金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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はじめちゃん達がプールへ行った後の日常回です

誤字報告により修正しました。ありがとうございます


22休 プールは誰の血で染まる?後編

 お盆の時期に関し、東京都でも地域で分かれる。

 ご町内に拘りもなく、金田祖母は元教師故に学校閉庁日へ合わせる人だ。

 (いち)はバイトをアイドルタイムで切り上げ、帰宅したくない鬱々とした気分が纏わりつく。

 氷室(ひむろ)伯父は10年前の旅客機墜落事故で死んでいた。初盆ですらない。玄関先に飾られた白紋天の提灯を他人事のように眺め、溜息を殺す。

 車の走行音に振り返れば、黒のベンツがそ~っと駐車場に入り込む。運転手は黒沼(くろぬま)先生、後部座席には登山家の氷垣(ひがき) 岳史(たけし)氏だ。

 

「氷垣さん、黒沼先生。こんにちは、今日はどうされましたか?」

 

 まさかの来訪に胸が弾み、停車を待つ。

 

「こんにちは、(いち)君。出迎え、ありがとう。焼香にね、お供えは団子にしたよ」

「昼間にこちらへお電話した時、キミはこの時間には帰ると聞いたんです」

 

 穏やかに微笑み、喪服の氷垣氏は丁寧に包装されたお供え物を渡してくれた。

 ベンツから降りた黒沼先生の言葉により、(いち)の帰宅に合わせた訪問と知る。胸の鬱々が晴れ、夏の暑さを忘れる程に心が温まった。

 彼らが居間の仏壇に焼香している間、廊下の電話が鳴り響く。登録されていない相手らしく、(いち)は身構えて受話器を取った。

 

「金田でございます」

〈私よ、御堂 優歌。金田君、今夜は家にいて?〉

「御堂さん……来客中ですので、折り返しご連絡致します」

〈切ったら、インターホン押すわよ〉

 

 御堂 優歌(みどう ゆうか)からの電話にゾワッと背筋が粟立つ。予想外過ぎて切ろうとしたら、聞いた事のない脅し文句を呟かれる。ビビった拍子に子機へ切り替え、玄関の戸を開け放つ。

 誰もおらず、ホッとした。

 

〈クスクス……冗談よ、まだ着いてないわ。そんなに警戒しないで、アナタの伯父様に焼香を上げるだけ〉

「……それは嬉しいのですが……お車でお越しでしたら、駐車する場所がありません」

〈あら、金田君。私だって、タクシーくらい乗れますとも〉

「分かりました……祖母にも伝えます。気を付けて、いらしてください」

 

 からかわれた。ちょっとイラッとしたが、御堂嬢は是が非でも来るらしい。

 通話を切った後、すぐに金田祖母へ耳打ち。氷垣氏との挨拶で綻んでいた笑みから、血の気が引く。どうやら、先日のやり取りで御堂嬢に若干の苦手意識があると見た。

 

「婆さんが青褪めとる……誰かおとろしい人でも来るんか?」

「御堂さんですよ。黒沼先生にもお世話をおかけした……御堂先生のお孫さんです」

「おや、それなら……私達はお暇しよう。確か、御堂 周一郎は金田さんの教え子だった方で……執事の椿さんは弟さんだろう。部外者がいては……(いち)君っ、この手は何かな?」

「フフフ……氷垣さん、(いち)君は引き留めてくれているんですよ」

 

 ギョッとした金田祖父に答えた瞬間、氷垣氏が座布団から立とうとした為に遠慮なく腕を掴む。愉快そうな黒沼先生の説明は非常に有難い。

 

「そうかい……じゃあ、もう少し居よう」

「はい、是非っ。宜しければ……伯父の写真もご覧になってください」

 

 一瞬、考え込んだ氷垣氏はフッと微笑んで座り直してくれた。

 嬉しさと共に以前、氷室伯父の写真を頂いた礼も兼ね、仏壇奥から古いアルバムを取り出す。他人に家族写真を見られたくない金田祖母の眉間にシワが寄っても、無視した。

 

