金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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原作は7月が舞台ですが、作中では8月後半です

誤字報告により修正しました、ありがとうございます


26休 幽霊客船ツアー・前編

 カモメの脚がコンクリートに触れ、テクテクと歩く姿は愛嬌がある。

 人間の乗り物に慣れた彼らはちょっとやそっと車が近付こうと、動じぬ。

 ただ、猫の気配には敏感。

 カモメがいるところに猫はおらず、猫のいるところにカモメはいない。見事な循環を車の窓から眺め、(いち)はしみじみする。

 

「……猫がおるんやったら、客船ないんちゃう? こないに倉庫ばっかやと貨物船が精々や」

「お祖父ちゃん、竹芝桟橋を過ぎた時もそう言いましたよ。剣持さんから頂いたツアーチケットが嘘を吐くはずありません」

 

 目的地が見付からず、イライラした金田祖父はハンドルを指先で小突く。有名どころの発着場所を通り過ぎ、ずっと倉庫ばかりの景色が続いているのだ。不安にもなるだろう。

 (いち)剣持(けんもち)警部からクーポン券を譲られた身として、信じるのみ。

 

「お前の剣持さんに対する信頼なんなん? 青ボンまでこきつこうて、旅行のお膳立てまでしよってからに」

「日頃から、市民の為に汗水働く剣持さんを労わっているだけです」

 

 東太平洋汽船が運航する『小笠原諸島へ夢のクルージング8日間』。出航時間に遅れない為、発着場など事前の確認はしてある。

 ちなみに剣持警部は今頃、北海道の背氷村を堪能している頃合い。奥方との結婚15年周年記念を兼ねた旅行だ。わざわざ、(いち)が所有する別荘を選んでくれた。

 彼自身が捜査した事件現場だが、ご夫婦は気にしない。寧ろ、事情が何もかも分かっている場所故に安心出来ると言う。

 ならばと宮城県在中の父・残間(ざんま)へ急ぎで別荘の掃除やら、管理人の手配を頼む。

 電話越しに怒りの圧が強かったが、事情を説明すれば、すんなりと引き受けてくれた。

 

(……良いなあ、剣持さんとまたお泊まりしてえ……)

「見てみ、(いち)! あれやあれ!!」

 

 奥方を羨ましく思えば、金田祖父にガックンガックンと肩を揺さぶられる。

 確かに白くて大きな客船が横付けされ、タラップも掛けられている。ちょうど、他の乗客がタクシーで乗り付け、荷物を降ろしていく。

 その光景を目にしても、(いち)は妙な違和感が拭えない。車から降りながら、客船を見上げた。

 

(……コバルトマリン号……)

 

 船体に塗られた文字、水色よりも薄い。日焼けが原因ならば、塗装し直して欲しい。

 そんな色の問題ではなく、船の名前が問題だった。

 

(青い海……青……)

「なんや、このお船。青ボンの名前に似とんな」

 

 (いち)の心を読んだかのように金田祖父はケタケタッと船体の文字を指差す。イラッとした。

 

「……コバルトブルーならそうでしょうが、コバルトだけですと銀白色の金属を意味しますので……」

「阿呆、金属の海てぇ名付ける奴がどこにおんねん! 環境汚染されとるやんっ」

 

 よりにもよって、青の名を持つ船。色んな意味で嫌な予感がする。

 

〝キミと話せて良かったです〟

 

 例えるなら、どこぞの逃亡犯と偶然にも出くわすような出来事が起こりそう。想像しただけで背筋が凍り付いた。

 けれども、剣持警部の気遣いを無下にしたくない。

 渋々、着替えの入った鞄を後部座席から降ろす。そこへ別の車がやって来る。車体とナンバープレートに覚えがあった。

 

金田センパ~イ、偶然ですねぇ♪

「「佐木君()……」」

 

