切り札はBにいる   作:杜若3

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―導入完了
定義構築:開始 彼らは、二人で一人の―



Kへの招待/始発の合図

「先生……起きてください、先生。」

微睡むなか、翔太郎は凛と澄んだ声で目を覚ました。

「フィリップ?」

霞のかかった思考のなか、無意識にそう呟いた。

事務所のソファーよりも柔らかな感触と暖かな日差しを感じながら身を起こせば、そこは慣れ親しんだ事務所では無かった。壁面のほとんどはガラスで、床のタイルは日差しを散らしている。

眼の前には腰まで伸ばしたツヤのある黒髪が印象的な少女が立っていた。青い瞳は頭上に浮かぶ光輪のように鋭く、制服を一つの乱れもない純白の制服と合わさり抜き身の刃のごとき気迫で―。

…頭上の光輪?

「・・・・・・・・・・。」

「お目覚めになられましたか、鳴海先生。」

翔太郎の思考が纏まるより早く眼前の少女はさらに情報を叩きつける。

「始めまして。私は七神リン、学園都市「キヴォトス」の連邦生徒会の幹部です。」

「・・・・・・俺は左翔太郎。風都で探偵をしている。」

探偵としての意地を支えにやっとのことでそう答える。

「左……ですか。では、あなたは鳴海壮吉先生ではないと?」

少女の―リンの返事をよそに、翔太郎の思考は未だ混乱していた。

『不慣れな土地』、『不在の相棒』、『不明な光輪』、ここが依頼先のキヴォトスだとやっとのことで結論づける。

「キヴォトスの混乱の解決。その依頼は俺達が引き受けた。」

「・・・どういうことでしょうか?」

リンの声が下がる。翔太郎は情報をまとめることに集中し、それに気づくことなく口を開いた。

「鳴海荘吉は数年前に亡くなっていてね。今は俺達が探偵をしている。」

「・・・・・・そう、ですか。でしたらお帰りください。」

凍てつくような返事に翔太郎は思考を中断した。

「私達が依頼したのは壮吉先生であって貴方ではありません。」

言葉には凍てつくような拒絶がこもっていた。

思わず息が止まる翔太郎を一瞥することなく、リンは背後の出口へ歩きだしていた。

その瞬間あらゆる思考を止め、翔太郎も追いつかんと慌てて走り出す。

部屋をぬけるとリンはエレベーターに乗り込むところだった。

間一髪で閉まる扉に倒れ込むようにして体をすべらせた。

「・・・何やってるんですか?」

見下ろす視線が痛い。

「俺は探偵だ。一度依頼されたことは簡単には投げ出せない。せめて、連邦生徒会長に会ってから決めてくれないか。」

ホコリを払いながら立ち上がる。

二人には硝子の向こうに広がるキヴォトスの街は見えない。ただ互いの目を見つめあっている。

見つめられたリンが思わずたじろぐ程に、その瞳は強く、熱を持っていた。もしかしたら―そう思わせるなにか。鍛え上げられた決意にも近い、意思が実際に熱を持っているかのような眼差し。

―それでも、両者の意思は交わらない。

なるほど、確かにその意思だけなら一級品。けれど、意思一つで何とかなるほどこの世界『キヴォトス』は甘くない。

左翔太郎はただの外の世界の大人。光輪(ヘイロー)をもたず、機械の身体を持たず、獣毛も持たず。拳銃一発で死に至りかねないとてもとても脆い存在。もし彼が伝え聞いていた先生『鳴海壮吉』であればリンは快く依頼を伝えただろう。そんな不安など必要ないだろうと、そう思える程に噂は聞いているし連邦生徒会長の推薦でもあるのだから。

「先程も申し上げた通り、それは貴方への依頼ではありません。それに…。」

故に、断ろうと口を開き、言葉が終わる前にエレベーターの扉が開いた。

 

 

―サンクトゥムタワー、レセプションルーム

扉が開けば音の奔流が翔太郎を襲った。部屋の中では大勢の光輪を持つ少女が忙しなく動き、無数の会話が雑音を作り出している。白を基調とした七神リンのような服を着た少女が殆どだが、それ以外にも様々な制服を着た生徒がいる。翔太郎はその光景にさらに違和感を覚えていた。

すると―。

「ちょっと待って!代行!見つけた、待ってたわよ!連邦生徒会長を呼んできて!」

一人の少女がそう言ってリンを呼び止めた。白いパーカーを羽織り、長い菫色の髪をツーサイドアップに束ねた少女。頭上の光輪は黒く、中央に水色のラインが薄く見える。そして、その両手には黒色の短機関銃―即ちサブマシンガンが鈍く輝いていた。

