なんで先生が死んでるんですか……?   作:ねをんゆう

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20.帰郷

 久しぶりに訪れたその環境は、特に意外に思うこともなく、すんなりと自分の感覚に馴染む。僅か1年しかそこに留まっていなかった筈なのに、まるで生まれ育った場所のような。トリニティよりもよっぽど故郷という感触の強い空気感は、何処か焦っていた内心を穏やかにする。

 

 

「……いえ、実際にそうですね。私が生まれた場所はここでした」

 

 

 ミレニアム・サイエンス・スクール。

 科学技術に力を入れている新興の学園であり、キヴォトスにおいて「最先端」「最新鋭」と呼称されるものの多くはここで開発されたものと言っていい。キヴォトス三大学園の一角であり、歴史が浅いにも関わらず、その影響力はあまりにも大きい。

 

 ……そんな場所に、ミアは1年間留学をしていた。それはほんの2年前の話、ここを離れてから1年も経っていないかもしれない。けれど僅か1年であっても、この学園は恐ろしいほどの成長を遂げる。見覚えのある光景だが、見覚えのない光景もある。それがこのミレニアムの特色だ。それさえも懐かしいと思えてしまう。

 

 

「あ、やっと来たわね。待ってたわよ」

 

「ユウカさん」

 

「会長から話を聞いた時は驚いたけど、まさか本当に来るだなんて。……それとなく事情は聞いてるから、取り敢えず歩きながら話しましょ」

 

「ええ、お願いします」

 

 

 待ち合わせ場所にしては曖昧な場所を指定されて困っていたのは、どうやら互いに同じだったらしく。歩きながらキョロキョロ周りを見渡していた彼女:早瀬ユウカは、少しの笑みを浮かべて声を掛けてきた。

 ……微かに見える、少しの悲しみ。単純な再会の喜びだけではない。その理由も知っている。

 

 

「セミナーでの生活は如何ですか、ユウカさん」

 

「え?そ、そうね……まあ、かなり大変ね。分かってたことだけど」

 

「相変わらずの苦労人気質ですね」

 

「コユキは問題ばかり起こすし、会長は裏で何かやってて全然仕事してくれないし、各部からは毎日のように問題が上がって来て、予算のやりくりも大変……」

 

「来年の生徒会長はユウカさんに内定ですか」

 

「流石にノア以外にもう1人くらい優秀な子が来てくれないと破綻するわよ。会長がミレニアムのために手が離せないことも知っているもの。こんな、ただでさえ落ち着かない情勢なのに」

 

「先生も亡くなられましたからね」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……相変わらずデリカシーとか無いの?」

 

「ユウカさんは先生の仕事を手伝ったことがある程度には面識があると聞いていましたので。ショックを受けているのは間違いないと考えていました」

 

「……まあ、そうね。暫くは仕事が手に付かなかったけど、いつまでもそうしてはいられないから。私には責任も立場もあるんだし、守らないといけない子達もいる」

 

「流石ですね」

 

「流石って、貴女ねぇ」

 

 

 相も変わらず人の気持ちがわからないというか、デリカシーが無いというか。人の傷口に問答無用で手を突っ込んで来たその姿勢に、ユウカは苦笑いをしながらため息を一つ吐く。

 まあ、安堵したというのはあった。トリニティに戻ってから1年、彼女がトリニティで酷い扱いを受けていないか常に心配であったから。変わらないその姿を見て、安心している。

 

 

「聞いたわ。先生のしようとしていたことを、今はミアが引き継ごうとしてるって」

 

「そうですね、そのためにミレニアムに来たというところもあります」

 

「そのために?」

 

「連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの後継機関を作るためには、3校以上の生徒会長の推薦と、3人以上の生徒の所属が必要になりますので」

 

「……リオ会長の推薦と、所属生徒のスカウトに来たってこと?」

 

「それと交換条件にしていたビナーの装甲をリオ様に届け、現在ミレニアムで生じている問題についても少々首を突っ込みに来ました」

 

「め、めちゃくちゃ仕事抱えてるじゃない……」

 

「それにシャーレと異なり、後継機関の所属生徒は多少縛られることになりますので。スカウトも簡単にはいかないと考えています。それにトリニティの方でも色々とありまして、時間的な余裕もそれほど無いので。あまり悠長にはしていられません」

 