「ほお、氷室君と分かっていても……(いち)君そのものだ。背の高さが違うのは愛嬌だな」

「こうして見ると……兄が母親似、妹は父親似ですか?」

「はい……一聖は私寄りの顔立ちでして。見比べたら、面影がある……その程度です」

 

 ほのぼのとした雰囲気の中、氷垣氏と写真を眺める。黒沼先生の雑談に金田祖母が答え、インターホンに一瞬だけ静まり返る。

 

「お祖父ちゃん、お客様が来ました」

「へいへい、ワシが行きますよって。婆さ~ん、お茶出してや~」

 

 ブ~垂れた金田祖父へ応対を任せた。その間、金田祖母が重い足取りでゆっくりと台所へ向かう。

 (いち)はチラリッと玄関を覗き、作法の整った姿勢の2人組を目にする。1人は予想通り、御堂嬢。もう1人は御堂家の忠実なる執事にして金田祖母の弟、椿(つばき) 陽造(ようぞう)だ。

 一般庶民が着るような黒い衣服。傍から見れば、完全に爺と孫。

 

「突然の訪問、お許しください」

「陽造はんっ、よう来てくれはりました! ほな、こっちは御堂の御嬢さん? 初めまして、金田です~」

「初めまして、御堂 優歌です。では……椿の義兄と言うワケですね。とても明るい方……、金田君そこにいたの」

 

 御堂嬢に見付かり、そっと居間へ引っ込む。スリッパも履かない足音が迫って来た。

 

「お話し中に恐れ入りますが、ご挨拶申し上げます。私、御堂 優歌です」

「これはご丁寧にっ、氷垣です。こちらは私の顧問弁護士、黒沼君だ。お嬢さんとは千葉で会っているね」

「はい、その節は……。お2人ともお変わりないようで」

「黒沼先生、お久しゅうございます」

 

 優雅な足取りで居間へ乱入し、御堂嬢は目上の方々へご挨拶。

 氷垣氏とは初対面だが、黒沼先生との再会に椿大叔父も喜んでくれた。

 御堂嬢が焼香を上げている隙、金田祖母は卓袱台へそっと追加の湯呑を置く。椿大叔父へ一礼し、即座に台所へ引っ込んだ。

 気持ちは分かるが、客人相手に失礼過ぎる。

 

「御堂さんの方は……先生の初盆の準備など」

「ああ、こちらは先月に済ませたわ。そもそも祖父はキリスト教形式だから、初盆も何も関係ないのよ。強いて言えば、ハロウィンかしらね。……お祖母様はご不在?」

「婆さんは迎え火の準備や。時間的にもそろそろや……始めよか。良かったら、皆さんも一緒に火見たって下さい」

 

 神の信仰に厚かった作曲家・御堂(みどう) 周一郎(しゅういちろう)先生、御堂嬢の言い方からしても限られた身内だけで済ませたのだろう。先月は彼の追悼も含めたヴァイオリニスト・(くれ)のコンサートもあり、多忙極まっていた。

 御堂嬢がキョロキョロと金田祖母を探し、金田祖父はやれやれと重い腰を上げる。

 迎え火と聞き、胸の奥へヒヤッと冷たい緊張感が疼いた。

 

(いち)様、宜しいのですか? さとみ様やお父上、残間の親族もおいでになっておりませんが……」

「はい、読経もありません。白紋天を飾る程度に留めおこうと決めていました。氷垣さん達には、以前から知らせてありました」

「そう……なら、来て良かったわ。そこから、庭に出られたわよね? 履き物はあるかしら、借りるわ」

 

 椿大叔父の疑問に答えた瞬間、御堂嬢は勝手に窓を全開。踏み石のサンダルを履き、素早く庭を抜けた。

 玄関先にて、送り火の支度中だった金田祖母の小さな悲鳴が聞こえた。

 

「……行動力のある子だね」

「ええ……自分も驚いています」

(いち)君も縁側から行く?」

 

