なんで先生が死んでるんですか……?   作:ねをんゆう

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16.退屈な毒

 カンッカンッカンッと甲高い金槌の音が聞こえてくる。今はあまり使われる機会のないこの保健室は、けれど役割上常に最低限の清潔さを保ってはいた。それはもちろんこんな時のことを想定してのことであったが、まさかそこにアビドスの生徒以外の者が寝かされることになるとは、以前は想像さえしていなかった。

 

 

「それで……どうでしょうか」

 

「右腕と両足以外の怪我は明日には治っているでしょう。特に酷いのは右腕ですね。両足は一部骨が見えているほど抉れていましたが、なんとかなります。ただ右腕は粉砕骨折しているため、治療には相当な時間がかかると考えられます。ビナーを叩いたという最後の一撃が致命的でしたね、全治1ヶ月です」

 

「なるほど、私にしては重症ですね」

 

 

 

「いや、いやいやいやいや!それはおかしいでしょ!!重症だったんじゃないの!?複雑骨折なんでしょ!?それを全治1ヶ月て!!」

 

「いやぁ、やっぱりセリカちゃんが居ると場が引き締まるねぇ。ツッコミ役は大切だ」

 

『……あの、本当に1ヶ月でいいんですか?』

 

「彼女は風紀委員長や他の一部の生徒と同じく、非常に身体が頑丈で回復力にも優れています。通常であれば治療が不可能な状態であっても可能性があり、必要な時間や工程も短縮が可能です。両足に関しても3日もすれば歩けるようになるでしょう」

 

「そんなことある!?ホシノ先輩じゃないんだから!!」

 

「ホシノ様の方が回復力は強いのでは?」

 

「いやぁ、おじさんも最近は腰の痛みに悩まされてるからどうかなぁ」

 

『……まあ、完治の見込みがあるのであればそれ以上は望みません。本当に良かったです』

 

 

 もう少し、もう少しくらい大怪我をした後なのだから、しんなりしていても良いのではないかと思うが。同じ医療者同士だからなのか救急医学部部長の氷室セナと自分の怪我について真面目な話を交わしているその姿を見ると、肩透かしを喰らったと言うか、力が抜けるというか……

 

 

「セナ様、今回は本当にありがとうございました。そしてハナコさん、アビドスの皆様にも。心から感謝を」

 

「「「っ」」」

 

「そ、そんなやめてよ、ミアちゃん。……むしろ助けられたのは私達の方なのにさ。本当にありがとうね、おかげでセリカちゃんを助けられた」

 

「そ、そうです!連邦生徒会からも珍しく回答がありましたし……今後カイザーとの関係がどうなるのかは分かりませんが、以前よりは間違いなく良くなる筈です」

 

「ん、壊れた校舎も便利屋に直して貰ってるし。本当に良かった」

 

「……今の言葉は、そのまま風紀委員長にお伝え下さい。もちろん、私としても同じ医療従事者である貴女とはこの機会に縁を作っておきたいところですが」

 

「ええ、勿論です」

 

 

 雇われの身ゆえに、なんでもやる便利屋故に、自分達で破壊した校舎の修繕を命じられた便利屋68の面々はここには居ないが。なんだかんだ言いつつ、そんな彼女達もアビドス復興委員会の彼等が手助けしてくれていることもあって、少しずつ仲を深めているらしい。

 今回の作戦でミアはゲヘナの風紀委員、そして救急医学部と縁を持つことが出来た。アビドスの生徒達も、言い方は悪いが頭が上がらなくなる。思っていたより順当に物事は進んだ。……恐らくは。

 

 

「ミアさん、ところでなのですが……」

 

「ええ、分かっています。トリニティと連邦生徒会からですね?」

 

「……はい。いくらナギサさんでも、ミレニアムのビッグシスターと関わりを持っていたとなると無視は出来ませんし。シャーレの代わりをするとなれば、連邦生徒会はこれ幸いと貴女に諸々を押し付けようとするでしょう。実際に既に連邦生徒会への出頭要請が出ています」

 

「そうですか……」

 

「……大丈夫?必要ならおじさんも着いて行くよ?」

 

「わ、私も……」

 

「いえ、問題ありません。元よりこうなることは想定していましたので。それにミレニアムからも顔を出すように言われています。ビナーの破片を交換条件に取引をしましたから。……暫く、トリニティには帰れそうにありませんね」

 

「「「………」」」

 

 

