グリプスの警戒網を抜け、そろそろアーガマとの合流地点に差し掛かろうとしていた。
「やれやれ、どうにかたどり着けそうだな」
敵の追撃を受けず、アーガマにたどり着ける事に僅かばかりにも肩の力が抜ける。
私はリック・ディアスをカミーユのガンダムMk-Ⅱに寄せる。
「3号機、そろそろ我々の母艦への着艦コースに入る。心構えをしておいてくれ」
『はっ、はい!』
「母艦からのレーザー誘導で機体を着艦させる。機体コントロールは向こうに任せていれば大丈夫だ」
『わ、わかりました』
なにも素人に着艦をさせよう等という酷な事はしない。
新米パイロットの為にレーザー誘導でのオートで着艦も出来る機能は艦艇やMSに備わっているのだ。
『クワトロ大尉、アーガマです』
「ああ、見えている」
ロベルトにそう返しながら、最大望遠で小さくだが、白亜の戦艦が見える。
エゥーゴがアナハイムの支援で建造したアーガマ級強襲巡洋艦のネームシップ、アーガマだ。
『あの白い戦艦……、ホワイトベース?』
「
『新型戦艦……。エゥーゴはそれ程の組織力を?』
「ティターンズに対抗するためには必要なのさ。着艦準備に入る。私に合わせて減速、艦との相対速度を合わせろ」
『りょ、了解です!』
カミーユの返答を聞きながら、私はリック・ディアスのアポジモーターを噴かして減速する。
それに倣って、カミーユのガンダムMk-Ⅱもアポジモーターを噴かして減速した。
データを盗み出したからとは言え、見様見真似でよくもやる。
やはりニュータイプは違うということか。
『アポリー機、着艦します』
『ロベルト機、着艦終了』
アポリーとロベルトのリック・ディアスがアーガマのカタパルトに着艦するのを見届けて、私は無線を開く。
「アストナージ、ガンダムMk-Ⅱ3号機は素人だ。着艦用のレーザー誘導を頼む。だがガイドビーコンは出すな。敵に気取られたくない」
『了解です、大尉。ガンダム3号機! こっちのレーザーロックを受信したら、機体をオートに切り替えてくれ。そうすりゃ、ケガ一つ無く優しく降ろしてやるよ』
『りょ、了解』
アポリーとロベルトのリック・ディアスがアーガマの格納庫へと入ると、今度は私とカミーユの番だ。
『レーザー誘導、レーザーロック発射!』
『レーザー受信、オート切り替え。ユーハブコントロール!』
『ようし、出来るじゃないか。アイハブコントロール! コックピットは何も触らなくて良いぞ。ちゃーんと降ろしてやる』
「手の空いてる整備士、誰でも良い、ノーマルスーツを持ってきてくれ。3号機のパイロットが抜き身だ。アストナージ、ガンダムと私のリック・ディアスを収容したらエアロックを閉めてくれ。でなければガンダムから降りられん」
『やりますよ大尉! おい、ノーマルスーツ持ってくんの、わかってんな。サイズは大きめにしろよ!』
カミーユのガンダムMk-Ⅱの着艦誘導に少し慌ただしいが、無事に帰還できた事に胸を撫で下ろす。
一先ずは落ち着けるだろう。
私もリック・ディアスをアーガマへと着艦させ、格納庫へと収容すると隔壁が閉じ、格納庫内が空気で満たされる。
リック・ディアスのコックピットから降りると、ひとりのパイロット用のノーマルスーツを着ている人物がやって来た。
それを認めて、私はヘルメットのバイザーを開けた。
「クワトロ大尉。お飲み物をお持ちしました」
「ああ。留守番ご苦労だったな、クロエ」
「いえ。私には、これくらいしか出来ないから」
「そう謙遜することでもない。君のおかげで、私は大いに助かっているのも事実だ」
「はい…」
クロエ・クローチェ。
一年戦争のア・バオア・クーで、マルコシアス隊との交戦時に共闘してからの縁だ。
HADESに囚われていた彼女を、私が連れ出した。
ペイルライダーはその時に破壊し、HADESというEXAMシステムのコピー品は既に世には無い。
マシーンに操られている彼女を見ていられなかった私が手を下したのだから、彼女の面倒を見るのは私の務めだ。
私の介入で本来結ばれる筈だったヴィンセント・グライスナーとの縁は繋がらなかったが、グリプス戦役──いや、第一次ネオ・ジオン戦争が終結したら、彼女にも良い相手を探そうと思う。
第二次ネオ・ジオン戦争が終結してからでも良かろうと?
