滅びの未来。
それはナギサが自身の想定でなんとなくそう呼んでいるだけのものであり、確実にそれがナギサの思い描いているものそのものであるとは限らない。
むしろ多分に妄想が含まれていることを考慮すれば、実際のそれとは大きくかけ離れている可能性さえ高いだろう。しかしそれでも、それを軽視することだけは出来なかった。
「セイアさんは何も語ろうとしません。まるで何もかもを諦めたかのように、目に見えて様子がおかしくなりました。……しかしそんな彼女が、ある日突然に血相を変えて私に迫ったのです。1年生の『甘使ミア』という少女と交友を持て、と。確かに私はその少し前に甘使さんの話を聞いて興味を持ち始めてはいましたが、しかし彼女のその様相に私は確信したのです。恐らく私の運命は貴女にあるのではないか、と」
「……失礼を承知で申し上げますが、あまりにも荒唐無稽な話ではないでしょうか。日頃のストレスからオカルトに傾倒してしまっているのではないかと考えます」
「セイアさんの予知夢に関しては周知の事実です。そこは過程抜きに事実と確定させてしまっても構わないと思います」
「……分かりました。この際それは、セイア様が単純に情報収集に秀でており、なんらかの方法で悪性の計画を知ってしまったと解釈するとしましょう。私もオカルトを完全に否定する立場ではありませんので」
「ええ、一先ずはそれで構いません」
マナーを気にするなとは言ったものの、綺麗な所作で茶を嗜んでいる目の前の後輩。1台目の壊れた救急車も他者と茶を嗜む趣味を持ってはいたが、時々ポットを机に叩きつけるといったとんでもない行動をするので、こうして落ち着いて自身も対面で茶を楽しめる相手というのはとても好ましい。
確かにオカルトが過ぎる話ではあるが、それを多少曲解してでも聞いてくれるところもそう。
「私と交友を深めることがナギサ様を救うことになるという言い分については、概ね理解しました。……が、疑問もあります。元より貴女であれば他に人材など幾らでも豊富にあるのではないでしょうか。それこそ武力どころか医師の1人くらいどうとでも。なにせ生徒連合『フィリウス』分派そのものが貴女の駒なのですから。私一人にそれほど固執する必要もないでしょう」
「……その疑問は当然のものですね。しかし実のところ、現在の『フィリウス』分派には1つ問題があるのです」
「問題?」
「ええ、不足していると言い換えても良いかもしれません。……一応ここだけの話にして欲しいのですが。我々の分派には現状、"個人として突出した戦力"が足りていないのです」
「……そういうことですか」
互いに目を細める。
「ミカさんはそもそもご自身が相当に強いですし、セイアさんは予知夢だけでなく純粋に交友も広く、他派閥の支援を受けることも出来ます。……しかし残念ながら、私自身は戦闘などからっきしでして。それを補うための他派閥からの支援も、逆にミネ団長のように不要な疑いまで持たれてしまっている始末……」
「正義実現委員会を私的なボディーガードとして使うことも立場上難しく、身を守ることに心配があると。勿論お願いをすれば引き受けて頂けるとは思いますが、余計な疑念を生むでしょうね」
「……という注意を、セイアさんから受けました。私自身もそれとなく思っていた事ではあったのですが、それほどの問題とは思っておらず、つい先日まで軽視していたのです」
「なるほど」
勘違いしてはならないが。ナギサがトップを務める『フィリウス』分派は、決して人材不足という訳ではない。それなりに優秀な者達が揃っているし、野戦特科部隊による制圧射撃など、練度だってそれなりに高い。歴代と見ても決して劣ってなどいない程で、十分に機能は果たしている。
……が、それはあくまで集団戦闘での話だ。今のナギサに必要なのは軍ではなく、突出した個人である。
聖園ミカや剣先ツルギ、蒼森ミネといった単独で小〜中隊規模以上を殲滅出来るような、そんな個人。そこまでとは言わなくとも、せめて他の救援が間に合う程度まで時間稼ぎの出来るような動かし易い人物。
そんなどこの団体であっても欲しがるような、引っ張り凧になるような、重要な人材が不足している。これはよくよく考えれば致命的な不足である。補充がし難く、どうしても必要になる時があるのだから。その重要性に、今更になって向き合っている。
「そこで見つけたのが貴女なのです、甘使さん」
「……」
「聞いていますよ。貴女が高等部に入って初日に、正義実現委員会と衝突したことは。原因は確か……作戦地域内での怪我人を防衛するため、でしたでしょうか」
「……治療中の重症者の横で銃を乱射するような愚か者達が居たとして、より早急に事態を解決する手段として、『脅威の全排除』を選んだというだけです。直後にツルギ様が現れたことで優先順位が変動したため、治療に戻りましたが」
