金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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タンデムシーンは凄く好きです


18休 雷祭は来年もある・中編

 午前6時、雲場村には遅めの起床。

 隣の布団で豪快なイビキを掻く金田一(きんだいち)が居れば、その考えを改めてもいいかもしれない。彼の寝相の悪さ、就寝時間直前まで野郎3人が仲良く布団を並べる事態に不服であったとは思えぬ。

 屋敷の主人・朝木(あさき)陶工の布団は畳み済み、男子高校生よりも早起きだ。

 

「はじめちゃん、お早うございます」

「……むにゃむにゃ、美雪……今日は日曜だっての~……」

 

 起こす気もなく、挨拶してみる。夢現な返事は曜日をしっかりと認識し、金田一(きんだいち)はのんびりと眠り続ける。七瀬(ななせ)に間違われたが微笑ましさに訂正せず、彼の布団をかけ直す。

 静かに着替え、部屋を後にした。

 

 洗顔を済ませた後は車庫へ行き、バイクのセンタースタンドを外す。春子(はるこ)のポルシェへ触れないよう、押して通った。

 門戸には時雨がおり、昨日の衣服と違った装い。ジーンズとハイネックブラウスは着慣れないらしく、ソワソワと落ち着かない様子。長い髪も肩部分でシュシュを縛っていた。

 乗る気満々だ。

 

「おはよう」

「……時雨さん、お早うございます。バイクに適した格好ですね、シュシュも似合っていますよ」

「お姉様の服を借りたわ、髪はお母さんがどうしてもって」

「……よくお似合いですよ(素直に見送ればいいのに)」

 

 時雨(しぐれ)の身を案じる2人は欅の木へ隠れ、こちらを窺う。それを視界の隅に捉え、(いち)は手振りにて挨拶した。

 

「では、巽君のいる神社を目指します。こちらは金田一(きんだいち)君のヘルメットですが、お使いください」

金田一(きんだいち)さんの……金田さんの物と形が違うのね」

 

 金田一(きんだいち)のヘルメットを時雨へ渡しながら、肝心の持ち主から借りる承諾をしていなかったと今更に気付く。引き返すのは時間のロスになる為、後回しだ。

 お人好しの金田一(きんだいち)は事後承諾も許してくれる。

 そう信じながら、ヘルメットを被った。

 

 腰に回された時雨の腕は想像よりも細く、華奢な体はバイクの走行を楽しんでいる。土系舗装に気遣ったゆっくりした速度だが、歩行やトラクターより速い。

 余所者のバイクは目立ち、通りすがる人々から好奇の眼差しを向けられる。時雨の手振りが幸いにしてか、彼らは物珍しさを楽しんでいる様にも見えた。

 目的地の神社に着きかけ、速度を更に落とす。

 

「もっと走って、どこでもいい」

「はい……」

 

 か細い時雨の頼みを聞き入れ、前輪を方向転換。

 疎らな民家を通り過ぎ、アスファルト舗装の道路へ抜ける。一気に速度を上げ、振動と風は強くなる。

 腰にある時雨の手に力が入り、背中に当てられた顔が嬉しそうな吐息を漏らす。この感覚を味わいたかったのだろう。

 【雲場村】のバス停へ到着し、そこへ停車した。

 

「気分は如何ですか?」

「癖になりそうっ」

 

 振り返った先に無邪気な笑顔がある。時雨の年相応な表情、初めて目にした。

 純粋に喜ばれれば、(いち)も乗せて来た甲斐があると言う物。フフッと得意げな声を出し、エンジン音を吹かす。目を輝かせた時雨は行先を聞かず、また腰へしがみ付いた。

 最初の目的地、神社へ着いても催促はなかった。

 

「巽さんを迎えに?」

「いいえ、自分が来たかっただけです。ここは雷祭が行われる場所ですからっ」

「それで、昨日も来てやがったのか」

 

