金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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病院ではお静かに、今回はそう言う話です


25休 【亡霊学校殺人事件】も千葉で・後編

 雲ひとつない空の下、アスファルトの駐輪場は蒸し暑さを放つ。

 空調の効いた病院のロビーへ入りたいが、不動高校の演劇部は外で耐える。他の来院者の迷惑にならぬ為だ。

 同じ組の神矢(かみや)月島(つきしま)の退院する正確な時間を知らず、駐輪場が開門されてから待機。彼みたいな部員は意外と多く、完全に我慢大会モードだ。

 (いち)は部長の布施(ふせ)先輩より遅れてしまい、怪しい集団からちょっとだけ距離を置いた場所に立つ。

 

(辞めるタイミング……どうっすかなあ)

 

 退部しようと決めたが、ズルズルと今日を迎える。中途半端な自分がここに居ていいのか、段々と疑問は気まずさに変わり、暑さ以外で汗が滲む。

 持ち込んだ『春の枯れ葉』の台本を何度も捲った。

 自動ドアから先に顧問の緒方(おがた)先生が現れ、ダラけた皆の態度は引き締まる。そろそろ、月島が来ると察したからだ。

 

「金田君っ、こんな時まで……台詞合わせ?」

「いえ、時間潰しです」

 

 緒方先生に声をかけられ、(いち)も背筋を伸ばす。彼女はいつもの態度から、退部宣告は忘れ去られている。過去に書いた退部届もあるし、口頭で伝えてやってもいいだろう。それ程、イラッとした。

 

「あら、七瀬さんは? 誰か、知ってる?」

「昨日まで千葉へ行くと聞いてますっ。帰りが遅れているのかも……」

(……本当だっ、いなかったわ~)

 

 部員の顔触れに緒方先生が問えば、神矢はすぐ答える。それを聞き、今週の生徒会執行部に姿がなかったと今頃になって気付いた。

 

「遅くなりました~!! はじめちゃん、早く!!」

「ちょ……待っ……、美雪。まだ月島、いないって……」

 

 張り裂けんばかりの声が耳を打ち、七瀬(ななせ)金田一(きんだいち)が必死に駆け込んでくる。漂っていた緊張感が緩み、クスクスと笑い声が湧き起る。

 

「おせ~ぞ、金田一(きんだいち)!」

「ど~せ、金田一(きんだいち)を引っ張って来るのに手こずったんだろ。美雪ちゃん、人が良いからっ」

「まあ~まあ~、ヒーローは遅れてくるもんだよ~」

 

 有森(ありもり)が親しげに金田一(きんだいち)へ手を振り、遅刻を許す。布施先輩も呆れただけで、怒っている気配はない。仙道(せんどう)は名探偵の孫へ敬意すら、込めた。

 

「よく分かってるじゃない、仙道君っ。お待たせ~!」

 

 自動ドアが開いた音と共に凛とした声。

 月島の左顔面を覆う包帯はそのままだが、人を惹き付ける笑顔は健在だ。違いがあるとすれば、少しだけ痩せたように見える体格くらい。

 彼女の声を聞き、コンクールのひと時を思い返す。

 大歓声の拍手、照明の熱、自分の手の温度。

 それら全てが今も胸の奥に残り、高揚感に笑みが浮かぶ。

 皆が思いも思いに月島へ語り掛ければ、そこへ月島(つきしま)先生も聖正(きよまさ) 英子(えいこ)と共に自動ドアから出て来た。

 

「こらこら、こんなところに固まるなよ。おっ、キンダ二コンビも来てくれたか♪」

「「キンダ二コンビ!?」」

 

 集まった生徒へ注意した直前、月島先生からとんでもない呼び名で呼ばれる。(いち)金田一(きんだいち)はショックのあまり、硬直した。

 キンダイチはともかく、カネダは欠片も残っていない。

 

「随分と大所帯ね、美雪」

「はい、月島さんは演劇部の……ヒーローですから」

 

 聖正女史と七瀬の会話にしっくりくる。

 月島は生まれながらのスター性を持ち、舞台に上がる演者と言うだけではない。

 彼女は『怪人(エリック)』を演じ、ヒーローに成ったのだ。

 

「そっか……そうよね、ヒーローには会いたいもの。邪魔しちゃ悪いし、私はここで失礼します。月島さん、お大事にっ。ちゃんと紹介した病院に通ってね。お兄さんも体調管理を怠らない様にっ」

「はい、英子さん。色々とありがとうございました」

「心に刻みます……はい」

 

