『「見つけた……!!」』
灼熱の砂漠の中、落下していく黒焦げた人型のそれを、凄まじい速度で走り跳んだ"砂狼シロコ"が受け止める。
自身のドローンで地形を乗り越え、乱れ踊る熱線をハナコの指示のままにやり過ごし、走って、走って、走って……ようやく辿り着いた。そして間に合った。間に合わせた。間に合わせることが出来た。
『ミアさん……!?』
「っ、怪我が酷い……意識も失ってる」
『今はとにかくこの場を離れます!このまま北東方向に走って下さい!5分後にカヨコさんがPMCの貨物車を持って来る手筈になっています!』
「うん、分かった。任せて」
衣服は焼け焦げ、身体にも重度の火傷、両手両足は無事な所の方が少ないような有様。シロコでさえ表情が引き攣り、目を背けたくなる様なそんな姿に、ハナコは思わず唇を噛む。
間に合ったには間に合った。だがこんな状態の彼女を見てしまうと、もっと早く、もっと上手く何か出来たのではないかと思ってしまう。
……が、状況はそれを許さない。頭を持ち上げシロコ達の方へと視線を向けたビナーが、今にも襲い掛かろうと身を縮め始めた。
『っ、アルさん!狙撃部隊は配置に付けましたか!?』
「い、今ようやく着いたわ!カイザー製の狙撃銃だと、ここが有効射程ギリギリよ!もう撃っていいのね!?」
『はい!戦車部隊はそのまま前進して下さい!一斉射撃で撤退に追い込みます!』
「「「了解!!」」」
ハナコは結局、当初の宣言を守ることが出来ず、10分しっかりと時間を使ってしまった。それは色々な理由はあるにせよ、やはりハナコ自身のカリスマ性や、コミュニケーション能力の不足が原因であった。
【ーー敵も味方も関係ないでしょ!自分のために命賭けてる子を見殺しにしといて、あなたたち明日からも笑って生きていけるわけ!?】
ビナーを追い込むためには武装が足りない、そして人手も足りない。故に残っていたカイザーの兵士達を説得するしかないと結論付けたハナコであったが、結局最後に彼等の心を動かしたのは陸八魔アルだった。どれほど巧みに言葉を尽くしても、ハナコにはそれが出来なかった。
(きっと、私とミアさん達との違いは……)
アルの指示に従い、カイザー兵士を中心とした狙撃部隊がビナーの背中の砲台を撃ち始める。そして同時に生き残っていた戦車5台に乗ったヒフミ達が、凄まじい勢いで砂漠の中を走り出す。
反対側に居たゲヘナ風紀委員会の主力は間に合わないが、トリニティの牽引式榴弾砲による射撃もミアが離れた今なら出来る。最早不足はない。
(人を集める力は、確かに今の私にはないでしょう。それでも、集めて貰った人を使うことくらいなら……!ミアさんが私に求めているのは、きっと……!)
