金田少年の生徒会日誌 作:珍明
誤字報告により修正しました、ありがとうございます
カモメの脚がコンクリートに触れ、テクテクと歩く姿は愛嬌がある。
人間の乗り物に慣れた彼らはちょっとやそっと車が近付こうと、動じぬ。
ただ、猫の気配には敏感。
カモメがいるところに猫はおらず、猫のいるところにカモメはいない。見事な循環を車の窓から眺め、
「……猫がおるんやったら、客船ないんちゃう? こないに倉庫ばっかやと貨物船が精々や」
「お祖父ちゃん、竹芝桟橋を過ぎた時もそう言いましたよ。剣持さんから頂いたツアーチケットが嘘を吐くはずありません」
目的地が見付からず、イライラした金田祖父はハンドルを指先で小突く。有名どころの発着場所を通り過ぎ、ずっと倉庫ばかりの景色が続いているのだ。不安にもなるだろう。
「お前の剣持さんに対する信頼なんなん? 青ボンまでこきつこうて、旅行のお膳立てまでしよってからに」
「日頃から、市民の為に汗水働く剣持さんを労わっているだけです」
東太平洋汽船が運航する『小笠原諸島へ夢のクルージング8日間』。出航時間に遅れない為、発着場など事前の確認はしてある。
ちなみに剣持警部は今頃、北海道の背氷村を堪能している頃合い。奥方との結婚15年周年記念を兼ねた旅行だ。わざわざ、
彼自身が捜査した事件現場だが、ご夫婦は気にしない。寧ろ、事情が何もかも分かっている場所故に安心出来ると言う。
ならばと宮城県在中の父・
電話越しに怒りの圧が強かったが、事情を説明すれば、すんなりと引き受けてくれた。
(……良いなあ、剣持さんとまたお泊まりしてえ……)
「見てみ、
奥方を羨ましく思えば、金田祖父にガックンガックンと肩を揺さぶられる。
確かに白くて大きな客船が横付けされ、タラップも掛けられている。ちょうど、他の乗客がタクシーで乗り付け、荷物を降ろしていく。
その光景を目にしても、
(……コバルトマリン号……)
船体に塗られた文字、水色よりも薄い。日焼けが原因ならば、塗装し直して欲しい。
そんな色の問題ではなく、船の名前が問題だった。
(青い海……青……)
「なんや、このお船。青ボンの名前に似とんな」
「……コバルトブルーならそうでしょうが、コバルトだけですと銀白色の金属を意味しますので……」
「阿呆、金属の海てぇ名付ける奴がどこにおんねん! 環境汚染されとるやんっ」
よりにもよって、青の名を持つ船。色んな意味で嫌な予感がする。
〝キミと話せて良かったです〟
例えるなら、どこぞの逃亡犯と偶然にも出くわすような出来事が起こりそう。想像しただけで背筋が凍り付いた。
けれども、剣持警部の気遣いを無下にしたくない。
渋々、着替えの入った鞄を後部座席から降ろす。そこへ別の車がやって来る。車体とナンバープレートに覚えがあった。
「金田センパ~イ、偶然ですねぇ♪」
「「
ハンディカムを手にした
「おはよう……佐木くん、何しに来たん? 伊豆七島行きはとっと向こうやで」
「ヤダなあ、お爺ちゃん。ボクも乗るんですよ、この船に♪」
「……フフッ、佐木君とのお泊まりは北海道以来です」
金田祖父の睨みに距離を取りつつ、竜二はそ~っと
口に出してから、
「
「お祖父ちゃん? 佐木君のお母様もいらっしゃるので……悪態はその辺にしてください。それに独りで旅行するより、佐木君が居てくれた方が絶対に楽しいです」
「!! えへへ……センパイなら、そう言ってくれると信じてました♪ いやぁ、センパイが来るのは本当、知らなかったデス」
ジト目の金田祖父を窘め、
彼はパッと表情を輝かせ、照れる。途端に言い訳がましくなったが、それもご愛嬌。
「あ、しもうた……煙草、忘れた……。佐木くんは持っとる?」
「……ボク? 生憎、両親も吸わないんで……」
唐突に叫んだ金田祖父はポケットを探り、あろうと事か中学生の竜二へ煙草を確認する。佐木母の表情が強張った。