 聖正女史に念押しされ、月島兄妹は低姿勢でお辞儀する。

 

「なあ、金田……俺が来る意味あんの? もう演劇部じゃねえんだけど……」

「はじめちゃん、見届けてください。月島先生の為に……」

 

 金田一(きんだいち)(いち)の肩へもたれかかり、妙にしおらしい。もっと言い換えるなら、彼らしくない。

 ぞろぞろと月島先生の車まで付き従い、別れが迫る。

 部員達、特に仲の良かった音響係や衣装係は「元気でね!」「また連絡してよ!」と月島の手を握った。

 

「皆、冬子の為に……ありがとう。金田、金田一(きんだいち)、お前達も元気でな」

「はい、月島先生。……冬子さん、どうか、お元気で」

「うっス」

 

 目に涙を滲ませ、月島先生は2人へ別れを告げる。心臓がギュッと締め付けられ、まさに月並みな言葉しか出て来なかった。

 語彙力のなさが情けない。

 

「さようならは言わないよ、絶対に会えるからっ」

 

 後部座席のドアノブへ手をかけ、月島は笑う。

 いつも通り明るくて、眩しい。真夏の太陽に負けない輝きを放つ。けれど(いち)には、ほんの一瞬だけ、その笑みに揺らぎが見えた気がした。

 新しい土地、新しい学校。彼女も不安じゃないはずがない。 それでも、最後まで弱音を吐かなかった。

 見送りに来てくれた皆の為、月島はスターであり続けた。

 ドアが閉まる音が空に響き、舞台の幕引きを感じる。でも、誰も席を立とうとはしなかった。

 エンジンがかかり、車がゆっくりと動き出す。月島は窓越しに、もう一度手を振った。

 誰に対してか、知らぬ。皆、必死に手を振り返す。(いち)も腰元で手を動かし、月島の潤んだ唇の動きを確かに見た。

 

(またね、クリスティーン……かな? 月島さんらしいや)

 

 芝居は終わっても、役どころは変わらぬ。きっと月島にとって、(いち)はずっとクリスティーンのままなのだろう。

 それを喜ぶべきか、悲しむべきか、判断出来ない。

 彼女にはこれからも会う。舞台の上に立つ姿も見る。今はただ、目頭の奥が熱くなるのを感じていた。

 

「美雪、喉、乾いた~。自販機でジュース、買っちくり~」

「ええ? もう、はじめちゃん。この雰囲気でよくも……そんな事、言えるわねえ」

 

 何の情緒もなく、金田一(きんだいち)は七瀬へもたれかかり、ジュースをせがむ。そんな彼に呆れた声が次々と上がったが、(いち)は別れの涙を誤魔化せた。

 

「ここまで来ると感心するわ、マジ」

「自販機って、中に入らないとないだろ」

「オレ、買って来るよ~」

 

 有森がふう~っと息を吐き、目を凝らした布施先輩は自動ドアの向こうを見通す。仙道が自ら買い出しを名乗り出てくれた。

 

「フフッ、金田一(きんだいち)君らしいわ。はい、コレ。ジュース代よ。アナタが皆の分も買って来て」

「……緒方先生……なんか、俺に怒ってんスか?」

「……はじめちゃん、自分も一緒に行きます」

「あっ、あたしも! ほら、行くわよ。はじめちゃん」

 

 豊満な懐から財布を取り出し、ニッコリな緒方先生は5千円札を金田一(きんだいち)へ渡す。

 部員全員の缶ジュースなど到底、1人では持てない。

 (いち)はそっと5千円札を抜き取り、金田一(きんだいち)よりも先にロビーへ行く。慌てて七瀬も付いて来た。

 

「……何で、金田は……金田一(きんだいち)を「はじめちゃん」って呼んでんだ?」

「ホントだっ。オレも今、気付いた~」

金田一(きんだいち)がOKしたんだろ。俺も前に「修さん」って呼んでいいか、聞かれたし……断ったけどっ」

「呼ばせてやれよ、神矢」

 

 布施先輩のどうでもいい疑問からそんな会話に発展していると知らず、自販機を探す。

 

《本日はたくさんのゲストの方にお越し頂いております。心霊研究家、首木 友郎さんです》

《お招きに預かり光栄です。特に、谷河 クリスティーナさんとお会いできて……》

 

 以前より、大きな画面のテレビ。心霊特集の声がロビーに響き、行き交う人の足を止める。邪魔にならないように、そ~っと避けながら進む。目的地が遠く感じた。

 