最初からそうだ。
彼女が自分に求めていたのは、こうして戦力を行使すること。指揮を取ること。ミアが集めた戦力を、用意した戦場で、動かす。そして勝利する。そんな簡単なこと。
『牽引式榴弾砲による射撃は一斉射撃ではなく連鎖射撃を意識して下さい!狙撃部隊はビナーの口内を中心に狙撃!戦車部隊は敵の気を引きつつ散開!背部の砲台を狙って下さい!』
「こ、これで本当に撤退させられるのよね!?」
『風紀委員会の本隊さえ到着すれば確実に撤退に追い込めます!拠点を守っていたホシノさんも2分以内に戦場に到着予定です!それに……』
『ば、爆弾!仕掛け終わりました……!』
『指定位置バッチリ!いつでも起爆出来るよ〜♪』
『おじさんもそろそろ着くかな〜、2分も要らなかったや』
『アヤネです!頼まれていた地形情報の更新終わりました!送ります!』
『これなら……!』
全ての情報を取りまとめ、これでもかと増築したモニター画面にハナコは目を走らせる。指を動かし作成したルートを戦車部隊を率いるヒフミに送り、ムツキとハルカに送っていたタイマーを起動させた。
榴弾砲と狙撃によるダメージは着実に蓄積されており、ここぞとばかりに戦車部隊をビナーの退路に向けて走らせる。しかしこれは当然ながら餌だ。ビナーから逃げる様に、けれどそれを悟られぬ様に砲撃も継続する。
ビナーの砂嵐は戦車ほどの質量があれば、ある程度の距離を保てば大したダメージにはならない。背部の砲台から発射されるミサイルも、牽引式榴弾砲の連鎖爆撃によって封殺している。問題の熱光線は口内に向けた積極的な攻撃で封じており、最悪の場合、戦車部隊に追い付いたホシノがそれを防いでくれる。
『残り300m!恐らくこの辺りで敵は砂中に潜り込む筈です!』
「……!本当に潜った!?」
『敵がAIだからこそ、その行動は予想しやすい。……ノノミさん!ヒフミさん!お願いします!』
「はいは〜い♪全弾発射〜!!」
「はい!合わせて砲撃します!」
元よりビナーは砂中で行動することを前提として製造されている。ならば地上の標的をどのように感知しているのかと言えば、それはまず間違いなく"音"だろう。
ノノミのマシンガンと、ヒフミの砲撃。これほどの轟音を鳴らしながら砂上を走行する標的は、ビナーにとっても邪魔な筈だ。それこそ索敵を正常に行うためにも、まず初めに排除しようと考える。それが普通で、未だこちらの軍に関する学習が進んでいないAIたる彼には、その普通の行動を取る以外に選択肢などない。
『……来ます!!ホシノさん!!』
「まっかせて〜」
地響き、揺れ。ビナーが砂中から衝撃波と共に現れ、砂嵐を撒き散らす前兆。このままではヒフミもノノミも乗り込んでいる戦車のままに飲み込まれてしまうだろう。
……だが、その行動も予測している。
戦車のエンジンを最大まで吹かせ、最後にもう1発砲撃を行い、ヒフミとノノミは飛び降りる。そんな2人を抱き止め着地し、大楯を展開して立ち塞がるホシノ。無人で走っていく戦車達と共に、地響きもまた遠ざかっていく。
ーーーーーッッ!!!
『起爆!!』
「はいは〜い!手持ちの爆弾全部絡めた最高傑作!喰らえ〜!」
「ぶっ飛ばします!!ぶっ飛ばします!!ぶっ飛ばします!!ぶっ飛べぇえええ!!!」
ーーーーーッッ!?!?!?!?!?
砂中から衝撃波と共に飛び上がるビナー、そしてそんなビナーの装甲にへばり付いた幾つもの爆弾。それは元は拠点を覆っていた防風ネットに括り付けられた粘着爆弾であり、大きく宙へと飛び出したビナーは、そのまま身動きの取れない空中で大爆発に晒された。
確かにビナーの装甲は厚いが、それは白い装甲の部分だけ。その下にある黒の装甲は確かに硬いが、決してどうにもならないほどのものではない。
元より爆弾のプロフェッショナルたるハルカの自信作であり、カイザーPMC拠点内にあった爆薬もついでとばかりに根こそぎ括り付けてある。いくら重装甲であっても、これに耐えることなど出来るはずもない。
『……撤退、しましたか?」
「あ、あの爆発を受けてもまだ生きてるだなんて……」
「お、追いますか!?」
