それから両足が治りきるまでの1週間は、ミアはアビドスにて非常に穏やかな生活を送っていた。
車椅子に乗せられてアビドスの街中に出歩いて、セリカが働いているというラーメン屋に顔を出してみたり。歩くリハビリをしながら、適当な談笑をしたり。
「……ねえ、どうしてアビドスを助けてくれたの?」
「?突然どうされましたか、セリカ様」
「同い年なんだから様付けはやめてって。……だって不思議でしょ?今のアビドスを助けたところで何の意味も無いし、私だってまさか助けが来るとは思わなかったから」
「……」
「何か理由があるの?」
「……トリニティには未来を予知出来る生徒が居ます。その方の助言、という理由はどうでしょう。アビドスの生徒達は将来的に大きな役割を成すことになる」
「?よく分かんないけど、トリニティのためってこと?」
「いいえ、未来の笑顔のためです」
「……意味分かんないんだけど」
「私にも分かりません。私は自分の成すべきことをしただけですので。それがアビドス高校を助けることだった、それだけです」
怪訝な顔をするセリカに対して、相も変わらず無表情。この女には感情がないのかと思ってしまうくらいだが、こんな女が自分が攫われている間にアビドスを守り、奪い返しに来てくれたということも知っている。
同い年である筈なのに、アヤネとは違い全く親近感がない。不思議な感覚だ。3年生だと言われても全く疑わなかっただろう。
「……アヤネちゃんが、さ」
「はい」
「シャーレの先生が亡くなったのは、自分のせいだって……昨日から」
「そうなるであろうことは、ホシノ様も私も想定していました。敢えて騒動が収まるまでは黙っていましたし、もしかしたらアヤネ様も無意識に目を逸らしていたのかもしれません。オペレーターである彼女が話題のニュースに一切触れていないというのも奇妙な話ですから」
「……シャーレの先生って、どんな人なの?」
「さあ、私は会っていませんので。ただ、アヤネ様の依頼を受けて真っ先にアビドスに向かったほどの善良性と、何の前準備もせずアビドスで遭難した愚かさを持っている、恐らくは愛される人物だったのではないかと」
「け、結構酷いこと言ってない?」
「シャーレの先生さえ居れば、私がここに来る必要もありませんでしたから」
「え、そうなの!?」
「様々な権限を持つ連邦捜査部シャーレの先生、間違いようもなく生徒達全員の味方である善良な大人。単なる生徒の1人である私が居る必要はないでしょう」
「いや……でも、大人って戦えないし」
「少なくとも、こういった質問に対しても私より為になる回答を出せたのではないでしょうか」
自分が呼んだ先生が、自治区内で亡くなった。真面目なアヤネがそれに責任を感じてしまうことは元より想定していたことだが、色々と落ち着いてしまったからか、昨日の夕方にそれが爆発してしまった。
昨日の夜からセリカが泊まり込みで慰めたり、今もホシノが話を聞いているが、まあ暫く引きずることにはなるだろう。普通に考えれば先生の事前準備不足、自業自得としか言えないのだが。
「……でも、実際に助けてくれたのはシャーレの先生じゃなくてアンタなんだし。私は、多分ホシノ先輩達も、アンタが来てくれて良かったって思ってるはずよ」
「私の行動が、真の意味でアビドスの皆さんの為になれたことを祈ります」
「だからなれてるんだってば!」
「そう願います」
「ああもう!」
そんな風にやんややんやとセリカと話していると、どうやらアヤネの方が粗方落ち着いたのか、苦笑いをしながらホシノが保健室へと入って来た。彼女もここ最近、色々と走り回っていた苦労人である。しかし同時に脅威から一時的とは言え解放されて、何処となく肩の力が抜けているようにも見えた。
「2人とも元気だねぇ、仲良さそうで何よりだよ〜」
「いや、仲良いどころか会話が通じないんだけど」
「こんにちは、ホシノ様。調子はいかがですか?」
「んやぁ?相変わらず忙しいよぉ、これでも一応まだアビドスの生徒会に所属してることになってるからさぁ。もうこの機会に対策委員会を生徒会代わりにしちゃおうかなぁ」
「いや、それ確実に私達に仕事押し付けるつもりでしょ……まあいいけど」