「お祖父ちゃん、耄碌しましたか?」
「ちゃうちゃう、煙草は魔除けになるんや。気休めやけど~……おたくら、知りません?」
「いえ……僕は初耳デス、お母さんは? タクシー運転手の間で、流行ってた。へえ……」
「持ってる人から借りなはれ、吸わんでもええ」
「持っているだけで、問題です」
コントみたいなやり取りを終え、受付の係員にクーポン券、パンフレットをそれぞれ見せ、どうぞと通される。
フェリーに乗船するより、簡単過ぎる。
「向こう、着いたら連絡せえよ。携帯電話の電波、届かへんやろ」
「自分、初めて行きますが……父島に電波、届かないのですか? 佐木君」
「ボクも初めてですけど……うん? ……母が言うには父島なら、携帯電話は繋がるそうです。但し、港周辺を離れると圏外になると思った方がいいみたいです」
船のタラップを上がり、大声で見送る保護者を振り返る。口喧しい老人と無口の婦人、対照的な2人が微笑ましい。
乗り込んだ船に足を掛けた瞬間、ギィッと不吉な音。何気なく、手摺を見やる。素人目で分かる程の錆び、潮の香りに混ざった鉄臭さが鼻に付く。
「ほわ~……流石、噂の船。老朽化が進んでますねえ」
「噂? なんですか、それ」
「佐木~! 良かった……やっと、知ってる奴に会えたっ。あれ? ……もしかして、金田も?」
感激した竜二はハンディカムをあちこちと回していれば、ミス研の
鉄の悲鳴にも聞こえ、怖い。
「岡持君もご旅行ですか?」
「ああ、その言い方だと金田は違うのか。俺、ミス研の調査で来たんだ! 白神さんと写真部の鷹杉さんも来るはずなんだけど……見かけてねえよな?」
「ボクらも今、来たトコなんで……あ、そうそう。金田センパイに言ってなかったですけど、ボクもセンパイ達の調査をお手伝いに来たんです。兄の代わりにっ」
ミス研の名が出た時点で嫌な予感は確信となる。剣持警部が彼らに渡した分のクーポン券、キチンと利用されたらしい。
「……もしかして、幽霊客船の調査ですか? この船の航路には無人の客船が深夜、彷徨っているのでしょう? 人伝に聞きました」
「それがっ、この船なんだぜ!」
「噂が立ち過ぎて、今回の航海を最後にスクラップにされるそうです。どうです? 面白そうでしょ」
幽霊客船そのものだと言われた瞬間、クラッと立ち眩みがする。
航路ではなく、本体にいる。どこまでが冗談で、どこまでが警告なのだろう。
「……降ります」
「金田センパイ!?」
「なんだよ、金田。怪談話は苦手か? 折角、ここまで来たんだ。っと白神さ~ん! 鷹杉さ~ん! こっちこっち!」
意を決した
そうこうしている間、ミス研講師・
「ゴメンなさ~い、岡持君に佐木君。道に迷っちゃって……白神さんと合流出来なかったら、間に合わなかったかも……。わあ……すっごいボロ、これは幽霊客船の噂も立ちますねえ」
「おや、金田君もご一緒ですか。これは僥倖っ」
到着早々、鷹杉は眼鏡の縁を持ち上げて船内を見回す。感嘆の息を吐きながら、毒舌を吐いた。
どうやら、彼女は完全に幽霊客船目当てらしい。
白神の不敵な視線に思わず、
「桜樹先輩は来ないのですか?」
「先輩達は別件! え~と、ほら……萬屋病院の院長が捕まったヤツ」
「あたし達も最近、知ったんですけどっ。あの病院の悪事を暴いたのって、桜樹先輩なんですね」
桜樹先輩への敬いに満ちた会話だが、どう考えても学生の領分を越えている。時期的にミス研存続に焦っていた頃だろう。そこから記憶が触発され、岡崎と書店で出会った日が蘇った。
「岡崎君、以前……本屋で会った時の事を覚えていますか? 貴方が知らない方にご実家のお店を教えた時です」
「うん、覚えてる。あの人、2回くらいウチに来てさ。ちゃんと弁当、買ってくれたぜ。なんか、言いたそうにしてたから、次は
流石、客商売。浮浪者だろうが、客は客と言うワケだ。
