予定よりも1時間程寝過ごしてしまった。
これでは大佐になって早々自己管理がなっていないと叱られてしまうな。
「おはようございます、クワトロ大佐」
「ああ。おはよう、エマ中尉」
とか思っていれば軍人の鑑であるエマ中尉と鉢合わせる。
私は寝坊したという事を悟らせない様に普段通りの振る舞いでエマ中尉と相対する。
「どうかな、そちらの様子は」
「はい。こちらに残ったティターンズのメンバーには30バンチ事件の真実を話して一晩熟考する時間を取りましたところ、全員ティターンズ除隊と連邦軍への復帰を申し出て来ました」
「だろうな。君という前例が居てくれるから、彼らも組織の実態を知ってしまえば離れたくもなる」
ティターンズは正規軍として認められた連邦軍のエリート部隊だ。
地球生まれで編成されている部隊であるが一年戦争で従軍している者も少なくはない。
ジャブローの自爆によって危うく自分達も焼かれかければ組織に対する疑念は生まれる。
それは史実では焼かれて死人に口なしとなる者たちだったのだろう。
逃げ遅れて置き去りにされた者たちが多く居ただろうことは作中でもジェリドがシャトルに乗り込む所で描写されている。
マウアー・ファラオに助けられていなければジェリドもシャトルから落ちてジャブローで焼かれていただろう。
本人曰く悪運の強さは認めざるを得ないな。
そしてそんな置き去りにされて焼かれかけたティターンズや連邦軍の捕虜の中からエゥーゴに参加したいという者たちが声を上げて来た。
エマ中尉の様に志の高い若い世代も居る。
そして一年戦争を経験している者はジオンに対して怨みを抱く者も多く、しかしそれがスペースノイド全体を敵視するというのには繋がらない者も多い。
コロニーが落ちた事で被害を受けたり、ジオンの降下作戦で家族や恋人、友人に仲間を失ってジオンを憎む者は多い。
だが一年戦争はジオンが仕掛けてきた物であって、他のスペースコロニーは中立だったサイド6を除いて壊滅的な被害を受けたコロニーサイドが多く、そうして部隊の仲間などに被害を受けたスペースコロニー出身の者も居るからジオン憎し=スペースノイドは敵という図式にはならないという、自分以上に怨嗟を振り撒く者がいると却って冷静になれるという物だ。
そうした気風を肌身で感じているからこそ、ジオン許すまじの兵は多くとも、だからといって焼け出されて天涯孤独となってしまった仲間が居るから他のスペースノイドは被害者だと分かっている者が多かった。
デラーズ紛争でコロニーが北米大陸の穀倉地帯に落ち、地球が食糧危機を迎えていれば史実通りにアースノイドとスペースノイドの対立構造が深刻となっていただろう。
だがそうはならなかった結果、目に見えた深刻な状態にはならなかった。
ただ、一年戦争から7年が経ち、宇宙を顧みない連邦政府に対する不満は募るばかりで、そこに来て30バンチ事件とあればスペースノイドの怒りが爆発するのは無理のない事である。
つまり史実と比べてアースノイドはスペースノイドを敵視はしていないが、スペースノイドはほぼ変わらずアースノイドを敵視するという構図になっている。
ただそれ以上にスペースノイドはジオンを嫌っている者が多い。
何しろ自分達の故郷や家族を奪った者達であるのだからだ。
アースノイドにもスペースノイドにも敵視されるジオン共和国の人々は肩身の狭い立場である。
話が逸れたが、そうした背景もあってティターンズに所属しているからといって生粋の主義者というわけではなく、ジオン残党を鎮圧する特殊部隊に所属するという感覚でティターンズに居る者も多い。
というより、Zガンダム本編では分り易く敵であるというのを表現する為に極端なメンバーの代表的な描写をしているだけであり、分かり易いのはブラン少佐の部隊が一般的な連邦軍とティターンズの関係だ。
反政府組織であるエゥーゴを鎮圧するのが連邦軍の仕事であり、ティターンズの仕事でもある。
大尉であるベン・ウッダーがティターンズ権限を使ってもブラン少佐と同階級の少佐扱いであり、同階級でもティターンズが優先されるのはライラ大尉よりも中尉であるジェリドを戦闘隊長にする事をジャマイカンがやっていたが、ベン・ウッダーがアウドムラへの特攻を敢行した時に残ると言った兵が少なからず居た事は、そうした強権を振り翳さずに指揮系統を混乱させず職務を全うするまともな士官であった事が見れる。
つまり極端なのはバスクやジャマイカンの周囲、ティターンズを悪とする題材の話の中であり、大多数のティターンズに所属する将兵達はマトモである事が多いのだ。