「その方が良いかと。最後の生徒会役員が居なくなってしまえば、学校の運営が停止してしまうことと同義ですので。ホシノ様が居るうちに現在のアビドスに合わせた組織形成を済ませておくべきでしょう」
「だよねぇ、今回の件でそう思った。ハナコちゃんも言ってたからねぇ。もしあのまま私が黒服の口車に乗ってたら、今頃どうなってたか」
「頼れる人間が他に居なかったホシノ様の立場を知りながらも、敢えて言わせて頂くのであれば、大人にはお気を付け下さい。必要であれば、今後も助けに参りますので」
「……ありがとうね。ミアちゃんの立場を考えると遠慮したいけど、それが出来る立場でもないからさ」
「……むむ」
なんとなく難しい話になって来て、なんとなく妙な仲の良さを感じて、同い年の筈なのに自分の大切な先輩と近い目線で話していて。嫉妬のような、居辛さのような、そういった感情を抱いてしまうセリカ。
しかしやっぱり真面目な話である。ホシノからもそれとなく視線を向けられてしまったし、ここは大人しく外で待っているべきなのかもしれない。
「……私、ちょっとアヤネちゃん見てくるから。終わったら教えてよね!ホシノ先輩!」
「うん。ごめんね、セリカちゃん」
セリカもこの不思議な同級生と他にも色々と話したいことはあったのかもしれないが、この甘使ミアという少女が多くの秘密を隠していて、それを極力他人に話さず、話す人間を選んでいるということは知っている。
それはハナコも言っていたことだ。だからこそ、多少強引にでもホシノは知りたかった。今の自分には、彼女がどこまで話してくれるのかを。
「……それで?実際ミアちゃんは、私たちをこうやって助けてどうして欲しかったの?何か手伝って欲しい事とかさ、全く下心が無いって訳じゃなかったんでしょ?」
「そうですね、その通りです」
「いいよ、言ってみな。それくらいのお礼は返さないと」
「とは言え、現時点でお願い出来ることでもありませんので。それはその時が来た時に、と思っています」
「……トリニティの予言者絡み、かな」
「流石ですね。はい、そう捉えて頂いて構いません。ただ私としましても想定外が多過ぎまして、今後の展開については全く掴めておりません」
「ん?そうなの?予言なのに?」
「……正直に申しますと、シャーレの先生が死亡した時点で、私の想定は全て瓦解しています」
「!」
「ですので、アビドスの皆さんが今後どうなるのか、今後どのような時に手助けをお願いすることになるのか、それは私にも分からないのです。私は本来であればシャーレの先生が成していたであろうことを、ただなぞっていく。それが少しでも明るい未来へと繋がることを願いながら。それが私の行動方針になります」
「……シャーレの先生」
まさかここまでのことを話してくれるとは思っていなかったホシノは、少し驚きながらも頭を回す。
つまり本来であれば、アビドスで遭難せずに生きていたシャーレの先生は、この学校に来てカイザーから自分達を助けてくれていたということだ。それがミアが予言によって知っていた情報。
……だが、実際にはそうはならなかった。その時点でミアの予言は完全に瓦解し、自分が代わりにその役割をせざるを得なくなってしまったと。そういうことだ。
「つまりミアちゃんは、シャーレの先生の代わりをしてるんだね」
「いえ、私にはシャーレの権限も無ければ、大人としての性質もありませんので。確実にどこかで破綻する行為であるということも自覚しています。……代わりと言うよりは、実際には悪足掻きに近いのかもしれません」
「シャーレの先生の居ない未来は、そんなに酷いの?」
「私とハナコさんがアビドスに来なかったような未来が、アビドス以外の各校でも生じることになるかと」
「……エデン条約、連邦生徒会長の失踪、カイザー」
「そういうことです」
「それは……なかなか……」
壮大な目的だ。現実的ではない。
というより、それを本気でどうにかしようとしている精神性が既に尋常でないとホシノは思う。もしかすれば、それほど酷い未来になってしまうからなのかもしれないが。それでも自分の育った自治区以外の場所のために、そこまで努力しようとするのは普通ではない。
「……手伝ってあげたいのは山々だけど、ごめんね」
「お気になさらず、ホシノ様にも守らなければならないものがあります。むしろアビドスをしっかり守っていて下さる方が、私としても安心出来ます」