 仏頂面の(たつみ)は昨日、秋絵(あきえ)から借りた自転車を押しての参上。バイクを羨ましげに眺めた。

 

「時雨さんだけずりぃ~、俺も乗りてえ。って言うか、帰り道は俺が乗るっ」

「巽君、お早うございます。昨日も言っていましたね……確認ですが、バイクの免許はお持ちですか?」

「ったりめ~だ。俺の育った場所もバスが1日1本の集落でな。免許取得の歳になったら、さっさと取らねえと死活問題なんだよ。まあ、子供の時から運転だけはしてたぜっ、車も含めてっ」

「……フフフ、分かりました。新車なので、絶対に傷付けないでくださいっ」

 

 確認すれば、巽は得意げに笑う。バイク免許証を印籠の如く見せ付けた。

 教習所以外の経験もあるなら、任せても良いだろう。

 

「巽さん、途中で金田さんと代わって。お母さんに見られたら……」

「あ、そうですね。運転手が勝手に代わってたら、奥様は心配される……金田、バラすなよ」

「はい、時雨さんもお願いしますっ」

 

 時雨は運転手交代をあっさりと受け入れ、ただひとつ願う。巽も一瞬、考えたがバイク運動の魅力に抗えずに3人だけの秘密。だが、村の人に見られる為に意味の無い会話となった。

 それに気付かず、(いち)は巽へヘルメットを渡す。彼はウッキウキに受け取り、着け方を迷わずに装着。バイク周辺の安全確認を目視で行ってから、シートに跨る。動作ひとつひとつ、乗り慣れていた。

 感心しながら、(いち)も自転車へ跨り、タンデムするバイクを追う。

 

 情報伝達はバイクよりも速く、朝木(あさき)夫人へ伝わる。門戸に待ち構えた彼女は無事に帰ってきた娘に対し、ホッと一安心。直後、勝手な行動に眉をひそめた。

 男子2人は叱責を覚悟し、さっと整列。

 

「金田さん、巽さ……」

「おっかえり~♪ 時雨、初めてのバイクはどう?」

「楽しかった。2人の運転だから、安心できたわ」

 

 朝木夫人が言いかけた瞬間、ニッコニコの朝木がひょっこりと遮る。時雨がじっと己が母を見つめ、素直な感想を伝えた。

 

「……金田さん、そろそろ朝餉ですので金田一(きんだいち)さんにも声をかけてください」

「はい」

 

 ふうっと朝木夫人は息を吐き、穏やかに微笑む。どうやら、感謝が勝ったらしい。

 

(やった、巽さんっ)

(うおっ、このお嬢さん……意外とノリが良いぜ)

 

 巽が後ろ手に組んだ腕に向かい、時雨がハイタッチ代わりと言わんばかりにぺチンッと叩く。不意打ちを喰らったが、彼女の可愛らしさに男子2人は笑みが零れた。

 部屋に戻れば、金田一(きんだいち)はまだ爆睡中。

 

「はじめちゃん、ヘルメットをお借りました。ありがとうございます」

「……わ~ってる。俺に断んなくても……何の話?」

 

 感謝を耳元で囁けば、金田一(きんだいち)は困惑が勝りて起き上がる。詳細を語りながら、彼の身支度を手伝った。

 

「時雨ちゃんをバイクにねえ。瑠璃子といい、可愛い子とばっかタンデムしやがって。金田は良いなあ、チクショウ」

「自分、はじめちゃんとのタンデムが楽です」

 

 わざとらしく羨ましがり、金田一(きんだいち)はプイッと顔を背ける。フグの様に膨らんだ頬が面白く、指で突っついてやった。

 自分達2人と朝木兄妹以外の面子で配膳した頃、居間へ集う。最後に座った春子は朝の支度を整え、化粧も施していた。

 常盤は自身の着替えを持ちながら、昨日と同じ朝木夫人から借りた着物だ。

 

「毎日、葉月おばさまがメニューを考えているんですか?」

 

