ゲーム開発部の面々からしてみれば、その生徒はあまりにも異様で、あまりにも不思議な存在だった。
「ゲームなんてしたことないんだろうなぁって、まあ最初から分かってたよね。そういうタイプでもないし」
ゲームなんてしたことないのに、ゲーム開発部を改善するなんて名目で入って来て。にも関わらず、先ずはゲームを知ることからだと、アリスと一緒にゲームばかりしていて。なのに面白さが理解出来ていないような反応が良く分かるし、本当に何のためにここに来たのかと。
モモイはそう思っていた。
「いえーい!私の勝ちー!」
「……?先程の硬直はなんでしょう」
「ジャストガードだよ!タイミングよくガード出来ると相手の動きを一瞬止められるんだ!」
「ふむ……何故そのような機能が?現実にそのような事象があるのでしょうか」
「へ?な、何故って……な、なんでだろ」
そんなこと考えたこともなかったし、現実にそんなものは無いと言われても、これはゲームの話なのだから、気にする必要もないのではないか。
正直面倒臭いし、勝利の興奮に水を差されたような気分になる。それに上手く返せない自分もそうなのだけれど……
「そ、そういう話は良いの!ゲームの楽しさを知りたいんでしょ!?」
「ええ、そのために成り立ちや工夫を知る必要があるのではないかと」
「感覚でいいんだよ!感覚で!フィーリング!!」
「フィーリング……」
「好きに理由なんて要らないの!楽しければ好き!そうでしょ!?今はどう!?楽しくない!?」
「いえ、特には」
「楽しくないの!?なんで!?」
こんなに楽しいのに!
こんなに面白いゲームなのに!
それが分からないなんて!どうかしてる!
心からそう思った。
「……ねえ、お姉ちゃん。さっきのはあんまり良くなかったんじゃない?」
「?いきなりどうしたの、ミドリ」
「触ったこともないゲームで対戦して、経験者に何も出来ずに負けて。そんなのが楽しい訳ないじゃん」
「う……」
「楽しいのはお姉ちゃんだけで、ミアさんは何も楽しい訳ないよ。そもそも格闘ゲームなんて勝つのが面白いんだから、最初はNPCと戦った方が良いに決まってるし」
「そ、それは……確かに……」
「アリスちゃんの方がよっぽど貢献してるよ。このままだとミアさんがむしろゲームのこと嫌いになっちゃうから、ちゃんと考えて!」
「うぅ、分かったよぅ……」
そんな風にミドリに叱られて、自分なりに反省しながらも。けれどそもそもゲームを好きになろうという意味も理由も分からないし、ゲーム開発部のために今のところ何かをしようとしてもくれていない。彼女のそれに協力することそのものに、最初から疑問を抱いていたから。
反省はしつつも、少しの反発もあった。小さな不満が、確かにそこにあった。
「……とかお姉ちゃんは思ってそうなんですけど、実際ミアさんはどうしてゲーム開発部に来たんですか?ユウカに頼まれたからじゃ無さそうでしたけど」
「それは言うまでもなく、私自身のためです」
「ミアさん自身の……?」
「私にはやらなければならないことがあり、それを成すために将来的にゲーム開発部の皆様の協力が必要になります。その際にお力を貸して頂けるよう、こうして交友を深め、改善を図ろうとしているのです」
「……結構ハッキリ言いますよね」
「嘘を吐く必要のない場所ですから」
2人で協力しながら進めていく横スクロールアクションゲーム。最初は辿々しかったミアの操作も、やはり要領が良いのか、器用だからなのか、30分ほど進めた今では慣れたミドリが明確に進みやすいと感じるほどに上達していた。
(……というか、もう既にお姉ちゃんより上手い気が)
流石に初めて見るギミックが現れると対応出来ないようだが、代わりにミドリが前に出てギミックの解き方を教えれば、彼女は直ぐにそれを覚えてくれる。
良い具合に負けて、良い具合に進んで。この手のゲームに良くあるように、時々手を滑らせて落ちてしまってと。順調にゲームは進んで行く。
(でも、それが楽しいかどうかはどうなんだろう。お姉ちゃんみたいな人が滅茶苦茶にして、それで言い合いしたりする方が面白かったりするのかな)
ゲームの楽しさとは、一体なんなのだろう。
それを改めて考えさせられる。
どうしたら楽しいと感じるのか。
分からなくなる。
「ミアさんみたいな凄い人が困ってるようなこと、本当に私達なんかで役に立てるんでしょうか……」
「凄い人、ですか?」
「あ……その、ごめんなさい。実は昨日ミアさんのことをネットで調べてたら、アビドスでの事件が出て来て……」
「いえ、構いませんよ。先程の質問に答えるのであれば、その時は必ず来ます。というより、来なければなりません」
「来なければ……?」
「その時が来ないのであれば、どうすれば良いのか私には分からないのです。故に、確実に来ると。私はそう信じるしかありません」
「???」
一瞬、横目で見た彼女の顔が珍しく不安の色を浮かべていることに気付く。
それはミドリからしてみれば物凄く意外で、心から驚いたことでもあり、そして同時に、目の前の異質な人物に初めて親近感を抱いた瞬間でもあった。
