なんで先生が死んでるんですか……?   作:ねをんゆう

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19.足掻き尚び

 思いもしなかった要求。それに驚いたのはこの場の全員であり、それでも変わらず甘使ミアは無表情を貫く。理由を聞いても話さないし、早く呼べと言わんばかりに目を閉じる。

 

 ……当然の話ながら、七神リンとしてはその要求はあまりにも苦しいものである。

 

 "扇喜アオイ"。

 

 連邦生徒会財務室長の彼女は非常に真面目で堅物で中立的、仕事に私情は持ち込まないし、リンに対しても問答無用で多くの指摘を入れてくる人物である。

 こんな事を自分がしようとしていると知られたら、彼女は絶対に怒り狂うであろうし、許すことはないだろう。この計画は確実に破綻してしまう。

 

 なぜアオイを?というか、彼女はもしかしてアオイと面識が?既にアオイから彼女に接触されていた?

 

 色々な思考が過っていく。しかしリンに選択肢はない。こうまで言われてしまえば、もう呼ぶしかないのだから。呼んで怒られるしかないのだから。そしてこの計画もきっと……

 

 

 

「〜〜〜っ、一体何を考えているの!!リン行政官!!!」

 

 

「「「………」」」

 

 

 

 怒られました。

 

 

 

「だから無理矢理にでも寝なさいって言ったのよ!!徹夜ばかり繰り返していたら思考も感情も澱んでしまうでしょう!!そんな状況の自分の思考を過信するなんて愚の骨頂よ!!」

 

 

「ち、違うのですアオイ。これは……」

 

 

「今の貴女の言葉に意味なんてないわ!少し頭を冷やして黙っていなさい!!」

 

 

「ですが……」

 

 

「喋らない!!」

 

 

「むぐっ…………」

 

 

 口の中におにぎりをぶち込まれ、物理的に強引に黙らされたリンは、そのまま隣のソファに押し込まれる。ここまで怒り狂ったアオイのことを、さしもの彼女は見たことが無かったのだろう。そのあまりの迫力に一言も言い返すことが出来ず、されるがまま。今この場において彼女は行政官でも生徒会長代行でもない。病人であった。

 

 

「……はぁ。まずはお礼を言わせて頂戴、甘使ミアさん。貴女のおかげでリン行政官の暴走を事前に食い止めることが出来たわ。本当にありがとう」

 

「いえ、友人から七神様は非常時にはなりふり構わなくなると聞いていましたので。一方で扇喜様はその辺りを上手くなされるでしょう。体調管理も最低限されているようにお見受けします。七神様の顔色を見た瞬間から、他の方をお呼びするべきだと考えていました」

 

「その友人とやらのことは気になるけれど……ええ、間違っていないわ。こういう時のリン先輩にはお目付役が必要よ。少なくとも私は定期的に顔を見に来るようにしているわ」

 

「え……そ、そういう意図があったのですか?アオイ」

 

「そして案の定、こんな自己犠牲に走ろうとして……多少無理矢理にでも1日気絶させておくべきかしら」

 

「そうですね、それがよろしいかと」

 

「よろしくありませんが……!?」

 

 

 ……どうやら。今の今までリンに対してミアの反応が妙に薄かったのは、元より今の極度に疲労したリンの言動についてそれほど重きを置いていなかったかららしい。それはリンからの願いを聞いた際に、より深まったのだろう。

 こうして疲労してはいても最低限の健康管理をしているアオイが対面に座ると、ミアは普段通りに話し始めた。先程までのようにナギサとハナコが口を挟む必要もない。

 

 

「これは私の想像なのですが……扇喜室長、貴女は今後の連邦生徒会の行末についても考えていたのではないでしょうか。貴女ほどの方が先の見えない暗雲をただ良しとしておくとは思えません」

 

