連邦生徒会はD.U.に存在するサンクトゥムタワーを本部として構えており、基本的にはキヴォトス首都であるこのエリア内に関連施設を集中させている。ヴァルキューレ警察学校も当然ながらこの場にあり、その治安の良さは他の学区と比べても相応に相応しいものとなっている。……のが、本来の常の姿である。
しかし現在、それこそ、こうしてアポ取をするだけであってもトリニティ生徒会長のナギサの力を借りなければ実現出来ず、出来たとしても時間の指定が非常に厳しいものであった程度には、連邦生徒会は常の姿からはかけ離れていた。それに伴ってD.U.内の雰囲気も何処か緊迫したものを感じたのも、決して関連していない訳ではあるまい。
「……ここがシャーレのオフィスがあるビルですか。まさかこのような形で訪れることになるとは夢にも思っていませんでしたね」
そして今回、呼び出されたのは何故かサンクトゥムタワーではなく、このシャーレ。先生が亡くなったことで今は機能を停止しており、殆ど単なるコンビニになっているという巨大なビル。
連邦生徒会長代行の七神リンが何故ここを協議の場に選んだのか、その理由は概ねではあるが想像は出来る。
「………ミア、さん?」
「……ああ、そう言えば。こうして直接顔を合わせるのは初めてでしたね、"ハナコさん“。はじめまして、というのも少しおかしいでしょうか」
「っ、私は映像越しにずっと顔を見ていましたけど……よく分かりましたね、私のこと」
「大切な友人の顔くらい、一度見れば覚えますよ」
「……!」
シャーレのビルの日陰で、1人待っていた桃髪の美少女。
声を掛ければ驚いて、疑問に答えれば顔を赤くして目を逸らす。そんな事前に噂に聞いていたよりもずっと乙女な反応を見せた彼女の名前は、"浦和ハナコ"。アビドスの一件の際、常にドローンで自分達のサポートをしてくれていた彼女である。
「ふふ、なんというか……本当に人を誑かすのがお上手なんですね。流石は人望と根性でアビドスの一件を解決した方は違います」
「それほど他者とのコミュニケーションが得意なつもりはありませんが。周囲の方々の善性に救われているだけかと。ハナコさんも含めて」
「……なるほど、無自覚なんですね」
「もちろん懸命に言葉を尽くしてはいますので、それが良い方向に働いているのであれば嬉しく思います。とは言え、ハナコさんの人柄に幾度も救われたことは事実ですので。心から感謝しています」
「……くぅっ」
「?」
これは単に、今日まで関わって来た人々の傾向とか、これまで自分が関わって来た人達との経験とか、生まれ育った場所の雰囲気とか。そういったものが理由であるとは思うのだが、しかしそれにしてもまあ……
真正面からこうして直接好意を伝えられるという行為に、自分はここまで弱いのかと。ハナコは口元を手で隠しながら目を逸らす。だって自分は知っているのだから。この女は偽りの好意を伝えるような人間ではないと。彼女は確かに自分の人間性に対して感謝してくれているし、好意を伝えてくれている。
「と、とにかく!ミアさんにはこれから連邦生徒会長代行と会って貰います!その場では既にナギサさんも待っていますので、色々と大変な話になるとは思いますが……」
「ええ、ハナコさんが作って下さったこの機会を絶対に無駄にはしません。必ず成してみせます。ですからどうか、見ていてください」
「っ……うぅ、なんなんですかもう……」
顔を隠していた右手を取られ、普段は無表情で無愛想とも言ってしまえるような雰囲気から繰り出される、小さく微かな柔らかい笑み。しかも何が問題かと問われれば、この女。
ハナコも自分の容姿がそれなりに優れているということを自覚してはいるものの、あまりにも美人なのだ。それも凛々しい方面で。言ってしまえば、かっこいい。
(……化粧とか、誰に教わったんでしょうね)
血のような真紅の瞳、薄い紅を引いた唇。薄い桃味がかった長い髪を三つ編みにしてから後ろで纏め、背後に背負うは純白の片翼。
一見こういうことには無頓着そうに見えるのに、メイクはしっかりと施しているし、身嗜みにも最低限の気を遣っている。制服はトリニティでも最近は殆ど見ない赤を基調としたものを着ており、相当に目立つ容姿をしているが、それは良い意味での目立ちだ。
絶対に居るはずなのだ。