「……ねえ。それは、誰のための努力?」

 

「"彼女"のためですが」

 

「……そう。まあ、そうよね。やっぱりそこも変わってないか」

 

 

 はぁ、と。

 今度は間違いなく落胆のため息。

 

 変わっていなかった。以前に別れたあの時から1年間で、彼女は何も変わっていない。トリニティでの1年間は彼女に対して何の影響も齎しておらず、良くも悪くも彼女はそのまま。相変わらず彼女の人生の支柱は変わっていないし、それ故の歪みと言えるものも一切薄れることなくそこにある。それこそアレ以降の生活は彼女に何の響きにもならなかったかのように。ミレニアムを出た時から、停滞し続けている。

 

 

「取り敢えず、会長のところに案内するわ。ゆっくり話をするのはその後……まあ、ゆっくり出来ると良いんだけど」

 

「そうですね、そう願います」

 

「まったく、私だって色々と聞きたいこともあるし、久しぶりなんだから一緒に食事とかしたかったのに」

 

「急いでいるとは言え、滞在期間はそれなりになると思いますので。また後ほど必ず」

 

 

 その言葉は信用出来る。彼女はかなり律儀な人間で、一度約束したことは必ず成してくれるから。多少無理をしてでも、自分のために時間を取ってくれるであろうと想像出来る。

 

 

 (それが問題でもあるんだけど……)

 

 

 その律儀さこそが、彼女と簡単に約束事を結んではならないという一部のミレニアム生の中で共有されている注意事に繋がってくる。

 ……なにせそれこそが、彼女の人生そのものを狂わせてしまう要因の1つになってしまうから。そして実際に、そうして彼女の人生は未だに縛られ続けたままなのだから。放っておけば雁字搦めになってしまうであろう彼女のそんな生き方に、誰もが不安を感じていた。

 

 

 

 

 

「……来たのね、ミア」

 

「お久しぶりです、リオ様。そして先日は急な願いにも関わらず、ありがとうございました」

 

「必要だったのでしょう?少なくとも、貴女の視点にとっては」

 

「ええ、おかげさまでなんとか道を外れずに済みました」

 

「……そう、相変わらずその道というのは教えて貰えないのね」

 

「リオ様ほどの方であれば、その理由はご存知かと」

 

「ええ、そうね」

 

 

 相変わらず暗い部屋、明かりを付ければ少し不快そうに目を細める彼女。抜群のプロポーションに目が眩むほど整った美貌、そしてこの学園の誰もが疑わない程の圧倒的なまでの叡智。ミレニアムのビッグシスターと呼ばれるほど優れた能力を持つ彼女は、今も変わらずこのミレニアムのために尽くしている。

 

 

「さて、時間も勿体無いので簡単な要件から片付けましょうか」

 

「そうね、概ねの話は聞いているわ。連邦生徒会から送られて来たシャーレの後継機関の話、推薦書は既に記入して送り返しているから。構成員については滞在中に貴女の目で見繕って貰うとして……」

 

「先日の一件で手に入れたビナーの破片はここに。また、恐らくビナーを誘導していたと思われる大人について、アビドスの副会長の証言も含め可能な限りの情報を纏めました。以降も関連した情報を見つけた際には共有します」

 

「それと現在ミレニアムで生じている問題についてなのだけど、廃墟と呼ばれる廃都市エリアを中心に活動しているロボットの軍勢について解決策を見出して欲しいわ。貴女の視点からの情報と対策が欲しい」

 

「分かりました。既に状況を想定して概ねの道筋は立てていますので。恐らくリオ様から見れば理解不能な行動になるかと思いますが、静観して頂けますと」

 

「分かったわ、協力しましょう」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「やっぱり貴女との会話は早いわね」

 

「価値観や視点の違いはあれど、性質として似ているからではないかと」

 

「そうね、だからこそ警戒はしているわ。貴女と私の方針が決定的に違えてしまえば、私達は一切の譲歩をすることなく敵対する事になるでしょうから」

 

「私はそうは思いません。たとえ道を違えることになったとしても、必要になれば蟠りを捨てられる。そうは思いませんか」

 

「……さて、どうかしら」

 

 

 ここに他に誰かが居れば、間違いなく『ちょ、会話止めて!何言ってるか分からない!話が早過ぎる!』となるであろうが。そうはならないのがこの2人。

 ユウカが「色々仕事あって大変そう」と思っていた大半が今の一瞬で終わり、残りはこのミレニアムに起きている問題を解決するのみ。そしてそれについても、既に道筋は存在していた。