「なんか……人が増えてねえ? 患者もそうだけど……受付なんて1人のオバチャンがの~んびり座ってたぜ。今じゃあ、3人もいるっ」

「ああ、それは萬屋病院から流れて来た人達よ。ほら、5月に院長が病院の運営資金を持って夜逃げしたってアレっ。いきなり、置いてきぼりになった患者さんや職員さんをここで何人か、受け入れたんですって」

「その元院長、無事に逮捕されていましたね」

 

 自販機のボタンを押しつつ、金田一(きんだいち)は疑問を呟く。パッと思い付いた七瀬は取出口から缶を取りながら、小声で事情を説明していく。不意に報道を思い返し、(いち)はため息を殺す。

 聖正病院はかつて、大勢の患者を死なせた『死神病院』として恐れられていた。しかも、騒動の元凶が4月に殺害され、惨たらしい事実も明かされた。

 いくら、行きつけが閉院したとは言え、『死神病院』へ移る事を余儀なくされる。そんな患者の気持ちを思えば、それだけ生にしがみつく必死さに心打たれた。

 

「……そちらの跡取りさん、……轢き逃げ事件を起こしていましたね。相手は誰だったのでしょうか?」

「そう言えば……被害者の報道はなかったわね。はじめちゃん、知ってる?」

「俺が知るワケないだろ」

 

 (いち)は自販機のお釣りを回収、七瀬が部員数と缶の数を確認。それを3人で均等に抱えた。

 

《赤いちゃんちゃんこに関する霊は強い怨念が込められています。絶対に関わってはならないっ。私の守護霊がそう言っているっ》

(お♪ 岩屋 菊之助だっ)

「うおっ、金田……いきなり止まんなよ。げっ、よりにもよって心霊特集~!! って、玲香ちゃんじゃ~ん♪

「はじめちゃん、うるさいっ」

 

 ロビーに設置されたTVを通り過ぎようとした時、聞き慣れた声。

 (いち)はTV画面に熱中する。金田一(きんだいち)は最初こそゲンナリしていたが、お目当てのアイドルもスタジオにいると知り、ハイテンションだ。七瀬のジト目を物ともしない。

 

《あたしは……幽霊と言う者が存在するなら、話だけでも聞いて上げたいと思います》

《速水さん、それは良くないっ。見える・聞こえると霊に知られてしまえば……》

 

 3人は画面に釘付けだった。

 

「なんだよ、このジ~サン。玲香ちゃんの言う事にケチ付けやがって、幽霊なんて非科学的なモンいるワケねえだろってぇ~」

「……はじめちゃん、非科学的なんて言葉……ご存じなのですか?」

「ププッ!! 金田君ったら、はじめちゃんだって知ってるわよ……」

 

 腕に抱えた缶ジュースの存在は忘れていないが、つい見入ってしまう。時折、通りすがる人々は多く、気に留めなかった。

 

《彼らは親切にしてくれる人へ容赦なく、助けを求めてくる。本人に力があるなし関係ないっ。それどころか、何もしてくれないと分かれば……逆恨みを》

金田一(きんだいち)っ」

うわああ~っ!!

「「!?」」

 

 緊迫した声に聞き入っている間、金田一(きんだいち)の肩がポンッと叩かれる。唐突な悲鳴がロビーに響き渡り、一気に注目の的。困惑と煩わしさ、奇異と心配の視線も混ざっている。

 

「ビックリした……金田一(きんだいち)、叫び過ぎだろ」

「千家かよ! もう……脅かすなってぇ~。罰として、荷物持ちな」

「はじめちゃんが勝手に驚いたんじゃない! ……恥ずかしい

 

 整った顔立ちに額の黒子、2年5組・千家 貴司(せんけ たかし)

 安心した金田一(きんだいち)はふぃ~っと力を抜き、手にした缶を千家へ押し付ける。プリプリッと怒る七瀬も怖がっていた気がする。

 

「千家君、こんにちは。お怪我は大丈夫ですか?」

 

 (いち)も少しだけ、ビビった。それより、千家の腕にある包帯が気になった。

 

「これ? 大した事ないよ、もう瘡蓋になってる。タップリ、慰謝料貰ったし」

「千家! 金田には何も言ってねんだよ」

 

 包帯について問えば、品行方正の千家はニヤリと口元を歪める。『慰謝料』を得るまでの苦労が見えたが、何の事かサッパリ。

 慌てた金田一(きんだいち)がさっと窘め、(いち)は先日の「不動高校生が怪我をした」件へ行き当たった。

 どうやら、千家が被害者らしい。

 