まるで機械のように全ての物事を淡々と進め、最初に出会った時のアリスとそれほど変わらないような人格が、数日一緒に居ても一切変化する様子もなく。もしかしたらこの人には感情など無いのかもしれないと思った矢先だったから。
この人にも怖いことはあるし、不安なこともある。そんな事実を知った瞬間に、見る目は変わった。
「……アリスちゃんと出会えたのはミアさんのおかげですし。私達の手伝いをするために、先ず何も知らないゲームのことを好きになろうとしてくれているのは、正直すごく嬉しいです」
「しかし、未だに私は楽しさを見出せていません。これでは皆さんの貴重な時間をいたずらに消費しているだけではないでしょうか」
「い、いえ、私達に貴重な時間なんてないので……忙しいミアさんと違って、なんていうか、危機感が薄いというか」
「今のところゲームを開発している姿を見たことがありません」
「う……」
「正直に申し上げますと、G.bibleを理由に現実逃避をしているだけのように見えます」
「うぐ……」
「ですが、きっとそれでいいのでしょう。皆様がそうされているということは。未熟な私が口を出す資格は無いと考えました」
「ご、ごめんなさい……ミアさんのおっしゃる通りなんです、本当は……」
画面の中で自分のキャラクターが氷に滑って落ちていく。それはまさにこれからの自分を暗示しているかのように。一瞬の油断で、足を滑らせて。
「ミアはゲームの面白さが分からないということですか?」
「はい。そのため、アリス様に聞くのが良いのではないかと思いまして」
「……それは難しい質問です。アリスにはこの気持ちを言葉にして説明することは難しいです」
暖かな夕陽に照らされながら、ミアとアリスはベンチに腰掛け静かに語る。何故だか出会った時から妙に懐かれてしまって、頭を撫でたり、手を繋いだり、膝枕をするようになってしまったけれど。
そんなミアに対してアリスも何処か甘えているところがあったし、なんならゲーム開発部の中で誰よりも仲を深めることが出来ているという状況になっていた。
「アリスはゲームが好きです。モモイやユズ、ミドリの勧めてくれるゲームはとても面白いです。……ですが、何故好きかと言われると、よく分かりません」
「……」
「もちろん、好きなところは言えます。色々なキャラクターが使える、ストーリーが予想出来ない、現実にはない世界を旅することが出来る。アリスが考えたこともなかったような世界が、そこにはあります。いつもワクワクします」
「……ワクワク」
「しかし、ミアはそれにワクワクしないということですよね。だからアリスには分かりません。好きな理由を伝えられません。どう伝えればミアにこの楽しさが伝えられるのか、正解が分かりません」
目の前の何もかもが新鮮で、面白くて楽しいものだと感じるアリス。一方で周囲の全てが当然で感動を抱くことさえ出来ないミア。どちらの方が人間らしいかと言われれば、間違いなくアリスの方だ。
根本が、根底が、何もかもが違い過ぎて、正解の答えが分からないというアリスの言葉は当然なのだ。互いに互いの視点が理解出来ないのだから。映っている世界が違うのだから。
「逆にミアはどのようなものに楽しい、面白いと感じますか?」
「……それは」
「ミアが楽しいと思えるゲームが無いのなら、ミアが楽しいと思えるゲームを作れば良いと思います。ここはゲーム開発部なんですから」
「……!」
「教えてください。ミアが楽しいと思えるものを」
考えたこともなかったアリスのそんな提案に、ミアは驚きながらも思考に沈む。
自分の好きなもの、自分の楽しいと思うもの。改めて聞かれると答えに困る質問である。これまでの自分の人生は長いようで非常に短い。少なくともミレニアムに留学する前の自分に"楽しい"という感情など確実に無かったし、トリニティに戻った後も、それほど楽しいことは無かった。
であるならば、それは必然的に。
「……友と、親友と、共に過ごした日々でしょうか」
「親友、ですか?」
「はい……かつてこのミレニアムの生徒だった少女です。彼女と過ごした日々だけは、今でも私の中で鮮明に輝いています」
「ミアはその時が楽しかったんですね」
「そう、ですね。楽しかったです。今なら言えます」
今更になるが。
本当に、今更だが。
「彼女は私にたくさんの疑問をくれました。そして、その疑問の回答をくれました。ただ言葉を交わすだけの時間であったにも関わらず、他のどんな娯楽より私は楽しかったのです。不思議な話ですが」
「……不思議ではないと、アリスは思います」
「何故ですか?」
「アリスも楽しいからです。ミアやモモイ達と話すことは、とても楽しいと思うからです。その気持ちはよく分かります」
「っ」
「ミアはもしかしたら、ゲームが楽しくないのではなく、ゲームより楽しいことがあるだけなのではないでしょうか。アリスもよく分かります。昨日も一日中ゲームをしていたので、ミドリに怒られてしまいました」
アリスのその言葉に、完全な納得を得た訳ではなかった。ゲームを面白いと思えない理由がそれだけとは思えなかったからだ。
……けれど、腑に落ちた部分もあった。だってそうでなければ、こんなことをする必要がない。
「……確かに、アリス様の言う通りかもしれません」