岡持は件の男を悪い人ではない印象だったと語ったが、それが当たっている事を祈る。
「さあさっ。早く荷物を置いて、散策しましょっ。客室はどこ?」
「それが……分かんなくてさ。案内の人もいないし、他の乗客も見当たらなくて……受付の人に聞こうと思って戻って来たんだよ」
「ボクらはお2人より、ちょっと前に来たんで……客室を探してもないデス」
人生初の乗船ツアーである為、これが通常の接客範囲内か、判断出来ない。
例え係員がおらずとも、フロア案内板を設置してくれれば、こちらは勝手に動けるというもの。
「乗る船……間違えたのでしょうか? 白神さん」
「合ってますよ、間違いなく。仕方ありません、私は操舵室へ向かいます。皆さんは甲板にいてください」
流石、白神。不測の事態にも慣れ、さっさと行ってしまう。
彼の指示通り、
「こっちの階段じゃないか? さっき、俺が通った時……見逃しちまった」
「う~ん、更に古ぼけた感じしますし……。違うと思います」
「本当、外はこんなに明るいのに……ここから先は暗い雰囲気だし……幽霊も出そう」
(言いたい放題……)
岡持は【船室2】の表示を見付け、下りる階段を指差す。竜二と鷹杉は下の階を覗き込み、素直な感想を述べた。
「何かお困りでしょうか、お客様」
「すみません、客室を探しています。どちらへ向かえば、良いですか?」
よく通る声に振り返り、
白神と歳の変わらぬ男は白い制服と船員帽、肩に付いた金のモールは航海士の身分証明。ようやく船員と出会えた。
「誠に申し訳ございません。皆様をお部屋までご案内致します」
「お願いします」
「ホッ、良かった……」
「白神さんはどうします? 金田センパイ」
「心配入りません、向こうで案内を受けるでしょう」
事態を心から詫びるように船員は深々と頭を下げ、竜二は白神の身を案じる。
途端、船員の眉がピクッと痙攣した気がする。
「他にも、お連れ様がいらっしゃるのでしょか?」
「はい、白神さんって言うルポライターの方で……ボクらの引率なんです。センパイ方は同じ高校で、ボクだけが中学生です。佐木と言います」
「俺、岡持。ウチが弁当屋やってます」
「あたしは鷹杉です。写真部ですから、お写真。いっぱい、撮らせてください」
「金田と申します」
竜太を皮切りにそれぞれ、自己紹介。
「丁寧なご挨拶、痛み入ります。申し遅れましたが、私、この船の二等航海士を務めます。水崎 丈治と申します」
「二等航海士……お若く見えるのに、もうそんな階級に……素敵です」
オマケに3人分の荷物を軽々と運ぶ腕力、流石は船乗り。
「……それって偉い人? 船長っぽくないから、副船長みたいなもん?」
「水崎さんは階級で言うと、上から3番目に偉い人です。この規模の船ですから……一等と三等、計3人の航海士が乗っているはずですよ~」
「佐木君……船にも、詳しいですね」
本当、感心する。
「佐木も持ってもらえよ、荷物」
「色々と入っているんで」
竜二は自身の荷物をしっかり、持つ。替えのテープなど結構、重いそうだ。
「水崎さん、失礼を承知で聞くんですけど……。この船のツアー、メチャクチャ安いですよね。小笠原旅行の日程が8日間って変だって、親に言われたんです。何かカラクリがあるんですか?」
「佐木君、安いのですか? 自分、クーポン券を利用したので……その辺を知りません」
「はい、2万9千8百円です。パンフレットにそう書かれていましたっ。破格の安さですよ、本当」
「ご説明させて頂きます。個室船室を除いた船室は全て、貨物室に改造されております。米や酒類の貨物の運搬も兼ねております。また最後の為、通常よりも長い48時間をかけた船旅を用意致しました」
岡持の素朴な疑問に水崎二等航海士は淀みなく、答える。最後の航海故、少しだけ淋しそうであった。
(とても幽霊客船の船員だなんて思えない……カッコイイ)
(鷹杉さんがメロメロになっとる!)