「また金田君だね。ここでハシャグもんじゃないよ」

「虎元先生っ、すみません。ほら、はじめちゃんも謝ってください」

「金田……美雪みたいな言い方すんなよ、すいませんした……」

 

 ぬっと現れた大きなマスクで口を隠した医師、虎元(とらもと) 勝男(かつお)先生に注意される。顔見知りの(いち)がいる為、かなり優しい口調だ。

 金田一(きんだいち)と一緒に頭を下げた時、クスクスと笑う声がする。

 

「クスクス、相変わらず……面白いのね。金田一(きんだいち)君」

「水沢じゃん、久しぶり。初詣以来だなあ……なんでここに?」

「あれ? そっか……はじめちゃん、なかなか来ないから……知らなかったっけ……」

 

 髪を肩まで伸ばしたパジャマ姿の女子が虎元先生の後ろから、ひょっこりと顔を出す。金田一(きんだいち)のからかいを余所に七瀬は呟いていたが、(いち)は初対面だ。

 

「金田君も初めて会うかな? 水沢 利緒ちゃん、千家君の彼女よ」

「俺の自慢の彼女です♪」

「貴司の彼女で~す♪」

「……金田と申します」

 

 七瀬に紹介された途端、千家と水沢(みずさわ) 利緒(りお)はお互いの手を握って熱愛アピール。眩し過ぎて、目を瞑ってしまった。

 

「知ってる、眠り姫の人。アナタがいつ起きるか、ちょっと話題になったよ」

「まさかの姫かよ……金田」

「……初耳です」

 

 親しげな水沢の態度から、知らん間に広まった名称を知らされる。金田一(きんだいち)が何とも言えない顔をしたが、(いち)だって反応に困った。

 そして、彼女は少なくとも、6月末から入院していると察した。

 

「金田君って、もしかして……二神先生の知り合いだったりする?」

「二神先生、はい……そうです」

「……金田君、交友関係は選びなさい」

 

 水沢に興味深く問われ、(いち)は素直に答える。今度は虎元先生が何とも言えない顔になった。

 

「虎元先生ったら。前にも言いましたが、二神先生は……」

「キミ達、友達を待たせていいのかい?」

「おう、そうだった。ありがとっス、先生。じゃあな、水沢。千家、借りてくわ」

「またね、利緒ちゃん」

「失礼します」

 

 水沢はわざとらしく怒れば、虎元先生は余程、話を逸らしたいのだろう。彼はジュースを指差し、金田一(きんだいち)と七瀬は慌てる。(いち)も急いだ。

 

「貴司、気を付けてね」

「ああ、分かってる」

 

 水沢と千家は短い言葉でも、想いが伝わり合っている。彼に缶ジュースを持たせてしまった事が申し訳なく、思えた。

 

「金田、金田一(きんだいち)から聞いただろうけどっ。俺もコンクール、観に行ったんだぜ。最初、ヒロインが金田とは思わなくて……全然、出番ないって思っちまった」

「千家君にそう言ってもらえるとは、役者冥利に尽きます」

 

 すっと追い付いた千家から称賛され、(いち)は素直に照れる。しかし、彼が演劇コンクールの観劇に来たとは初耳だった。

 

「来月もコンクールに出るのよ、あたし達。千家君も……良かったら、観に来てね。はじめちゃんもっ」

「え~、俺は忙しいからなあ~」

 

 ただ、来月の話になる度、胸へ棘が刺さった気分であった。きっと罪悪感に似た別の感情だろう。

 己の考えに素直な金田一(きんだいち)が本当、羨ましい。

 

「お、千家が登場」

「また彼女んトコ?」

「まあな」

 

 外にいた部員は突如、現れた千家をからかい出す。慣れ切ったやり取りから、熱愛カップルは周知の事実らしい。つまり、月島と水沢も面識があっただろう。

 入院中の月島は寂しくなかったと確信し、(いち)はホッとする。

 

「飲み終えた人から、帰りなさい。千家君、私の分を飲みなさいなっ」

「ありがとうございます、緒方先生。皆……月島さんの見送りに来てたんですね」

 

 緒方先生と千家の会話が聞こえ、(いち)の考えは当たっていた。

 

「ちぇ。月島と水沢に揃って会えてたんなら、俺も来れば良かったなあ。イテッ」

「はじめちゃん、今日以外は金田君が退院した日しか……来てないもんね?」

「これから来れば、良いのでは?」

 

