なんで先生が死んでるんですか……?   作:ねをんゆう

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12.背後のあなた

 鴉の鳴くような夕焼けを背に、その歪な存在は目の前に現れた。

 ホシノが言葉にした"黒服"という言葉、それが目の前の大人を指し示す単語であるのなら、これ以上に似合うものはそうないだろう。それほどに不吉で、不気味で、不安で……

 

 

「喋るな」

 

 

「……!」

 

 

「っ、ミアちゃん!?いきなり何を……!?」

 

 

 迷いなく、銃口を突き付ける。

 突然に目の前に現れた男に対して甘使ミアが出した結論がそれだった。彼女にしては荒々しく、一切の妥協も譲歩もないような、完全な無表情で。

 

 

「これはこれは、いったいどういったご了見で?」

 

 

「喋るな。今直ぐ背を向けこの場から離れるのであれば、この引鉄を引くことはありません。即刻この場からご退場を」

 

「ミ、ミアちゃん?一回落ち着こうよ。こいつは……」

 

「かつて友から教わりました」

 

「え……?」

 

 

「生徒は大人には敵いません。話を聞かない、提案に乗らない、会話をしない。それが味方となる大人が居ない時、我々に出来る唯一の方策だと」

 

 

「……」

 

 

「クックック、なるほど。どうやら貴女にその忠告を送った方は、この世界のことを十分に理解されているようです」

 

 

 

 ーーーーーッッ!!!

 

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

「喋るなと言った筈です」

 

 

 これまで結局、一度も撃つことのなかった甘使ミアのショットガンは。黒服の足元を大きく抉るように放たれ、飛び散った破片が彼のスーツの一部を引き裂く。

 

 それでも困ったように両手を上げ、呆れたように首を振る度胸があるのだから。なるほど確かに、これはまともに相手をしてはいけない手合いなのだろう。そして当然ながら、その程度で口を閉じて素直に帰るほど容易い存在ではないと、この場にいる誰もが知っている。

 

 

「……どうか一言だけ」

 

「断ります」

 

「貴女の関連です」

 

「黙りなさい」

 

「カイザーと関係はありません、私の個人的な趣味です」

 

「消えなさい」

 

 

 

「シャーレの先生が関係しています」

 

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

「……クックック、少しの説明程度は許して貰えそうですね」

 

 

 未だ銃口は降ろされない。

 しかし、この男は普通の悪意のある大人ではない。

 

 これほどの状況であったとしても、自分が発言する隙間をもぎ取る。言葉を発させては駄目だと分かっていても、餌を吊るされてしまえば身動きが取れなくなることをよく知っている。そして何より問題なのは、そういった餌をこの男は持っているということだ。

 

 

「では、まず結論から。お二人もご存知の筈のシャーレの先生、その生死は現状私達でさえ把握することは出来ていません。ですが、失踪によって生じた影響については僅かですが観測出来ています」

 

「シャーレの先生の失踪が与えた影響……?」

 

「先生という存在、先生という役割、先生が持っていた本質。存在するだけで世界のジャンルそのものを書き換えてしまうような彼女は、まるで水面に落下した一雫のように、確かにこの世界に小さくも大きな波を齎しました」

 

「それが私になんの関係が?」

 

「クックック、そう急かさないで貰いたいものですが……ここで覚えておいて頂きたいのは、そうした形で現在この世界は波打っているということ。そしてその波の発信源たる先生は失踪している。つまり消失しているということ」

 

「「……?」」

 

 

 それが前提。

 目には見えなくとも確かに世界のテクスチャを揺るがすような波は発生していて、けれどその発信源は消失している。であるからこそ、これからその波はどうなっていくのか。本来であれば、そのままゆっくりと消失していく筈。それだけの話で終わるはず。何もなかったかのように、元の状況に戻っていく。それが本来。

 

 

 

 

「特異点」

 

 

 

 

「っ」

 

 

 

「おや…………さて、これは少し意外でした。まさか今の言葉に貴女自身が反応するとは。となると、いやまさか、ですがそれ以外には考え辛い……」

 

 

「……」

 

 

「……まさか貴女のそれは、意図的に?」

 

 

「……」

 

 

「そのようなことが……本当に……」

 

 

 そこまで淡々と自分の知識を披露し、流れを掴み、自分のペースに乗せて会話を広げようと嬉々としていた黒服の言葉が、止まる。

 何もかもを知っているかのように。何もかもを企んでいるかのように。ホシノの目にはいつだって不気味で上位な存在に見えていたそれが、今こうして信じられないようなものでも見るかのような目で隣に立つ甘使ミアを見る。

 

 言葉の意味は分からない。何を言いたいのかもだ。だがそれをきっと、恐らく、変わらず無言で銃を構える彼女だけは、理解しているのかもしれない。

 

 