憂いを帯びた眼差しに、鷹杉は更にトキメいていた。
客室のある区域に足を運べば、床の丈夫さは違い、手摺の塗装も幾分かマシ。
乗客が出入りする部分だけ、しっかりと手入れし、他はおざなり。少ない予算でやり繰りしている努力が垣間見え、応援したくなる。
「こちらに皆様のお部屋がございます。各部屋に小さいながら、電化製品を取り揃えておりますので。どうぞ、ご利用ください」
「イイじゃん! 俺の部屋より広いし、キレェ~」
「皆に1人1人、個室……すっごい、贅沢」
水崎二等航海士から荷物を受け取り、各々が個室へ飛び込む。
映画でしか見た事ない一等船室に相当するのだから、ハシャグ気持ちは分かる。
天井にある茶色のシミがうっすらと顔に見えなければ、
「センパイ、船の散策。一緒に来て下さいネ♪」
「……どうしましょうねえ」
幽霊が怖いなどと言う可愛らしい理由ではない。あからさまな事件の気配にウンザリしているのだ。
今更ながら、剣持夫妻の判断は正しかった。
まだ出航もしていないが、早く終われと祈った。
「金田様、いかがされましたか?」
ベッドに荷物を置いた時、水崎二等航海士が廊下から声を掛けてくれる。彼は出航の準備で慌ただしい中、こちらのため息に反応したらしい。
「水崎さん、ありがとうございます。助かりました」
「いえ、金田様。どうぞ、ごゆるりとお過ごしください」
咄嗟の愛想笑いに応え、彼はまたも仰々しく頭を下げた。
汽笛が鳴る。
いよいよ、出航。そうなれば、乗客はデッキや甲板に顔を出す。陸地が離れていく様子を楽しむ為だ。
「お~おう、東京湾がもうあんなに……船ってスゲエ♪」
「岡持君、そこ撮るから……ちょっと」
「センパイ、もうちょっと黄昏た感じで立ってくれません?」
「……鷹杉さん、髪が突風で凄い事になっていますよ」
ベランダの手摺から身を乗り出し、岡持は感激に浸る。そこへ鷹杉はカメラを構え、シャッターを切る。竜二に姿勢を注文されたが、無視した。
一先ず、
「白神さん、どこにいたんスか? 俺達、二等航海士さんに部屋へ案内してもらいましたよ」
「それは良かった。私は船長と少々、話し込んでしまいましたね。お写真、撮りましょう」
岡持の問いにキザったらしく答え、4人を撮ってくれる。白神の上機嫌な様子から、ルポライターの仕事になりそうな情報を得たと察した。
「どんな船長なんですか?」
「夕食でお会いできますよ。立食パーティーを予定しているそうです。船長もご挨拶に現れます」
「夕食は7時でしたね。まだ時間ありますから、散策に行きましょう!」
「俺、寝ちゃっていい? 出発のギリギリまで配達してたから、もう眠くて……」
鷹杉はやる気満々だが、岡持は糸目を更に細めて大あくび。
「岡持君、お仕事されてから来たのですか。寝ていいと思います」
このまま、客室に戻る者と甲板階へ行く者と分れる流れとなった。
「金田君、偶然ね」
「……!? 雪峯さん!」
白いワンピースに青いカーディガン、蝶を連想させるバレッタとイヤリング、ネックレス。薄く引かれた口紅が完全プライベートを物語った。
「ふあ!? あ……捜査一課の警……ムグッ」
「これは雪峯さん、お久しぶりです。お忘れかもしれませんが、ミス研講師の白神です」
「写真部の鷹杉です、その節はお世話になりました」
「皆さんもお久しぶり。鷹杉さん、素敵なカメラね」
岡持は戸惑ったが、名前を聞いてすぐに気付く。配慮した白神が彼の口を塞ぎ、鷹杉はぺこりと頭を下げる。雪峯刑事も親しげに微笑んだ。
「え~と……ボクは……」
「弟君でしょ? お兄さんから話は聞いているわ。初めまして、雪峯です」
(聞いてる? なんで?)
初対面の竜二は兄に間違えられたと思い、自己紹介しようとした。
雪峯刑事は既に承知の上らしく、キチンとご挨拶。その態度が彼女の「偶然」を否定している気がする。もしもそうなら、刑事の目的は何だ。まさか、幽霊対策ではあるまい。
到着までの48時間、何も起こらぬ様に祈った。
一先ず、日暮れまでは何もなし。
後尾の甲板には料理が並ぶ。船上パーティー故、礼服は必須と金田祖父の古びた礼服を持たされて正解。
「素敵な夜景ですね、岡持センパイ。こうやって、乗船を体験したら……年末の映画をより楽しめますね」
「……ああ、ディカプリオが主演するヤツ? あれって、大昔に沈没した豪華客船の話だろ……今は聞きたくないかな~縁起でもない」
竜二は闇と化した海を撮影し、岡持の表情が曇る。勿論、キチンと正装している。
鷹杉は眼鏡こそ、いつも通りだが、緑かかったカクテルドレスを纏う。髪に挿した簪との和洋折衷が彼女の持ち味を際立たせた。