 ハンディカムを手にした佐木(さき) 竜二(りゅうじ)から、元気いっぱいな挨拶をされた。

 (いち)は彼の兄・竜太(りゅうた)と先日、言い争いに近い雰囲気で別れた為に気まずい。金田祖父は出会い頭から、威嚇。運転手は兄弟の母・佐木(さき) 良子(りょうこ)もまた、ハンディカムを持ったままで会釈して来た。

 

「おはよう……佐木くん、何しに来たん? 伊豆七島行きはとっと向こうやで」

「ヤダなあ、お爺ちゃん。ボクも乗るんですよ、この船に♪」

「……フフッ、佐木君とのお泊まりは北海道以来です」

 

 金田祖父の睨みに距離を取りつつ、竜二はそ~っと(いち)へ接近して来る。根性逞しい。

 口に出してから、(いち)は和む。

 

(いち)っ、ホンマにええんか? 佐木くんと一緒やで」

「お祖父ちゃん? 佐木君のお母様もいらっしゃるので……悪態はその辺にしてください。それに独りで旅行するより、佐木君が居てくれた方が絶対に楽しいです」

「!! えへへ……センパイなら、そう言ってくれると信じてました♪ いやぁ、センパイが来るのは本当、知らなかったデス」

 

 ジト目の金田祖父を窘め、(いち)は竜太の肩へ親愛を込めて小突く。

 彼はパッと表情を輝かせ、照れる。途端に言い訳がましくなったが、それもご愛嬌。

 

「あ、しもうた……煙草、忘れた……。佐木くんは持っとる?」

「……ボク? 生憎、両親も吸わないんで……」

 

 唐突に叫んだ金田祖父はポケットを探り、あろうと事か中学生の竜二へ煙草を確認する。佐木母の表情が強張った。

 

「お祖父ちゃん、耄碌しましたか?」

「ちゃうちゃう、煙草は魔除けになるんや。気休めやけど~……おたくら、知りません?」

「いえ……僕は初耳デス、お母さんは? タクシー運転手の間で、流行ってた。へえ……」

 

 (いち)が怪訝すれば、金田祖父は煙草を吸うパントマイム。10代は知らぬ豆知識を佐木母は語っているらしいが、こちらに聞こえない。相変わらず、愉快な母子だ。

 

「持ってる人から借りなはれ、吸わんでもええ」

「持っているだけで、問題です」

 

 コントみたいなやり取りを終え、受付の係員にクーポン券、パンフレットをそれぞれ見せ、どうぞと通される。

 フェリーに乗船するより、簡単過ぎる。

 

「向こう、着いたら連絡せえよ。携帯電話の電波、届かへんやろ」

「自分、初めて行きますが……父島に電波、届かないのですか? 佐木君」

「ボクも初めてですけど……うん? ……母が言うには父島なら、携帯電話は繋がるそうです。但し、港周辺を離れると圏外になると思った方がいいみたいです」

 

 船のタラップを上がり、大声で見送る保護者を振り返る。口喧しい老人と無口の婦人、対照的な2人が微笑ましい。

 乗り込んだ船に足を掛けた瞬間、ギィッと不吉な音。何気なく、手摺を見やる。素人目で分かる程の錆び、潮の香りに混ざった鉄臭さが鼻に付く。

 

「ほわ~……流石、噂の船。老朽化が進んでますねえ」

「噂? なんですか、それ」

佐木~! 良かった……やっと、知ってる奴に会えたっ。あれ? ……もしかして、金田も?」

 

 感激した竜二はハンディカムをあちこちと回していれば、ミス研の岡持 武則(おかもち たけのり)が荷物を持ったまま駆け寄って来る。体格の良い彼が床を駆け抜ける度、ギィギィ音が奏でられた。

 鉄の悲鳴にも聞こえ、怖い。

 

