なんで先生が死んでるんですか……?   作:ねをんゆう

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10.紅茶を溢す

 模擬戦は無事にゲヘナ風紀委員会の負けということで、砂漠の真ん中に休憩用のテントを張りつつ、彼等はミアから治療を受けていた。もちろん常日頃から荒事に晒されている彼等は、この程度の怪我はいちいち治療を受けるほどでもないのだが……

 

 

『……というのがこちらの事情になります、行政官』

 

『……本当にトリニティとは関係なく、個人の行動なのですね』

 

『もちろんティーパーティーの許しを得ての行動ですので、そういう意味で関係はありますが。彼女は見ての通りトリニティにとっても手放せない人材ですので、無茶をしないように私も補佐を頼まれたのです』

 

『なるほど……確かに1年生時点でこれほどの逸材、迂闊には手放せないでしょう。それもここまでの善性を持っているとなれば尚更、いっそ羨ましいくらいです』

 

『もちろん、アビドス復興後にティーパーティーが何らかの行動を起こすことも出来なくはありませんが、そうなると今度は逆に彼女を敵に回す危険性もあります。そのリスクの大きさは、彼女の性格から大凡想像して貰えるかと』

 

『……将来ティーパーティーの後釜に据えるためにも、良好な関係を築いておきたいということですか。いえ、それはティーパーティーだけではなさそうですね』

 

『ふふ、彼女は人気者ですから』

 

 

 この程度の怪我なら大丈夫、というイオリの言葉を無視して軽い火傷痕を丁寧に治療していくミア。そんな彼女を横目に、ハナコは交渉を進めていく。

 ミアの意思は分かった、ならば自分はそれがスムーズに進むように道を整えていくだけ。どちらにせよ委員長に繋いで貰えるかどうかに模擬戦の勝ち負けは関係ないのだから。交渉は必須のこと。

 

 

『……それにしても、企業が生徒の誘拐ですか。カイザーはそこまでしてアビドスを乗っ取りたいと。砂漠の真ん中に軍事拠点を構えている目的がそれだけとは思えませんが……』

 

『何れにせよ、黒見さんを救出するのはマストです。そしてPMCを潰すまではいかなくとも、現在のアビドス高校に対する優位性を損ねさせることも必要になります。手助けを出来るのは、というより、しても良いのはそこまででしょうね』

 

『本質的な問題を解決するのは当人達で無ければ意味がない、ということですか』

 

『どのような意思を持っていたとしても、私達がトリニティの所属であることに変わりはありませんから。あまり深入りし過ぎては、余計な問題を増やすことに繋がります』

 

『そうなるでしょうね。少なくとも新たな弱味を作ることにはなり得る』

 

 

 ここまで話せば、アコもなんとなくハナコの言いたいことというか、目的が分かってくる。どうしてこんなことまで話したのか、自分達に何を求めているのか。

 

 

『今後のパワーバランスを考えるに、ゲヘナ側もこの件に多少絡んで欲しいと。そういうことですね』

 

『ええ。もちろん便利屋68の生徒達はゲヘナの所属ではありますが、彼女達は基本的にゲヘナの自治区外で活動している、言ってみれば企業の1つとして見なすべきですから。アビドスの今後のためにも、エデン条約前の契機とするためにも、僅かでも構いませんのでご協力願いたいのです』

 

『…………はぁ』

 

 

 さて、こうなってくるともうアコだって諦めざるを得ない。最終的にどのような結論に至るにせよ、エデン条約に関わるようなこんな話を、委員長への報告や確認も無しに独断で進めることなど出来ないのだから。

 腹を括ってヒナに繋ぐしかなく、まあまた叱られることにはなるだろう。だがそれはここで独断で判断を下した場合より、よっぽど安く済む。

 

 ……そこまで含めて、ハナコの策だった。

 

 

『分かりました、委員長に繋ぎます。ただ委員長は現在外出中ですので、状況を説明するためにも少し時間を下さい』

 

『問題ありません、ミアさんにもそう伝えておきます。話をしたいのは彼女の方ですので』

 

『はあ、いいんです?彼女が貴女の思惑とは異なることを話す可能性もあるのでは?』

 

『……私はただ彼女の選択とその結果が見たいだけですので。私の思惑は重要ではありません』

 