その手にカメラが無ければ、完全に撮られる側だ。
「金田君、流石に学ランじゃないのね。あの恰好だったら、どうしようって思ってた」
「どんな服も鷹杉さんには敵いません」
クスクスと笑い、鷹杉はカメラを構える。
「合宿の写真、ありがとうございます。どれも素敵でした」
「本当? あたしもアングルに自信あるヤツ、現像に選んだの。まあ……江塔先輩や六野先輩には敵わないけど……」
「あっ、さっきのお嬢ちゃん。めかし込んじゃって、可愛い。……弟君?」
「彼は同級生です。生徒会執行部なんで、怒らせると恐いんですから」
鷹杉が船の散策中に知り合った大学生・
「ふう~ん、確かに真面目そうだな。あっちの岡持っつーボウズを含めて、キミが13人目……これで乗客全部か」
「……13人? そんなに少ないのですか?」
「そうだよっ。あそこの女子高生、飯島さんと美里さん。眼鏡のオッサンが赤井、あの幸薄そうなのが時原さん、雪峯さんと喋ってるのが中村、な? 13人! だからさ、み~んなで仲良くしようぜ。俺は吉田だ」
大沢の言葉に驚いている間、
イラッとする。
しかし、この大学生は既に全員の名前を覚えている。船のような閉鎖的空間にはムードメーカーになり得るだろう。
「センパイ、船長の挨拶が始まりますよ。大沢さんと吉田さん、あの辺に立ってくれます? ボク、煽りを撮るんで」
「マジ? オレ、髪型変じゃね?」
「大沢……今更、気にすんなよ」
竜二のさり気ない要求に応える彼らは軽薄ではあるが、悪い人ではない。そう思う。
「見ろよ、金田。如何にも、船長っぽい顔だぜ。宇宙に飛び出しそうだ」
「岡持君……それは宇宙戦艦の……!?」
岡持に促され、12人の乗組員を見渡す。船長とやらを見る前に知っている顔を見付けた。
部屋まで案内してくれた水崎二等航海士……ではなく、青い制服にエプロンを着けた女性・
しっかりと顔を上げていた彼女は
静かな香取と違い、
スタンドマイクに立つ髭面で恰幅の良い船長が慇懃無礼に「……ええ~」と語り出しても、頭に入って来ない。
「船長を務めております……鷹守 郷三でございます」
「!?」
その名を聞き、聴覚を疑った。
知っている。
3年前の豪華客船オリエンタル号沈没事故、その生存者リストに名があった。
あんな悲惨な体験をした人間が船に乗り続けている事自体、驚愕。あまつさえコバルトマリン号の船長、偶然にしてはあり得ない。
「皆さんは既にご承知と思われますが、当船には楽しい航海に似つかわしくない噂があります。本日、真に面白い手紙も届いております」
何かの催しかと思い、不可解に思いつつも全員、注目する。
「死の航海が始まった! 後戻りはできない! ……『幽霊船長』」
「……幽霊船長?」
「へえ……達筆だなあ。筆で書いた感じがする」
読み上げた鷹守船長は紙を手放し、ひらりと舞う。紙は大沢の怪訝な呟きに吸い寄せられ、吉田が受け取った。
竜二や鷹杉、岡持と白神も文字を読もうと覗き込む。
「ちょっと見せてください。確かに……綺麗な字だ。これは女性が書いたものでしょう」
「私、こういうの興味あるの。預からせてくれる?」
「はあ、どうぞ」
写真家の
「金田センパイも見てくださいよ」
「いえ……遠慮します」
竜二からも顔を背けた。
宙を舞う中で文字が、見慣れた筆跡が見えた。見えてしまった。まるで誰かの意思を伴い、自分の前に現れた。
(……アイツの字……)
行方の知れぬ母・にいみの書いた手紙だった。
その字は、買い物のメモに似ていた。でも今、あの優しさが毒みたいに刺さってくる。
黒い海を航海する金属の密室、絶対に何が起こる。もう決定だ。
目を逸らしていた過去が今更、迫って来る。
自分でも分かるくらい蒼白だった。竜二が何か言いかけ、そっと口を閉じる。それだけで、
やっと忘れられた。それがたったひとつの筆跡で、何もかも戻ってきてしまった。
心はもう、痛かった――。
剣持警部「剣持だ。閲覧ありがとう。流石は避暑地、北海道だなあ。都会の喧騒からも離されて、女房もリッチな気分を楽しんどるよ。船の旅も悪くないが、アニメ版では女房もおらんし、沖縄行きになっとる。ドラマ版は……いや、ここでは……。ああ、それと幽霊船長の脅迫文は省略ではなく、あの文だけだ。何が起こっても雪峯もおるし……対処、できるはずだ。さて、次回は『幽霊客船ツアー・後編』!! 中村って……あの中村か?」
岡持 武則
瞬間消失の謎ゲストキャラ。作中にて、鷹杉と共に乗船する
雪峯 美砂刑事
4時40分の銃声ゲストキャラ。作中にて、竜太の頼みを受け、非番を利用して乗船する