 殊更、可笑しそうに氷垣氏は肩を揺らす。黒沼先生にそう言われても、サンダルを取られた為に玄関へ行くしかなかった。

 既に開いた玄関の戸、屈んだ金田祖母に御堂嬢は寄り添う。金田祖父は万一の為、水の入ったバケツを用意していた。

 ほうろく皿に麻幹(おがら)を重ね、(いち)はマッチに火を着ける。マッチ棒の微かな火を束へ落とし、徐々に燃え上がった。

 白紋天の提灯へ火を灯し、一先ずの形になった。

 

 ――パチパチパチッ。

 

 飛び火する音。揺らめく炎が座った姿勢よりも高くなっていく。金田祖父母、椿大叔父、氷垣氏は手を合わせ、目を伏せての合掌。老人達の口は動かずとも、読経が聞こえた気がする。

 (いち)も手を合わせ、瞼を閉じる。

 炎の明るさ、弾ける音、温もりをより強く感じる。されど、氷室伯父の魂めいた存在は感じなかった。

 虚しさに瞼を開き、周囲を見渡す。黒沼先生と御堂嬢も合掌してくれていた。

 

「ねえ、ピアノを弾いて下さらない? 今、アナタの弾きたい曲を聴かせて」

「……はい」

 

 御堂嬢の静かな声でせがまれ、(いち)は迎え火を大人達に託す。誰も止めないのは炎を見届けるだけの時間、若者には退屈だと気を利かせたつもりだろう。

 ピアノの部屋を目にし、御堂嬢は感嘆の声を上げる。庶民が持つには防音構造がしっかりしており、古びたオルガンと新しいアップライトピアノで音域を変えた連番も可能。

 ピアノは御堂先生からの贈り物だとまだ彼女に教えていないが、話す気もない。

 鍵盤に触れながら、椅子へ座る。脳裏に浮かぶのは雄大な自然の尾高山だ。

 間を置かず、指先が滑らかに鍵盤を叩く。誰の物でもない自分の指使いが旋律を奏でる。

 

「ブラームスの……『交響曲第2番 二長調』」

 

 御堂嬢のご推察通り、別名『ブラームスの「田園」交響曲』。

 山ではなく湖を連想させる曲だが、あえて選ぶ。迎え火を消してしまいそうな水の調べが耳を打ち、荒れ狂う吹雪に代わり、指の動きが加速する。第一楽章を弾き終え、ドッと疲れた。

 

「乱暴な弾き方ね……でも、良いと思うわ。アナタの心が込められているもの」

「……褒められた気がしませんね」

「素直に受け入れなさい。じゃあ、次は第二楽章」

!! 結局、リクエストするのですか……」

 

 感慨深げに感想を述べ、御堂嬢は容赦なく次を求める。鷹揚な態度に御堂先生の血筋を感じた。

 結局、第四楽章まで弾かされた指は攣る。額も首筋から汗だくである。自分の指使いで伴奏した為だろうか、疲労感に応じた満足な気分を味わえた。

 

 麻幹(おがら)が燃え尽きた頃、陽は落ちる。

 客人達は消火と片付けまで付き合ってくれた。

 

「今日はありがとう。(いち)君のピアノも聞けて、嬉しかったよ。コンクールの時みたいにクリスティーンとしての伴奏も素晴らしかったが……ブラームスを弾いてくれた音色はキミらしくて……凄く良いっ」

「はいっ、自分も……氷垣さんに褒められて嬉しいですっ。黒沼先生、またご連絡いたします。おやすみなさい」

「おやすみ、(いち)君。金田さん、お邪魔しました。椿さん、御堂さん。この場で失礼します」

 

 微笑んだ氷垣氏に演奏を褒められ、素直に喜ぶ。彼がベンツの後部座席へ乗り込んでから、黒沼先生は律儀に1人1人へ挨拶した。

 発進したベンツが見えなくなり、物悲しい。

 黒沼先生にはまた会うが、氷垣氏は滅多に会えない。もっと彼らと話したかった。

 

(氷垣さんを背氷村に誘いたいし……冬の『雪稜山荘』へ一緒に行けたら……)

「金田君、聞いてる? 私もこれで失礼するわ」

 