『……そうですか』

 

 

 そう言って一旦通信を切ったアコを見送り、ハナコはまたカメラをミアの方に向ける。

 治療中にそうなったのかどうかは分からないが、風紀委員会の一般委員達から近接戦闘の指南を乞われたらしく、それに至極真面目に付き合っているらしい。仮にもゲヘナとトリニティは犬猿の仲であるというのに、一歩間違えれば戦争が起こりかねないような仲でもあるというのに。

 

 

『視点が違う、と言えば単純ですが……果たしてその視点は、やはりミレニアムへの留学によって生まれたものなのでしょうか』

 

 

 生まれ育った学校への愛情。その欠如。そしてそれはハナコのものとは明確に異なる。そこには絶望も失望もないし、元よりそんなところを見てさえもいない。

 それは人間として異質なことだ。生まれ育った町より、生まれ育った国より、更に大きなもののために何かを成そうなどと。ハナコも自分自身が異質な存在であると薄々分かってはいるものの、その思想は更に異質なものだ。少なくとも普通の人間であれば、どうやったところで故郷への執着というものが根底に強く染み付いている筈なのに。

 

 

 

 

 

『……話は聞いた。風紀委員長の空崎ヒナよ、貴女のことは少しだけど知ってるわ。甘使ミア』

 

「お初にお目にかかります、風紀委員長。お時間をいただき申し訳ありませんが、少しだけお付き合い下さい」

 

『問題ない、こちらこそ迷惑をかけてるから』

 

 

 ドローンによって映し出された立体映像。小さな体躯、けれど映像越しにも分かる迫力とも言えるような存在感。

 ゲヘナ最強を誇る風紀委員長は伊達ではなく、その目の前で普段と変わらず立つミアとは対照的に、彼女をよく知るアルは可能な限りその視界に入らないように身を屈める。

 もちろんこの場の音声はアコにも聞こえている筈なのだが、どんなやり取りがあったのか、一切の言葉を話していない。

 

 

『エデン条約の関係の話と聞いたけれど、その件について桐藤ナギサはどこまで関与しているの?百合園セイアの体調不良を理由に、今のホストは彼女よね』

 

「ふむ、どちらかと言えばアビドス高等学校の復興に一枚噛んで欲しいというのが主軸なのですが……なるほど、ハナコさんがそう繋いでくれたんですね」

 

『……なるほど、特に関与はしていないのね。だったら尚更、簡単に協力することは難しい』

 

「……アビドス復興の手伝いに関しては、理由さえあれば協力頂けると考えても?」

 

『復興の手伝い、となると難しい。あくまで最低限、貴方の言うとおり一噛みする程度なら問題ないと考えているわ。エデン条約に影響しない程度にね』

 

「承知しました」

 

『……?』

 

 

 そう言うと近くに飛んでいたハナコのドローンを掴み取り、自分の端末とリンクさせ始める彼女。まさかまさかとは思いつつも、ハナコも特に何も言わずに自分の回線をサブへと繋ぎ変える。

 彼女がそれを望むのなら、それを手伝うだけだ。

 

 

 

『……貴女、まさか』

 

 

 

 

 

『こんにちは、ミアさん。貴女の友人:桐藤ナギサです。まさか初めての報告を映像電話で頂けるとは思いませんでしたが、大切な友人とこうして顔を合わせてお話し出来ることはなかなかに得難い幸福と言いますか……』

 

 

 

「こんにちは、ナギサ様。こちらはゲヘナ風紀委員長と便利屋68の皆様です。報告ついでにご紹介させて頂きます」

 

 

『……桐藤ナギサ』

 

 

『……へ?』

 

 

 彼女がトリニティを出てから初めての報告。それをまさか映像越しに貰えて、顔を合わせて話すことが出来る。あの無表情の彼女にしては心あるそんな対応に、嬉しさも一押しに通話を開始した。

 そしてそんな嬉しさが前面に出ているような様子を、同じく映像越しにこの場に現れていた目の前の人物が見る。公的な場では見たこともないような、ほぼプライベートとも言える彼女の顔を。可愛らしいと言ってもいいような、少女らしい笑みを。

 

 