「……そうね。仰る通り、私も考えてはいたわ。今のままでは体力と精神を削り続けて、全員が破綻する未来しか見えないもの。ただ、それでも解決策は思い付かなかったわ」

 

「そうですか」

 

「……今の話を聞くまでは、ね」

 

「!」

 

 

 連邦捜査部シャーレは本当に連邦生徒会長が作ったものであり、代行のリンは今や本当にそれについて扱いに困っている。そんな折に甘使ミアという少女が現れ、亡くなったシャーレの先生の代わりをし始めた。既にアビドス高校を救ったという実績もあり、ミレニアムとの関係も持ち、更にこうして隣にトリニティの生徒会長が居ることからも、ある程度の影響力も保証出来る。

 ……そんな話を、アオイは今この場で聞いた。そしてそれによって、思い当たった。それとなく考えていた策の一つが、色付いた。

 

 

「元々私も考えてはいたの。シャーレの先生の後継については」

 

「ですが、新たにキヴォトス外部から大人の方を招待することは難しいでしょう。もちろん七神様が仰ったような詐称は行わないとして」

 

「ええ、そうね。だからこそ、人間ではなく組織としての後継を作ればいい」

 

「……なるほど」

 

 

 アオイは両手の人差し指を使いながら、説明をしていく。

 

 

「連邦捜査部シャーレの後継組織を作り、これに最低限の権限を付与する。少しずつ規模を大きくしていき、可能な限り元のシャーレに近付けて、最終的に全ての権限を移行する。簡単に言えば、これだけ」

 

「詳細をお願いします」

 

「ええ。重要なのは、シャーレは確かに連邦生徒会長が必要だと考えて作ったものだということよ。聞いた限り手紙はあるみたいだから筆跡鑑定でこれは証明出来る。……リン先輩はやってなかったみたいだけど」

 

「……なるほど、建前ですか」

 

「そう。その必要なものが機能出来なくなったから、類似した組織を作った。これならリン先輩の独断ではなく、連邦生徒会長の意向を汲んだと言い張れる」

 

「嘘ではありませんからね」

 

「もちろん、そうは言っても別組織だから簡単に全室長を説得することは難しいわ。ただ、確かな成果を出しながら少しずつ規模を大きくして、それに応じて権限を移行していく形なら、否定することは難しくなる。最初から色んな権限を乗せるから批判されるのよ」

 

「しかし元は大人の先生が中心の組織です。そこに学生が居座ることになるのは、連邦生徒会長の意向に反するのでは?」

 

「そうね、そこに貴女という人選をする根拠もない。たとえ権限も弱くて小さな組織だとしても、忖度を疑われるのは必然。……だからこそ、ここに条件を加える」

 

「具体的には?」

 

 

「3校以上の生徒会長による推薦」

 

 

「……!」

 

「連邦生徒会ではなく三大校も含めた各学園からの推薦となれば、これを否定するのは難しい。同時に組織の必要性に賛同する形にもなるのだし。なによりリン先輩も疑われない。推薦者が今後も増えれば、権限を移行し易くもなる。……そして話を聞く限り、貴女はこの条件を既に満たせる。違う?」

 

「……トリニティ、ミレニアム、アビドス」

 

 

 そのためにはホシノに今のアビドス生徒会副会長という立場を降りて貰うか、若しくは現在の対策委員会を正式な生徒会に任命する必要が出て来るが。別れた時の反応を見るに、それくらいのことはしてくれる筈だ。

 トリニティは元より、ミレニアムもまた交渉次第でどうにかなる。そこは確信だ。恐らく大した問題にはならない。

 

 

「構成員は貴女を含めて3人以上。全員がトリニティ出身というのは避けたいけれど、もう1人はミレニアムから適当に引っ張って来て貰えればいくらでも言い訳できるわ」

 

「……それでもまだ矛盾が多く見えますね」

 