そんな彼等がティターンズを抜けて連邦軍への復帰や、エゥーゴへの協力を申し出るのも無理からぬ事である。
エマ中尉がバスクのやり方について行けないと言ったように、自分もあわや核の炎にエゥーゴごと焼かれかけたとあっては、ティターンズを見限るのも解る話だ。
連邦軍に関してはこちらで対処出来るが、ティターンズのメンバーについては実際にその空気に触れたエマ中尉に任せた。
理性的な軍人であるエマ中尉ならば任せられると判断したからだ。
「クワトロ大佐は、彼等を受け入れるつもりなのですか?」
「どうかな。エゥーゴには元ジオン兵やジオン残党から合流した者も居る。連邦軍への復帰はするが、本人の意志が固くなければエゥーゴへの参加は見送ろうと思っている」
「それが組織の規律を保つ為に最善ということですね」
「そういう事だ。人手不足だからと来る者拒まずをしてしまえば、組織の理念は形骸化してしまう。ならば苦しくともそうした組織運営は必要な事だ」
分り易く言えばACfaのラインアークがそうだな。
ガンダムで例えるのならば、オーブだろうか。
理念を守る為に何処にも与することもなく中立を保つ。
理想論者と言われようとも貫き通す信念がなければ、理想も理念も失われ、大義の無い組織は暴徒も同じだ。
だからこそ、人手不足であっても受け入れる人員の査定は厳しくしている。
そうでなければエゥーゴはジオンと同じ組織と見られてしまうのだ。
そうなってはスペースノイドの支持を集める事すら儘ならなくなる。
連邦軍の同志は多いが、おそらく元ジオン兵やジオン残党から合流しているメンバーは史実よりも少ない筈だ。
なにしろ元ジオン兵やジオン残党はスペースノイドの独立と自治権獲得の為に活動しようとする。
しかしエゥーゴはスペースノイドの人権を守る為の組織であり、そうして結びつけてしまうのは解釈違いなのだ。
だからそうした過激派はお断りをしている。
気高い志も革命が終われば官僚主義に呑み込まれるというアムロの言葉は、虹にのれなかった男を読めばその通りである。
エゥーゴとしてスペースノイドの為に立ち上がった者達が、第一次ネオ・ジオン戦争後にエゥーゴが連邦軍に吸収解散し、連邦軍での立場が約束されれば自分達が嫌っていた連邦高官と同じ存在となる。
シャアを逸らせたと憤るブライト艦長の気持ちも解るのだ。
そうはさせない為にもブレックス准将の暗殺を防ぎ、エゥーゴを存続させ続ける必要がある。
とはいえエゥーゴもその軍事力は連邦軍から合流している有志の集まりだ。
そして資金もアナハイムのスポンサーがある為に、エゥーゴはアナハイムの意向を無視出来ない。
そうした余分な余地の入らない組織は必要である。
まさかネオ・ジオンを立ち上げたシャアの気分が解る様になるなどとは思わなかった。
だからこそ、エゥーゴを任せられる存在としてシャアが必要となる。
もしこのままシャアが現れないのならば、ブライト艦長にブレックス准将の補佐を頼むこととなるだろう。
ロンド・ベル結成の為に政治的にも立ち回れるのは分かっているので、ブレックス准将も居ればエゥーゴの舵取りは難しくないだろう。
ロンド・ベルは元エゥーゴのメンバーを中心に編成されたとも聞く。
現場はシナプス艦長やヘンケン艦長が居るのだからどうにかなるだろう。
アムロは確かに組織の象徴にはなれる。
カラバにアムロが参加した事で、カラバの戦力でティターンズの地上拠点であるキリマンジャロを攻略出来るまでになるのだから、アムロ・レイというネームバリューの大きさはそれで計り知れる。
ただアムロは何処まで行っても一介のパイロットに過ぎない。
それが分かっているからこそ、シャアに期待をするのだ。
自分が政治を出来ないから、シャアにやってもらう。
代わりに自分がパイロットとして戦う。
そうした意志があるから、過去の遺恨を一時的にとは言え折り合いを付けて共に戦うことも出来た。
だが、カミーユの末路を感じ取ったシャアは地球に居続ける人々に見切りを付け、ダイクン派を中心とした新生ネオ・ジオンを立ち上げた。
まったく、ダカール演説はブレックス准将にお任せする事は出来たとして、アクシズとの交渉はどうするというのだ。
ニュータイプであるハマーンが私をシャアだと誤認する事なく、私がクワトロ・バジーナという赤の他人であると知れれば、交渉は難しくなる。
いや、待て。
そうなればそうなったで、クワトロ・バジーナとして交渉に進めば良いのだから却ってややこしくならずに済むのではなかろうか?