「……他にも隠してることあるよね」
「はい」
「それは話せない?」
「申し訳ありません」
「……まあ、これでも話して貰えた方かなぁ。ミアちゃんの旅に同行出来ない身だし、仕方ないか」
「……申し訳ありません」
「いやいや、これからもっと仲良くなれば良い話だからさ」
実際、それを知ったところで自分に何が出来る訳でもなければ、彼女の状況を変えられる訳でもない。つまり意味がない。
元よりそれを知るべきなのは、付き合いも短く、彼女のためだけに動くわけにはいかず、彼女に対して強い気持ちを抱いている訳でもないホシノではないだろう。覚悟がなければ責任も無く、その立場に立とうとさえしていない。ならばそんな自分に彼女がここまで言葉を尽くしてくれたのは、せめてもの親愛の証だろう。ならばそれで十分だ、十分と言うしかない。
「あーあ。ヒフミちゃんはいつの間にかそそくさと帰っちゃったし、セナちゃんも治療が終わったら蜻蛉返り、ミアちゃんとハナコちゃんも要件終わったらおさらばだし〜?おじさんは寂しいよ〜」
「暫くは便利屋の皆さんと仲良くして頂ければ。私も連絡さえ頂ければ承ります」
「こっちから連絡しないと話してくれなさそうだなぁ」
「私に気遣いや愛嬌を期待されても困ります」
「ふふ、仕方ないなぁ。おじさんから連絡してあげるとするか〜」
「ええ、そうして頂けますと助かります」
ミアは脚の包帯とギプスを取り始める。慣れた手つき、苦悶の顔もない。もうすっかりと治ってしまった脚を数度と握り、少しの違和感を抱きながらも瞳を閉じる。
「……治っちゃったね」
「はい、明日にはここを出ようと思います。ハナコさんにも連絡を取ろうかと」
「今度はさ、普通に遊びにおいでよ。シロコちゃんもアヤネちゃんも、ノノミちゃんだって。本当はもっと君とお話ししたかった筈だから」
「そうですね、そういう交流が重要だと言うことは理解していますので。余裕が出来た際には是非、また立ち寄らせていただきます」
「うん……」
別れはやってくる。
けれど、それは永久の別れではない。
だからそれだけで、その別れは悪いものでなくなる。
「ミアちゃん。君ももう私の大切な後輩なんだから、困ったら気軽に頼ってくれていいんだからね」
「頼もしいです」
明日は繋がった。繋げてくれた彼女を、今度は自分が未来と繋げてあげられるように。それが人と人との、友人と友人との、有り難く、在り得たい姿だろう。
繋がりさえあれば、いつでも何処でも、相手の姿を思い描く事ができる。繋がりがなければ、相手のことを知ることさえも出来ない。そしてその繋がりを絶やすことのないように、彼女の繋がりを増やしていけばいい。雁字搦めになるくらいに。そうすればきっと……
『怪我は……もう大丈夫そうね、良かった』
「セナ様は素晴らしい医療師です、ここまで早く治ったのは彼女の腕があってこそでした。……そして風紀委員長、今回のお力添え、心から感謝いたします」
『気にしなくて良い、むしろ申し訳ないことをしてしまったと思ってる。貴女の選択と意思を試すために、私は敢えて今回の作戦に参加しなかった。それがその怪我に繋がってしまったから』
「この程度の怪我と引き換えに貴女の信頼が得られたのなら、それは私にとって十分な成果です」
『……本当に死にかけたのに、流石に笑えない』
映像越しに溜息を吐いた彼女のその姿からしても、やはりそれなりに心配して貰えた、その程度には信頼を得る事が出来たというのが分かる。彼女の背後で例の行政官が不機嫌そうにしているが、その辺りはまあ重要な事では無いのだろう。
『今回の件については、借り一つということにしておいて欲しい。必要な時に連絡をくれたら、可能な限りの手助けを約束する』
「感謝します、風紀委員長。万魔殿の議長にはそれほど期待はしていませんが、貴女のことは信用出来ると思っていますので」
『そう……マコトのことはさておき、私も貴女との繋がりは保っておきたい。これから本格的になるエデン条約に関わる問題を、きっと一緒になって解決していくこともあると思うから』
「そうですね、そう思います」