 常盤が納豆に悪戦苦闘しつつ、興味津々に問う。

 

「曜日で献立を変えているんです。主人は家に居ますから、少しでも変化を付けようと思いまして」

「葉月は色々と食に気を遣ってくれてな。月に1回しか出んメニューもあるんじゃよっ」

「へえ、ウチとは大違いだ。大体、晩飯の残りっスよ」

「ウフフ、見えるわ。文句言いながら、食べてる金田一(きんだいち)君がっ」

「ええ、全くその通りよ」

 

 朝木夫妻の穏やかなやり取りに金田一(きんだいち)は物凄く感心し、秋絵と七瀬はクスクスと笑い出す。

 話に加わらない春子は男子3人を眺め、フフッと笑う。意味深に感じて、ちょっと怖い。

 

「春子さん、どうしましたか?」

「ううん、アナタ達……それぞれ癖が出てるなあって思ってさあ。金田一(きんだいち)君は自由気ままで……、巽君は格式高い家で学んで……、金田君は年配の方から躾けられて……。三者三様っぽい」

「そんなに……分かりやすいですか?」

「はじめちゃん。足よ、足っ。お行儀良くしてっ」

「美雪、春子さんはそう言う意味で言ったんじゃあねえよ。……しゃ~ねえなあ」

 

 春子が愉しげに答え、驚いた巽は自らの姿勢を見やる。七瀬は慌てて、金田一(きんだいち)の胡坐を指摘した。彼はブツブツ言いながら、座り直す。

 昨日から2人は巽の話に触れれば、この様に話題を逸らそうとする。『くちなし村』の脅迫状事件にて、彼らは何を知ったのだろう。気になるが、堪えた。

 

「春子さんの言う通り、自分は祖母に躾けられました。元教師とあってか……行儀作法には人一倍、厳しい方なのです」

「……そうじゃったんか、確かに……(いち)君のお婆様は妙な迫力ある方と思っておったわい」

「……はじめちゃん、あたし初耳ですけど? どうせ、知ってたんでしょ?」

「美雪、まだ食ってんのかよ。さっさと早く食べちまいな」

「「え、もう食べ終わった?」」

 

 こちらから話題を繋ぎ、朝木陶工は金田祖母を思い返す。また別の事実を知らされ、七瀬はニッコリフェイス。ジト目よりも怖く、金田一(きんだいち)は気付かぬ振りで誤魔化す。

 だが、綺麗に食べ終わったのは本当。常盤と秋絵もギョッとする。

 

「秋絵、巽君。儂を手伝いなさい。子供達、手が空いたら仕事場へおいで。今日は陶芸体験させてやろう」

「「はいっ」」

 

 秋絵と巽の箸が置かれた時、先に食事を終えていた朝木陶工は声をかける。2人は指令に背筋を伸ばし、善は急げと仕事場へ向かう。

 

「え~良いんですか? やった~♪ 人間国宝からの直々のご指導っ」

「七瀬さん、本当……真っ直ぐな子ねえ。何だか……羨ましいわ。あたしに声かけようもんなら、裏があるって思っちゃうもの」

「春子さんは警戒心が高いんですよ。都内にお住まいですもの、当然ですわ」

 

 驚きの提案に七瀬が一番、大はしゃぎだ。

 去りゆく己が兄の背を見つめ、春子はしみじみと呟く。朝木夫人から前向きな言葉をかければ、心なしか彼女は得意げとなった。

 

「でも、春子さん。あたし達の送迎を引き受けてくれたじゃないですか、朝木先生が頼んでくれたって聞きましたよ」

「ちゃんとお礼をくれるから、引き受けたの。しかも、次の車検代よ。断る理由はないかな~って」

 

 七瀬に答え、春子は指先で銭の形を作る。車検代がお礼では確かに断れない。

 

「……ポルシェの車検代……オジサン、太っ腹ですね」

「……そんなにスゲエのか、車検代」

 