お洒落にそれほど興味無さそうな彼女を、ここまでカスタマイズした人間が。それを知りたいと思ってしまうのは、それほど不思議なことではないのではないだろうか。そうだろう、そうに違いない。そう思いたい。
「ミアさん!?怪我は大丈夫なんですか!?普通に歩いてる!?もう完治してるんですか!?無茶していませんか!?」
「……意外です。私は出会った瞬間に疑いの眼差しを向けられるものかと思っていましたが」
「両脚吹き飛んで死に掛けた人間をどう疑えばいいんですか!ビッグシスターとどのような取引をしたんですか!?一体どんな無茶を!?」
「ナ、ナギサさん。少し落ち着いて……」
「問題ありません。最終的にはミレニアムの問題解決と、ビナーのパーツの提供で話が付きました」
「な、何故そんな曖昧な条件で取引を!?」
「ミアさん!?それは拡大解釈すればどんな無茶も押し付けられる条件で……!」
「問題ありません。何れにせよアビドスの後はミレニアムにも向かう予定でしたので。むしろ私からすれば対価と呼べるものを支払っていないようなものでした」
「「………」」
桐藤ナギサは今回、正義実現委員会に護衛を頼みながらこのシャーレまで来た。その護衛である仲正イチカと他数名の部員達は現在別部屋でご当地スイーツを楽しんでいるところであるが、それはさておき。
相変わらず迷いのない瞳と言動で少しの躊躇いもなく仁王立ちする彼女に、ナギサは頭を抱える。ハナコも同様である。だって迂闊過ぎるのだから。契約というものは、それほど容易く交わして良いものではない。
「……ミアさん、一応聞いておきますが。貴女とビッグシスターはどのような関係なのですか?」
「リオ様は一時的ではありますが未来予知を実現しました、その関連で連絡先を交換していたのです。何れ何処かで手を取り合うことになるだろうと。私も別口で未来と呼べる枝を知っていましたので」
「え……ま、待って!待ってください!未来予知を実現!?ビッグシスターがですか!?」
「ミアさんが未来を知っているって、ど、どういうことですか!?何の話ですか!?じょ、情報量が!情報量が多い!!」
「そういった理由ですので、スパイの心配は不要です。リオ様はただミレニアムを守りたいだけですから」
「「だ、大事なのはそこでは……」」
あまりにもあまりにもな話が出て来たというのに、さぞ『ちゃんと話しましたよ』というような顔をしている女を前にして、喉から言葉が出てこない。
【多分ね、ミアちゃんは色んなことを隠してて、それを話せる相手を選んでるんだと思う。つまりまあ、巻き込んで良い相手かどうかを見定めてて、核心部分は滅多なことじゃ話してくれない。……ハナコちゃんがこれから何処まで深入りするつもりか、おじさんは知らないけどさ。どんな選択をするにせよ、そのことだけは知っておいた方がいいかもよ?】
……そんな風にホシノから言われたことをハナコは思い出す。これこそ正に、彼女が今の自分達に教えることの出来る情報の全てなのかもしれない。これ以上を聞いたとしても、あまり意味はないのだろう。
コンコン
「っ……仕方ありません、この話はまた何れ」
「ええ。ミアさん、こちらの席に。あくまで今日の主役はミアさんですから」
「先輩方を侍らす様で恐縮ですが、失礼致します」
どうやらいつの間にか時間になっていたらしく、時間しっかりにこうしてノックの音が鳴ったのは、この場に現れた彼女の性格を表しているのだろう。
ちなみにナギサとハナコで挟む様に座らせたのは勿論ミアが主役であるという理由もあるが、何かあった時に止めたり守ったりし易くするためである。……もちろん、そんな光景を部屋に入って直ぐに目撃した彼女は辟易としただろう。噂に名高いトリニティの叡智2人が、臨戦体制でそこにいるのだから。
「……まさか、本当に貴女までいらっしゃるとは思いませんでした。ティーパーティ、桐藤ナギサさん。トリニティでは貴女を学園の外で見たことがないと仰る方も多いそうですが」
「おや、主役への挨拶も無しに唐突ですね。私は今回あくまで付き添いですので、どうぞお気になさらず」
「……なるほど。浦和ハナコさんも、今日はそういうスタンスということでよろしいでしょうか。お話を頂いた諸々について、組み上げたのは貴女かと思いますが」