「神秘の後天的な特異点化。それは我々でさえ容易く成すことの出来ない、正に世界を書き換えるどころか穴を開けるに等しい禁忌の行為。一歩間違えれば全てが破綻する禁断の一手……まさかそれを貴女は、貴女の協力者は、成したというのですか」

 

「……」

 

「可能であれば教えていただきたい。貴女はいったい、誰の思惑で動いているのです?貴女にそのような神技に等しい処置を施したのは、何処のどなたなのでしょう?」

 

「……それを回答する義務は私にはありません。独り言は終わりですか?これ以上の特例は認めません、どうかお帰りを」

 

「シャーレの先生による影響について聞きたいのでは?」

 

「不要です。私が聞きたかったことは既に貴方に回答して頂きました。私にとって一番に重要な情報を、貴方は前座の手札として使ったのです。貴方のミスです。波と特異点の関係など不要です、私でも想像は出来ます」

 

「……なるほど、そういうことですか」

 

 

 情報のアドバンテージ、その認識を誤った。彼女の言葉に黒服はそれを悟り、小さく溜息を吐く。

 こちらが最大の価値を付けていた情報を相手は既に持っていて、こちらが最小の価値を付けていた情報こそ相手が求めていたものであった。つまり既に彼女にこれ以上に会話を続ける意味は無いし、彼女にとって自分の利用価値さえも無くなった。そして唯一の会話の機会さえもフイにしてしまった。この場でこれ以上の対話は不可能だろう。

 

 

「では、ここは大人しく一度引き下がるとしましょう。今の貴女を説得する手札がないことは事実ですので」

 

「っ、いいのかな……?」

 

「構いません、むしろ余計なことを話されても困ります。先程お話しした通りですので」

 

「……なるほど、そういうことね。じゃあ今はこのまま帰って貰おうか」

 

 

 

「それでは最後に……」

 

 

 

 ーーーーーッッ!!!!

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「置き手紙も不要です。帰りなさい」

 

「……なるほど。確かにその対応はとても厄介ですね。ですが、それでもまた何処かでお会いすることにはなるでしょう。嫌でも、近いうちに。貴女が特異点で在り続ける限りは」

 

「そうですか」

 

 

 去り際に自然な形で落としていった手紙も、彼女は問答無用で吹き飛ばす。

 黒見セリカの安全のために、カイザーから取引を持ち掛けられる前に襲撃を行わなければならないのだから。ここでその危険性のある手紙を受け取る訳にはいかない。

 

 ……そしてそれは同時に、最早時間がないということを指し示してもいる。最後に残そうとしていった手紙。あれがカイザーからのもので、それを受け取られなかったとすれば、強行手段に出て来る可能性が高い。

 

 

「ミアちゃん」

 

「いきましょう、ホシノ様。遅くとも明日の早朝には仕掛けます、そのために各方面に連絡をしなければなりませんので」

 

「……さっきの話、大丈夫なんだよね?」

 

「問題ありません、私の個人的な話ですので。皆さんにご迷惑をおかけするような事情でもありませんから」

 

「……そっか」

 

 

 その個人的な話を、問題を、教えて欲しいと。力になりたいし、迷惑とも思わないと。そう口にしたところで何の意味もないことも、ホシノは知っている。

 まだそこに踏み入れられるほど理解しあえていないし、信頼を築けてもいないのだから。そもそも彼女はきっと、自分の抱えている問題で他者に助けを求めたりなどしないだろうから。

 

 

「本当に助けたいなら、こっちから動かないとね……あの子も後輩なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れの差し込む部屋の中で、しかし今日も変わらず仕事に勤しむ委員の面々。そんな中でも大量の反省文を机の横に置き、なにやら只管に調べ物をしている女の姿がある。

 

 

「甘使ミア……小等部から高等部にかけて成績に一切の穴なし。勉学やスポーツだけでなく戦術指揮や政治学においても優秀の評価。中等部時代には1年間のミレニアム・サイエンス・スクールへの留学経験もあり、次期ティーパーティーを目されているであろう生徒の1人」

 

「……今更そんな基礎的な情報を集めてるの?アコ」

 

「っ!?い、委員長!?ち、違うんです!これは改めて情報を整理してるだけで……!」

 

「情報部の持ってる情報だけでは彼女のことは分からない。あまり意味がないと思うけど」

 

「そ、そうなのですか?」

 

「不思議に思わなかった?それほどに優れた生徒を、なぜトリニティは他校との交換留学の弾にしたのか。見識を広げると言えば聞こえは良いけど、今のミレニアムは生徒達にとってかなり暮らしやすい環境になってる。旧態依然としたトリニティとしては、そんな革命に繋がりかねない思想を将来のティーパーティー候補に植え付けたくはないはず」

 

「た、確かに……それではいったいなぜ……」

 

「少なくともミレニアム留学前は、彼女にそれほどの価値はなかったということ。それでも成績だけは優秀だった筈だから……まあ、問題は人間性ね」

 