 (いち)が金額に思わず、唾を飲み込む。金田一(きんだいち)もつられて、戦慄した。

 

 食器洗いに洗濯物、布団干し。手分けすれば、あっと言う間に終わる。金田一(きんだいち)が緩慢に働いたのはこの際、大目に見よう。

 

「瑠璃子、着替えちまったのか。あの着物でもいいんじゃねえ?」

「葉月おばさまのお召し物よ、汚したくないっ」

 

 常盤は袖の短いシャツとデニムパンツに着替え、やる気満々。

 

「金田さん、お父様から借りた甚平……もう着ないの?」

「自分の服がありますので」

「金田君は甚平にしたらいいんじゃない? 冬生おじさまが仕事着にするんだから、汚れは付きにくいんと思う。それにね……昨日、金田君がお昼から甚平を脱いじゃって……おじさま、ちょっとガッカリしてた」

「ええ~金田君、甚平を着てたの? あたしも見たい~金田君、いっつも制服みたいな恰好なんだもん」

 

 人の服装をジロジロと眺め、時雨は問う。常盤のお節介に七瀬まで乗っかって来た。

 

「……金田、良かったな。3人の女子に囲まれて……♪」

 

 他人事の金田一(きんだいち)にククッと笑われ、イラッとする。

 女子3人に囲まれた状態はただ、姦しいだけ。(いち)は根負けし、甚平に着替えた。

 

(いち)君……やはり、そういった格好が似あっとる」

「ありがとうございますっ」

 

 仕事場の戸口で待ち構え、目を輝かせた朝木陶工は満足げに頷く。(いち)はほっこりした。

 作業台に人数分置かれた木の板、ビニール袋に入れられた土、ヘラなどの小道具も揃う。完全に陶芸教室の風景、胸が弾んだ。

 

「おっじゃましま~す。へえ~……ジメジメしてて中は一段と古いなあ」

「ここで代々の窯元が作品を生み出していたなんて……ロマンチック」

「美雪ちゃんみたいな感想、初めて聞いたわ」

 

 金田一(きんだいち)は物珍しく室内を見渡し、七瀬は棚や道具を眺めてウットリ。秋絵は殊更可笑しそうにクスクスと笑い、立つ人の後ろへ椅子を置いて行く。

 

「あたし、ここっ。この土、あたしを待ってた……」

「……どれも一緒だろ」

 

常盤は脇目も振らず、奥の席。繁々とビニール袋から土を取った。巽は空いた場所へ腰かけた。

 

「好きなようにやってごらん」

「時雨さん、ロクロは使わないのですか?」

「凝った物を作るんじゃないし、手びねりで十分よ」

 

 朝木陶工はそれだけ告げ、手慣れた時雨は手の平に土を落とす。か細い指が瞬く間に盃の形へ広げていく。動きは見えるのに、物凄く手早い。

 

「わあ……時雨ちゃん、スゴ~イ」

「時雨はね、筋がいいの。絵も上手で多彩な子よ」

「絵? 時雨ちゃん、絵を描くの? 後で見せてっ」

「……うん」

 

 女子4人は和気藹々とした会話が弾む中、男子3人は無言。

 既に汗だくの金田一(きんだいち)は皿を作りたいらしく、必死に押し広げる。涼しい顔の巽は手回しのロクロを用いて、さっさと湯吞みを形成していく。相反する2人の動きは面白い。

 

「金田、それ……何作ってんだ? 首絞められたアヒル?」

「はじめちゃん、これが生物に見えますか? 一輪挿しです」

「……口縁が重すぎて、潰れるぞ。あ~……崩れた」

 

 (いち)の渾身の力作・一輪挿しは金田一(きんだいち)を困惑させた。しかも、巽が指摘した瞬間、重力に潰されて形を保てなくなった。何故だろう。

 

(いち)君、遠慮せんともっと土を使え。口の大きさに拘るなら、胴から下はこう……」

「……っ、流石はオジサン。自分の頭で描いた形に成りました!」

 

