金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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ひとつのステップアップファミリーの物語です

誤字報告により修正しました。ありがとうございます


20休 雷祭は来年もある-朝木 葉月

 葉月(はづき)は娘の時雨(しぐれ)が愛おしい。

 難病を宣告されても、それは変わらぬ。

 幾分かの医療費助成はあるものの、ベッド代や食事代が嵩む為に入院など到底、させられなかった。

 

 毎日、毎食後の服用。治す薬ではなく、現状維持の為に飲ませる。一日中、家に居る娘の病気が進行せぬよう、清潔さを保つ。

 時雨の微かな咳、不意のよろめきを見るだけで、急変を予感する。気が気でなかった。慣れるまで本当に神経を磨り減らした。

 生活していくだけの貧しい母子家庭の暮らしの中、葉月は我が身を疎かにした。自分の食事を抜くのは当然、風呂も体を拭くのみ。

 

 無理が祟り、ついに葉月は栄養失調で倒れた。

 勤務中に病院へ救急搬送され、最悪。せめてもの救いは時雨に知られなかった事だ。

 点滴を投与されながら、今日の稼ぎを無くし、治療費の支払いに嘆いた。

 タクシー代が惜しくて、歩いて帰ろうと外へ出た時は豪雨。しかも、雷も鳴る。

 

 ――降りしきる雨、まるで時雨の泣き声だ。

 滅多に泣かぬ娘だが、今日は特にそう聞こえる。

 降りしきる雨が如く、道が、未来が、見えない。

 

「先生、先程の話ですが……電位治療器は高電圧を発生させて治療されるんですよね? なら、今鳴っている雷にも同じ治療作用があると?」

(……雷が治療に?)

 

 葉月は背が高く、スラリとした細身で顔の整った若い男を見やる。彼は白衣の医師から「白神(しらがみ)さん」と呼ばれ、確かめるように雨空を見上げた。

 白神の疑問を肯定し、医師は嘘の様な話を聞かせてくれた。

 脊髄に問題があり、車椅子生活を余儀なくされた男。大自然の山頂で雷雨の中、雷に打たれた。病院に搬送され、適切な治療を終えた頃には歩けるようになっていたと言う。

 専門用語も交え、聞き取れた内容はそんな感じだ。

 濡れた体と脳天から落雷を受け、高電圧が一気に体を突き抜けた事で生じた奇跡。まさに天然の治癒法。

 葉月は大いにそそられ、希望の兆しが見えてしまった(・・・・・・・)

 

「……先生、失礼ですが……迷信ではありませんか? ……ほお、都心では既に研究が進んで……興味深いですね」

 

 まだ彼らの話は続いていたが、葉月は濡れるのも気にせず、帰路を急いだ。

 この雷が奇跡を起こすなら、罪深く祈るしかない。それが母としての本能なのか、ただの狂気なのか、分からなくても、構わない。

 

 先ず、調べるべきは地図と残金。

 雷信仰の強い土地は意外にも多く、交通費も念頭に置いた。

 大事なのは時雨が行ける距離(・・・・・・・・)、自転車の2人乗りは娘の体調を悪化させるかもしれない。それに都合の良い雷雨が来てくれるまで、待たねばならない。

 時雨に遠出をさせてやれる口実にハイテンションだったとも言える。

 病床が改善された一例よりも、落命した話の数が勝る雷の力に縋る。今にしてみれば、実に愚かな発想であり、常軌を逸していたと思う。

 なりふり構わず、何かを起こさねば、気が狂いそうだったのだ。

 

 紅葉に覆われた山を眺めながら、公共機関を乗り継ぐ。

 時雨は唐突に決めた『雲場村』を喜び、車窓から見える景色をずっと眺めていた。

 休憩を何度も挟み、バスから降りた時はようやく到着してくれたと一息吐く。

 赤いトンボが母子を祝福するように飛び回り、1頭が時雨の肩に止まる。一瞬、驚いたものの、娘は目を輝かせる。人差し指を差し出せば、トンボは飛び立つ。

 珍しく時雨は追いかけ、葉月も付いて行く。静かにはしゃぐ姿を見られただけでも、来られて良かった。

 トンボが導いてくれた先は神社、参拝にも丁度良い。万事、上手く行くように神頼みもしようと時雨の手を握った。

 

「こんにちは、参拝ですか?」

 