「流石に彼女には勝てませんか?」
「口が裂けても、むしろどう勝てと?元より勝てたとして、奪われる時間と労力を加味すれば大抵の場合で損でしかありません。彼女は戦うだけ無駄と考えるべき人種でしょう。彼女と戦うのであれば、彼女以外の正義実現委員会を敵に回す方がまだ現実的です」
「そ、それはどうでしょうね……」
「それでも必要と言うのなら対処はしますが」
「するんですね……」
「それが貴女を救うために必要であるのなら」
「……!」
何処かの風紀委員長も単独で組織戦力の大半を占めている、なんて逸話を持っているが。このキヴォトスには確かにツルギやその風紀委員長のような極めて戦闘力の高い生徒が居るのは確かだ。
彼女はそういった極まった者達に匹敵するほどの力を持っている訳ではないが、それに準ずる(まだ理解出来る範疇の)力を持っていることは既に確信している。その前提を確かめる必要もない。
「事情は分かりました。そして少なくともティーパーティの内2人がそれを望んでいるということも。しかし改めて申しますが、私は特定の分派に所属するつもりはありません。つまりナギサ様を護衛することについては構いませんが、それによってフィリウス分派に利を与えるような行動は基本的に出来ないと考えて下さい」
「ええ、分かっています。ただ隣で友人として仲良くして頂けるだけで構いません。緊急時に隣にいて頂けるだけでも。そしてその、見返りについては……」
「同じ派閥の人間でなく、単なる友人という関係ならば、見返りなど必要ないでしょう。友人というのは意識して等価交換をするものではなく、自然とそうなっているものだと聞いたことがあります」
「そ、その認識もどうかと思いますが……まあ、そうですね。それは確かにその通りです」
「それに、流石に毎日のように護衛をすることなど出来ませんので。必要な時に呼び出して頂くしかありません。それについても問題ありませんか?」
「もちろん、そこまで縛るつもりもありません。ただ、今後出張する際などには同行をお願いすることになると思います。なるべくで構いませんから、融通を効かせて頂けますと助かります」
「善処します」
「あ、ありがとうございます」
思っていた以上に、想定していた以上に、すんなりと話は進んだ。彼女がどういう人間なのかは事前に調べていたし、かなり融通の効かない人物だという印象が強かった。それでも彼女は今回のこの荒唐無稽な話を信じてはくれなくても、友人として力になってくれるとアッサリと言った。
……こちらは見返りを提示していないし、それを『友人』という肩書きで誤魔化しているような状況でもあるというのに。彼女はそんなことにさえ気にすることなく、興味さえ向けずに。
「……あの、最後に1つ聞かせて下さい。貴女はなぜ、私の力になってくださるのですか?」
「……?ナギサ様こそ今更なにを仰っているのですか?それこそ愚問では?」
「?」
「貴女の言葉が事実であっても虚言であっても。精神的な異常か、暗殺の恐れかの2択でしかありません。貴女が救うべき存在である限り、つまり患者である限り、私は手を差し伸べます」
「……ふふ、私は患者だったのですね」
「ええ、間違いなく。私の救うべき人物の1人です」
「……やはり、貴女はミネ団長によく似ていますね」
「そうであるなら嬉しく思います」
見返りなど求めない、救うことさえ我儘なのだから。言ってしまえばそんなトリニティの生徒としては相応しくないとも言える気質は、ミネに通じるものがある。
果たしてこれで本当の意味で友人になれたかどうかは分からないが、しかしこうなればナギサの出来ることなど1つだけだ。こんな風に『友人』などという言葉を使って彼女に取り入ろうとしたのだから、せめて本当の『友人』になるべく努力しなければならない。
(まあ、先程の発言からしても他に友人が居るようには思えませんし……私もそう多くはないのですが……)
果たして今更自分が対等な友人など本当に作ることができるのだろうかと。そんな一抹の不安を抱えながら、話は終わったかと部屋を出て行きたがっている彼女を見る。
……本当にこんな調子で友人になどなれるのだろうか。自分の努力次第だとは分かっていながらも、あまりにも不安であった。
意外な話かどうかは微妙なところではあるが、このトリニティでは実際に対面で授業を受ける機会というのが他の学園と比べてそれなりに多い。これはミレニアムにも見える傾向であるが、勉強に力を入れようとすると結局のところ対面による授業の方が効率がいいのだ。
もちろん、絶対に対面で無くとも良いという例外はある。成績さえ良ければBDで済ませても良いので、勉強になど時間を割いていられないという者たちにとってはありがたい。
……しかし必ずしもそんな者達だけではなく、誰もが自主性を持っている訳でもなく、結果的に生徒の多いマンモス校であるほど、そういう者達の数は増えるもの。