 (いち)の後ろから手を回し、崩れた土を操る。こちらもその動きに合わせ、水と土を重ね、練る。共同作業で繰り返す内に想像通りの一輪挿しが成った。

 

「さっきと全然、ちげえじゃん。金田って意外と芸術の才能ねえんだな」

「はじめちゃん。お皿だけで粘土、使い切ったの? もったいな~い、あたしは小鉢を3つよ」

「美雪ちゃん、何を作ってもいいのよ。あ……、金田一(きんだいち)君のお皿も崩れちゃった……」

 

 人の作品をからかった金田一(きんだいち)の大皿も土の配分を間違えたらしく、ゆっくりと捲れる形へ潰れる。七瀬は与えられた土を最初から3つに分け、秋絵の手を借りつつも真っ直ぐな形だ。

 

ふう……出来たっ

 

 深呼吸した常盤はヘラを置き、満足度に微笑む。親指サイズの蝉がいくつも並ぶ。特徴的な目、羽の模様だけを強調し、素人目でも蝉と判断出来る。

 

「……常盤さん、ずっと蝉の置物……作ってたのね」

……!! アブラゼミとか、ヒグラシも見分けられる。……こういう才能もあったのかよっ」

 

 時雨と巽の驚きに似た称賛は大げさではなく、皆も感心した。

 

「皆さん、休憩にしませんか?」

「葉月さん、いいタイミングっスね♪」

「お母様、ありがとうございます。お父様、外にある湯吞みを使いますね」

「ああ、あっち側に置いてある奴がいいじゃろ」

 

 ひと段落を見計らった様に朝木夫人は麦茶ポットを持ち込む。金田一(きんだいち)の表情がパッと輝き、秋絵はさっと仕事場の外に出る。水で軽く濯いだ湯吞みを人数分、持って来てくれた。

 乾いた土がこびりついた手を洗い、有難く頂戴する。

 程良い冷たさの麦茶が五臓六腑に染み渡り、蝉の鳴き声を意識した。もうそこまで、陽が昇っていたのだ。

 

「俺達が作ったのって、すぐ焼くんスか?」

「いいや、1週間は乾燥させてからこっちで焼いておく。時雨、やってみるか? 秋絵に任せてもいいが、今からじゃと新学期を過ぎてしまうんでな」

「……はいっ」

「時雨ちゃん、窯で焼けちゃうんだ。スゴ~イ、もう完全にお弟子さんよ」

 

 金田一(きんだいち)が問えば、朝木陶工はごく自然な態度で時雨に任せる。驚いた七瀬の言う通りにここまで来れば、一端の弟子だ。

 

ふふ~ん、どう? 自慢の妹よ

 

 秋絵はとても誇らしげだ。

 

「仲良いんですね、姉妹で」

「巽君?」

 

 巽が窺うような視線で呟き、常盤は首を傾げる。

 

「あの~昨日、春子さんが……瑠璃子と時雨ちゃんはいい勝負って言ってましたよね。葉月さん達、もしかして『雲場村』の人じゃないんスか?」

「はい。私と時雨は……神社へ参拝しにこの村を訪れました。そこで秋絵さんと出会ったんです。家政婦募集の張り紙を見て、……思い切って申し込みましたっ」

 

 またも金田一(きんだいち)がさっと話題を変える。普段、彼は家庭事情に踏み込まないが、巽の憂いた表情から皆の注意を逸らす為だ。

 一瞬、物悲しく眉を寄せたかと思えば、朝木夫人はいつもの穏やかな口調に戻る。意味深すぎて、(いち)は次の言葉を必死に探す。秋絵へ視線を向ければ、照れ臭そうに笑うだけだ。

 

「朝木先生が旅立ったすぐ後ですか?」

「一昨年の秋じゃよ。儂も後から知ったが、県内で酷い火事があったらしくて……用心の為に人を雇わんといかんなってな」

 