 金田一(きんだいち)の悔しがる意味がよく分からない。七瀬が彼の腹を摘まむ理由は多分、嫉妬。何に対してか、絶対に考えない。

 

「美雪さん、千葉はどうだった?」

「う、うん……涼しい体験はしたかなあ」

「明日から長野だっけ? 忙しいね、美雪ちゃんはっ」

 

 ジュースを飲みながら、神矢は七瀬へ雑談。布施先輩も話へ割り込むが、(いち)は首を傾げる。既視感に近かった。

 

「はじめちゃん、七瀬さんはまた長野へ行くのですか?」

「おう、美雪の従兄弟がチケット譲ってくれたんだよ。俺も行ってくるぜ」

 

 金田一(きんだいち)の目が爛々と輝き、楽しみで仕方ない様子。男子特有の好奇心、興味、もっと言うならば、下心のある笑顔にちょっと引いた。

 只の幼馴染み2人にとって、良い思い出になる事を祈った。

 しかし、何たる偶然。

 こちらも明日から『小笠原諸島へ夢のクルージング8日間』。剣持警部より受け取った気遣いを無駄にしない。ミス研も同じチケットを持っているはずだ。

 誰が行くのだろうか、気になった。

 

「……剣持さんから旅行のクーポン券を貰いませんでしたか?」

「……それは多分、桜樹先輩が持ってんじゃね? な~んか、学園祭で発表したい企画に丁度良いとか……」

 

 金田一(きんだいち)は知っていると言うより、推測だ。桜樹先輩と遭遇する可能性を覚悟しておこう。

 

「そんじゃあ~オレ、帰ります~。緒方先生、ジュースごちそうさまでした~」

「先生、ゴチで~す。皆、また学校でっ」

 

 仙道や有森のように次々とジュースを飲み終え、緒方先生へ感謝を述べる。設置されたゴミ箱へ捨て、順次に解散していく。

 

「金田、次に学校来んのいつだ?」

「来月の新学期です」

「あれ? バイト先の『大草原の小さな家』、来週は店を休ませるって……さっき有森が……。まあ、いいか。金田なら、新学期から本格的に合わせても問題ないしっ」

 

 布施先輩と神矢に問われ、(いち)は旅行を優先。意外と怒られず、身構えた自分を恥じる。そして、彼らの信頼を心から喜んだ。

 けれども、来月のコンクールを機に辞めよう。

 不動高校演劇部員として最後の舞台と思えば、脳髄の奥は納得する。汗ばんだ手も緊張を解いた。

 幕が下りるその日まで、自分に課せられた役割を演じ切ろう。それが仲間と過ごした時間への、せめてもの礼儀。

 今、胸の奥に静かに決意が灯った。

 気付けば、緒方先生と4人の生徒が残る。

 

「緒方先生、この前の演劇コンクール……使用曲のタイトルってなんですか? 俺なりに調べたんですけど、分かんなくて……」

「あら、千家君。クラシックに興味があるの? あれは『悪魔組曲』よ。金田君が選んでくれたわ」

「それでは緒方先生、新学期に(ぐえっ)」

 

 千家が緒方先生へ質問している間、(いち)は飲み終えたから帰ろうとしただけだ。油断し切った突然の首絞めに汚い悲鳴を上げてしまう。

 

「千家!? いきなり、金田の襟元掴んで……どうしたよ?」

「金田君っ、顔が真っ赤よ。息してないっ」

 

 金田一(きんだいち)と七瀬が千家の行動に驚きながら、(いち)を助けてくれた。

 首が解放され、呼吸のありがたみを実感。胸を抑え込んで深呼吸した。

 

「悪い、悪い。金田、あの曲を選んだって事は……楽譜も持ってる?」

「……千家君、楽譜目当てなの? 確かに音楽室には無いわねえ」

「……クラシック音楽雑誌になら、もう掲載されていると思いますよ」

 

 悪びれた感じに謝った千家の直球な質問、緒方先生はクスリッと笑う。警戒態勢に入り、(いち)は適当に答える。『悪魔組曲』の楽譜は未だ掲載される見込みがない。曲を所持者するヴァイオリニスト次第だろう。

 

千家君、ピアノの弾けたのかしら?

一緒にサッカーやった記憶しかねえや

 

 友人の彼らは記憶を辿り出し、無言。

 

「……回りくどいのは無しだな……金田、俺に楽譜を貸して欲しいっ。どうしても、弾けるようになりたいんだっ。お願いします!