 誰かの為に必死になった人間が、そのせいで不利益を被る瞬間と言うのは、やはり誰であっても面白く感じることはない。それが第三者ではなく自分達の為となれば、こんな苦々しい気持ちになるのは当然だ。……とは言え、今の自分たちにできることなど何も無いと分かってもいる。

 

 

『ちなみにミアさん、ビッグシスターとはどういうご関係なんですか?』

 

「……友人の関連で彼女とも交友がありました。連絡を取ったのは留学を終えて以来でしたが、交渉に応じて貰えました」

 

「それ、やばい取引じゃないんだよね……?」

 

「ええ、ミレニアムで生じている問題の解決に協力するというものですから。元よりそのつもりでしたし、実質的にタダで引き受けて貰えたようなものですね」

 

『……ナギサさんはそうは思わないかもしれませんよ。少なくとも事前に相談というか、お話をしておくべきだったかと思います』

 

「ふむ……確かにそうですね。すみません、軽率でした」

 

『い、いえ!別に責めたい訳ではなかったんです!……私だって、その、大した意見を出せませんでしたし』

 

 

 あの状況のアビドス高校を助けるために、イチイチ他者の顔色など伺って居られなかったというのも分かる。むしろ余計に事態を引っ掻き回してしまった可能性もあったし、結果として丸く収まった以上、これで良かったと言う他ない。

 ……後からなら幾らでも言える。だがそれに意味はない。自分が今すべきことは、そんなことではない。

 

 

「そうですね、何か少しでもミアさんの負担を減らせるような事が出来ればいいのですが」

 

「ノノミ先輩……」

 

『……分かりました。こうなったらナギサさんを巻き込めるだけ巻き込んでしまいましょう』

 

「え?」

 

『少し失礼します。アビドスの皆さん、申し訳ありませんが、暫くミアさんのことをお願いします。それでは』

 

「え?あ、うん……それはいいけど……」

 

「……彼女も、忙しい方ですね」

 

「ええ、ですが大丈夫です。今はハナコさんの言うことを聞いて、大人しくすることにします」

 

「そうですね、それが良いと思います!まだまだアビドスの案内だって出来てないんですから!」

 

 

 まだまだアビドスの美味しいお店も教えていないし、街の案内も出来ていない。それが出来るだけの時間を貰えたと考えれば、この時間もきっと悪くはない筈だ。

 

 

 

 

「ということですので、便利屋68の皆さんには今後も協力をお願いすることになると思います。正しく今回のようなシチュエーションで」

 

「……ねえ、嘘よね?貴女もしかしてまだこんなことに首を突っ込むつもりなの?死にかけたのよ?大怪我したのよ?」

 

「特にその辺りは関係ありません。私は私の成すべきことを成すだけです。その末にこの命を落とすことになったとしても、可能な限りを尽くすことを決めています」

 

「……」

 

「……あれ、もしかして思ってたよりヤバい子?」

 

「はぁ、まあなんとなく分かってたけど……自分の命をベット出来るような目的を持った人間なんて、まともじゃない。両手両足を残機にしてる時点で、普通の感性じゃないでしょ」

 

「……」

 

 

 誰もまだ触れていないことがある。

 それは今回この件に関して、甘使ミアは決して少なくない私財を投じて便利屋を雇っているという点だ。数多の山場によって忘れられてしまっているが、他でもないアル達がそれを忘れるはずがない。

 

 自分の立場を、自分の故郷を、自分の身体を、自分の命を、自分の精神を、自分の私財を……全くの無関係である第三者を救うために投じた。それは確実に普通じゃない。それは自分の人生を投じたと同義である。

 彼女は彼女の目的のために、自分の人生を賭けることを既に決めてしまっている。普通の少女としての幸福など、これっぽっちも求めていない。

 

 

「……返すわ、このお金」

 

「?それは正当な報酬です、それを元手に装備や環境を整えて頂きたいのですが」

 

「そもそも!こんなの貰ってた事がおかしいのよ!だって元々、雇主に逆らうことを決めたのだって私の判断だし……そ、それに!こんなの貰わなくたって別に何の問題もないわ!便利屋68を舐めないで!今月の家賃だって問題ないんだから!」

 

「……問題あるのですね」

 

「も、問題ないったら!余裕よ!余裕!先月滞納した分と一緒に一括で払えるわ!」

 

「……払えないんですね」

 

「払えないね〜♪」

 