「岡持君もご旅行ですか?」

「ああ、その言い方だと金田は違うのか。俺、ミス研の調査で来たんだ! 白神さんと写真部の鷹杉さんも来るはずなんだけど……見かけてねえよな?」

「ボクらも今、来たトコなんで……あ、そうそう。金田センパイに言ってなかったですけど、ボクもセンパイ達の調査をお手伝いに来たんです。兄の代わりにっ」

 

 ミス研の名が出た時点で嫌な予感は確信となる。剣持警部が彼らに渡した分のクーポン券、キチンと利用されたらしい。

 

「……もしかして、幽霊客船の調査ですか? この船の航路には無人の客船が深夜、彷徨っているのでしょう? 人伝に聞きました」

「それがっ、この船なんだぜ!」

「噂が立ち過ぎて、今回の航海を最後にスクラップにされるそうです。どうです? 面白そうでしょ」

 

 幽霊客船そのものだと言われた瞬間、クラッと立ち眩みがする。

 航路ではなく、本体にいる。どこまでが冗談で、どこまでが警告なのだろう。

 

「……降ります」

「金田センパイ!?」

「なんだよ、金田。怪談話は苦手か? 折角、ここまで来たんだ。っと白神さ~ん! 鷹杉さ~ん! こっちこっち!」

 

 意を決した(いち)はタラップへ走ろうとしたが、岡持に羽交い締めにされる。のんびりした顔付きだが、体格に見合う腕力を振り払えない。

 そうこうしている間、ミス研講師・白神(しらがみ) 海人(かいと)と写真部・鷹杉(たかすぎ) なぎさが荷物を手に乗船。

 

「ゴメンなさ~い、岡持君に佐木君。道に迷っちゃって……白神さんと合流出来なかったら、間に合わなかったかも……。わあ……すっごいボロ、これは幽霊客船の噂も立ちますねえ」

「おや、金田君もご一緒ですか。これは僥倖っ」

 

 到着早々、鷹杉は眼鏡の縁を持ち上げて船内を見回す。感嘆の息を吐きながら、毒舌を吐いた。

 どうやら、彼女は完全に幽霊客船目当てらしい。

 白神の不敵な視線に思わず、(いち)は岡持から受けた拘束を解く。そのまま、竜二の背へひょいと隠れる。

 

「桜樹先輩は来ないのですか?」

「先輩達は別件! え~と、ほら……萬屋病院の院長が捕まったヤツ」

「あたし達も最近、知ったんですけどっ。あの病院の悪事を暴いたのって、桜樹先輩なんですね」

 

 桜樹先輩への敬いに満ちた会話だが、どう考えても学生の領分を越えている。時期的にミス研存続に焦っていた頃だろう。そこから記憶が触発され、岡崎と書店で出会った日が蘇った。

 

「岡崎君、以前……本屋で会った時の事を覚えていますか? 貴方が知らない方にご実家のお店を教えた時です」

「うん、覚えてる。あの人、2回くらいウチに来てさ。ちゃんと弁当、買ってくれたぜ。なんか、言いたそうにしてたから、次は相談来るね(・・・・・)

 

 流石、客商売。浮浪者だろうが、客は客と言うワケだ。

 岡持は件の男を悪い人ではない印象だったと語ったが、それが当たっている事を祈る。

 

「さあさっ。早く荷物を置いて、散策しましょっ。客室はどこ?」

「それが……分かんなくてさ。案内の人もいないし、他の乗客も見当たらなくて……受付の人に聞こうと思って戻って来たんだよ」

「ボクらはお2人より、ちょっと前に来たんで……客室を探してもないデス」

 

 人生初の乗船ツアーである為、これが通常の接客範囲内か、判断出来ない。

 例え係員がおらずとも、フロア案内板を設置してくれれば、こちらは勝手に動けるというもの。

 

「乗る船……間違えたのでしょうか? 白神さん」

「合ってますよ、間違いなく。仕方ありません、私は操舵室へ向かいます。皆さんは甲板にいてください」

 

 流石、白神。不測の事態にも慣れ、さっさと行ってしまう。

 彼の指示通り、(いち)達は甲板を目指した。

 