「そうね、そこは上手く誤魔化すしかないわ。ただこの提案をリン先輩からでなく、私からするのなら心象はマシになる筈よ。というより、リン先輩が頼りにならないから、私が改めて連邦生徒会長の意向を汲みつつ最適な組織を提案した、って形なら殆どの派閥を引き込めるはず」

 

「財務室長という立場としては、その提案は越権行為にならないのですか?」

 

「なるわね、主に七神リン連邦生徒会長代行の。でも別にそれはもういいでしょう?当然事前に他の室長にも根回しはしておくわ」

 

「となると問題は、扇喜様が次の連邦生徒会長、若しくは代行に推薦される可能性が高くなってしまうことくらいでしょうか」

 

「冗談キツいわね……こんなのやりたがるの、無知な愚か者かリン先輩くらいよ」

 

「アオイ?」

 

「問題は貴女だけは半強制的に連邦生徒会の所属になってしまうことだけど、そこはどう?」

 

「特に気にしません。別にトリニティに帰れなくなる訳でもありませんし」

 

「私は気にしますよ!?」

 

 

 淡々と2人で話を進めていくその姿に、リンとナギサは思わずツッコミを入れたものの、その言葉がきっと届くことはないのだろうなぁと分かってもいた。

 ここまで話が進んでしまったのなら、きっともうそうなるのだろう。それを選ぶ筈だ。そして自分たちはそれを応援することしか出来ないし、それによって利益を得られるのは他でもない自分達の方なのだから。文句を言う資格さえもない。

 

 

「ではこの線で進めるとしましょう。多少粗は見えますが、その辺りはお任せします。設立にあたり必要なものがあれば教えて頂きたいのですが」

 

「一先ずは3校分の推薦書と、残りの構成員2人の確保をお願いしたいわ。様式は後でこちらから送るとして、いつまでに構成員は用意出来そう?」

 

「……そうですね。お伝えした通り私はこれからミレニアムに向かいますので、そこでどなたかに1人お願いするとして。あと1人は」

 

 

「では私ですね」

 

 

「……ハナコさん、いいのですか?」

 

「もちろんです。シャーレの後継ということは、主体となるミアさんはともかく、他の構成員はそれほど縛りもないんですよね?」

 

「まあ、そうね。以前より多少厳格にはするつもりだけど、所属を変えたりする必要はないわ」

 

「まあそこはどちらでも良いのですが……私は部活に所属しているわけでもありませんし、その方がミアさんをサポートし易いので、問題ありませんよ」

 

「……ありがとうございます、ハナコさん」

 

「ふふ、気にしないでください。私達は友人、でしょう?」

 

「はい」

 

 

「……」

 

 

 一瞬も迷うことなくそう告げたハナコのことが、ナギサは少し羨ましく思う。

 自分の立場ではそれを簡単に了承することは出来ないし、むしろ推薦する立場になってしまう。彼女の友人になると決めていたのに、立場がそれを邪魔している。こんな状況じゃなければ、こんな立場じゃなければ……

 

 

「それじゃあ私の連絡先を渡しておくから、何かあったら連絡してちょうだい。もちろんこちらからも適宜報告はするわ」

 

「分かりました。それと連邦生徒会の業務についても、可能な限り手伝います。その辺りの選別は扇喜様経由でお願いします」

 

「そうね、今のリン先輩はこの通りポンコツだもの。もう少し連邦生徒会の中でも垣根を超えて対応することにするわ。……防衛室は暇そうだし、彼女も連れて来ようかしら」

 

「ちなみに直近で処理可能なものはありますか?」

 

「リン先輩」

 

「……今のところは特にありません。現状、未だ貴女は連邦生徒会外部の方ですから」

 

「それは確かにそうですね」

 

「ですが、一つお渡ししたいものがあります」

 

「?」

 

 

 無理矢理に寝かされていたリンは眠そうな目を擦りながらノソノソと起き上がると、持って来ていた鞄からそれを取り出す。見た目は何の変哲もないただのタブレット。

 ……しかし、ミアはそれを知っている。それが何なのか、誰の持ち物なのか、知識として知っている。

 

