統合参謀本部のコントロールルームでゴップ大将から聞いた解除コードを入力すれば、核爆弾の起爆までのカウントダウンのタイマーが止まったのを確認する。
「Nジャマーは……、まだ止めなくて良いか」
ニュートロンジャマー。
プラントが血のバレンタインによって核攻撃を恐れ、それの抑止力として開発した核分裂を抑制する装置だ。
その副産物として強力な電波妨害も発生する為に、C.E.ではMSによる有視界戦闘が有利になるというミノフスキー粒子の代わりをしているが、あの世界のズゴックの腕部ビームの名前が重粒子力線砲という事で、メガ粒子砲の存在──つまりはミノフスキー粒子が存在している可能性が出て来た。
しかしバルルス改特火重粒子砲がジンの武装として初期から登場していて、ならばその重粒子はなんなのだろうかというわけなのだが、それを考察するのもまた良いだろう。
Nジャマーを作ったのは、ジャブローが核で吹っ飛ぶと知っていれば、それが防げる事に越したことはないからだ。
ジャブローを制圧出来れば地上における生産拠点を手に入れる事が出来る上、ティターンズは態々ジャブローを空き家としてくれるのだから少ない労力でそんな魅力的な生産拠点を手に入れられる機会をみすみす逃す程、私は阿呆ではない。
MSや艦艇の動力が核融合炉であるから、Nジャマーの有用性はまったく無いのだが、こうした局所的な使い方が出来るのだから、備えあれば憂いなしである。
「すぅ……はぁ……。……行くか」
深く息を吸って、肺の中の酸素を全て吐き出す。
重い腰を上げながら、私はゴップ大将のもとへと向かう。
やはり食えない狸の御仁である。
私は万年大尉で居たいのに、非常事態に
こちらの弱みにそうして付け込んで来るのは、まだまだ私の脇が甘いと言わざるを得ない。
仕方がないだろう。
士官教育を受けたとはいえ、前世はアルバイトやパートに平社員が精々だった私では正直大尉の地位ですら手に余る。
佐官になど上がろうとは思えないし、「クワトロ大尉」から外れてしまえば、それは最早クワトロ・バジーナではない。
かと言ってわざと評価を落として階級を下げるというのもリスクが高すぎる。
そもそもそんなことをしてクワトロ・バジーナの名に傷を付けることは出来ない。
上からの命令は絶対なのは宮仕えの辛い所だ。
正直にぶっちゃけて良いだろうか?
これから私は情けない事を言う。
聞きたくない者は耳を塞ぎ、見たくない者は目を閉じて構わない。
ふむ、それでは吐き出させて貰おう。
────めっっっっっちゃイヤだ!!
どれくらい嫌なのか表現するのならば、そうさな。
ゼダンの門又はグリプスを潰してくれとハマーンに頭を下げるシャアくらいの気の進まなさ。
或いはデュランダルがタリア・グラディスと別れなければならなかった心境、というくらいにだろうか。
つまり心底イヤだ、と言いたい。
何が嬉しくて大佐をやらなければならないのだ。
遺族年金が増える事以外に得する事など何もないぞ?
万が一に遺せる金が増える事は良いが、階級相応に責任という物が山積みとなる。
私は踏ん反り返って尻で椅子を温める男にはなりたくない。
佐官になったらMSに乗れなくなってしまうだろう。
それでは困る。
ユウ・カジマは第二次ネオ・ジオン戦争にて落下するアクシズに命令を無視してジェガンに乗って駆けつけたと言われていて、その時の階級は大佐であるが、大佐ともなれば一個艦隊を預かるような立場となる。
ティターンズのバスクやジュピトリスの責任者のシロッコ、自分が旗頭とはいえネオ・ジオンのシャアを見れば実質的な組織の実務担当にもなる。
つまりはエゥーゴの実務的なリーダーをしなければならない。
……今とそう変わらないのではないか?
ふむ、なら良いのか。
ハッハッハッハッハッハッ──。
ええい、笑うな、シャア!
貴様の頑張り過ぎだと言うのならばさっさと私の前に姿を表せ!