「は、払えるわよっ!!」

 

 

 なお、払えない。

 前金は貰ってないし、なけなしの貯金も装備を整えたりアビドス校舎を直すために使っているし、家賃は先月どころか既に3ヶ月滞納しているし。追い出されるのはほぼ確定している。それ以前に風紀委員会に目撃されているので、近いうちに確実に居場所がバレる。またもやテント生活に戻ることになるのだろう。……とても悲しいことだが。

 

 

「では、陸八魔アル様。その額で、別の仕事を引き受けては頂けないでしょうか」

 

「……まあ、話くらいは聞いてあげる」

 

「暫くの間、このアビドスに残っていただけませんか?」

 

「「「!?」」」

 

「それは、どうして……?」

 

「カイザーPMCの今後の動向が分からないからです。普通であればこのままアビドス高校への手出しは控えるでしょうけれど、人間とは時に理解の出来ない選択をすることもありますから。圧力の1つとして在って欲しいのです。必要であれば私の方から風紀委員会にも掛け合ってみます。……どうでしょうか」

 

「……」

 

「ア、アル様……」

 

 

 その提案に、アルは考え込む。そして他の社員達も、アルの選択を待つ。

 利益不利益ではなく、善悪の選択でもなく、これは陸八魔アルという社長のポリシーの問題だからだ。全ての依頼に関して、引き受けるかどうかを決めるのは彼女だ。引き受けた後にどうするのかを選ぶのも彼女だ。そんな彼女の選択を、社員達は尊重しているのだから。どんな選択を選ぼうとも、ただそれに着いて行くだけ。

 

 

「……いいわ、引き受けてあげる」

 

「ありがとうございます」

 

「そ、その代わり!その程度のことなら流石にこの額は大き過ぎるわ!別にアビドスに事務所を構えていても、普通に仕事は出来るんだから!家賃3ヶ月分くらいで十分よ!」

 

「……敷金礼金くらいは持って行った方が良いと思いますが」

 

「う……」

 

「恐らくですが、エデン条約締結の際に警護としてお呼びすると思いますので。それまでの準備金としてでも受け取っておいて下さい。頼りたいというのは事実なのですから」

 

「……分かったわよ。し、仕方なくなんだから!これはあくまで前金よ!前金!」

 

「前金は受け取らない主義なのでは?」

 

「今はそういうのいいの!!」

 

 

 差し引き分がキッチリ端末越しに帰って来たのを見て、まあ本当になんと悪人に向いていない性格なのかと改めて思わされるが、そこに惹かれて集まったのが便利屋68というものなのだろう。

 

 

「……次は連邦生徒会に行くんだっけ?ミレニアム?」

 

「ハナコさんに何か考えがあるそうなので、今はお任せしています。エデン条約に関しても着実に話が進んでいるそうなので、その時になれば嫌でも呼び戻される筈です。約束もしていますので」

 

「へ〜?まあいいんじゃない?この子の依頼を受けてる間は風紀委員会から手を出されることもなくなりそうだし?」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「さあ、そこは受ける依頼次第じゃないかな。今後はカイザー関係からの依頼は来なさそうだし、依頼探しも大変そう」

 

「うっ……」

 

「アビドスの方々は利子の返済のために賞金首の捕獲なんかもしているそうですし、相談してみてはどうですか?」

 

「はっ!賞金首!?それはなかなかカッコいいんじゃない!?」

 

「まあ、うん、そうなのかな……」

 

「良いことを聞いたわ!小悪党達を容易く捕獲出来る真の大悪党!これよ!そうと決まったら直ぐに賞金首について聞いて来なきゃ!みんな、いくわよ!」

 

「……ふふ、本当に愉快な方達ですね」

 

 

 悪人になりたいのに、悪人になれる性質ではない。小悪を成したとしても大悪に手は出せないし、許さないときた。報酬という名目で貰ったお金を貰えないなどと、悪党でなくともそんなことをする人間は殆ど居ないだろうに。

 

 

「……だからこそ、本当の悪人をこそ、なんとかしなくてはならないのですが」

 

 

 幸か不幸かホシノと共に居る時に現れたあの大人、ああいう者達こそをどうにかしなければならない。だが所詮は子供であり生徒である自分達では、口先や交渉では絶対に勝てない。

 かと言って正面から暴力を振るったところで、それがどこまで有効と言えるのか。やはりどうやったところで関わらないのが一番だが、その対処が出来るのは知っているものだけだ。たとえ知っていても、以前の自分のように思わず耳を傾けてしまうのが大人の手法とも言える。

