかな口調に戻る。意味深すぎて、
「朝木先生が旅立ったすぐ後ですか?」
「一昨年の秋じゃよ。儂も後から知ったが、県内で酷い火事があったらしくて……用心の為に人を雇わんといかんなってな」
七瀬の疑問に答える朝木陶工から、意外な発端を知る。
「2年前の火事……軽井沢ですか? 3人も亡くなられたと聞きましたが……」
「そうよ、金田君。その火事! お父様の帰国も分からなくて、神主さんとも相談して決めたの。ご近所さんが色々と助けてくれるけど、窯の扱いを間違えたら……あたし1人じゃどうしようもないしっ。張り紙作って、さあ貼ろうって時にお母様と時雨が来てくれたの♪」
広い屋敷に独り、いつ大切な窯が火災の火元になるかもしれない恐怖。参拝に現れた親子が救いに見えた事だろう。懐かしむ秋絵と違い、時雨の表情に翳りが見えた。
神に縋りたくなる願いがあり、神社を訪れた。そんな勝手な想像をしてしまう。
「……? それって、金田君が見に行きたいって比呂と行った場所?」
「はい、そうです。以前と違う建物を建築中でした」
「そうだったなあ、色々と立て込んで……すっかり忘れてたぜっ」
軽井沢の火災と聞いても、常盤は特に関心がない。寧ろ、今頃になって思い出す。
「何で火……」
「さて、仕上げてしまうか。
「アハハ……お願いしやす~」
七瀬が火事の詳細を聞きかけたが、朝木陶工の一言で休憩タイムは終わる。まだひとつも作品が出来ない
亀板に乗せた作品を朝木陶工がそ~っと棚へ運ぶ中、皆は板などの道具を水洗いし、さっさと片付けていく。
女子4人は厨房へ向かい、男子3人は窯まで連れて行かれる。
一見、暖炉のある小屋と見間違える格式高い立派な造り。
「ほえ~、学校の焼却炉とはエライ違いだ……」
「はじめちゃん、入ってみます?」
「よせよせ、人の脂で窯が汚れちまう」
火が入っていない為、中は薄暗くこびりついた灰に趣を感じる。これだけの広さならば、
「巽君、この2つを持って行ってくれ。今日は焼かんから、明日はないぞ」
「はい、分かりました。
「龍之介……俺と朝木先生との態度、変えすぎじゃね? 金田も来るだろ?」
「お邪魔でないなら……」
神社に納める作品を渡され、巽は朝木陶工へ丁寧にお辞儀。途端、
「
「……はい」
朝木陶工に別の意味で気遣われ、
武藤「武藤です……僕の扱いヒドイ、出番もないし……よそで死んでる……。え? どうせ、他の女性から恨みを買うだろうって? うう……僕はただ、蝉の研究がしたいだけなのに~。さて、次回は『雷祭は来年もある・後編』。女性との約束は守りなよ、ホント」