「な、なるほど。ミレニアム留学中に、何らかのキッカケで今の彼女になった可能性が高いということですか。となると彼女について情報を集めたいのなら、トリニティよりミレニアムを調べるべきかもしれませんね」

 

「だから今ここに来る途中で頼んで来た。対応は必要ない」

 

「う……す、すみません……」

 

 

 大きな溜息を吐きながら、疲れたように椅子に座るヒナを横目に、アコは肩を縮ませながら下を向く。

 色々と想定外があったとは言え、結局こうしてヒナの仕事を増やすことになってしまった。彼女の忙しさを一番知っているのは自分の筈なのに。自分で自分が情けなくなる。

 

 

「……委員長は、割と彼女のことを気に入っていましたよね。まあ話だけ聞けば分からなくもないですが」

 

「私だって流石に彼女のことを全面的に信じた訳じゃない。彼女が平気な顔で嘘を吐くトリニティらしい人間という可能性もまだ一応ある。……それでも、あそこにはもう1人見落としてはおけない人物が居た」

 

「……浦和ハナコ」

 

「そう。彼女ほどの才媛が、あの場において付き従うようにして甘使ミアのサポートをしていた。本来なら能力的にも学年的にも立場は逆のはず。……つまり、それこそ思想や人間性なんかの面で、あの関係は成り立っていると考えて良い」

 

「なるほど……彼女自身を信頼したのではなく、彼女を取り巻く環境と能力を信頼したということですか」

 

「どう言い繕っても他校の事情への介入でしかない行動、それは確実に初対面でマイナスな印象を相手に与えているはず。それでも便利屋68まで味方に付けて、アビドス側からの監視さえなく行動を許されているのは、それだけアビドス側に余裕がないからなのか、それとも……」

 

「……」

 

 

 自然とヒナの口角が上がる。

 恐らくこの一件を試金石としているのは、桐藤ナギサも同じなのだろう。それこそ浦和ハナコもまた。彼女という人間を見極めるために、アビドス高校を利用していると言っても良い。甘使ミアを信用して良いのか、役に足りうる能力を持っているのか。自分達は知らなければならないし、目を離すことなど出来ない。

 

 

「そういう意味だと、恐らくミレニアムのセミナーは既に私達の一歩先を行っているはず。人材発掘能力に優れているビッグ・シスターが彼女を見逃す筈がないし、確実に何らかの繋がりを今でも保ち続けているはず」

 

「……ミレニアムのスパイという線が!」

 

「どうだろう、無いとは言い切れないけど。そのミレニアムとの関係を桐藤ナギサは知りたいのかも。その線さえ切ることが出来れば、ティーパーティーとして全面的に支援出来るだろうし」

 

「ううん……?」

 

「何か疑問?」

 

「ああ、いえ。そもそもティーパーティーとして、彼女の行動にどの程度の利益があるのか……と思いまして」

 

「なるほど」

 

 

 確かにトリニティからすれば、自分の所の生徒が他校の問題に勝手に介入していくという状況は好ましくないだろう。それも甘使ミアは現状トリニティとして容易く手放すことの出来ない人材、外に出さず飼い殺したいだろうに。

 

 

「益はあるはず、そこは間違いない。桐藤ナギサもそこまで身内に甘い訳じゃないと思うから。でもそれが具体的に何なのかは私にも分からない」

 

「そ、そうですよね!?」

 

「でも予想は出来る」

 

「え」

 

「私達には想像のできない利益、けれどティーパーティーが無視出来ない利益。私とナギサの思考が同じなら、彼女への投資は将来への投資と同義。……そしてトリニティのティーパーティーには、あの百合園セイアが居る」

 

「!!……トリニティの預言者!」

 

「そこが繋がって来ると、ティーパーティー視点からの彼女の価値は他の誰よりも遥かに高く見えているはず。何せ彼女が他校を助け繋がりを増やすほど、自校の危機に他校の助けを借りやすくなる」

 

「それはつまり、育てているということですか?他校のトラブルを利用して、自校の問題の解決策となり得る果実を」

 

「予言の精度は分からないけど、単純に甘使ミアの死が回避出来る程度の対応をするだけで、勝手に果実は成る。これは実のところ桐藤ナギサではなく、百合園セイアの企みなのかもしれない」

 

「ですが、そこまでするのでしょうか。未来が見えるのなら、そんな回りくどいことをしなくとも危機などいくらでも回避できそうですが……」

 

「そうね、そこは私にも分からない。その回りくどい方法こそが解決策だったのか、何らかの原因で未来視が出来なくなって色々な策を試しているのか。それとも……」

 

 

 

 

「甘使ミアが特別なのか」

 

 

 

 

 シャーレの先生の死亡、それに呼応するかのように現れたトリニティの新星。それはきっと必然であるのだろうが、ヒナはそこに甘使ミア以外の何者かの意図を感じてならない。

 甘使ミアはほぼ確実に善良な人間であろうが、果たして背後に居るその何者かは善良な存在であるのか……

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