(そうか、そういう事か。)

同時に翔太郎はその違和感の正体に気がついた。

(銃だ。生ここにいる生徒の大半は銃を持っている。)

談笑している向こうの生徒も、作業しているあの生徒も、廊下を歩いている生徒達も、全員が銃を携行している。

(”この依頼は風都は疎かこの地球の外からのものだ。”か。―本当にここは異世界なんだな。)

「・・・・・・うん?隣の大人の方は?」

リンと話していた少女はようやく翔太郎に気付いたのかそう尋ねる。

「俺は―。」

「首席行政官。お待ちしておりました。」

「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています。」

翔太郎が口を開くのに被せるように新たに三人の少女が現れた。

一人は黒い制服に身を包み、黒髪を膝まで伸ばした長身の少女。光輪は赤く鋭い穂先が四方に伸びている。手には木製の銃身の狙撃銃を携え、大きな黒い翼を窮屈そうに畳んでいる

一人は白いブラウスに身を包む、栗毛の髪を首ほどで二つに結んだメガネの少女。光輪は赤く、先の尖った十字架のような形をしている。肩から鞄を下げ、片手で弾倉が特徴的な拳銃を持っている。

一人は灰色の制服を着用し、銀髪がきらめく細身の少女。淡い桃色の光輪の横で白い片翼が跳ねている。手には白いアサルトライフルが握られている。

「あぁ…面倒な人達に捕まってしまいましたね。」

溜息をつくようにぼそりと呟いたリンの声が届くことなく空気に溶ける。

「こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん。」

リンは気を取り直すように声を響かせる。

「こんな暇そ……大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よく分かっています。

「今、学園都市に起きている混乱の責任を問うために…でしょう?」

そう言ってリンは微笑む。色々なストレスを表出するような、見るもの全てを威圧するような凍てつく笑みだった。

「そこまで分かっているのなら何とかしなさいよ!連邦生徒会なんでしょ!」

そう、怯むことなく菫色の髪の少女が声を張り上げる。

「数千もの学園自治区が混乱に陥ってるのよ!この前なんか、うちの学校(ミレニアム)の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」

それを皮切りに他の三人も次々に話し出す。

「『連邦矯正局』で停学中の生徒たちについて、一部が脱出したという情報もありました。」

「スケバンのような不良生徒たちが、登校中のうちの生徒たちを襲う頻度も、最近急激に高くなりました。治安の維持が難しくなっています。」

「戦車やヘリコプターなど、出所の分からない武器の不法流通も2000%以上増加しました。これでは正常な学園生活に支障が生じてしまいます。」

「…まじかよ。」

思わずリンを見やる。困り事があるとは感じていたが、想像以上の混乱である。

「・・・・・・・・・。」

だから伝えたくなかったのに。そういうかのようにリンは溜息をつく。

「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの?どうして何週間も姿を見せないの?今すぐ会わせて!」

その溜息をどう思ったのか、菫色の髪の少女はそう続ける。

それは翔太郎も気になっていたことだった。今までこの少女は依頼人がどこにいるのか一言も口にしていない。

「・・・・・・・・・。」

リンは何かを堪えるように目を瞑り、

「―連邦生徒会長は今、席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました。」

そうして爆弾を投下した。

「・・・・・・え!?」

「そんな……。」

「・・・!!」

「やはりあの噂は……。」

その発言は水面に浮かぶ波のように、少女たちへ広がっていく。翔太郎もまた動揺していた。依頼人の安否がわからない。既に予期していたはずのそれをあらためて突きつけられる。

