『私の選択、そしてそれによって招かれたこのすべての状況。』
『結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて…。』
『今更図々しいですが、お願いします。
『鳴海先生。』
『大人としての、責任と義務。そして、その延長線上にあった、あなたの選択。
『それが意味する心延え。』
『――。
『ですから、先生。
私が信じられる大人である、あなたになら、この捻れて歪んだ先の終着点とは、また別の結末を…。』
『そこへ繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです。」
『だから先生、どうか……。
『キヴォトスをよろしくお願いします。』
―それは、キヴォトスから風の街への依頼
事態は数時間前に遡る。
「う〜ん」
鳴海探偵事務所で翔太郎は一人、唸りながら一通の手紙を見ていた。何の変哲もないただの依頼の手紙である。今どき手紙で依頼というのは珍しくはあるがそれが悩む理由にはならない。依頼を選り好みするのは翔太郎が目指すハードボイルドに程遠く、実際選り好みする理由もないのだ。それでも悩むこと数分。彼は心強い相棒のもとへと向かった。
コツコツとアルミの階段を下る。コンクリートの壁に無機質な蛍光灯の光がはねるガレージに、翔太郎の相棒は佇んでいた。
「フィリップ!検索だ。調べてほしい場所がある。」
白紙の本を持ち俯いてグルグルと歩く翔太郎の相棒―フィリップにそう呼びかけると、彼は顔を上げ翔太郎へと歩み寄った。キラキラと少年のように輝く瞳、それを見て翔太郎は嫌な予感を感じた。
「あ〜、どうしたフィリップ?」
「なに、気にしないでくれ翔太郎。そんなに大した事でもない。それはそうと翔太郎。君は知っていたかい―パンタグラフというものを!」
予感は的中した。またいつもの発作か…。そう思う翔太郎をよそにフィリップは堰を切ったようにスラスラと語りだした。
「パンタグラフは電車に見られる集電装置の一種だ。鉄道車両が電力を得るための装置でこの他にもトロリーポールやビューゲルが存在するが、その使いやすさから最も一般的に使われている。代表的なひし形の他にも下枠交差型やシングルアーム型、他にも石津式やT型が存在し―。」
直ぐ側のホワイトボードを見ればびっしりとパンタグラフについて書かれている。こうなるのも久しぶりだな。そんな思考も片隅に、翔太郎は延々と喋るフィリップを落ち着けた。
―数分後
「それで、何を検索すればいいんだい?」
やっと落ち着いたフィリップは少し恥ずかしがって言った。
「調べてほしいのは地名だ。さっき届いた手紙の送り先、それが知りたい。」
「地名?それは僕の力が必要なのかい?僕はスマホ代わりじゃない。簡単な検索なら断るところだが…。そんなことに助けを借りる翔太郎じゃない。一体どんな秘境かな?」
そう言いながらフィリップは目を閉じる。数瞬後、目を開ければそこはガレージではなかった。一面真っ白な空間。壁も天井も存在しない、現実にはありえない場所。辺りには大量の書架が並び、宙にも浮いている。それこそがフィリップの持つ力。地球自体が持つ膨大な記録と記憶を閲覧できる。アカシックレコード―またの名を
「調べるのはこの届いた手紙の差し出し元だ。キーワードは『キヴォトス』、そして『学園都市』」
翔太郎の言葉とともに地球の本棚の中では書架が移動し、フィリップの前に並ぶ。その数、およそ10連分。
「まだ候補が多いな…。他にキーワードはないのかい?」
「『連邦生徒会』…。依頼人の所属先だ。」
さらに書架が移動しフィリップの正前の書架は1連だけになった。
翔太郎は最後のキーワードを告げる。
「これで最後だ。『サンクトゥムタワー』…。そこで依頼人が待っているらしい。」
書架が移動して本が数冊抜き取られる。
そして―――。
フィリップが目を開くと、翔太郎は帽子に手をかけ格好つけていた。それに反応することなくホワイトボードへと歩きながら告げる。
「検索結果0件。その条件に合う場所はどうやら存在しないようだ。」
ガシャリという転んだ音を背に、フィリップはホワイトボードに書き始めた。
「『キヴォトス』というのは「Κιβωτός」、ギリシャ語で方舟を意味する言葉だ。ギリシャの首都アテネから北西に約400km、グレヴェナという都市の町とコミュニティの名前でもある。けれど、『サンクトゥムタワー』という建物はそこに存在しない。誰かの悪戯の線が大きいだろうね。」
そう結論付けてフィリップはまっさらな本を閉じた。
「まてフィリップ。本当に、そんな場所は存在しないのか?何か別のキーワードなら見つけられるんじゃないか?」
