このビナーという超巨大兵器は、このアビドス砂漠を拠点とする恐ろしい存在である。かつてのアビドス生徒会の時代まで遡り、多くの激戦を繰り広げて来た。それはカイザーPMCであっても例外ではなく、彼等は全戦力をもって何度もこの兵器の侵攻を押し留めていた。その度に大きな被害を受けながら。
ーーーーーッッ!!!!!!!
「っ、今のは……」
『ビナーのメインウェポン、直線上に放たれる極大熱光線よ。掠めるだけでもカイザーPMCの戦車部隊が溶解する威力を持っているわ』
「リオ様……しかしそれほどの攻撃となれば、前兆はある筈です」
『ええ、今のである程度観測出来たわ。ただ自動操縦ではミサイルの迎撃と同時に熱光線の予測と回避は難しい。私が幾らか手動で補正をしても、これほどの巨体と手数を相手に完全な回避行動は難しいわ』
「つまり、ミサイルの迎撃は私の方ですればいいのですね?」
『ええ、この銃を使いなさい』
「っ、これは……?」
『大型飛行AMASに直結させたフルオートヘヴィマシンガン。総弾数3000、威力は最大まで底上げしてある。ただ本来はドローンが扱う装備だから、人間が使うことは一切想定していないわ』
「構いません。気合いでなんとかしてみせます」
『……現実的に考えて、10分の時間稼ぎは難しいわ。忠告するのなら、フルオートとは言え弾数は最低限にすることね』
「感謝します。それでは……参りましょうか」
ドローン3機にぶら下がりながら、片手で人間が扱うには過剰過ぎる火力のマシンガンをぶっ放す。それどころか敵の攻撃を回避するためにドローンは激しく動き回り、右腕と左腕の両方から全く別の負荷がその身を襲う。
大蛇と鯨が混ざり合ったような姿をした巨大な敵は、その巨体さえも利用して空を飛ぶ対象を絡め取ろうとしていた。巻き上がる砂煙、地面に潜り勢い良く地上に飛び出すなど、搦手も多い。
「くっ……」
『もっと弾数を絞りなさい。申し訳ないけれどセミオートへの切り替えは出来ないわ。最低限の射撃で最大限の成果を出すの』
「はい……っ、ぅぐっ!!」
故に射撃の難易度は跳ね上がる。視界不良、衝撃と暴風、飛行によるブレ。そこにマシンガンの反動が加わり、普段そこまで使わない武器種というハンデまである。
5発も連続で撃てばミアの体格と筋力でも完全に体勢が崩れてしまうというのに、一度に襲い掛かるミサイルの数は5発では済まない。であるならば、やはりリオの言う通り弾数を減らすしかない。
この最悪な環境の中で可能な限り一度の射撃数を減らしながらフルオートで精密射撃を行い、敵の発射するミサイルを落とし続ける。言ってしまえば曲芸に近いそれを、やらなければ負ける。ならばもう、無理でもなんでもやらなければならない。
「っ、ミサイルの数が……」
『他のドローンを動員してフォローするけれど、搭載している射撃AIではこの軌道を完全に捉えることは難しいわ。状況に合わせて適切に処理して』
「ぐっ……!?す、みません、被弾しました。飛行への影響は」
『気にしないで迎撃に集中しなさい。怪我による射撃への影響は?』
「直撃を確信した瞬間に右足を無理矢理当てましたので、一切の影響はありません」
『……そう。目標時間まであと6分よ』
「6分以上耐えてみせます、そう約束しましたので」
可能な限り施設に対して攻撃が向くことがないように、攻撃を誘導しながら避け続け、撃ち落とす。自動操縦によるAMAS達もビナーの放つミサイルをそれなりに落としてくれてはいるが、逆にそれによって撃ち落とされてもいる。
AMAS達に搭載されているAIは、リオが常に更新し続けているミアを吊るしている3機を中心に敵の攻撃パターンを学習し続けては居ても、当然ながらビナーもまた高性能のAIによって動く巨大兵器である。僅か1分の時間の間でも形勢は逆転し、落とされていくAMASの数も増えていく。