 そこで朝木(あさき) 秋絵(あきえ)と出会った。

 彼女の手に握られた家政婦募集の張り紙を目にし、好機と踏んだ。

 話を聞けば、江戸時代より続く窯元の家柄であり、人間国宝のひとり娘。案内された武家屋敷を見るまで信じられなかった。

 それだけ、秋絵は初対面の葉月に親しげで警戒心の欠片もない。歳の近い時雨が一緒にいたからだろう。

 

「ずっと独りで淋しかったの。葉月さん、時雨ちゃん、今日からここが2人のお家だよ。お帰りなさいっ」

「……ただいま」

「……っ、では……はい。ただいま……秋絵さん」

 

 秋絵の純粋無垢さは眩しく、時雨は珍しく照れている。

 雷雨の機会を待つつもりで、押しかけた身が厚かましいと思える程に子供達は仲睦まじくなった。

 電話口で自己紹介しただけの朝木(あさき) 冬生(とうせい)も見知らぬ他人を受け入れてくれた。

 

 「お帰り」「ただいま」。

 いつも2人だけだった挨拶、2人ぼっちの食事。

 そこに1人、加わっただけで楽しい。

 

 雪の積もった庭で雪ダルマを作り、洗濯物の最中に雪玉を投げ付けられる。

 そんな生活が楽しくて、目的を忘れかけていた。

 と言うのも、この村での落雷が起こりやすい季節が夏だと知らなかった。その時期にあやかり、雷祭があるらしい。

 

 年を越した正月、家主たる冬生が浮浪者同然の出で立ちで現れ、警戒した葉月は掃除中の竹箒で打ちのめしてしまい、本当に申し訳なかった。

 

……薙刀の心得がある者とお見受けする。葉月さんがおれば、留守は万全じゃろうて。なあ、秋絵っ

「はい、葉月さんのお陰で生活は楽だし、時雨とも会えたし♪ お父様、もう少し旅に出ても構いませんよ」

 

 喉を押さえた冬生は怯えた……若干、震えた声で許す。秋絵の冗談にも笑っていた。この会話だけで、父子の信頼や仲の良さを感じた。

 冬生は時雨にも我が子の様に接し、秋絵と一緒に陶芸もさせてくれた。

 

「娘さんは筋が良い。将来は控え目に言って、儂を超えるじゃろう」

「そんな……お世辞でも、嬉しいですわ」

 

 時雨を褒め称えてもらう度、胸が痛む。朝木父子に娘は病弱と伝えているが、あくまでも薬を飲む必要性と家の中で過ごす状態しか、教えていない。

 段々と村に来たキッカケを知られるのが怖くて、墓場まで持って行こうと誓った。

 誓える程、朝木家の暮らしは幸せで――失いたくない。

 何も悩まなくて良い、夢にまで見た穏やかな時間の流れ。

 時雨の体調が雷に打たれるような劇的でなくても、土を陶芸品へ形作る緩やかな変化が起こりますようにと、神へ祈るのは忘れなかった。

 

 やがて、秋絵は東京の高校へ進学が決まり、慌ただしい準備が始まった。東京暮らしの朝木(あさき) 春子(はるこ)が入居先の保証人の書類やら、手続きの為に『雲場村』へ里帰りして来た。

 秋絵に似た顔でジッと見つめられ、最初はちょっと怖かった。

 

「兄さんと結婚しないの?」

「……いえ、そのようなつもりはございません」

「ふ~んっ。まあ……その気になったら、あたしは賛成よ。馬鹿な兄さんが旅に出ちゃって、心細かった秋絵を支えてくれたんだしっ。……本当に助かったわ。ありがとう、葉月さん」

「……勿体無いお言葉……」

 

 目を細めて笑う仕草は秋絵と同じ、純粋な感謝が込められている。この村に来て、初めて照れ臭い気持ちになった。

 

「春子、儂らの心配よりも先ずは自分の心配せんか。いつまでも独り身でフラフラしよって、早く秋絵に従兄弟を作れっ」

「大きなお世話っつーか、セクハラよ。どうせ、あたしには悪い男しか寄って来ないしさ~家庭を持つのは無理かな~」

 

 兄妹の会話から、春子の異性に対する失望は強い。結婚も諦めた口調へどう慰めたものか、言葉は浮かばない。

 

「あれ? 叔母様、前に電話で……良い男見付けたって、自慢していませんでした?」

捨ててやったわ、あんなのっ。秋絵も悪い男に引っ掛からないように。コレ、授業で教えるべき教訓っ」

 