今ならばサテライトキャノンの一発で勘弁してやらなくもないぞ。
はぁ……。
これからどうなるのかと考えても無駄な事を頭の隅に追いやって、目的の部屋へとたどり着いた為、姿勢を正して扉をノックする。
「クワトロ・バジーナ大佐、ただいま出頭致しました」
「待っていたよ、クワトロ大佐」
サングラスを外して部屋に入る。
そこでは核爆弾が爆発するというのに何ら逃げる身支度もせずにいるゴップ大将がデスクの椅子に掛けていた。
「閣下、いくら核が爆発する事は限りなくゼロであったとはいえ、身支度を何もしていないのは如何なものかと」
「そうは言うがね、クワトロ大佐。君がもう少し頑張れば、エゥーゴの攻撃目標をジャブローから変えることも可能だっただろう」
「己の至らなさを恥じ入るばかりです」
「だからだ。正式に君を大佐に命じる。エゥーゴのナンバー2が大尉では、体面も悪かろう」
「私はエゥーゴのナンバー2になった覚えはないのですが」
「だが君はそうした動きをしている。もう少し目立たず動くべきだった。しかしヘンケン・ベッケナーやブライト・ノアは良くも悪くも軍人で船乗りだ。そうした政治的な立ち回りは出来る君に回るのも道理と言うものだよ」
「必要であるからしていたまでです」
「その能力があるから君を買っているのだよ、私は。君の我儘を聞き入れ、その為にもう手放している筈のこの椅子にも座っている。その意味を酌んでもらいたい」
「閣下には色々とお手数を掛けさせてしまいましたが、それは連邦軍の赤い彗星としての働きで返せていると自負しております」
「そうだな。だから月のプトレマイオスの基地建設とマイクロウェーブ送電施設も用意させた。君がグラナダやサイド1、サイド3で用意している物にも目を瞑っている」
「全ては閣下の掌の上、と言うことですか」
「財界に友人が多いと、景気の良い自慢話は訊かずとも聞かせてくれるのだよ」
「左様で」
「まぁ、立ち話もなんだ。座ってくれ」
「失礼致します」
私はゴップ大将に推められ、応接用のソファに座る。
するとゴップ大将はデスクから立ち上がって、備え付けのサーバーから中身をカップへと注いで、それを2つ用意して私の対面へとコーヒーカップを置きながら座った。
「人払いをしてしまったからな。コーヒーを自分で淹れるのも久々だよ」
「頂きます」
私はコーヒーカップを手に取り、その中身に口を付ける。
「強い酸味と甘い香りを感じます。この香りはキリマンジャロですね」
「そうだ。スペースノイドでは滅多に口に出来ない天然物だよ」
「私は地上勤務もそれなりにありますので」
しばらくコーヒーを啜る音だけが部屋を支配する。
しかしこれがただのお茶会である訳もない。
一体何を言われてやらされるのか、代わりに、こちらも色々と注文を付けるラインを見極め無ければならない。
こうした腹の探り合いは私の最も苦手とするところである。
「さて、今後の事だが。エゥーゴは君の管轄の部隊として扱う」
「連邦正規軍としてお認めになると?」
「エゥーゴは思想集団であって、そこに所属する君等は元々は連邦軍だ。今更正規軍扱いもなにもなかろう」
「了解致しました。しかし、エゥーゴには元ジオン兵やジオン残党も合流しておりますが」
「同じ事は言わんよ?」
「失礼致しました」
「よろしい。ああ、それと、ジーン・コリニーは更迭。部下の暴走を止めきれなかった責を負って貰う」
「それは却ってジャミトフを刺激することになるのでは?」
「宇宙での動きを多少鈍らせる程度でしかない。グリプスはジャミトフの庭だ。それにコリニーの後援が無くともジャミトフは議会の支持基盤を既に盤石としている。そこは主義を掲げるジャミトフの強みとエゥーゴの発足が後追い故の脆弱さだな」
「耳の痛いお話です」
「手っ取り早いのは君がサイド1の代表となって議会に入る事だったな」
「一介の軍人に無理を仰ります」
「そうであったのならばデラーズのコロニーは落ちて、30バンチの1500万人は死に、エゥーゴも今の規模ではなかったよ」
そう言われてしまうと何も言い返せない。
とはいえそれは私自身が識っていた上で動ける立場にあったからだ。
そうであってもコンペイトウの観艦式への核攻撃は防げなかった。
そして戦後の悲劇もまたそうだ。