 

 

「話を戻すけれど、その様子だと今回の件についても既に知識としてはあるのね」

 

「Divi:Sion、でしたか」

 

「……そう、本当に知っているのね」

 

「私が知っているのは結果だけですが」

 

「どうすればいい?」

 

「一先ず今回に関しては、リオ様の出番はあまり無いかと」

 

「?」

 

「ヒマリ様とエイミさん、それとゲーム開発部の力が必要です」

 

「…………理解出来ないわ。ヒマリとエイミはともかく、ゲーム開発部?」

 

「リオ様には理解出来ないからこその抜穴なのです」

 

「……つまり、私にはこの問題を解決出来ないということ?」

 

「役割の問題です。天才にしか出来ないことがあるように、無知にしか出来ないこともあります。我々のような合理的な思考では辿り着けない場所があるのです。今回はそういう類の問題です」

 

「だからヒマリとゲーム開発部なのね。エイミは?」

 

「なんでもできるので」

 

「まあ、そうね」

 

 

 なんとなく納得出来なさそうな雰囲気はまだあるが、世の中にはそういうものがあるというのも分かる。既に持っている知識に縛られてしまい、意外と単純な問題を間違えてしまうだとか。どんな取引にも応じてくれないが、交友関係を築けば簡単に契約を交わしてくれる堅物な人間だとか。リオだって、そういう経験をしたことくらいはあった。

 

 

「そこまで言うのなら、分かったわ。正直ヒマリにはあまりこの件について話すつもりはなかったのだけど」

 

「ヒマリ様にはデカグラマトン関係をお任せするつもりだったからですか」

 

「……頭を覗かれているみたいで変な気分ね」

 

「実に合理的かと思います。天才2人、互いに別々の案件に取り掛かるのが最善です。とは言え、例外もあります。説明は私が行いますので、一先ずヒマリ様とエイミさんをお願いします」

 

「ええ、連絡しておくわ」

 

 

 ミレニアムの生徒会長:調月リオは、その類稀なる才気によって今日まで多くの実績を築いて来たが、一方で多くの人々から理解されず恐れられても来た。

 ミレニアムやキヴォトスの利益や安全のため、非情とも言えるような合理的な判断を下し続け、人情や感情を軽視する傾向があり、他者の理解を得る前に強行する。謂わば独裁者。ビッグシスターとして他学園の生徒達からも恐れられている理由は、他者を容易く信用することなく自身の才覚によって物事を強引に導いていくその姿によるもの。

 

 ……故に、自分に理解者など居ないと考えていた。それは同じように驚異的な才能を持つヒマリも同様に。

 

 

「ミア、貴女は私が理解出来る?」

 

「……?真に他者の心根を理解することなど出来ませんよ」

 

「それはつまり、真の理解者など存在しないということ?」

 

「ええ、そこにあるのは理解する努力をしてくれる人でしかありません。そういう意味であれば、私はそう在りたいと考えています」

 

「……必要かしら、そんなもの」

 

「分かりません。私も人間性に乏しい側ですので」

 

「……私は、貴女を信用してはいないわ」

 

「私はリオ様の、ミレニアムへの愛情を信用しています」

 

「……」

 

「それでは、私はこれからユウカ様と食事の約束がありますので。また後ほど」

 

「……」

 

 

 彼女は自分と性質が似ていると言っていたが、リオはそうは思わない。

 少なくとも人間関係という面において自分は難を抱えている自覚はあるし、一方で彼女はそうではない。合理的な性格の中でも、彼女の中には確かに柔軟性がある。まだこの世界のルールの中で動こうとする意識がある。リオにはそれがない。

 

 

「私は……貴女ほど他者を想うことは出来ないわ」

 

 

 去り際に静かに聞こえたそんな言葉に、ミアは答えを返さずとも心の内で否定する。

 このキヴォトスにおいて生徒会長を務めるような人間など、その責務を果たそうとする人間など、多かれ少なかれ他者のために尽くしていると言っていい。やり方が多少強引であったとしても、そこには確かに生徒達を守りたいという愛はあるだろうに。むしろミアの根元にあるのは、そんな献身的な愛ではない。

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