最初の交渉ではシャアが担ぎ出されたミネバを見て、ハマーンによくも偏見の塊に育てたと憤りを露わにした事で交渉の場は流れてしまったのだ。
そうしたトラブルがないのだから、案外スムーズに進むのではないかと思う。
……駄目だ。
ザビ家の支配下に再び置かれることをサイド3のジオン共和国は受け入れるとしても、サイド3に住む人々の民意が納得しないだろう。
史実ではアースノイドとスペースノイドの対立構造となったグリプス戦役が、こちらではどちらもジオンのクソ野郎という共通認識を抱いていてヘイトが集中し、肩身の狭い思いをしている。
ならばなおさら敵視されて立場を危うくするハマーンのアクシズを受け入れるとは思えない。
ええい! 下手にガノタであるからあっちもこっちもそっちもどっちも気を割かねばならんとは。
一般的なガノタではなく、人生の過半をガンダムで染め上げてしまった己の趣味に対する情熱が今は憎いと感じる事になろうとは。
一年戦争は毎日イベントオンパレードであっても手を出せる立場にはなかったからどうともならなかったが、それを気にしてスケジュール管理やあちこち出来ることが出来る立場になるとこうして忙殺される事になるとは。
もう一人私が欲しい。
具体的には何処かに居る仮面かオールバックやってそうな情けない奴で良いからさっさと来てくれ。
真面目に頭と身体が足りん。
「クワトロ大佐って、意外と甘党なんですね」
「そうかな。確かに同年代よりかは甘味を好むと自負しているが」
「デザートは別腹っていうなら、結構な甘党ですよ」
そうエマ中尉に指摘される私は、食堂で朝食の為に軽めのパンケーキと、アイスクリームとショートケーキ、3つのカスタードシュークリーム、チョコバナナパフェを食べながら返した。
ジャブローは連邦軍の本部であるから食堂のメニューも充実している。
また、地球であるからこそ食べられる物もある。
クリームのタワーであるパフェは地球かコロニーでなければ食べられないからな。
「それだけ食べてれば充分甘党でしょ」
隣でいちごパフェを食べながら言うイングリッド。
紙ナプキンを手に取って彼女の頬に付いているクリームを拭き取る。
「んぅ、あによ。言えば自分でやれるわよ」
「すまんな。ちょっとしたクセだ」
「レディの顔を拭くクセって、どんなアブノーマルなプレイしてんのよ」
「邪さなど欠片もないのだがな」
ただ単純にクロエにしている事をしてしまった。
いかんな、イングリッドはゴップ大将から預かっているだけで、クロエではないのだから。
「クワトロ大尉! あ、すみません、クワトロ大佐」
「カミーユか。何かあったのか?」
「ハヤト・コバヤシさんがクワトロ大佐を探していました」
「わかった。すまないな、カミーユ。手を煩わせた」
「いえ。でも、ここに来る前はどちらにいらしたんです?」
「単なる寝坊さ。大佐になって早々情けない奴と笑ってくれて構わんよ」
「確かに情けないですね。でも朝まで爆弾を掘り起こしていたんでしょ? なら寝坊のひとつもしますよ。そもそもなんで大佐が爆弾処理なんてしてるんですか」
「仕方ないさ。管理は私に任されてしまったのだからな。それにデリケートな掘削作業を出来るくらいMSをソフトに扱える者が他に居るのなら代わったさ」
「だったら僕にだって出来ましたよ。Mk-Ⅱなら僕が一番上手く扱えるんですから」
「次があれば頼むとしよう。エマ中尉、すまないが引き続き頼む」