 御堂嬢に肩をツンツンされ、ビビる。

 

「泊まってったらええやん。陽造はん、ワシと背丈変わらんしぃ。寝間着、貸しまっせ」

「お気持ちだけで十分にございます」

「そうよ、あなた。陽造は忙しいんですからっ」

 

 陽気な金田祖父は椿大叔父を引き留め、丁寧に断られる。すまし顔な金田祖母の言い分は尤もだが、教え子の孫にお帰り頂きたい気持ちが駄々洩れであった。

 

「御堂さん、タクシーは呼ばれたのですか?」

「駅まで歩くわ、そんな気分なのよ。……それでは金田先生、今度はゆっくりとお話しましょう♪」

「……前向きに検討致します」

「婆さん……露骨やて。陽造はんも気ぃ付けや」

「お気遣いありがとうございます。(いち)様、またお会いしましょう」

 

 フフフッと笑い、御堂嬢は思い付いたように道へ踏み出す。椿大叔父は懐から懐中電灯を取り出し、薄暗くなった周囲を照らした。

 予め、夜道を歩くと想定していたらしい。流石だ。

 彼女達が去りゆく姿を眺め、金田祖母はようやく落ち着く。かと思えば、廊下の電話が鳴る。父・残間(ざんま)の兄つまりは伯父からだ。

 明日にでも訪問し、焼香を上げると告げられた。法要もせず、親族も集まらない予定だった為、正直に驚いた。

 

「……一聖の為に時間割いてもろうて、嬉しいな。(いち)っ」

「……そうですね」

 

 受話器を置いた金田祖父は感慨深げに呟き、嬉し涙が零れた目尻を拭う。(いち)は涙も流せないが、残間(ざんま)伯父の気遣いを喜んだ。

 

 

 閉庁日明けの土曜日、野球部の2回戦敗退により夏の大会終了。そんな話で盛り上がる中、また遠野(とおの)先輩の姿はない。

 

「ちわ~す、金田……ちょっとイイか?」

「……はじめちゃん、おはようございます」

 

 代わりに姿を見せたのは金田一(きんだいち)

 凡そ、執行部活動に縁の無いお調子者が生徒会室を覗き込む。その場に居合わせた庶務や会計は勿論、副会長もビックリ仰天。お土産に配ろうとしたお菓子箱を床へ落とす。

 

「そんな天変地異の前触れみてぇ~な態度、照れちまいマスって~っ。んじゃあ、金田……借りて行きやす」

「照れている様に見えませんね、はじめちゃん。どうされましたか? 保健室はここではありません」

 

 大げさな反応に苦笑いしつつ、金田一(きんだいち)は嘘臭く照れたフリ。そんな彼の背を押しながら、(いち)は努めて冷静に話そうと廊下へ出た。

 

「お前が一番、失礼だわ!! オッサンが呼んでんだよ……って、早!! ちょっと待っ……金田、昇降口!」

(剣持さんが学校に来てる! 何だろ、何だろ♪)

 

 ブ~たれた金田一(きんだいち)にツッコまれ、用件の半分も聞かぬ内にダッシュ。剣持(けんもち)警部が校舎にいる情報に心躍り、下駄箱へ急いだ。

 切望した相手だけでなく、オマケの七瀬(ななせ)村上(むらかみ) 草太(そうた)もいた。ス~ッと高鳴った心を静めた。

 

「金田君、また廊下走ってる……」

(金田、俺と目が合うまで……スッゲェ~ハイテンションだったよな。警部とど~いう関係?)