 

「シッテムの箱……」

 

「っ、知っているのですか!?」

 

「存在を聞いたことがあります。ただ、実物を見るのは初めてです。確か元の持ち主は……」

 

「……はい。シャーレの先生です」

 

 

 まさかこれが自分の手に渡るとは思わなかったが、まあその意図は分からなくもない。これを持っていることこそが、後継者としての証になる。

 

 

「あの、シッテムの箱というのは……?私にはただのタブレットのように見えるのですが」

 

「失踪した連邦生徒会長が残したものです。単なるタブレットのように見えますが、OSからシステム構造まで全てが正体不明。これを起動させることが出来たのは先生だけでした。……ミアさんはどうですか?」

 

「……さて、今は難しそうです。これを託してくださると言うのであれば、色々と試してみたいとは思います」

 

「そうですね。先生が居ない以上、我々が持っていても仕方のない代物ですので。貴女はミレニアムとも親交を持っているということですので、お預けします。信頼の証とでも思って頂ければ」

 

 

 ミアはシッテムの箱を受け取り自分の鞄の中へと仕舞い込む。これだけでは別に何の変哲もないタブレットだし、解錠出来なければタブレットとしても機能しない。ただそれを託してもらえたという意味は、なかなかに大きい。

 

 

「……七神様、シャーレの先生は」

 

「……遺体だけは回収して、保管してあります。キヴォトス外の方をどう扱えばいいのか、正直なところ持て余していまして」

 

「そうですか、それが聞けただけ十分です。先生が生きている可能性を私の中で消すことが出来ました。これで余計な希望を持たずに済みます」

 

「……」

 

「あとは私が引き継ぎます。もちろん全てを上手く導けるとは思えませんが、死力は尽くします。どうかご協力を」

 

「……もちろんです。最早このキヴォトスと連邦生徒会を維持するには、貴女に頼るほかありません。ただ1人の生徒にこれほどの責務を負わせてしまうことについては非常に申し訳なく思いますが、可能な限りの協力はしますので」

 

 

 実際、連邦生徒会長代行としては、この選択は間違っているのかもしれない。唐突に生えて来た一年生の生徒にキヴォトスの命運をかけ、他に明確な解決策を用意出来ていないのだから。

 これがトリニティとミレニアムが密かに組んで押し通そうとしている案件である可能性はまだ残っているし、そもそもアビドス高校での活躍も単なる偶然かもしれない。いくら後がないからと言って、このような賭けに乗ったのは軽率であっただろう。

 

 ……それでも。

 

 

「ミアさん、これから直ぐにミレニアムに?」

 

「いえ、せっかくの機会ですから。少しお茶でもどうでしょうか。ナギサ様、ハナコさん」

 

「そ、それはいいですね!実はここに来る途中に雰囲気の良いお店を見つけたんです!護衛をしてくれた彼女達も連れて行ってみましょう!」

 

「ミアさんからそんな提案を貰えるだなんて……ふふ、人間性あるじゃないですか」

 

「私とて大切な友人との時間を大切にしたいと思う気持ちくらいあります」

 

「あらあら……」

 

「殺し文句ですね……」

 

 

 ただの冷静で冷徹で全てを淡々と機械のように熟すような人間であったのなら、ここまで認める訳がない。それはアビドスで起きた出来事を報告として受けて、その行動の一つ一つにどうやっても隠すことの出来ない人情を感じてしまったから。

 文字越しであったとしても、その報告書を書いたであろう人間の、アビドスの副会長の、感謝と親愛と、何もせず何も出来ない連邦生徒会への怒りを懸命に隠そうとする意思を感じたから。どれほど恨言をぶつけられたとしても仕方のない案件だったと言うのに。

 

 

 (どうか、この賭けが少しでも現状を良い方向に……)

 

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