「はい。私の役目はあくまでミアさんの歩く道を可能な限り整備することですから。もし私の提案が邪魔になる様であれば、それは破棄してしまって構いません」
「そのようなことは早々ないと思いますが……お気遣い、感謝します」
「……お二人がそこまで言うほどの傑物となると、私も態度を改めなければなりませんね」
「ええ、是非そうしてください。我が校の自慢の生徒ですので」
キレ長の青い瞳、長い黒髪、豊満でメリハリのついた肉体。連邦生徒会特有の真っ白な制服に身を包み、少し皮肉げな話し方をしつつも、全身から疲労が滲み出ている雰囲気を出した彼女。
自己紹介はこれから。
「これまでの態度を謝罪いたします、甘使ミアさん。私は連邦生徒会長代行兼首席行政官を務めております、七神リンです。どうぞよろしくお願いします」
「お気になさらず。トリニティ総合学園所属の甘使ミアです、現在は小さな治療院を運営しながら、趣味で各所を回っております」
「趣味……」
「……なるほど。今回こうして会談の場を設けたのは、連邦生徒会の業務に関して手伝って頂けるという提案を受けたからなのですが。そちらについては如何でしょう」
「場合によります。今回のように逆に仕事を増やすことも確実にあるからです」
「アビドス高校の件ですか……いえ、あの件についてはむしろ最善の方向へ向けて貰えたと私は考えています」
「そうですか」
「最悪はアビドス高校がカイザーコーポレーションに完全に乗っ取られた場合、次にカイザーコーポレーションが無視出来ない致命的な悪事に手を染めてしまった場合。何れにせよ連邦生徒会はパンクしていたでしょう。……まあ、それも時間の問題ではあるのですが」
「そうですか」
「……実はそれほど興味がありませんか?」
「いえ、元より承知していた事ですので。そして連邦生徒会が抱えている問題についても、解決の必要があると私は考えています。今日はその解決方法について、私は話に来たつもりです」
「……え?そんな優しい話で良いんですか?」
「もっと強気でも良いんですよ」
「なぜ意思疎通が取れていないのか疑問には思いますが……一先ず、そのお言葉は嬉しく受け取っておきます」
てっきり今後の活動に協力して欲しい旨や、シャーレの先生に関する疑問を投げてくるのかと、彼女以外のこの場の誰もが考えていた。しかしやはり彼女の頭の中には目の前の問題を解決することしかないらしく、それは連邦生徒会であっても変わらないらしい。
「さて、それではまず連邦生徒会の現状についてですが……これは今更お話しするまでもありませんね。既に業務を必要最低限から更に削っている状況で、それでも圧倒的に人手が足りていません。また、連邦生徒会内における私に対する不信感も募っており、そう遠くない内に連邦生徒会長代行を解任される恐れがあります」
「解任?不信感とは一体何の話なのですか?七神さんは不正を行うような方ではないと私は評していましたが」
「……原因はシャーレにあります」
「シャーレが?」
「元より連邦捜査部S.C.H.A.L.Eは、連邦生徒会長が失踪する以前に計画していた機関です。しかし先生が着任されたのは、連邦生徒会長が失踪した後。つまりシャーレの設立については、多くの面で私が関わることになりました」
「……なるほど。つまり連邦生徒会内では、七神さんが会長代行の権力を用いて強引にシャーレを設立したという見方がある訳ですね」
「はい。連邦生徒会長の意向で、異様とも言えるほど多くの権限を与えられ、拠点としてこれほど高設備のビルを一棟用意された部活動。……先生が十分な活躍をされていたのであれば話は違いましたが」
「七神さん、今のシャーレはどのような状態なのですか?」
「……完全な宙吊り状態です。シャーレに与えられた多くの権限は行き場を無くし、これを再び各部署に戻すには手と時間が足りません。苦肉の手段として連邦生徒会長代行の権限で必要な分だけ強引に回してはいますが……」
「側から見れば、七神さんが代行の立場を利用して多くの権限を私物化している……とも見えますね」
「もっと言えば、そのためだけにシャーレを設立し、先生をも暗殺した……というところまで話を進めている方も居るのでは?」