これは私の自惚れと傲慢さが故の独り善がりのエゴでしかないが、それでも、そう、それでもと、思わずにはいられない。
それこそ死者への冒涜に他ならぬとしてもだ。
「私は君をニュータイプだとは思っていないが、スペースノイドとアースノイド、そのどちらの視点も持っている稀有な人間であると思っている。君は生まれも育ちもスペースノイドであるのにもかかわらず、まるで地球で生まれ育ったアースノイドの眼を持っている」
「恐縮です。何分地上の彼方此方を馬車馬の如く走らされましたので、学ぶのには困りませんでした」
「そういう事にしておこう。話は変わるが、君はジョニー・ライデンを知っているな?」
「ア・バオア・クーで交戦した程度と戦後の戦史教本に記された程度でありますが」
「君の戦闘詳報には目を通している。率直に訊くが、どうだった?」
「手強いと感じました。あのキシリア麾下のキマイラを率いる人物足ると」
「成る程」
私の言葉に頷いたゴップ大将は、パンパンと手を叩く。
すると部屋の出入り口とは違う扉が開いて、そこからひとりの少女が出て来た。
無性にぶっかぶかのロングコートを着せてシャキーン!と言わせたくなる衝動に駆られる。
……猛烈に嫌な予感がする。
「彼女は?」
「しばらく前に預かった娘だ。これで中々手を焼いてね。この歳になって親の悩みを持てるとは幸せな事だよ」
そう言うゴップ大将は老獪な狸爺やジャブローのモグラ、兵站の傑物というそうした顔を一切見せぬ、好々爺とした表情を一瞬だけ浮かべた。
「彼女を君に預ける。これはジャブローを使わせる代金だと思ってくれ。イングリッド、クワトロ大佐の言う事を良く聞くんだぞ?」
「はいはい。はぁ〜、娘を差し出すなんて
「それはこのクワトロ大佐のシミュレーションデータに勝てたら撤回しよう」
「あんなぶっ飛んでる動きが人間に出来るわけないじゃん。でなかったらバケモノよ、バケモノ。MSが直角に何度も曲がったり、ズゴックでバレルロールとかあのクローで逆立ちとか機体をくるくる捻って避けながらビーム撃って来たり頭突きしてくるなんて中身がグッチャグチャになってるよ」
「第一印象がバケモノとは中々エキセントリックだな。クワトロ・バジーナ大佐だ。よろしく頼む」
「イングリッド…。まぁ、よろしくしてあげる」
私が彼女へと手を差し伸べると、礼儀としての返礼として手を差し出してくるイングリッド。
────────!!
「これ…は…っ」
イングリッドの手を握った時、私達は宇宙に居た。
私が彼女の手を離すと、そこは元の部屋だった。
「あなた、なんなの。赤い彗星って……何人居るの…?」
「私はクワトロ・バジーナだ。赤い彗星を名乗っているが、私はクワトロ・バジーナであり、それ以外の何者でもない。シャア・アズナブルでもなければキャスバル・レム・ダイクンでもなく、そして人の総意の器でもない」
「……面白いわ、あなた。うん。仕方ないから
「では、赤い彗星が伊達ではないということをお見せしよう」
ゴップ大将が態々私に彼女を預けるという意図は先程の2人の会話から読み取れる。
大佐になって早々、厄介事を背負うこととなりそうである。
イングリッド0、彼女と路が交差する時が来るか。
このままなら確実に私も宝探しに巻き込まれるのは必定だな。
ならば赤い彗星として、彼女を一端に鍛え上げるのも一興というもの。
しかし私のシミュレーターのデータに勝てていないところを見ると、使っている機体にもよるが、普通のエースパイロットの域を出ていないと見える。
ギャプランのデータがあれば使いたいところだな。
私のシミュレーターのデータは2つある。
一つはG-3ガンダムのデータと、もう一つはズゴックのデータだ。
どちらも学習型コンピューターに学ばせた私の動きを取り敢えずは合格出来るレベルで再現させているが、近接戦闘の読み合いや咄嗟の機転、膨大なガノタ知識から来る即興での連携は再現出来ていない。
所詮はデータで再現されたものでしかない。
それを乗り越えられない様であれば、成る程、鍛え甲斐がある。
「うっ、な、なに、今の鳥肌のする感じ…!?」
肩を跳ね上げて首を左右に振るイングリッドはまるでネコに見えた。
微笑ましいものだ。
私はなんとなしに床を見る。
その先に、私の帰れる場所がある。
ならば、そこへ帰る為にも今はやるべき事をするまでだ。