「なすて?」

「「「!?」」」

 

 礼儀正しく頭まで下げられ、千家から唐突のお願い。驚き過ぎて思わず、(いち)は地元の方言を口走った。

 傍観していた3人の驚きは何に対してか、分からない。

 

「千家、『悪魔組曲』を弾きてえの? そんなにピアノ上手かったか?」

「ハッキリ言って……『エリーゼの為に』止まり。でも、弾きたい気持ちは本当だっ」

(初心者向けの曲だけど……基本は出来ているって事ね)

「弾けるんなら、良いじゃない。金田君……」

「嫌です」

 

 勝手に盛り上がっているところに悪いが正直、千家とは親しくない。

 彼に頼まれ事をされる謂れはなく、引き受ける道理もない。(いち)は迷いなく、バイクへダッシュ。

 

「話だけでも! 話だけでも聞いて!」

「その前に手を離して下さいっ」

 

 追いかけて来た千家はなんと後部座席を両手で掴み、強引な手段で(いち)を引き留めた。

 

「止めなくていいの? はじめちゃんっ」

「大丈夫だって。金田を見てみろ、葛藤に歯食いしばってやがる。アイツ……何だかんだ人が良いから、千家の頼みも無下にしねえさ」

「……金田一(きんだいち)君にはそう見えるのね」

 

 今度は誰も止めに入ってくれない。

 (いち)は絶望のあまり、ヘルメット越しに頭を抱える。

 このままエンジンをかければ、事故発生は間違いない。彼の捨て身に真剣さは伝わるが、楽譜に関してはコピーと言え、おいそれと渡したくない。

 楽譜を貸すだけじゃない。御堂先生の想いまで手渡すような気がした。

 

(まさか……さっきの彼女へ……?)

 

 愛する人の為、ピアノを奏でるなどロマンティック。ただ、何か深い事情も感じ取る。それは生徒会執行部の範囲外。

 同級生だろうと他人の事情へ首を突っ込めば、心配させる人がいる。心を鬼にして、断りたい。

 この歯がゆさを打開策せんと思考は巡り、閃いた。

 

「はじめちゃんを通してください!」

俺!?

「! 金田一(きんだいち)へ頼んだらいいのか? 分かった、金田……ありがとう!」

 

 金田一(きんだいち)の名を出した瞬間、表情を明るくした千家は手を離す。律儀に礼を述べる彼は良い人だ。その隙に逃げた。

 

 晩には案の定、ぶっきらぼうな金田一(きんだいち)から電話。

 

〈金田君はな~んで、俺を巻き込むかなっ〉

「はじめちゃんは千家君と仲がお宜しいので……適任かと」

 

 金田一(きんだいち)が突然、千家に捕まった場面を勝手に想像する。何だかんだ言いながら、キチンと事情を聞いて上げたのだろう。流石、心根が優しい。

 

〈お気遣いアリガトウゴザイマス! ……事情はある程度、聞いて……OKしといたからな。新学期にでも、千家に渡してやってくれ〉

「分かりましたっ。はじめちゃんがそう言うなら、楽譜をお貸ししましょう」

 

 彼の判断に従い、千家の願いを聞き入れよう。

 

〈ふ~っ。ったく……あの後さ、美雪が……それと……でな、……聞いてっか? 金田っ〉

「はい……聞いていますよ」

 

 そんな安堵の息を吐き、金田一(きんだいち)は肩の荷を下ろす。余程に安心したらしく、彼はここぞとばかり幼馴染への愚痴を溢した。どうにも自慢話に聞こえ、(いち)には微笑ましい。

 

〈はじめちゃん!! 聞こえてるわよ! 誰と話してるの!!〉

〈げぇっ、美雪!! いや、ちょっと金田と……〉

〈なら、丁度良いわ。金田君、聞いてよ。はじめちゃんったら、千葉でオバケ……〉

〈美雪、その話はするなって!〉

 

 甲高い声が割って入ったのは、愛嬌である。




??「閲覧ありがとう……フフフ。皆さんも……千葉へ来たら、なぎさ荘に泊ってね。さて、次回は『幽霊客船ツアー』。海にはいっぱい……お友達がいて、楽しそう」

聖正 英子
死神病院殺人事件ゲストキャラ

虎元 勝男
吸血桜伝説殺人事件ゲストキャラ。作中にて、年齢を下げている。聖正病院に勤務中

水沢 利緒
魔犬の森の殺人ゲストキャラ。作中にて、聖正病院へ入院中

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