「結論から言うと『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です。」

「認証を迂回できる方法を探していましたが……先ほどまで、そのような方法は見つかっていませんでした。」

「それでは、今は方法があるということですか、首席行政官?」

長身の少女が鋭くたずねる。

「それは……。」

リンの返答ははっきりとしない。さっきまでの自信は薄れ、蒼い瞳が揺れている。

しばしの逡巡、翔太郎の眼を見てからリンははっきりと告げた。

「可能性はあります。この大人がフィクサーになってくれるはずです。」

「この方が?」

翔太郎へ四人の視線が向けられる。興味、驚き、懐疑、想起。様々は感情が込められた視線をまっすぐ受け止める。

「俺は左翔太郎。風都で探偵をしている。今日は連邦生徒会長から依頼の手紙を受けてここに来た。相棒のフィリップ…は今はいないんだが……。」

頭の帽子に手を置きながら格好良く決める。

「守月スズミです。普段はトリニティ総合学園の自警団をしています。」

「羽川ハスミといいます。スズミさんと同じトリニティ総合学園の正義実現委員会に所属しています。」

「ゲヘナ学園所属、火宮チナツです。風紀委員会の救護を担当しています。」

「ミレニアムサイエンススクール、セミナー所属の早瀬ユウカよ。それで、探偵さんがどうしてに?」

翔太郎のポーズに反応することなく、ユウカがそうリンに問いかける。

「この方たちは、連邦生徒会長が特別に指名した先生……その代理です。」

「行方不明になった連邦生徒会長が指名、それに代理って…?」

「・・・先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の担当顧問としてこちらに来ることになっていました。」

混乱しているユウカたちのために、リンはそう補足する。

「連邦捜査部『シャーレ』。単なる部活ではなく、一種の超法的機関。連邦組織のため、キヴォトスに存在するすべての学園の生徒たちを、際限なく加入させることすらも可能で各学園の自治区で、制約無しに戦闘活動を行うことも可能です。」

それがどれほど無茶苦茶なことかは、翔太郎たちにも理解できた。少なくとも大人一人に持たせるような力ではない。

「なぜこれだけの権限を持つ機関を、連邦生徒会長が作ったのかは分かりませんが……。」

リンは当然それに気づいてる。ただ、その疑問よりも連邦生徒会長への信頼が上回っているのだ。

そしてだからこそ、リンは翔太郎を疑ってしまう。代理とはいえ連邦生徒会長の指名でもない大人を、超法規的機関のトップにしてよいのか。その迷いが翔太郎へ拒絶として現れていたのだと。そう翔太郎は納得した。

そんな翔太郎の内心はよそに、リンの話は続いていた。

「シャーレの部室はここから約30km離れた外郭地区にあります。今はほとんど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令で、そこの地下に『とあるもの』を持ち込んでいます。」

「それを使えばこの問題はそれで解決する。・・・そういうことか?」

「使うことができれば……です。先生の代理が使えるかは分かりません。」

翔太郎の考えをそう肯定すると、スマートフォンのような物を取り出した。

リンがそれを少し操作すれば空中にピンク色の髪をツーサイドアップにした少女の映像が浮かび上がった。映像の少女にもやはり光輪が浮かんでいた。

「モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど……。」

「シャーレの部室?………ああ、外郭地区の?そこ、今大騒ぎだけど?」

モモカと呼ばれた少女はあっけらかんとそう言う。

「大騒ぎ……?」

リンは思わず反駁した。言葉の理解を脳が拒む。

「『矯正局』を脱出した停学中の生徒が大騒ぎを起こしたの。そこは今戦場になってるよ。」

リンが言葉を飲み込む間もなく、モモカは呑気に続けた。

「連邦生徒会に恨みを抱いて、地域の不良たちを先頭に、周りを焼け野原にしているみたいなの。巡航戦車までどっかから手に入れてきたみたいだよ?」

「・・・・・・・・・。」

リンの形相が険しく変わる。

「それで、そうやら連邦生徒会所有のシャーレの建物を占拠しようとしているらしいの。まるでそこに何か大事なものでもあるみたいな動きだけど?」

絶句するリンの表情に気づくことなく、モモカは他人事のような口調を崩さない。

「まあでも、もうとっくにめちゃくちゃな場所なんだから、別に大した事な……あっ、先輩、お昼ごはんのデリバリーが来たから、また連絡するね!」

結局、リンの表情に気づくことも、その態度を崩すこともなくモモカは一方的に通話を切った。

沈黙。ぷるぷると怒りのあまり震えているリンへと生暖かい視線が集まる。声をかければ爆発しそうなリンへ言葉をかける勇気が出ないのだ。

「ああ…その、深呼吸でもするか?」

おずおずと翔太郎がそう声かける。

「・・・だ、大丈夫です。・・・・・・少々問題が発生しましたが、大したことではありません。」

深呼吸をしてから、リンはそう言って微笑む。―ただ、その目は明らかに笑ってはいない。

「ちょうどここに各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです。」

そう言ってリンはユウカたちの方へ視線を向けた。

「「「「・・・・・・えっ?」」」」

突然のことに四人とも困惑する。

「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう。」

その困惑が収まるのを待たず、リンはすたすたと歩き出していた。

 

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