 

 

「いつまでも避けていられる問題ではない……何か対処法を考えておかなければ。それにあのビナーのような"デカグラマトン"に関する者達に対する対処も……考えるべき事が多過ぎますね」

 

 

 静かになった部屋の中、ベッドの上に寝転ぶ。照明を眩しげに腕で遮りながら、冷静になり、暇になり、考え事に集中出来るようになったからこそ……気が重い。

 

 

「……シャーレの先生は、なぜアビドス高校に辿り着く前に亡くなったのか。本当に亡くなったのか?先生の消失は本当にキヴォトスを崩壊に導くのか?私の努力程度で、果たしてどこまで……」

 

 

 急激に襲い掛かってきた眠気に微睡み、少しずつ意識が朧げになっていく。心の底に澱みはじめた負の感情は、確かに感じている。それでも目を閉じれば必ずこうして自分を迎えてくれている彼の日の光景が、その全てを焼いていく。

 ……だからこそ、明日もまた一歩先へと足を踏み出す事ができる。どれほどの苦痛が伴ったとしても、目を閉じればそこにあの日が待っているから。

 

 

 あの日、あの時の……大切な思い出が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おかしい」

 

 

 映し出した諸々の映像を見ながら、自身を"黒服"と名乗った男は不思議そうに首を傾げる。そこに映ったのは先日のPMC拠点で生じた戦闘の様子。当然ながら注視しているのは、常に最前線を走り続けていた1人の生徒。

 

 

「やはりどう観察しても……彼女に特異な点が見当たらない」

 

 

 "特異点"

 

 この世界の理から外れた存在、際立って異なる性質を持つ存在、その世界を表現する数式に当て嵌まらない存在。その存在の周囲のみが明らかに変異していて、その一点そのものによって世界に致命的な変質を齎す存在。

 甘使ミアという生徒が本来は修正されて然るべきそんな"特異点"であることは疑いようのない事実であり、黒服も至近距離からの観察によって確かにそれを確信した。確かに後天的に発生した歪なものではあるが、この世界を歪ませ続け、そして同時に修正されることも適応することもない本物の特異点であると。実感したはず。

 

 

「にも関わらず……彼女は単なる優れた生徒の1人でしかない。神秘だけでなく、あらゆる能力においてホシノさんを下回る程度の生徒。特殊な能力もなく、特異な要素もなく、正直に言ってしまえば製造目的が分からない」

 

 

 なんのために、あのような特異点を作り出したのか。

 

 単に特異点を作り出すというだけでも普通ではない、異常の側に足を踏み入れている自分達でさえ困難極まりないことであるというのに。その目的や意思が分からず、思考が読めず、困惑する。

 世界に修正されない歪みを作り出す、それは世界を歪ませるということ。要は世界を乱すということであり、間違いなく善良な意思に基づいて行われた事ではないだろう。だが特異点を作れるということは、その過程でこの世界を破壊することさえ可能な技術が使われている筈。世界を壊したくないが、世界を歪ませたくはあった。しかし歪ませた程度で一体何が変わるというのか。

 

 

「……まさかゲマトリア以外に、この世界を探求しようとしている者が居る?」

 

 

 甘使ミアの背後に居るであろう何者かは、彼女を作り出して何をしたかったのか。それとも彼女は単なる試作品であり、実際にはより強大な何かを作り出しているのか。それとも観測しているつもりで、実際に観測されていたのはこちらだったのか。

 ……どちらにせよ、彼女は生徒が大人に対して勝つ事が出来ないという本質を知っていて、それに対する助言を持っていた。それはこの世界に関する理解を持っているということに他ならない。自分達と同類の存在であることに、疑いの余地はない。

 

 

「さて、しかしこうなると次はどうしたものでしょう……やはりまずは彼女の動向を調査するところからでしょうか」

 

 

 キヴォトス最高の神秘、その次のプランも当然ながら用意はしていたが。それよりも優先したい事が出来てしまったのは、神秘の探究者としては決して喜ばしいことではないのだろう。

 それでも黒服は策を巡らせ、用意をする。あの特異点と、その背後に居る者の正体を知るために。こういった寄り道も時には大切だ。ただ只管に目標を見てばかりでは、何かを取りこぼしてしまうのは確実であることを、大人である彼は良く知っているのだから。

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