『なっ………なっ、なっ、なっ!?どうしてここにゲヘナの風紀委員長が!?』

 

『……まさか本当にティーパーティーを呼び出すなんて』

 

「ハナコさん、申し訳ありませんがナギサ様に簡潔に事情の説明をお願い出来ませんか?あまり時間に余裕もありませんので、それに暑いですし」

 

『わ、分かりました……まさかこんなところで臨時の会談が行われるとは、誰もが夢にも思っていないでしょうね』

 

 

 あぼーんと目を白くさせながら、軽く口の端から紅茶を溢し、もう何がなんだかというナギサのそんな様子は、それはもう本当に仕方のないことであるし、それを引き起こした張本人は説明をハナコに振ってまたヒナと話し始めるのだから、度胸が座っているどころの話ではない。

 

 

『ええと……いいの?彼女は』

 

「ええ、後で私からも謝罪をしておきますので」

 

『そう……まあ、そうね。桐藤ナギサをここに呼べる程度、というより友人と言っていたかしら。彼女とはそれなりの仲と考えてもいいのね』

 

「はい、つい先日に友人になって下さるとお話を頂きまして」

 

『……先日』

 

「それより風紀委員長、少しお聞きしたいことが。アビドスやエデン条約とは全く関係のない案件なのですが」

 

『ん……?』

 

「先日このアビドスで死亡したとニュースのあった、"シャーレの先生"について。何か情報はありませんでしょうか」

 

『!』

 

「なんでも構わないのです。知っている限りのことを教えて頂けませんか」

 

『……シャーレの先生が、貴方の行動に関係があるの?』

 

「……元より彼の方が死亡していなければ、私はこうしてアビドスに来ることはありませんでした。こうしてアビドスに手を貸していたのも、私ではなくシャーレの先生だった筈です」

 

『つまり、貴女はシャーレの先生の代わりに……?』

 

「そう考えて頂いて構いません。代わりが務まるとは思っていませんが」

 

『……』

 

 

 シャーレの先生。そこと彼女が繋がるとは、それとなく想像は出来るかもしれないが、予想まではしていなかった。

 先生についてはチナツからの報告で最低限は知っている。連邦生徒会長が直々に選んだ大人であり、卓越した指揮技能を持っており、1人の大人としてもそれなりに尊敬出来る人であったと。

 

 そんな人物の死亡の速報にはチナツも驚いていたし、困惑していたし、もう少し関わりが深ければ心の傷になりかねなかった。故に風紀委員会としても調べたとも。連邦生徒会が全てを隠蔽する、その前に。

 

 

『シャーレの先生……こちらで調べた限り、"彼女"はほぼ間違いなくこのアビドスで亡くなってる。理由はアビドス廃墟街での衰弱死。まあ遭難したのね。連邦生徒会は発覚後、即座に先生の遺体と持ち物を回収してる。今こちらで分かってるのは、それくらい』

 

「……偽装であったり、重傷は負いつつも実は生きている、という線は無さそうですね」

 

『残念だけれど、それは難しい。現に連邦生徒会の内部でかなりの混乱が起きていることと、事務処理が追い付いていないことは事実みたいだから。連邦捜査部シャーレには異常とも言えるほど多くの権限が委譲されてたけど、先生が亡くなったことでそれらが一時的に凍結してる筈。恐らく近いうちに連邦生徒会は破綻すると思う』

 

「それは困ります。連邦生徒会が破綻すれば、カイザー・コーポレーションは更に勢いを増すことになりますので。被害がアビドスのみに収まらなくなります」

 

『そうね、その点については同感よ』

 

「そちらにも何か手を打たなければ……」

 

 

 もしここでカイザーを退けたとしても、連邦生徒会が破綻してしまえばカイザーを罰する者が居なくなってしまう。そうなれば再びアビドスには魔の手が襲い掛かるであろうし、今度こそそれを止める手段が戦争しか無くなってしまう。

 連邦生徒会長が失踪し、その穴を埋めてくれる筈だったシャーレの先生まで死亡し、むしろ状況は悪化した。連邦生徒会が混乱するのは当然であるし、破綻が目に見えてくるような状況になってしまったのは至極当然の話。

 

 

『とは言え、それは今どうにか出来ることではないと思いますよ。ミアさん』

 