フッ、その時に何が起こるか忘れてはいまいかな?
私も死ぬつもりはないが、アムロを虹の向こう側へとやるくらいならば、私がシャアと刺し違えても良い。
オールドタイプの私よりも、ニュータイプのアムロの方がバナージを導いてやれるだろうし、フル・フロンタルも止められるだろう。
もっとも、今のシャアが何処に居て何をしているのかがまったく不明であるから、逆シャアが起こるかどうかなど見当もつけられん。
まったく、早く出て来て貰いたいものだ、シャアには。
「どうかしたのか、クロエ?」
「いえ。ただ、クワトロ大尉は最近何処か遠くを見ることが増えたように感じて。まるで、私たちの前から居なくなってしまいそうで。それが、私には不安です」
彼女はペイルライダー計画によって調整された強化人間だが、今の連邦軍のニタ研の様に人工的にニュータイプを造るのではなく、彼女はHADESの為の生体部品として薬物投与による強化を受けていた。
既に薬物の後遺症等は無いが、やはり子供だてらにMSを駆って戦場に居たからか、ニュータイプの様に察しや感受性が高い事を言う時がある。
「心配は要らない。私は君を置いて何処にも行きはしないさ」
ヘルメット越しだが、クロエの頭に手を乗せて軽く叩いてやる。
周りの整備士たちがニヤついているのを睨みつけて追い払う。
まったく、クロエは良い子なのに何故私にロリコン疑惑が浮上しているのか甚だ遺憾である。
私は別にクロエに母を求めてなどいないというのに。
やはり貴様は一発殴らんと気が済まんぞ。
この私の憤り、ニュータイプならば感じ取ってみせろ、シャア。
そう思いながらガンダムMk-Ⅱ3号機へ整備士がノーマルスーツを持って行くのを見て、私も床を蹴ってMk-Ⅱ3号機へ向かう。
「3号機の少年、自己紹介がまだだったな。私はエゥーゴのクワトロ・バジーナ大尉だ。ノーマルスーツを持ってきた、コックピットを開けてくれ」
『はっ、はい』
ガンダムMk-Ⅱのコックピットが開くと、私とカミーユの視線が初めて交差する。
やはり間違いない、カミーユ・ビダンだ。
整備士から受け取ったノーマルスーツをコックピットへと押し込む。
「ノーマルスーツの着方は分かるかな?」
「あ、はい。緊急時のマニュアルで、学校で学びましたから」
「それは重畳だ。急がなくて良い、着替え終わったら言ってくれ」
「あ、はい」
格納庫を空気で満たしたのだからノーマルスーツを着る必要は無いと思うだろうが、格納庫は単純に空気が汚れてもいるので普通の服のままより良いだろう。
ノーマルスーツはパイロット用の物なのは特に指定してはいなかったが、まぁ、パイロットにノーマルスーツを持ってきてくれと言えばそうなるな。
「ランドセルにヘルメットのアタッチメントがある。それをしないと空気が漏れるぞ」
「はい。えっと、これをこうして」
見てやればヘルメットも上手く被れたようだが。
「まぁ、今からヘルメットを被る事もないから脱いでいて構わない。ごたごた続きで疲れているとは思うが、君に会わせなければならない人が居る。悪いがもう少し付き合ってくれ」
「わ、わかりました」
会わせなければならない人と聞いて、カミーユの肩が強張るのを見るが、敢えて見ないフリをする。
男の子というのは自分が緊張しているのを指摘されるのをあまり好きではないからな。
「ブレックス准将の所へ上がる。リック・ディアスの整備点検を最優先、ガンダムはその後で構わない。ただ、ダメージチェックはしておいてくれ。3号機は墜落、2号機もビルに押し倒した。バックパック周りは入念に頼む」
「了解しました、クワトロ大尉」
「聞こえていたな、クロエ。君はどうする?」
「私もご一緒してよろしいですか?」
「別に構わんよ。っと、少年、君の名をまだ訊いてなかったな」