「やあ、(いち)君。そんなに慌てて来んでいいぞ、金田一(きんだいち)はどうした?」

「皆さん、おはようございます。はじめちゃんなら、すぐに来ますよ。しかし、珍しい組み合わせですね。何の集まりですか?」

 

 剣持警部と挨拶しながら、2人にも会釈。何気なく問えば、苦笑した彼らはあからさまに目を逸らす。

 

「な~に、ここの生徒が怪我したんでな。コイツらはその目撃者だ」

「それは……我が校の生徒が大変お世話になりました」

 

 捜査一課が出張るなら、生徒を怪我させた相手とやらは高校生ではない。剣持警部の言い方からも、傷害事件へ発展したと察す。それにより、桜恵大学・医学部で行われた不正や恐喝の事実が明るみになった。

 そこに高校生達の人知れぬ活躍があったと、世間は知らぬ。

 

「七瀬さん、こちらをどうぞ。ミステリーナイトのお知らせです。ミス研の活動に役立てて頂ければっ」

「あら~♪ 金田君、ありがとうっ。うわあ、これなんか『アフロディア』も協賛してるのね……って、期間過ぎてる。こっちのバルト城は時期的に、地区大会と被りそう……」

 

 忘れない内にチラシの束を七瀬へ託す。彼女はパアッと表情を明るくし、興味津々に受け取った。早速、イベント情報を拝見してはブツブツとうるさい。

 

「……金田もミス研だっけ? 金田一(きんだいち)っ」

「演劇部だよっ、草太もコンクール観に行ったろ? 俺にも見してみ。へえ、美雪の好きそうなのばっか」

 

 困惑気味の村上に誤解されても、すぐに金田一(きんだいち)が訂正してくれた。

 

「ほお、ミス研の為に探して来たのか。(いち)君は気配り上手だな」

 

 剣持警部に感心され、(いち)はご満悦。

 

「早速、桜樹先輩にも教えなきゃ。っとそうだわ。金田君、月島さんの退院日だけど、来週の金曜日になるだろうって。あたしも行くから、金田君も行きましょうっ」

「……七瀬さん、自分達が行く意味あります? 病院の方々にも迷惑をおかけしますよ」

「何言ってるの、金田君。全然、迷惑じゃないわよ。英子さんもOKしてくれたわ」

(……英子さん、え~と……七瀬さんの知り合いだっけ? ……虎元さんにも会えるかなあ、会いたいなあ)

 

 七瀬からの嬉しい情報にホッと胸を撫で下ろす。しかし、退院のお迎えは原則としてはご家族のみ。自分達は月島(つきしま)にとって、ただの部員仲間だ。

 だが、聖正病院責任者の了解を得ているなら、不安はない。

 

「分かりましたよ、七瀬さん。現地集合ですね」

 

 それに七瀬の性格なら、承諾するまで話を終わらせない。剣持警部との時間が短くなってしまう。早く彼の用件を聞きたかった。

 

「やった♪ 待ってるからね。はじめちゃん、ミス研の部室に行こっ。夏休みに入ってから、1回も顔出してないでしょ」

「ええ……俺も? バイトで忙しかっただけなのによ~」

「じゃあ、俺が行くわ。まだ七瀬さんと話すコトあるしっ」

 

 上機嫌な七瀬は早速、上履きへ履き替える。呼ばれた金田一(きんだいち)が面倒そうに眉を寄せれば、村上は誘われてもいないのに同行を望んだ。

 途端、金田一(きんだいち)の表情が不機嫌になる。彼の分かりやすい反応に苦笑いを噛み殺し、剣持警部を見やった。

 

「剣持さん、自分を呼んだ理由はなんでしょうか?」

「ああ、その事なんだが……ほらほら、部室に行くんだろ。行った行った!」

 

 聞き耳を立てる3人は剣持警部の手振りで追い払われた。

 

「なんだよ、オッサン! その態度~」

「はじめちゃんったら! それじゃあ、剣持警部。色々とありがとうございます」

「……ありがとうございました。刑事さん……失礼します。なんだ、金田一(きんだいち)。結局、来んの?」

「もうちょい、人のおらんトコで話すか」

「はいっ、剣持さん」

 

 邪魔者……もとい同級生を見送れば、剣持警部と2人きり。いつ振りだろうと顔のニヤけが止まらない。

 人気のない駐輪場、剣持警部は頻りに周囲を警戒した。

 

「……大きな声では言えんが、恥を忍んで頼む。(いち)君の別荘に泊まらせてくれ!