「あり得ないだろうね。君のキーワードは妥当なものだった。手紙から判断できるキーワードはそれが限界だろう?もしも他にキーワードがあるとしても、どうやって探すんだい?」
「それでも!それでも……、何かあるかもしれないだろう?」
縋るような言葉にフィリップは翔太郎へ振り向いた。
「どうしたんだい翔太郎?君らしくない。いつもの君なら納得するはずだ。何か、これが誰かの悪戯や嘘じゃない確信があるのかい?」
ガレージに冷たく張った空気が満ちる。翔太郎は気圧されながらも語りだした。
「確信はない。けど、その手紙の言葉からは祈りを感じるんだ。頼りになるのがそれしか無いような、だからこそ望みを託すような祈りを……感じるんだ。それに、この依頼は俺達へのものじゃない…おやっさんの、鳴海荘吉への依頼なんだ。おやっさんへ依頼する奴が悪戯するとは俺は思えない。」
「感情論だ。先代への依頼だからと言って悪戯じゃないという証拠にはならない。」
鋭く研がれたフィリップの言葉が体を打つようだった。それが理由にならないことは翔太郎もよく分かっている。それでも、自分の直感を曲げるつもりは無い。言葉を重ねようとして、それより先にフィリップが口を開いた。
「―けれど、けれどだ。それはある意味論理的だ。僕も先代に悪戯のために嘘の依頼をする人間がいるとは思えない。それに、情報が存在しなくても存在する可能性は0じゃない。」
言葉の真意を尋ねるより早く、フィリップは地上への階段を登っていた。
翔太郎が遅れて事務所に入ると、フィリップは机の引き出しを開けているところだった。
「これを貰った時のことを覚えているかい?」
そう言うとフィリップは一枚のカードを見せた。上端のマゼンダ色の縁取りにバーコードがかかれ、中央には白い帽子を被った骸骨―仮面ライダースカルが正面から書かれている。
いつかのクリスマス・イブ、死神を騙る偽物との戦いの果てに共闘したディケイドを名乗るマゼンダの戦士。戦いの後に彼から渡されたそのカードは別の世界の仮面ライダースカルを導いてくれた。
あの出来事を思い返す翔太郎を他所にフィリップは話し出す。
「オーズやフォーゼ、僕達はいくつかの事件で僕ら以外の仮面ライダーと出会い、彼らの情報は僕の地球の本棚にも存在する。同じ地球の仮面ライダーである以上当然のことだ。」
思い浮かべるのは三度共闘した三色の戦士―身軽な旅人と欲望のメダルと助け合い―
と気の合いそうだった白い戦士―青春銀河の高校生―
彼らと比べて、最初に出会った戦士はあまりにも異色だった。
「あの時のディケイドと名乗った仮面ライダーは地球の本棚には存在しない。あの日のことが記録されている以外、彼の持つ力や誕生経緯は検索不可能だ。けれど、推測はできる。」
フィリップはそう回想する。
『灰色のカーテン(オーロラカーテン)』『旅人』『最後に起こった奇跡』そして戦いで見せた能力の数々。
「仮面ライダーディケイド。彼が異なる世界をからやってきた旅人だとすれば、地球の本棚に存在しない説明がつく。この力はこの地球の記録を閲覧するもの。異世界の閲覧は不可能だ。」
「ちょっと待てフィリップ。」
彼の力で異なる世界を訪れたこともあるだろう?そう語り続けるフィリップを手で静止する。
「ディケイドの情報が地球の本棚に無い理由は分かった。けど一体それとあの手紙に何の関係があるんだ?」
仮面ライダー絡みには思えない。そう釈然としない表情を浮かべている。
「いつもより察しが悪いね翔太郎。ようするに、その手紙は何らかの手段で異世界から送られた物かもしれない。僕はそう言っているんだ。」
そう語るフィリップの目に曇りはなく、その言葉が真剣であることがよく分かる。
「この依頼は風都は疎かこの地球の外からのものだ。それでも翔太郎、君は依頼を受けるのかい?」
「あぁ、勿論だ。」
フィリップのその問いに、翔太郎は迷わずにそう答えた。数秒、無音が流れる。
「それなら、僕は方法を探して見よう。とりあえず、今日はもう遅い。本腰をいれるのは明日からになるが、かまわないかい?」
気がつけば、傾いた太陽の橙色の光が差し込んでいた。
その日の夜、翔太郎とフィリップも眠った丑三つ時。スカルのカードが光輝き、そして
彼らは鳴海探偵事務所から消え去った。
鳴海荘吉様
お元気でしょうか。以前の事件では殆ど話すことができませんでしたが、事件を解決してくださりありがとうございました。今回、手紙を送らせていただいたのは依頼があるからです。現在、キヴォトスでは様々な問題が起きようとしています。連邦生徒会長として、解決のために奔走しているものの、このままでは治安は崩壊してしまうでしょう。そこで、先生としてこの事態の解決を手伝っていただきたいのです。サンクトゥムタワーでお待ちしております。
連邦生徒会長 ■■■■■■より