「あ、はい。カミーユ・ビダンと言います」
「そうか。カミーユ君、私のあとに付いてきてくれ。はぐれて迷子にならないようにな」
「僕がそんな子供っぽく見えますか?」
「宇宙戦艦というのは上と下の概念が気薄い。まぁ、アーガマはまだ地球連邦軍の艦艇の流れを汲んでいるから分かりやすいが、慣れていなければ迷子になって3日見つからない。なんてこともある物だ」
「流石にそれは極端じゃ」
「そうかな? ジオンのムサイに乗ったことはあるが、あれはかなり酷かったぞ? そこはアースノイドとスペースノイドのセンスの違いだな。それに、ジオンのドロスやドロワと言った超大型空母ともなれば普通に迷子になって3日後に見つかったというのは実際にあった話だと聞く」
「そ、そうなんですか。クワトロ大尉は何故その様な事を知ってるんですか?」
「エゥーゴには元ジオン兵も合流している。ティターンズがエゥーゴをジオンに踊らされていると宣うのも無理のない話だ。だが、エゥーゴはジオン再興の為などではなく、スペースノイドの人権を守ろうとする活動だ。30バンチ事件は知っているかな?」
「反政府運動をティターンズが鎮圧したという報道程度のことなら」
「その反政府運動鎮圧は凄惨な物だったのさ。だから各コロニーの人々は自分たちの身を守る組織としてエゥーゴを欲した。自治権を主張したり、独立を主張する者も居るが、私としては人権を守る運動には賛成だ。確執は深いが、スペースノイドもアースノイドも同じ母なる地球から血を分け与えられた人間だ。っと…、今は思想の話をする時ではないな。忘れてくれ」
「はい」
今のカミーユに思想云々の話をする必要は無いのだが、つい口が滑ってしまった。
カミーユにはフラットな心でエゥーゴに触れてもらいたい。
私はカミーユとクロエを伴ってブレックス准将の元へと向かう。
と言ってもレクリエーションルームにヘンケン艦長も集まってカミーユと話すわけではあるが。
「私がこのエゥーゴの艦艇、アーガマを預かるブレックスだ。君の働きで、2機のガンダムMk-Ⅱを手に入れられた事は幸いだ。感謝している」
「偶然が重なっただけです」
「はっはっはっ。その偶然も人間の力があってこそだと信じたいのだよ、私は」
カミーユがナイーブな少年だと理解していらっしゃるブレックス准将は人当たりの良い人物として相対している。
とはいえ、借りてきた猫の様にカミーユは少し縮こまんでしまっているが、それも仕方ないだろう。
まさかエゥーゴの代表が自ら面会するとは思っても見なかっただろうからな。
「しかしいきなりガンダムを動かすとは。噂のアムロ・レイの様だな」
報告を聞いているヘンケン艦長がカミーユを見ながらそう言った。
カミーユの年頃でいきなりガンダムを動かしてみせれば、否応にもアムロを意識しても無理からぬ事だ。
「ニュータイプのアムロ・レイの話なら、アングラの出版物でよく知っています」
「ほう。グリーン・オアシスにもアングラ出版があるのか」
「グリーン・ノアだって、元々はティターンズの軍事基地じゃなかったんです。それをアイツ等が来てから強制的に基地化を進めて、強制退去させられた人もたくさん居るんです」
「グリーン・ノア1はかつてのV作戦の折に作った軍施設があった筈だが?」
「それだけじゃ足りないなら敷地を広げる為の工事は日夜続いていました」
「なるほど」
私の軽い疑問にも素直に答えてくれた。
その時はカミーユも少し気が和らいでいたから、アーガマにたどり着くまでの少しの会話も無駄ではなかった様だ。
テーブルにある受話器から着信音が鳴る。
その受話器を私は取る。
「クワトロだ」
『クワトロ大尉、グリーン・ノアから出てくる艦艇をキャッチしました』