「射出された瞬間に撃ち落とす……まだ、まだ……」
『っ、ミサイルの前兆を観測出来たわ!射撃の直前に一瞬の停止、その後に頭部から尾部に向けて振動が走る!その振動を観測した瞬間に音を鳴らすようにシステムを構築したわ!対応しなさい!』
「感謝します!」
射出された後、その脅威的な誘導性能によって全弾が漏れなく凄まじい精度を持ってこちらに向かって来る。そこに徐々にビナーのAIが伴い、釣りとも呼べるような軌道を持って放たれるものが増えて来た。
故に全てのミサイルに対して適切な対応をすることなど実質的に不可能であり、だからこそ、こうして射出直後に未だ残っている全てのドローンとミアの射撃によって破壊するしかない。
……既にミアは3発のミサイルの直撃を受けており、その全てを自身の両足を犠牲にしてドローンを守っている。これ以上のダメージは本格的に射撃への影響を無視出来なくなる。
『残り時間3分……!』
「っ!?ビナーが砂中に!」
『衝撃波と砂爆が来るわ!上空まで一気に引き上げるわよ!』
「お願いします!」
浄化の嵐とも呼ばれる、熱光線と並んで凶悪な殲滅力を持つビナーのもう1つの必殺技。
それは地中から地上へと這い出す際の爆発的な勢いによって発生する単なる衝撃波であり、それがビナーほどの巨体から齎されるものとなれば、砂粒でさえ弾丸と変わらない速度となる。最悪の砂嵐。
……しかし、これは確かに地上に居る者達にとっては回避が困難を極める絶望的な攻撃になるが、こうしてドローンを使って上空へ避ければ話が変わって来る。実際、こうして既に何度かそれは避けている。
(そう、これは意味がないとビナーも分かっているはず……にも関わらず、どうしてここで?)
ビナーはAIで動く兵器、無駄な行動はしない。実際に既に僅か7分の戦闘でリオとミアはここまで追い込まれているし、用意したドローンも7割近くが落とされている。当初話していた3機で済む訳がないとは思っていたが、これほどの対応力は流石のリオでも想定していなかった。
「リオ様!来ます!」
『っ……これは……!!』
一度見た時と同じ様に、ビナーは凄まじい勢いと規模の砂嵐と衝撃波を撒き散らしながら再び地上に現れる。それは遠く離れた施設にまで届いてしまうような勢いで砂波を伝播させていくが、相変わらず上空に居るミアとドローンに対する影響はそれほどではない。
……だが、問題はそこではなかった。
「くっ!?」
『砂嵐を煙幕にしてミサイルを……!これでは背中の砲台を狙えない……!』
「こ、れは……!捌き切れない……!!」
『っ!!』
射出直後を狙われることのないよう砂嵐に隠れ、常に動き回りながらミサイルによる飽和攻撃を仕掛けて来たビナー。こちらのデータを完全に把握し切ったビナーは、この戦法による効果を確信し、この戦闘を完全に決めに来たということだろう。
全速力でその場を退避し、懸命に撃ち落とし続けるミア。だが当然それでどうにかなる様なものでもなく、むしろ既に射撃による反動で左腕の感覚が無くなりつつある。なんとかドローンだけを守ろうと既に焼け焦げた両足を振り上げて直撃させるが、それによる激痛も尋常なものではない。
「っ………ぁ………」
『!!……右腕の鎖だけは絶対に離さないで!私がなんとかするわ!!』
意識が霞むほどの苦痛、視界が掠れるようなダメージ。それでもなお迫り来るミサイルの大群に対して、リオは残った全てのドローンをミアに覆い被せるように配置し、盾にすることを決断した。
……どう考えたところで、これ以上の戦闘は彼女には不可能だ。目標の時間まではまだ2分近くあるが、それでもビナー相手に良くやった方だろう。この攻撃を凌いだら、この場から撤退させる。そのためにも今は彼女の身体と3機のドローンだけは守らなければならない。
「はぁ………はぁ………ぅっ」
『……このまま撤退するわ』