「……へ?」

 

 小声だが、力強い頼み方。まさかの相談にポカ~ンッと呆けてしまう。

 詳しく聞けば、剣持夫婦結婚15周年の記念すべき旅行先に激しくお悩み。一度はクルージング船に決まったものの、奥方の剣持(けんもち) 和枝(かずえ)は航路を嫌がったそうだ。

 

「何でも……そこは2ヶ月くらい前、無人の客船が深夜に動いたっていう目撃情報があってな。その船は元々、去年に船長が不慮の事故で亡くなって、勝手に動き出すって怪談まであったそうだ。刑事の女房が眉唾な話を鵜吞みにすンなとは言ったんだが、旅行中にその船と遭遇したくないだあ……すっかり、怯えちまってよお」

「……あのお、剣持さんもご存じでしょうが……自分の別荘は事件現場(・・・・)ですよ」

 

 幽霊船など不吉の極み、記念旅行に影を落とすだろう。だが、背氷村の邸宅は剣持警部も捜査した殺人事件が起こった場所だ。

 

「いんや、そこは女房も大丈夫。……本当の事が分かっているから、安心できるんだよ」

「……成程、分かりました。……父にも連絡してみます。鍵の管理をしていますから……」

「よっしゃあ、恩に着るぞ♪ そんじゃあ、俺と連絡交換しとくか。勤務中は出れん事が多いんで勘弁してくれ」

(ヤッタ~!! 剣持さんの電話番号ゲットだぜ!!)

 

 自分は氷室伯父の関連でもない限り、事故物件はお断りしたい。

 だが、剣持警部たっての頼みは勿論、断らない。ニッコニコの彼から携帯電話番号が書かれたメモを渡され、(いち)は感激を通り越して幸せな気分に浸れた。

 

「代わりと言っちゃなんだが、コレをやろう。女房が商店街の福引で当てたクーポン券だっ。本当はペアチケットなんだが、1枚は七瀬君に渡してある。ミス研のメンバーに渡すとか言ってたぞ」

「『小笠原諸島へ夢のクルージング8日間』……時期的に夏休み最後の楽しみですか。ありがとうございます。剣持さんの分身みたいに、大切にします」

 

 ついでに贈られたチケット、少し煙草の匂いが染み込んでいるのは剣持警部のポケットに入れてあった為だろう。ラブレターを頂いた心地で抱き締めた。

 何故か、剣持警部は瞑想したまま、ノーコメントを貫いた。

 

 バイトを終えて帰宅した時、残間へ連絡する試練に気付いてゲンナリ。

 だが、玄関に見慣れた靴がそんな憂鬱を吹き飛ばす。上機嫌に居間へ突入すれば、画家の小林(こばやし) 星二(せいじ)画伯と金田祖父は将棋を差す。珍しい光景だ。

 

「お帰り、(いち)君。夏休みなのにご苦労様。王手っ」

「あっか~ん! お帰りぃ……(いち)っ」

「ただいま……」

 

 金田祖父は文字通りに打ちのめされ、畳へ突っ伏した。ちょっと面白かった。

 麦茶を出した後、(いち)と小林画伯は2人だけになる。何故なら、彼は唐突に仕上げた作品を見せようとする。猟奇的な画風から金田祖父母は逃げたいのだ。

 (いち)も苦手だが、見せてもらえるのは嬉しい。

 

「おい、婆さん。萬屋病院の院長、逮捕されよったでっ。息子が轢き逃げして、パクられたき。昨日の今日で逃亡先が割れたとっ」

「よく……今まで逃げ切れたもんだわ」

 

 台所にあるTVニュースを見ながら、嫌な会話も聞こえる。煩い為、襖を閉めた。

 

「焼香に来てくれたのですか?」

「うん、送り火を焚くだろう。手を合わせるくらいはしたくてね」

 

 無表情だが、垂れ下がった目尻に哀惜を感じる。気遣いが嬉しくて、頭を下げた。

 

「ついでになるけど、(いち)君を旅行に誘おうと思ったんだ。……コレ、モニターツアーに選ばれてね。付き添いも自由らしい。どうかな?」

「……観月旅行株式会社って、あんな酷い目に遭ったのですよ。小林さん、行っても大丈夫なのですか?」

 