「わかった。直ぐ行く」
ブリッジのトーレスからの報告に、私は返答して受話器を置いた。
「出て来たのか?」
「ええ」
「よっしゃ!」
気合を入れて立ち上がるヘンケン艦長に続いて私も立ち上がる。
「レコア少尉、カミーユ君を頼む」
「はっ、ブレックス准将」
「クロエ、カミーユ君に付いてやってくれ。歳も近い、色々と話すと良い」
「わかりました、クワトロ大尉」
私とヘンケン艦長、ブレックス准将はレクリエーションルームを出てブリッジに上がるためのエレベーターに乗る。
「私の期待し過ぎかな? 彼をニュータイプと思いたいのは」
「クワトロ大尉はどう思う?」
「ニュータイプはエスパーではありません。ですから、目に見えて他の人間と違う所はありませんが、資質は感じます」
「そう思う。大事にしてやってくれ」
「はい」
ブレックス准将にヘンケン艦長が答えるとエレベーターが到着する。
私はヘンケン艦長とブレックス准将とは別れて通路を飛ぶ。
行き先は私の撮った写真画像とガンダムMk-Ⅱのデータを整理しているアストナージの所だ。
「どうだ、アストナージ」
「グリプスの例のドック、戦艦を造ってますね」
「どんな戦艦か判るか?」
「さあ。ただサラミスやマゼラン、アレキサンドリアよりも大きいものです」
「成る程。Mk-Ⅱのデータは取れたのか?」
「ええ、急ピッチで」
「すまんな」
「いえいえ。ああ、ガンダムの装甲はチタン合金ですよ」
「ジム系統のか」
「ええ。試作機だからですかね?」
「わからんな。ルナチタニウムを使っていないのは地球由来の物ではないから嫌った線も捨てきれん」
「そこまで徹底しますか?」
「主義者のシンボルだからな。急がせたな」
「戦争なんでしょ?」
「そういう事だ」
私はアストナージからデータディスクを受け取りながら、グリプスで造っている大型艦となるとドゴス・ギアしかないと見当を付ける。
部屋を出るとちょうど脇の通路をカミーユが過ぎて行ったのを見て呼び止める。
「カミーユ君」
「はい、なんでしょうか? クワトロ大尉」
「ガンダムMk-Ⅱの装甲がチタン合金という結果が出たが、何か知っているか?」
「はい。あれは訓練用なのでガンダリウムを使うまでもないと聞いた覚えがあります」
「そうか。ちなみにその話はお父さまから?」
「母もティターンズの材料工学部に居ます。それで次の機体にはガンダリウムを使うと言って、それには父も賛成でしたから採用する運びになったそうですが、それ以上のことは」
「そうか。いや、良い。有力な情報に感謝する」
Mk-Ⅱの次の機体となるとどれだかわからないが、順番的に見てバーザムだろう。
これから出てくるティターンズの機体と考えても、時期的にその辻褄は合う。
なにしろマラサイはアナハイムからの提供品だ。
アッシマーやギャプラン、サイコガンダムは連邦軍製で既に造られているし、バイアランも機体は組み上がってテスト段階だろう。
となれば、バーザムくらいしか思い当たらない。
「私はリック・ディアスの整備に下がる。あとを頼む、レコア少尉」
「はっ」
カミーユの面倒を任せたレコア少尉にそう言って、私は格納庫へと向かう。
リック・ディアスのコックピットに乗るとちょうどアーガマの警報が鳴る。
「何事だ」
「敵艦からのMS発進をキャッチしたそうです!」
「数は?」
「4機だそうです。でも休戦信号を出しているって」
「休戦? 確かなのか」
「はい、白旗を確認したそうです!」
休戦となるとエマ中尉が乗り込んでくるか。
そこでフランクリン・ビダンが来るかどうかで話が変わる。
状況は目まぐるしいな、まったく。
しかし、これからは慎重に道を選ばなければならない。
同じ過ちを繰り返すわけにはいかないのだからな。