「了解しました」
残っていたチョコバナナパフェを掻き込んで、私は席を立つ。
カミーユの肩を叩いて食堂を出る。
カミーユとイングリッドを伴って私はハヤト・コバヤシを探して歩く。
「アポリー」
「はっ、おはようございます、大佐!」
「ハヤト・コバヤシを探しているのだが、何処に居るか分かるか?」
「ハヤト・コバヤシならアウドムラに居ます。スードリの発進がありましたから」
「わかった。ウラキ中尉とロベルトを呼んでくれ。アーガマとアルビオンが降りてくるから、宇宙へ返すメンバーの振り分けをする」
「了解しました、大佐」
私はアポリーに指示を出すとアウドムラへと向かった。
スードリを発進させて連邦軍へ捕虜とスードリを返却するのは、同時にこちらの動きを撹乱する狙いもある。
アウドムラの所へ行けば艦橋に居るという事で艦橋に上がると、ハヤト・コバヤシとカイ・シデンが居た。
「すまないハヤト君」
「いえ。明け方までご苦労さまでした」
「いや、それが責任者というものだ。スードリは出たのだな」
「はい。進路は北に取らせました」
「それでティターンズの目を少しでも誤魔化せれば良いのだがな。敵の動きは思ったよりも早いだろう」
「ティターンズはここを放棄したのに取り戻しに来るのでしょうか?」
「来るな。我々スペースノイドに連邦軍本部を好きにさせるのは気に食わんときている」
「そんな感情的な理由で軍を動かすのかい?」
「でなければ30バンチ事件など起こりはしないさ」
「そりゃそうだな」
実際ティターンズがどの規模の戦力を送り込んで来るのかは分からないが、ジャブローを奪還する為に大部隊を送って来るとは考えられる。
ただジャブローを明け渡すという事は出来ないのだから守り切る他ない。
──────!!
「っ、なんだ……、この感触は初めてだ…」
「クワトロ大佐?」
私の様子に声を掛けてくるハヤト・コバヤシの言葉を聞きながらも頭に入れず、腰のサイコフレームに手を添えて意識を集中させる。
「分かるか、イングリッド」
「そんな便利なわけないでしょ。でも、来るのは判る」
「決まりだな。総員第一戦闘配置! 敵が来るぞ。パイロットはMSに搭乗、展開を急げ! ただし、こちらからの発砲は禁ずる」
「敵ですか?」
「そう感じる。私も出る。すまないがアウドムラの指揮を頼みたい」
「わかりました。ご武運を」
「ああ」
私はハヤト・コバヤシにアウドムラの指揮を任せてパイロットロッカーへと走る。
ノーマルスーツに着替え、セイバーへと乗り込む。
格納庫の周りを囲う通路からこちらを見るイングリッドへ一瞬視線を向けるが、それを直ぐ様外してセイバーを外へと歩かせる。
今までにはない気配。
まるで怨念の様な物を感じた。
ここまで危険だと感じさせる気配の相手、一筋縄ではないと見た。
「シロッコのプレッシャーとも違う。いったいなんなのだ」
遥か彼方の地平線。
気配の感じる向こう側、そこへ意識を集中する。
カメラでの最大望遠でもまだ見えていないのは、大気圏では塵や水分で宇宙の様に何処までも見渡せる環境ではないから致し方ない。
しかし、このまるで無機質な感覚はいったいなんだというのだ。
慌ただしく警報を鳴らすジャブローやアウドムラを意識の横に置きながら、私はその先からやって来る存在の気配へと意識を向けるしかなかった。
──────!!
「馬鹿な……」
そして一瞬、私は見た。
蒼い光に包まれた金色のMSの姿を。