「こっちの階段じゃないか? さっき、俺が通った時……見逃しちまった」

「う~ん、更に古ぼけた感じしますし……。違うと思います」

「本当、外はこんなに明るいのに……ここから先は暗い雰囲気だし……幽霊も出そう」

(言いたい放題……)

 

 岡持は【船室2】の表示を見付け、下りる階段を指差す。竜二と鷹杉は下の階を覗き込み、素直な感想を述べた。

 

「何かお困りでしょうか、お客様」

「すみません、客室を探しています。どちらへ向かえば、良いですか?」

 

 よく通る声に振り返り、(いち)は安心する。

 白神と歳の変わらぬ男は白い制服と船員帽、肩に付いた金のモールは航海士の身分証明。ようやく船員と出会えた。

 

「誠に申し訳ございません。皆様をお部屋までご案内致します」

「お願いします」

「ホッ、良かった……」

「白神さんはどうします? 金田センパイ」

「心配入りません、向こうで案内を受けるでしょう」

 

 事態を心から詫びるように船員は深々と頭を下げ、竜二は白神の身を案じる。

 途端、船員の眉がピクッと痙攣した気がする。

 

「他にも、お連れ様がいらっしゃるのでしょか?」

「はい、白神さんって言うルポライターの方で……ボクらの引率なんです。センパイ方は同じ高校で、ボクだけが中学生です。佐木と言います」

「俺、岡持。ウチが弁当屋やってます」

「あたしは鷹杉です。写真部ですから、お写真。いっぱい、撮らせてください」

「金田と申します」

 

 竜太を皮切りにそれぞれ、自己紹介。

 

「丁寧なご挨拶、痛み入ります。申し遅れましたが、私、この船の二等航海士を務めます。水崎 丈治と申します」

「二等航海士……お若く見えるのに、もうそんな階級に……素敵です」

 

 水崎(みずさき) 丈次(じょうじ)二等航海士の畏まった自己紹介を聞き、鷹杉はポッと頬を褒める。面も良く、丁寧な物腰、年頃の女子をトキメかせるに十分だ。

 オマケに3人分の荷物を軽々と運ぶ腕力、流石は船乗り。

 

「……それって偉い人? 船長っぽくないから、副船長みたいなもん?」

「水崎さんは階級で言うと、上から3番目に偉い人です。この規模の船ですから……一等と三等、計3人の航海士が乗っているはずですよ~」

「佐木君……船にも、詳しいですね」

 

 (いち)も船員の知識はそれなりにあるが、岡持へ語る竜二のようにスラスラと説明は出来ない。

 本当、感心する。

 

「佐木も持ってもらえよ、荷物」

「色々と入っているんで」

 

 竜二は自身の荷物をしっかり、持つ。替えのテープなど結構、重いそうだ。

 

「水崎さん、失礼を承知で聞くんですけど……。この船のツアー、メチャクチャ安いですよね。小笠原旅行の日程が8日間って変だって、親に言われたんです。何かカラクリがあるんですか?」

「佐木君、安いのですか? 自分、クーポン券を利用したので……その辺を知りません」

「はい、2万9千8百円です。パンフレットにそう書かれていましたっ。破格の安さですよ、本当」

「ご説明させて頂きます。個室船室を除いた船室は全て、貨物室に改造されております。米や酒類の貨物の運搬も兼ねております。また最後の為、通常よりも長い48時間をかけた船旅を用意致しました」

 

 岡持の素朴な疑問に水崎二等航海士は淀みなく、答える。最後の航海故、少しだけ淋しそうであった。

 

(とても幽霊客船の船員だなんて思えない……カッコイイ)

(鷹杉さんがメロメロになっとる!)