 秋絵の素朴な疑問に春子はせせら笑い、ゴミ箱へ投げ捨てるフリをする。逞しい笑顔にこちらが心配する要素を感じなかった。

 

「葉月さん、あたしに遠慮しないでいいからね。葉月さんをお母様と呼びたいし、時雨が妹になってくれたら、とっても嬉しいの!」

「秋絵さん……」

 

 結婚など一度経験すれば、十分である。

 ただ、冬生が時雨の父親になる。そうなってくれればと意識し出した。

 

 待ちに待った夏。

 村でもっとも落雷が起こる時期が来た。

 帰省して来た秋絵は黒かった髪を茶色に染め、コギャル語なる言葉遣いを披露し、時雨を楽しませてくれた。

 それだけ、彼女の上京した生活が上手く行っていると伝わり、葉月は嬉しかった。

 

 肝心の雷雨は思いの外、雷鳴が轟く度に心臓を揺らす迫力。

 大自然に囲まれた土地故、閃光が文字通りに雲を駆け抜ける。庭にある避雷針代わりの大木へ落ちた様も目撃し、腰も抜けた。

 恐れ戦いた。

 人が如何に矮小か、思い知らされた。

 

「お母さん、大丈夫?」

「時雨……」

 

 時雨は轟音の中でも同時に全く動じず、初めて大きく見えた。

 ()、大きくなっていた。

 更に否、幼い頃から時雨は雷を怖がらなかった。

 いつかの小学校、参観日中に天候が荒れた日があった。他の子供達が耳を塞ごうとも、彼女だけは平然と窓の外を静かに見つめていた。既に娘は雷の申し子だったのかもしれない。

 

 祭の本番も怯える葉月と違い、時雨は村の衆と一緒に雨に打たれる。盛り上がった彼らと違い、とても静かに、神託を受ける巫女のような神聖さを感じた。

 落雷を受けなかったが、愛しい娘は誰よりも輝いて見える。

 

時雨~、どう? 楽しい?

「うん……楽しい」

 

 大はしゃぎの秋絵に聞かれ、時雨は微笑む。その笑顔は儚くも眩しく、季節外れの春を思わせた。

 

 それから翌年――心配すべき事柄と遂に直面し、言葉を無くす。

 

 時雨への余命宣告。

 不思議と涙は出ない。それは時雨も同じ、寧ろ、母親よりも覚悟は決まっている。

 そう思い込んだ。思い込むしかなかった。

 

 動揺を隠し、普段通りに家事をこなす。だが、冬生には見抜かれた。

 

「葉月さん、酷く疲れとる。今日はもう休みなさい……時雨の検診で何か、言われたんじゃろ? 少しでもあの子の傍に居て、手を握っておやり」

「……っ」

 

 事情を聞くワケでもなく、詮索もせず、母と子の時間をくれる。

 普段からお互い家に居て、一緒にいる時間はたっぷりある。それを分かっていながら、気遣われた。

 その時になり、冬生の妻は随分前に亡くなっていたと思い返す。

 何か、感じるモノがあるのだろう。

 彼に話そう。聞いて貰いたい。

 時雨が寝付くまでの間、葉月は打ち明ける事ばかり考えていた。

 

 娘の寝息は消えかけた蝋燭のように小さく、しかし、確かに燃える。

 自分も燃えねば、ならない。

 まだ起きている冬生の寝室へ向かい、葉月は鈴虫の鳴き声を聞きながら、これまでの経緯を語った。

 時雨の病状、『雲場村』へ来た本当の理由、余命宣告。

 冬生は口を挟まず、最後まで聞きに徹してくれた。深呼吸と違う深い息を吐き、葉月の言葉を咀嚼しているように見えた。

 

「……よく頑張ったな、葉月さん。本当に大したもんじゃ」

「……うぅ、うっ」

 

 葉月の生き方、思考を軽蔑される。そう思っていたが、違う。

 労わりある笑みと言葉、葉月の肩へ置かれた冬生の手の温かさ。心の氷を溶かす薪の火がくべられたようなジワリとした感覚、胸に沁みた。

 こんな風に気持ちを汲まれるのは何年振りだろうか。

 今だけは時雨の母親ではなく、ただ1人の女として泣いた。

 