『いえ、見逃して下さい。撤退はともかく、討伐するとなると簡単にはいきません。今はそれよりミアさんとセリカさんの治療を急ぐ必要があります。カイザーPMC理事を連邦生徒会に突き出す必要もありますし……』
装甲のヒビ割れ、一部の破損、砲台数個の破壊。これ以上は割に合わないと判断したのかビナーは撤退していったが、アレを完全に討伐するとなると、やはり簡単にはいかないだろう。
専用装備を用意して、徹底的に行動パターンを解析して、学習される前に致命的な破壊を成さなければならない。ゲヘナの風紀委員長級の戦力があれば分からないが、元より今回の目的ではないのだから。追う必要はない。
『っ……ホシノさん!後のことはお任せしてもいいですか!?』
「もちろん、流石にここからはアビドスでやらないと。それより今はミアちゃんの方を見てあげて、じゃないとこっちも安心出来ないからさ」
『はい!』
……本当なら、このまま自分はここに残って後始末をするべきだろう。どのようにしてこの事態が終息するのか、どのような課題を残すことになるのか、そしてそれをどれだけ良い方向に着地させることが出来るのか。自分にはそれを左右できる程度の力があると流石に自負している。
それなのに、ハナコはそれをホシノに投げた。
自分でも意外なことだが、これほどに他人のことを心配したのはいつぶりのことだろう。最後に見た彼女の悲惨な姿が今でも脳裏から離れないし、もし本当は間に合っていなかったのだとしたら……そう考えるだけで背筋が凍るような感覚に襲われる。
ほんの数日でここまで心奪われているのは、果たして自分が単純な人間だからなのか、それとも彼女がそれほどに魅力的な何かを持っていたからなのか。大体卑怯なのだ。別に自分はまだそれほど大したことはしていないのに、なんなら疑っていたり試していたり、不誠実な思いを抱えていたのに。友人として大切に思っているとか、信用しているとか……そんな似合わないことを急に……
『カヨコさん!今どちらに居ますか!?報告をお願いします!』
ミアの離脱のために、シロコを最短距離で向かわせた。そしてカヨコに輸送車を任せ、そこからアビドスの治療院へ向かわせる手筈であった。
鬼方カヨコはハナコから見ても何故便利屋なんかに居るのか不思議に思うくらいには優秀な人物だ。そんな彼女が報告を忘れるはずもないし、無いのならば何か異常事態が起きているのだろうと考えざるを得ない。
「あ〜……聞こえてるよ。それと多分、こっちは大丈夫」
『ど、どういうことですか!?まだ治療院には着いていない筈ですよね!?エンジンの音がしないのは一体……』
『独断で申し訳ないけれど、救急医学部を派遣したわ』
『……!ゲヘナの風紀委員長!』
『部長のセナが治療中よ、位置情報を送るわ。……色々と言いたいことはあると思うけれど、その辺りについてはまた後で話しましょう。大丈夫、少なくとも今回の一件について私は彼女のことを好意的に見ているから』
『いえ、構いません!ありがとうございます!』
ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム。今回の件の最中に起きた諸々によって、各々の思惑は更に深まったことだろう。
それが良きにせよ悪きにせよ、結局それは後からいくらでも取り返しのつく問題だ。絶対に取り返しのつかない"死"という結果を前にすれば、どうやっても些細なもの。故に空崎ヒナが彼女とビッグシスターの共闘を知ったところで、後からいくらでも……
「ええ、先ほど運び込まれた"死体"でしたら、そちらのテントにありますが」
「……死体!?!?!?」
人選が最悪だった。
「……アコ、調査の結果は?」
「は、はい!委員長の予想通り、あの場に現れたドローンはミレニアム郊外で度々目撃されている所有者不明のドローンと同型かと思われます!」
「確かウチの諜報部の見解としては、ミレニアムのビッグシスターが関わっている可能性が高いとか。……となるとこの件、偶然か必然か三大校全てが関わった案件になってしまったのね」
「……全てに関わっていた彼女の行動を見るに、必然のように思えますが」