成績の振るわない者は絶対に出席するようにと。学園側としてそういう対応を取るのは至って当然の話。
そして逆に成績の良い者に対しては、教員の補助という形で、つまり講師という立場で出席を依頼することもあったりする。専門的な知識や技術を有している生徒などは授業だけでなく、各派閥や組織にまで呼ばれて講義をすることもある程だ。それもまた決して珍しい話ではない。
「という訳で、本日は『正しい女性同士の性行為』について講義をしに参りました。甘使ミアです。どうぞよろしくお願いいたします、シスターフッドの皆様」
「………」
「………」
「………え?あ、あれ?今日は救命措置の講習の筈では?」
「ハナコさんっ……!!」
下手人は2秒でバレた。
「救命措置については十分な訓練を既に積んでいるため、今回は別の題目について講義して欲しいとお話を頂いた時には驚きましたが。流石はシスターフッドの皆様です。その勤勉さには私も若輩の身ながら敬意を表させて頂きます。……それも『女性同士の性行為』についてなど、なるほどこれは確かになかなか知見を得られる機会に恵まれないものではありましょう」
「そんな知識いらないです!!」
「破廉恥です!!」
「い、今からでも普通の講義に……!」
「サ、サクラコ様!何か言ってください!」
「何を言いますか、これは非常に重要なものです。決して破廉恥なだけのものではありません、それこそ侮辱です。そして講義としても極めて普通のものでもあります。……例えばマリー様、貴女も当事者になる可能性はあるのですよ?」
「へ……?わ、わたしですか!?」
「これより数十年に渡る生涯の中で、貴女は同性を好きにならないという絶対の自信があるのですか?」
「そ、それは……無いのではないかなと、個人的には思いますが……」
「幼い頃に食べられなかった野菜が食べられるようになったり、逆に好みだったものが嫌いになったりと。人の好みや趣向というものは周囲の環境や状況によって非常に容易く変化するものです。それが年若い少女達となれば尚更。……そして皆様がシスターフッドという部で活動している以上、そういった悩みを他者から相談されることが絶対にあり得ないと、どうして断言することなど出来るでしょう」
「「「うっ」」」
「羞恥心など捨てなさい。性行為という無視出来ない根本に関する知識を有することなく、同性愛に関する悩みに本気で向き合うことなど出来ません。半端な知識によって不必要な助言を与えてしまう危険性を減らすためにも、あらゆる知識を可能な限り多く蓄えるべきです」
「な、なるほど……」
「そ、そう言われると確かに……必要な気が……」
「まさかハナコさんは、これに気付いて……?」
「そ、そうなんでしょうか……」
そんな訳がない。
彼女はきっとこうなることを見越してシスターフッドに偽装してこの下級生に接触したのだろうから。しかしそれを跳ね除けることも難しい。何せ当の本人が本気で真剣だ。言い分に関しての賛否両論はあったとしても、至って真面目な相手に『セクハラだ』などと言い辛いのは万国共通。
「さて、話がまとまったところで早速始めましょうか」
「え!?も、もうですか!?」
「せ、せめてもう少し心の準備を……!」
「時間にそれほど余裕もありませんので。……さて、ではまず基本から。基本的に女性同士の性行為は『愛撫』と『接吻』が中心となります。この点は男性との行為とは明確に異なる点と言えるでしょう。激しさはありませんが、代わりに溶けるような、酔い溺れるような、そのようなイメージを持って頂くことを最初の一歩として下さい」
「は、はじまっちゃった……」
「酔い、溺れる……」
「溶けるような……」
「は、はわわ……」
「な、なるほど……」
「とは言え、当然ながらそういった、悪く言えば刺激の乏しい行為ばかりである筈もなく。相応に慣れを生じて来たカップルは、第二段階目として互いの『性器』を用いた行為に発展することが通常です。どれほど生真面目なカップルであっても、基本的にはここまでは至ることになると考えても良いかもしれません」
「せっ、せいっ……!?」
「だ、だめです!もうだめです!やっぱり止めましょう!やっぱりこんな講義だめです!!破廉恥過ぎます!!」
「サクラコ様!そろそろ意識を取り戻してください!」
「……………………あ、あの。具体的にはその、どんな風に、も、用いるんでしょうか?」
「な、何を聞いてるんですか貴女は!?」
「だ、だってぇ……!だってぇ!」
開始2分でこの有様なのだから、なるほど確かに講義のし甲斐はあるのかもしれない。マリーやヒナタどころか、サクラコまで顔を真っ赤にして固まっているのだから。やはり彼女達にはまだ早かったのか……
「具体的にはペアの性器を愛撫、指を挿入するなどが一般的です」
