なんで先生が死んでるんですか……?   作:ねをんゆう

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11.理解を進める

 結論、ナギサはあまり叱れませんでした。

 

 可愛い後輩に甘過ぎる。

 

 

「それにしても……まさか本当にアビドス自治区内の大半の用地がカイザーのものになっていただなんて……」

 

『風紀委員会からの情報通りでしたね。というより、諜報部を持っている学校は既に知っていたのでしょう。それはトリニティも当然に』

 

「行政官が勢いで派兵を決められたのも、こういう理由があったということです。まあ流石にそれでも問題はありますが、それを破ったところで行政的な処罰は難しい状況にある。元より何処までの権限が未だこちら側にあるのかも不明な状況。これがアビドス高等学校の実態だったと」

 

「……」

 

「ホシノ先輩……」

 

「……思ってた以上に、この学校は色々なものを失ってたんだねぇ。ちょっと自分が情けなく思って来ちゃったよ、こんな大事なことさえ知らなかっただなんて」

 

 

 この中で一番の年長者であり、同時に生徒会にも身を置いていたホシノだからこそ、責任を感じる。こんな大事な大前提さえ知らずに、後輩達に借金返済の手伝いをさせていたのだから。

 仮に借金を返せても、奪われた土地が返って来る訳ではない。それを取り戻すにはまた買い戻さなければならない。契約の内容の中をもう一度精査する必要はあるものの、必要になる金額は実質的に増えたのだから。明るい未来が、夢が、より遠のいたと言っていい。

 

 

「とは言え、悔やんでいたところで事態は好転しません。カイザー側から人質を利用した取引を持ち掛けられる前に、敵拠点を急襲します。人質を傷付けながらの交渉がこういった取引の基本ですから、そうなる前が理想です」

 

「っ、そんなことはさせない……!」

 

「ですからホシノさん、用地については一旦忘れてください。最悪、適当な企業を通して安値で買い漁ればいいのですから。なによりこれについて利子は発生しません。高騰の可能性はありますが、上手く転がせばやりようはあります。そこまで気負うことではありません」

 

「……励ましてくれてありがとうね、ミアちゃん」

 

「いえ、大した励ましは出来ていませんので」

 

「あはは……」

 

 

 まあ実際、カイザーが潰れたとしても債権が別に移るだけであるのだし、少なくともホシノが居るうちに解決することは奇跡が起きても無理だろう。もとより9億が10億になったところで絶望に変わりなどないのだし、怯えているだけ時間の無駄というところ。

 そうでなくとも、まだ何も解決などしていないのだから。むしろ、これからますます問題は増えていくのだろうとミアは最初から予想していた。

 

 

「なにせ品行方正と名高く、ティーパーティーとさえ接点を持つ阿慈谷ヒフミ様がブラックマーケットに出入りしているような世の中です。深く考え過ぎても損するばかりでしょう」

 

「ひんっ」

 

「……まあ、確かにトリニティの人達からしたら天地がひっくり返るような出来事かもねぇ」

 

「ナギサさんがまた紅茶を吹き出しそうな案件です」

 

「お、お願いですからナギサ様には言わないでください!?お願いします!な、なんでもしますから!」

 

『だそうですよ?ミアさん♪』 

 

「……自身の悪事は早めに報告することをお勧めします。余計な疑いや別の悪事に繋がりかねませんので。その隠し事が不信に変わったとしても、原因は貴女ですよ」

 

「う、うぅ……」

 

 

 トリニティ2年生の阿慈谷ヒフミ。彼女が何故こんなところに居るのかと言われれば、彼女の大好きなモモフレンズのペロロというキャラクター。そのグッズを目的にブラックマーケットに来ていたところを、シロコ達に保護されたからである。

 ……言うまでもないが、ブラックマーケットへの出入りなど本来は容易くしていいことではないし、出来ることでもない。入ることさえ問題であり、売買など言語道断。盗品も溢れる治外法権が罷り通るこの区画でキャラクターグッズを買い漁っていたなど。イカれていると言っても決して過言ではない。それほどに危険な場所なのだ。なんなら人質に取られ身代金を学園に要求されていてもおかしくない案件だった訳で……

 

 

『ふむ……ミアさんはその辺りを報告したりはしないんですね。曲がったことは許さない、と言う感じではないと』

 

「本人の選択を尊重します。命が掛かっている訳でもありませんので」

 

『命……』

 

「さて、そんなことより本題に入りましょう。こうなった以上はヒフミさんにも急襲作戦には参加して貰うとして」

 

「ええっ!?私もやるんですか!?」

 

「参加して貰うとして。それでも現時点で戦力はギリギリでしょう。ハナコさんとアビドス高等学校、便利屋68、ナギサ様の私兵、そしてゲヘナの風紀委員会。それを結集させたとして、それでも完全勝利のためには不安が残ります」