 上質な封筒の社名を見た瞬間、背筋に冷気が走った。

 

「そりゃあ、この会社は企画するだけだしね。さっき言ったようにモニターだから、タダ同然なんだ。場所も長野県赤根山中のキャンプ場、リゾート村って言った方がいいかな……断る理由はないよ」

(また長野っ)

 

 大勢が命を落とし、生き残った小林画伯も後遺症とも言える水恐怖症に陥らせた。豪華客船オリエンタル号を操縦したのは東亜オリエント海運、事故の責任は相手側の竜王丸にあると裁判の判決も出た。

 それでも、観月旅行会社に不信感を抱くのは当然だ。

 

(いち)君、そんな顔をしないで。僕は竜王丸の船長さんを恨んでないよ」

「……生き残ったKもですか?」

 

 犠牲者の多さから竜王丸側の唯一の生存者に配慮がなされ、イニシャルと思しき「K」と報道された。

 行方不明者・亡くなった方々は全員、新聞や雑誌に名を連ねた。

 生存者も何名か、取り上げられたが、小林画伯の名は載らなかったと記憶している。

 

「K……ああ、加納 達也だね。うん、ないよ。彼は裁判でしっかりと証言してくれたし」

「……加納と言うのですか? Kって人。小林さん、どこで……」

「言わなかった? 僕、裁判の傍聴に行ったんだよ。そっか、(いち)君のお母さんにしか言ってなかったっけ……」

(初耳……と言うか、よく傍聴席に座れたもんだ。……加納か……)

 

 あまりにもあっさりした態度、小林画伯には過去となっていた。ああ、羨ましい。

 それに「K」の本名がどこぞの女優を連想させ、(いち)は不愉快だ。

 

「モニターツアー、いつですか?」

「来週の週末から、4泊5日っ。学校には十分、間に合うよ」

「予定……あります」

「そっか、残念だ。突然だったし、仕方ないね」

 

 気を持ち直して聞けば、タイミングの悪さ。

 残念がる小林画伯にも旅行を断念させれば、良かった。何故、そうしなかったのだろう。

 

「お詫びと言っては何ですが、来月の北海道に行きませんか? 函館にある異人館ホテルでミステリーナイトがあります。何でも髪や服が真っ赤な『赤髭のサンタクロース』が現れるそうです」

「9月って、夏のミステリーナイトなのに? サンタクロース? ……良いね、行こう。僕も偶には多岐川さんみたいに知恵を使おうかなっ」

「! ありがとうございます。まだ抽選結果は来ていませんが、申し込みは済んでいます」

「そっか。仮に(いち)君しか、チケットが取れなくても……僕は北海道に付いて行くからね」

 

 罪悪感に胸がチクチクと痛み、断っておきながらも誘う。一瞬、悩んだ小林画伯はミステリーナイトの内容にも惹かれ、約束してくれた。

 旅行予定がまた増え、出費も痛い。彼と過ごす時間はそれ以上の価値がある。

 だから、来月の旅行は楽しみだった(・・・)

 まだチケットの結果も分からない状態さえ、楽しんでいた。




千吉良「澪で~す♪ 萬屋病院、マジさいあくなんだけど~。あそこのせいで、うちのパパも同類に見られてんのよ。本当、親の職場に迷惑かけるとかマジないわ。さて、次回は『プールは誰の血で染まる?‐萩野』……あたしがメインじゃないの!?」

村上 草太
恋のライバル的な立ち位置だが、やってるコトは金田一のツッコミ役
「そんなの調べてどうすんの?」と読者の代弁者にもなってくれる
作中にて、弁護士の親がオリ主・父親の顧問弁護士(オリ主と草太はその事実を知らない)

氷垣 岳史
雪霊伝説殺人事件ゲストキャラ

椿 陽造
悪魔組曲殺人事件ゲストキャラ

剣持 和枝
飛騨からくり屋敷殺人事件より、登場

小林 星二
悲恋湖伝説殺人事件ゲストキャラ。作中にて、生前の氷室画伯と交流があった
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