 

 憂いを帯びた眼差しに、鷹杉は更にトキメいていた。

 客室のある区域に足を運べば、床の丈夫さは違い、手摺の塗装も幾分かマシ。

 乗客が出入りする部分だけ、しっかりと手入れし、他はおざなり。少ない予算でやり繰りしている努力が垣間見え、応援したくなる。

 

「こちらに皆様のお部屋がございます。各部屋に小さいながら、電化製品を取り揃えておりますので。どうぞ、ご利用ください」

「イイじゃん! 俺の部屋より広いし、キレェ~」

「皆に1人1人、個室……すっごい、贅沢」

 

 水崎二等航海士から荷物を受け取り、各々が個室へ飛び込む。

 映画でしか見た事ない一等船室に相当するのだから、ハシャグ気持ちは分かる。

 天井にある茶色のシミがうっすらと顔に見えなければ、(いち)も岡持の様に心から楽しめただろう。

 

「センパイ、船の散策。一緒に来て下さいネ♪」

「……どうしましょうねえ」

 

 幽霊が怖いなどと言う可愛らしい理由ではない。あからさまな事件の気配にウンザリしているのだ。

 今更ながら、剣持夫妻の判断は正しかった。

 まだ出航もしていないが、早く終われと祈った。

 

「金田様、いかがされましたか?」

 

 ベッドに荷物を置いた時、水崎二等航海士が廊下から声を掛けてくれる。彼は出航の準備で慌ただしい中、こちらのため息に反応したらしい。

 

「水崎さん、ありがとうございます。助かりました」

「いえ、金田様。どうぞ、ごゆるりとお過ごしください」

 

 咄嗟の愛想笑いに応え、彼はまたも仰々しく頭を下げた。

 

 汽笛が鳴る。

 いよいよ、出航。そうなれば、乗客はデッキや甲板に顔を出す。陸地が離れていく様子を楽しむ為だ。

 (いち)も一眼レフカメラ・ニコンFを取り出し、竜二達と船尾のベランダへ向かう。

 

「お~おう、東京湾がもうあんなに……船ってスゲエ♪」

「岡持君、そこ撮るから……ちょっと」

「センパイ、もうちょっと黄昏た感じで立ってくれません?」

「……鷹杉さん、髪が突風で凄い事になっていますよ」

 

 ベランダの手摺から身を乗り出し、岡持は感激に浸る。そこへ鷹杉はカメラを構え、シャッターを切る。竜二に姿勢を注文されたが、無視した。

 一先ず、(いち)と鷹杉のカメラで3人の記念撮影。三脚が欲しいと思っていれば、白神と合流出来た。

 

「白神さん、どこにいたんスか? 俺達、二等航海士さんに部屋へ案内してもらいましたよ」

「それは良かった。私は船長と少々、話し込んでしまいましたね。お写真、撮りましょう」

 

 岡持の問いにキザったらしく答え、4人を撮ってくれる。白神の上機嫌な様子から、ルポライターの仕事になりそうな情報を得たと察した。

 

「どんな船長なんですか?」

「夕食でお会いできますよ。立食パーティーを予定しているそうです。船長もご挨拶に現れます」

「夕食は7時でしたね。まだ時間ありますから、散策に行きましょう!」

「俺、寝ちゃっていい? 出発のギリギリまで配達してたから、もう眠くて……」

 

 鷹杉はやる気満々だが、岡持は糸目を更に細めて大あくび。

 

「岡持君、お仕事されてから来たのですか。寝ていいと思います」

 

 このまま、客室に戻る者と甲板階へ行く者と分れる流れとなった。

 

「金田君、偶然ね」

「……!? 雪峯さん!」

 

 (いち)の肩をツンツンされたかと思えば、警視庁捜査一課・雪峯(ゆきみね) 美砂(みさ)刑事。

 白いワンピースに青いカーディガン、蝶を連想させるバレッタとイヤリング、ネックレス。薄く引かれた口紅が完全プライベートを物語った。

 