 

「……あんまり我儘も言ってられないんじゃない?そりゃ完全勝利は目指したいけどさ」

 

「命が掛かっているのです。我儘は言うべきです。可能な限りの」

 

「……けど」

 

『その言い方からするに、何かしら手があるということですか……?』

 

「はい、個人的な知り合いに少し協力を願ってみます。借りを作ってしまうことにはなりますが、まあ問題ないでしょう」

 

「か、借りって……」

 

「……ねえ、ミアちゃん?確かに助けてくれるのは嬉しいけどさ、元々これは私達の問題だから。誰かに借りを作ってまで、君が不利益を被ってまで、尽くしてくれなくてもいいんだよ?」

 

 

「ですが、その借りは1人の命より重いものではありません」

 

 

「……」

 

 

「確かにこれは私にとって不利益となる取引になりますが、しかし同時に行使するのに悩むにも値しない程度のものでしかありません。お気になさらず。これは私の"選択"です」

 

 

「……ミアさん」

 

「……」

 

「……これは止められないわね。そういう目をしているもの」

 

「そう、だね……うん。ここは素直にお礼を言うべきかな。ありがとう」

 

「問題ありません。それでは私は少し連絡をして来ますので、少々お待ちください」

 

 

 変わらぬ無表情のまま。端末を持って教室を出ていく後姿を見送る。

 自分達のために、あれほど実直な彼女に不利益を被って欲しくないという思いは本当だ。だがしかし、今はそれを断ることが出来る余裕がないというのも確か。故にホシノを始めとしたアビドスの面々は俯くしかないし、そんな雰囲気にハナコもなんと声を掛けたらいいのか分からない。

 

 

「私達、あんまりお役に立ててないですよね……」

 

「ノノミ先輩……」

 

「窮地を助けて貰って、便利屋を味方に付けて、カイザーの拠点も見つけて、トリニティどころかゲヘナの協力まで取り付けて、それどころか他にも協力をお願いしてくれて……それなのに私達は……」

 

「……銀行強盗をして、ヒフミと証拠を見つけた」

 

「あ、あはは……」

 

「でも、それだけです。最初から予想出来ていたことを確認しただけで、それ以上の何かを得ることは出来ませんでした。お金は捨てて来てしまいましたし、私達から彼女にお礼出来るようなことなんて何もなくて……」

 

「……」

 

 

 それを偶然と捉えるか必然と捉えるか、そんなことは実際どうでもいいこと。ただ良識のある人間は、どれほど困っていたとしても、助けられてばかりでは、与えられてばかりでは、気まずさを感じるのは避けることは出来ない。

 彼女はそんなことどうでもいいだろうし、それさえも全て自分の選択で自分の都合のためだと切り捨てるだろうけれど。それでも。

 

 通常、人は困惑するのだ。理由も分からず自分のために、傷付くことさえ気にせず尽くしてくれる存在というものには。分からないことは怖いことだから。理解出来ない、共感出来ない、異質な人間。だから何かを返したい。少しでも、ほんの少しでも、理解の出来る対等な立場にいて欲しいから。

 

 

「……おじさんも、少し外の空気を吸って来るよ。2人でお話もしたいからさ」

 

「……うん、わかった」

 

「ホシノ先輩、お願いします」

 

「はいはーい」

 

 

 けれどやっぱり、共感が出来ないのなら会話をするしかないとホシノは分かっている。セリカを奪われて、学校を襲撃されて、時間がないと、余裕がないと焦っていたせいで今の状況があるということも。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お待たせしました。無事に協力を取り付けることが出来ました。これほどの戦力があるのなら、恐らく十分にカイザーPMCを攻略出来るかと」

 

「そっか……ありがとうね、ミアちゃん。おじさんも今日ほど自分の無力さを悔やんだことはないよ」

 

「互いに互いの環境と経緯があります。鞄の中に裁縫道具が無いことは、決して悔やむようなことではありません。私は偶然にそれを持っていた、それだけです」

 

「……おじさんの持ち物も、いつかミアちゃんの手助けになれるといいんだけど」

 

「はい、その際には是非」

 

 

 アビドス高校校舎の裏側。赤く染まり始めた日の日差しから隠れた場所であるそこに2人は腰掛け、目を合わせることなく青空を見上げる。

 ……今だけは、時間に余裕がないことを忘れることにした。未だ焦りはある、直ぐにでも走り出したい気持ちはある。だがそれでも。

 

 

「はじめてなんだよ、こんな風に助けてくれる人は」

 

「……」

 

「3年もアビドスに居て、私が入学した時からこの学校は借金まみれだった。誰も助けてくれなくて、誰も彼も逃げてくばっかり。……騙そうとする大人はいくらでも居たのに、助けようとする大人なんて1人も居なかった」