「多少強引ですが、あり得ないこともありませんね。少し考え調べれば分かることが、何故かそこまで広まっているとなると……連邦生徒会内に代行の立場を狙っている者が居ると考えても不思議ではありません」
「……優秀な七神さんがここまで疲労するような立場を、自ら欲するものなのでしょうか?」
「賄賂を受け取ったとしてもリスクと釣り合わない気もしますが……まあそこは重要ではありませんね」
「……流石ですね。これだけの情報でそこまで思い至れるとは、正直に感服いたします」
リンから齎された情報を整理し、ナギサとハナコは考察を深めていく。そういった政治的な化かしあいが正直それほど得意ではないリンとしては、嫌味ではなく本当に目の前の人間達が自分にとって味方であることが頼もしく思うし、久方振りに心が落ち着いた。
……まあ、何も言わずにただ何かを思考している甘使ミアに関しては未だによく分からないが。彼女は何を考えているのだろう。
「……ミアさんはどう思います?私とナギサさんの考察はこんな感じなのですが」
「はい、そこについては特に何も思いません。それよりも七神様、貴女は私に何を望みますか?」
「え?」
「貴女の考えを聞かせて下さい。私がシャーレの先生の代わりに事をなそうとしていることは、既にご存知のはずです」
「……!」
「貴女ほどの方が、その情報を聞いて何も考えないはずがありません。私をどのように利用したいですか?それを正直にお答え下さい。遠慮は不要ですし、気遣いにかける時間も無意味です。どうぞ直接的に」
「……」
本当に同じトリニティの生徒なのかと思うような、率直。ナギサとハナコも、そのあまりに直線的な切り込みに苦笑うこともできない。もちろんそれはリンもそうである。……しかし、彼女はそういう女なのだ。これはもう変えられないし、仕方がない。
「……先生が死亡直前に任命したシャーレ所属の生徒として、役割を成していただけないでしょうか」
「っ、それは……」
「……」
「はい、そのような事実はありません。しかしシャーレの先生が死亡直前に自身の代行として任命した生徒であれば、全てとは言わずとも幾つかの権限を行使することが出来ます。そして連邦生徒会における多くの問題を解決することが可能です」
「で、ですが……それは完全な詐称です。ミアさんが貴女の悪事の片棒を担がされることになってしまいます。トリニティ総合学園の生徒会長の1人として、そのようなことは断固として許容できません」
「しかし、これ以外に方法が無いのです……私が代行を下りることで問題が解決できるのであれば、喜んでこの肩書きを差し出します。しかし現在の連邦生徒会内にこれを解決出来る者は居らず、希望もなく、一度破綻してしまえば、多くの自治区の政治的な機能に致命的な影響を与えてしまうことになります」
「……」
「貴女でなければならないのです、甘使ミアさん。事実として先生に代わり、多くの学園と手を取りながらアビドス高校を救った貴女しか、説得力を持つことが出来ません」
「それは、ですが……」
「……私としても、このような方法を選ぶことについては強い抵抗感があります。しかし私は連邦生徒会長に代わり、このキヴォトスを守らなければならないのです。それがたとえ悪事に手を染める必要があろうとも。私の可能な限りを尽くし、立て直さなければなりません」
「……」
「ミアさん……」
「どうか、お願いします……」
七神リンは頭を下げる。
自身の悪事に、無関係で善良な生徒を巻き込むような願い。生真面目な彼女としては本来であれば絶対に受け入れられない行為でありながら、それをしなければならない程に追い込まれているということだ。このままでは確実に連邦生徒会は破綻する。そしてそれは各学園にも決して無視出来ない影響を齎す筈だ。トリニティもまた例外ではない。
……そして、ハナコは知っている。これほど直接的に助けを求められてしまえば、これほど懸命に願われてしまえば。彼女は絶対にそれを無下にはしない人間だと。自身が罪を背負うことになったとしても、きっと彼女は気にしない。それで誰かを救えるのなら、彼女は……
「……では、1つお願いがあります」
「はい。私に出来ることであれば、可能な限り」
「ここに"扇喜アオイ"財務室長を呼んで下さい」
「「「!?!?」」」
「話はそれからです」
甘使ミアは、思わぬ方向から刺してきた。