「ふあ!? あ……捜査一課の警……ムグッ

「これは雪峯さん、お久しぶりです。お忘れかもしれませんが、ミス研講師の白神です」

「写真部の鷹杉です、その節はお世話になりました」

「皆さんもお久しぶり。鷹杉さん、素敵なカメラね」

 

 岡持は戸惑ったが、名前を聞いてすぐに気付く。配慮した白神が彼の口を塞ぎ、鷹杉はぺこりと頭を下げる。雪峯刑事も親しげに微笑んだ。

 

「え~と……ボクは……」

「弟君でしょ? お兄さんから話は聞いているわ。初めまして、雪峯です」

(聞いてる? なんで?)

 

 初対面の竜二は兄に間違えられたと思い、自己紹介しようとした。

 雪峯刑事は既に承知の上らしく、キチンとご挨拶。その態度が彼女の「偶然」を否定している気がする。もしもそうなら、刑事の目的は何だ。まさか、幽霊対策ではあるまい。

 到着までの48時間、何も起こらぬ様に祈った。

 

 一先ず、日暮れまでは何もなし。

 後尾の甲板には料理が並ぶ。船上パーティー故、礼服は必須と金田祖父の古びた礼服を持たされて正解。

 

「素敵な夜景ですね、岡持センパイ。こうやって、乗船を体験したら……年末の映画をより楽しめますね」

「……ああ、ディカプリオが主演するヤツ? あれって、大昔に沈没した豪華客船の話だろ……今は聞きたくないかな~縁起でもない」

 

 竜二は闇と化した海を撮影し、岡持の表情が曇る。勿論、キチンと正装している。

 鷹杉は眼鏡こそ、いつも通りだが、緑かかったカクテルドレスを纏う。髪に挿した簪との和洋折衷が彼女の持ち味を際立たせた。

 その手にカメラが無ければ、完全に撮られる側だ。

 

「金田君、流石に学ランじゃないのね。あの恰好だったら、どうしようって思ってた」

「どんな服も鷹杉さんには敵いません」

 

 クスクスと笑い、鷹杉はカメラを構える。(いち)は準備中の光景を背景に撮られた。

 

「合宿の写真、ありがとうございます。どれも素敵でした」

「本当? あたしもアングルに自信あるヤツ、現像に選んだの。まあ……江塔先輩や六野先輩には敵わないけど……」

「あっ、さっきのお嬢ちゃん。めかし込んじゃって、可愛い。……弟君?」

「彼は同級生です。生徒会執行部なんで、怒らせると恐いんですから」

 

 鷹杉が船の散策中に知り合った大学生・大沢(おおさわ) 貴志(たかし)に気安く声をかけられる。彼女はさっと(いち)の後ろへ逃げた。

 

「ふう~ん、確かに真面目そうだな。あっちの岡持っつーボウズを含めて、キミが13人目……これで乗客全部か」

「……13人? そんなに少ないのですか?」

「そうだよっ。あそこの女子高生、飯島さんと美里さん。眼鏡のオッサンが赤井、あの幸薄そうなのが時原さん、雪峯さんと喋ってるのが中村、な? 13人! だからさ、み~んなで仲良くしようぜ。俺は吉田だ」

 

 大沢の言葉に驚いている間、吉田(よしだ) (あきら)に肩を掴まれる。彼の長い髪が靡き、(いち)の頬に触れた。

 イラッとする。

 しかし、この大学生は既に全員の名前を覚えている。船のような閉鎖的空間にはムードメーカーになり得るだろう。

 

「センパイ、船長の挨拶が始まりますよ。大沢さんと吉田さん、あの辺に立ってくれます? ボク、煽りを撮るんで」

「マジ? オレ、髪型変じゃね?」

「大沢……今更、気にすんなよ」

 

 竜二のさり気ない要求に応える彼らは軽薄ではあるが、悪い人ではない。そう思う。

 

「見ろよ、金田。如何にも、船長っぽい顔だぜ。宇宙に飛び出しそうだ」

「岡持君……それは宇宙戦艦の……!?」

 