「っ、ですが……」
『これ以上は無理よ、諦めなさい。その怪我でどうやって射撃するつもり?もう左腕も殆ど動かないのでしょう?』
「……」
『成果としては十分、これ以上は合理性に欠けるわ。私は付き合えない』
「……はい」
たった2分の時間稼ぎ、それにどこまでの意味があると言うのか。仮にこれで死者が出たとしても、ここで彼女を失う方がよっぽど痛手である。早急に足の治療をしなければならないし、なんならこのまま結果を聞かずミレニアムに連れて行っても良い。むしろその方がリオの思惑としても合致していて……
「……は?」
『?』
そうして思考を回している最中だった。珍しくミアからそんな間の抜けた声が漏れ出てきたのは。
呆然とした表情で一点を見つめるミア、リオもそれに合わせて慌ててカメラを向ける。レーダーを見てもビナーはまだ動いていない。高エネルギー反応はあれど、熱光線に対する回避システムは既に完成している。リオの操作がなくとも確実にミアを逃してくれる筈だ。
『……それなのにどうして、ビナーはPMC拠点を狙っているの?』
分からない、それをする理由がない。何故なら今の今までビナーは異様と言うほどに施設に対して興味を見せていなかったし、これまた異様と言えるほどに自身の周囲を飛び回るミアを狙っていた。ミアが殆ど戦闘不能になった今、ここで突然に矛先を変える理由とはなんなのか。
リオはAIに多く触れている。その経験から逆算してみても、納得のいく答えは見つからない。……ただ、それに関連する情報だけはミアが事前に話していた。
『ビナーを誘導している者が居る……!!』
「リオ様!!今直ぐ私をビナーの上へ!!ここでシロコさん達を失うことは絶対に出来ません!!このキヴォトスの未来のためにも!!」
『〜〜〜ッ!!』
「これは合理的な判断です!!」
最大威力の熱光線、それは当然ながらチャージにも時間がかかる。それでも判断に関する言い合いをしている時間が貰えるほどのものではない。
既に札は尽きている。ビナーの熱光線を止める切札をリオは持っていない。もし出来ることがあるとするのなら、リオもミアと同じ方法しか思い付かなかった。
……アビドスの生徒は失えない。そう語る彼女の合理性はリオにも分からない。だがリオは立場上、彼女の言葉を信用することしか出来ない。それが2人の関係性。
故に言われた通りに再びドローンを浮上させ、最高速度でビナーの上部へと彼女を運ぶ。その最中に彼女はドローンに繋がっていた銃を引き千切り、片手に自身のショットガン、もう片手にそれを構えた。
文字通り、全てを使い切る。
この場にある全てのものを利用する。
自分の身さえも、ここで。
『……当然だけれど、命の保証はできないわ』
「構いません、これ以外に策はありませんから。ここで死ぬのなら、私はそこまでだったということです」
『恐ろしくないの?死ぬことが』
「まあ、彼女に怒られるのは少し怖いですが……元より選択肢のある身ではありませんので。懸命にするしかないでしょう、最後となるその日まで」
『……そうね』
「それに、きっと問題ない筈です。ハナコさんにしては、少し時間をかけすぎなくらいですからね」
そう言うと、ミアはドローンから垂れ下がっていた鎖から手を離す。落下し始めた自身の身体、感覚の薄い両手で引鉄を探し、体勢を崩しながらも可能な限りの射撃を試みる。
そして同時に、リオはミアを吊るしていた3機のドローンの自爆装置を稼働させ、一斉にビナーの頭部へと特攻させた。
ビナーの装甲は非常に強固で、その肉体は砂中を泳げるほどの馬力を持つ。相応の威力を持っているとは言え、これでどの程度のダメージを与えられるかについては、リオもそれほど期待してはいない。
事実、かなりの威力を持つマシンガンによる攻撃は装甲を貫通することは出来ていないし、今のミアに関節部を的確に狙えるほどの体力もない。