「?」
「私はもしかしたら、人との会話が好きなのかもしれません」
「会話ですか?」
「ええ。それが私のルーツであるからこそ、私は他者と会話をすることの価値をよく知っています。故に私は、こうしてゆっくりと誰かと話す時間が好きなのかもしれません」
だってそうでもなければ、こんな回り道のような手段を取らない。単にゲーム開発部の信頼を得るだけであれば、他に方法は幾らでもあるのだから。
それなのに、時間も余裕もないのに、わざわざこんな地道なことをしているのは……
「えっと、あの、その……あ、ありがとうございました」
「?いきなり何の話でしょう、ユズ様」
「私たちの作ったゲーム、最後まで遊んでくれたから……」
「……楽しさは見出せませんでしたが」
「い、一応、意見は貰えましたし。次からの参考にも出来ます。それに……ど、どんな感想だとしても、最後まで遊んでくれたことは、クリエイターとしては嬉しいことなので」
「そういうものなのですか」
正直本当に困惑100%くらいの感覚でクリアしたテイルズ・サガ・クロニクルというゲーム開発部が唯一完成させたそのゲームに、ミアはどんな感想を出すべきなのか非常に迷ったし、改善要素についても何処から改善すべきなのかと非常に頭を悩ます結果となった。
突然死ぬし、脈絡がないし、誤字も多い。ストーリーもバトルも一切集中出来ないし、何より裏を描かれたというより、何一つ自分の思い通りにならないという感覚の方が強く感じた。
『………………………………面白くはなかったです』
色々と考えた結果、捻り出した感想がそれで、まあ実際ユズはそれを聞いて少なからずショックを受けているようだった。……が、それでも良いと彼女は言う。
それもまたミアには分からない感覚であったし、申し訳ないとさえ思った。批判するだけして、大した改善要素も出せないのだから。これでは何の役にも立てないではないかと。
「そ、それに、本当にミアさんのおかげで、分かったこともありましたから」
「それは一体……?」
「……ミアさんがモモイ達とゲームをしている姿を後ろから見ていて、思ったんです。プレイヤーの思い通りにならない展開は、もしかしたら、そんなに沢山は要らないのかもしれないって」
「しかし、モモイ様はそれが大切だと言っていましたが」
「でも、ミアさんは困惑していました。その度にモモイに理由を聞いたり、理屈を聞いたりしていて、納得出来ずに飲み込むような形になってしまって……」
「そういうものなのだと思うことにしたのは事実です」
「……多分、それじゃダメなんです。裏を描くにも理由と理屈は必要で。私達に直接聞けないプレイヤーの人達は、ずっとそんな困惑を抱えたままプレイすることになるのかもしれない」
「……」
正直に言えば、それはミアも思ったことだった。
自分はこうして製作者達に直接その意図や意味を聞くことが出来るが、他の人々はどうしているのだろうと。納得しているのだろうかと。理解しているのだろうかと。ゲームが好きなら当たり前のように分かることなのかと、そう考えることにしたのだが。
どうやら実際はそうでもないらしい。
「私、実はずっと逃げていたんです……自分のゲームの評価から。批判の言葉から」
「?」
「だから、ミアさんのゲームをしている姿をして、ようやく向き合えた気がします。……その、ミアさんは反応がアリスちゃん以上に正直だから。何処で困っているのかとか、何処で納得していないのかとか、凄くよく分かって」
「申し訳ありません」
「い、いえ!……だ、だから、ミアさんが面白くないって言った時、ショックだったけど、実はすんなりと受け入れる事が出来たんです。私にも面白くないゲームはありますし、ミアさんの姿が、そんな時の自分と似てたから」
だからきっと、ゲームを作るとして。重要なのはどういうゲームを作りたいのか、どういうゲームを作りたいと思うのか。そこなのだろう。
自分にとって面白いゲームが、他の人達にとって同じとは限らない。作る側の面白さを、プレイする側が感じ取ってくれるとは限らない。物語1つでさえそうなのに、複雑な要素の混じるゲームなんてよっぽどだ。
「面白いゲームを作ることはすごく大変なことなんだって、分かった気がします……」
「そうですか」
「G.bibleがあれば、確かに面白いゲームの作り方が分かるのかもしれません。でも、それが私たちの本当に作りたいものかどうかは分からない。……私達は、どんなゲームを作りたいのか。まずはそこから考えないといけないって、そう思ったんです」
「……そう、ですか」
なんとなく、ユズのその言葉に、その考えに、自分の胸がチクリと痛みを発したことに気付く。
理由は分からない、分からない方がいい。そんな気がしたから目を背けて、考えないようにするが。しかし確かに頭の片隅にその記憶は残る。
「G.bibleは諦めないですけど、もしダメだった時のために、準備はしておこうかなと思います。ミアさんの言う通り、ちゃんとゲームを作らないと」
そんな言葉を聞けたのなら、ミアは本来嬉しく思わなければならないのだろうに。そうあるべきなのだろうに。
(私は、何に……)
引っ掛かっているのだろう。