「葉月さん、儂と結婚しよう。心から夫婦に成ろうと言うのではない。時雨が儂の娘であったなら、医者の見解も変わるかもしれん。あくまでも、治療費の問題でな。延命する術があるならば、いくらでも出そう」

「……願ってもない……私こそ、お頼みしたい限りにございます。ですが……その前に何故、時雨にそこまでして下さるんですか?」

 

 有難い提案に尻込みし、葉月は無礼と知りつつも問い返す。冬生が秋絵を差し置いて、時雨を跡継ぎに据えようとしている。そんな愚かな誤解をしない為だ。

 途端、冬生は目尻を下げて哀愁漂う。

 

「……妻は突然じゃった。病ひとつせん、儂よりも健康で……最後に言葉を交わした時も……兆候なんざ分からん。検死もさせたが、納得する理由は得られんかった」

!!

 

 言葉少なくとも、亡き妻へ死に目に後悔を感じる。

 葉月は古傷をえぐる行いに聞くべきではなかったと唇を噛み、同時に心打たれた。

 添い遂げよう。心から、死がふたりを分かつまで――。

 

 先ず、誰を置いても時雨に報せた。

 いつもの朝、普段通りの朝餉。

 話を聞いた時雨に動揺が見えず、葉月は不安に思う。結婚に反対かもしれない。

 固く閉じた口の代わりに可憐な目が動き、床の間の絵を見ている。

 冬生の亡き友人が描いた絵画だ。最近、そこに飾られたが葉月は気にしていなかった。

 

「……正直に言うと……そうなったら、嫌だなって思ってた。あたし……お母さんがいれば、十分だもの」

 

 一瞬、躊躇った時雨の言葉に胃が重い。冬生が怒り出さないか、顔色を窺いたくなる。

 それでは駄目だと思い、葉月は時雨にだけ意識を向けた。

 

「今の2人なら、大丈夫よ。お父様、お母さんをお願いします」

「時雨……」

「……っ」

 

 笑顔ではないけれど、時雨は嬉しそうだ。

 冬生も驚いて、彼女の名を呼ぶ。己の娘を呼ぶ、父親の口調だった。

 

「どう? ちゃんと言えてる? 秋絵……お姉様の真似して、何度も練習したの」

「そうか……ああ、言えてるとも」

 

 大人達よりも子供達は既に家族となる準備をとっくの昔に済ませていた。

 葉月は咽び泣き、感謝した。

 家族4人で歩く未来が見えた。やっと見えた。

 

 入籍はトントン拍子に進んだ。

 ご近所さんは勿論、秋絵と春子は電話越しでも賛成し、寧ろ遅いくらいだと祝福してくれた。

 

〈葉月さんが加わって、季節が揃ったって感じね〉

「季節ですか?」

〈ええ、葉月は夏の季語でしょ〉

……ああっ

 

 受話器向こうの春子に言われ、感じ入る。出会った頃から、「私達」は家族であった。

 

 ただ、時雨の病床は今の医学ではどうしようもなかった。

 冬生の使える人脈全てを用いて、都会の医師にも足を運んで貰ったが、これ以上の改善される見込みはないと断言された。

 救いがあるとすれば、ひとつ。緑豊かで電化製品が極端に少ない環境、それが時雨の体を持たせている(・・・・・・)と言うのだ。

 

 ――この村へ来たのは正しかった。

 

 されど、時雨の命は残り僅か。葉月は絶望さえも通り抜けた。

 また、この重大な状況を秋絵に伝えられない。優しい心根の彼女は時雨を憐れみ、心を痛めるだろう。

 何も知らないからこそ、気を遣わないでいてくれる姿勢が崩れてしまう。

 どうか、ギリギリまで伝えずにいられたらと願った

 

 

 2度目の雷祭が終わり、秋絵の友人達が我が家へ遊びに来てくれた。

 明るい子達ばかり。

 特に金田一(きんだいち) (はじめ)はムードメーカーであり、中心的立ち位置とすぐに分かった。

 彼の一挙手一投足が場を明るくする、

 冬生はしきりに金田(かねだ) (いち)と言う少年を気に掛けていた。亡き友人の血筋だと知り、納得した。

 

 子供達が寝静まった夜、葉月は縁側へ腰掛ける。

 時雨の傍には秋絵と友人達が居てくれる為、きっと女子同士で盛り上がっているだろう。

 

葉月さ~ん、一緒にどう?