 岡持に促され、12人の乗組員を見渡す。船長とやらを見る前に知っている顔を見付けた。

 部屋まで案内してくれた水崎二等航海士……ではなく、青い制服にエプロンを着けた女性・香取 洋子(かとり ようこ)だ。

 しっかりと顔を上げていた彼女は(いち)に気付き、目を丸くする。だが、勤務中の為だろうか、それ以上の反応はなかった。

 静かな香取と違い、(いち)の臓物が騒ぎ出す。

 スタンドマイクに立つ髭面で恰幅の良い船長が慇懃無礼に「……ええ~」と語り出しても、頭に入って来ない。

 

「船長を務めております……鷹守 郷三でございます」

「!?」

 

 その名を聞き、聴覚を疑った。

 知っている。

 3年前の豪華客船オリエンタル号沈没事故、その生存者リストに名があった。

 あんな悲惨な体験をした人間が船に乗り続けている事自体、驚愕。あまつさえコバルトマリン号の船長、偶然にしてはあり得ない。

 

「皆さんは既にご承知と思われますが、当船には楽しい航海に似つかわしくない噂があります。本日、真に面白い手紙も届いております」

 

 (いち)の動揺を知らぬ鷹守船長は自分自身さえも嘲笑し、懐から紙を取り出す。

 何かの催しかと思い、不可解に思いつつも全員、注目する。

 

死の航海が始まった! 後戻りはできない! ……『幽霊船長』」

「……幽霊船長?」

「へえ……達筆だなあ。筆で書いた感じがする」

 

 読み上げた鷹守船長は紙を手放し、ひらりと舞う。紙は大沢の怪訝な呟きに吸い寄せられ、吉田が受け取った。

 竜二や鷹杉、岡持と白神も文字を読もうと覗き込む。

 

「ちょっと見せてください。確かに……綺麗な字だ。これは女性が書いたものでしょう」

「私、こういうの興味あるの。預からせてくれる?」

「はあ、どうぞ」

 

 写真家の赤井(あかい) 義和(よしかず)は印象を言葉にする。雪峯刑事は尤もらしい言い訳を並べ、吉田から紙を引き取った。

 

「金田センパイも見てくださいよ」

「いえ……遠慮します」

 

 竜二からも顔を背けた。

 宙を舞う中で文字が、見慣れた筆跡が見えた。見えてしまった。まるで誰かの意思を伴い、自分の前に現れた。

 

(……アイツの字……)

 

 行方の知れぬ母・にいみの書いた手紙だった。

 その字は、買い物のメモに似ていた。でも今、あの優しさが毒みたいに刺さってくる。

 黒い海を航海する金属の密室、絶対に何が起こる。もう決定だ。

 目を逸らしていた過去が今更、迫って来る。

 自分でも分かるくらい蒼白だった。竜二が何か言いかけ、そっと口を閉じる。それだけで、(いち)は駄目になっていると分かる。

 やっと忘れられた。それがたったひとつの筆跡で、何もかも戻ってきてしまった。

 

 心はもう、痛かった――。




剣持警部「剣持だ。閲覧ありがとう。流石は避暑地、北海道だなあ。都会の喧騒からも離されて、女房もリッチな気分を楽しんどるよ。船の旅も悪くないが、アニメ版では女房もおらんし、沖縄行きになっとる。ドラマ版は……いや、ここでは……。ああ、それと幽霊船長の脅迫文は省略ではなく、あの文だけだ。何が起こっても雪峯もおるし……対処、できるはずだ。さて、次回は『幽霊客船ツアー・後編』!! 中村って……あの中村か?」

岡持 武則
瞬間消失の謎ゲストキャラ。作中にて、鷹杉と共に乗船する

雪峯 美砂刑事
4時40分の銃声ゲストキャラ。作中にて、竜太の頼みを受け、非番を利用して乗船する

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