どちらも淡々と物事を話していく性格だからなのか、会話はそれほど大きな起伏もなくスムーズに進んでいく。そのあまりの面白みのなさに、後ろのアコも不機嫌な顔から微妙な顔へと表情を変化させていく。生真面目と生真面目が揃った際の典型と言ってもいいだろう。
「ああ、そういえば……便利屋68に関する格別の配慮につきましても、本当にありがとうございました。カイザーの動向が分からない以上、今のアビドスに裏社会で名の売れた彼女達の存在があるという事実は大きいので」
『……便利屋68は、正直に言ってしまえばゲヘナの中では割とマシな方だから。他校の自治区でも見境なく迷惑をかける美食研究会や温泉開発部と違って、最低限相手は選んでる。問題を起こしたら対処はするけど、良いことをしている間くらいは甘めに見てあげてもいい』
「元より彼女達の性質を見るに、被害を受けているのは同じ裏社会の人間の方が多そうですね。今回は当初アビドス高校を襲う側ではありましたが、説得にそれほど時間もかかりませんでしたし。常にあの様な流れなのでしょう」
『なんというか、社長の陸八魔アルには妙なカリスマ性があるから。以前はとても真面目な生徒だった。それがどうしてああなったのか』
「こういった時には、彼女のようなグレーな存在がとても頼もしくなるものです」
『まあ、それは否定しない。グレーと言ったら彼女は怒りそうだけれど』
「そうですね、なんでも生粋のアウトローが夢だそうですから」
『……む?』
なんだか少しずつ会話がほぐれてきた。というか、2人の雰囲気が打ち解けあって来た。そんな若干の空気の移り変わりに過敏なアコは気付いてしまうが、当の2人こそが気付かない。
『そういえば、次はどこに行くのか決めたの?トリニティに報告のために一度帰るのかしら?』
「そのつもりだったのですが、ハナコさんが色々と調整してくださいまして。連邦生徒会へ行くことになりました。またナギサ様もその場に同席して頂けるとのことで、報告はその際にでも」
『……一応、他校の生徒にそういう情報は漏らさない方が良い。ナギサの身に危険が生じるから』
「むしろこの情報は多かれ少なかれゲヘナ側に漏れると思いますので、早めに風紀委員会に流しておいた方が良いと考えました」
『……まあ、警戒はしておく。とは言っても、今のナギサに興味があるのは万魔殿くらいだろうけど。それかトリニティ内の他派閥』
「ご忠告感謝します」
『大した忠告じゃない。今は連邦生徒会もパンク寸前だから、きっとまた面倒なことを押し付けられるとは思うけど……まあ、頑張って。応援してる』
「はい。風紀委員長も、次に会った時には一緒に食事でも如何でしょうか。交友を深めるにはそういった行為が最適であると聞いたことがあります」
『!……ふふ、そうね。ええ、その時は是非』
「それではまた」
『むむむむむ……!!』
最後の最後に互いに柔らかな笑みを交わして、そのまま通信を切る。そんな姿を背後から見ていたアコの心に湧き上がる嫉妬。だってそんな、そんな柔らかな笑みを向けられることなんて、自分だって早々ないというのに。
「い、委員長……?如何でしたか……?」
「そうね、彼女が今後も活躍することを期待したくなったわ」
わ」
「……?」
「アコ、今回の一件について可能な限り甘使ミアに関する記述を陳腐なものにしておいて。報告書を読んで、マコトに些事だと思わせるくらいに。マコト以外が気づく分には問題ないわ」
「は、はい」
「……さて、セナにも話を聞いてこないと。忙しくなるけど、面倒がっていられない」
トリニティの予言者、その予言がトリニティ内に留まるような災厄であるのならまだ良い。だがこれほどの規模で動き始めた甘使ミアに、積極的に協力する姿勢の見えるトリニティの状況。……トリニティどころかキヴォトス全土を巻き込む何かが起きることを予想しておかなければ、ゲヘナもまた足元を掬われかねない。
「エデン条約に関する不穏分子を洗っておかないと。アビドス高校とも最低限の接触は図っておくべきね。……小鳥遊ホシノも。まさか未だにアビドスに残っていたとは思わなかったけど、今ならもしかして……」
そんな未来が、来るとは思わなかったが。
きっとこれから先も、そんな風に……
未来は誰にも、どうなるものか分からない。予言者さえ居なければ、そんな戯言も自信満々に言えたかもしれない。