「残骸は?」
「破片の回収は出来ましたが、自壊装置が作動してしまったようで殆ど何も分からないと報告が……流石に簡単には尻尾を掴ませては貰えませんね」
「なら直ぐに撤退させて。調査に使用した機器もその場で廃棄。余計なことをしてこちらのデータを引き抜かれたり仕込まれたりされないように。干渉は最低限に留めなさい」
「わ、分かりました」
今回の作戦、ヒナは時間に余裕はあったが直接に参加することはなかった。それは確かに政治的な思惑などもあったものの、何よりこうして戦場の様子とそれに伴う変化から、しっかりとその目で見極めたかったからだ。
ビナーが現れた時には流石に出向くべきかとも思ったが、そこにあの奇妙なドローン軍と彼女が協力し合っているのを見てしまい、逆に身動きが取れなくなってしまった面はあるが。その分、無理を言って救急医学部を動かしたので、最低限はやった方だろう。
「トリニティ出身、ミレニアムへの留学経験。似たような経歴を持った生徒は、大抵の場合そのまま大した役割に就くことも出来ず適当な派閥で飼い殺される。……本当に重要な人材は内部で徹底的に染め上げる傾向を持っているトリニティとしては、形だけの友好を維持するための交換留学には、不要な人材を投じてるはず。そして当然ながら、それはミレニアム側も同じ。普通ならビッグシスターと関わりを持つような事にはまずならない」
「つまり、ミレニアムもトリニティも不要な人材を交換し合って、互いに対して特段干渉することなく、問題だけ起きないように接しているのが交換留学の実態ということですか。しかも戻って来た際に待っているのはスパイの疑惑……」
「全員が全員とは言わないけれど、特に目的がなければそうしている筈。相手の自治区内の変化や異変を早急に、そして詳細に把握するためにも、交換留学自体を無くそうとはしないでしょうけど……少なくとも、こうしてトリニティとミレニアム両陣営から何らかの支援を受けられる甘使ミアの現状は、経歴からしても異様が過ぎる」
つまりそれは、彼女の存在そのものが、人間としての性質そのものが、スパイの疑惑や情報流出のリスクを超えるほどに価値を持っているということだ。
……そしてその一端についても、ヒナは今回垣間見た気がしている。アレは確かに人を惹きつけるだろう。そして信用したくなる人間性をしている。
単なる善性ではなく、それなりに頭も回り、真っ先に最前線に立つ。それでいて1年生の後輩で、自分なりの目的に向かって懸命だ。その過程で生じる犠牲に対しても無視が出来ないような甘いところもある。
「……アコ、彼女に関する調査は打ち切って」
「へ?い、いいのですか!?」
「動向だけは把握しておいて。けど今は余計な詮索をして関係を悪化させる方がリスクが大きいから、必要なことは諜報部に任せておけばいい。……そうね、次は私の方から出向いてみようかしら」
「い、委員長がですか!?た、確かにもし彼女がこれからも同じように各校の問題に関わっていくのなら、その価値はあるかもしれませんが……」
「ミレニアムと交友のあるトリニティの新星、マコトが知れば間違いなく目を付ける」
「あっ……」
「万魔殿はともかく、ゲヘナそのものの心象を悪くする訳にはいかない。あまり政治に関わりたくはないけど、私を窓口にして貰うしかない。ミレニアムとトリニティと交友がある以上、ウチが遅れてるのは事実だから。……エデン条約にも確実に関わってくる」
「そ、そこまでの影響力が……」
「それを前提に考えた方がいい。今回の件だけでも連邦生徒会から接触があるだろうし、亡くなったシャーレの先生の後を継ぐとなれば、もしかすれば幾つかの特例が認められるかもしれない」
「……」
「どちらにせよ、これから忙しくなる。エデン条約さえ締結出来れば平和になると思ってたけど……カイザーにビナー、それに予言。まだまだ先は長そうね」
まあ元より、エデン条約にも問題はあるし、それが締結されたとして全てが上手くいくとは思っていなかったが。やはり卒業まで自分はこのまま面倒事に晒され続けるのかと思うと、ヒナは思わずため息をこぼした。