『1機目』
自爆装置を起動したドローンの内、一機目をビナーの口内に向けて叩き込む。こういった際の常套手段、熱を集中させている箇所で爆破させれば誘爆を引き起こせる可能性がある。未だビナーの兵装についての分析は済んでいないが、3機の爆弾、これは的確に使わなければならない。
『っ、撃ち落とされた……やはりこの程度は対抗して来るわね……』
しかし頭部を狙うという性質上、それにビナーが気付かない筈もない。衝突の直前に顔を上げたビナーは、そのまま顎部でドローンを叩き落として爆破する。
『それなら……』
ドローン2機目、今度はそれを今や剥き出しになっている砲台部分へ向けて走らせる。誘爆を狙うのであればミサイルの射出口であるそこもまたポイントの1つになる。外部からの攻撃で簡単に動きを止めることが出来ないのなら、こうして内部破壊を狙うしかないのだが……
『フェイントを掛けたのに、直前に仕舞い込まれた?……まさか」
単なるしまい忘れ?いや、これは恐らく釣られた。元より誘爆の危険のある砲台を剥き出しにしておく必要がない。それをわざわざこうして出していたのは、こちらの残り弾数を消費させるためだ。
その程度の駆け引きが出来るほどに、ビナーはこちらの動きを学習しているということ。
……そしてこうなると、最後の一機をどう使うべきなのか分からなくなる。既にミアはドローンから離れていて、落下の最中であるというのに。こうして迷っている暇さえない。早急に決断しなければならない。だが3機を使って何の成果も得られないということもまた絶対に許されない。ミアは既に瀕死の状態だ、彼女1人では絶対にこの熱光線の軌道をズラすことなど出来る筈がない……
『調月さん!ドローンをビナーの足元に!ミアさんに合わせて接地点を破壊して下さい!!』
『……っ、ミア!合わせるわ!』
「ええ、いきます……!!」
落下しながら射撃し続けていた両手の銃を投げ捨て、ミアは唯一無傷の右手に全身全霊の力を込める。
ビナーの熱光線は既に相当な域にまで熱量が膨れ上がっており、ここで阻止出来なければカイザーPMC拠点は確実に吹き飛ぶ。故にミアはこの一瞬に全てを賭けた。身体に走る激痛を歯を食い縛って堪え、強引に態勢を立て直す。巻き込まれても構わない、たとえその末に滅びがあるとしても。そうでもなければ、何も成すことなど出来ない。
「私はまだ、諦められない……!!」
ーーーーーーーーーッ!!!!!
響く轟音、
紛れて消える破砕音。
拠点を掠めるように地上を焼き払い、
彼方まで奔る熱光線。
僅かに掠めた一瞬も、奇妙な点に弾かれた。
焼け焦げた世界。
喉を焼くほどに熱された空気。
溶岩の様に焼け爛れた沼に向けて、身体は落ちる。
衝撃、灼熱、激痛。
起き上がる巨体がスレ違うように、目の前を過ぎる。
【ーー自分の身さえ大切に出来ない人間が、他の誰かを守れるだなんて思わないことです】
……いつだったか、そんな厳しい言葉を厳しい表情と共に叩き付けられたことを思い出す。
その言葉の意味は分かっても、心から理解することは出来なかったし、今でさえ本当の意味で理解することは出来ていないと自覚している。
ただ、それでも世界は待ってくれない。結局こうして誰かを守らなければならない場所に立ち会ってしまって、それに対して可能な限り懸命に立ち向かった。
……守れたのだろうか、自分は。
自分は、自分の身を大切に出来ているのだろうか。
朧げな視界と意識では何も分からない。
故に祈るしかなかった、願うしかなかった。
どうか、どうか……自分の不足のせいで、彼等を取りこぼしてしまうようなことがないようにと。自分がこのまま潰えてしまったとしても、彼等だけはこの不足に巻き込まないで欲しいと。
そんな考えこそが、自分の身を顧みないものであるとも気付かずに……
『「見つけた……!」』