 

「ナギサ様……」

 

『話は概ね聞きました。相変わらず話が上手いと言いますか、何処となくハナコさんに言いくるめられた気もしますが……確かに、本件についてはゲヘナ側にも一枚噛んで頂けると都合が良いのは事実です。友好的な関係を築けた好例として、私も各派閥への説明がし易くなりますから』

 

「ありがとうございます」

 

『……そう、ティーパーティーの現ホストがそう言うのなら私としても問題はない。とは言え、あまり深入り出来ないのも事実。アビドスの生徒を助けるために襲撃を仕掛けるのでしょう?その時に戦力を貸して助力する、というところでどうかしら?』

 

「十分です、これ以上もありません。本当にありがとうございます、風紀委員長」

 

『……頭を下げる必要はない。貴女は派閥や学校を超えて、キヴォトスという大きな対象のために足を動かしている。だからきっと本来感謝すべきなのは私達の方で、これはゲヘナの将来のための投資に過ぎない』

 

『……随分と彼女のことを気に入ったようですね、風紀委員長』

 

『見知らぬ土地の誰かのために頭を下げられるような人を、私は初めて見た。もしその信念が本物であるのなら、この程度の投資は安過ぎるくらいだと思ってる。貴女はそうじゃないの?桐藤ナギサ』

 

『そうですね、否定はしません』

 

「……私とてそれほど高尚な人間ではありませんが。それで黒見さんを救えるのなら、その過分な評価も甘んじて受け入れましょう」

 

『……』

 

 

 頭を下げるなと言ったにも関わらず再度深々と頭を下げた彼女に、ナギサもヒナも少しだけ苦笑う。

 生真面目、実直、誠実。政治政争の中に身を置く彼等にとって、こういう人間は確かに好ましいのだろう。ただ馬鹿な人間ではなく、最低限の知識と思考を持ちながらブレることがないというのもまた大きいに違いない。特にそれが蒼森ミネのように同世代の別派閥ではなく、後輩の無所属なのだから。少しくらい可愛がりたくなるのも分かる。

 

 (羨ましい)

 

 そう在れる彼女が。

 

 

『私の連絡先を送っておく。必要になったらそこにかけて』

 

『なっ!いいんですか委員長!?』

 

『問題ない。特に今回は便利屋68を雇っているみたいだから、アコに任せるのは不安』

 

『あう……』

 

「ひんっ!?ヒ、ヒナがこっち見た!?」

 

『……はぁ。面倒くさいけど、これは放っておくともっと面倒なことになりそうだから。アコも私情は抜きにして対応すること』

 

『わ、わかりました……』

 

 

『……風紀委員長。もしよろしければ後日、今後の連邦生徒会の扱いについても相談させて頂けますか?ゲヘナの意向を聞いておきたいのですが、マコト議長とは建設的なお話が出来そうにありませんので』

 

『ああ……そうね、分かった。あの融通の効かない代行が潰れてしまう前に、何かしら一手は打っておかないと』

 

 

 ゲヘナの風紀委員長の羽沼マコトは、常日頃から虎視眈々と(?)ゲヘナ風紀委員長、トリニティ総合学園、連邦生徒会の転覆を狙っている。そんな彼女に連邦生徒会の扱いを話したところで、帰ってくる言葉は知れている。

 

 現在の連邦生徒会首席代行の七神リンは、ミア以上に生真面目で、何処か融通が効かなく、頭も硬い。柔軟さや突飛さに欠け、そういう意味での期待は出来ないし、信用も出来ない。連邦生徒会長が失踪した今、その性質は更に増していることだろう。

 ……だがそれでも、彼女が優秀で善良であることに間違いはなく、現状では妥協点として最善である。どれほど破綻したとしても、恐らく最後まで放り出したりしない。極限状態の現在、たとえお飾りとしてでも、彼女にはその席に居て貰わなければ困る。最後の要とも言えるだろう。

 

 

『……それとミアさん?』

 

「はい?」

 

『お説教、とまでは言いませんが……後で少しお話ししましょうね。いくらなんでも自由が過ぎます』

 

「分かりました」

 

 

 ……まあ、このように生真面目で突飛過ぎる人間も困ると言えば困るのだが。

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