 

「そうでしたか」

 

「セリカちゃんが誘拐されて、便利屋に襲撃されて、弾薬が尽きて、校舎ごと爆弾で吹き飛ばされて、シロコちゃん達まで怪我をして……正直、諦めてたんだよね。どうやってシロコちゃん達だけでも逃がそうか、って。そればっかり考えてた」

 

「同じ立場なら、私もそうします」

 

「でも私が君と同じ立場なら、私達を助けようとは思わない」

 

「……」

 

「……」

 

「だから共感出来ないし、理解出来ない。もっと言ってしまえば、何をすればこの大きな借りを返せるのか。それが分からなくて困ってるんだよ。今も、こうして」

 

「……」

 

 

 廃校寸前の学校。

 校舎も半壊し、誘拐されて残りの生徒も僅か4人。

 弾薬もなく、怪我もして、絶望的な戦力差。

 助けたところで何も得られない。

 そもそも助ける意味がない。

 

 ……それでも彼女が迷うことはなかった。

 単独で最前線に立ち塞がり、たった1人でも敵を殲滅させる気で前を向いていた。その後姿を、今でも鮮明に覚えている。同じことの出来る人間が、果たして何人居るというのか。

 

 

「大人なんて信用出来ない。他校の生徒は虎視眈々とアビドスを利用することを考えてる。大人にも生徒にも騙された。その末に何もかも無くした。自分のことだけで精一杯で、顔も知らない誰かのために体を張ることなんてしたくないし、そんな余裕は当然ない」

 

「私に偶然その余裕があっただけです」

 

「本当にそれだけ?」

 

「私は背負っているものが少ないので」

 

「……」

 

「後輩の人生を背負っている貴女と私では、立場と必死さが違いますから。私達の差はその程度のものに過ぎないかと」

 

「じゃあ……シャーレの先生の速報が入ってからここまで。標準的な必要時間を遥かに縮めるような速度でアビドスに来たのも、必死じゃなかったの?」

 

「……」

 

「シャーレの先生が亡くなったことは、まだアヤネちゃん達には話してないし、私が意図的に情報を遮断してる。最初に会った時もそんな感じだったでしょ。幸いセリカちゃんを取り戻すために必死で、その情報を手に入れる暇もないみたいだけど」

 

「……先生を呼んだのはアヤネさんでしたか。勿論、この件について口外しないことは誓います」

 

「ほら。そうやって、君は必死に私達を助けようとしてくれてる。気遣おうとしてくれてる。それに気付いていないのは君自身だけなんだよ、ミアちゃん」

 

「……」

 

 

 不器用なりに頑張ってくれているのも知っている。彼女の言う通り、彼女自身はまだ人間として成熟していなくて。感情も滅多に表に出て来なければ、時々デリカシーのないことを言うこともあるけれど。

 それでも彼女なりにどうにか相手に寄り添おうとしていることには、皆気づいているはずだ。

 

 

「君は君が思っているほど薄情じゃないし、人でなしじゃない。最終的な目的があって、今がその過程だとしても、その過程に居るたくさんの人達を冷たく見下ろせるような人じゃない」

 

「……そう、なのでしょうか。私には分かりません。元より最低限の人間性を獲得することが出来たのも、ここ数年の出来事でしたので」

 

「大丈夫大丈夫、先はまだ長いんだから。3年もあれば人は変わるからね。ミアちゃんが3年生になる頃には、きっと立派な先輩になっているはずだよ」

 

「……ホシノ様のように、ですか?」

 

「あちゃ、痛い所を突かれたなぁ。大丈夫?おじさん情けない先輩に見えてない?」

 

「後輩達に好かれている、良い先輩に見えます」

 

「そう?それならいいんだけど」

 

 

 階段に腰掛けながら、珍しくミアも柔らかく微笑む。

 彼女のそんな表情を見たのは初めてで、そして漸く彼女を少しだけ理解することが出来た気がして、久しぶりにホシノも心からの笑みを浮かべた。

 

 まだまだ油断は出来ない状況で、笑っているというのも不謹慎にも思えるけれど……笑えない状況であっても、笑みがなければ人は生きていけない。

 

 

 

 

「おや、これはこれは……偶然とは言え、目的のお二人が揃い踏みとは」

 

 

 

「「っ」」

 

 

 

「こんにちは、そしてはじめまして。今日はお二人に、決して拒めない提案をしに参りました」

 

 

 

「……黒服」

 

 

「……」

 

 

 ……けれど、漸く笑えたその時になって、笑えないような出来事が追撃されることもまた、よくあることだ。追撃、追い討ち、騙し討ち。どれほど光を見つけたところで、世界はまだまだ闇を潜めている。

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