「春子さん……一杯だけ」

 

 ほろ酔い加減の春子が日本酒を手に隣へ座る。こうやって、酒を酌み交わすのは初めてだ。

 

「前にさ、悪い男に引っ掛からないようにって話っ。覚えてる?」

「は、はい……」

「あれね、にいみさん……金田君のお母さんに感化されたの~。あたし……そん時、ろくでもない奴と付き合って……いや、貢いでてさあ~。あの人と会わなかったら……ま~だ、ソイツに金注ぎ込んでたかも~っ。にいみさん……また会いたいなあ」

「……そうなんですか」

 

 春子の人生観を変えた相手、金田(かねだ) にいみに会ってみたい。葉月も思った。

 

「金田さん、東京にお住まいなら……会える機会はあるでしょう」

「どうかな~……最後に会った時、にいみさん……海外行くかもしれない(・・・・・・・・・・)って。もう行っちゃってるかもね」

「まあ、海外へ? それは金田さんが留学されるから、着いて行かれるとか?」

「ううん、探し物があるんだって。日本はもう行けそうなトコ、行ったし……探す範囲を広げる~って言ってた」

 

 会った事もない人。だけれども、春子の語りから他人事ではない。

 しなければならない。そう思った時、人は無理をしてでも進むと知っている。自分がそうだった。

 感心では足りない。顔も知らない相手は少しだけ、匂いが似ていた。

 違いと言えば、誰かを救ったか、どうかだ。

 

(……その人が春子さんを救ったように、私も時雨を……)

 

 葉月には雑談だったが、春子の証言はとても重要だったと後日、知る。

 

 それ以上に衝撃的な事を目の当たりにした。

 

「……だったら、あたし……金田さんと一緒に回るわ」

「時雨……!?」

 

 金田との別れ際、時雨は自ら来年を約束する。社交辞令など言わぬ為、葉月は口から心臓が飛び出る程に驚いた。

 

「そうか……なら、(いち)君……来年の夏も待っておるぞ。迎えに行ってでも、来させるからな」

「はい、勿論です」

「うん、来年も……待ってる」

 

 落ち着き払い、冬生は金田の肩へ静かに手を置いた。

 それは何かを手渡すような仕草だった。金田が答える前から、もう来年は彼に託されていた。

 冬生の優しさでは済まされない眼差し、少年は静かに頷く。

 来年を楽しみにする純粋さ、その手の重さを受け止める覚悟が入り混じっている。葉月は見逃さず、彼は信じるに値する人だと思えた。

 

「ん……」

「……はい」

 

 念押した時雨は小指を差し出し、金田と指切りする。人と触れ合いをあまり望まない。

 この子は本気で、次の夏も生きる姿を望んでいるのだ。

 これが本音。

 目に涙が浮かび、汗を拭う振りをして隠す。事情を知らぬ子供達に、気を遣わせたくない。

 

「時雨……もしかして、金田君がちょ~っと気になっちゃう感じ?」

「内緒っ」

 

 金田が去った後、からかう秋絵に時雨はじれったい態度。

 姉妹のじゃれ合いを見ながら、葉月はドキッとした。

 まだ、秋絵に伝えていない。遠回しに、時雨が隠し事を責めている気もして来た。

 

「いいんじゃよ、言わんでも。儂もそうする」

「あなた……」

 

 冬生の声に、葉月の胸の奥で張り詰めていた糸がそっと緩む。彼には何気ない囁きでも、勇気を与えられた。

 今、夫も重たい秘密を共に抱いてくれる。その安心に身を委ねるように、葉月は冬生の肩へ体を寄せる。それだけで、心がふっと軽くなった。

 蝉が一斉に鳴きだし、秘密を覆い隠してくれている。

 

 ――来年も蝉が鳴く頃、あの子の笑顔が見られますように。

 

 静かな祈りを風に乗せ、葉月はゆっくりと目を閉じた。

 




にいみ「……閲覧ありがとう。まさかの初登場が次回予告とは……まあ、アタシも春子に……会いたいな。さて、次回は『プールは誰の血で染まる?』。お盆か……精霊馬を作らんとな」

朝木 葉月
金田一が見惚れる美人
原作にて、時雨が受けた仕打ちを知り、冬生を殺害。自首するつもりだったが、武藤のアドバイスを聞き入れてしまう
作中にて、看病による疲労が重なり、藁にもすがる思いで雲場村を訪問した
冬生とは形だけの夫婦だか、家族の絆はあるだろう
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