「ゆ、指……指を……」
「ふぇ……」
「この際の注意点は、行為の前に必ず爪の中までしっかりと汚れを取り、短く丸く切り揃えておくことです。ペアのためにも清潔に保ちましょう。このような指用のコンドームなどもありますので、そういったものを使うのも選択肢としてあります。性感染症や膀胱炎の予防のためにも、これらは徹底すべきです」
「あ、あれ、やっぱりこれ真面目な講義なんじゃ……」
「ま、真面目なんですけど、真面目なんですけど……」
「その次の段階として、『相手の性器を舐める』『互いの性器を擦り付け合う』というものもあります」
「アウト!!やっぱりアウトです!!」
「不潔です!!」
「破廉恥です!!」
「そんなことをしてはなりません!!」
「『乳頭』ばかりを刺激して、逆にペアが懇願するまで敢えて『性器』には触れないといったプレイもあると聞いたことがあります。ハナコ様曰く、女性同士の行為であっても体位は101種類以上あるそうですから。男性器がなくとも楽しみ方は多くあるということでしょう」
「そ、そんなに……」
「101種類も……」
「ナ、ナギサ様にして欲しいかも……」
「こ、こら!何を言ってるの貴女達!そ、そのような、不埒な、淫らな……い、いやらしい!!」
年上の憧れの美人に良いようにされたい。または屈服させたい。攻められたい。滅茶苦茶にされたい。依存されたい。溶け合いたい。
まあそこに色々と思うことはあるかもしれないが、例えば今の話を自分と憧れの人に置き換えて妄想してしまうというのも、思春期の少女達にとっては仕方のない話なのか。何せこの学園には憧れるに足りる優秀な才女達が多く在籍しているのだし。少しでもそういった適性があるのなら、むしろ聞き入ってしまうというものなのかも。
「し、しかし……流石にその、学園の風紀的にも、そういった行為を我々としても推奨することは難しいというか……」
「な、なんにしても、応援は難しいのでは……」
「それは確かに……」
「ふむ……元より異性との行為とは異なり、子を成すことは出来ず、愛を確かめ合い快楽を得るためだけの行為ですから。そこに言い訳の余地はありませんし、正当性もありません。これを教義的にどう見做すかは各々の考え方にもよりますが、しかし私はこれを"愛を伝え合う行為"であると捉えております」
「愛を……?」
「単に快楽を得るために、または金銭などの対価を得るために行う行為であるのなら。若しくは時と場所を選ぶことなく、依存するような行いであるのなら、それは咎めるべき事柄です。しかし愛情を伝え合う程度に収まり、時と場を弁えている段階であるのなら、見逃してしまっても問題はないのではないでしょうか。……もちろん、風紀の悪化に一切の影響がないと言い張るのも嘘ではありますが」
「なるほど……そこを線引きに出来るということですね」
「面倒だからと一切を禁じてしまうのが最も手っ取り早く容易い行いであることは否定しませんが、手間の削減のために愛情を否定するというのも肯定し難いものです。性行為の禁止ではなく、売春の禁止、公序良俗に反する行為の禁止として留めて頂きたいところですね」
「べ、勉強になります……」
各々にメモを取りながら、ああでもないこうでもないと意見を交わし始めるシスターフッドの生徒達。果たしてこれを仕組んだイタズラ娘は何処まで展開を読んでいたのだろうか。まさかここまでしっかりとした講義になるとは、想像していたのだろうか。
……まあどちらにせよ、実りのある時間となっているのは間違いない。
何せこのキヴォトス、当然ながら同性同士のそういった話を聞かない日の方が少ないくらいなのだから。無意識のうちに目を背けていた事柄に向き合うことになるという機会は、なかなか得られるものではない。
「ちなみに参考にですが、行為にはアダルトグッズを使用する類のものもあります。これについては来週の『正しい女性の自慰行為』に関する講義にてお話ししたいと思いますので、一先ずは今日の内容について各々で理解を深めていただけますと幸いです」
「わ、わかりました。本日は本当にありがとうございま…………………え?」
「「「え?」」」
「講義の理由は今回と同様ですので、2度目の説明は不要かと。質問等がございましたら、後日でも構いませんので私に頂ければ可能な限りお答えさせて頂きます。流石にこの場で質問をするのは難しい話であるとは理解しておりますので」
「え……」
「「「……はい」」」
救護騎士団のミネ団長からの推薦で講義をしに来た一年生は、しかしこうしてシスターフッドに深い爪痕を残して颯爽と去っていった。次の爪痕が刻まれるのは、これより1週間後のことである。
そして一員のマリーは思った。必ずやあの愛すべき友人"ハナコ浦和"に正義のお灸をお見舞いしなければならないと。顔を真っ赤にしながらも、心から。