 七瀬の疑問に答える朝木陶工から、意外な発端を知る。

 

「2年前の火事……軽井沢ですか? 3人も亡くなられたと聞きましたが……」

「そうよ、金田君。その火事! お父様の帰国も分からなくて、神主さんとも相談して決めたの。ご近所さんが色々と助けてくれるけど、窯の扱いを間違えたら……あたし1人じゃどうしようもないしっ。張り紙作って、さあ貼ろうって時にお母様と時雨が来てくれたの♪」

 

 広い屋敷に独り、いつ大切な窯が火災の火元になるかもしれない恐怖。参拝に現れた親子が救いに見えた事だろう。懐かしむ秋絵と違い、時雨の表情に翳りが見えた。

 神に縋りたくなる願いがあり、神社を訪れた。そんな勝手な想像をしてしまう。

 

「……? それって、金田君が見に行きたいって比呂と行った場所?」

「はい、そうです。以前と違う建物を建築中でした」

「そうだったなあ、色々と立て込んで……すっかり忘れてたぜっ」

 

 軽井沢の火災と聞いても、常盤は特に関心がない。寧ろ、今頃になって思い出す。金田一(きんだいち)は反対に覚えていたが、忘れたフリしている口調だ。

 

「何で火……」

「さて、仕上げてしまうか。金田一(きんだいち)の皿をどうにかせんとな」

「アハハ……お願いしやす~」

 

 七瀬が火事の詳細を聞きかけたが、朝木陶工の一言で休憩タイムは終わる。まだひとつも作品が出来ない金田一(きんだいち)は大げさに照れた。

 (いち)の一輪挿しに手を加えるのは危険。他の人は細かい点を改め、余った土を集めて常盤へ渡す。彼女は意気揚々ともうひとつ、蝉を作った。

 

 金田一(きんだいち)の皿は結局、土の配分がバラバラ。とても芸術的センスな形となる。

 亀板に乗せた作品を朝木陶工がそ~っと棚へ運ぶ中、皆は板などの道具を水洗いし、さっさと片付けていく。

 女子4人は厨房へ向かい、男子3人は窯まで連れて行かれる。

 一見、暖炉のある小屋と見間違える格式高い立派な造り。

 

「ほえ~、学校の焼却炉とはエライ違いだ……」

「はじめちゃん、入ってみます?」

「よせよせ、人の脂で窯が汚れちまう」

 

 火が入っていない為、中は薄暗くこびりついた灰に趣を感じる。これだけの広さならば、金田一(きんだいち)の皿も余裕で焼ける。(いち)は冗談のつもりだったが、巽の心配する点に納得した。

 

「巽君、この2つを持って行ってくれ。今日は焼かんから、明日はないぞ」

「はい、分かりました。金田一(きんだいち)も来いっ、御利益のある神社へ案内してやるよ」

「龍之介……俺と朝木先生との態度、変えすぎじゃね? 金田も来るだろ?」

「お邪魔でないなら……」

 

 神社に納める作品を渡され、巽は朝木陶工へ丁寧にお辞儀。途端、金田一(きんだいち)を素っ気なく誘う。二面性振りはお調子者さえもビビらせた。

 (いち)も誘われたが、わざわざ巽が指名したなら、金田一(きんだいち)にだけ話したいのだろう。正直、遠慮したい。

 

(いち)君も行っておいで。女子にばかり囲われては、男同士の会話も出来んじゃろ」

「……はい」

 

 朝木陶工に別の意味で気遣われ、(いち)は渋々と承知。金田一(きんだいち)には品を預けず、巽とどちらの品を持つか、話し合った。




武藤「武藤です……僕の扱いヒドイ、出番もないし……よそで死んでる……。え? どうせ、他の女性から恨みを買うだろうって? うう……僕はただ、蝉の研究がしたいだけなのに~。さて、次回は『雷祭は来年もある・後編』。女性との約束は守りなよ、ホント」
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